友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか?ジャズから見る文化論

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荒行(あらぎょう)連載 2001年10月12日開始   

   15:番外アメリカ.テロ事件「2001年9月11日(火)」あれこれの考察日記

*尚、「主張」の盗用を御自愛下さい。当方の出典を明示して頂ければ、喜んで拝読致します。その際は、無断使用も可となっております。(2001年10月7日(日)、空爆記念日)


      
 ------- 2001年---------


     1:まずはボヤキから(沖縄の現状)10/12

     2:僕たちって何? 10/14

     3:生け贄(にえ)の民 10/15

     4:平和の人 10/16

     5:人はなぜ「興味」がわかないのか 10/17

     6:個人と集団 10/20

     7:私の宗教理解 その1 10/26

     8:私の宗教理解 その2 10/27

     9:殺す人殺される人 11/4 

     10: アイデンティティ−小考 11/7

     11:バナナとゴ−ヤ−11/8

     12:正義を貫(つらぬ)く 11/10

     13:正義を貫く:その2 11/16

    14:平和を守る(「イジメの考察」)11/20

   15:勝者の正義(「イジメ考:その2」11/27

     追記:冤罪話

    16:ブッシュとフセイン 11/29

     追記:新刊評「広辞苑の嘘」


    17:パレスチナとイスラエル 12/5

    18:どうしてこんなに悲しいんだろう 12/13

    19:帳消しの論理 12/26


        ----------2002年-----------

   20「地球史」を学ぼうよ 1/19

   21:ここがヘンだよ沖縄人1/26

   22:私が考えるこれからの沖縄1/30

  23:ちょっとここだけの話し2/1

  24:沖縄不況の元凶 2/7

  25:日記らしい日記 2/14

 26:もうすぐこんな社会がやって来るんだ 2/24

 27:詐欺師はいつもその理由が美しい 3/1、PS小追記3/11

 28:チョムスキーがテロを定義した 3/26

29:沖縄本土復帰と被害者の論理 5/15

30:嗚呼、見事である、ダグラス.ラミス! 6/19

31:備えあれば患(うれ)えなし 6/27

31追記(参考資料)


32:思えば、遠くへ来たもんだ (宇多田ヒカルとブッシュ大統領)9/8

33:朝鮮人と沖縄人 9/19




-----------2003年-------------


34:イラク空爆開始 3/21


35:ゲームの醍醐味、対立する平和論 3/25


NEW36:国内での口撃テロ 4/5











1:まずはボヤキから(沖縄の現状) 「2001年10月12日(金)」



このページでは自らに枷(か)していた「言論の大リーグボール養成ギブス」のバネを1,2本抜いて見る事にする。

今は、有事(ゆうじ)である。

このまま死ぬのはくやしいからである。

私は、少し疲れてしまったのである。

一個の人間がどれほど無力であるかという事である。


以下がその徒然(つれづれ)なる理由である。



まず、このサイトが某大手検索会社の登録から「抹殺(まっさつ)」「削除」された事が一つ。

一体、何様の権限を托(たく)された大手の社員が、その忠実な「感性」により、あるいは、どのような団体の圧力により、無断で、登録を一方的に抹消する殿様商売を展開するのであるか、ポルノ検索は残すという実利優先が資本主義の最大の使命としても何も「抹殺」する事はないではないか。

まあよい。

私のささやかなる抵抗は、絶対に某大手検索会社を利用しない、という個人的な「戒律」に従う事である。


アクセスしないと言ったらしない!


私の方から唯一できる抵抗である。


私の方からも「抹殺」する。


しかし、何の影響力もない。


官僚的な殿様商売はいらない。

しばらく、じっと我慢して過ごしていれば、人間は何でも「慣れる」のである。


果ては、そんな会社など世の中に存在しなくても生きてはいける、のである。


しかし、これがテレビのチャンネルであったらどうか、と考えて見れば、実は、これも「慣れる」のである。

私の二台あるテレビの一方は、ある民放のチャンネルがなぜか入らない。

色々、手を尽くしたがダメである。


これも「慣れて」しまった。


あるもので間に合わせる事にした。


何を間に合わせるか、と言えば、私の「関心」を1チャンネル分、別な物へ向ける事にした、という事だ。

それだけ面白い番組に出合う確率が低くなったので、テレビを熱中して見ない時間が増えたという事になる。(消す事はない。)


要するに、御飯がないのでパンにした、あるいはイモにした、という程度だ。

人間の特権は、何でも「慣れる」という事だけだ。


しかし、本当にそのチャンネルが無くてもよい、と言うわけではない。


NHKの番組「プロジェクトX」を見た事がないのとあるのとでは人間のエネルギーの貯蔵タンクの容量に差が出てしまう。

代替(だいたい)エネルギーとしての補給源は必要である。

そんな次第で、アメリカ.テロ事件の報復まで始ってしまった。

ただ、口を半開きにニュースばかりを見ていてもいいのだが、この分だと年を越してしまいそうである。


また、沖縄に生まれた、と言う「手前」、一応、何か、沖縄ジャズ界を代表してコメントしておこう、と思う。

しかし、ちゃんと投票すれば、私が代表には選ばれない、という事だけは確かである。

だから、その前に、コメントしておこう、と思う。


基地まで、「サテン.ドール」と「テイク.ファイブ」でも演奏しながら抗議のデモ行進をしよう、と呼び掛けられる前に「オレは連中とは無関係である」と表明して、後は、また口を半開きにしてニュースを見て過ごそう、と思う。

結局、民主主義とは言え、誰が何を叫んでも、時の国家権力の中枢(ちゅうすう)に位置する、ごく少数の人間の「感性」と「理解度」と偏(かたよ)った「読書遍歴」と誰も親しい外国の「知的」友人がいない乏しい「語学力」と「大人になった僕達だけでやる学級会」的判断によって、重要な国家決定はなされているからである。


