友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか? ジャズから見る文化論
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友寄ミュージック感想集
2002年4月25日(火)〜
1:はじめに 2002年2月11日
NEW2:感想集 2005年5月27日まで
3:モッズ定期ライブ終了、2002年3/6
最近は、少し疲れています。
何が疲れてしまったのかと考えるとそれには色々な要素がからんできます。
CDを試聴できないのか、という問い合わせがあったりします。
「友寄隆哉作品集に大変興味があるのですが なんとか試聴はできないのでしょうか。 正直に申しまして、輸入盤 ケニーバレル(CD 1390円)よりも 万が一面白くなかったら・・・と考えると思い切って頼めません。 」
こうした質問に関しては、「こりゃあもう騙されたと思って購入するか、無名な人の演奏を集めるマニアになってやけくそで買うしかありません」と答えています。
実際、試聴もできない状態で購入した人は、半ば「やけくそ」で購入したんだと思います。
私自身も、半ばやけくそで誰も知らないミュージシャンのCDばかりを聴いて来ました。
25万円ほど一気に使って、「オレがまったく知らない変なミュージシャンのCDをできるだけ購入して来てくれ」と上京するパンク好き娘連合に依頼した事もあります。
音楽に燃えていた20台の頃の話しです。
音楽を聴く事に「糸目」をつけなかった頃です。
とにかく聴いた事もない「変」な音楽を聴いて見たかったのです。
そうした中にジョン.ゾーンの録音物が多々ありその存在を知る事ができました。
今でもお金があって音楽に燃えていたらそんな購入のしかたをするかもしれません。
(試聴に関しては、その効果がわかり次第、取りかかりたい、と思います。皆んな、試聴できるサイトのCDは、購入しているのか、よくこの辺、わかりません。以前は、30秒ほど楽器店へのリンク先で試聴できましたが販売とは無関係でした。要は、なくても買う人か、そうでないか、に尽きると思うのですが、よくわかりません。検討中です。無駄な事に時間を費やしたくないのです。)
ほとんど客のいない私のライブは、店側から「このライブをするために30くらいのバンドを断っているんです」と言われています。
正しくは、「どうでもよい30のアマチャアーバンド」と言ってもらいたいのですが、それらと私は比較されているのでしょう。
この事で私が恐縮する事は一切ありません。(「ケッ!」)
彼等の方がそれぞれのメンバーが引っ張ってくる「お友達」が多いので店としても繁盛する、と言う事でしょう。
私は、私なりにやれるだけの音楽をやっているだけです。
問題は、店側が「お友達」としている「文盲(もんもう)」の客層の「質」の問題です。
(私は、この土地の人間の「芸術度」「文化度」「教養度」を熟知しています。彼等の多くはこのサイトの「文字」が読めません。とは言え、最も「野蛮」なのは本当は私自身ですから私は人一倍「理性」を磨いておかないといけません。)
もともと一番お客さんを集めるのは、「高校生ミュージシャン」です。
全校生徒がやって来て大騒ぎをしてくれます。
大人だとは言え、昨今は、別に大差はないでしょう。
基本的に若者は若者にしか関心がありません。
「芸」の問題ではありません。
極少数の若者が次の時代を担(にな)って世代を超えた関心を示しています。
ミュージシャンは、ライブハウスが潰れてもミュージシャンとして生きて行くしかありません。
そうして多くの時代を生き抜いて来ました。
教室も同様です。
どこへ引っ越そうが、教室は教室です。
現在の教室場所も後何年か先には立退きですからまた移動しなくてはいけません。
まさしくゲリラ活動そのものです。
様々な場所で様々な人と出会って来ました。
私は、いつでもミュージシャン側として存在していました。
多くの人と出会い、多くの人と別れます。
若者はやがて落ち着き、ライブにもやって来なくなります。
そしてまた、次の時代の者がやって来ます。
長い間、ミュージシャンをやっているとそうした出会いのくり返しです。
私たちは、いつもミュージシャンの側として存在し続けています。
そう言えば、昔、あんな客がよく来ていたねえ、なんて会話をしたりします。
でも時には、ミュージシャン内部でもあいつどうしてるんだろうねえ、なんて会話をする事があります。
最近ではこっちの方が多いのかもしれません。
70歳を越えても、何かと「集合」をかけた時にかけつける者もいます。
ああ、まだ、「ミュージシャン」なんだなあ、と会う度にお互いの「無事」にびっくりする事もあります。
ふと、考えると、これは偉業だなあ、と感心する事があります。
誰しも大体、10台で音楽が好きになり「ミュージシャンになりたい」とこの道を歩み始めます。
その多くは、やがて数年もすれば消えて行きます。
それを70歳過ぎるまで続けているのです。
しかも、誰もその生存すら関心のない「無名」のミュージシャンとして、です。
これは、偉業です。
できるなら、その最後は、大勢の「良質な」観客に見届けられてその生涯を終えさせて上げたい、と思う事があります。
しかし、現実はそうも行きません。
皆んな、その時、その時を真剣に生きて来たのですが、、、。
時代の若者が必要としなくなったのだから仕方ありません。
泣こうがわめこうが人間、死ぬ時は死ぬ時です。
私の教室は、時折、「見学したいのですが、、」と言う者からの電話があります。
私は、長年の経験からその一切を断っております。
私は、密室の人間ではありません。
何者か知りたければこのサイトを見ればよい。
技量を知りたければCDを買うなり、ライブを見るなりすればよい。
これ以上の私自身の提示はないはずです。
(私の演奏の一切には興味がない、とするギターの生徒もいます、、、ジャズはピアノが好きだそうです。中学の頃の私の同級生と言いますが、何年経ても思い出せません。エリック.クラプトンが好きだ、と言います。商売、商売。)
長年の経験とは、それでもその授業を見なければわからない、とする「疑い深い」人間の多くは、結局、縁がない人間だと思っています。
実際、彼等ほど、何を提示しても自己に与えられた課題をこなす者はいませんでした。
疑い深い、と言う事は、他人への要求度が通常より高い、と言う事です。
生徒となる者は、みな、出会いと同時に即座に決定し、飛び込んで来ます。
私自身もそうでした。
ああ、この人だ、と即座に決定して来ました。
私は、基本的に私のCDを購入した者が多い地域にしか行こうと思いません。
なぜなら、私自身が、CDを購入しないでそのミュージシャンのコンサートへ行った、という経験がないからです。
そのミュージシャンがちゃんとそれを提示している場合です。
未知のミュージシャンであってもまずそのCDを購入してからコンサートへ出向きます。
『沖縄に「ブライアン.セッツアー(ロカビリー.ギタリスト)」が来ると言うので彼のCD
は5枚も購入しました。コンサートは、「やっぱり」最高でした。1999年11月7日(日)』
そのミュージシャンが何も提示していない場合は仕方ありません。
だから、その地域で誰も私のCDを購入しようと言う者がいないにもかかわらず、のこのこと出かけて行って、疑い深い眼差しを受け「芸」を披露する事は、よほどの未開地でない限りやらなくてもよい気がします。
実際、やっているミュージシャンもいるのでしょうが、私は、観客の誰もそのミュージシャンのCDを持っていない、という現実をよく知っています。
ライブ後も購入する者はいません。
しかし、毎年、そのミュージシャンは、あたかも自分がファンに囲まれている、という錯覚の下(もと)、演奏を繰り返しています。
大半は、熱烈な主催者が苦労して「お義理」で呼んだ観客ばかりです。
彼等ミュージシャンは、その現実を知らないまま、生きて行きます。
確かにライブ演奏を聴いてからCDを購入する人もいるでしょう。
しかし私自身が、そんな事はほとんどありませんからそうした「疑い深い」人の気持ちがわからない、と言う面があります。
その作家の本も読まずに講演会へ行く者の類です。
私は、ハービー.ハンコックの膨大なCDすら一切所有していないにもかかわらず楽屋へ押しかけて行った女性ピアニスト、ボーカル連合を知っています。
ハービー自身は、熱烈な女性ファンに囲まれ有頂天だったのでしょうが、、、。
(前略、ハービー様、あの女性ファン連合はインチキです。あなたが死んでもちっとも涙なんか流しませんよ!)
彼女等は、演奏中、「爆睡」してたんですが、別に教えて上げる必要もないかもしれません。
さて、ここに寄せられた多くの感想は、私がサイトを始めてから出会った人たちです。
掲載の許可も得ていませんが、赦してくれるでしょう。
サイトだけでは、まだ、わからず、私の音楽を聴こうか聴くまいか思案している人が大勢いる、との事です。
力を貸して下さい。
プライベートな部分は削除し、それぞれが私と最初に出会って私の音楽を聴いた瞬間の感想を生のまま丸齧(まるかじ)りでもぎとっています。
たぶん、縁がある人は、出会い、ない人は一生かかわりも交流もない事でしょう。
私は、本来、こうした宣伝活動が大変苦手であるのですが、これからもミュージシャンとして生きて行くためには、必要な努力である、と言う事を痛感するため最後の力を振り絞っている次第です。
だから疲れてしまったんでしょう。
しかしまあ、これも闘いです。
一般には、「悪あがき」と言っています。
一つの時代の「記録」と考えてもよいでしょう。
内輪な世界の馴れ合いはどこにもありません。
なぜなら、私は、こうした観客が一番怖いからです。
これは、過ぎ去った過去のある一点を認めた、と言う事ですから、そこには「未来」が入っていないからです。
もとより、私は、私自身の「人間性」でつなぎ止めていく人種ではありません。
私の「芸」に身銭(みぜに)を切れるか切れないか。
私の生涯の関心は、この一点のみだからです。
そこにまた「縁」が加わるわけです。
人生は、複雑です。
2002年2月11日(火)午前4時54分、建国記念日
2004年 :
49〜「2004年1月16」
NEW:59〜 64「2004年8月27日更新」
2003年:超ロングセラーにつき感想集再開
34(2月3日)〜48(10月21日)
11(1月3日)〜23(2月20日)
24(3月8日「24:モッズ最終ライブ」)〜33(4月24日)
2001年:音楽感想スタート
1(5月9日)〜10(12月31日「新作発売」)
2001年
1:5月モッズ定期ライブ(VOL25)感想:モッズ楽しませていただきました。「2001年5月9日(水)」三重県男性A、医師、40代
ライヴから日が過ぎてしまいました。仕事の行き帰り、車で今回のカセット音源を聴いています。貴方の希望される、ヘッドフォンで聞くかたちに近いのでは・・・(意外といい音です。生ギターとカセットはよく合います!貴方の「全集」のアナログ・マスタリングも技ありです)。西川勲氏の同級生夫婦が居られて楽しかったです。楽しすぎでした。いつもあのような調子でしょうか。あれだけ酒の肴となれば、いつか、せめて西川氏とのduoくらいは聴きたくなってしまいました。
当日のパフォーマンスは、選曲の幅もあいまって(「スカボロ・フェア」「コンドル〜」)はるか極東の島の、ひなびたライヴハウスで演じる吟遊詩人のようにみえました。まず立ったままの演奏とは予想しませんでした。ソロ・ギターのライヴなんてあまり接してこなかったことを告白せねばなりません。
ギターといえば、ユパンキ、ソンコ・マージュや昨年来日したラウル・ガルシア(ペルーの人間国宝)など、どちらかといえばジャズではなくフォルクローレ系で馴染んでいたことも付け加えておきます。貴方の「民謡風」にはしっくりくるものがありました(くどいですが「民謡風」に島唄を期待した者ではありませんので)。
かつて当方「人生を音楽にのせる」というのは嘘だと思っていました。マーラーでもあるまいし、ことばしかないんじゃないかって。しかし5月2日の夜披露された、貴方の指使い、フレーズの重ね具合から体験したのは、これまでに貴方のHPやらmailの量を軽く吹き飛ばす、繊細さと強靭さとが入り混じったものでした。
出会いがノイズ期でなく「枯葉」で幸いだと思いました。つまるところ、貴方の音楽はどのジャンルにも入らない、「枯葉」「サニーサイド」と馴染みのテーマはあれども当世ジャズ・シーンと結びつけて聴かれて利する部分は少ないことが、はっきりしましたから。トリオでなくソロ、というのも最良のお膳立てでしょう。ちょうど高柳の「ロンリーウーマン」を初めて聴いたときの不安定感が甦りました。
ライヴを体験した後でならお話できますが、地元ではなくTokyo相手で勝負されたらそれでよいのでは、と思えて仕方ありません。東京以外の地方のパフォーマーは皆同じ立場だと思います。具体的には作品をコンスタントに発表していく、現在ならライヴ音源→CD-Rが安価で便利ですから。それは当方がいちばん望む方向でもありますが。
それではまた、コザでライヴに遭遇したいです。ほんとは水曜日ではなくてウイークエンドに近い平日だとありがたいのですけれどね・・・遅ればせながら、楽しい一夜をありがとうございました。
友寄隆哉様
はじめまして。私は偶然、氏のHPに座礁し、友寄ワールド(わな?)にまんまとハマッた一県民です。
最近、アクセスしてもなかなかつながりません。もうやっていないのですか?
