友寄隆哉の
ジャズはなぜ死んだか?
ジャズから見る文化論
沖縄から日本を観る沖縄から沖縄を観る
4:権威と天才模倣少年少女/卓球とジャズ
私のレコード棚には、どこの誰かもわからない「輸入盤」でいっぱいだ。
私は、リズムの善し悪しの判断を自分で下(くだ)せるから音だけを聴けばよい。
今、コード.トーンの何度の音か、何のテンションが鳴っているのかも即座に判別できるから別にどこの誰であろうとかまわない。
ちょっとしたプロなら誰でも当てられる「超能力」だ。「いいねえ、 11th の響きは」、である。
理論なんかいらない。
(但(ただ)し、絶対音感を持っている者にはわからない。彼らは最初の基準音がピアノになかったらもうすべて聴けないのだ。哀れである。私の12分の1しか音楽を楽しめないということだ。)
すべての元凶(げんきょう)は、「模倣」という前段階から抜け出れない怠惰(たいだ)な集団にある。
あるいは、「こうあらねばならない」という神経症患者の強迫観念である。
そこには何ら全体像のない、自分にとって都合のよい理想とする社会がおぼろげにあるだけである。自分自身を最高峰の尊敬に値する王として君臨させているのである。都合の悪いことはすべて自分自身にとって、なのだ。国民投票はない。
核となる大切な概念を理解できないまま「権威」を気取るから「似非(えせ)」になるのである。
骨董屋(こっとうや)の親爺(おやじ)と無名の陶芸家(とうげいか)の会話が成立しないということは容易に想像できる。
ソクラテスの言葉を全部暗唱できるまで人は「哲学」してはならない、と言っているようなものである。
物事には「核」になる「美」のみが存在する。それだけを掴(つか)んでいればありとあらゆる所に「美」は存在する。
『とはいえ、なぜか創造者は「古典」にも長(た)けている。しかしその視点はそれぞれ独自のものであるということを知っておいた方がよい。私にでも過去の偉人のどこがダメで、どこがよいかが言える。その視点が独自であればあるほど自己のスタイルの独自性が高まるのである。
権威主義者はこれが言えない。言っても的はずれである。つまり古典すらもよく理解していないのである。しかしミュージシャンの古典に対する視点は企業秘密である。』
その「美」さえもつかんでいない「創造」は容赦なく批判してよい。
また、その「創造」の裏に潜む私利私欲に満ちた姑息(こそく)な陰謀(いんぼう)が見えかくれすれば、これを暴(あば)き、その打算に満ちた手口を暴露(ばくろ)してよい。
例えれば、明らかに盗作したとわかる方法論でつなぎ合わせた作品を利用し地位名声を得ようと、一獲千金(いっかくせんきん)を狙(ねら)う集団のそれである。
人はそこまでして世に出て、自分だけの栄華を求めてはならないのである。これは正論として言っているのではない。その人自身のために言っているにすぎない。
なぜなら、世の中には、「あれでもいいなあ」とする市井(しせい)の生き方は無限に存在するからである。
それは夢を追っている若者なのではなく「ああはなりたかない」と否定に満ちた人生観だからである。
手に入れて見ても、今度はこれを失うことへの恐怖が増すのみである。ゆえに生涯、幸福感を持つことはない。もともと力はないのであるから当然である。「宝くじ」の賞金を元に事業を始めるようなものである。
私は、北島三郎とチェット.ベイカー(ジャズトランペッター故人)の唄が好きである。
初代、高橋竹山(ちくざん)の津軽三味線とジャズ.ギターのジョン.アバークロンビーも好きである。
『最近の人気若手のヘビメタ津軽三味線兄弟は何も感じないのであるが、それはヘビメタ少年なら誰でも再現できる感性の所産だからである。希少価値の問題である。日本文化は確実に変貌した。なぜならあの感覚は西洋人も所持しているものである。それだけに接しやすい世界ではあるだろう。人気のない三味線界の普及活動には貢献している貴重な存在ではある。外国でなら「当たる」かもしれない。どうせ自国で廃(すた)れるくらいならどんな改良をしても「売却」するべきである、と私は支持する。「天才」は忘れた頃にやって来るから待つだけである。それはやっぱり「竹山」の怨念を背負った若者であろうが「普及」が終ってからの話しである。
ついでに、またまた最近の人材が少ない分野での天才クラシック.ギター少年という者もダメである。どこが天才なのかわからない。表情が「大胆(だいたん)」一本槍(やり)なのである。天才はすでに何もかも兼ね備えている者を言う。年期は要(い)らない。しかし、これも普及活動には最適の伝導師である。これも支持する。芸術的にはどれも支持していないが、私に支持されない者は必ず出世しているので喜ぶべきことである。』
ロック.ギターコンテストがあったとする。そこでディープ.パープルの「スモーク.オン.ザ.ウォーター」を完璧に再現する小学生がいたとして、これを世間はあっと驚き、賞賛した、とする。
『ちなみに最近のロック少年は「ジェフ.ベック」を知らない。当然、楽器は死ぬほど下手である。ただ、喚(わめ)いてギターを思いっきりかき鳴らせばよいとしている。これを良しとするビジネス側の問題である。バカに売る物はバカにしか作れないのである。
テレビでシンセサイザーをコマーシャルする時代である。バカへの呼びかけは盛んである。
なぜならバカが増えたからである。あの世代の子たちだ。
これをターゲットとすることが商売の鉄則である。これを「革新」とは言わない。「煽動(せんどう)」という。「集団催眠」と言ってもよい。』
私にはこうした天才少年少女の未来にはちっとも興味がない。もう既に終っている、と思うからである。
本当の天才は、子供であっても既に大人以上の感動を与える者である。
これらのすべての賞賛論拠は、「子供がやっている」という事だけである。
天才ハーモニカ少年も同様である。これが大人なら金なんかびた一文も出して聴きに行かない。
天才少年が、バッハ風、ハイドン風の曲を作曲したとしても同様である。
もし、これを大人が作曲したら「ふざけるな!」である。
本当の天才少年は、作曲した、と言って渡された譜面を演奏して見たら大変美しかった、それは、まだ聴いた事もない曲であり、タイトルをつけろ、と言ったら、「スターダスト」とつけた、あるいは「スモーク.オン.ザ.ウォーター」と名付けたと言う類いの子供である。
創造には、大人、子供の区別がない。大人の世界でも十分にやっていけるという者を「天才」と言う。
それを「まだ、子供なのに」と言う賞賛で評価するレベルは「天才少年少女」ではない。沖縄にもそうした「天才」がたくさんいるが、大概、そう評価している父親とその仲間たちが「鈍才」なのである。
既に、それくらいやっている大人はゴマンと存在する子供の行為は「天才」とは呼ばない。その年齢にしてそれをやっているのはその子だけだから、というだけなのである。
同世代の子はテレビゲームやサッカーに夢中なだけである。
小学生の身で自宅でフルセットのドラムセットを叩ける環境を持つ者がいないだけである。
だから他の子がなるべく関心を持たないように暮しておかないといけない。
関心を持ってしまったら苦節10年がパアである。ひょっとしたら1年で抜いてしまう者もいるかもしれない。
ただ、私の所へ連れてきたらひょっとしたら「天才」のままでいられるかもしれない。
ただし、私が話している最中に「よそ見」する子はお断りである。
人間は、そう簡単に第一印象をかけ離れて成長はしないのである。(宇宙人にでもさらわれないかぎり)
私が、現在までに目撃してきた「天才少年、少女」は今だにその名を聞かない者が殆どである。30年ほど経た現在も。
卓球の愛ちゃんに期待するのはよい。しかし、既に卓球の世界においては世界に無敵の女王として君臨する日本女子は存在していたのである。
それがあまりにも地味なためマスコミから軽視されているにすぎない。日本の女子卓球界の闘いは既にその第一部を終えていたのである。(私は卓球部にも在籍していたから気になったのである。学生時代、ちゃんと踵(かかと)を上げたまま登校していた。特訓である。)
私は一瞬であったがテレビのニュース番組で愛ちゃんとの対戦マッチを組まれたことに怒りながらも対戦した日本の女王の試合を見た。
結果は当然に女王の圧勝なのだが何やら相手を選ぶ悪者に扱われていた。
試合後のコメントも愛ちゃんである。しかし、さほど重要な情報でないかのようにキャスターは、その日本人の女王は「世界チャンピオン」であった、と言うのである。まるで常識のように一瞬キャスターがコメントした程度である。
えっ!日本人の女子に、もう世界制覇を成した人物がいたと言うことなのか?愛ちゃんこそがその壁を破るであろう唯一の天才少女ということでマスコミは注目しているのではなかったのか?と仰天してしまった。
待て!そのチャンピオンは何者なのだ!と問うたが話題はすぐに変った。
私は、インターネットを駆使(くし)してようやく調べ上げた。「卓球」「日本卓球協会」なんぞでは到底、たどりつけなかった。載ってもいなかった。しかし、なんとヒマな人間であろうか、私は!
かなりの時間を費やし、私はやけくそになり最後に冗談で「卓球の愛ちゃん」として検索するとようやくその全貌がわかったのである。「愛ちゃん」では別のサイトが出るだろう、と先入観があったのだろう。
それは既に16才で世界選手権を制した小山ちれ(36歳、2000年12月16日報知スポーツサイトより)が 愛ちゃんは好きだが 、現段階での世界選手権代表は時期性急な判断である、中国にはあのレベルの子供は何千人といる、また愛ちゃんはジュニア王者にもまだなっていない、中国へ行き、負けたら”不細工”、と日本協会を痛烈批判した、とある。
しかし協会側は「卓球」を盛り上げないといけない。シングルは勿論、長年の息のあったコンビによるダブルスでは無理、のこりは混合ダブルスの形で参加させ大会を盛り上げないといけない、と監督は悩んでいる、という記事であった。
人気のない業界にとってはむつかしい問題である。しかし、女王は悪者ではなかったのである。
唯一、 人材豊富な時代に 世界の頂点に立ったのである。あれほど騒がれる テニス界 にもまだいないのではないか。ああ!貧乏なスポーツ界は哀れである。観客動員できないことジャズのごとし。
卓球は高度な技術を要する大変地味なスポーツである。見ても現役のプレーヤーでしかその面白さはわからない。たぶん温泉卓球でみんなミスした時のあの腹立だしい嫌な感情を思い出すから見たくないのであろう。
なんでも庶民に普及させてはいけないのである。そう簡単にやれないスポーツは意外に人気があるのである。
ここまで語れば、ジャズは、今はこの「卓球界」と同じ境遇にあることがわかる。卓球の発展は、すべて日本と中国の国交次第なのである。
したがい、興味があるなしと言ったレベルではなく極めて「政治的」な問題なのである。
ジャズが日米間の問題であるに同じである。
また、歌声喫茶とポルカの問題は、北方領土返還フィーバーで復興するのである。
ロシアは、日本人の心情を理解していないようである。
日本人は沖縄の心情を理解していないのに同じである。
少なくともブッシュ大統領は私にグリーン.カードをプレゼントすべきである。
しかし、今もらっても、皿洗いの職にもつけやしない。
後記:
『2001年の4月頃書いた、この一文を読んだ読者からこんなメールが1年半ほど経た今日2002年9月29日に来た。
「件名:なんだかなぁ
友寄隆哉 殿
〔なんだかなぁその壱〕
小山ちれ は世界チャンピオンの時は立派な中国人だったよ。
踵を上げてた特訓してた割には...。
〔なんだかなぁその弐〕
人気インディーズバンドの子は正しいよ。というより間違ってはいない。
「ヴァンへイレン」は人間名ではなく純然たるバンド名でしょ。
じゃぁ聞くけど、そのヴァンヘイレンさんは何ていうバンドに所属してるの?
人間名というのであれば、アレックス・ヴァンヘイレン及びエディ・ヴァンへイレンであって、その人気インディーズバンドの子は後者のことが言いたかっただけだと思うよ。
決して、ヘイレン家のヴァンちゃんじゃないからね。
あなたの仰るとおり、やはりいろんなジャンルに精通することは重要なんでしょうね。
100人くらい名前が言えないとダメなんでしょ?ようわからんけど。」
以下のように返信する。
「御指摘ありがとうございます。
*小山ちれ、は、中国人だったんですね。私よりもずっと若いから、中学生の頃は、存在してませんでした。
荻原選手の本なんかの頃ですから、その後の事がわからなかったんですね。勉強になりました。ありがとうございます。
*バン.ヘイレンの話しは、「宇多田ヒカルの作り方」竹村光繁著、宝島文庫のP31で見た話しですね。
ギター大好き、という編集者があるビジュアル系のロックバンドのギタリストに「洋楽ではどんな音楽を聴いているの?」と尋ねた時に、「最近はね、あの、、、何て名前だったっけ、、、。そう!エリックなんとかってオジサン知ってます?あの人は渋いですよね。あとヴァン.ヘイレンのギタリスト!あの人も好き」、、と言った箇所からですね。
言葉が足りなかったかもしれませんね。
例えは違いますが、私自身のジェフ.ベック体験ともだぶったので(誰も知らなかったので)、どこでもそうなんだな、と思ったわけですね。まあ、きっとそうかもしれませんね。でもその本では、ネガティブに取って書いていたんですね。
ありがとうございました。
そのように付記しておきます。
友寄隆哉
2002年9月29日(日)4 a.m 」
追記:インターネット検索「小山ちれ」2002年9月29日(日)http://www.yomiuri.co.jp/hochi/2000gorin/aug/o20000818_5.htm より掲載
(「シドニー五輪スペシャル」http://www.yomiuri.co.jp/hochi/2000gorin/index8.htm より)
帰化から8年 小山ちれ日本人魂で金だ
今もって世界ランク6位の不屈35歳
35歳という年齢で、2度目の五輪に挑戦する卓球の小山ちれ(池田銀行)。1987年に世界ランク1位になり、13年後の現在も6位と、世界屈指の実力をキープし続けている。その間、代表漏れ、結婚、帰化、離婚問題とさまざまな波乱を乗り越えてきたベテランは、不屈の「日本人魂」で有終の金メダルを目指す。(聞き手・武田 泰淳)
2度目の挑戦
私生活の雑念をはらい、シドニー五輪で有終の美を飾る小山ちれ ―故障続きで昨年9月は世界ランク17位まで落ち込んだが、今年4月に6位に再浮上。五輪でのシード(上位16人)を獲得しましたね。
「予定通りに(順位を)上げれた。私は20年近く国際舞台で戦っている。いい選手というのは、ずっと実力を継続できる。他に、だれもいないよ」
―長い間、世界トップクラスの座を守り、35歳で五輪を迎えますが。
「1986年から4年ほど教えてもらった孫梅英コーチに言われた。“あなたは35歳まで大丈夫”って。94年に亡くなったけど、孫コーチには技術だけでなく、精神面も教えてもらった。あのコーチがいたから、世界1位になれた」
―単複ともに5位に終わった前回アトランタ五輪との違いは。
「2回目ということで、前の経験が生きてくると思う。今度は(中国からドイツ、台湾などへ)帰化した選手が20人以上(実際は、女子シングルス出場64人中23人)も出る。力がないと、金メダルは取れない。でも、やりにくいとは思わない」
―89年に小山英之さん(元池田銀行監督)と結婚して、来日。日本での生活は10年を超えますね。
「中国と日本で、違う部分は少しあった。食べ物なんか中国は脂っこいけど、日本の味はあっさりしてる。得意料理? フカヒレスープ。高い食材だから(笑い)。日本食なら茶わん蒸し。最近は中華料理を作っても、あっさり味で“日本人の中華”になっちゃった」
―2年前から英之さんと離婚調停の申し立てをしていますが。
「(五輪強化へ)いろいろ影響が出ないように、もうすぐ終わると思う。来月中? そうかな。そういうことは早く解決して、もう終わりにしたい」
―日本に来て後悔はしていませんか。
「来て、よかったと思う。環境、生活、みんな慣れた。(練習場のある大阪)池田市は静かでいいところ。一生、ここにいたい」
―来年4月に大阪で世界選手権がある。現役生活の区切りは。
「五輪が終わってから、様子を見る。五輪後? ゴルフをやってみたい。旅行にも行きたい。あと、お酒も飲むよ。日本に来て10年間、競技を長く続けるために我慢したからね」
―引退後の計画は。
「卓球は離れない。世界ランク10位に入れる選手を作りたい。(大阪市が立候補する)2008年五輪に、地元から選手を出せれば、こんないいことはない」
取材後記
小山のプレーは前陣でどんどん打ち込み「女王」の名にふさわしい迫力がある。見た目も少し怖そうだが、今回の取材で、卓球を離れたときの自然な素顔をのぞくことができた。
「買い物は梅田とか池田とか、よく行く。野菜などを買って、ちょっとオマケしてもらったり…。歌? プレスリーとかテレサ・テン、あと谷村新司も聴くよ」。大会の打ち上げなどでは「愛の讃歌」「マイウェイ」などを歌うそうだ。
離婚問題が起こったころは、卓球に集中できない時期もあったが、もう完全に吹っ切れている。好きな言葉のひとつに挙げたのが「根性」。今や死語になりつつある日本語だが、苦難を耐え抜いてきた小山には、ぴったりの言葉だ。(泰)
◆小山ちれ(こやま・ちれ)
1964年9月30日、中国・上海生まれ。35歳。中国名は何智麗(か・ちれい)。4歳で卓球を始め、17歳で中国代表入り。上海体育学院卒。84年、86年、88年とアジア選手権3連覇し、96年にも勝っている。87年には世界選手権を制覇した。88年、ソウル五輪の代表から漏れ引退。89年9月に来日し、10月にコーチの小山英之さんと結婚した。91年3月、池田銀行へ入行し現役復帰。92年10月に日本へ帰化した。94年、広島アジア大会で優勝。97年に夫婦仲に亀裂が生じ、現在は離婚調停中。シェークハンドのドライブ型。168センチ、61キロ。 (註:2000年版)
日本人はなぜ模倣が好きか?これは日本人特有の資質だと言う。(本来はこれでは答えになっていないのだがサイトではこれくらいでよい、とする。)
他のアジア諸国は、外来の物を「所有する文化」であったという。次から次へと舶来品を取り込むのである。それは歴代の王の遺産からわかるのだと、渡部昇一氏は指摘する。
しかし、日本人は、かならず取り寄せた舶来品を分解しこれと同じものを再現しようとする性質があるのだという。鉄砲の改良、自作に至る過程にも現れているという。
沖縄音階を取り寄せそのまんま,つぎはぎ方言歌詞をとりつけた歌のことであろうか?先人の来沖人が恥ずかしくて遠慮(えんりょ)していた手法である。
(彼は「沖縄ベイ.ブルース」と唄い、これを意識的に避けたと言う。この曲の倭物と西洋物の化合率は倭物が全体の90パーセントを占めている。私の化合比と正反対である)
『ちなみに、ジョン.スコフィールド(ジャズ.ギタリスト)にも「沖縄ブルース」と言う曲がある。17年前はよく弾いたものだが、私のはちょっとインチキっぽい。本場の原住民の私の方が偽物そのものような演奏をしていたのである。ジョンにすまないことをした』
だが、そこから全く新たなものを創作することには慣れていないとも渡部氏は指摘する。つまり、日本人は外来の文化を取り込みこれを「改良」していく能力に長けた民族であるという。この能力があるかぎり日本の「技術力」は向上していくと結ぶのである。
果たしてそうか?