言論の自由は保証されているが、それは保証されているだけで、実際は、どこの誰が何を発言しようが、いちいち「国家」は聞く気がないという事も一つ。

独裁国家は、言論の自由は保証しない、と言うだけで、その国家的結論は民主主義も結局同じである事が一つ。


民主主義は、大衆の自由な発言を容認してはいるが、それは「権威的立場」に身を置く者の「余裕」であるという事が一つ。



選挙が終れば、個人の出る幕などない、という事である。

なぜなら、あれだけ、高名な評論家や専門家が報復に反対していたにもかかわらず、結局決定を下すのは、ごく少数の幹部の「気持ち」次第であった事。


被害者である遺族さえも反対していた、というのに、出る幕はない。

それはまた、沖縄が戦後56年も言い続けても何も解決を見ない事からも容易に理解できる事、も一つ。


「戦争」が終るまで「ジャズ」の話しを語る事が馬鹿らしい、という事も一つ。

音楽バカに何を言っても、結局は、「音楽」に興じるだけである、という事が一つ。

本当にベトナム戦争は、「反戦フォーク」のミュージシャンの「功績」で終らせたのだろうか、そう伝えられて来た。


あれは止める切っ掛けがほしかっただけではないのか。

今だ謎である。

音楽に戦争を止める力があるものか。


どっかの業界にずっと騙されて育ったのではあるまいか。


なぜなら、何年にも何十年にもわたり民衆に浸透して行ったはずの平和を愛する曲が(最近は「楽曲」と呼ぶらしい、あれは日本では郷ひろみがクラシックに対抗して言い出した用語である。ケッ!「曲」でよい)、一夜にして「あっ」と言う間に民衆は「戦いモード」に突入して行くのだから、やっぱり音楽は無力である。

いつだって、何かしらの行動を取って後に選曲される「伴奏」の役割でしかない。


音楽家は、いつもと変わらぬ日常の仕事に従事しているだけである。


楽器を置き、瓦礫(がれき)を片付ける事はない。


そんな事を信じ込まされているから何でもかんでも「反戦歌」なのだ。


米国は「反戦歌」の発祥地である。


戦争の実体は、もっとドス黒い「大人」の世界のかけひきなのではないか。

報復攻撃のおかげで、沖縄への観光が減った、と県の観光協会は大きな打撃を受けている。

この事に関し、今日(10月11日)、あの扇(おおぎ)大臣、国土交通相は、「今は、沖縄があぶない、と言っている場合ではない、日本全体もあぶないのだから」と沖縄問題を一喝した。

大阪のミリタリー.ショップではガス.マスクが売り切れ注文殺到である、と言う。

スパイ小説の読み過ではないだろうか、あるいは危機感を抱く事がある種のゲーム感覚なのだろうか。

罪悪感は、自らも夢想した「仮想未来」への危機感を抱く事により、「私達だって同じ立場なのよ」なのであろうか。


同じ立場なわけあるか、あほんだらが。

失礼。

ドンパチ映画の見過ぎである。

日本全体の米軍基地の70パーセント以上(75%)が集中し、加えて特殊部隊「グリーン.ベレ−」の本拠地が50年以上も「占領」している島とどこが「同じ」なのか。

これ以上の「貢献」はあるか?

「おつり」が来るはずである。

しかし、この「貢献(こうけん)」は、いともたやすく「ゼロ値」にリセットされてしまった。

この「非核三原則」の対象にも値しない「非日本人の島」は、日本人としての「貢献」には値しなかった、と言うのだ。

でなければ、この「矛盾」は、理解不可能である。

ここで、告白しておかないといけない島民の現状がある。

島民の中に「ガス.マスク」などを買い求める者はいない。

戦争マニアなら「極上の逸品」を既に取り揃えているだろう。

島民は、あいも変わらず、淡々と「普通の日々」である。

この点では、パキスタンの市場も同様であった。

つまり、最も危険とされる地に何十年も暮す民は、目の前で自身の手足でもふっとぶか、肉親、知人、友人の首でもふっとばないかぎり「絶叫」はしないであろう。

我々は、何をしても「無力」である事を戦後56年の間に十分味わってしまったのである。

昨今(さっこん)、今こそ沖縄からも声を上げよ、という論が新聞紙上に頻繁(ひんぱん)に掲載される。

言っているのは、本土からの知識人の声である。

それは、あまりにも無責任な扇動(せんどう)である。

なぜなら、戦後56年の間に我々は、アメリカの基地に経済を依存する者、そしてアメリカを父の祖国とする血を持って生まれ育った多くの友人、知人を持ったのである。

異民族に統治された国の常として「民族改良」も一つの戦略である。

かつて北半球の大半に君臨したモンゴル帝国は、占領した土地において、男子は、その耳鼻をそぎ落とし、婦女子は「強姦」し、民族改良をする事が一つの「政策」でもあった。

したがい、モンゴル民族の「血」は様々な民族へと受け継がれた。

どの民族も似たような戦略を取ってきた。

民族改良政策」である。

ソ連時代、ハチャトリアンの音楽(「剣(つるぎ)の舞い」等)はどこか東洋風でもある。(ハチャトリアンはアルメニア人である)

そうして、生まれた子孫は、例えどのような「父」であってもその父なる者の国へ来た時初めて「祖国」へ帰って来た、と実感する、という。

したがい、「ウチナーンチュ(沖縄人)」として単一の行動を取らなくてはならない、とする「民族純血思想」は、ここにも存在しない。

我々は、一体、どこへ向かって、誰のために、何を主張すればよいと言うのであろうか?

一つ、言える事は、我々は、今でもこの島に住み、日々の暮しをしている、と言う事である。

大臣の言う、私達も同様の立場にある、とするなら、これほど7万人以上(7万8千人ほどという10/12現在、「追記:30万人以上11/10現在」)もの観光客が「キャンセル」するのはなぜだろう。

ちゃんと民衆は知っているのである。

どこが危険な地であるか、という事をである。

この意味で「原発問題」も同様である。

誰がその土地に住むのか、という事である。

そんな土地に「住んで」見ればよい。

常に問題は、突然、猫に襲われる事を回避するにはどうしたらよいか、と会議するイソップ物語のネズミの社会と「同様」である。

威勢のよい若者のネズミが言う。

「猫に鈴を付ければ、簡単に猫の接近を事前に察知できるではないか」と、拍手喝采で迎えられた提案である。

ずっと成り行きを観察し黙していた長老のネズミが言う。

「大変すばらしい話しではあるが、一体、誰がその猫に鈴を付けに行くのであるかな」と。

それでは、一体、どこの誰が犠牲になり、何者が後方支援に「出張」を命じられるのか、という事である。

本当に、武力行使は身の危険を察知し防御する時だけ、というならシュミレーションが必要である。

人間の一人や二人殺して見なくてはどうも未熟である。

この点で、死刑囚を銃殺にする役割は、シュミレーションと成り得るか?