氏のHPでの発言は私の好奇心をくすぐり、更新記録を毎回楽しみにしていました。個人的に「友寄家ラーメン事件」は愉しく読ませて頂きました(全く音楽と関係無いが(^^;
しかし「タカヤナギって誰だ! ガボール・サボ?聞いたことないぞ!?」と私のリスナー魂を刺激していることは事実です。
私の為にも(?)ぜひ続けてほしく思います(かなり個人的、勝手な意見だが・・・)
私はジャズは好きで、よく家でCDを聴いてますが、まだまだ初心者で(というか気に入ったものしか聴かない)分からないことが多いです。沖縄もジャズは盛んだと聞いてましたが、その実情は全く知りません。氏のHPで少しばかり垣間見ることはできましたが・・・
小心というかそういう習慣が無いため、ライブハウスにも行った事は無く、友寄さんの演奏を生で聴いたことはありません。CDで聴くばかりです。
ひとつは、琉球民謡の「シナムチ節」が入っていることで購入しました。同じフレーズを執拗に繰り返すあたり、かなり沖縄的だなーと思いました。私も、かの地に生まれ育ったためか、好きな古典音楽(コテ々の)を「うまく和音付けて演奏できないものか?」と最近ピアノをはじめました。息のある内にできるか疑問です(2、3回生まれ変わらないとムリ!?)
いづれ、友寄さんのライブを聴きに行こうと思っています。HPのほうも是非、続けて下さい!
昨日のライブはかなり衝撃的でした!
「もっと早くに聴きに行くべきだった」と、少し後悔しました。
家に帰ってからも、興奮していて、あまり眠れませんでした。
今日もまだちょっと興奮気味です。
私は言葉数も足りなく、表情にも乏しいので、あまり感動してるように見えなかったかも知れませんが、頭の中はもう、嵐が吹き荒れくるっていたのでした。
「なんだ、なんだ、なんなんだ、これは〜!!」と、実際、どう表現したらよいのか、言葉がみつからなかったのです。
また、演奏後の友寄さんの話が面白すぎて、演奏に感動していたのを忘れそうでしたが、車を運転しながら、「あんなギターソロは初めて聴いた!」と、演奏曲をハンスウしつつ、感じたコトをまとめていると、また興奮してきたのでした。
力強くて、攻撃的で、やさしくて、ひさびさに「ゾクゾク」「ドキドキ」しました。技術的なことは知りませんが、とても一人で弾いている風には思えないところもあって、スピーカーの中に、もうひとりの友寄さんが隠れているんじゃないかと思ったりした。
曲の合間に、「この人は悪魔と取引をしたんじゃないか?スゴイ才能と引き替えに、あまり有名になれないという・・」と、不謹慎なことを考えたりした。
モンク(MISTERIOSO)はやっぱりモンクで、でもしっかりと友寄風、ちょっと都会風?モンクで、、と、う〜ん、やっぱり言葉がみつからない・・・
ダニーボーイは好きな曲なので、ドキリとした。
1ステージ最後の(オリジナル)「south wind」?は、とても印象深かった。風速70mの暴風に、50mくらい吹き飛ばされたり、海と真っ白なしょうにゅう雲の景色を思い浮かべたり、なぜか、前の日の夜中に眺めていた稲妻を思い出したりしていた。
コンドル(「コンドルは飛んで行く」)は、ぶっ飛んで行った!
美空ひばり(ですよね?)は、少し不良で、お茶目なひばりで面白かった。
メモリーは、何となく、ハンフリー・ボガード風ダンディズムな美しさを感じた。
煙が目に・・・は、そうか、そういうことを言ってたのか!
と、まだまだ、全然、修行が足りない私です。
しかし、一曲たりとも気が抜けず、始終、「ゾクゾク」「ドキドキ」「ううっ〜凄すぎる〜!」と、心の中では、唸りっぱなしでした。
今日、早速、マグネシウム入りのビタミン剤を買ってきた。まずは、一ヶ月試してみよう。
それでは、また。来月が待ち遠しいです。
まだ少し早いですが、Happy Birthday !!良い'お歳'を!
昨晩の演奏もすばらしかったです。いろいろな情景、情感へと誘ってくれました。素敵なひとときをありがとうございます。
まだまだ暑い沖縄ですが、季節早取りで、秋らしい、心やさしくなる演奏が多かった気がします。
'黒い傷跡〜'は、かなり、ぶったまげましたが。とても、けんしょう炎とは思えない。鬼気迫るものがありました。
こころも身体も、悲痛な叫びを、苦しい血を流しているようでした。
しばらく、息するのを忘れてしまいました。
左手、大丈夫ですか?
'ワルツ'は哀しくて、いい曲ですね。これまでに、出会っては別れていった人達や、せつないことや、愉しかったことを思い出してはしんみり、してました。
雨の日の'ラウンド ミッドナイト'は、これまた最高でした。窓から稲光がもれたりして。ふと、那覇まで歩いて帰ってみたい気持ちになりました。
最初の曲は'雨にうたえば'だったなんて、、。ぜんぜん気がつきませんでした。乾燥したモンゴルの大草原で、馬に乗って、心地よい風を感じていたというのに、、、ってゆうかあ〜、ちょっとぉ、 騙されたぁ〜?
気分? って感じぃー。 ってゆうの〜?
("しゃべり場"こギャル風。 って感じ〜?嗚呼!まどろっこし!!)
でも、これだから、即興演奏というのは面白い!のかな?
雨の日のライブも悪くありません。雨は、そう、嫌いじゃありません。
おまけに、雷、大好きです。血が騒ぎます。
雷落ちて、停電のなかで、暗闇ライブというのもなんか凄そうだ。
TAKAYA TOMOYOSE WORK4を聞きながら酒を飲む、、、、気持ちいい世界突入中
昨晩のライブ、ひさびさに"ヌチぐすい"になりました。
今週は何となく気分の波が"深海2000"という感じで、少しかぜ気味というのもあって頭も散漫としていたのですが、友寄さんのホットな演奏でだいぶエネルギーをもらえました。
気分も1200mくらいは浮上したように思えます。
(オリジナル)"サウスウィンド"はたぶん2回目なんですが、前回とは違った感じで、これまたすごくてドキドキの連続でした。
前回は強風に吹き飛ばされていたのですが、今回はなにか竜巻に吹き上げられる、という感じで、どうしようもなく、強力な波風に引きずり振りまわされてしまう感じを味わっていました。
後半のオリジナルは、美しい曲が多かったように思います。
前半の(オリジナル)"エクスキューズ"(言い訳?)は奇妙なメロディで面白かった。
「うん、そうだなあ、、言い訳ってつじつま合わない言葉が多いもんなあ、、、」と、またまた自分勝手な解釈をしていました。
(オリジナル)"タッカーズワルツ"はどこかほのぼのとする心温まる曲でした。
今回はちょっとした発見もありました。
「あっ! 友寄さんだ!!」と思わせるような共通したフレーズというか、表現がいくつかあるのですね。
タッカーズ調?というか、なんと言うべきか分かりませんが、、、、名調子です。
民謡、演歌でいう「〜節(ぶし)」というところでしょうか。しかし「たかや節 炸裂!!」ってすると、なんか民謡歌手になっちゃうな。
オリジナル集の制作は延々と続くそうで、これまた楽しみです。
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「”寝ながら聴ける音楽” CDを手に入れたその夜、家の者は全部ではらっていたので、遅い夕食を一人でとりながら聴きました。そして、なんと、いつのまにかコタツの中で寝入っていました。コンセプトは大成功ですね。演奏、曲、すばらしい。
翌日、帰宅すると、妻がCDを聴きながら(うちは喫茶店みたいにスピーカを壁掛けにし、四方から鳴らしています)家事をしていました。新作CDの事は、彼女も知っていたのですが、朝からずーっとかけっぱなしにしていたそうな。彼女の弁 ”ジャズであるようで、クラシックでもあるようで。なんの抵抗もなくすんなり入ってくるわ。”
最初は、誰か有名どころのクラシックギタリストが弾いていると思ったそうです。(ちなみに、セゴビアをずーっとかけていたときがありました) 彼女もいつのまにか、耳ができてきたみたいです。
新発見もあります。朝一番に聴くのもまたいい。こんどは、逆に目をゆっくりと覚まさせてくれて、ひんやりとした、空気の中で、静寂な朝を迎えさせてくれます。なんとなく、心がすーっと新鮮な気持ちになるから不思議。まさに日中、至福の時を過ごしています。
本日(30日)は私の誕生日です。そして、今(朝7:30)CDを聴きながらパソコンに向かっています。窓から朝の日差しがさし込んできて、音楽は三曲目のWalts。なんとすがすがしい、誕生日の朝。一番のプレゼントありがとうございます。とりいそぎ感想まで。あ、メモリーがはじまりました。」
「昨晩は御用納めで午前さまで、かなりお酒も飲んでふらふらで、早速と子守歌として利用させてもらいました。
つぶやくような、やさしく、うつくしい音に抱かれて、いつの間にやら、すっかり心地よい眠りについていました。
朝目覚めて、ふとんの中でぬくぬくと、今度は一曲一曲かみしめながら聴きました。
2巡目したところ、「メモリー」辺りでまた、幸福感につつまれ二度寝してしまいました。
今日は部屋の片付けをしながらも、しょっちゅう流しては聴いてました。
おかげで?肝心の片付けは、あまりはかどりませんでした。掃除の時には不向きなようです。
7曲とも美しいメロディで、これまた、すべてが心にしみ入る演奏で、、、と、私の心の宝物がまた一つ増えました。」
「土曜日の午後に中学生ころに学校から帰ったら、人情ものの刑事物のテレビドラマのなんとか捜査線とでもいう番組の最後に流れていたテーマミュージックに似ているなあ、An
old song は。
悲しい境遇で、どうしても避けられなかった罪を犯して逃げているやつを、同情はしているけれど、やっぱり主人公の刑事は、逮捕するんだなあ。
逮捕した犯人にも親や恋人がいて、それを苦に自殺する。
なぜか、不健康だけどその時は許されるたばこを一服、刑事はするんだな。
なぜか、夕暮れどきで、
なぜか、後ろ姿で
こんな、音楽が流れるんだな。
ボギー、おれも男だ。
こんな感想文もあり?」
「The Old Song に言葉を挟むとしたら、以下のとおり。他に思いあたるのはアストル.ピアソラの自作自演くらいです。例えようもない美しい演奏が、格闘の後にしか表現できないものがあるから。、、、(中略)、、、インターネットを媒介としてその存在を知り、偶然とはいえ現在の演奏と作品を体験する事ができた。これほど喜ばしい事はないと思います。ライブを体験した者としては、今回の作品もまたjust
another sideだと受け止める余裕を持ち合わせています。」
11:新作「The Old Songs」感想「2002年1月3日(木)」愛知県女性A
「CDからは、切なさ、引っ掛かる息苦しさ、解放されるようなリラックスとは違うなめらかさを感じるんだけれども流れるような感じとは違ってて、、何とも言えない心地よさもあって、、、、(中略)、、曲は全て同列に好きなわけではなくて,大好きなのと,結構すきなのと..(中略)聞き手や,読み手は,いろんな刺激で変化していくなら,発する友寄さんもこれからもずっと変化しつづけると信じます.」
12:2002年1月モッズ定期ライブ(VOL33)感想「2002年1月4日(金)」 沖縄県女性A、20代
あけましておめでとうございます、友寄さん。
遅ればせながら、新年初メールです。
しかし昨夜の"劇団友寄"は、かなり過激でした。
これから一年の厄払いになった気がします。
弾き初めのインプロビゼーションは、もう、凄いの一言で、変だけど美しかった。
つくづくと「ああ、友寄さんはここ沖縄にはもったいなさすぎる人物だ」と思いました。
テイク5は、あんなテイク5を聴いたのは初めてで、なんとなくソロには向いてなさそうな曲だな、と思っていましたが、友寄さんの手に掛かればなんてことはないのですね。
陽水は、これまた、あんなワイルドな陽水は初めて聴きました。
(オリジナル)「フィールド・オブ・ドリーム」は、同名の映画がありましたが(畑に野球場をつくるやつ)、それを思い出していました。
(新作The Old Songsの)ライナーノーツ、拝見しました。
一曲一曲に深い思いが込められているのですね。
なぜ、1999年に集中しているのだろう?という素朴な疑問も解決しました。
あ、そうだ、、キャバレーと、クラブとスナックとパブはどう違うのですか?