私は常に細々な検証をあらゆる文脈へ行なって見るのである。
現在の状況を考慮しそれがどういう場面では「悪」となり、どうなれば「善」となるかを探って見るのである。そうそう万能な主張と言うものはない。なんでもフロイドで片ずけるかつての精神分析のようなものである。
するとそれがどこまでは有効でどこからは無効となり負の領域へ同様な加速をつけ突入していくか、ということがわかってくる。
例えば、ここに一曲の演歌があるとする。クラシッカル.ミュージックでもよい。どちらが高尚でどちらが下品かはそれぞれの視点の違いにより簡単には「固定」できない。
ある日、そうした一曲に「感動」した、とする。
しかし、この「感動」「影響」を語る「形式」も「スタイル」も模倣改良ジャズ信奉者にはないのである。関係のない系列の「話し」であるからだ。
例え語ったとしてもそのアドリブ語法はジャズのそれである。つまり、洗脳されたジャズの美学の中にその感動した無関係なジャンルの核となる「こころ」は排除され語られるのである。
愛する者の死の知らせを聞いて哀悼(あいとう)の意を表するのにとびっきりのビーバップ.フレーズ満載のジャズを演奏するようなものである。
これは何時、どこでやっても大した違いはない。その知らせが誤報で実はまだ生きていると分かった時でもやっぱり同じアドリブで喜びを表明するしかないのである。
人生に何が起きようと彼は同じフレーズを再現するしか表現手段がないのである。
これは、あの、マンガ「パーマン」にて、動物園を住まいとする猿の「パーマン2号」が何があっても「ムキキ、ムキキ」としか言わない様(さま)に似ている。
聞き様によっては、楽しくもなり悲しくもなる。その判断の90パーセントは受け手の精神状態にゆだねられている。今日は楽しいか、悲しいか。
ジャズによる童謡アレンジ、ジャズによる民謡シリーズ等に見られる、その暴力的な行為により「変貌」を余儀なくさせられてしまった「感動」は、無惨にもその「心」を改宗(かいしゅう)させられ、新たな「ジャズ物」として身売りされて行くのである。私はこれを「 搾取ジャズ.スタイル 」と呼んでいる。
テーマは「倭(わ)もの」、アドリブは「洋もの」である。いつもの「洋もの」のテーマを取り替えただけである。
「日本の心」はアドリブには何も取り込んではいない。
『「心」と言えば、私は、最近、無責任な自称犬好き「愛護姉妹」による餌付けのため、野犬がアパートに住みつき、私が外出する際、坂下を駆け降りる私のスクーターめがけて突然飛び出し、もの凄い形相で吠えながら追っかけてくる、という羽目に合っているのである。
そのためブレーキを掛けられず坂下の道路で出会い頭(がしら)に交通事故を引き起しそうだ、ということで苦情を言うと、私らは「犬好き」ですから保健所を呼ぶ事はできません、そんな残酷な事、自分で呼んで下さい、といいつつ「餌付(えづ)け」をやめようとしないのである。
真犯人である野犬は、誰にも知られずすぐに逃走し行方知れずとなるであろうこのような死に方をしても何だからと自分で保健所を呼んだのである。
(ここで、このサイトの読者に遺言しておこう。私がもしアパートの坂下で交通事故に遭ったとしたら犯人は「犬」である。白い、目に黒の斑(ぶち)が切れ長に入っているあの犬が犯人である。誰か必ずかたきを打ってくれえ〜。た、たのむ。)
保健所は「餌を毎日与えるくらいならちゃんと管理して下さい」と愛護姉妹に注意してくれたのだが、「お宅らに言われる筋合いはない、訴えてやる」と反論して来るのである。犬好きを自称するわりには野犬は愛護姉妹にも寄って来ないのだという。何週間も餌(えさ)だけを置いているだけだ。
「犬嫌い」の私がおかしい、と愛護姉妹は猛反撃してくるのである。保健所もお手上げである。言葉が通じない、と終いには、何を言われても耳が聞こえないふりをして無視してしまった。
このような自称犬好き主婦連合は多いのだという。
トラブルがあると知らんぷりを決め込むのだという。
お風呂にも入れないし、病気になっても別にお金を出して病院へ連れていくわけでもない。ただ餌を与えるだけなのだと言う。
私はこの愛護姉妹の「実家」を幼い頃から知るという者から聞き込みした。
彼女らはとんでもない金持ちで昔からあれこれ血統書付きの犬を飼っては、逃げられたり死なせたりしてきたのだという。
金持ちにしては貧乏くさい顔をしているが、と言うとそれは昔から下々(しもじも)の者と合わなかったため次第に無口で陰気くさくなっていったからだ、という。
彼女らの飼う犬は、近寄るといつも異臭を放ち何か目つきもおかしく、次第に弱って死んでしまったりしたのだという。お風呂になんか入れなかったはずだ、という。餌も気まぐれに上げていたのだという。
ましてや散歩している姿は見たことがない、と当時を振り返り証言する。
そのため大概、病死するか、逃げ出すかの道を犬たちはたどっていったらしい。
その2,3日後には、次のめずらしい大型犬が「到着」していたのだという。
まさに中年期に入っても彼女らの「犬好き」は持続されている。彼女らは人間社会に生きる資格がない。
なぜなら人間の命よりも犬の命の方が大切だと言っていることになるからだ。
私は単に「犬嫌いだ」と言っているのではない。「このままだと事故を起こして死んでしまう」と訴えているにすぎない。
結局、野犬は捕獲できないままである。保健所もあきらめて来なくなってしまった。
しょうがないから私は私の本性に頼る事にした。
紳士的な解決は愛護姉妹には通じない。
生来からの簡単な方法である。
あの野犬を見つけたらスクーターで「ひき殺して」しまう、という方法である。
「殺(や)られる前に殺る」である。
国によっては「赤犬」を食う民族もいる。市場にぶら下がっていたりする。
本当は戦時中も戦後もどこでも「食って」いたのだ。
猫も「薬」として「食って」いた。特に「喘息(ぜんそく)」に効く、といって食っていた。
そう決めてからというもの、一度追い掛け回してからは中々出現しない。
私の恐怖は、以来「愉しみ」に変ってしまった。
「沖縄は那覇市に曙(あけぼの)町という港町在り。その西の果てに堤防ありき。早朝、近辺をジョギングする者ありしば、野犬の大群に追われ、命からがら逃げ帰ること多々あり。これを捕獲せんと市よりその筋の者派遣せしが犬共、勤務時間内にそう都合よく姿現さず。日々この繰り返しなり。(曙物語)」野犬に襲われたり、屋敷内に猫が「うんこ」したりしてもこちらからは危害を加えてはいけないのである。
そうした被害を知らないものは「土」のある生活を知らないのである。
コンクリート.ジャングルの中で生きているから毎日、毎日、「うんこ」の匂いがする生活がわからないのである。
猫は、土を求めて「うんこ」する。
おまけに死に場所も「土」に求める。
それを無視してコンクリート.ジャングルに生きる住人は餌をやり続ける。
うんこをしたり、何やら腐臭を放ち、気がつくと軒下で死んでいる、という猫の習性を知らないのである。
動物愛護に生きる者は、ちゃんと「うんこ」を毎日片付け、腐った動物の屍(しかばね)も両手に抱え運ばなくてはいけない。
毎日こうした目に会う人間は、「いじめられっ子」同様、黙って攻撃されるのを待つのみである。
他人には迷惑なくそガキでも親にとってはほほえましい光景なのであろうか。
最近の飼い犬への残虐(ざんぎゃく)な殺戮(さつりく)事件とは当然文脈は別である。
あらゆる部分を切断して張り付けているそうな。猟奇(りょうき)である。
私は「野犬」の話しているのである。つい最近も車椅子の老人が早朝、山道を散歩中、野犬に教われ死亡した、というニュースもある。
野犬ももとは動物好きの所有する玩具(がんぐ)であった。
なぜああ次から次へと飼育するのであろうか。普通生涯に一匹ではないのだろうか。
サザエさん家の「タマ」は、もう何十年もタラちゃんと共に生長が止まっている。
あまりの偽善的な愛護に犬も逃げ出すのであろう。
少なくともこれまで2匹以上犬猫を飼った経験のある者はその顛末(てんまつ)を法廷(ほうてい)にて説明すべきである。
どのように前回は終えたのか、そして次はどんな顛末になってしまったのか。
それぞれ検事と弁護士、そして陪審員も必要である。
犬猫裁判である。
判決!被告は、今後二度と新たにペットを購入してはならない。
又、野良犬に餌を上げたという事実が確認された場合、保健所にて一週間、犬の飼育係りの刑に処す、というものだ。
餌を与える者には迷惑をかけない、という習性があるのだろうか。それを知っていて餌を与えているとしか思えない。のら猫の糞処理などするような働き者たちではない。後は知らんぷりである。保健所、愛護協会に報告したとて大抵が「見当たらない」で終るのが普通である。
そんなものを愛護家と自称するなら「ねずみの餌(えさ)」をあちこちにバラまいてみれば万物愛護の精神でさらにグレード.アップである。
「ねずみ」だって動物である。ごきぶりの餌でもよい。
近年は木や植物にも「心」がある事が立証されている。
(ある種の木々は虫に食われると防御のために毒性をもった物質を生み出すと言う。するとその周辺の木々も虫に食われていないにもかかわらず同様な物質を作り出すのだと言う。この手の話しは近年かなり報告されてきている。「イルカ」のようなコミュニケーション方である)
したがい、肉食を軽蔑し「菜食主義」を気取った者も残酷な種族である。
そんな植物を食う残酷な種族の気持ちがわからない。
お菓子ばっかり食ってはどうか?
細菌も拡大して見れば「生き物」であることがわかる。
小さくて目に見えないからといって差別してはいけない。
蟻(あり)にも名前があるかもしれない。踏みつぶしてはいけない。
私は、悪人で残酷な「人間」であるから何を食べても、何を踏みつぶしても気にならない。
人間さえ殺さなければよい。
しかし、まあ、これはミュージシャンに対しては「言い過ぎ」であるから、今、この通り、頭を下げて詫びることにする(深々〜)。
単に、どっかで言いたかった話しなのであるからミュージシャンはとばっちりを受けたようなものである。
また、こうした挿入文は二度目はどこにあったか簡単には発見できないであろう。改めて主張するには不適当であるからこうした形を取っている。
しかしミュージシャンとの共通点はある。いい人間でもないのに「善人」で「心」ある人間のふりをしている、という点である。
だからこの話しを思い出したのだ。共に自己を客観視する能力が欠如している。
偽善的な行為である。他人に迷惑をかけていることも自覚できていない善行である。宗教勧誘である。
結局、営利目的であるにもかかわらず「アジアの心」を訴える商売人たちである。
商売なら商売と言えばよい。
これは新しい宗教で沖縄支部を作るための一環なのですが、と前以て宣言し「病気、痛み」を取り除いて見せるふりをするなら別に問題はない。
問題は、最初の主旨と違う方向へ気がついたら導かれていた、という「公約違反」な行為なのである。
(この方式で「コンサートを見に行こう」と誘われ、気がつくとある宗教団体の「集会」に出席していた、と友人から聞いたことがある。今やバンド活動は、宗教団体の青年部の主要な勧誘活動として常識である。彼は道中、別のことで頭が一杯だったのだ、と言う。)
「自然や故郷、人の心を愛する」と唄う者が離婚しては詐欺である。平凡な妻の心は愛さない、ということになる。自分とは無関係な人は愛せるが関係のある人は愛せない、とちゃんと言ってくれないと「善人の代表」だと中学生なら勘違いしてしまう。
自分が「善人」か「悪人」かは自分で決めるものではない。私が決めるものである。
私に聞けば即座に、「君も悪人!」「あんたも、あんたも」と教えて上げられる。いずれにせよ私は自分が、心ある「植物」を食べているのにもかかわらず「肉」を食べる人間を「軽蔑」し、自分を「善人」だと言いはる種族が恐ろしいのである。
「正義」の種族は常に自分の事は棚に上げるから恐ろしいのである。
「正義」を論じる者の「眼」はいつも情熱的で何か狂信的である。
こうした動物愛護の精神を楯(たて)に、血にまみれ、悲鳴を上げながら死んでいく「植物」たちを噛み砕(くだ)きながらも「私たちは何て善人なのかしら」とつぶやいているのである。あ〜怖い。私は悪人だから「観念しろ!」と言って笑いながら食べることができる。食べ終ると「ざまあみろ」とまで言ってのける。
それも嫌と言うなら「お菓子」を食ってはどうか?