でなければ、その震えた指先は、敵方の「プロ」の兵士に取っては赤子同然と言えないか。

正当防衛の手柄を立てるにも至らない。

その時、必ず死ぬ、はずである。

私なら、頼むから一度人を殺す経験をさせてから戦場へ送ってくれ、と駄々をこねるはずである。

でなければ、死にに行くようなものである。

他国の兵士に交じり、その臆病さをひた隠し、勇敢に振るまう演技をし続けなくてはならないか。

迷彩服の袖をまくり上げ、二の腕でも誇示して歩いて見せるか。

では、何を以(もっ)て「勇敢(ゆうかん)」とするのか。

己(おのれ)の命も他の命も惜しまない者の事ではないか。

ならば、そこに至るための日常の訓練と言うものが存在するのであるか。

あるとするなら、それはどんな心理学に基づき構築された訓練マニュアルであるか。

もし、それが存在するとすれば、科学者ばかりがウイルス兵器を発明した、と責められるべきではない。

心理学も同罪である。

「恋占い」なんぞで大金を稼いでお気に入りのソファなんぞにふんぞりかえっている場合ではない。

私に言える事は、ここ沖縄にも100万人以上の「日本人」が現在も暮している、と言う事である。

現在も、みんな「普通」に日々を暮している。

別段、観光客は、誰も「日本人」のいない土地に旅行するわけではあるまい。

100万人以上もいるのである。

「同じ日本人が」、、、である。

であれば、「観光拒否」等と言う立場を取るよりも、同じ私たち日本人と共に運命を共同しようではないか!

共に、沖縄の現状を体感して見ようではないか!

その年齢に、子供も大人もない。

なぜなら、ここにも何十万もの子供は生きている。

小学生も中学生も高校生も生きて暮している。

未来を背負う青少年はどこも一緒なはずである。

今こそ、沖縄観光をせずして一体、何時(いつ)体験すると言うのか!

期待するほどのものは何もないかもしれない。

しかし、それは、後年必ず、その「何もない」事への意味を見い出す事であろう。

何か、あったとしても共にその運命を共有すればよい。

我々は、常にその運命を日本本土に成り代わり「甘受(かんじゅ)」しているのである。

ただしガスマスクは、持参して来なくてもよい。

毎年、観光客の事故者が出る「シュノーケル」持参の方がまだ危険である。

美しい海を見るのは「一瞬」でよい。

一息の「美」である。

したがい「ゴーグル」、「水中めがね」の類で十分である。

楽して息して欲張って観察すると危険である。

もっとも、今の季節に泳ぐ者など島民にはいないはずである。

「海を歩く人?(ウミアッチャアー)」以外はであるが。

、、、というような事で少しは県の観光に私も協力できたでありましょうか、拝啓、稲嶺知事殿。

しかし、何かあったとしても私の責任はない。

なぜなら、それは島民全員にも「平等」にふりかかるはずであろう予期せぬ事であるからである。

全国の修学旅行生を送りだす御父兄並びにお母さま方、「沖縄の民と運命を共同して来なさい」、と言って送り出して見てはどうか。

りっぱな教育である。

これから先、徴兵されるよりはずっと楽な体験である。

「日本人」としての度量はここに試される。

兎(うさぎ)死すれば狐(きつね)これを悲しむ”、、、である。

『宋史「李全伝」(同類に不幸があれば、あすはわが身と、縁者がこれを悲しむこと)「狐死して兎泣く」とも。広辞苑より』

己(おのれ)が兎(うさぎ)か狐(きつね)かは好きな方を自由に選べばよい。

しかし、例えが、あっているかは責任を持てない。

めんどくさいから、この際、これにしとけ、である。

最後に「うんざり」の最大の理由は、いつも図書館と立ち読みばかりで新刊の本を買うお金がまったくない事である。

ジャズなんか習う者なんかもう2年近くも現れないから商売上がったり、である。

私は、その意味で「戦意喪失」である。

一応、念のために付記しておくと、ジャズ以外の話題にこのサイトで触れる事には躊躇(ちゅうちょ)している。

しかし、巷(ちまた)では、今、公(おおやけ)には、この話題を避けて通れない。

どうせ俄(にわか)素人(しろうと)イスラム専門家の的はずれなクイズ合戦か、テレビの受け売り論であろうから、うっとおしいのでサイトで書いて日頃は「ア〜ウ〜、ムキキ、ムキキ」と相づちを打って「ケッ!」と愛想を尽かれる方に回る事にする。

この戦争が一体、何時(いつ)まで続くのか、も状況は不明である。

何がこの先待っているかも楽観できない。

また、私の話しが新聞紙上に掲載されるわけがない。

新聞批判もしてしまったからである。

したがい、このサイトは常に闇の世界の言論である。

ジャズという「米国伝統音楽」に関わる者が「米国入国禁止」にならない程度に書き記しておくつもりである。

がしかし、海外旅行など一生ないかもしれない。

金銭の問題である。

ただそれだけの事である。

ああ、海外旅行をして見たいなあ。


教室止めて。


一番行った方がよい人間がそのチャンスがないなんて!


うんざり、もう一つ追加である。





2001年10月12日


追記:


沖縄では10月10日は、「10/10(じゅうじゅう)空襲(くうしゅう)」の記念日である。

昭和19年10月10日、沖縄最初の米軍による「空爆」。

沖縄の住人の事実上の戦争体験の始りである。(記録上は翌年の米軍上陸戦からである)

午前6時過ぎより午後4時前までの9時間余りと言う。

私の実家の体験者たちの一人は囲碁とゴルフのテレビに夢中である。もう一方は野良猫の糞(ふん)片付けに必死である。

それにしても、この10月10日あたりは絶好の宗教的な「空爆日和(びより)」なのであろうか。(こんなタイトルの曲なかったっけか)


謎である。



2001年10月12日、午前6時20分 



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        2:僕たちって何?「2001年10月14日(日)」


この論理はおかしい。


論理がおかしくなければ、その論理を生む精神がおかしい。


精神が病んでいないとしたら、育った環境が変である。


育った環境も変でないとしたら、、、。



とにかくどこか変だ、と私の髪の毛がセンサーのように一本逆(さか)立ってくる。



日本国の総理大臣の論法である。

ニューヨークのビルには、日本人もいた、テロはそれでも攻撃した、したがいテロは、アメリカだけの問題ではない、と言う論法である。



アメリカの方も、ほら、日本人もいた、イタリア人もいた、中国人はいないのか、いた方がよい、ロシア人はどうか、いなきゃ血筋を引いている者はいないか、う〜ん、他にはいないか、金持っている国か武器持っている国の人間を優先して発表せよ、である。



だからテロは、今や世界中の問題だ、というわけである。



本当だろうか?