スナックは何となくわかる、、叔母さんが長年勤務しているので、、、と、別にどうでもいい質問ですね。
今年は友寄さんにとって大きな変化、いい変化、飛躍的な年(世間的に)になるといいですね。
追伸:今(1:45)、FMで松本ひとしと、タカス の番組をやっています。
松っちゃんがかなり本音の番組です。
友寄さん
あけましておめでとうございます。
CDは29日に届きました。譜面までいただきましてありがとうございます。
とってもうれしいです!でも私が弾くとクラシックになります・・
がんばって練習しやなあかんなーと思いました。
以下は今現在の感想です。思いつくままに書いてます。
まず新作から聴きました。最初に感じたのは「わっ!綺麗な音!」ということです。
そして曲が展開していくにつれてサイトで書いてあることが嘘じゃなかったんだと実感しました。
私はBGMにはしないです。じっくり聴きこんでしまうからです。というより引き込まれます。
間の取り方やリズムのせいでしょうか・・私の場合聴いててうれしくなってくる演奏には引っ張っていく何かがあるように思えるんです。変な表現ですが。
張り詰めた空気も感じました。曲に心臓があって脈打ってて息をしてるみたいです。
あっという間に7曲終わりました。ふと思ったのが「そういえば私、ピアノ弾くんだった」ってことです。ピアノの曲ならテクニック的なものを意識してしまうんですが、ギターのことはあまりわからないので余計なことを考えずに聴いてました。
その後突然、過去作品集の第4集を聴いてみました。
ノイズと聞いてもっと耳障りなものを想像してましたが案外気持ちいい音でした。
私は結構テクノとか、実験的なループ音楽、踊れないクラブミュージックも好きですので、ついつい「かっこいいー」なんて思いました。
割と若い人に好まれると思うのですが。あっ、でもあの和楽器の音はちょっと無気味でした。
次に第3集ですが、ビックバンドアレンジの曲については少々不可解なのですが餌付けになるかなと思って聴いてます。
びっくりしたのはコンピューターを使用した曲です。安い音源や少ない機材でも言わなければわからないと思います。ちなみに私もDTMやり始めました。まだまだです。
第1集もお気に入りです。聴きやすいですね。でもじっくり聴きます。細かい音まで大切にしているんだなあと感じました。これは友達にも薦めたりしてます。反応は「?」ですが・・
第2集を車の中で聴いていた時です。大晦日にライブをして、その帰りです。
1日の朝7時前でした。一人で運転してて峠を超えてました。あー疲れたとか思いながらふと前を見ると遠くの山々はうっすらと雪が積もり銀色に輝いてて、そして空はキラキラしたピンクと水色に染まっていました。ただの朝焼けですが、あまりにも綺麗でした。いい年になりそうです。
以上が感想です。感想になってませんね。私って妄想するタイプですねー、気をつけないと・・
「久々に、生の美しいギターを聴きました.良いですね.
The Old Songs のCDは、きれいな曲が多いので、ストリングスでもアレンジしてオーバーダブしてみたくもなりました.(中略)
Waltz (Song #9) は、こちらもピアノでソロをトライしてみたくなりました.
今回の作、かなりオーソドックスな作りに聞こえましたが、あまり、メロにテンションを使われないのは、わざと意識されてのことなのでしょうか?
ますます、友寄さんの音楽に興味、沸いてきました.
「眠くなるだろう」なんて、私にはとんでもない.ハーモニー感覚しっかりある人間ですから..」
私、一聴して、友寄さんの音楽は、アメリカで売れますよ.
日本で活動、されないほうが良いと思います.
私にいろいろ、考えがあるのですよ.
一度、沖縄へ行ってみたいですね.
あと、もしギャラが出て、アゴアシ付き、なら、こちらへお越しいただいて、名古屋あたりでライブなんか企画できませんかね..?
私は、ギタ−レッスンを終え、一枚のCDを聞きながら沖縄の街を車で走らせている。様々な色の光、人、ビルなどが、私の視界にとびこんでは消えていく。
そして甘く、AN OLD SONGが私にささやきかける。
まるで映画の中にいるようだ。
気がつくと、私は2時間も車を走らせていた。
やはり頭の中にはAN OLD SONGがのこっていた。
数日後、、、、
今日は仕事の最初から友寄氏の新作を流しながら作業をした。
仕事を終え、何故か気になるフレーズがあった。帰宅途中の車の中で必死にそのフレーズ?が使われている曲をさがした。
みつけた。
メモリーズだった。
私はその場面をきくとなぜか色々な事が頭をよぎるのだ。
というより一気に重くなるようで軽いかんじだ。
(ちゃん、ちゃん、ちゃん、ちゃ〜ん、のところです)
さらに数日後、
仕事を終えた私は、職場の近くの港に車を止め、JACKという缶コーヒーを飲みながら、夕日をながめていた。
やはりそこにも友寄氏のCDが流れていた。
多少つかれていた私は、現実と夢の世界のはざまでゆれながらたそがれている。
WALTZが私を過去の世界へとつれている、、、十数年前、一人私は家にいた。
小学生低学年の私は、ふと、人間の存在とはなんだ?
私は息をしている、、、この世界は???と最初の哲学的思考をしたころだ。
このときの ”こどく”な世界が、なぜかWALTZと重なってしまう。
そこは現実の世界を切りはなした別の世界だった。
まとめ?
今回、友寄氏の新作「THE OLD SONGS」を聞いてみて、やっぱり最初にびっくりするのは音源のよさだった。
それはあまりにも前回までの録音技術に差があったからかもしれない。
はじめて聞く方は、「友寄氏は、バラードをひく人なんだあ!」と思うかもしれない。
しかしそれはまちがいだと思う。
彼は、きまぐれなんだ。
たまたま彼のエネルギーの火花がそこへとんだにすぎない。
ライブを見ればわかる。
あまくみるとやけどするぜ、という感じな友寄氏。
「THE OLD SONGS」をありがとう。
うちの猫が死ぬかも、と思ったとき(今は少しもちなおしてきています。一時は今月いっぱいもつかどうか、といわれて・・)あたりまえのことなんて、何もないんだなあ、と思いました。
自分も主人も猫たちも健康でいつもどうりのことが、悲しく思い出されて・・。
そんな事を感じていると、頭に流れてきたのはAnoldsongでした。CDのいちばん最初にあって、聞きなれていたこの曲でした。
ストレ−トで、なつかしくて、悲しい、でもなじみのあるような・・・。
WhiteBlueは以前お話したと思いますが、私にはとても印象の強い曲でした。
洗練された、美しいメロディ−とハ−モニ−、自分のしっている見たことのある世界とは別の世界へつれていってくれる曲です。
Waltzもとても好きです。
「どの曲が一番すきか?」と聞かれたら(聞かないかもしれませんが、)う〜ん、あれも、これも、・・・と考えて・・「は!あの曲を忘れてはいけない!」という気になるのがMemoriesです。
なにか、とても重く、深く、悲しい、というか、やるせないような印象でWhiteBlueとは違った意味で印象がとても強いです。
華やかな印象ではないけれど、この曲を、これを避けて通っていいのか?
今のところ書けるのはこれくらいで・・。
今書いていない曲も好きなんですが・・・。やっぱよく聞くはじめの曲のほうがうかんできています。
ごちゃごちゃと書いてきましたが、最初に思ったのは、とにかく曲も音もきれいだなあ・・ということと、無駄な音がない、ということです。
たくさんの人に聞いてほしいですが・・。
自分がきけるだけでうれしいですが。
この度はすばらしいCD本当にありがとうございました。
簡単に自己紹介をすると、現在僕はベーシストの師匠につきジャズの修行をしてるジャズ歴2年。筒井康隆が大好きな25歳のピアニストです。
普段は家のカンズメ工場で働き、月に3回程師匠といっしょに音楽の仕事をしています。
そんな僕の音学歴は中学2年の時に聴かされたバッハの小フーガが始まりで、その後ディープパープルなどのロックにはまり、フランクザッパをきっかけにジャズに興味を持つようになりました。
そして師匠と出会ってから、友寄さんがHPで書いてたように、リズムと歌い方を徹底的にしごかれる毎日になりました。
今、一番自分で大切にしてる事はとにかく「素直さ」で、「いいものを裸で素直に感じれる」というのが音楽のおもしろさになってます。僕自身ちょっとマゾなのですが・・・
そんな中、友寄さんの作品を聴いて改めて音楽に感動しました。
まず、即行聴いたのがworks1のジャズトリオのCDでした。
一曲目の「Blue In Green」の冒頭のギターを聴いていやはや時を忘れ聴きふけ、ナイーブで官能的なベースソロに聴きほれ、情緒豊かなドラムにウルウルし、あっという間にこのCDは終わってしまいました。
強く感じたのは、「ジャズ」という精神そのもので、演奏のフォーマット自体は全くオーソドックスにジャズという訳じゃなく、色々な音楽をクロスオーバーさせた(意識的か無意識的かは解からないけど・・・たぶん必然に)柔軟なものだと思いました。しかも2曲目を聴いてまたまたビックリ。特に後半のギターうねるシンプルかつスリリングな展開には完全にTKOされました。
後、興味深かったのはピアノ演奏。
これ、・・・とにかく「自分自身の存在」そのものを貪欲に、ある意味狂気的に追求する精神がダイレクトに伝わりました。
こんなに素直に屈折している人はそういない!!!っと自分勝手に解釈してしまったのですが、本当に感動です。
これは、音楽を仕事という目的だけで吸収してきた人などにはとうていできない本当にすばらしい屈折だと思いました。たいていの人はどんな仕事をしても、どんな生活をしても世間体や名誉を気にしそれらが表現できないまま死んでいくのではないでしょうか。しかし、そこで自分自身に帰った時、その人の人生はいったい何だったのだろう・・・と思うのです。
友寄さんの演奏、いや音楽はとにかくこの追求のように思えました。つまりその意味でも友寄さんの音楽にはどの時点でも初心と遊び心と屈折を持っているし、万華鏡のような美しさとやさしさがあると思いました。やっぱり、個人的にはHPでの言葉よりも友寄さんの音楽の方が全てを証明してるように思います。
僕も今は未熟で無知だけど、友寄さんの言葉にならぬ精神を聴けただけで僕には大収穫でした。
今日はたまたま会社を休んで家にいたので、今日の午後、CDを受け取りました。
今のところ2回聴いています。一度目はもっとリズムがはっきりした曲がほしいとか、もっと曲に変化がほしいとか思いましたが、2度目は全然そんなことは感じません。気に入ったのでまだ何度も聴くことになると思います。
でもせっかくなら、もっといいギターと録音で聴きたいところです。
しかし、すごいガムテープの貼りかただなあ、、と店に入る前、例の車を目撃して笑っていたのですが、持ち主は友寄さんだったとは!
もう、大笑いです!!と、、いやいや、御愁傷さまでした。くくくっ。
とはいえ、私もよくサイドミラーやバンパーをぶつけるので人のことは笑えませんなあ。くくっ。
昨夜は、いつもの常連夫婦さんがいなくて寂しかったですね。まだ松の内なのかな。
オリジナル曲が少ない感じだったのですが、ライ麦畑?(オリジナル「CATCHER
IN THE RYE」)はやっぱり良いですね。
子供の頃の、いつもの遊び場から少し遠出をして未知の場所を探検した時のドキドキした感じが思い出され、草むらの緑色と、ちゃんと家に帰れるだろうかと少し不安になった夕暮れ時の色がかさなりあったり、オオカミ(野犬)に追われて死ぬかと思ったことなど、、、、探検といっても、今考えればどうってことない範囲なんだけれども、あのころは、身近なところに刺激が満ちあふれていたんだなあ、と。
”枯葉”(AUTMN LEAVES)は、あんな得体のしれない枯葉は聴いたことありません!