お菓子ばっかり食べている奴はそのうち虫歯になってひどい目に合うからほっておいてもよい。
どうせ長生きもしないから別にじゃまにならない。そうだ、お菓子にしろ。お菓子だけ食っておけ!遺伝子組み換えの奴がよい。その結果が知りたいのだ。私は。
フフフフフ.......。
閑話休題』
さて「搾取ジャズ」の話しであった。日本の民謡のテーマを借りて何ら変りのない洋物のアドリブをするするような和洋折衷(せっちゅう)としたジャズの事である。
包装紙だけが和紙でできていて中味はアメリカ缶詰の詰め合わせのような御歳暮である。これで日米合作と言っているような物である。
このような「倭物のテーマ、洋物のアドリブ.ジャズ」をいくら繰り返してもジャズは成長しなかった。また進化もなしえなかった。「ジャズで弾く****シリーズ」である。こうした活動でいくら観衆を取り込んでも彼らはやっぱり「本物丸かじり」はできないのである。
ワサビ抜きのにぎり寿司が世界で大流行、と言うようなものである。
喜んでよいのか嘆くべきか個人差がある。
中にはそこまでして流行らせることはない!という親方は当然いる。
それでもよい、とする者はワサビの事を知らないのである。
「ワサビつくり」の職人を嫌って飛び出した息子と臨終(りんじゅう)の際、何十年かぶりで再会した親子の感動的なマンガがある事をである。
予行演習にはならないのである。チーズがなければピザは食べられる、という者もいる。
そんな予行演習ばかりしていては「どこでもホテル.セット」のようなものをドラエモンから出してもらわないとどこへも探検する気のない「のびた」のような人種しか集まらない。
道はつながっていないのである。
ジャズのカフェ.バーの常連の中にジャズのCDを持っている者は稀(まれ)である。
単なる、時代の装飾品の一つである。進化は許さない保存法である。
本国に住めない人生はベストな環境ではない、マイナスの人生である、と考える音楽人生である。本当の敵は進化を許さない種族が「だんな様」の替わりを勤め「権威」になっているからである。
ミュージシャンは、単に、アメリカより派遣された搾取(さくしゅ)屋としての任務を全うしているに過ぎない。
まだチューインガムやチョコレートをもらい足りないのだろう。
しかし、このことを指摘したからと言って私は、「オレは日本人だジャズ」を擁護(ようご)しているわけではない。
あれは日本人の「心情」ではなく「感情」である。求められるのは日本人として他国へも通じる「感性、知性、思想」なのである。
沖縄風だからと言って何でも「波の音」から始りやがて「三線(さんしん)」の音が聞こえてきて気がつけば英語の唄が流れていた、という音楽の類ではない。
バンドを従え、三味線(しゃみせん)で洋楽のメロディでも弾けば、西洋と東洋の融合と考えているような者には本来、手に負えない問題である。
あるいはどこにでもある洋風ポップスのオリジナル.ソングをこしらえ、これをお国なまりで唄って見せれば「融合完成」となるような代物でもない。
『これは秋吉敏子女史(米在住、ジャズ編曲家)や武満徹氏(現代音楽作曲家、故人)と言った「第一世代」の精神からはほど遠い「和洋折衷(せっちゅう)もの」である。単なる「できそこない代用アレンジ」でしかない。本質は何の変化もしていない。また「寺内たけし」氏のエレキ.ギターによる邦楽曲の演奏とも違うものである。氏による一連の「津軽じょんがら節」等は単なる「置き換え」である。
しかし日本礼讃(らいさん)の姿勢には変りなくその特異な功績は評価に値するが私は日本礼讃派ではない。東西化合を目的とした洋楽派である。
基本的にあれは洋物度は、ゼロパーセントであるからあのスタイルは今日まで何の進化も見ていない。40年近くも変らないから「箱物(はこもの)」の一種である。』
その結果、待っていたのは、誰も関心を示さなくなってしまったかつて全盛を誇った「卓球界」と同じ境遇の「ジャズ界」なのである。(かつてのように「コンサート」が打てるミュージシャンはいない。せいぜい「ライブ2デイズ」がやっとである)
日米親善のジャズ、日中友好の卓球である。
(「世界卓球大会」を民放がゴールデン.タイムに放送すれば苦情の嵐である)
他国の文化を普及させてあげるためだけの人生である。りっぱなことである。ただあちらは注文だらけでこちらには興味はないのである。
「だんな様、うちにもこんなものがございましただ、だんな様の好みにちゃんと味付けしてますだに、食ってけろ、私らは、こんな風には食わねえども」である。
これは自国でも同じである。「完全保存」を促進していると思われる簡単な例を上げれば、ここに和食会席料理の料理人がいたとする。
彼がフランスへ旅行し、本場フランス料理に「感動」したとする。あるいはタイ料理でもよい。
彼は感動したその食材、料理法等をどうやって自分の領域に還元すればよいのであろうか?
これこそが窮極の会席料理である、とその奥義すら極めていない彼はこの感動をどう処理すればよいのであろうか?
彼は、「分ける」のである。あるいは、「捨てる」のである。あるいは、どうすることもできない感動を「抑圧」するのである。あるいは、おまえはマヨネーズでみんな食べた方がいいと言うのか!と新作会席料理を親方に投げ付けられ何度も叩かれるはずだ。せいぜいやれる事は、鮟鱇(あんこう)の肝(きも)のかわりにフォアグラを入れるだけの「代用」の概念である。
あくまでも「代用品」である。でもやっぱり「鮟鱇」がよい、と思うのである。あたりまえである。鮟鱇の肝のために味付けしているからである。
そうして彼もまた奥義を極めることも「改良」することも許されることなく人生を終えるのである。彼は自ら生涯に知りえた約3分の1程度を後続の弟子へ伝え、この世から退場していくのである。それを受け継いだ者は残された3分の2を自分なりにまた「再現」しようと、その技を作法にのっとり完成させるのである。こうして「伝統」は終始同じレベルで「保存」されて行っているのである。
奥義を極めてもいない段階での改良は言語(ごんご)道断である、という先人の遺言だ。
「私は極めました」と主張しても、「もっと探せばまだ残っている」と言い返されるのがオチである。
『ちなみに、あのマンガ「おいしんぼ」での会席料理編で提示された、刺身をマヨネーズ入りの醤油で食べる、という窮極のメニューは我が家の生れながらの常識であった。長い間、それを他言すると「気持ち悪い!」とマンガ同様な反応があった。ようやく「おいしんぼ」に取り上げられこの食べ方は「権威」となった。マンガでは漁師の習わし、としていたが、父は「何!あれはオレが見つけたんだあ!」と言って譲らない。ともに肉体労働者であれば行き着く発想は同じなのであろう。』
以上のことがトンガ王国の「和食料理人」の間で50年以上も前から忠実に守られているとして、この料理人たちは自国の郷土料理が苦手である、と得意気に言っていたとしたらどうか?彼らの中から日本人を凌駕(りょうが)する和食料理人は一体、何世紀後に現れるであろうか?
その上、日本に留学していたと言う「日本では普通の料理人」が「権威」として君臨していたらどうか。
歩き方も倭人風に決めるのである。
日本人にとっては「かわいい」職人たちではある。
しかしトンガ王国の料理には日本人は興味を抱かないとする。
これが、経済発展先進諸国だけが味わえる唯一の「優越感」である。
戦勝国になればどこの国にもチャンスがある世界である。
三波春夫の死をアメリカ国民が「悲しむ」のである。
ホンマかいな!
追記:さて、ここまで書いて来て、誤解のないように早い段階で最重要事項を付記しておかないといけない。
洋楽の命は「リズム」である。
これを日本人が即興レベルでマスターする事は極めて困難である。
一流というジャンルに番付されているミュージシャンであってもすぐに「日本人」だと当てられる者が多々いる。
だからこれは一生、身に付くものかどうかもわからない。
しかしこれを当てられる、という者もそういない。
一般聴衆では無理である。楽器弾きで達人の域に達しないとわからない世界である。
日本ではごく少数のミュージシャンにしかわからない世界である。
念のため述べておくと、譜面を弾いてこれを洋楽の「のり」に乗せる事ができる者は多々いる。
努力すれば誰にも可能な境地である。
再三言っているのは、即興レベルの話しである。
また、単に、「機械的一定均等リズム」の者は除外している。
日本の一流ミュージシャンと呼ばれる者の大半がこの方式で克服している。
譜面化しやすいリズムである。
真面目な者はこれに頼るしかないが、これも語尾のわずかな寸足らずの隙間で「日本人」であることがわかる。このリズムは少しでもその一定均等リズムに乱れが生じるとすぐにわかる。
また本当に正確なテンポで演奏しているわけでもない。けっこう「走って」いる。テンポが次第に速くなっていくことだ。
これを避けるために機械のクリック音を聞きながら演奏を録音するのが常識となっている。したがい毎日練習に明け暮れないとすぐに腕が落ちてしまう。
しかし譜面化不可能と言えるミュージシャンにテナー.サックスのソニーロリンズがいる。ドラムスのエルビン.ジョーンズでもよい。
彼等のリズムはいかに乱れようと「音楽的」に聞こえるから不思議である。
語学の世界でもどんなに生涯を費やしても後天的には大抵の者は「ネイティブらしさ」をものにしていない。皆無と言ってもよい。これも原稿を朗読する程度の者ならかなりの数がいるだろう。
言語の問題は、どの国のどの地域を基準としているのか?と言う問題はある。英語を母国語とする国も多々ある。
私が言いたい事は、これは不可能な事である、とは言えなくとも、極めて困難な事である、と言うことである。
その結論を得るために多くの人生が既に捧げられた。
無理なのである。
「あいつは日本人離れした奴だ」と言う形容は、所詮(しょせん)、日本人の間で囁(ささや)かれているにすぎない。
外国から見れば充分「日本人らしい」
ネーザン.イースト(アメリカのベーシスト:「ボブ.
ジェームス」などに雇われたりしてプレイ)は、来沖中、沖縄のホテルにてラウンジで弾くピアニストの音だけを聴いて「フィリピンだろ?」と聞いて来たという。一流の耳はすべて承知の上らしい。
また、外国人の誰でも「日本人離れ」している。
他国の人間になりきるためには徹底した自国の否定の上にしか成り立たないのである。
それでも困難なのである。
また、自国を否定するためには、よほどの仕打ちを自国で受けて、その怨念を「芸」にまで昇華しないといけないから自国で無視されて屈辱を味わいながら長年生きなくてはいけない。
そうすれば自国のすべてを恨んだまま国外へ脱出する者も生まれる。何もかも捨て去り他国に同化しようと努めるだろう。
自国でこれを徹底すれば自国のすべての文化、味覚さえも生理的に嫌悪していなくてはいけない。
あるいは接近しないように逃げ回らなければいけない。
沖縄出身の役者で長年、主役専門でテレビ洋画の吹き替え声優を兼ねている者がいる。
彼は、何十年も郷土との関わりを避けた、という。
「お国なまり」を消すためにひたすら郷土人と会う事さえも控えたのだという。
後年、その地位を得てようやく彼は郷土とのかかわりを持ったのである。
一般の人間は修行事に必ず「人間性」を求めるから理解できない話しであろう。人間性云々する者では修行事には向かない。
芸の世界は、技を持って初めて「人間」としてその権利を主張できる。
税金も納めていない若者に選挙権すら与える必要はない、とする者もいる。国を語る資格がない、というのだ。
まあ、高額の税金を納めている者の意見が、税金すらまともに納めていない成人一人の権利と同じ価値を持つ、とされたのでは何が平等だ!と主張する気持ちもわかる。
どんなに努力し国へ貢献しても一票分の望みしか通らないのであるから脱税でもするしかないのであろう。
税金は納めなくてよいから政治には口を出すな、ということにすれば問題はない、としている。
それでは明治時代に逆戻りではないか、金持ち中心の社会になるではないか、という反論も当然起こる。
しかしこのままでは国のために貢献しようという国民は生まれないのも事実である。脱税者を続出させる社会である。
がんばって働いた民間の者の所得はすべて税金に吸い取られるのであるからまるで共産圏の国家である。
その金は官僚がぜいたく三昧するためのものとなり、忘年会、新年会、慰労会、送別会の資金である。
あるいは無意味な建造物がある日急に街に出現する。
建ててよいか?との質問もせず、もう建築中だ、と言う。そうしてでき上がったその建物に「名前をつけよう」と初めて市民に呼び掛ける。
皆んなのものだ、と言う。
案の定、商才のない官僚のアイディアはすぐに無用の長物となる。
学校で、投票は国民の義務、と子供の内から教育したのは、日教組(にっきょうそ)である教師が、そう教えれば「社会党」にいつか入れてくれるだろう、という予想があったからだという。
なるほど、さもありなんである。
しかし、まあ、あの若者たちが日頃、何の関心もなく、親の言うなりに投票場に押し寄せてもやっかいであるから今のままでよいかもしれない。
わけのわからないアイドルが当選しても腹が立つ。
何が腹が立つって、国の金で「贅沢」しているのが許せない。
フォアグラやキャビアくらい国が給食で支給してこそ「文化」である。
社会に出てからは一生食べられない者もいる。
高級な食材料理を経験すれば、社会に出てからもこれを食べて見よう、とがんばる者も出る。
国の金はすべて「子供」に様々な文化を経験させるために使うべきである。
大人になってからでは何もかもが遅すぎるのである。
(但し、個人の金では、これは「贅沢」である。)
ましてやサミットなどで老人にいくら金を使って接待しても食い逃げされて終りである。
接待した相手も今やお役御免であるから何とアホな無駄使いであったろう。
この国ではこんな娘が音楽界の頂点に君臨しているのか、と全世界に暴露してしまったようなものである。
広告したからと言ってどうなるものでもない。一国を代表する「芸」ではない。
本当にこの国は、諸外国に何かをアピールする事にかけてはまだまだ鎖国同然である。
北島三郎に頼むべき事である。
小娘芸はこの国だけの若者にだけ向けて発していればよい。
あるいはこの国の「豪華さ」にあこがれるアジア諸国の若者だ。
輸出を考えるほどの代物ではないが世界の老政治家の嗜好がそういう「若い娘」を暗暗裏(あんあんり)に指定していたのならしかたがない。
他国への同化は、自国に「恨み」でもなければやれる事ではない。
また、そうした動機を持つ者が、すべてに違和感を持つ自国に住む、という事は「屈辱」であり、そこからは何のプラスも見出せないはずである。
私がそうだ。沖縄のローカル番組をこれ以上増やせばよけいにバカが増える、と壁に向かって主張している。
だから一切そうした番組は見ない、といいつつそっと見たりする。
少なくともでっち上げのローカル音楽番組は一切見ない。
あまりの学芸会に恥ずかしくなってくる。
最近、不可解な事がある。(年柄年中、不可解だらけであるが)
どうみてもアマチャアーの寄せ集めのブラス.バンド系でそれぞれの力量は、小学生のブラスバンドのレベルにもない大所帯サルサ.バンドが、キューバで公演し観客を総立ちの大フィーバーにさせたと言うのだ。
例の映画化されたキューバの老バンドマン等が来沖しキューバに招聘(しょうへい)されたのだ、と言う。
「ラテン」と言えば「オルケスタ.デ.ルス」と言う日本のスタジオ.ミュージシャンによるバンドが同じく海外で受けた、と昔騒がれた。
当時、騒がれたのは、演奏技術が認められたのだろう、と感心していたものだ。
しかしこの素人バカ騒ぎバンドも「受けた」となると、これは、キューバ人の国民性を調査して見ないとわからない。
キューバのミュージシャンと言えば晩年のディジ−.ガレスピー(故人.ジャズ.トランペットの巨人、チャーリー.パーカーの何十倍も偉大)に見い出されたゴンサロ.ルバルカバと言う、チック.コリアもびっくりの若手?の超絶技巧のジャズ.ピアニストがいる。
(私は只で東京ブルーノートでの初来日の演奏を聴いた。)
どうやら我々は「キューバ国民気質」を知らないようだ。
ひょっとしたら単なる「お祭り好き」な国民かもしれない。
「音楽の国」と言うキャッチ.フレーズを誤解しているようである。
ひょっとしたら音楽は「踊れれば何でもよい」と考えている程度の市民ではないか。
フィリピンのように下手くそなミュージシャンに投げつけるための「トマト」をライブハウスの入り口で支給するシステムはないらしい。
どうせあそこはアメリカのコピー曲しかやらないのだが。
彼らキューバ国民も本当は楽器の上手い下手はわからないのではないだろうか?
