友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか? ジャズから見る文化論
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18:「あたりまえ」の人々 2002年元旦
2001年の1月1日にホームページを始めて、今日で一年も経ってしまった。
当初、こうした事に何の意味があるのだろう、と疑問を持って始めた。
一体、どれほどの影響力を与える事ができるのだろう、と考えていた。
一年を経ても、私は、全く同じ考えを持ったままである。
実際に何か生活が変化したわけでもない。
ライブの客も増えたわけでもない。
CDの売り上げが上昇したわけでもない。
何を言っても変わらない連中は、一生変わる事のないままの仲間たちと共に相変わらずの暮しである。
世に感動好きは多い。
何かと感動話しを求めていそいそと「講演会」に足を運び「感動した」と言う。
ラジオをひねる。
するとそこでもまた「感動」が聞ける。
人は、何かと日々、感動中である。
大晦日だ、と言っては、感動し、年が明けた、と言っては、感動し、日が昇った、と言ってまた感動する。
感動するのに忙しそうである。
感動したからと言って、その人の人生がどうなる事もない。
過ぎ去れば、またまた、感動を求めて物色中である。
冒険家は、「感動」しなければ死んでしまう、とまた旅に出る。
その旅に終りはなく、果ては、のたれ死にしてしまう。
必ず、のたれ死ぬまで、その冒険を止めようとしない。
その「感動」は、すぐに冷めてしまうからだ。
まるで、ある定量の「ごはん」を食べなくては死んでしまう相撲取りのようである。
彼もすぐにお腹がぺこぺこになる。
だから誰も、もう「感動」はこの辺でいいのではないか、と言う事もできない。
個人の自由である。
自由ではあるが、まあ、他人事で言うのだが、感動するのは勝手である、しかし、せっかく感動したのだから、いいかげんにもう少し自分自身を変えて見てはどうかと、ついその寝耳に毎夜ささやいて見たくなる者も多々いる。
自分が、感動した、という事をすぐに忘れ、また、感動を探すのである。
私も忘れやすい。
はて、どうしたら、私は、感動した、という事を忘れないでいられるか、と思案した事がある。
そこで、そうだ、感動する度(たび)に、何か日常を変えて見よう、と思い付いた。
例えば、何かに感動したら、その事を忘れないように、タバコの銘柄を変えてみたりする。
あるいは、毎日、バナナを一本食べる事にする。
あるいは、ヒンズー.スクワットを毎日100回する、と言ったものだ。
しばらく、続けていると、「あれ、何でオレはこういう事をやらなきゃいけないんだ!」と嫌になって来る。
すると、「ああ、そうだった、あの時感動してしまったからだ!」と気づく。
こんな事なら、「感動」しなけりゃよかった、と後悔する。
だから、感動の深さによって、毎日の日課の任の大きさも調整しないといけない。
うむ、けっこう感動した、これくらいだと、毎日、左足から靴を履く事くらいでよいだろう、と鋭くその感動を「査定」する。
ある時、私が、「ホスピス」の話しをプカプカとタバコを吹かしながら、あるプロの女性ピアノ弾きの生徒にした事がある。
あそこはね、もうすぐ死んで行く人たちを集めている病院なんだぜ、テレビ見てたらそこでボランティアでピアノを弾いている若い女性がいたな、とコーヒーの砂糖は、そろそろスプーン半分くらいにしないとなあ、と思いつつ話していた。
そしたら、彼女は、いつのまにか、ホスピスでピアノを弾くボランティア登録をして来ました、と報告して来た。
私は、やっぱり砂糖はスプーン一杯でいいのではないか、と思案している最中であった。
私は、思わず、「よし、オレも砂糖は、スプーン半分にしよう」と決めた。
彼女にとって「ホスピス」の話しは「あたりまえ」の話しではなかったのである。
彼女は、初めて聴いた話しから、ホスピスと関わりのある人間の一人、となってしまった。
そこで、今度は、死んで行く人間にとって宗教への信仰心はいかに大切な事であるか、宗教と言うものは、もともと、人が生まれてから死ぬまでをちゃんとめんどうみている所が、宗教がなくてはいけない理由である、と音楽を教える代わりに話して上げた。
彼女もこれでまた、少しだけピアノが上達した事だろう。
たまに演奏を聴いて見ないと何とも言えないが、、。
私の所へ来るのに、目に何の輝きもなく、日常に疲れたかのように疲労感を全開に示したり、無気力なんです、などという態度でやってくる生徒がいる。
大概が、スネっかじりの若者であったり、生活に疲れた主婦であったり、自身は学ぶ事ができない教育者であったりする。
私の凄さなんか少しも理解できる者はいない。
「脳」が未成熟であるからだ。
彼等は、それが当然であるかのように、その姿を私の目前に提示する。
私は、彼等から高い月謝を巻き上げているわけだから、彼等に取って私は彼等に何かを教える「義務」がある、と思っている。