マイ・フーリッシュ・ハートをありがとうございます。
少しばかり幽体離脱しかかりました。
因みに、ビルエヴァンスのワルツ・フォー・デビーのアルバムに入っているサム・アザー・タイムの曲も大好きです。リクエストしているわけではありませんが、、
(「ビョーク」の映画)「ダンサー・イン・ザ・ダーク」はまだみてませんが聞いた話とかで、なんとなく、あんな感じだろうという気がする。狂気のはざまというか。
ある知人は、観た後とても憂鬱になったと言ってましたが。
またまた幽体離脱しそうになった「しゃぼん玉」の後(だったかな)の、クラシックの名曲の曲名と作曲者が昨日からずうっと思い出せずに気がかりです。
最近こういうのがよくあって歳を感じます。人間のこういう感情を伴わない記憶をメモリーカードに保存できたらいいのにと思います。
それはそうとクラシックではドビュッシーの”月の光”とラヴェルの”亡き王女のパヴァーヌ”が大好きです。リクエストしているわけではありませんが、、、
最近クラシックの分野でリゲティを発見。「アイズ・ワイド・シャット」の一部で使われていてはじめて知った。
黒魔術の儀式の場面で、これまた非常におどろおどろしい曲。
ピアノ曲集を一枚聴いた印象では、全体的にはドビュッシーより少しばかり現代建築かな、という感じ。
というわけで、、、何が「というわけ」かはさて置き、、、、友寄作品集一式の(追加)注文をお願いします、ということで、、、、今日はもう寝ます。
21:新作The Old Songs と「海が見えるそば家」のそば「2002年2月12日(火)」沖縄県男性A、40代
前略
「海が見えるそば家」の(沖縄)そばは、すごいです。本物です。一口食した時は、薄味かなとおもいましたが(薄味ではある)飽きないのです。こんなそば食べたことない。翌日、そば好きではない家内を連れていく。最後の一滴までスープをすする。こんなそば食べたことない、と。
食べものでこんなに、感動したのも久しぶりです。いや、はじめてかも。そうです。友寄さんの曲みたいで、飽きないのです。何度でも味わいたい。また触れたくなる。舌が、耳が覚えてて、要求するのです。いや〜、自分はなんて幸せなのでしょう。食べ終えてあと、違う場所で聴くThe Old Songsが流れる。至福。言葉いらない。わかるかな、わかんねえだろな、と、独り言。
(註:「海が見えるそば家」沖縄県嘉手納(かでな)水釜(みずがま)6-25-13、Tel:098-956-0940、2002年2月2日(土)より、フランス料理店「ふらんす食堂」が14年の営業を終え、沖縄そば家と「華麗なる」転身を遂げる。The
Old SongsのCDをリクエストすればかけてくれる。友寄隆哉のCDを聴きつつ店内より海を眺めながら「沖縄そば」が食べられる唯一の店。)
店主の弁:塩分を控えたので肉体労働者からは認められないであろう。
また、よい食材を¥600に抑えたぎりぎりである、まずは、馴れてもらうしかない、との事。
22:新作「The Old Songs」感想「2002年2月13日(水)」青森県男性A、30代
年始早々パソコンがぶっこわれてメールはおろかサイトを見ることすら出来ない状態でした!
年始に購入させていただいたアルバムは毎晩聴いています
あまりの心地よさにいつも途中で夢の中へ・・・
先日、昼間に流しながら過ごしているときに気づいたのですが内容はもとより「いい録音だ!」と思いました。
最初は、おっしゃるとおり「あ〜。もっといいギターだったらな〜・・」と感じましたが、それはそれなんといいアルバムに仕上がったことかとミキサ−の古堅(ふるげん)さんに脱帽です!
なんでもそうですが「形に残す」ことは大変なことなんだと感じました。
アルバムを聴いていると「息づかい」やギターを弾いている姿が目に浮かびます。
これからも、また新たな発見があるとおもいますがそのときはまた是非「形に」残してください!
では、お体に気を付けて
遠く北の大地より・・
23:新作The Old Songs 感想「2002年2月20日(水)」沖縄県男性D、30代
CD聞かせてもらってます。はじめは晩年のバーデンパウエルをおもいましたがやはり友寄さんのスタイルだと思いました。
さすが、凄いです!
これからも聞かせて戴きます。
水釜のそば屋さん!?
こんどお昼に行って見ようと思っています。
24:モッズ定期最終ライブVOL.35観戦記「2002年3月8日(金)」沖縄県男性D、30代
おはようございます。
3年間の偉業達成 MOD'S LIVE お疲れ様でした。
突然の終了宣言にビックリしました。
自分は、35回中4回しか行けませんでした。
最終LIVEの感想:
「高橋竹山+松本仁志=友寄隆哉」そんな印象を受けました。
(どんな印象なんでしょう????)
25:モッズ定期最終ライブVOL.35観戦記「2002年3月12日(火)」沖縄県男性D、30代
LIVEの感想は、言葉足らずで失礼しました。
言葉が見つからず安易な表現だったと反省しております。
枯葉から始まり、ByeByeBlackBirdまであっという間に過ぎてしまいました。
●枯葉ー友寄教室で教わった曲で思い出い深い曲です。アドリブは凄かったです。
●沖縄民謡ーギターの電池が切れた曲でしょうか。
以前、友寄さんが(那覇市)松山の「ビアドーム」にて、梅津和時氏と共演したLIVE、西川氏(Bs)ラスティン氏(Dr)にて演奏した沖縄民謡を思い出しました。
ポール石垣氏のアレンジをしていた頃でしょうか?(1994年)
●(オリジナル)春が来た(来る「註:春前に弾く場合」)−タイトルとの感じは違いアドリブが複雑な感じがしました。
●(オリジナル)サザン(サウス?)ウインドー3年前はじめてLIVEお聞きした曲です。
タイトルのように爽やかな曲だとおもいました。
●ByeByeBlackBirdー原曲は知りませんが、最後の一曲だったので印象的でした。音源を捜して聞いてみます。
今改めて感想をかいてみました。
今日はこれまでの疲れがたたり、扁桃腺が炎症をおこし40度の高熱をだしてしまい休養中です。
26:モッズ定期最終ライブVOL.35観戦記、祝?偉業達成!「2002年3月11日(火)」沖縄県女性A、20代
前略 友寄さま
遅くなりましたが、、35回目の偉業達成ライブおめでとうございました。(めでたい?)
今回は、35ぶんの6回の短い歴史ながら、私にとっては貴重な時間となったこれまでのライブ体験を思い出しつつ、少し、しみじみと、友寄さんの演奏に心をまかせていました。
友寄さんのギターも、いつにも増して、気合いと集中力のバロメーターが臨界地点まぎわな感じがしたけれど、でも、まだまだこんなもんではないだろう、もっともっと変貌して行きそうな、そんな予感がしました。
そのためか、定期ライブ終了を事前に知りつつも、決して、これが最期になる、という気がしなかったです。
なにか千秋楽の、今場所の大一番を聴くような、そんな感じでした。
そんな色々な思いがあいまってか、3月に聴く「枯葉」は、、、3月も、いろいろな別れがあるけれど、それは永遠の別れを予感させるものではなく、秋に葉を落とした木々は、まだ、神経図のような枯れ木だけれど、もう、そこにはすでに新芽が動きだしていて次なる再生を期待させるような、そんな印象でした。
(沖縄民謡)ジンジン(蛍)は、むりやり引きずり降ろされ、なかばリンチ状態、なぶり殺されかけたジンジンは最後で救出され、やっと心の平安を見いだしたような、そんな感じでした。
今回のコンドルは、友寄さんという名のコンドルは、制約の無い、自由な空に羽ばたいていくような、遠く遠くへ飛んで行ってしまうような、そんな感じでした。でもまだ、道半ばだったかな?
(オリジナル)「RUN(ラン)」は、まさしく、疾走してました。
友寄さんの、日々のトレーニングの40分?のランもきっと、あんな風だろうと思いました。
しかし実際、40分もあんな風にダッシュしたら、こりゃあ死んじゃうかな、と。
(オリジナル)「春がきた」は、心打たれるメロディで、なぜだか涙があふれ出そうになりました。
春なのに、どうしてこんなにもかなしいのかな、と。
「春なのに〜おわか〜れですか〜、、、」という歌があったけれど、春だからお別れなんですね、きっと。
(オリジナル)「サウスウィンド」は、やっぱり聴くたびに違っていて、今回はなんだか風が叫んでいましたが、これまで3回は聴いたと思うけど、はて?そういえば、、どんなメロディだったろう??と、曲の実体を思い出せません。これは必ずや、もう一回は聴かねば!というわけで、、、、不定期ライブはやってくださいね。できれば土曜日に。
春夏秋冬の季刊ライブ!?海の日ライブ、体育の日ライブ、勤労感謝の日ライブと、、、増刊ライブもあったりで!
今度はソロ以外も聴きたいです。
と、またまた勝手なことを言ってますけど。
4月から、伊江島と那覇間を高速船が就航するんですってよ。マーリン復活?私が村長に嘆願しました。(ウソ)
まだ、詳しくは知りませんが、、少しは近くなるかな。
あと、4月からの内示が出て、私は総務課なんだそうです。
牛の住民登録とかをやってるのでしょうね。
窓口で牛との恋が芽生えたりしてね。
友寄さんのCDも、ちゃっかり販売したりして。
「友寄作品集ご希望の方は総務課窓口まで!」ってのはどうでしょう?
あ、友寄さんから預かった新作CD2枚の嫁ぎ先も考えねば、、、、
草々。
追伸:
こないだのライブの模様が携帯で見れるのですか?
友寄さんは、、う〜ん、、ビジュアル系には、やっぱりムリがありそうなので、、格闘系で売り出すというのはどうでしょう?
手にテーピングして、上半身はだかで大リーグボール養成ギプス装着で、下は、、、網タイツ!ある意味ビジュアル系?
ていうか、その前にギター弾けんって!
『友寄:私は、たぶん卑怯系です。目潰しとか、そんな技ばかりを使ってひんしゅくを買うはずです。「勝ちゃあいいんだよ」って、逃げて行くはずです。』
27:モッズ定期最終VOL.35ライブ後感想、友寄隆哉の感想「2002年3月12日(火)」
1ステージを終えて、電池入りのアコ−スティック.ギターの電池が、指摘されて切れている事に気づいた。
これはソロ.ライブの初期にもあった。この時は、ライブ前に気づいたと思う。
まさかこんなアコ−スティック.ギターに電池が入っているなどとは、ついつい忘れてしまった。
それよりも何の曲を弾こうか、と当日、あわてているからだろう。
だから1ステージの後半は、アコ−スティックと言え音が歪(ひず)んでいた。
でもまあ、ライブではハプニングを楽しんでいる。
アコ−スティックの音は、美しい、という定められた概念の50パーセントは、「破壊」してしまった。
だから、この失われた50パーセントを1から創造しなくてはいけなかったんだと思う。
でも演奏中は、何だかいつもとちがって歪んでいるなあ、くらいにしか思っていなかった。
残念と言えば、残念だけど、あれでよかった気もする。
ぼくの体内電池も切れかかっていたのだろう。
ぼくは、いつも突然止めよう、と思ったり、突然、どうしても録音して見たい、と思ったり、と、ある日急に「どうしても、、」という考えがやって来る。
さほど、まわりから何の要望も反応も支援もない活動を続けて行くのは毎度、至難の技。
エネルギーの供給源がない。
枯渇する。
自分の中の自家発電機も停止する。
エネルギーが足りない。
だから突然、「や〜めたあ」となってしまう。
アルカリ電池のように突然切れる。
古い客をいつも犠牲にして探って見る事がある。
それを、飽きるほど、やり続けて、やり続けて、未来の未知の客の前にその完成品を提示してみたい、と言った気持ちもある。
芸人にとっては、この「飽きられる」、という日々もまた修行。
物事を「完成」させるためには、くり返しが必要だ。
最初、ソロを始める際、店からは、「誰か、もう一人ゲストを呼んでくれないか」と言われた。
この一言は、ぼくのミュージシャン魂に火がついた。
(やめる時も同じように突然火が消える)
ソロの世界を知らないのか、なら提示してやろう、って。
おのれらの何億倍も一人で音楽やって来たんじゃあって。
本当は、ミュージシャンは1ヶ所でやっては誰も持たない。
セロニアス.モンクが、旅に疲れて、あるライブハウスで毎日演奏する契約をした。
初日は、大盛況。
しかし次第に、客は減り、とうとう数人の客しか来なくなった。2ヶ月で終った。
ところがモンクは、その後期の演奏が後世に残る演奏をした。
どんなミュージシャンでも「飽きられない」ために旅をしなくてはいけない。
1ヶ所ではやれない。
それは、マイルスでも同じ。
毎晩マイルスが聴けたらもう終いには誰も来なくなってしまう。
これが「芸人」の宿命。
だからミュージシャンを見つめ続けられるのはミュージシャンでしかない。
毎日、共演しているお互いが、その微妙な「変化」に未来を見る。
ぼくらは、そんな毎日を送って何年も過ごして来た。
色んな時代に、色んな人がぼくらの前を通り過ぎて行く。
ぼくらは、それでも今のままで、少しづつ変化しながら、新たなものに出会う。