これは確かに沖縄県民の気質と同じである。
とにかく技術よりも騒げればよい、とする気質である。
そんならそうだとちゃんと知らせてほしいものだが、どうも本土経由の「情報」は曲解されて流れて来る。
ここでちゃんと訂正しておこう。
キューバは、お祭りバンドであれば技術に関係なく「受ける」から学生でエネルギーがありあまっているラテン.バンドはどこでもいいからキューバ公演を実現して見せればよい。
必ず大騒ぎのダンス大会になることであろう。まちがいない。
私の身体は、音程の悪さ、アドリブのひどさ、リズムの悪さ等で、拒否反応を示す不幸な体質を持ってしまっているから最近のお祭りにはいつも参加できないでいる。
ただし、陰気な、メンバー同志の仲の悪い、練習好きなバンドでは誰も踊ってくれないから行ってもしょうがない事になる。
遠い異国の極東の地から自分らの音楽「の、ようなもの」を演奏してくれている事に感激しているのかもしれない。
私の感心している事は、バンドを作るのに、よくあれだけの楽器の友だちがいるなあ、という事だ。
しかし、その技術レベルから察すれば、その逆で、まず「お友達」がいてそれからそれぞれが「楽器」を分担したかも知れない。
むつかしい問題である。にわとりが先か、卵が先か。
しかしまた私の伝書鳩たちの報告によれば、彼等はけっこう音楽を「得意気に語る」そうである。
ただの素人の楽しみでやっているのではないそうである。
え〜、あれだけ小学生よりも下手なのに〜!
一匹でも捕獲して語らせて見たいものだ。ひょっとしてまたしても塾講師軍団なのか!
また、この手の話しに、ある離島出身の民謡ポップ系の歌手がイギリス人の有名ボトルネック.ギター奏者と組みイギリス公演した所、これまた「受けた」とある。
地元でその歌手を聴いてもその良さはさっぱりわからない。別に渋くもなく重みもなく、普通の音楽好きな青年である。
取材した地元記者に問題があるのであろうか?
いや、記者は確かに、会場で拍手喝采をもらっている状況を目撃したはずである。
観客の年齢層、所属団体名称、日頃何を食べているのか、といった事は書いていなかった。
だから両者は確かに「海外公演大成功」の実績を作ったミュージシャンたちである。
まあ、しかし、音楽も所詮は、民衆の物である。
私には、こいつらには好かれなくていいな、という観客がいる。
飛び込みで私のライブに場違いに来ては必ず1ステージの演奏中に席を立って帰る連中だ。
いつの日かライブが始る前に、「え〜、用事を思い出した方は、演奏が始る前に用事を済ませてから改めて御来場下さい」と挨拶(あいさつ)してみたい、と何年も計画しているのだが、いざ当日となると私も勇気がなく中々、口をついて出てこない。
ただでさえ狭い世間をなお一層狭(せば)めることもない、とすべての境遇を黙って甘受(かんじゅ)する事にしている。大人だなあ、私は。ケッ!
二度と来ない、とわかっていても黙認している。
生涯、縁(えん)も所縁(ゆかり)もない何万年に一度の出会いであり、その縁を作った祖先の計らいもバカな子孫に取っては余計なお世話であるらしい。人智でこれを拒否した事になる。
私は偶然を楽しむ事に決めている。なるべく「バグ」の多い人生を送ろうと思っている。嫌なら次からこれを避ければよい。そのうち入り口あたりで、「ここはお店じゃないよ」と言って最初から追い返そうか、と思う事もあるが、これではますますキューバへは行けない。
観光地はやっかいである。寝巻きを着てホテルや街中をほっつき歩く者もいる。
そうした種族を「接待」するには私では任が重い。
別に「かりゆしシャツ(アロハシャツの沖縄版であるから「めんそーれシャツ」とすべきである)を着ているわけではない。
入ってくるなり、「めんそーれ」と言う、死語となって何百年も経つ古代語を使って歓迎の意を表す事もしていない。
なんで観光地になってしまったかは私の知る所ではない。
そうやって生きるしかない、と役人が言っているのを真に受けているのだろう。
私は、見知らぬ土地では、普通の人に出会いたい。普通に日常を生きている人に出会いたい、と思う。
観光客である私をターゲットとしない土地の人間と言葉を交わしたいのである。
私は媚びた芸が嫌いである。
ターゲットが容易に想定できる芸を目にするたびそのいやしい媚びた性根が鼻につくのである。
心からの叫びをもった芸に出会いたい、と思う。
観光芸はどこでも似たようなものである。
似たような人種がやっているからである。
それを支持する観光ガイドを兼任する飲み屋連合のオーナー連も一味である。
物の目利きなどできやしない。
文盲と中学生の頃に早くも進化が止まってしまった「感性」で唯一理解できたお粗末な近所の自慢話を大袈裟に繰り広げているにすぎない。
彼等は、生まれてから今日までその界隈しか知らないのである。
彼等の言に従えば世の中の文化は低下する一方である。
物を知らない者ほど、あれこれと批評して見せるのである。
忘れてはならない。
「おのれは何者だからそう言えるのか?どんな修行を積んで来たからそう言えるのか?」を問う事である。
彼等にかかれば、ドストエフスキ−は、読むに値しない、赤川次郎こそが天才である、と主張するはずである。(私は、この例えばっかしである)
世の中は、言論の自由な社会であるから何を言ってもさしつかえない。
さしつかえないが、そうした阿呆はけっして何かの権限を持ってはならない。
彼等は、何の影響力もない場所でじっと身動きせずただ暮しておく方が社会のため、である。
音楽選考員などもってのほかである。
その前に国語のテストでも受けるべきである。
ちゃんと日本語を知っているかを知らなくては彼等の意見に耳を傾けるには値しない。
なぜなら言葉は、「概念」であるからだ。
彼等がどれだけ「概念」を知っているか、の調査である。
彼等の嗜好はどれだけ多彩かを見るためである。
それが小学生並に一つしかないか、を見るのである。
人情話ばかりが落語ではない。
私の調査では、大概、「おのれは今後一切文化の事を語ってはならない」と言う認定書を授与するべき人種ばかりである。
好きな音楽を聴いたらただ、「ムキキ!」と笑い、理解できない音楽を聴いたらただ「ムキキ〜」と悲しい目をするだけで過ごしなさい、けっして自分の感性を他人に伝えてはならない、と言う魔法でもかけて上げたいものだ。
そうすれば、「おお!喜んどるでぇ!」と周りも観察する楽しみが増える、というものだ。
感覚を磨く、と言う事は荒行を重ねなくては簡単に行えるものではない。
免許皆伝でもない者にあれやこれや解説されては迷惑である。
阿呆なガイドなんかどこへ行こうが無用である。
猫も杓子(しゃくし)も観光芸に集(たか)ったのは1990年に入ってからである。大体、5年周期で世代が交代している。
今は、若者のギャーギャーウォ−ウォー.ハ〜イハ〜イのパンク系である。
入れ墨はしていても私のように独りでは動いていない。
私は入れ墨は背中に背負(しょ)った唐獅子牡丹(からじしぼたん)しか認めていない。
皮膚呼吸できなくなってやがて死んで行く覚悟を持った者以外認めていない。
アメリカの「タトゥー」ブームに25年も遅れて日本でも出現して来た。
次第にサイバーパンク化して行くはずである。
私はタトゥ−などしない普通の一般「小市民」である。私のタトゥ−は霊媒士にしか見えない偶像化された「業(ごう)」があぶり出しでしか見えないしくみになっている。
キティちゃんが出て来たらショックである。
1980年以前は、その土地から自然発生的に生まれたロック音楽が主流だった。それから急激にシンセサイザー系に入った。エスニック.ブームというやつだ。
生まれて初めて楽器が弾けない連中がミュージシャンと言い出し始めた時代に出会った。
この頃は相変わらずどこにでもある電子音楽系を再現して見せるだけで芸術家を気取る者ばかりが出現した。
「Y.M.O(イェロ−.マジック.オーケストラ)」のせいである。「一億総坂本龍一化」現象であった。
私は、坂本龍一は楽器が弾けるんだぞ、おまけに譜面も書けるんだぞ、と言っていたが誰も相手にしなかった。
坂本氏の「思うつぼ」であった。
たまに民謡や沖縄芝居は見る事がある。民謡はバック.バンドをやらされたこともある。
彼等はアレンジやコードを凝ると一切リズムも取れないし唄う事もできないのであまり斬新(ざんしん)な事はできない。とにかくシンプルな構造にしていなくてはいけない。
西洋的リズムは一切取れない。
また、どうしても三味線を抱えていないと音程を取れない者ばかりであるからアレンジから三味線もはずす事ができない。
生れながらに「進化」を許さない構造になっている。
むつかしいパズルを解くのようなものである。
よほど野心的なサウンド志向の民謡家でなければ音楽的に満足の行くものは生まれない。
せいぜい、ありきたりのロック、フュージョン風なアレンジに民謡風を乗っける程度である。
プロのアレンジャーなら誰にでも可能なサウンドである。
吉幾三(よしいくぞう)に青森民謡でも唄わせればすぐに日本を代表するサウンドが作れるだろう。
民謡は、例え、その始りが素人芸であったとしても何百年もかければ必ず「芸」に昇華する、と言う例証である。何代にもわたり「練り上げて」来た蕎麦のようなものだ。
一方、自分には西洋コンプレックスは一切ない、とし何ら躊躇する事なく持ち前の「土着リズム」で他国の音楽を学ぶ者が現れたとしたらどうであろう?最初から「発音」など気にしないのである。
「言語」の世界は、その主たる目的はコミュニケーションである。
だから「発音」は関係ない。
しかし、これが日系アメリカ人の役をする日本人役者の場合だと話しは変ってくる。
何かを演じる、と言う事は極めて「追従的」な事である。
洋楽の世界と邦楽の世界の決定的な違いは「リズム」である。
それを学習の初段階から「拒否」するという事からは傲慢(ごうまん)さ意外の何も見えてこない。
(「箸持ってここい」ミュージックである)
当所から国内販売だけを目的とした「まがい物舶来(はくらい)品」である。
しかし、この舶来品忠実再現という難題の克服は専門家にも容易ではない。
これはかなり複雑な問題である。解いて見せた者もいない。
現時点で言える事は、少なくとも異文化に対して何ら「同化」の努力さえない者には「洋楽」をする資格はない、という事である。
実は「資格」どころか、私の「耳」が拒否してしまうのである。
これは、たぶん、「オムレツ」を注文したら「オムライス」が出て来た、という事に近い。
最初から「オムレツ」をイメージしていた者に「オムライス」を持って行ったようなものだ。
少なくとも、洋楽と邦楽の合体を試みる者は、「オムレツ」と「オムライス」の両方に長けていなくてはならない。
自国の音楽と他国の音楽の両方に精通していなくてはいけないから、これは完全にプロの仕事である。
これをちゃんと「弾きわける」という修行を経た者でなければ両者の「合体」は無理である。
それは単なる、「下手(げて)物(もの)」の域を出ない。
それぞれの分野を一通りそれなりの平均点を持ってクリアーしていなくてはいけない。
つまり、空手道八段にあった大山倍達(ますたつ)氏が講道館の柔道でも五段を取得する、ということは少しやりすぎであるにしても各武道の二段以上は取得していないといけない、ということである。
初段は、どこでも型のみだから、実践では何の役にも立たない。
(私は極真空手を「ビーバップ空手」と呼んでいる。顔面攻撃のない安心感から選手の試合中の目線は下ばかり向いている。「ビーバップ空手」。琉球空手は「ディキシー空手」としている。)
あるいは、和食、フランス料理、中華料理、イタリア料理の「シェフ」が勤まるランクはクリアーしていなくてはいけないのである。
そうした修行はある域に達すると必ず繋(つな)がってくるから一芸を持った者にはさほど大変な事ではない。
しかし東洋と西洋ではその核となるものが全く違うため日本人が必要とする努力は、フランス人が英語を話すために必要とされる努力と同程度のものというわけには行かない。
日本人は朝鮮語の取得は早いはずである。
ここ最近である。西洋人に変らぬリズムを持った日本人演奏者がジャズの世界にも現れたのは。
しかしその分、彼らには独創性が皆無である。
「受験エリート.ジャズ」である。得意になって披露してるがどれも「普通」の洋楽である。
これも戦後の教育のおかげである。
哲学的な脳みそも少し足りないような気がする。
西洋人気取りで若いイエロ−モンキ−が得意気に歩いて見せるからである。
おいおいオレがおまえらのCDなんか買うわきゃないだろ!もう少し腰を低くして歩いたらどうだあ。
私は本物しか聴かない。ゴンチチなら聴いてもよい。猿真似よりもスタイルを作る事が「脳みそ」を何億倍も使うんだからあまり得意気にコピー芸を披露するんじゃない!。