一体、何時(いつ)から日本はテロの対象国になった、というのだろう。



左翼、赤軍派の「テロ」の事件の事だろうか。



あれは国家権力と反対派の
同国人同志の思想の対立から来る一種の「反逆」である。



1995年には、オーム真理教(現「アレフ」)の地下鉄サリン事件もある。



仮にこれを「
テロA」としておこう。



しかし、これは国家内政の事情に端を発するテロである。



日本の歴史もこのテロAに始り、現在の日本国がある。



明治維新などは、下級武士のこの「テロA」により江戸幕府を倒したのである。


つまり、こうした「テロ」は、常に、時の権力への「反逆」である。



しかし、ニューヨークで起こった「テロ」は、基本的に「アメリカ」が標的である。



どこの国で起ころうが、常に、その標的は「アメリカ」である。



しかも、その犯行の発端は、アメリカが他国へ取っているある外交政策の一つから来るものであり、どれも
非アメリカ人による犯行である。



とすれば、これは「テロA」ではなく「
テロB」と呼んで区別しておいた方がよいといえる。



解決方も発端も別種のテロ行為である。



この事を区別しないで、「テロ」を考察するのは不毛である。




各国にいた日本人が特定されて「テロ」された、という事の中には、「シナ事変(日華事変)」の発端である「ロ(パソコンに「ロ」の漢字がない!)溝橋事件」(ろこうきょうじけん)がある。



(いやあ、読者の医師から教えてもらいました。「蘆」溝橋事件ですね。サイトで検索して漢字をコピーして自前のパソコンに登録するんですよ!何んて「田舎者」でしょう私は。いつも誤字の指摘をしてもらっています。ありがたや。10月22日)




1937年、中国、劉小奇(りゅうしょうき)の中共軍の兵士が、橋の北側にいた日本軍と南側にいた国民政府軍に発砲し、両軍を戦わせるように仕組んだ事に始る、という。(「日本人の本能」P130〜、渡部昇一、PHP出版)



さらに古い例では、古代日本社会における朝鮮と日本の関係である。



旧「高句麗(こうくり)」の地にある好太王碑にある文の解釈である。




日本が、百済(くだら)と新羅(しらぎ)を植民地にしていたか、どうか、という、すりへって読めなくなった空白の1,2字分の箇所をめぐっての解釈である。



391年、と碑には記されている、という。




それがもし事実であるとしたら、これも外地での「テロ」で滅びた事になる。




それから天智(てんじ)天皇の時代にも663年に百済(くだら)救済をめぐって朝鮮半島の白村江(はくすきのえ)で唐と新羅(しらぎ)の連合軍の待ち伏せに遇い未熟な船舶(せんぱく)技術などにより大敗しているから、それに至る前の時代にも百済(くだら)の地で何かあったはずである。



あまり複雑にならないようにこの辺で時代考察はやめておく。




こうした、駐屯(ちゅうとん)した「外地」でのテロを「
テロC」としてもよいが、これも複雑になるので、共に「外交政策」を起因とする「テロB」の範疇(はんちゅう)に入れるとする。



しかし、近年の例として、1996年末のペルーの日本大使館公邸(こうてい)占拠(せんきょ)事件がある。




フジモリ大統領の決断が事件解決となったが、ああした状況では、人質側、犯人側の唯一の接点である「カソリック教会」の聖職者が大使公邸に出入りして犯人説得にあたっていた、という。



こうした国の場合、共通するのは「宗教」であり、カソリックの聖職者が頼りである、という事は宗教音痴の日本人には知られていない、という。



このテロは、基本的に「テロA」である。



国内の権力に対しての「反逆」であるからだ。



実際、その後、それが証明された。



現在も謎の事件のままである。




自分の部屋で、政府高官の地位に位置する者が、わざわざ封筒から現金を出して野党側へ賄賂(わいろ)として渡しているシーンを最高のカメラ.アングルでビデオ録画されている、というのも不可解な政府側の腐敗を証明する「映像証拠」であるが、、、。




そんな事は、今回はどうでもよい。




こうして見ると明らかに今回のアメリカ.テロは、アメリカの外交政策による「
テロB」の範疇(はんちゅう)である。

その国における反逆、内乱の「テロA」ではない。




ある国に爆弾を落としたらそこには色んな国の人間がいた、と言う事ではないのだろうか。



あるいは色んな国の人間がいる、と承知の上であったとしてもよい。




では、金持ちの国が貧乏な国をテロする事があったろうか。




スパイ工作はあるだろう。



しかし、大半は、難癖(なんくせ)をつけ、”堂々と?”本格的な「戦争」へ持ち込んだはずである。



明治、大正、昭和初期と、資本家は、堂々と工場員を搾取(さくしゅ)して重労働を課した。(女子でも子供でも一日最低12時間以上の労働)



結核にかかってしまい、いらなくなれば故郷へ強制送還させた。



私の父の姉、兄は、共に十台の頃にこうして死んでいる。



腹立ちまぎれに、工員にできる事は、深夜、資本家の家のガラスめがけ石を投げ逃げる、という手段を取るくらいしかない。



苦し紛(まぎ)れに最後に一斉(いっせい)に敵地へ向かって走り、玉砕(ぎょくさい)する「自殺行為」をしかけ、何百という部下を一挙に絶滅させて終える、という作戦を取った日本の連隊長等(ら)の家は、その留守の間に深夜、町民たちが投石をしていた、と言う。