何年かして、また、気まぐれに昔の客がやって来る。
そんな日々の繰り返し。
そんな日々の繰り返し。
飽きられたり、嫌われたりする事を気にしていては、ミュージシャンはやれないよ。
皆んな過去のもの。
それでも、おめおめと生きなきゃいけない。
次の時代へ向けてね。
綱渡りだな。
いつか落っこちるまでその芸を見せ続けて行くんだ。
もう、とっくに皆んな上手く渡る事には、飽きちゃっているのにね。
友寄隆哉
2002年3月12日(火)午前4時40分
28:モッズ定期最終VOL.35ライブ後感想「2002年3月12日(火)」沖縄県男性A、40代
前略
去った日曜日(10日)立川談志独演会を体験しました。ビン・ラディンのトレーナーで現れ、フリートークから、古典(義太夫と寝床)をアドリブを加えて、二時間余。堪能しました。義太夫では、小さんと志ん生?声色を再現しながら、本人を含めて同時中継という試み。凄かったなあ。あれで、今日はだめでしたとくる。終始、友寄さんのステージがダブっていました。談志曰く、客がいるから、芸人がいるのではない。芸人がいるから、客がいるのだ。そして、俺は、客の前で、完成されたものではなく、今の俺の、芸はこうだ、と問うのだ。どうだ、文句あるか、と。そして、客が少ないと、来ない奴らのために、最高の芸をするのだ、ざまあみろ、と。
もしかして、僕は、談志は最初で最後なのか?と変な予感がした。友寄さんのモッズでの最終ライブのせいなのでしょうか。とにかく、大衆に媚びない本物の芸をみました。談志の芸(彼は落語というのは小さすぎると言い切った)と、友寄隆哉のギター(ジャズギターの範疇を超えている。しかし、談志が小さん等を完コピするように、ウエス、チャーリー・クリスチャンそっくりに、弾けることも僕は知っている-----レッスン時、限定芸)の違いは、ただひとつだけです。談志は有名ということだけ。
音楽性というものは、ほんとは、何事にも格闘する人間性という要素が大部分をしめるのではないかと思いはじめました。なぜか、落語性、或いは、笑いの性は、単に語りが上手というだけでは、捉えられないのではないかと考えるのです。そこには、誰も知らない人間歴がある。
人は、音楽のみで生きるものにあらず、を痛感しました。
P.S. すでにご存知かと思いますが、今週号の週刊文春に談志の対談記事載ってました。同じことを詳しく言ってます。
『友寄:去年も行ったので、今年も行きたかったのですが、ポケットに5百円しかありませんでした。マンガ喫茶で週刊文春を読みます。』
29:モッズ最終ライブ感想 「2002年3月14日(木)」三重県男性A、医師、40代
友寄さま
Mod's live、ついに終わってしまいましたか。
人間は身勝手ですから、自分が一度でも体験していると、それは永遠に続くものだと決め込んでしまうことがあります。
でも友寄さまの年譜をひもとくと、このスタイルはわずかだと知らされ、ビートルズが解散したこととは違うのだと、自分のショックを受け止めています。
で次はどう出るのでしょうか。
来日の件、まだあきらめていません。
ただ具体的には決まっていないのも事実です。
自分の沖縄行きも久しく決まっていない状態です。
私にとって貴重なMod's体験、ありがとうございました。
『友寄:音楽を求めて沖縄まで来る、というのは昨今のおべんちゃら営利買い付け目的の売れ線若者搾取業界人間とは、比較にならない純粋なリスナー道を歩む武士特有の情熱だと思います。また、この事は、沖縄ブームの中、沖縄に生まれたミュージシャンというだけで味わえる、「あたりまえ」の出来事ではないと思っています。わざわざありがとうございました』
30:新作「THE OLD SONGS 」感想、2002年3月14日(木)山口県男性A
The old songs今日到着しました。
ギターソロ集ということで、なんとなく先入観から速びきなどを予想していたというか、実はちょっぴり期待もしていたので、待ち構えるような気持ちで聴いてしまい、初めは少しガックリしてしまいまた。
そう言えば、速びきはやめた、とかどこかに書かれてたなー、よく見りゃアコースティックって書いてあるじゃん、などと思ったりして。
が、晩飯食って、出す物出して、風呂入って人心地ついて、さて残りを聴くかーって感じでまた止めてたとこから聴き始めると、Roseくらいからだんだん(゜ρ゜)ポケーとして来てました。
海中でゆらゆらしてる気分、とでも言おうか。ギターの音色にただようような。
ジャズを聴こうとするたびに、途中でイライラして止めて逃げるようにロックを聴き直してザッパのオンステージはやっぱええなー、とか(゜ρ゜)ポッケーとしてた自分にも、これは気持ちええでした。
終わるのが勿体無くて2回連続で頭からリピートしました。
友寄さんの他の作品も聴きたいです。
どれから聴こうか悩ましいのですが「変態スタイル」というフレーズが妙に気になるので第三集をいきなりご注文していいでしょうか?
『友寄:どっから聴いて下さい。どうせ元々、「縁」なんかないんです。しかし近所の者には、自分で選びますが、、、。それと、死ぬまで第4集「ノイズ」は聴かせません!』
明日にでもお振込みしますのでよろしくお願いします。
追伸:
振込み手数料の件癖で振り込み手数料別で振り込んじゃいました。すみません。
私の取引銀行からは、他行宛でも158円だから手数料別で振り込んでもあまり気にならないのです。
価格改定までされたようで、自分が気をつければよかったと反省しました。
埋め合わせなど、お気を使われなくても結構ですので音楽活動の方がんばってください。
それでは、第三集楽しみに待っています。
31:過去作品集第3集「作編曲編」感想、2003年3月17日(日)山口県男性A
友寄さんこんばんは。サインの名前は正しかったので気にしてません
本日第三集到着しました。以下勝手に感想書きます。
『友寄:人の名前をよくまちがえるのです。漢字もいつも間違っていたりするんです。たぶん自分以外に関心がないからです。何て奴でしょう!。(この後もまたまちがえてしまいます、、、。)一応、努力はしてますが、、、。』
まず、思ってたより音が悪くなかったのでホッとしました。
『友寄:私はサイトでは、いつも「等身大以下」で発言しているつもりです。「実物以上異常特大版」のバーチャルなホームページは、うんざりです。』
1〜2(「Rhythm a ning」「 Israel 」)は原曲を知らないので判断つきませんが、こういった方向性は好みです。「音楽メニュー」でご紹介のモンクさんのCD買おうかと思いました。
ただ、それだけにリハーサル録音なのが残念‥
これを聴くとこなれたライブバージョンが聴きたくなります。
『友寄:これは、ライブでの実現はむつかしいでしょう。莫大なギャラをメンバーに支払わなくてはいけません。1人いくらならやってくれるでしょうか?また、これは、一切の「即興演奏」を排除して、私だけの独裁音楽となっています。譜面さえ読めば、いいんだよってね。どんなバンドマンでも完璧に「再現」できるように。これに即興演奏部分を加えたのがライブ版となるでしょう。そうなると、この曲は、ミュージシャン次第で大爆発します。』
3(「T.Rex」)を聴いてると体が動いてしまう。
『友寄:西洋風の「ダンサブル」じゃねえ、魂の踊りね!これから闘って死ぬぞ!って言うね。』
あれはサックスの音でしょうか?
『友寄:あれはたぶん「コヨーテ」かなんかの動物の鳴き声です。友人のミキサーに、何か適当な動物入れてくれよ、と言ったらあれを入れたのです。この辺、適当です。友人の感覚を信頼しています。あれも、基本的に「変人」ですから。』
5(「A Holiday of Lee Sei Hou」李盛保「リー.セイホウ」の休日
:
「友寄:曲のタイトルは、ミキサーの友人にまかせました。彼は、基本的に阿呆だからです。この名前の漢字は、適当です。こんな中国人が中国にはいそうだからだそうです。」
キレイだけどちょっと物足りない。生の胡弓演奏が入ってたら良かったか
『友寄:その物足りない「隙間」に、自然の風を入れて下さい。密閉された部屋で集中して聴かず、ただ、ただ、自然の風を感じながら聴いて見て下さい。きっと、その「隙間」が心地よく感じます。書を捨て街へ出よう!』
6「Rill's orgel」
「友寄:「リルのオルゴール」は、私が命名しました。変人の友人には、つけさせませんでした。フランス映画風だと思ってますが、、。子供のジャム.セッションの世界です。色んな性格の子がセッションに次から次へと参加して来ます。」
6はこども向けなのにジャムってるとこが面白いですが、本物のおもちゃピアノでやってればもっと面白くなったと思った。
『友寄:まったくそうです!でも、おもちゃのピアノは、ちょっと調律が合わないのです。大人の世界で決めた調律と、、、。当時の自宅では、生ピアノ?の録音はむつかしかったかもしれません。今は、何の録音もできませんが。』
しかし5も6(「A holiday of Lee Sei Hou」「Rill's orgel」)もシンセっぽい音が、今となってはダサいのが残念です。
『友寄:本当に残念です。音が古くならないシンセはないのでしょうか。毎年リニューアルしなきゃいけない世界です。しょうがないから、古本屋で見つけたシミだらけの文庫本だと思って下さい』
というか自分がシンセ音嫌いなだけですが。
『友寄:しかしそこを思いきって購入したわけですね。昨今の音楽の世界を聴いているとシンセが嫌いになるのは、わかります。ピンクフロイド(往年のロックバンド)でも当時何千万のシンセの音が、今では何万円かの「おもちゃ」の音に聴こえます。刹那(せつな)な音楽として捉えて見ればいいでしょうか。富田勲(シンセサイザー制作兼奏者)の苦労話しでも読むとどうでしょうか。あまりにも安易に出回りすぎたんです。当然な結果です。』
7 「Song for a sand thief」砂持ち節、(しなむちぶし:夜中、砂浜から砂を盗もうとする男を唄った伊江島の民謡)
上手い!
不思議な感じがしますね。これで全部生楽器だったら‥。(まだ書いてる)
『友寄:う〜む。生の楽器でやると、とんでもないお金がかかります。弾ける人を近所で探すのも大変です。生涯見つからなかったら一生作品発表はできませんから大変です。でも、やった事あるんですけどね。ちょっと違うなあ、と。あのベースのラインは異常とも言える複雑な音なんです。ベ−シストが文句を言います。「この音当たっているの」って。創造の源泉となる「スピリッツ、音楽的霊感」を感じて下さい!』
8「Cabaret」
正直書くと、こういう雰囲気は苦手です。(アーバンというか)ただ「キャバレー」も「ジャズカントリー」も知りませんが、たしかになにか伝わってくるものがあります。
『友寄:小説の世界です。様々な「様式美」の世界に生きる人がいます。 』
週明けに1〜2集の代金振込みます。
こんなことなら一気に振り込んどくんだった。
それでは
32:過去作品集第1集「アコ−スティック.トリオ」&第2集「エレクトリック.パフォーマンス」2002年3月20日(水)山口県男性A
こんばんは。
1〜2集本日到着しました。
どちらも甲乙つけ難いくらいに良くて、末永い愛聴盤になりそうです。
正直これが沖縄で人気出なかったのが不思議でしょうがありません。
『友寄:実際にこの島で主流になっているものを聴けばわかります。ハワイはハワイアンでしょうか。』
蒸し返しますが、やはりMP3.comとかでちゃんとプロモーションした方がいいのではないでしょうか?
以前には、30秒ほど試聴できる楽器店へのリンクを張られていたとのことですが失礼ながら、それで効果が無かったと言われても、そりゃ無いだろうとしか思いません。
トラフィック的にローカルな地方の楽器店でCDを買おうという人がそもそもそれほど居るとは思えないし、リアルプレイヤーか何かでたった30秒の音を聴いて買う気になる人はさらに少ないのではないでしょうか?
また、そこから友寄さんのページに果たしてどれくらいの人が飛ぶでしょうか?
もちろん友寄さんのページを読んで迷ってる人は一応は聴くでしょうが、
たった30秒では決め手にはならないと思います。
因みにトモ・フジタhttp://tomofujita.com/jpn/index.htmlというジャズ・ギタリストの人がMP3.comで売り上げたデータhttp://artiststats.mp3.com/artist_stats/218/tomo_fujita.htmlを見ると、トータル3万回超の再生回数で、490ドルらしいです。
『友寄:(注)トモ.フジタ氏のアドレスをクリックしたらこの場所には適確には戻って来れないかもしれません。念のため。神様のお導きがないのです。私のサイトには、、、。』
これを多いと見るか少ないと見るか判断が分かれると思いますが(日本のインディーポップバンドには12万回超の再生回数/18万ドル以上を売り上げてるとこもあります)ある程度、ネットでの試聴は購買につながる、と言ってよいのではないでしょうか?