これは、小林克也氏がたどり着いた境地とは別種のものである。
「彼の英語は、黒人のようで白人のようでもあり、またニューヨークでもない。無国籍の英語である。しかし彼の英語は充分美しい発音を持った英語である事がわかる」とネイティブから評されている境地とはほど遠い克服なのである。
要するに、憧れだけで何の「葛藤(かっとう)」もない、どこにでもある普通の西洋的リズムなのである。
本物にはすべて独特な「なまり」があるものである。
彼等のはNHK的な「人工共通語」で喋る台詞(せりふ)回しなのである。
実は、これはもう、そう簡単に治らないのである。
したがい彼等はBGM制作業として生き残るしかない。
つまり、「耳につく」どころか「耳につかない」演奏が彼等のスタイルなのであるからそうした点がBGMとしては長所なのだろう。
何をやっても「耳につかない」のだから人畜無害である。
いちいち名前を主張しなくてもよい、という事である。
演奏曲目の違いでしか彼等は判別できないのである。
いずれにせよ何を編み出そうが「そっくりさん」芸でしかない。
思考回路さえも「そっくりさん」回路であるからそれ以上の事は起こらない。
必ず、モデルとなっている回路が存在するのである。
わかりやすく言えば、アーノルド.シュワルツネッガーは誰を真似してよいかわからないのである。
彼は、彼自身を目指す方法しかないのである。
しいて言えば、動物園にでも行くしかない。
国際的スターはみんなそんな感じである。
6:純血ジャズとビニール.ハウス
仏陀は仏教徒ではない。キリストもまた、キリスト教徒ではない。ともに自分の頭で考え悩みそれぞれの道を築き上げて行った。その後にその解釈をめぐって様々な「宗派」が生まれた。
それは「我こそが一番の理解者なり」という争いの中から発生している。
つまり、これは、まず、自分自身の哲学を築き、それを広め、やがて「権威」となしていく闘いのプロセスを拒否し、既に確立した「権威」のよき解説者としてのNO.1の地位を亡き教祖の後に弟子が争うという極めて権威主義的な信奉者の争いなのである。
なぜ権威主義が悪いのか、と言えば(これを言えない者が多い!)、それは「節操がない」からである。要するに「権威」があり皆がこれを崇拝(すうはい)しているものなら何でもよいのである。
学歴や職業でしか人間を判断できないのである。
彼等にとっては、ただ単に自分自身を他人よりも上の存在に位置させることのみがその生涯の「自己実現」なのである。(「ああはなりたかない自己実現」である。)
一日も早く、「お母さん、ぼくはこんなにもりっぱな人間になりました。みんなぼくにぺこぺこするからです」という年輩のアルバイト社員を顎(あご)でこき使う入社3年目の親孝行青年社員の類いである。
親孝行は肩たたきで十分である。(それで不満な親はこちらから縁を切ってやれ!じゃまである。しかし、この意味で肩たたきをした事のない私は親不幸である。)
純血模倣信奉者はここにも、その結びつきを見せるのである。
模倣には当然、「純血」という概念も入り込んで来る。
混ざりっ気のない「伝統継承(けいしょう)物(ぶつ)」しか認めないとする「嗜好(しこう)」である。
自分は、なぜこれを信奉したのか、という根源的な問いかけはなされない。
だんな様としての白人社会の社交界を持てなす方法を黒人からの手ほどきを受け学んだのである。
そしてその地位を譲り受けたのである。
そうして自国の音楽家が死ぬことよりも他国の音楽家の死を悲しむ種の人間を製造してきたのである。
(私は、ビートルズをまったく聴いたこともない、それどころか音楽それ自体にも無関心な非音楽人間がジョン.レノンが死んだと呑(の)んだくれてみせたのを覚えている。なら私は三波春夫でいい)
自国のどんな「感動」「影響」も還元することのできない「舶来純血芸」を生み出したのである。
美空ひばりが亡くなってもジャズは何ら成す術(すべ)を知らないのである。あるいは津軽三味線の高橋竹山でもよい。
お得意の借り物芸の借り物音楽言語でいつもと変らぬ日々を語るのみである。
その言語には自国を嘆き悲しむ単語、熟語、慣用句が含まれていないのである。そこは、自国の中に、憧れる西洋国の「擬似国家」を「温室」の中に形成し、演じる者、それを拝聴する者、双方がそこを寄り合い所として集合する場所なのである。
何と、哀れな、もろい、純血、純潔「芸」であろう。
現実の日本社会には生きていないのである。それで、この国に日々を暮らす生活者なのだろうか。これではこの国に生きる事のすべてが「負(ふ)」の要因でしかない。
この発想では本場を超える事ができない。常に従順な模倣者でしかない。
目前の死には悲しみをおぼえないが、テレビの安手(やすで)のドラマには涙する手合いである。
何と言う国の住人なのだろう。非常識の容認に加えさらに特例を要求する共存者なのである。衰退して当然の音楽である。自他ともに双方が興味なしの生き方なのである。
アメーリカにおいて、白、黒の融合(ゆうごう)によって自然発生したとされるジャーズは、日本に「ハイカラ文化の音楽」として導入され、すぐに、これを誰が一番先に「再現」するかの競争が始まり、その技術模倣競争社会に参戦することができない者は、伝来の落語の鑑賞法にその範(はん)を取り、ジャズを批評する際の「眼(め)」とした。
やがてそれは日本文化の中核に位置する時代を迎えるが、外来の文化の常としてそれはやがて国家間の経済的交流を忠実に反映し、国民間での関心が薄れ「卓球」と同列の位置となる。ロシア産の「ポルカ」歌謡でもよい。歌声喫茶の終焉(しゅうえん)である。
そうしてやがて自己の青春時代を凍結するかのようにジャズもまた「冷凍凍結保存」する天命を受けたとし、これを「遂行(すいこう)」する役を勝手出る者も現れる。最近の若者系の「クラブ」シーンでの「旧ジャズの復興」も同様である。
時代が進化したわけではない。保存法が変っただけである。
アメリカにもカウボーイ芸がある。カントリー.ミュージックが一日中流れる中、流れ者が現れると街中が観察していたのだ。
そうした街で生まれたエルヴィス.プレスリーはこの街に「有名」になるまでは帰ってこれなかったという。
『彼の音楽は純粋な「カントリー.ミュージック」ではなかったので街の人には相手にされなかったのだという。有名になると当然、人々は、手の平を翻(ひるがえ)す。』
果たして、人間にとって生れながらに、誰もが「美」と感じるものがあるのであろうか?最も美しく響く言語、最も美しく感じる外形、(黄金分割?まさか!)最も美しく鳴る楽器の音(ね)。
これが、ある、と力説する人がいるから不思議である。(「痘痕(あばた)もえくぼ」なのではないかあ。)
フランス語と英語はどちらが美しいか?、韓国語と中国広東語ではどうか?英語と中国語ではどうだろう。
そんな事を比べるのはナンセンス?比べられるでしょ?本当は。
その時のあこがれている他国の経済的状況次第ではないのだろうか?
古代社会は、中国が一番である。
何が何でも中国である。
卓球ブームの復活も日中外交次第でどうにでもなる。
ひょっとしたら、あれが美しい、これが美しい、と熱心な広報をしなければ、世界中の誰も気づかない話しではないだろうか。もし、絶対に中国語よりは英語が美しい、と主張する者があるとしたら、それはかなりの度合いをアメリカ社会に「洗脳」され、自らを「白人社会の一員」となることを望んでいる事ではないか。
このように「美」に対する価値判断ですら、「人間普遍」の「嗜好(しこう)」はない。
しかし、現実の社会に生きる我々は、生きているかぎりそうした「洗脳」から逃れる事は困難である。
なぜこれを美しいと感じたのか?という問題は極めて哲学的な問題なのである。
人間の五感からくる価値判断ではないのである。
「コカコーラ」を飲む、という行為の背後に潜む何かしらの「洗脳」である。
これを「うまい」と感じなくては時代の流れについていけなかったのである。
その証拠に年寄りにこれを最高な飲料と思う者は稀(まれ)である。
それは、「コーヒー」「煙草」「バーボン」等を初めて体験した頃の「純」な気持ちを忘れていなければ容易に納得が行く。
世界中の誰もが認める「普遍の味覚、美」はそう簡単に決定できない人類「普遍」のテーマである。
「なっ!おいしいだろ」「どうだ、美しいだろ」といった事は一概には言えないのである。
これは極めて哲学的な問題であり、学習性に依存する度合いが高い。
なぜ学習してまでその価値を知らなければいけないのか?という理由が必要なのである。
あまりに巨大な企業は広告がいらない、という。「輪ゴム」や「マッチ」のコマーシャルは見た事がない。
世界90パーセントのシェアであればその必要もない。
競争相手も不在である。
だから誰も関心がない。
まるで、見えない世界で君臨している「神」のようである。
しかし、「美」を認知させるためには「広告」による洗脳が必要なのである。
これは人類が普遍に感じる、身体的な「快感原則」とは異なる、極めて「左脳」的な洗脳による戦略なのである。
したがい、先の言語に対する美的価値判断も、いかに多くの日本人が偏(かたよ)った「美」の洗脳にとらわれているか、という事の論証となる。
したがい、昨今の金髪染めブームは、先の顔黒ブームに同じく「私は、こんな地位にはあるが、ださい日本人ではなくファッションにも敏感な、あなたがたと同じ白人の仲間なんですよ」という手っ取り早い表現手段の一つである。
あるいは保守的な思想を嫌悪して見せる「今の人」を演じているのである。
あるいは、単に時代から疎外されていると感じる境遇を直視したくないがための日本人が大好きな「ユニフォーム」である。
黒人文化からアフロ.ヘアーがなくなりストレート.ヘア−を持つ事が美人の証明となっていったように、すべては「白人化」の方向へとさまざまな人種が向かいつつある世界的な傾向である。
これは白人文化の長年のプロパガンダの勝利である。
「ブラック.イズ.ビューティ」の運動も結局は、経済的なあこがれがともなわなかったために普遍化しなかったのである。
沖縄映画「ナヴィの恋」にも通じる「かぐや姫」的幸福論である。
進歩的な沖縄女性は、本土の青年と結ばれることにより幸せとなるのである。
アメリカが日本を洗脳し、日本本土が沖縄を洗脳したのである。
いち早くその「洗脳」に幸福論を見い出すのは女性たちである。
終戦後まもない貧しい時代に男子がその夢を実現させた例は、女子に比較すれば極めて稀なケースである。
これは主に経済の優劣がその要因である。
確かに、貧しい外人男子のもとへ嫁いで行く例もないことはない。
しかし、これは「腐っても鯛」的な魅力で経済的なハンディを補っているのである。
これと対象的に、男の方の貧しい文化と経済を克服した「愛」はありえない。
あったとしたら嫁いだ女の方が「変」であるか、男の方がそれを補って余りあるほどの魅力にあふれた存在であるはずだから一般的な例としては不適当である。
ともかく、我々は、日本語を話し、日本食の味覚をも持ち、日本に住んでいることだけは確かである。そうじゃないふりをするのも大変である。
とりあえず、外国人は、サムライに憧れ、日本人はカウボーイに憧れる。
双方ともどっか変ではあるが、おまえはまだ本物のカウボーイではない!と日本人同志で言い合っているのもまたどうしたものであろうか。
まあ、しかし駅前留学の日本人同志が英語で本気でののしり合っている光景を想像するよりは変ではないと思うが、その後、仲直りもあるのだろうか?。それも英語なのだろうか?。
何かと興味は尽きない今日この頃である。
7:若者と高齢化ジャズ
それは見たこともないハイカラな文化だったのである。見るもの聞くものが真新しく、ああ、これが青春!と呼べるものだった。
お見合いという密室の出会いにはなかった自由なパーティー会場でのダンス、ダンス、ダンス。
そこで初めて聴いた異国の華(はな)やかな音楽、それがジャズと呼ばれる音楽だった。
将校クラスのインテリ上官たちによって主催される彼らの本国での休日を異国でも手軽に再現できるように原住民に教え込み彼らは「郷里(きょうり)アメーリカ」をなつかしんだ。
金はいくらでもある。お国のために戦った英雄たちである。不自由があってはならない。
こうしてジャズは持ち込まれたのだ。
誰もが我(われ)先に楽器を取り、だんな様をおもてなしするためのパーティー会場へともぐり込んだ。
いくつも掛け持ちして半年も働けば自分の家を建てられるほどの金をだんな様たちは「流通」させた。これも公共事業だ。
バンドマンたちは当たり前のように街へくり出し、大金を一晩で使いきり、社会へ還元した。
そのために街は潤(うるお)い、そこにまた人々は希望を見いだし「蘇生(そせい)」した。
かつてこれほどの賑(にぎ)わいは経験したことがない。誰がバンドマンになることを拒(こば)もうか?