当時は、同じ町の者が連隊長になっていたからだ。



以来、連隊長等は、別の町に住むようになったという。



要するに弱者とされる者のする事は、常に「テロ」である。



ある学校に金持ちの乱暴者の「ボス」の生徒がいる、とする。



誰もこいつに逆(さか)らう事ができない。



みんな彼の御機嫌を取って毎日暮している。




なぜなら、彼の親の工場でこの町の大半の大人は働いているからだ。



みんなその子供たちである。



特に、彼の回りには、彼の父親ほどではないが、同じく色々な工場を経営している社長の子供たちによって形成されている彼の子分グループがある。



一方、彼の言う事を聞かない生徒たちもいる。



みんな彼の父親が、工場を建てる者たちのためにあれやこれやの手を下し土地を奪い、自殺に追いやった親の子供たちだ。



彼等は今では、孤児院から学校へ通っている。



彼等は、工場を憎んでいる。



しかし、彼等にはどうする事もできない。



なぜなら、その孤児院は、ボスの父親が慈善事業の一環として町の人々から税金を取って建てたものだからだ。




ボスの父親は、その町の町長でもある。



最近、一般の生徒の中に、ボスから仲間に入ってよい、といわれた生徒が出て来た。



この生徒の父親は、たいへん貧乏だったのだが、ボスの父親の工場で懸命に働き、それが認められて、最近、ひとつの工場を任(まか)されたのだ。



支店長である。




一般の生徒にとっては別に孤児院の生徒であっても何ら関係なく遊んでいる。



彼も今まではそうだった。



しかし、ボスの仲間にも入りたい。



金持ちグループの仲間に入るのは町では羨望(せんぼう)の対象になる。




ある日、その町長の息子であるボスの家が何者かに石を投げ付けられた。



石は、来客中の客を狙っていたのだ。



そんな奴の家に行くからだ、と言う見せしめだ。



客の何人かはそれが原因で死んでしまった。



どうやら、孤児院グループの誰からしい。



いつも、孤児院グループをいじめているからだ。




ボスは、子分を集め、死んだ客はみんな金持ちばかりだから、やがておまえらも黙っていればやられてしまうだろう、と言った。



やられる前にこちらからやらねばならない、と言った。



でなければ、金持ちはみんなやがて彼等にやられてしまうはずだ、と演説した。



今から孤児院を取り壊してその犯人を見つけて処刑するのだ、と言った。



この際、誰でもいいから孤児院の奴等はみんな追い出して処刑してやるのだ、というのだ。


新入りの子は、どうしてよいかわからなかった。



本当は、孤児院の生徒の気持ちもわかる、と思ったのだ。




彼等の親は、ボスの父親のために自殺に追いやられたのだ。



でも、新入りの子は、ここで活躍すれば自分も本当に「金持ちの仲間」に入れるのだ、と言う考えがよぎった。



懸命に貧乏から這い上がった父親の気持ちを考えると断る事はできない。




新入りの子は、本当は、怖かった。



でも怖いと思われては、金持ちグループには入れない。



日頃から彼等のやるいじめは、とても真似できない、と思っていたのだけど、いつもそうした場では後ろの方で笑って見せた。



自分だって、いざと言う時は、それくらいできるさ、とボスたちに思わせなくてはいけない。



でも本当は、いつも足が震えていた。



なんてひどい事をするのだろう、と思っていた。



ボスは、新入りに言った。



おまえも一緒に行くんだろうな、いつも後ろで笑ってばかりだったけど大丈夫なんだろうな、と言った。




新入りの少年は、実は、今、ちょっと手を捻挫(ねんざ)してるんだ、だからちょっとあんまり役には立てないとは思うんだけど、でもでもみんなのためにできる事はやるつもりさ。



そうだ、僕がお母さんに言ってお弁当を作って持って行くよ。



腹が減っては戦(いくさ)はできないって言うだろ。



それとね、僕は手が痛くて使えないけど、親爺(おやじ)が猟銃を持っているからそれをこっそり持って来るよ。親爺に内緒でね。




見つかるとうるさいからさ。




ああ、僕が手なんか怪我していなかったらなあ。




ボスは、それを聞きながら、「ケッ、やっぱりこいつは弱虫だな、パパの言う通りだ、うまくこき使うしか利用法はないな」、、と一人つぶやいた。





2001年10月14日


追記:



誰か、この新入りの子に、本当の友達とはどんなものか、勇気とは何か、を教えてやって下さい。



たぶん、それを知らないまま長い間、小間使いに徹していたのだと思います。




ずっと長い間、エルビス.プレスリーの国に憧れて一人で暮していたんですよ。




飛び込む勇気、抜け出る勇気  (友寄隆哉)



2001年10月14日、午前6時40分


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       3:生け贄(にえ)の民 「2001年10月15日(月)」


日本国の総理をめぐっては、もう一つ、解(げ)せない事がある。



なぜ、国民の命を犠牲にしてまでも、アメリカの報復に威勢よく賛同して全く無関係な中東問題に関わってしまうのだろう。




アメリカだって、タリバン政権を支持しているイラクを攻撃するかもしれない、と相変わらずの「オレが法だ」的発言をしている。



つまり、こちら側も敵を支持している、というだけで攻撃するくらいだから相手から見れば日本も同罪である。



欧米諸国は、中東の土地や石油をめぐって何かと歴史的な因縁(いんねん)がある。



中東の細かい情勢は、複雑すぎて私のような素人にはわからない。



しかし、大まかな所は、極めて単純な怨念の構造を持っている。



日本の政治家の細かな派閥が理解できなくても政治はわかる、という理屈だ。



くわしく知るとかえってポイントがずれてしまう。



なぜ、日本の首相は、国民を犠牲にしてまで「聖戦」に参加したかったのだろう。



この命題には、二つの重要な心理が内包されている。



まず一つは、「国民がテロの犠牲になる」という事に関しての過去、現在、未来への認識である。



この事に関し、「そんな事にはならない」、という認識を持たない限り、いともたやすく、自国民を捨て、アメリカ御機嫌取り外交の方を取る、という行動には出れないであろう。