こうした生徒は、当然、私が生まれて初めてちゃんとCDを録音したのだ、と言って見ても、無関心のままである。
彼等は、生れながらに、金さえ支払えば、先生は、生徒に何かを教える「義務」がある、と考えている。
だから、彼等自身の態度は、とやかく言われる筋合いではない、というわけだ。
面白い。
よく私の所に来た。
私の所を逃げ出した生徒は、今までに100人はいる。
もう来なくて良い、と自分から宣告した者は、3人程度ではある。
私は、私自身にもエネルギーを与える人間にしか会いたくない。
なぜなら、私のエネルギーには限りがあるからだ。
私からエネルギーを奪うだけの人間を相手に商売していては、私のエネルギーがいつか必ず枯渇(こかつ)する。
金銭は、いつのまにか、消えてしまう。
この消えてしまうものを得るために、私のエネルギーまでも奪って行く者たちと関わるのである。
20歳越したら、人はよほどの事がない限り変わらない。
だから、人は、20歳までに最上の「学ぶ人」として完成しておかないといけない。
なぜなら、人は、学ぶ事が生きる事、であるからだ。
人から何かを学ぶ事が、あたりまえ、である、と思っている。
学校の先生に何か聞けば、あたりまえにその答えが返って来る、と思い込んでいる。
私を、金八先生、とでも思っているのだろう。
社会に出ても、金八先生がいる、と思っているのだろう。
私が、そうした生徒と称する者へ向かい、「もし、おまえが死んだら、私はその事で悲しむと思うか?」と聞いたらどうか。
その逆はどうか?
どうやら、私達は、お互いがどうでもよい、と思っている人種ではないか?
人は、生きている内に「会いたい」と思わない人間でなければ、例え、死んだとしてもどうでもよい。
だから私は、告別式なんかめったに行かない。
生きている内に「会いたい」と思わない人間に、死んでから「友達だった」と言われてもちっともうれしくない。
香典(こうでん)だけは、持って来てほしい。
遺(のこ)された者が、葬式代に困らないからである。
私が、「教師」として本当に悲しむ時は、夢中で私から学び、成長の途(と)にあった者がその志し半ばで人生を終えた時である。
今までのすべてが、無に帰してしまうのである。
私の後世の分身が消えるのである。
音楽教師としてこの事を考えるととてつもなく悲しい。
私は、金八先生ではない。
結局は、私の音楽を伝える事に「使命」を持つミュージシャンである。
私から物事を学ぶ事を「あたりまえ」と思っている連中に何が起きても私の心は動かない。
彼等は、私の心を何一つ揺さぶる事のなかった存在でしかなかったからである。
彼等にとって私もただの「ジャズ教師」である。
もっと有名で、もっと「権威」ある出の者が、近所に現れればハイエナのように私のもとを立ち去って行く者ばかりである。
私も何か教えた覚えもないし、彼等も何かを習った覚えもない、と宣言するであろう。
私が、無名稼業から有名稼業ともなれば、名乗りを上げるのも数々いるであろう。
インターネットの世界では、何かを尋ねれば、すぐに誰かがそれに答えてくれる、と言う。
やってみた事がないからその「面白さ」がわからない。
でも、私は、教えない。
彼等に、何かを教える「理由」がない。
世の中には、本当に助けを求めている人間がごまんといる。
私は、彼等が死ぬ事も気にせず、黙殺して日々を暮している。
本当に私くらいの者の助けでも必要としている、と言うのに、いともたやすくその事は見ぬふりをし、別に死のうが生きようが無関係な人間のためになぜ答えなければならないのだろう。
当然のように何かを誰かが教えてくれる事が「あたりまえ」であるかのように考えている人種のためになぜ私が教えて上げなくてはいけないのだろう。
私と同じように、いずれ「音楽教室」でも開いて、生活のためにと、あらゆる人間の音楽人生を自身と同様な次元に導くためであろうか。
どうせ、やがて年を取り、若者を装ったそのぶざまな姿をさらけ出すだけである。
おそらく、こうして、インターネット社会に「あたりまえ」に育った者は、物事を「教えてもらう」事が「あたりまえ」となるだろう。
人は、あたりまえに、自分という人間に、何かを教える義務がある、と考えて行くだろう。
彼自身は、何も与える事もなく、ただただ、もらうだけである。
私は、私の音楽のファン以外の者に親身になる事はない。
生徒となったからとすべてを「あたりまえ」と考えている者に本気でものを言う事もない。
なぜなら、私は、私の「音楽」を作り上げるために生きてきた一人のミュージシャンでしかないからである。
「教える」事を生きがい、とした事はない。
恐らく、その生涯をかけても、世に問うべきでない、という者の演奏を、その孫の代ではなく、その人自身の代でどうにかならないか、と一緒に考えて上げるだけである。
その事を十分承知している者が、「師」を求めるのである。
私は、無限である。
なぜなら、私は、教えるべき「定量」となる知識を持たないからである。
何も持っていない。
ただ、その人の足りない部分を、個別に指摘するだけである。
ひょっとして「にんじん」が嫌いなのではないか?