一人が友人を誘(さそ)い、またそのひとりが次を誘う。
こうしてねずみ講式にバンドマンという種族は増え続けた。
近隣(きんりん)の貧しいアジアの国からの人間の進出を阻止するための協会がやがてバンマス連合によって結成される。彼らのダンピング(賃金引き下げ請け負い)に対抗するためだ。
毎日が夢と希望に燃えたルネッサンス期である。目指したものに終りは見えない。だから「生き甲斐」が見える。
しかし時代と共に、当時のハイカラな若者なら誰でも経験した社交ダンス界がまず終りを告げる。
伴奏者としてのバンド界も同時に翳(かげ)りを見せる。
兵士たちも去って行く。ジャズを支えたのは無教養なロック好きな一般兵士たちではない。
大学出の将校クラスの兵士である。
映画界も衰退していく。テレビの時代だ。
あれから56年経た今日でも、なんで忘られようかあの青春の日々を。
嗚呼(ああ)私の青春時代よ。
この辺でやめておこう。私まで70歳になった気分だ。
これが私の言う「白人進駐軍ジャズ」の時代だ。
モダン.ジャズ(1950年代後半から1960年代)はその反動で起こった黒人による貧乏な時代だ。
我々は芸術家である、何人(なんぴと)たりともそれを冒涜(ぼうとく)することはまかりならん、その証拠にもうダンス.パーティーの伴奏者の仕事を拒否する者である、と言ってしまったのである。
ジャズは踊るものではなく聴くものである、とする黒人運動の始まりだ。
しかしオレはやっぱりパーティーで女の娘をひっかけ金持ちにもなりたい、として生来の女好きのムショ(刑務所)帰りの黒人が白人好みのビートに乗せブルースを唄って見る。やったあ!やっぱりみんなパーティーが好きじゃねえか!。ロックン.ロールの誕生だ。
そこへロックの時代もやってきた。中流の白人の若者の「オレたちも」宣言だ。
むつかしくてよくわからなくなった「芸術ジャズ」に精神を病んでしまった若者が一挙に飛びついた。
どうせ戦争で死ぬかもしれない。
また自国がいらぬ戦争を始めた。
止めようとした大統領は暗殺される。もう何でもよい。
こうしてモダン.ジャズは置いてけぼりにされてしまった。
しかし、それは既(すで)に、日本に輸入され再び「保存」活動が始まっていた。
「おい、日本に行けばまだ食えるぞ!」とミュージシャンたちの間では即行で伝わる。日本においても「芸術家宣言」が始まる。
しかしすぐにロックもやってくる。若者はふた手に別れる。
ロック派かジャズ派か。
どう考えてもロックの方が大金を稼げる。おまけにわけのわからない評論家もいない。そこへ反戦歌としてのフォークもやがて「伝来」してくる。
みんなが「ボブ.ディラン」になる。我々も「革命」がなくてはいけない、と学生たちは絶叫(ぜっきょう)する。
革命、反戦、革命、反戦、、、。
キーワードはこの2語だ。
ここで若者もさらにふた手に分かれる。
あまりに面白いのでテレビはしきりに報道する。
ますますテレビは面白くなる。
テレビっ子が急増する。外は革命であぶないからだ。
気がつくと「革命が終って」という歌がさかんになっている。
ああ、平和な時代が来た、とテレビっ子は安堵(あんど)する。
単に、学生たちの就職(しゅうしょく)の時代が来ただけである。
これからは「やさしい人の時代」だとテレビがその商法を解説する。
みんながやさしい人になる。
やがて革命にあけくれた世代は抜け殻(がら)のようになり子供をやさしく育てる。
子供たちは大きくなりお父さんのようにはなりたくない、とバンドブームが起こる。どこにも帰属したくないんだ、自由に生きたいんだ、とまじめに働く事をやめる。
その中から大金を得た者が現れる。えっ!同級生なのに!とますます若者は働かなくなる。
おやじは会社を首になる。もう息子に一獲千金(いっかくせんきん)を当ててもらわないとどうしょうもない。
自分の人生はそれほど楽しいものではなかった、あの学生時代以外は、と子供は自由に生きよ、と放っておく。
気が付くとどこもかしこも子供とその同級生で世の中はいっぱいになる。
子供たちの好みにすべての商売は切り替えられる。
ありゃりゃ、ジャズはどこへ行ったのだ!ジャズはどうしたのだ!誰かジャズを知らないか!お〜い、あの人たちは今どこへ行ったのだあ〜。
中途半端(ちゅうとはんぱ)な芸能人だからテレビもやってはくれない。ジャズは行方(ゆくえ)不明者を続出させていたのである。
新たなる若者はまた、あの諸悪の根源の、ひとりの革新者も生まないようにつくられた「受験」からようやく解放され、大学生として再び「ルネッサンス期」を経験する。
大学生活においては、その文化の保存継承(けいしょう)の初段階の儀式が永遠に繰り返される。
大学はあらゆる文化が冷凍保存されたままでいる。テキストは50年前から変っていない。
(三島由紀夫の言う、「社会と切り離された擬似の精神病棟」としての「大学」である。カツ丼屋で「哲学」の話しに白熱する学生たちを見た三島は、大学は精神病棟とかわりない面がある、と述べる。
「先生、ついにあの真理を理解しました!」と駆け込んで見ても、これを正常とする空間は大学内のみである。構内では許されるが社会でこれが日常に起こるとしたら異常な事である。
だからその「空間」からいったん出た彼らが、カツ丼屋で「実存」の話しに白熱する光景に違和感を感じたと三島はぼやいたという。)
そして4年のルネッサンス期を終え、彼らは最下層に位置する者として、「産業革命」を経験する。一日12時間労働を常識とする社会である。
今度は、ただひたすらマニュアルを暗記する日々である。自分自身の言語でものを考える時間はない。
ひたすらマニュアル書にたより思考の隙間(すき間)を補充しておく。
ある日、ふと、人間にもどりたい、と気づく。
そうして、押し入れの奥へ放り込んだままでいた古びた段ボール箱からジャズのレコードを見つける。
「ああ、オレにはジャズがあった」と過ぎ去った学生時代を懐かしむ。
最早(もはや)、それは「開拓」する代物ではない。あの青春の日々を反芻(はんすう)する音楽としての価値しかない。
また、何やら奥の方にユーミンのレコードも見つける。
こうしてジャズはユーミンにもなった。
さらにまた、新たなる若者は若者で、自分たちだけに共有できる「思い出文化」を構築中だ。
こうしてジャズは、進化することもないまま伝承され、高齢化して行く。既に高齢化社会はジャズにおいて実現されて行った。
奴隷のように働き続ける現在の下層労働者としての1日12時間労働を癒(いや)してくれる、かつての自由を目指した、精神の病んでいた時代の音楽がそこにある。
悲しい時には悲しい音楽を、とする癒しである。「悲しみの仕事」である。
時折、高齢者に「まだまだ若者には負けない」と流行の服に身をつつみ若者素振(そぶ)りをして見せるものがいる。
ラップで唄う、三波春夫のようでもある。
高齢化したジャズは時折、三波春夫にもなる。
あるいはディスコでフィーバーできる春日八朗「お富さん」だ。
ジャズはますます高齢化していく。バンドマンは、その日がゴールデンウィークであろうと母の日であろうと、天皇誕生日であろうと、建国記念日であろうと、結婚式であろうと葬式であろうと、名目はなんだってよいのだ。
どんな時でも、「A列車で行こう」に始まり「サテン.ドール」を経由し、お得意の「セント.トーマス」をCのキーでやれば盛り上がるはずだと信じ、途中、「枯葉」をはさみ、場つなぎの「Fのブルース」なんかを弾き飛ばし、いつのまにか、5拍子が4拍子になっている「テイク.ファイブ」のドラム.ソロなんかでアンコールを期待し、何の反応もなく、その日の営業を終えるのである。
今や、これはハイカラ老人の敬老会の余興のメニューである。またはそれに準ずる「前頭葉」を持つ者である。
倒幕(とうばく)された事もわからないまま諸国を旅する助さん角さんのようである。
水戸黄門様はとっくに「ちりめん問屋」に専業している、というのに。(史実では、もともと旅なんかしていないが。)
「昔とった杵柄(きねづか)」と言う言葉がよぎる。
それは、「パーティ−」である。彼らがもてなしているのは、いつでもあの進駐軍の将校たちなのである。だんな様に喜んでもらえるメニューだけを忘れずに磨いてきた、主人を無くした哀れな黄色い猿の軍団なのである。
やがて年月を経て、同種の猿の仲間たちの中からかつての「だんな様」の立ち振るまいを真似て演じて見せる者が現れたのである。
だんな様のいないパーティーを自分たちの力だけで「再現」して見せるという「大人」に「自立」したのである。
それは、かつて、ダグラス.マッカーサー元帥が言った、「我々は、もう45才くらいの人間であるが、日本人はまだ12才くらいの年齢である。彼らは、これから何でも学んで行ける年齢にまだいる」という言葉を忘れなかったからである。
ついに自分たちの力でパーティーやりとげて見せたのである。
それにしても、もう年を取り過ぎた、と猿たちはしみじみ語るのである。
捨てて来たものは大きい。ここは日本であった。彼らもやっと45才になったのである。56年の年月を経て。
8:盗人(ぬすっと)根性と模倣1
かつてジョン.スコフィールド(ジャズ.ギタリスト、独自のスタイルを築き上げた。世界中、彼のバンド.ボーイばかりにした)は自身のバークリー音楽大学(アメリカのジャズ専門大学、日本人が多いという)の経験から「 バークリー出身者はみんな同じ音がする 」と評した。
みんなが同じ理論を学び、同じ人をモデルとして真似るから当然である。
ジャズ.ギタリストという種族の嗜好(しこう)には大体、相場がある。学校で学ぶ者の自習課題はなんといってもパット.マルティーノかジム.ホールである。新し目ではジョン.スコフィールド、パット.メセニ−。中には、トニー.マカパインのみと言うヘビメタ系もいる。
ジャズ.ピアノならビル.エバンス、ハービー.ハンコック。キース.ジャレットはコピーするフレーズの区切りがないから没(ぼつ)、とする者。
サックスならソニ−.ロリンズ、コルトレーン、コピ−しやすいからリー.コニッツ。自分は金持ちになりたいからケニ−.Gだけでよい、とする者である。あるいはデビッド.サンボーンである。
ここで特筆するケニ−.Gは不思議なソプラノ.サックス奏者である。
本人はジャズの素養があり、アルバムではちゃんと美しいテーマの後、勝負所(どころ)としてちゃんと「即興演奏」としてのアドリブ.パートも演奏している。調性的なアドリブ構造もしっかりしているスタイルを取っている。しかも延々と行なっている。
しかし、彼の模倣者のほとんどの者が彼のテーマのみを真似るのみでアドリブ演奏ができない者ばかりである。
曲を作ったと言ってもほとんどがケニ−.Gモドキである。アドリブは当然ない。アドリブをレコーディングするレベルにはひ孫の代になろうともおそらく無理であろう一族であるからだ。
徹夜、徹夜でアドリブ風なフレーズを「作曲」して録音するしか手はない。それをアドリブ録音と言いはればよい。
これは昔、悪魔の辞書と言うような辞書に出ていた「アドリブの達人」の定義に一致する。
アドリブの達人:「毎晩、徹夜してジョーク集を必死に暗記し、いざという時のために備える人」のことである。
(ad libber : a man who stays up all night to memorize spontaneous jokes :LEFT HANDED DICTIONARY)
もっと凄い者になるとその「動き」までケニー.Gである。
(私はテレビでハワイの「デビッド.サンボーン(アルト.サックス)のそっくりさん」を見たことがある。観光地は常にこんな「そっくりさん」がごろごろしている。「まがい物観光商品芸」である)
うわべの「売れ筋(すじ)」の窓口ばかりを真似(まね)、そのおこぼれをあずかろうとする者が多い。不思議である。外見のみを真似るのである。つまり、最も、ケニ−.Gを理解していない者たちによって模倣はなされているのである。
要するに、 手っ取り早くあの地位がほしい 、と願う者にとっては実に好都合なミュージシャンなのである。また現在、バンドマン稼業でアルト.サックスのデヴィッド.サンボーンと並びサックス奏者に一番要求されるサウンドでもあり、ソプラノ.サックス奏者のバンドマンは今や業界は10年も前から猫も杓子(しゃくし)もケニ−.Gである。
下は20歳から上は60歳まで色とりどりのケニ−.Gモドキである。
中には私生活まで「ケニ−.G」でいる者もいる。覗(のぞ)いたことはないが。
それはケニ−.Gが「 儲(もう)かっていそうだから 」と言う深層心理からの「憧(あこが)れ」なのであり、音楽とは全く無関係な理由によるものなのである。
なぜなら、彼を真似る者は、ほぼまちがいなくアドリブができないか、それがプロの域には達していない者である。私は少なくとも10人は知っている。彼らに共通するのがこの、「 アドリブができない 」という事実である。7年ほど前に、突然、気づいたのである。
ジャズは嫌いだが、ケニー.Gは大好きという人種である。
ケニー.Gはジャズが好きである。彼のアドリブを聴けばわかる。
クラシックも好きである。これが彼の出身であろう。
普通、彼の音楽が本当に好きなら必ずその影響を自分でも受けてみるのが本当の模倣者である。
ミュージシャンなら当然の勉強法である。
それを、アドリブ.パートは抜いて愛するとは考えられない。打算に満ちた接近なのである。
これはパット.メセニー(ジャズ. フュージョンギタリスト)グループを真似る種族にも言える。
彼らもジャズ.アドリブができない者が多い。ただ単に全コピーが目標である。これもメセニーの本質から最も遠い人種である。
なぜなら彼らはジャズを演奏するメセニーに全く興味を示さないからである。
彼らはハーモニーの知識がまるでないのである。バックでどんなコードが鳴っているか?に全く興味を示さないのである。
これはまさしく盗人(ぬすっと)の根性である。
金持ちがどんなに努力して財を築いたかを見ず、ただその外観だけに嫉妬(しっと)する人間である。自分の家のつくりだけは豪華なものをというわけである。
私はこれら者を総称して「 おこぼれあずかりたい系ミュージシャン 」と呼んでいる。
特徴は「アドリブができない」である。やっても毎回同じインチキ.アドリブである。『クロード.チアリ(日本帰化有名芸能人、ギタリスト)の場合は本人自(みずか)らできなかったからそれでよいのである。しかし、パット.メセニーもケニー.Gも両者ともアドリブの達人である。だから一番理解していない者たちが真似ている、と言うのである』
トランペットを学ぶ学生の自習課題は何と言ってもウィントン.マーサリス(トランペット)である。これのみと言う者もある。
しかし、これも不思議なことにルイ.アームストロング(私と誕生日が同じらしい!)は苦手と言うものが多い。マーサリスの広報が足りないのであろうか。
独習者も大体、同じであるが、ギターは何と言ってもウェス.モンゴメリ−である。最も分かりやすいアドリブをするからである。コピー譜も発売されているからである。またオクターブ奏法は単純なフレーズでも見栄えがよい。これは多分、サックス.プレーヤーの吹く豪放なフレーズに対抗したウェスの考えた「知恵」であったのだろう。
シングル.ノートでも「もり下げないように」オクターブを利用した作戦だったのだと思う。
『現在では、サックス奏者が熱演して曲をもり上げてしまった後では、ギタリストはディストーションと言うエフェクターを踏んでフレーズを「ロック化」させている。通常のシングル.ノートでは「もり下げてしまう」恐怖症に襲われるからだろう。事実、「もり下がる」。音響と音色の問題である。聴衆がみんな「ヘッド.フォン」を使用すれば問題はない。電気嫌いの旧型ピアニスト系のバンマス連合の中にこのディストーションを嫌う者が多いのである。ピアノは音量も王様だから民の心がわからないのである。また、彼らは「ロック」の洗礼を受けていないのである。出は「クラシック」であるからだ。彼らの「歴史観」は「個人史」と混同した特殊な教科書なのだ』
模倣者は、基本的にコピー譜が市販されているものでなくては手が出せない。どれもこれも同じに見えるのは当然である。コピー譜があるということは需要があるということである。
私はコピー譜をよく「飲み屋」で眺めながら酒を呑んだ。弾こうと思ったことはない。『「ああ、臨時記号はまったくないのだなあ、ならコードとの関係は意識しているのかなあ」「けっこう臨時記号だらけだな、これは気合いで弾いた音かな?」「この人は独自の音階感覚でやっているな」などとぶつぶつ言いながら読んで行きその音楽上の指向を読む程度だ。(私はこれを極上の酒のつまみとしていた。)
これはプロ棋士が他者の過去対戦棋譜(きふ)を見ることと似ているがアドリブの場合はこれをそのまま使うことはできない。しかしこれも読書と同じで人により千差万別(せんさまんべつ、ばんべつ)である。アマチュア−では無理だ。なぜならそれを弾けないからである。私でも無理だ。練習しないからである。
楽器弾きが、自分で弾けないものにとやかく言うと人間形成を間違う怖れがあるので要注意だ。まず、地道(じみち)に「鳩ぽっぽ」でも12のキーで弾いた方がよい。』
マンガ喫茶が流行ればどこもかしこもマンガ喫茶である。しかも何の選択眼(せんたくがん)もない穴だらけの古本のマンガシリーズ本ばかり置いてあるいいかげんな模倣店ばかりである。自分はマンガ好きでもなんでもない。
そういう店は決まって、賭博(とばく)ゲーム機が置いてある。(私はマンガ喫茶道16年である。その頃から沖縄は大ブームになったのである。現在も衰えず。)
ジャズも似たようなものである。
舶来品としてのジャズを輸入しこれを解体し一から学び「再現」競争が起こる。
その「鑑定士」なる評論業もこれに附随(ふずい)する形で誕生する。
そして本家が衰退して行くと分家がやがて「本物はこちらである」と名乗るのである。
日本こそが流行の最先端を行っていると宣言するのである。
このかつての「本家=権威」がやがて「偽物」となっていく変遷は、その昔、岸田秀氏が「嫉妬の時代」(飛鳥新社)において指摘したものである。
『 なぜ人は、かつて尊敬した人を次第に 「 見下(みくだ)し 」 て行き、やがて自分自身の地位と取り替えようとする行動に出るのか? 』
と言う野心に満ちた人間の心理状態とも共通する概念である。
服従のポーズはやがて「いずれ財産いただき」の上目使いにも見て取れる。
何しろ、この島を一歩も出ずに「奥義(おうぎ)」が学べるのである。もみ手はしばしの辛抱(しんぼう)である。(奥義なんかないが。しょっちゅう変えている)
私に1年ばかり習ってすぐに自分でも教室を開く類いの一部の洋楽系音楽の有名人志向の沖縄の芸能人たちがいる。
最高は3ヶ月習って突然、無断欠席を重ね自分の教室を開く者もいた。通いながらそのまま秘かに生徒を取っていた原住民の生徒もいた。
しかし、彼ら原住民の世界ではこれは平等という概念であるらしい。彼らは「学ぶ」と言うことに「金銭」をかけると言うことが理解できないのである。
「お金を稼ぐ」ことにしか興味がないのである。びた一文たりとも金銭を使い何かを学ぶと言うことが理解できないのである。
老舗(しにせ)の蕎麦(そば)屋に奉公したその日で秘伝の味を盗み取り、翌日には逃げ出し、いつのまにやら隣に老舗そっくりの「味」の蕎麦を安値で提供する店をかまえ評判を得ようとするのである。
この、「びた一文(いちもん)」も使わず学ぶ人間をりっぱな人間だと今は誉めたたえるのである。
これを「逞(たくま)しい生き方」と呼ぶのであれば「詐欺師」も「空巣(あきす)狙い」ももう何もかもが「逞しい」人生である。
「気にいらないから殺した」とする者でさえ「逞しい」のである。
共通していることはすべて「自分がよりよく生きるため」ならどんなことでも平気ですることができる、ということである。
それを「実現」するための手段がすべて「一瞬」で「完了」なのである。
極めて短時間で自己の人生を変えようと企んでいるのである。
そうしたことは、現在の所、法律上、「宝くじ」を買うしかない。
しかし、この「逞しい」人種にとってはすべて「一瞬」で自己実現することしか考えていないのである。
だから何にかかわっても極めて短時間で「お金を得る」ことしか考えないのである。
結果が、「バイエル」を学んだだけの主婦の「ピアノ教室」であり、中には全く業界で誰も知らない「先生」たちによる「ジャズ&ポピュラー教室」まで生まれている。
(最近、私は「ジャズ、ソロギター教室」と言う貼紙を見た事がある。これができる者を誰も知らないわけはない。講師名は不明である。)
どうやら、彼、彼女らは、「ジャズ」をアドリブ音楽と捉(とら)えていないようなのである。
スタンダード曲をジャズ風な和声づけで編曲された既成の楽譜を手に入れ、これをクラシック.ミュージックの譜面を演奏する感覚で「再現」して見せる事を「ジャズ」と呼んでいるらしいのである。
これはヤマハのエレクトーン教室の感覚である。
だから講師陣がジャズ界では誰も知らないのである。
基本的に創造脳は必要としない暗記脳である。必要なのは譜面を実際弾けるかどうかであるが、おそらくフラメンコ.ギター界同様、リズムというものが全くない実演なのであろう。
『私は最近、フラメンコ.ギターのパコ.デ,ルシアが来沖したので見た。島の事だから当然、拍手喝采、アンコールの嵐で「外」からの演者を手厚くもてなすことがDNAに刻まれた島民の外国の要人への反応なのであるが、ロビーでのフラメンコ.ギター同好会風と見られる者らによる会話を耳にした。
どうやら相当な「フラメンコ.ギター通」がうじゃうじゃいるようである。「あの教則本はすべてマスターしたけどね」「まだそんなレベルか」などと会話が飛び交っているのである。どこにでもいるなあ、とあきれてしまった。たぶん相当下手である。上手な者はそんな会話をしない。赤面するような恥ずかしい会話である。皆んないい大人である。
なぜか青少年は2,000人近い観客の中にはいなかった。高齢化していた、ということだ。ほとんどが、「社交ダンス協会」から派遣されたような年輩夫婦と中年フラメンコ.ギター独習者たちであった。
彼らの夢みる「華々(はなばな)しい将来の音楽人生」はどうでもよい。そんなもの生涯起こり得ない。それよりももっと小、中、高校生を「招待」すべきである。
彼等にこそ未来がある。しかし私の教室へ来なければ将来は知れている。でも子供はお断りである。何度も言うが「よそ見」するからである。学割チケットさえもなかった。県の「人材育成教育」ではインチキ教師にひっかかって終りである。
私は学割チケットで中学生の頃、あれこれと、来沖した外人演奏家を目撃した。何事も「儲け」が先のようである。だからこの島には相変わらず「未来」はない。
聴いても何の役にも立たない連中である。かえって害を振りまくかもしれない。ジャズ独習者のように。
そのおかげで今や県内のフラメンコ好きは、パコの影響で、その音楽性をますます低下させ、何でもかんでも速く音階を弾こうと必死になっている事であろう。
しかし彼等にはリズムというものがまったくない気合い一発の速弾きである。
一度聴いた事がある。彼等系の種族のフラメンコギターを。誰もメトロノームと合わせられない。つまりドラマーがいては弾けないのである。「勘」でやっているのである。旧型日本人風である。
他文化に同化できないまま和風を押し通すのである。しかしパコ自身は抜群のリズム感でアドリブをする。
パコはさらにフラメンコのコード進行を進化させている。本人もノイローゼ寸前で必死で「ジャズ」を練習した、と昔、10台の頃インタビュー記事で読んだ事がある。「スーパーギタートリオ」のコンサート期間中でも必死でコードチェンジを一人、ホテルで練習していたらしい。
相手は、ジョン.マクラフリンである。(好きである。天才である。)
アル.デ.メオラ(別にこれと言って好きでは無い。彼を好きな者は大概、アッパッパーである。しかし練習熱心は見習わなくてはいけないなあ、とは思うが何を練習すればよいのかわからない)
フラメンコ.マニアは、アドリブはどうしているのだろうか?また独習であろうか?