個人的には、トモ・フジタさんの音楽より友寄さんの音楽の方が聴いてて面白いし気持ちよいので、同じくらいの再生回数でも倍は売れそうな気がします。
色々勝手なこと書きましたが、友寄さんがより沢山のリスナーに知られることで、新作を録音するモチベーションが高まればよいなと思っています。
JNB口座にまた小銭が溜まったら、第4集を注文しますので取りおきお願いします。
それでは、音楽活動応援してます。
『友寄:ありがとうございます。10年前にこうした言葉を聴いてたらもっと音楽エネルギーに溢れてたでしょうねえ、、、(しみじみ)。お〜い!酒持って来い!ああ、誰もいなかったな、ここには、、、。貴重な御意見検討させていただきます。いずれにせよ国外向けには必要だと思っていましたので。国内、島内は、この様です。』
33:過去作品集第4集「ノイズ.インプロヴィゼイション」感想、2002年4月24日(水)沖縄県男性 E アメリカ留学中
ようやく親から第4集が届きました。
初聴の感想を送ります。おそらく、何回か聴きつづけていくうちに感想も変わっていくでしょう。
1曲目を聴きだして8分ぐらいでしょうか、どっぷり音に浸かってしまっているのに気づきました。ループ音で作られるビートが、脳を洗脳してしまいそうです。
2曲目に入り、テープのホワイトノイズが心地よいことに気づきました。意図的に入れたものなのでしょうか?曲の下地になっているようで、映画のスクリーンのようでした。
「友寄:2曲目は、キティちゃんの絵のマークでデザインされていた¥100のカセット.テープによる録音です。まさかあんなできのいいインプロヴィゼイションになるとは思いもしませんでしたからタラ〜リと額から汗が一滴流れて来ました。
夕暮れ時、部屋の灯をつけずに精神を統一して「録音」のスイッチを静かに押してスタートしました。27歳の頃ですね。当時は、よく飲みながら毎晩聴いてましたね。ダビングもせずね。(あ〜恐ろしい!)「最高だなあ」と言いながら。当時からぼくは自分の演奏が一番好きでしたから。自分の一番のファンは、ぼく自身ですから。何に例えたらいいでしょうか。エロ.マンガ家が自分で描く女性の絵が一番いいって眺める感じでしょうかねぇ。いい酒のつまみとなりましたね。
それから10年間、このテープは裸のままでほったらかしていました。熟成物のワインのような「ノイズ」ですね。あれは。だから、いくらお金をかけても、才能があってもあのテープ.ノイズは出ませんね。しかしまあ、音楽が「ノイズ」だったからでよかったんですけど。」
リヴァーブ、フェイズ、ボトルネックの高音、スクラッチノイズ、低音や和音の奥で響くフィードバック、良かったです。
こういう音楽をデタラメでなく演奏できてるのがすごいですね。
オクターブで弾いているところはどこかパイプオルガンのような響きがありました。
「友寄:ノイズをやるには、色んな「器具」「凶器」を使う攻撃もあります。ぼくは、これを一切のオーバーダビング(多重録音)なしの一発勝負でやってみたわけです。様々な技を開発してね。「サスリ」「コスリ」「タタキ」「イジリ」「ツッツキ」等々です。後は、企業秘密ですが、、、。
これはこの東南植物園ライブを記録した「映像ビデオ」があります。これを見れば、いかに「狂気の芸」であったかがわかるでしょう。早くこれもDVD化しないとビデオが伸びたら終わりです。だから今は、国宝級のビデオとなっています。どっかに山積みされたままになっているんですが。27歳の狂気の人がそこに写っています。でもあんまり見たくないですね。どう見てもやっぱりミュージシャンには見えないんですね。ショック、ショック〜。」
感情を感じるというよりは、何かを体験しているという感覚でした。気持ちよかったり、痛かったり。
リヴァーブが控えめだったら良かった個所が僕にとってはありました。
「友寄:リバーブを取って録音された部分があったんですね。5秒くらい。CD化にあたって協議の末、カットしたんですね。ちょっとね、映画館でパッと電気が付く感じだったんですね。インプロ中の一瞬のアイディアだったんですけどね。すぐに「ミスだ」と思い、やめたんですね。ノイズにも「ミス」は、あるんですね。特にぼくのノイズは、固唾を呑んで構築する世界ですからもの凄い集中力が必要なんですね。実験済みです。」
3曲目に入りフルートのようなサックスのような和楽器の音が心地よかったです。この音はインドのフルートの音にも似ていますね。音楽の教授が授業でRagaというスタイルのそのフルートを使った即興演奏を聴かせてくれたことがありました。
「友寄:沖縄が誇りとしている琉球音階、あれは多種のインド音階の朝のラーガ(音階、節回し)の一つに似ているものがある、といいます。実際シタールのラビンシャン.カールがクラシックとの融合でオーケストレーションしたCD「インサイド ザ クレムリン」かな。( "Inside the KREMLIN" by Ravi Shankar (Private Music/BMG Victor R32P 1190 Japanese release) これを聴くとね、ああ、琉球音階とクラシックの融合は、もうやる必要がないな、とわかりましたね。もう終わってたんですね。そういう実験は。まあ、いずれにせよ、ぼくは、「知識」では、音楽やらないので、他の音楽は、あまりくわしくないですけど。(「感覚」を再現するための「音楽知識」はありますよ。)音楽自体は、よく聴いてますが「情報」として、このラビ.シャンカールが、あのシタール奏者のラビ.シャンカールなのかさえもわからなかったですから。こっちは、オーケストラの編曲でしたから。今だに、納得がいかないくらいです。彼があんなにクラシックのオーケストレーションができるほどの西洋音楽の達人だったって事が、、。だからまあ、あたり前のクラシックの技法を齧(かじ)ったから、と言うだけで「琉球音階」を扱ってもそれは、単なる「クラシック」のバリエーションだと思いますね。旋律はなんでもいいわけですね。県立芸大卒あたりがすぐやりそうですけどね。」
これまでの演奏を聴いてみて、これなら日本のフジロックフェスティバルや、海外のフェスティバルでも受け入れられると思います。このCDを聴く限りでは、RovoやBoredomsの山本精一にも似た感覚だと思いましたから。大阪や東京で活動を続けていたらアンダーグランドな分野で人気が出たに違いないと思います。少なくとも僕は支持します。
「友寄: Rovoってのは知らないですが、
Boredomesってのは聴いた事があります。当時。山塚アイって言ったかなあ、絶叫ボーカルの、あれ入れてやってたのかな。山本精一って人は知らないけど沖縄にも「グルーブ」って店でやったんじゃないかな。ぼくは、横のつながりは、あまりないっていうか、積極的じゃあないです。これは、いけない事ですが、、、。めんどくさくて、、。
それに、沖縄音楽をやっていない人間には、本土系のミュージシャンは興味ないんですよ。ブームに乗らないからって事じゃないですかね。彼等の多くは、探し回って自分の音楽作るタイプですから、自分の内面からは音楽出て来ないからでしょう。つまり、音楽を消化させるのが早いんですね。おいしい所だけ狙ってね、パッケージを「都会風」にするわけですね。山本って人の事じゃあないですよ。知らないから。」
自分が高校3年生の時に「発見」したと思っていたことは、実は誰かがやっていた物だということを実感しました。まるでヨーロッパ人がアメリカや太平洋の島々を発見したと思っていたようなものですね。
「友寄:プロは、作品を作ってから、これによく似たものがどっかにあったかな、と後で考えるんですね。作っている最中に気づく事もある。それに気づいたら、その人の「手法」を借りてなるべくその人が「次」に作るであろう作品にする、というやり方です。それには、色んな事を知ってなくちゃいけない。アマチャアーは、そんな「情報」がないから、どっかで聴いたものを「そのまんま」自分が初めて作った、と思って披露して得意がるわけです。プロは、そのために色んな音楽を一応耳にしておくわけです。単なるチェック用の知識です。」
Tha Blue HerbのMCの言葉を借りると、まさに「奇蹟の周波数」といった感じです。音階やリズムだけでなく音を操っていることに楽器を弾く者として感動しました。ゴージャス、リッチなノイズフレーズだと思いました。
「友寄:小学校4年生の頃、初めて学芸会で主役をもらいました。主役と言ってもクラスのみんなで手をつないで「船」の枠組みを作る。その先頭になった。つまり船の船首、へさきになった。このクラス全員で手をつないで作った船が、嵐の中を進んで行く、という設定でした。
色んな子がやったが上手く行かなかった。それでぼくの番になった。そしたら、ちゃんと大波、小波をイメージして、進んだり、後もどりしたりした。それに合わせてクラスの全員も進んだり、後ずさりしたりした。これが、生まれて初めての「即興体験」でした。本番は、残念ながらリハーサルよりは、バリエーションが出せなかった。緊張していたんですね。
あの時の「感覚」が今も残っているんです。
だからノイズをやる時、次の展開を「イメージ」できるか否かで、勝負は決まって来る。ちょうど何か、あの将棋の駒でも縦に積み上げて行くような感じがある。恐る恐る「未知の未来」を手探りで「構築」して行く感じです。
だから、ああしたノイズの世界は、誰にも簡単には、やれない。やれるとしたら将棋の「棋士」だけですね。一寸先は闇です。だから熟考して一つ一つの音を出して行く。ぼくが他の人のノイズが嫌いなのは「無神経」すぎるからです。誰でも安易にやるようになったものには興味がなくなった。
つまり、こうした事がわからないでマニアになっているって事です。ぼくが認めるわけがない。そいつらがノイズをダメにしたんですね。ノイズにも心がある。また、ギャグセンスのない者にノイズは無理ですね。真面目にやる前にまずオレを笑わせて見ろって思いますね。やっている時は、顔も怖〜い世界ですけどね。じ〜と、ギター全体を睨んでいる感じです。次は、どこ触ればいいんだ?って思案してるんです。ものすごい「速考」でね。あの頃は、16ビットくらいかな。」
友寄さんのスタンダードなジャズも聴いてみたくなりました。また6月に日本に帰ってからオーダーしようかなと思っています。
まるで催眠術にでもかかったような気分に陥ることがあります。
3曲目の終わりごろはいったいギターノイズなのか、東南植物楽園の上空を飛ぶ米軍の飛行機のノイズなのかわからなくなってきました。
「友寄:あれも「技」です。おそらく「タタキ」でしょう。」
そりゃこんな観光地でこんなことやってもあまり受け入れられないでしょう。
「友寄:ここでは、何をやっても全滅。所詮ね、世の中は、「逆輸入」ですね。自分じゃあ判断できないんでしょ。受験社会で大量にそうした人間が製造されたからでしょ。権威になったものだけをありがたがってね。孤高に生きれないんだね。友達が多い事と孤高ってのも別なんだけど。」
4曲目はモンクという人をぼくが知らないのでいまいちわかりませんでしたが、焦らず楽しみます。サウンド的には昔のテクノのような洗練されてない音質がおもしろかったですけど。
「友寄:チープでしょ?出だしも大げさで。笑ってんだけど、だんだん悲しくなってしまった。本当に午前零時頃だったし。」
全体としては期待通りでした。初めて友寄さんの文章をサイトで読んだときに「この人の音楽は自分にとって魅力的なはずだ」と思い、その直感に間違いはありませんでした。新しい音楽として刺激はありませんでしたが、これからも楽しませてもらいます。
「友寄:これは、今から15年も前の演奏ですね。27歳の頃だから。新しいタイプの音楽ってのは、様々なやり方があります。肝心なのは、「どんな奴等に新しい、って思わせるか」って事です。若者は、聴いた事がない古い音楽を「新しい」って言う事がある。若者が「新しい」と思っている音楽を「ふる〜」と感じる事もある。本当に「新しい」のに誰も聴けないって言う事もある。
長い間、そうした視点で音楽を作ってないから、たぶん今も頭の中の奥底に、様々な視点を持った音楽が封じ込められている、と思います。お金がないからそれを引き出せないでいる。何が出て来るかは、自分でもわかりません。
たかをくくっていたら、お腹の中からサナダ虫が出て来たって事もありうる。全長6メートルのね。
また、どの辺まで「新しい」ようにすればいいかって事が時代時代である。本でもあるでしょ。新しい概念が書いてあるのに、だ〜れも読もうとしないって事が。
もう「新しい」事は、無限に既に「存在」してるわけです。知らないだけでね。あるいは「理解」できないだけでね。
そうするとね、一体、「何人以上が新しいと思う事か」って風に言えるかもしれない。
だから「学ぶ」わけです。科学の世界がそうでしょ。まず何が新しいかを知るだけでも大変でしょ。それを理解するまでに膨大な時間がかかる。でも手っ取り早い方法もある。これからは、砂糖を「辛い」って言って塩を「甘い」って言って過ごそうかなってね。新しい暮らしがそこにある。ちょっと意味不明かもしれないけど、、、。今まで感じて来た自分の「感覚」を変えるって事が手っ取り早いかもしれない。すると世の中は「新しい」事だらけかもしれないわけですね。当然、みんなとは違う「感覚」なんだけど、、、。行き過ぎると「犯罪者」か「狂人」になるから要注意だね。」
また、音楽好きな友人を中心に広めていきたいと思っています。僕としては友寄さんに日本のフジロックフェスティバルにぜひ出ていただきたいです。ちゃんとした音楽環境で友寄さんの納得がいくような演奏を聴いてみたいです。
「友寄:フジロックフェスティバルってのは知らないです。参加しているミュージシャンたちと話が合うかなあ、と心配です。酔っぱらうと何でもOKです!」
初聴の感想としてはこういった感じです。
ありがとうございました。
2002年4月25日(木)午前2時36分
さて、これをもって感想集は、試聴が可能となりましたので、ひとまず終了致します。
ありがとうございました。(友寄)
2003年:超ロングセラーなため感想集を再開します。「2003年9月10日水」
送ってくれた皆様、ありがとうございます。
『友寄様
待ちに待ったCDが本日届きました!