つまりこの行動の裏には、「沖縄は犠牲にはなっていない」、という、もはや自己に言い聞かせている、信念とでもよべるほどの認識がある。



例えば、ここに、今まで迷惑をかけてきた、と思っている友人がいる、としよう。


もし、彼が本気で「今まで迷惑をかけてきた」と思っているのなら、彼は絶対に「今度やる事業の保証人にまたなってくれ」とは言い出さないだろう。



つまり、こうした活動を支援する事で、再び沖縄が犠牲になる、と考えていないからこそ「我々日本も米国の報復を支持する」と言えるのではないだろうか。



あるいは、彼は昨今、恐らく自民党内での「常識」であったのだろう、例の「我々も同様に危険に晒(さら)されているのだ」、という発言である。



この勝手な思い込みによって彼は、沖縄と自分とを「同類」である、と見なし、「貸し借りなし」の心理的充足感を得て来たのであろう。



仮に彼のこの「
罪悪感解消のための論理」を受け入れたとしよう。



それでもこの「取引」は、不公平である。



なぜなら、今度は、その「数」の問題である。



彼と彼を取り巻くその周辺の住人と沖縄の100万人を越える県民の命は等価ではないはずだ。



彼ひとりの命が、100万人を越える県民の命に匹敵するとは思えない。



なぜなら、政治家と言う職業は、その「旬(しゅん)」が過ぎれば、何時(いつ)死んだのかも思い出せないほどの存在感でしかないからだ。



それほど彼等は、政治抜きではその魅力が一切ない、とも言える存在感でしかない。



実際に、今年亡くなった政治家を考えて見ても年末に特集してくれなくては思い出せないほどである。



おそらく既(すで)に数年が経たのでは、と思ってしまうのではないか。



この事から、彼には沖縄の民への罪悪感など一切ない、と言う事が判明する。



でなければ、「
もう我々は既にアメリカへは多大な犠牲と貢献を行なっている」、と自信を持って宣言できるはずだ。



そうした感情は、彼には一切ない。



あるのは、急に番頭から店の主人になった者に酷似した事務的な言い逃れ用のその場論法だけである。



次に、「国民は犠牲にならない」とし、アメリカへの支持を表明する態度から見えてくるものは、彼独自の「正義感」である。




彼はこうした、
アメリカへのテロに対して断固戦う事が「正義」と考えている事である。



実は、これは、私の父も同様であるから、おそらく年輩の男子を巻き込むに足る「正義感」なのであろう。



彼等に共通する事は、イスラム社会への未知から来る畏怖(いふ)であろう。


私は、これを「正義」だとは思わない。



なぜなら、これは因果応報にまつわる出来事であるからである。



確かに、今回のアメリカでのテロ行為は、「なんて惨(むご)いことを、、」の一語に尽きる。



しかし、だからと言ってこれは突然、地震のように降り懸かって来たわけではない。



様々な歴史があり、因果がある。



そしてそれらはすべて「人災」が招いたものである。



天災ではない。



突然、幼女が誘拐され惨殺(ざんさつ)され捨てられる、という犯人の行為に対して抱く感情とはまた別種のものである。



今まで、やりたい放題にやって来た者の配下に身を置いた者にふりかかる、言うなれば「とばっちり」的な要素が大である。



テロに対して反対を求める国は、何かしら過去にそれらの国と政治的な関わりを持った国ばかりである。



どうする事もできないほどのわけのわからない凶悪犯ではない。



いや、百歩譲って、狂気の沙汰の凶悪犯としても、彼を探し出すための報復の際に、もし私が道連れにされたとしたら、私は、必ず、怨霊と化し、あの一族を呪い殺すで事であろう。




あるいは、そこにたまたま居合わせた私の一族が道連れにされたとしても、私は、凶悪犯を怨(うら)まないだろう。




私の一族がいるのに平気で報復した、として報復した連中を怨むであろう。




たまたま凶悪犯の近くに居合わせた境遇を憂(うれ)いて「こんな所に居てごめんなさいね、ごめんなさいね」と呟(つぶや)いて死んで行く事はないであろう。



なぜなら、私を盾(たて)にした凶悪犯とは「話し合い」は不可能であるからだ。



常に、怨まれるは、「正義の名において」私を巻き添えにした者たちである。



なぜなら、私は、まだ「
正義の名の下(もと)に死んでよい」と表明していないからである。



したがい、これは、正義の名において殺す者と、正義の名の下に殺される者との間に確かな「契約」が成立していなくては、自他共に認める「正義」とはならない。



正義は、一方的な判断によってなされてはならない。



凶悪犯も「やはり正義には勝てなかった」と自覚し死んで行かなくてはならない。



でなければ、正義は、大変胡散(うさん)くさい「大義名分」でしかない。



歴史的悪行はみな、正義の名においてなされる、の法則、と再三掲(かか)げても過ぎる事はない。



この意味で、多くの犯罪者は、自分が「悪」である事を自覚して死んで行ったはずである。



以上の事から、「
国民を未来のテロの犠牲にしてまでもアメリカの報復を支持する」とする首相の態度に「正義」はない。



そんなに正義のための戦いをしたいならもっと他にあるはずである。



金持ち国の過去の「陰謀」に加わり、共通の「敵」を持つ事が、イエロ−.モンキ−としての白人社会での「ステイタス」ではない。



我々は、「白人」にはなれない。



敵になれば、一夜にして「黄色いサル」と呼ばれる種族である。



テロにはその因果(いんが)があるはずである。



もし、それがない、としたら、それは単なる「犯罪」である。



単なる「犯罪」であるなら支持する民衆も国も現れない。



現に、そうして今まで、国家間の犯罪はちゃんと処理されて来たはずである。


沖縄における米軍犯罪はまた別である。



開国以来の「
人間をサルには裁かせない」というルールである。




最後に「これは同盟国であるから」という論拠がある。



アメリカ人自身は、自分は言葉でちゃんと言われていない事は一切、察(さっ)してやらない、とする都合のよい思考法である。



だから、同様にこちらも具体的な「要請」がないかぎり、見当すべきではない。



相手が何も言って来ない段階で、言外の意味を「察する」事ほど愚かなイエロー.モンキー特有の癖(へき)はない。



彼等は、自分たちのしでかした事で報復され、他国に対して「共通の敵」「共通の敵」と仲間増やし作戦を展開しているにすぎない。



しかし我々に取っては、イスラム、アラブ世界は「共通の敵」ではない。



黙っていると、今度の敵は「イラク」だ、と増える一方である。


どこにでもいるではないか、傲慢(ごうまん)な「ボス」が。


彼が嫌いな人間は、すべて彼の友人も嫌いにならなくてはいけない、とする強迫神経症の者が。



その理由が極めて理不尽なものばかりである。



英語に、He is everybody's friend (彼は、八方美人さ)という言葉がある、という。


彼等は、これを嫌うらしい。



しかし、この場合なぜ彼は、相手が嫌いか、という、その論拠が、問題である。



明らかに相手に問題があるにもかかわらず「誰とでも友達でいたい」という哀れなさびしがり屋さんは、別につき合っても何の刺激もないから、この際、どうでもよい。



何か、私の身にふりかかった時でも何の力にもならない種族である。




米国を飛び越え、中国とつきあい始めた、故、田中角栄元首相は、米国の陰謀によって失脚させられてしまった、というのは政界では常識というではないか。



その娘は同じ目に会っている。



やっかいな、強迫神経症のボス国である。



宗教までちがう民族が、自国の宗教に端を発する戦いに参戦せよ、と言うのだからこれほどの傲慢(ごうまん)な態度はない。


のこのここれに乗っかる者も、哀れな上昇志向者である。


はっきり言って我々は「とばっちり」で賠償金をもらうべき所である、と言う事まではとても言えないであろう。





「私は、何としても欧米白人社会の社交界の仲間にも入りたい。そのために我々日本人は、生け贄(にえ)の民として沖縄民族を「保有」して来た。まず、犠牲になるのは、彼等から先であるから我々日本民族は安心して米国を支持してほしい、テロが日本本土までおよべば、これは、私が首相を止めればよいだけだから私個人は別に問題はない。故、佐藤栄作元首相以来、自民党はそうして来たのだから私だけが悪いわけではない。これこそが自民党の「党風」と言うものだ。」