「速弾き」に魅せられた者は大概、音楽性が貧しい者が多い。何を弾いてもワン.パターンでテンポは120前後である。大抵が小節音痴でもある。1小節4拍の曲が5拍あったり3拍あったりと気まぐれにアドリブするのである。
原因は、 プライドが異常に高く、誰の言う事も聞かず、有名人以外には習う気がない からである。
彼らに「下手だなあ」とはとても言えない。皆んな自信家ばかりだからである。言うと無言電話をかけてくるかもしれない「おたく」風である。
なぜなら彼等は自分はその有名人の次に上手いと思っているからである。天才が生まれるための貴重な島国特有の「思想」である。
ただ人前で演奏する時には手が震えてミスばっかりしているから譜面を暗譜(あんぷ)してもしょうがない。彼等はそういう種族である。自称インテリ族である。
彼らに必要な事は、4分音符をゆっくり丁寧に美しくごきげんなリズムに乗せて弾く練習である。
何を食ってもまずいラーメン屋のメニューの法則である。レパートリーは増やさなくてもよいからその「スープ」を寝ずに生涯研究してくれ、である。
アマチャアー.ジャズ界と瓜二つの世界である。この事があのパコのコンサート会場のロビーでの会話でわかった事は収穫であった。フラメンコ好きにもジャズギター自慢同様近づかない事にした。
当然、あちらも有名人以外は接近して来ないから双方心配には及ばない話しではある。
閑話休題』
そうした「ジャズ&ポピュラー教室」の教材である「ジャズ風」に編曲した譜面による「ジャズ演奏」は、大概、1,2分もあれば演奏は終ってしまうのであるが、ライブ演奏ともなると40曲ばかり用意しなくてはなるまい。
それにしても、いついかなる時でも同じ和声付けによるテーマの演奏というものは不自然である。
即興性も必然性もない。他の楽器が全く考慮されていず、また、奏者のその日の気分も無関係に「お決まり」の、まるで雑誌の付録にでも付いていたかのような「暗記プレイ」である。
『ビル.エバンスが何度も同じプレイをした「レコーディング」とは別の次元の話しである。レコーディングは「最終稿(こう)」であるから「練り上げ」たものをやればよい。しかしやっぱり同じアドリブを同じ箇所で2度もやって見せると次第にその「鮮度(せんど)」は落ちていく。』
ジャズの「命」ともいえる即興性はここでも無視されている。即興性を無視されたジャズは最早、ジャズではない。
太極拳がかつては「武術」であった、と言うようなものである。
一度も試合をしたことのない者による「ダイエット.ボクシング.ジム」のようなものである。
誰しも、こうなってはボクシングも終りである、と納得するだろう。
ボクシング界で誰も知らない「コーチ」がジム経営に乗り出し「女性のためのダイエット.ボクシング」で練習生を集める、ということだ。
これが「ジャズ」の教室においては平気で行なわれている、ということだ。
なぜ、こういうことが許されているのだろう?
これが武道なら「道場破り」があってもよい。
また、私がこうして指摘したからと言って、力ある者は容易にその汚名を「ライブ演奏」を行ない晴らす事ができるから問題はない。
自身がそうでないなら「えっそんなインチキ講師によるジャズ教室があるのか?」くらいの反応でしかないだろう。
こうした現象を見て「ジャズは普及している」と思う者がいるとすればその者こそ悪式平等主義を信奉する未来のインチキ講師志望者である。
ジャズのライブ演奏では1ステージ4,5曲でも1時間はかかってしまうのが普通である。私はソロ演奏だが、それでもバンドの際と同じである。アドリブ、即興演奏が大半を占めるからである。
だから8小節程度しかない「童謡」でも15分も一人で即興編曲を加えながら展開できるのである。
いつどこでやっても「同じ演奏」を「ジャズ」とは呼べない。
それは八百長野球の類でしかない。こんな楽な演奏活動はない。
わざわざ客を呼んでお金まで取ってやるほどのものではない。
自分から出張し、ホテルやレストランの片隅でひっそりと演奏するものである。
当然、一度聴けば、おしゃべりもOKでなくては退屈でならない。
但し、クラシック.ミュージックのように、緊張感を伴う音楽的霊感溢れる「再現音楽」なら演奏者にとっても毎回、チャレンジであるから充分、鑑賞に値するものである。
したがい、「ジャズ&ポピュラー教室」とあったら充分、疑ってかかってよい。
太極拳は武術でなくなったから別に武術家でなくてもよいから「太極拳とジャズダンス教室」は誰がやっても問題はない。
しかし「空手舞踊教室」となれば、まだ、空手界の誰かによる「内職」ではないか、と考えてしまうだろう。
「空手」はまだ、淘汰された格闘技ではない。
今のまま「顔面攻撃禁止」のビーバップ空手ではもうすぐ時代から取り残される。
これも「進化しなくては消滅してしまう伝統」の武道の一つである。
空手が「キック.ボクシング」に勝てないのは「保存会」が権力を持っているからだ。
太極拳が辿(たど)った道へもうすぐである。
大山倍達(ますたつ)氏が憂(うれ)いた「相撲空手」「ダンス空手」「お見合い空手」の類である。
『けっして殴られることのない顔面を互いに見合わせてボディを殴り合うだけで毎度決着はつかない。体格のある者が勝ちである。押し相撲のようなものである。小兵(こひょう)にチャンスがないルールの世界は「相撲界」のようにやがて凋落(ちょうらく)する。』
どんな分野も「伝統」を守る者が権威となれば「新興勢力」によって倒される。「ジャズ.アドリブ免許皆伝」の免状のない講師による「ジャズ&ポピュラー教室」は、「空手」の心得が全くない者による「空手舞踊教室」という、商売と同じことなのである。
(この「免許皆伝」の免状は、ライブ演奏で対戦した「免許皆伝」の陪審員ミュージシャンの「認定」の判が5つ以上ないともらえない、とする。)
それはまったく空手でもなくジャズでもない。
ところが何も知らない一般大衆は、その講師を一応「空手の達人」と見なすのである。
そして実際の空手に接し「なんて野蛮な!」とののしるようなことになる。
チーズ入りのピザなんて!
私はそうした教室の「ジャズ講師」を誰も知らない。
(この事は「ロックギター教室」にも言えるが、一応、私は「ジャズ界」に移籍したからロック界にはふれずにおく。とにかくそんな奴知らない、のである)そう簡単に誰でもジャズ.ミュージシャンと名乗らせてはいけない。
『ジャズ理論解説など誰でも1ヶ月でできるようになる。楽器の上手さとは無縁だからだ。もし自信を持って弾いたとしたらたぶんコピー演奏である。彼らは絶対に自分を曝(さら)け出さない。「完璧」な自己しか演出しない。
しかし、私は、プロでもない彼等の「目的」がわからないのである。一体、自分をどうしたいんだろう?やっぱりあれかなあ。「 こんな私でも崇拝(すうはい)して下さい 」なのであろうか?私には「実利」としての明確な理由が存在する。しかし、彼等が自己を売る目的がわからないのである。友だちがほしいのだろうか?
なぜ素人が「ジャズ理論講義」を披露して見せるのだろうか?
これは沖縄特有の「ジャズ.スノッブ(SNOB)」の傾向なのだろうか?
彼等は、信じられないくらいその言動と実力が反比例している「おたく族」でしかない。誰か彼等を集めた「フェスティバル」でも主催したらよい。絶対に面白い!』
私が彼等を「ジャズ.ミュージシャン」と名乗らせないのには理由がある。
自然淘汰されてしまった「本物」たちに申しわけが立たないからである。彼等は「ジャズ.ミュージシャン」であり続けようとし、そのために人生を終えたのである。
あの程度を「ジャズ」とするからジャズに興味を失せる大衆が続出するのである。
『バカは、何を見ても、聴いても、読んでも、的はずれな批判をする。私が「バカ」と言う者は、自分が頭がよい、と思っている、何の、創造的な学習にも修行にも耐えられないにもかかわらず「批評」をするプライド高き人種である。彼らは自分がバカである、という事を認めないまま人の上に立つ事ばかりを目指している。彼等が興味をもったものはすべて「知ったかぶり」である。哀れな業(ごう)である。人の「上」ではなく「下」につく競争社会はないものか。「落語」でも聞いたらよい』私だって「ひょっこりひょうたん島一番の島料理のシェフ」だとは言っていない。
どうせ誰もわかりゃしないから適当に「これがそうだ!」と作ればよいにしてもだ。
このことは、本物不在の中で漫才ブームが起こったと仮定すれば容易に理解できる。
あなたなら、漫才、落語を見たことのない人間に誰をすすめるであろうか?
(勿論、その者が、何の修行も経ずして20歳を待たずして早くも盲信した、唯一の価値観にしがみつき、好き勝手な批判をするバカでない、とする)
選択を誤れば、その人は生涯、「漫才、落語」の類が嫌いな者となるだろう。
「似非ジャズ.ミュージシャン、ジャズ.シンガー」の多発は、結局の所、ジャズを衰退させるのみである。
彼等が何を弾いているのかも唄っているのかもさっぱりわからない。楽器なら「キー!」とか「ヒー!」とか「ナマムギナマゴメ」歌なら「フー!」とか「ハアー!」とか「イェー!」とか「フンガー」とか言っている感じである。
別にこちらは指は動くので相手の「技術」に圧倒されることはないから冷静に「音楽」だけを鑑賞できる。
ただ何を言っているのかさっぱりわからないだけである。
「あ〜やっとアドリブらしきものが終った」という感じである。
そっくりさんごっこをしている者は論外である。
本場の一流ミュージシャンでそんな言語で語りかける者はいない。
皆んなはっきりと何を言っているかがわかるのである。
「あっそのアドリブやめないで!」と思うだけである。
ブームは何をもたらしたか?私は「手打ち」の沖縄そばが基本的に嫌いである。観光ブームの中、猫も杓子も「手打ち」である。本物がどこにあるかわからなくなってしまった。ドアに印でもして帰ればよかった、と悔やむ。
(私が子供の頃は「名護そば」が有名であったがどこであったか覚えていない。)
いずれにせよ飲食業には私が発見したある一つの普遍の法則がある。
「 まずい店はなかなかつぶれない 」である。
理由は、しばらく内緒にしておこう。20年以上も前に東京で発見した法則である。
当然、うまい店で続いている所もあるが、「えっまさか!」という店ほど潰(つぶ)れないのである。繁盛(はんじょう)もしないが潰れもしない。
ここが肝心である。繁盛もしないが潰れもしない、のである。
古そうな店に入って確かめて見るとよい。
これらはいくら古くても「老舗(しにせ)」とは呼ばない。一応、その店主一代かぎりである。
当面、「沖縄そば」は、既成麺の方がマシである。
愛想の悪い無口な男女の給仕の態度を無視しながらマンガ喫茶ででも注文するとよい。
私が、「会津ラーメン」や「札幌ラーメン」が嫌いだ、と言ってしまったら土地の人間はどう思うであろうか?