遂に友寄様の演奏が聞けると夕飯も食べずに聞き入っていました。
しかもCDケースを開けてビックリ!友寄様からの直筆メッセージ付き・・・感動して思わず携帯の待ち受けにさせて頂きました。
しかしうれしさの反面。。。「凡人の耳では聞けない(理解とは別の意味で)ような代物だったならばどうしたものか・・・」と心配をしていましたがAn
old songを聞いた瞬間その心配はパッと無くなりました。
中でもMemoriesを聞いたときは久しぶりに鳥肌が立ち哀愁に酔いながら聞き入ってしまいました・・・。
余程、大きい音で聞いたのか隣の部屋にいた兄(管弦楽・声楽好き)が入ってきて「うるさい!」とでも言うのかと思うと「いい曲だね。なんて人?」なんて聞いてきました。
普段は僕の聞いてる音楽なんか全然興味を示さない兄が聞いてきたのでちょっとびっくりしたと同時に「それほど凄いのだな・・・」と思い更に聞いていました・・・が聞き入っているとBeautiful
Night の途中で寝てしまいました。。。すみません。
これからまた聞きたいと思います。期待以上の音楽を授けて頂き感謝でいっぱいでございます。
今月末もしくは来月にでも新たに友寄様のCDを購入させていただきますのでその時はどうぞよろしく御願い致します。
追伸: 以前からお尋ねしたかったのですが高校の修学旅行で沖縄へ行き
伊江島へサイクリングへ行ったときに民家の表札に友寄と書いてあって
ちょっと驚いたのですが友寄という御苗字は沖縄では多いのですか?
こちらではあまりお見かけしないものでして・・・
2003/1/31の晩に送らせていただこうと思ったのですが
エラーか何かで送信トレイに残っているのを先程発見いたしました。
ご連絡遅くなってしまって申し訳ございません。
CDの方は無事に届いております。
どうもありがとうございます。』
35:DVDパフォーマンス映像感想「2003年2月8日、土」京都43才男性
国内で、私のノイズ.パフォーマンスの映像を納めたDVDを贈呈品として手にした者からメールが来た。
『DVDありがとうございました。
まだちょっと言葉が出てきません。
世界中の人に一度だけでも見て貰いたいとは思いました。
なんか上手いなんてレヴェルは超えてました。
誰にも批評とかして欲しくないです。
最後の先生の目が印象的でした。
すごく気持ちが明るくなって元気が出て来ました。
結婚式の時の演奏・・・???
私としては見れてよかったとしか言えません。
私の想像力では到達し得ない世界です。
ありがとうございました。
またもしこういう機会がありましたら是非お願いします。
まだまだ見てみたいです。』
36:DVDパフォーマンス映像感想「2003年2月8日、土」奈良県27才女性
『友寄さん、こんばんは。
さて、とうとうあのDVDを見てしまいました!
一言で言うと、とにかく、かっこよかったです!!
実は見たのは今日とか昨日ではなく、もう少し前になるんですが・・あまりにも衝撃的で、何という感想を送っていいのか混乱していました。
私はいつでも素直に直感的に感じたことを大切にしています。
だから、もし少し気に入らないと感じたりしても、それはその時の気持ちなので認めようと思っています。でも友寄さんは私の先生でもありますから、何か無理に良いように感じようとしていないか自分で注意していました。わざと思考を遅らせて、何度かDVDを見ながら冷静に考えるようにしていました。
それでもいくら考えてもやっぱり同じ感想しか思い浮かばなかったのです。
まず、結婚式余興のを見ました。
かなり凄かったです!
これは、普通の結婚式ですよね?
なんか後ろで子供の泣き声とか聞こえましたが・・・。
結婚式なのに普通の演奏をしていない、というのは気持ちいいです。
私も結婚式をするならああいう余興がいいですね。
普通の撮影をしているからか、かえって生々しい感じがします。
普通に撮っているんでしょうけど・・とても迫ってくるものがあるんです。
これは途中で休憩とかせずに一気に見ないとだめだと思いました。
他の人の感想にもありましたが、確かに見るほうも気合が必要でした。
ヘッドホンで大きめの音で聴いていると、とても良い感じで頭がとろけそうになります。
CDだけで聴いているのとはまた違ってて、凄みがあります。
マニアックな映画の一部のようにも思えました。
その後見たオーケストラの映像ではまた別人のように感じました。
これは他の人と明らかに違うオーラがあって驚きました。
友寄さんの所だけ、はめ込み合成のようで何か時空が歪んでいて、違う空間のようです。
一瞬、こういう人は大昔からどんな時代にも同じような風貌で存在していてもおかしくない、とか思ってしまいました。
そう考えると最後のセッションライブの映像は一番、違和感が無いようにも見えましたが、これもこれでまた別人のようです。演奏で、口琴のような楽器と絡んでいるのが特に面白かったです。
それにしても友寄さんはこれらの映像では随分お若いのに、すごく堂々とされてますね。
私がサイトを読み始めた頃、なんとなく想像していた人物像とほとんど同じでした。
今はもう少し老けられてますかね・・(笑)
確かに怖い感じはありますが、そんなに見ていて気分が悪くなるような醜悪な感じには思えませんでした。潔いからでしょうか。
この映像では私と変わらないぐらいの歳ですよね・・。
それにしては妙な色気と危険な感じもありますね!
「この人が私の先生です」と公言しては、両親や親戚から反対されそうな・・・。
そういえば私は今まで友寄さんは、ものすごく努力をしてきた人だというイメージがありました。
だけどDVDを見たら、単に努力だけの人ではなく、なんだか元々、魂の質が違う人ではないかと思ってしまいました。
教師というイメージからも外れています。
でも私は友寄さんのような人だからこそ習う価値があると思っています。だからDVDを見てとても安心しました。
この映像はもっと女の人に広めてもいいのではないでしょうか?
わかる人はわかるし、かっこいいと思うはずですよ〜。
でも、もしかして私が変わっているだけかも知れませんが(笑)
本当に貴重なものを譲って下さってありがとうございました。
なんだか、メールするのも恐れ多くて緊張します。』
37:The Old Songs 感想「2003年6月15日(月)」飯泉昌宏、プロギタリスト
「いいずみの音楽日記」の中の、2003年、6月15日(日)付けの日記より
『●2003/06/15
Sun 6/15(日)
ギタリストの友寄隆哉さんのCDR「THE OLD SONGS」を聴いた。
「即興演奏のレッスン方法で参考になる考え方はないものかなあ」と、ネットで検索したらHPを見つけたのがきっかけだった。
HPの文章を読んでいたら、なんと偶然にも、おそらくどこかのライブハウスですれ違っていた可能性がある方。
いつか解決しようと宿題になったままの動機、そこらへんにはおいそれとない崇高な精神、こうありたい、あるべきだろうという演奏家魂、しかし、一方、ありのままな人間らしい部分に非常に共感したので、音が聴きたくなってCDRを購入させていただいたのだ。
CDRはジャズマンの音であふれていた。世界で唯一の友寄さんの世界が聴けた。
みなさん、こういうの聴いたほうがいいよ。音楽に人生ささげるっていうのがどういうことかわかるから。』
38:「アコースティックトリオ ライブ95」2003年8月3日、兵庫県、男性、39歳
『友寄 隆哉 様
こんばんは。
先日お送りいただきました、
「アコースティックトリオ ライブ95」が昨日、土曜日に到着いたしました。早速の発送ありがとうございました。
早速聴かせていただいています。
数回聴いただけで、安易な感想を述べることは、失礼と思いますが、
第一印象だけを述べさせてもらえるなら、
1:(安易なという意味ではなく)聴きやすい
2:密度が濃い
3:1曲あたりの演奏時間が比較的長いが、長さを感じさせないという印象を持ちました。
3につきましては、いろいろ考えてみたのですが、1及び2の要因も当然あることに加え、さまざまなアイデアを基礎とした、アドリブが展開されていることが一因ではないかと、考えています。
金太郎飴のようなアドリブとは、全く異質もののであると思います。
第2集以降が楽しみです。
今後ともよろしくお願い致します。』
『「THE OLD SONGS」、毎日聴かせていただいています。
商業主義的なインパクトや華やかさはなく、一聴すると、地味な印象を受けますが、何度でも聴きたくなる、奥の深い音楽であると思います。
私の経験では、最初に、「これはすごくいい」と思ったものは、大抵、1ヶ月くらいで飽きてしまいます。賞味期限が短い。
逆に、最初は印象的ではないけれど「何か気になる」というものは、後々聴き続けるものが多いように思います。賞味期限が長い。
一度飽きても、しばらくすればまた聴きたくなります。
「THE OLD SONGS」は、後者といえます。
賞味期限、かなり長そうです。
クラシック音楽を感じさせるAn old songから静かに始まり、Memories、Cabaretでエモーショナルに盛り上がり、Roseへと高揚感を静めていく、という流れを感じました。「イージー.リスニング.スタイルの極地。」とのことですが、聞き流す分には、イージーにリスニング可能だと思いますが、じっくり聴いてみますと、とても、イージーに聴くことは出来ないと感じました。一音一音、確かめるように演奏されているようで、その緊張感が聴いている方にも伝わってきます。
特にヘッドフォンで聴くと、よくわかります。とても寝れません。
「アコ−スティックジャズトリオ ライブ95」の鬼気迫る緊張感とは違った、一音入魂の緊張感に包まれています。
私の推測では、これは、楽器の影響ではないかと考えています。
多分、何百万円もするような楽器であれば、もっとリラックスして演奏されたのではないかと思います。
ある程度、楽器に任せられる部分があるのではないかと考えます。
10万円程度の楽器(必ずしも、高い=良い、安い=悪い、というわけではないと思いますが)の場合、鳴りにも限界があり、楽器に多くを任せることが出来ない。「俺(友寄先生)もがんばるから、お前(楽器)もがんばってくれ」と一音一音、楽器と対話しながら演奏されているような感じを受けました。
ただ、このアルバムは、このギター(註:生徒から借りた¥80,000のアコ−スティック.ギター)があったからこそ出来たものであり、200万円のギターを使用していれば、当然、全く違った演奏になっていただろうと、思っています。
私は、良い楽器があれば良い演奏が出来ると考えていましたが、そのようなことはなく、どのような楽器であっても、それにあった演奏を工夫すれば、良い演奏が出来るものだと感じました。
結局、良否は、楽器ではなく、演奏者そのもののに帰結するように思います。(私には、アダマス購入の前に、しなければならないことが山積です。)
曲では、Cabaretがもっとも気に入りました。
聴くと同時に、(頭の中の)風景が変りました。
美しさと哀しさの共存。「ええなー」と、毎日聴いています。
今後ともよろしくお願い致します。』
40:作品集の第3集:作編曲集「2003年9月10日、水」千葉県、21歳男子大学生
『無事CD受け取りました。お金の方はちゃんと振り込まれていたでしょうか?