現在、沖縄県民は、報復反対のデモ行進する者が県民全体の1パーセントにもならず。



残り99パーセントは、いつもと変わらず、マンガを読んだり、テレビを見たりと、この問題は無関心であるのが現状である。



このことは、正しい今の沖縄認識のために記しておこう。



56年間、何を言ってもダメなんだからいちいち真面目に考えていたら生きていけないのであろう。




正しい認識と言えば、これは、私のテレビ放送だけが何者かにストップされないかと思い心配していたため黙っていたことがある。




あの日、アメリカが空爆を始めた直後の深夜、日本のテレビ各局は、緊急特別報道番組を始めていた。


一方、私のテレビの「米軍放送」のチャンネルでは、実は、ずっとフット.ボールの中継をしていたのである。



無視して、仮でフット.ボール中継をしていたわけではない事は、時折、コマーシャルの合間にブッシュ大統領の演説が流れていた事でわかった。



日本の民放では大騒ぎの空爆中継中、米軍放送では、フット.ボール中継の合間、と実に対称的であった。延々朝までである。



テロが行なわれた日は、朝から晩まで何日間も放送していたチャンネルであるから、何か、別の意図があったのだろうか。



単に、フット.ボール中継の方が大切だったかもしれない。



こんな事を漏らしてしまうと、私のテレビでは米軍放送が写らなくなってしまうのではないだろうか。心配である。



ただでさえ、写りは悪く、時折、中断する、と言うのに。




2001年10月15日(月)



追記:


尚、念のため述べておくと、私は、米国への貢献の仕方には色々あるから面と向かってはっきりと言われないかぎりいちいち米国の真の気持ちを察する事はない、と言っている。


なぜなら、彼等は、常に、こちらへは何の「察(さっ)し」もしない。


つまり、この事は、日本が勝手に主従関係を演出している、という事になる。


「大人」は、もっと独自の外交をして行く者の事である。



また、そうしなければ、米国は、いつまでも日本を「大人」扱いはしてくれないであろう。


、、というような主張はかなり陳腐(ちんぷ)であり何の効果もない事であろうが真実である。


ある家で、中国人、イスラエル人、アラブ人、パレスチナ人を交えてパーティを行なっている。


そのパーティを裏庭から恨めしそうにアメリカ人が覗いているのである。


その時、アメリカ人から見れば、日本人は「大人」として写るのである。



もし、彼等も「大人」であれば、であるが。



それにしても誰も関心のない話題だなあ。


たった一人のデモ行進である。


一応、無関心族100人分を代表しているつもりである。



念のため付記しておくと、私は、共産党員ではない。



無差別党である。



まず、「共産党」と言う名前が気に入らない。



己(おのれ)の過去の非を認めない、という表明が、その名前にきっちり表れているからである。



合資会社「ネズミ溝」、、、と言うような感じである。



2001年10月15日(月)午前4時15分


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      4:平和の人「2001年10月16日(火)」




さて、一方的に首相を非難してみても、彼一人がその元凶(げんきょう)ではない。


あんまりワンマンになると一気につぶされるのも政治の世界だ。


どうせ「自民丸」の船は安泰だから当番でしばらく舵(かじ)でも取って見たらどうだろう、と言うような感じだろう。



このテロ問題のさらに大前提に触れて見よう。



今の所、すべては、この大前提で停止したまま、この先を掘り続ける事は困難だ。



私は、若い読者と「忙しい大人」を想定して、できるだけわかりやすく解き明かそうと試みている。



書いているのは最低限の所有すべき問題意識と知識の所有である。



人は、例え戦争間近であっても毎日「仕事」で忙しく、戦争反対にすら参加できないのが現状である、という。



パキスタンの市民の話しでもある。



私は、かつて、米兵少女レイプの事件について知人のジャズ好きの会社社長という者と飲み屋で話している所を、本土系のサラリーマン風にからまれた事がある。私と話しが合ったので、社長も変人である。



それは、あの事件に関しての県民の決起大会があった祝日の日の事である。


私たちは、あんな決起大会はしてはならない、無視していなくてはいけない、と飲み屋で「合意」に達していた。



するとそこへ、その決起大会に参加して来た、という本土系のサラリーマンが「おまえらは、親の気持ちがわからねぇのか!」と言って来たのだ。


私たち二人は、なぜかお互い心得たもので終始沈黙し無視して酒を呑んだ。


女店主がなだめてサラリーマンを帰してくれた。



帰った途端、私たちはボロかすにサラリーマンをなじった。



卑怯(ひきょう)だと思われるかもしれないが彼等には常識しか通じない。



また、私は、みすみす勝つ事がわかっている喧嘩はしない。



常識では問題は解決しない事ばかりである。



彼等は、その少女のためという正義を振りかざし、その抗議をすべくわざわざ祝日を利用し集まった。



そこで一通りの演説を聞き、「エイエイオー!」と叫び、決起大会を終えた。



彼等こそ、「親の気持ちを考えない」人種である。



まず、「闘い」に今日は会社が休みだ、とか、日曜日だとか、いう設定は無用である。


「オレはどうしても赦(ゆる)せないから今日は会社を休む、否(いや)、当分休む!」



これくらいの事を宣言できる人間でないと何の戦力にもならない。



何の役にも立たない。



肝心(かんじん)な時、「ちょっと今日は会社で、、」と言う者の決意などあてにならない。



案の定、次の日から数年経た現在に至るまで何もない。



何と言う、人騒がせな偽善者たちよ、である。



なぜなら、米軍を抗議するのに、いちいち新しい事件などいらない。



ましてや、少女のスケープゴート(生け贄のヤギ「聖書」)など無用である。


その子の事を考えれば風化させるのが一番である。



また、この手の事件は、いくらでも発生している。



今回が一番若い、というだけである。



常に、新しい事件が起こる度に「エイエイオー、俺達は革命家だ!本当はサラリーマンだけど」では、何の進展もみなかった。



文句を言う相手もおかど違いである。



何度やっても同じ事ばかり繰り返している。



デモ行進と言うものは、実際は、死ぬ気で行なわなければその目的は世間に伝わらない。



誰か死人が出て初めて、「ああ、なんてひどい政府なんだ」と世間の関心を買う。



実際、そうやって我々は、あらゆる抗議を記憶している。




しかし、死人は出ないが「ゲイ」のデモ行進はなぜか印象的ではある。



困った事に、真面目な問題は、死者が出なくては記憶されず、どこかおかしみのある問題のデモ行進は、それだけで印象に残る。



不思議な事に、真面目な問題のデモに参加している者にインタビューすると必ずどこか笑って発言している。


よく見ると、行進中も笑っている者もいる。



その逆に「ゲイ」の人間は大真面目である。




わざわざ会社が休みの日にしか「闘わない」人種なんかよりも、私が一番驚いた事がある。




何十年も沖縄に住んで来て誰も言わなかったし、報道でも強調されなかった事である。



要するに、沖縄の人間では調べ上げられなかった事である。



今だに、報道もこの問題をさほど強調しようとはしないから、かなり頭の悪い人間で構成されているとしか言えない。



私なら、一生、このテーマで議論すべきだと思う事である。



それは、私が、去年入院した時、テレビで見たものだ。(あの時は、「盲腸」だった。確か。)