なぜ、わかるのですか?
いや、上手い人で、にんじん嫌いをあまり見かけないものだからね。
、、というような事を指摘するだけである。
「理論」と言うのは、使い物にならないから「理論」と言っているのである。
誰でも使えるようになったものは「理論」とは呼ばない。
「あたりまえ」の行動である。
私が、本当に「理論」にこだわれば、「なぜ、ドの次はレだと思う」という所から始めるだろう。
「今、私は、ミを弾いた、このミは、下から「登って」来たミであるか、はたまた、これから「下山」して行くミであるか」と言うのが本当の「理論」である。
人によっては、「譜面にあるこの音をドと言うのだ」というだけで、「うわあ、理論は大変だあ」となる。
したがい、「理論」と呼んでいる内は、何の役にも立たない知識のままである。
昔の剣豪は、その師匠から物事を習うのに三日三晩、その門前で土下座し許しを乞(こ)うた。
現代は、剣豪も食うに困ったから、すべてを「お金」で解決しよう、と進んで「教えます」と看板を掲げるしかなくなった。
しかし、剣豪にも、最低の一線はある。
せめて、自分の葬式(そうしき)に仕事を投げ打ってかけつけ手伝ってくれる生徒くらいは作らねば、彼等に接する意味はない。
だから、物を習う方であっても、自身が死んだらかけつけて、その死を惜しむくらいの師匠との関わりをすべきである。
物事を教えてもらう事は、「あたりまえ」ではない。
「あたりまえ」の事は、どこにもない。
親以外の人間とかかわりをもったらその事を「脳」に叩き込んでおけ。
私は、私なりに、答え、あなたは、あなたなりに反応する。
私が、一番喜ぶ事をしてくれた人間のために私は、私のやり方でそれに答える。
それは、誰でも同様であろう。
心を与えてくれれば、心で答える。
金銭で答えれば、私は、私の音楽でその感謝の念を告げる。
私は、人は、私の人生とかかわるべきである、と考えているから、こうしてインターネットの世界にデビューしたのである。
そこでしか君臨(くんりん)できない「権威」は、道端(みちばた)ですれ違い様に「斬られる」だけである。
現実は、安易に、後ろ姿を見せられない者ばかりが、私を睨(にら)んでいる。
同じ視線を送り、無事、すれ違ったら、私の「勝ち」である。
なぜなら、彼等は、その世界しか知らないからである。
その世界の住人としてしか暮らせないからである。
私は、そこでも暮らせるよ、とつぶやくだけである。
本当かなあ、と、たまに年頭にチェックして見るのである。
ケッ!偉そうに。
PS:
私は、毎日「お正月」であるから、私の日常の関心は、テレビが面白いか、面白くないか、である。
1月2日にライブがあるというのが、私を「芸人」にしよう、という神の「陰謀」である。
相変わらず、私のCDに興味がない人間が、どうなろうと関心はない。
お互いそうであろう。
しかし、私は、生きて行く限り、一枚でも多く、私の音楽を売り続けて行くだろう。
人は、私を「試しに」やって来るのであり、その前に、私も、人を試しているだけである。
これも「あたりまえ」の事である。
「身銭(みぜに)」をきらないで何かを学べる、と思っている阿呆なんざあ、早く、「還暦(かんれき)」になれっつーの。
「身銭」って、自分の「身」を削って「出す」金銭の事だよ。
親の金使って「無気力」に学ぶ事じゃあねえよ。
親の金は、親の「身銭」だ。
なら「死ぬ気」で学ぶのがその返礼である。
死ぬ気で日々学んでいるならいくらでも取ってしまえ。
これも「あたりまえ」の事。
毎度、お正月の次は、すべてを「あたりまえ」で育った新成人の「成人式」である。
行った事がないのでわからない。
ようも、「あたりまえ」に、同じ歳の人間があんなにも揃(そろ)うものである。
私は、16歳くらいから、そんな「特殊」な「社会」の経験がないのである。
動物園へ行ったら「サル」だけいたって事でしょう?
そりゃあ、まず、「ボス猿」から決める「儀式」があるでしょ。
あたりめえっつーの。
正月らしくないって?
この一年、「面白くない」よりはいいじゃない。
2001年、1月1日、午前5時31分。
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TAKAYA TOMOYOSE (guitar,comp,arr)