私が食べた「合津ラーメン」は東京は西荻窪の駅前でのことだ。この時は「まあまあ」であった。
たぶん「免許皆伝」の者であったのだろう。
沖縄にも「合津ラーメン」ができた、というので食べに行ったが窓がない居酒屋スナック風の店の昼食時間のためのサービス営業であった。
作っている者はアルバイト学生風で、出て来たものはインスタントものであった。
以来、「合津ラーメン」はもうよい、と思ってしまった。
「札幌ラーメン」にあっては、これはマンガにも「観光ラーメン業」として批判されているからここで言うまでもない。札幌は、猫も杓子もラーメン屋らしい。
したがい、ここで私は暴言に見えるような事を述べれば、「免許皆伝」を許されていない者は人前で演奏してはならない、というものだ。
これはジャズを衰退させる一方である。
ましてや金銭を取って「ライブ」などはもってのほかである。
勝手に「会津ラーメン」を名乗ってはいけないのである。
少なくとも現地の者の許可を得るべきである。
ジャズも同様である。
許される条件は、まずその「ライブ」がチャージ無料であるか、あっても¥300以下であること、そして客のお喋りは奨励(しょうれい)する事。けっして演奏に集中してはならない事を提示することである。
あるいは、身内を集めての宴会、パーティー会場においての「余興バンド」として、である。
要は、聴衆が、「この演奏者たちはジャズの真似事をやっているだけの連中で大したレベルでなく本来のジャズはこんなものではない」ということを承知している、という事である。
これを認知させず、あたかもプロ.ミュージシャンのふりをして退屈な「アドリブ」を展開してしまうことは詐欺師のそれである。
例外として「コミック.ジャズ.バンド」としてなら、その「おもしろ度」によりいくらでもチャージ料を設定し「商売」に励むとよい。
私のランク表ではライブが可能なレベルは「2級」からであり、またこの段階をもって「ジャズ」を指導できる、としている。
10級 :とりあえずこの級からスタート。簡単な歌の伴奏ができる程度。アドリブ未経験。5人に5人が到達。
9級 :適当にペンタトニックスケール一発でアドリブができる程度。
「音楽通」のスナックオーナーのほとんどがこのレベル。生涯、このまま、という者が多い。年月と共に「口先」はプロ並になって行く。
あまりこのレベルの話しを信用しない方がよい。
そう簡単にこのレベルの耳が発達する事はない。
3人に3人が到達。
8級 :県内では充分「プロ」として活躍できる。
ダイアトニックコードの曲(キーが最初から最後まで変らない曲)中心のジャズ、フュージョンならメージャースケール一発でそれらしいアドリブができる。
コード、小節等を無視して、気合いと共にフリースタイルの超絶技巧が披露できる。
(どこまでアドリブするか、というコードの境界線がまったくないからである。)
コピーアドリブが得意である。
しかし、バックが今、何のコードを弾いているかはアドリブ中さっぱりわからない。
県内のポップス、ロック系音楽ならプロとして充分ホテル、レストラン等で通用する。
ジャズ系のクラブでもリズムセクションなら充分勤まる。
アドリブはデタラメであるが県内にはアドリブの善し悪しがわかる者は稀であるから大丈夫。
県内のヤマハ音楽教室やその他ロック系ギター教室全般の講師なら充分勤まる。
しかし、生徒は講師以上にはなれないから「不便(ふびん)」である。
出会った講師で生涯のレベルが決まるのである。
しかしまた、現在は音楽に技術はいらないからこれでよい。CDも出せる。
私の教室を退会した「プロ」のほとんどがこの級である。
ここを超える事が音楽修行の第一の壁であるが大抵、生涯このまま動かず。後は落ちる一方である。
これ以上は「頭」と「身体」を使わねばいけないからである。何事も同じである。
25人に22人が到達。
7級 :簡単なジャズの曲ならアドリブができる。しかしまだコードととスケールの関係はよくわからない。コピ−ならコピー譜を見ながらマスター可能。
ジャズ的プレイを導入して最も得意絶頂の頃である。県内アマチュア−の中では「天才」と言われる。
100人に1人が到達。
6級 :県内のプロ、アマチュア.ミュージシャンの中ではトップ.クラス。どこのアマチュア.バンドへ入っても実力はナンバーワン。
誰も何も言わなくなる。どこへ行っても上手いと言われる。チヤホヤされる一方であるが、まわりは素人ばかりである。
県内ジャズ系のプロとしてもクラブ演奏、ビッグバンドは余裕で勤まる。アドリブも得意絶頂期で自信がある。
200人に1人が到達。
5級 :県内プロ.バンド界でもトップ.クラスである。「ジャズ系」のプロ.ミュージシャンとしてもホテル、レストラン、クラブ系の「BGM」スタイルのジャズなら「仕事」ができる。(ロック.フュージョン系は「8級」で充分勤まる。ジャズ系のクラブであってもベ−シスト、ドラムスなら8級程度で充分勤まる。)
「アドリブ」はまだ「お金が取れない」質のものであるが県内プロではわからない。
ライブをしても「退屈」なアドリブである。
客は大抵、この段階でも絶賛する客もいる。
「客」を信用しないことである。
300人に1人が到達。
4級 :私の教室では、過去に一度だけ認可した事があるランク。
県民では、あと50年を要する。
しかし、貪欲で素直な高校球児のような中学生が生まれれば3年内で到達する。
『南の島は、20歳を超えた時点で通常、進化が止まるのである。10台が未知数であるが、教育一家の子として生まれた子のほとんどは、高校受験ですべてエネルギーを使い果たしているから何の期待もできない。大体、マーチング.バンドや高校野球、といった分野で活躍する子が教育一家に生まれるわけがない。何か、好きな事に夢中になった事があるか、が集中力を作る。「テレビ.ゲーム」に関しては責任が持てない。修行ごとでないと意味はない。』
そろそろ「お金」の取れそうなアドリブができてくるが、曲により上手い下手の差がはげしい。また、その日の調子にも左右されるアドリブ力。安定しない即興レベル。
いつも同じフレーズにマンネリ気味。
ジャズ系クラブでの「歌伴」のミュージシャンが勤まる。
(適当には「8級」でも充分勤まる。アドリブが金が取れないだけであるが、取っている)
アドリブの録音はまだ無理。ジャズのむつかしさが少しわかってくる。
500人に1人が到達。
3級 :
全国どこでもプロのバンドでサイドマンとして何とかやっていくことができる。しかしアドリブを「録音」するレベルにはまだない。安定したアドリブができない。曲に得意、不得意のむらがある。自分のアドリブでは金は取れない、とようやくわかってくる。最も落ち込む時期。
1、000人に1人。
2級 :全国どこでもプロのミュージシャンとして充分ジャズでもやっていける。
この段階をもって生徒を取り「ジャズ」を教えることができる。
しかし、プレーヤーとしてアドリブの「録音」はまだむつかしい。リズムに難があることがわかってくる。 日本人と西洋人のリズムのちがいがだんだんわかってくる。
10、000人に一人が到達。
1級 :
アドリブを録音できるレベルにある。ジャズ.ライブをしてもファンを獲得できる。
全国どこへ行っても「プロ」のジャズミュージシャンとしてライブ活動ができる。アドリブ.リズムが西洋風である。この段階へ来た者は音楽修行にあらゆる経費を入れて(CD代、楽器代、譜面代、書籍代、学費、家賃、その他)1千万円近くは使っているだろう。しかし元(もと)は、音楽稼業で取り返しているはずである。
50,000人に1人が到達。
以後、仕事を得る事に全エネルギーを費やす事になる。
稀に、さらに荒行の旅へと向かい、「無一文地獄」となって帰還して来る者もある。
以上が二流ジャズ.ミュージシャンへ至る「地獄への階段」である。(一流は、段位である。マイルス.デイビスを名誉十段とする、等。)
半分冗談であるがリスナーに取っては必要な「鑑定基準表」である。
活用されたし。
10:盗人根性と模倣2
沖縄はマンガ喫茶同様、現在、「音楽教室」ブームでもある。バイエル主婦先生、ジャズ教室(講師は業界でも誰も知らない)、ヤマハ.マニュアル講師、と増加する一方である。
『このヤマハの地方講師システムは、面白い。講師は一年分のマニュアル書をマスターすればよい。それ以上は必要ない。これで大体3年は持つからだ。これは私の教室で3ヶ月程度の内容だ。しかし本当の顧客は講師自身である。エレクトーンの各級の昇級には新機種での受験が義務づけられている。この何十万円もの新機種のエレクトーンを購入しなければ講師は「昇級」できない。ほとんどが、演奏技術とは無縁の「機械の操作」を覚えるのに悪戦苦闘する。
つまり、「1級」のランクに位置する者は、100万円を超える機材を購入しそれを使いこなした者なのである。それでもアドリブはできない。また、ヤマハ英才教育による天才少年、少女らの行方も不明である。少なくとも現存する一流プロ.ミュージシャンの中にはその出身者は存在しない。いるのか?』
沖縄に於ける教室の乱立も「音楽はみんなのものである」からだ、というのがその根っこに植え付けられた教えである。誰でも教える権利があるという。課せられた義務は何もない。チャレンジ精神のかけらもない人生である。
これを根拠に「著作権というものは心が狭い、音楽は皆んなの物であるから解放すべきだ」としてエスキモー、インディアンを例に取り地元新聞紙上で主張していた国際民族文化センターのような会社に勤務する女子職員がいた。
一見、いかにも「正論」のように見える。
「正論」に見えるということは、一般人なら即座に「大変すばらしい話しを聞いた」と感動する者のことを言う。
「一杯のかけそば」の話しのようなものだ。
お金がないからと毎年、子供を何人も連れて大晦日(おおみそか)に蕎麦屋(そばや)に一杯だけの蕎麦を注文し母子で食べる、という、隣の席に坐った者にはたまらない「嫌がらせ」を敢行(かんこう)していたという母子家庭の話しだ。
これにちゃんと人数分の蕎麦を与えた蕎麦屋の主人にやがてその子供がりっぱな社会人となりお礼を言いに来る、という感動話だ。
「うちは貧乏だからそんなものは食べない」とちゃんと教えることこそが教育だ。
これはやくざが「ごきぶりが入っていたぞ」と難くせをつける行為と変らない。
まわりの客にとっては実に食べづらい光景だ。
わざわざ店へ行き、一杯の蕎麦を母と子供らが分け合って食べる光景である。
私はインスタント.ラーメンで充分である。(それが成立するなら、私は、毎回、5百円分だけのステーキを注文して5千円のステーキの味わえる。ごはんは大盛り。)
子供の頃、何もおいしいものを知らなかった世代はたくさんいる、と聞いている。
沖縄ではイモも満足に食べられなかった、という世代もある。みんな分相応に生きてそれを当たり前としている。
私の知り合いに子供の頃、知らない人の車に乗せられ誘拐された者がいる。
車中、運転している男が、「坊や、何か、食べたいものはあるか?」と聞かれ、「豆腐!」と答えて降ろされたというトラウマを持つ者がいる。
男は、金持ちの子を期待し「ステーキ!」と答えると予想していたら「豆腐!」という返事が返ってきたため、すぐに貧乏人の子であるということがわかったのである。
その子は、幼い頃から豆腐が出るたびに育てられた祖母から「これは、とても高いものだからよく味わって食べなさい」と教えられていたのだと言う。
実際、食卓に豆腐はめったに出なかったからだ。
この「一杯のかけそば」の話しを日本全国で講演して歩いて大金を得た男は結局、全国指名手配の詐欺師であった。
これは映画化され文部省推薦の「権威印」がついた。
(また、この手の詐欺師にひっかかる次代の者がないように顛末(てんまつ)をちゃんと書いておいた。)
私は、「お金がないから」と言ってアレンジ料、レコーディング演奏料を踏み倒したアフリカはナイジェリア出身の黒人の若者にひどい目にあった事がある。何度も絶賛したレコーディングの完了の数日後、やっぱり気に入らないからと再アレンジを懇願し、最終的にはCDが売れないからと支払いを当然のように拒否し踏み倒して逃げたのである。
「だってCDが売れなくてお金がないんだからしかたないでしょ」と何度も日本娘との結婚、離婚を繰り返した流暢な日本語で言うのである。
これが彼を見分ける特徴だ。相撲の小錦を少し小型にした感じだ。
彼は日本人、沖縄人の「善意」に媚びる技を身につけていた。日本人の奥さんがいたが逃げられた、と言う。あちこちの飲み屋に出現しては黒人好きな音楽人間に接近したかるのである。
彼の日本語はおそろしく丁寧であったが英語を喋るとまるでゴロつきのようであった。その性根が丸ごと見えるような口調であった。
結局、誰も彼の正体を見抜けず、ひたすら親切な友人として彼に同情した。
外国の友人がひとりでもいれば国際人だと思っている日本人では一生、こうした手合いの性根は見抜けないであろう。
あのナイジェリア出身の黒人ラップ.シンガー志望を思い出す度、「一杯のかけそば」を思い出すのである。
日本人には甘えて頼めば一切の金銭は踏み倒せる、と言う技を身に付けたようである。
日本人は、とにかくも詐欺師と外人に弱いから、このナイジェリア人は最強であろう。
沖縄から再び日本本土へその住まいを移して行ったが、ある日、ビートたけしの「ここがへんだよ日本人」を見ていたらこいつがいた。
その日は外国対抗腕相撲大会であり、彼はそのぶくぶく太った肉体を誇示しつつ、鳴りもの入りでアフリカ代表として出て来たのだが、あっさりドイツ人の年輩に破れてしまった。
テリー伊藤は、「彼はシマウマを食っているから誰もかなわない」と応援した矢先であった。
県内での彼の肩書きは、元ナイジェリアの弁護士で、元ナイジェリアのジュニア代表のサッカー選手で、シンガーであった、というものである。自分の声は神からの授かりものだとあちこちのマスコミに登場して発言していたが裏声でしか歌えない音痴である。
現在は28歳くらいであろう。相撲の「小錦」に少し似ているただのデブである。
いくら私がその正体を指摘しても、みんな黒人の親友がいれば自分にも箔(はく)が付く、と考えたのか信用しなかった。
なぜこうも日本人は外国人に弱いのであろうか。
強姦でもされなきゃわからないのだろうか。
ついでに言えば、飲み屋で「外人お断り」の貼紙に抗議する外人がいる。
実に卑怯(ひきょう)である。
おとなしそうな日本人に向けて「人種差別だ」と抗議するのである。
これはお門違いである。文句があるなら素行の悪い同国人にすべき抗議である。
なぜ彼等はそうせず日本社会に文句を言うのか?
卑怯なのである。
日本人は何も言えないからと「いじめ」ているのだ。
なぜ彼等がそうした同国人には何も言わないのか?
臆病(おくびょう)なのである。彼らに何か言えば後が怖いのである。
実に卑怯なやり方である。人種差別などではない。
かつて沖縄の人間も、東京の飲み屋では「沖縄人お断り」の貼紙を入り口に貼られたのである。25年以上も前の話しだ。
どこの国でも先人を切って他国へ渡る者は質が悪い。
このことで私がとばっちりを受けたとしても私の抗議先はそうした飲み屋を訴える事ではない。
質(たち)の悪い同郷人である。しかし彼等に何か言えば必ずトラブルが発生する。
これができない内は、外国人お断りの貼紙で充分である。
勇気があるなら同国人に対して文句を言い、根本的な解決を試みるべきである。
しかし彼等はその臆病さをひた隠し、「これは人種差別だ」とおとなしい日本人社会へ向けて訴えるのである。
ねっ、実に臆病で卑怯な連中でしょう?
閑話休題
つまり、先の著作権廃止の主張も「一杯のかけそば」と同じ一見(いっけん)「正論」である。
「歌は人類共有の財産」と言う主張だ。
反論は書くまでもないが、これでは資本主義は崩壊してしまう。
一人の音楽家が人生を「台無し」にして作った1曲をいただき大儲(おおもう)けしてよい、と言う主張と同じで中国にでも移民して見たらよい。
この主張は、自然発生と人為的発生の二つの文脈が混同されているのである。
沖縄はまだこんな主張が新聞紙上で堂々と掲載されても誰も反論せず納得する段階である。
自分だけ縄文人になればよい。他人にまで主張しなくてよい。
しかし、昔から原始社会では、音楽はある家系のみで独占化して伝承(でんしょう)されていたと小泉文夫(民族音楽家)