今日は朝から天気がいいので、夏休み中放ったらかしておした一人暮らしの部屋を掃除したり、洗濯物や布団を干したりしていました。そうしたらCDが届い
たので、早速聴いてみようと思って、とりあえず作品集の第3集(作編曲集)を聴いてみました。
1曲目(註:セロニアス.モンク作曲「リズマニング」)、モンクのCDは近所のレンタルCDショップにベスト盤みたいなものが一枚だけ置いてあったのを聴いただけなのですが、原曲はその中に入っていま した。テンポがだいぶ違うんですね。でもなんとなく友寄さんのアレンジの方が好きです。どことなくチャールズ・ミンガスを聴いているような気もしました。
植草甚一さんの本を読んでから(正確にはその前からトランペットつながりでドン・チェリー→オーネット・コールマンと聴いていたのですが)フリー ジャズも少しずつ聴くようになったんですが、どことなくフリーっぽい感じもしました。これはアドリブなしで譜面通りの演奏だということですが、なんでで しょうか。
『友寄:ありがとう。確かに、ミンガスの影響はある。正解。これは、ちょっと遊び用だ。4分音符を中心に書いてある。リハーサルが10分だけ、、という限定があったためミス多発は許されない状況。「アドリブなし譜面通り」、という事は、すべて、曲の良さは、編曲者の力だ、という事を誇示するため。アドリブを入れると、参加したプレーヤーのアドリブ力に編曲が助けられるから。
また、限定された演奏時間をそうしたアドリブで埋めては、編曲の余地がさらに減る。これでは、編曲で実験する時間が取れない。優秀なアドリブ奏者が参加すれば、どんなアレンジでも多少は、グレードアップするので、そうした事を排除した作品。コンサート用であれば、アドリブ.パートを作るだろう。ますます、良くなるのは目に見えている。もちろん、優秀なアドリブ奏者が参加して、、の話しだ。編曲は、様々な状況を考慮してされるもの。ただ、自分の能力全開で、、という風には作成できない。参加したプレーヤーの実力やリハーサル時間など、様々な要因をクリアーしなければいけない。』
2曲目(註:ジャズ.スタンダード「イスラエル」ビル.エバンス「P」トリオの演奏で有名)、原曲は知らないんですが、凄くかっこいいです!ビッグバンドあがりだからでしょうか。とにかくかっこいい。聴いていたら秋吉敏子&ルー・タバキ
ンのビッグバンドが少しだけ頭をよぎりました。
『友寄:この曲の譜面は、見事!と言えるほど完成されていて、当時も回りを唸らせた。後年、譜面は、即、市販可能なほどのでき、と言う者もいた。ただし、売れるかどうかは、別』
3曲目、(註:オリジナル)T・Rexというタイトルから「森の中を恐竜が走っている」というイメージなのかなぁ、と思って聴きました。リズムの感じから「走っている」ん だと感じたんですが、なんというか、「森の中に何かいる…!」というか、何者かが潜んでいる感じがして、身体の奥の方というか、うまく言えないんです が、根っこの部分が揺さぶられるような感じがしました。
わずかに遺伝子に残っていた野生の部分がくすぐられるというか…。前にドン・チェリーの Eternal Rhythmを徹夜明けに聴いていて同じような感じになったことがあるのですが…なんというか、「うおおおお…!」と叫びたくなるような(笑)あ、あえて一言だけ言わせて頂くと、曲のクライマックスには森の中(?)から恐竜がこうガーッと登場してうわーっとなるのかなぁ、と思って聴いていたの ですが、そのまま終わってしまったので残念でした。叫びたりないというか(笑) もう少し盛り上って欲しかったなぁと思ったんですが、ちょっと的はずれな意見ですかね?
後で解説を読んだら「流し続ける曲」ということだったんで、あんまり起伏をつけるわけにもいかなかったんでしょうか。
『友寄:様々な終り方がある。フラストレーションを少し溜める事も余韻を作る。また、この曲は、本来、展示会場でのBGMとしての制作。ここでも限定された「状況」が設定されている。実は、CD化する際、これにギターを加えようか、とも考えたが、当時のままにした方が過去作品となる、となった。作品性よりも時代性を取った。また、やり直すわけにもいかなかった。もう、シンセサイザー機器を何も持っていなかった。当時、手元に偶然、借り物の3台のシンセサイザーがあったので、やる気が出て、一晩で作成した。今も何の機材もない。コンピュータ.ミュージックは、金がかかる。100万円くらいあれば、機材を復活できるかもしれないが、それだけあれば、ギターを買うかもしれないが、、、借金返済で消えるはず。』
4曲目(註:オリジナル「牧羊神、パンの笛」)、これだけが唯一掴めないというか、よくわかりませんでした。どこかの部族の踊り、みたいな。前の曲は恐竜が来るから逃げろー(隠れろ?)、っていうイメージで聴いていたのですが、こっちは…なんというか、どこかの部族が夜に炎を囲んで踊っているというか。それも戦士の踊りのような気がします。
あ、それで前の曲の方がピンときたのかな。前の曲は弱い哺乳類として逃げ回るイメージですんなり入ってきたんですが、こっちは戦士みたいなイメージで、 あんまり勇敢じゃない僕には掴みづらかったのかもしれません。喧嘩弱いですし(笑)打楽器のリズムにあわせて入る「シュッ」という音がなんだか耳に残ったのですが、あれは何の音でしょう?
『友寄:アメリカ製のメーカーのドラムマシンのシンバルの音をリバース(逆回転)させた。これのイメージは、アフリカに渡った笛吹童子、というイメージだ。しかし、真剣に笛の音を実際に鍵盤で弾いてアドリブしている。もちろんそうした闘いの儀式、というイメージはある。奇妙なアフリカの美術工芸品に囲まれた展示会だったからだ。アフリカの美術品をみればわかるだろう。』
5曲目(註:オリジナル「李斉鳳(リーセイホウ)の休日」)、天気のいい中で布団を干していたちょうどその時にかかっていたのがこの曲でした。爽やかなイメージですごくぴったりでした。これは快晴のすがす
がしい日のためにあるような曲ですね。いい天気で、この曲が流れていて、外では虫も鳥も鳴いていて、なんだかタイムリーだなぁと思いました。
『友寄:実にぴったりな「休日」イメージだ!』
6曲目(註:オリジナル「リルのオルゴール」)、これはいい!と思って解説文を読んだら、「子供用のジャズセッションの曲」ですか…。感覚が子供なんでしょうか。おもちゃ売場なんかで聴こえて
きたらいいかも。いっそのことうちの近所のスーパーも子供用売場のBGMとして採用して欲しいものです。これが流れてくるんだったらちょっと年齢は無理
があるけど子供用売場に常駐してしまうかも。あ、でもそれじゃあお客さんも聴いてしまって回転率が悪くなってしまいますかね。
『友寄:回転率が悪くなる、、とは、サイト掲載文の「通(つう)」だな!たぶん、実際に、この曲を100人くらいの子供でやったら、感動で涙が止まらないだろう。合唱も有りだ。』
7曲目(註:オリジナル「砂持ち節:しなむちぶし」)、原曲は沖縄民謡なんですか。沖縄の海はこんな感じなのかなぁ、と思って聴いていました。なんとなくダイビングがしたくなりました。やったことは
ありませんが。
『友寄:奇妙なアレンジだ。イージーな民謡アレンジに異義申し立てをしている』
最後の曲(註:8曲目オリジナル「Cabaret:キャバレー」)、それまで部屋中の物の整理やら洗濯やらをしていた手が完全に止まってしまいました。これが一番好きです。なんだかこの曲だけ は完全に「夜」の曲ですね。あんまり天気のいい日に朝から聴く曲ではないかな、と思いつつもどんどん引き込まれてしまいました。小説の方は読んだことが ないのですが、読んでみたくなりました。「レフトアローン」をヒントに、ということですが、マル・ウォルドロンのレフトアローンですか? そういえばそんな感じもします。
そしてアドリブ、凄かったです!かっこいいです。カットされなくてよかったです。こんなに凄いのに未完成なプレイだなんて…。他のCDも楽しみです。 サックスもよかったのですが、このテナーを吹いてる方はもうミュージシャンはしていないのでしょうか?
『友寄:学生時代から、どっかのアマチャアーのビッグバンドのリーダーをやっているはずだが、何年も会っていない。』
そういえばこの曲は本当に「楽器を弾いている」という感じの曲でした。本当に弾いているからなんでしょうけど、コンピューターミュージックもいいですが、やっぱり楽器はいいなぁと思いました。楽器が上手くなりたいと改めて思いました。
『友寄:ありがとう、本望だ。ぼくは、もう二度とギターは、弾きたくないなあ、と思わせるプレーヤーのライブを多く見て来たな。帰りは、練習する意欲もなくなった。あんなに練習して、結局、そんなアドリブか、、と毎回思っていた。聴いた者が楽器に増々興味を持つプレーヤーになりたい、と当時から思っていた。だから、本望だ。』
とりあえず、以上、第3集の感想です。なぜ第3集からなのかというと、視聴してみた感じから「他のアドリブ主体のCDは聴き始めたら引き込まれて掃除ど
ころか何も手につかなくなってしまう!」と自分の中で無意識に警告が発せられていたからです。
というわけでまだ他の作品は聴いていないのですが、第3集の最後の曲のアドリブ部分では見事に作業が止まってしまったので、当たっていたんじゃないかと
思っています。これから何日かかけてゆっくり他の作品も聴いてみようと思います。なんだか一気に聴いてしまうのはもったいないような気がするので。
これを書いている間もずっと第3集のCDを流しっぱなしにしていました。また何回目かのリピートが始まりました。第3集は作編曲集ということで曲毎に傾
向が全然違っていて贅沢でした。
でも朝の爽やかな時にぴったりの曲も夜中にしんみりと聴きたいような曲も一緒のCDに入ってしまっているので、なんだか
ちょっとまとまりを欠いていてそれが残念な気もします。CD化されていない曲もたくさんあると思うので、できれば同じようなタイプの曲を集めたアルバム
として何枚かに分けて作品化できたらもっとよかったのに、と。聴く側の勝手な意見ですが。
勝手ついでにもう少しつけくわえさせてもらえば、もっと友寄さんの作品が聴いてみたいので、是非これからもまた新作を作って下さい。お金のない学生でパ
トロンにもなれないのが残念ですが、CDのお金が少しでも音楽活動の役に立ててもらえれば、と思います。将来何かの間違いで大金持ちにならないとも言い
切れませんが、たぶん、ならないと思いますし…
あ、そういえば『芸術力の磨きかた』(林望、PHP新書)ですが、昨日買って今読んでいる途中です。もうすぐ読み終わります。
腕立ては今日で3日目になりました。今までは「週に5、6日」とか、休みが入りつつ、なら続けられたものはあるのですが、毎日欠かさず何かをやったこと はありません。*腕立てはどれくらい続けられるのか…。でもとにかく継続あるのみですね。長くなりましたので、この辺で。それでは。』
*『註:最近、通信生希望の男性で一切の修行経験がない者は、毎日腕立て伏せがゆっくり10回やれるか確かめてから応募すべし、としている。それ以上は、毎日やる必要なし。さほど、きついものではないが、とにかくも、毎日、決められた修行を習慣化できるタイプか、、という自分自身へのチェックを行ってみるべし。何日続くか、、、である。もちろん、それを日常化できる人は、修行人の一歩を踏み出した事になる。女性ならゆっくり3回程度でいいだろう。入会して始めて、自分が修行人でない、と知っては、何かと都合も悪いだろう、との配慮からである。(友寄)』
『友寄先生、こんばんは。台風の方は大丈夫でしたか?
DVDと譜面を無事受け取りました。ありがとうございます。
本当は昨日来ていたようなのですが、不在で受け取れず、今日郵便局まで
引き取りに行きました。
先に、ノイズ・パフォーマンスを拝見しました。
自分は別にジャズ気違いという訳ではなく、一応いろいろなジャンルを聴ける方だとは思っていますが、先生以外の演奏者であったら、この種の音楽を果たして最後まで聴き通すことが出来るかどうか疑問です。
先生だからこそ、生み出せる空間であったと思います。
自分の結婚式で、兄にあんな演奏をして貰ったら…
周囲の反対を押し切って兄と結婚し直すかもしれません。(笑)
緊張感のある、長い演奏の後に聴く、先生のソロはまた格別でした。
一瞬にして、ああ、この人は、全く違う世界の高みにいる人なのだと思わせる、非凡さと激しさ、神々しさを感じました。
10代でこの演奏に触れることが出来た人は、人生、変わると思います。
たった一本のギターであれだけの表現が出来るなんて、信じられません。
濃密なドキュメンタリー映画を見たような、心地良い感触が残りました。
次に、オーケストラとの共演と、ライブの方を拝見しました。
前者とは違う意味での緊張感がありました。
ライブは、見知らぬ土地のライブハウスのドアを開けてみたような、現実感と熱気に溢れていますね。
自分も観客の一人として、熱狂に包まれたような充実感がありました。
先生も、幾分リラックスして演奏されていたように思いました。
20代ですでに、あれだけの境地に達しておられたのですね。
とんでもない方に教えを請っているのだなあと、背筋が寒くなったことを正直に告白しておきます。
先生の演奏から、沢山のイメージとパワーを戴きました。
このDVDを戴いて、本当に良かったです。練習にも、自ずと気合が入ります。
あと、譜面なのですが、これは、演奏させて戴いても宜しいのでしょうか?
保存のみ許可ということでしたら、明日額を買ってきます。』
『友寄:DVD映像パフォーマンスは、本来、門外不出の秘蔵贈答品です。本当は、どっかのライブハウスで上映会をしてもらいたい映像ですが、そういう申し出が来るほどの知名度、人気があるわけでもなし、15年くらいお蔵入りしていたものです。10代で見たものはいないですね。20代でも2人ほどで、30代は、地元で1,2名で40代が3人、といった所です。価値がある、と思える人には、お宝映像でしょう。自分の方が価値がある、と思っている人には、高い買い物となるでしょう。譜面は、どんどん弾いて下さい。その方が作曲者も本望です。ゴミ箱に捨てた、という者もいると思います。そんな直々の小売店業務を営んでおりまする。』