島田紳助が司会の朝の時事番組だ。



それによると、現在の沖縄の米兵は、単なる市民である若者の軍事訓練のために6ヶ月単位くらいの入れ替え制で沖縄にやって来ている、という。


だから、若い男女の兵隊は、沖縄観光の気分で訓練を受けている、というのだ。


しかも、カメラは、実際に訓練中の若い新兵の撮影を隠し撮る事に成功。



そこでは、新兵の女が、笑いながら、ポケットに隠し持った使い捨てのバカチョンのカメラでサッと自分たちが、川の浅瀬(あさせ)を這(は)って進む訓練風景を撮影したりしているのだ。



まるでサバイバル.ツアーの観光ムードである。



私は、ああ、それで、こいつら街に繰り出してバカ騒ぎばかりしていたのか、とそのすべてが氷解(ひょうかい)した。



軍人としての誇りがなぜないのだろう、と長年の疑問であった。




退院した私は、さっそくこの問題を扱った雑誌を見つけ、読んで見る事にした。(私は一体、何者だろうか。貧乏である事は確かである。)



すると、近代の戦争は、海兵隊など取るに足りず、単なる空軍を戦地まで運ぶ運び屋でしかない、という。


昔のイギリスの海軍は、無理矢理、嫌がる民間の漁師を兵隊に仕立て上げ、船に乗せ、兵隊の運搬係りとしてかき集めていたのが発端だという。



そのため、漁師たちの暴動を抑えるために「M.P(ミリタリー.ポリス)」が生まれた、という話しをどこかで読んだ事がある。



近代戦は、海軍の出る幕がなく、ただの兵士運搬業の役しかない、としている。


そして、沖縄は、その兵士を運搬する大型軍艦(ぐんかん)さえもなく、実際は、沖縄基地は無用の市民訓練兵のための地でしかない、という。




では、なぜ、沖縄の基地はあるのか、と言えば、アメリカ本土に旧海軍上がりの退役軍人議員グループがいて、その議員らがかろうじて海軍の重要さを主張し、そのため沖縄からの撤退は、海軍軽視を認める事になり、絶対に許さないと主張しているのだ、と言う。



この出典は、雑誌を探したのだが見つからない。



最近よく出て来る朝日論説委員という肩書きの軍事評論家だ。



後で探しておこう。(たぶん探さないだろう。もう1時間は探したのだ)




これが本当ならその議員グループのリストを沖縄県民は全員知っておいた方が今後のためによい。



誰が調べるのだろう。



地元報道機関は、今や素人に占拠されてしまったから無理である。



しかしまた、沖縄は、アメリカが
アジア支配の野望の絶好の地であるためこのままでは一生、手放さない、という者もいる。



さらに、「ビンの蓋(ふた)作戦」と呼ばれ、アメリカは、沖縄の地で、日本が再び「軍事大国」にならないようにその「ビン」から吹き出してくる軍国主義復活の勢力に「蓋(ふた)」をしているのだ、と言ってアメリカ人には納得させている、という。(日下公人(くさか.きみんど)「裏と表から考えなさい」PHP文庫)



、、とこれが正しいとすれば、日本の首相が、勝手にどんどん自衛隊による後方支援を取り決めて行くのにも何やら目論見(もくろみ)がありそうである。



この機会を逸(いっ)しては、日本独立のチャンスがない、と言う事か。



と見れば、あの自信に満ちた行動も頷(うなず)ける。



「私の取った行動は、いずれ歴史が判断する」と確かに、筑紫哲也の番組での「国民との討論会」で発言していた。



ははあ、なるほどな。



首相に一切の質問もないテレビ.マニアの私の眼はごまかせない。



しかし、ここでバラしてもよいのだろうか。



一国民として。




とりあえず、視点を変えよう。




私が、20歳くらいの頃、”日本は、軍備を持つべきか、否(いな)か”、という問題が盛んに議論された。



竹村健一氏の出現が発端(ほったん)ではなかったか。



竹村氏は、日本は軍備を持つべき派だ。



その反対の映画監督の大島渚(なぎさ)氏がいつも絶好のタイミングでお約束の「バカヤロー!」を絶叫していた。



もう、「バカヤロー」が聞けないからさみしいが、「バカヤロー」の絶叫は身体に悪い事はわかった。



竹村氏は、ぴんぴんしているからだ。



同じく反対派に作家の野坂昭如(あきゆき)氏がいた。



本も買って読んで見た。



”もし、武器を持たない日本が他国から攻められたらどうするか?”



という命題に、野坂氏は、”その時は、黙って殺されればよい”、と書いてあったので、大変びっくりした。



「ガッツ石松のダイエット」と言う本に、「毎日、りんご一個を食べ、タイヤのチューブを腹に巻いて走り込むと3ヶ月で10キロはやせる」と書いてあった時とそのびっくり度は同じであった。


これは「ダイエット」ではなく「減量」である。



まあ、そんなわけで、野坂氏の「黙って殺されよう、日本人として」は強烈で忘れられない。



20年以上経った現在もまだその覚悟ができていない。



もちろん、ガッツ氏の方のアドバイスもである。



そんなわけで、この、「もし、他国が攻めて来たら、、、」と言う命題は、普遍のテーマである。



これを避けるには、この命題自体が成立しない、という事を証明しなくてはいけない。



しかし、いくら証明しようとしても、最後は、「占い」に頼るしかない結果となるので不毛だと思われる。



現在の問題は、日本はアメリカに守ってもらっているから平和である、という「事実」がある。



そこへもって、それでは守ってもらっているボスの国の応援はどこまでやればよいのか、と言う事である。



そこに、その応援は正しい事なのか、否か、と言う倫理的な問題も発生している事なのだ。



私は、ただ「平和」「平和」と言っているわけではない。





(たぶん、言った事はない、と思うのだが、、)





悪魔の辞典によると「平和」の定義は、以下になる。



1:小休止


2:歴史の本の章と章の間の空白


3:二つの戦争の間の期間


ついでに「平和条約」を引いて見る。



----次の戦争の基礎となる取り決め-----




という事である。




おっと、時間が来たので、今日の所は、この辺で。




     2001年10月16日(火)



追記:



ざっとここまでは、一気に行かないといけない、と無理して書いている。

実は、有事に備えての懸垂のしすぎで右腕が腫れて動かない。そのため熱も出て来た。


平和を維持するのがどれほど大変であるか、と言う事の最低限の知識を提供しなくては「平和主義者」とは話しにならない。


こんな地で何を言っても無駄である。


56年も無駄であったのだから今後も無駄である。


戦意喪失の県民ばかりである。


それは仕方がない。


当然の結果である。



ワシ、モウ、ドーナッテモエーケンネ〜


『故「谷岡ヤスシ」の全マンガ参照。必読!これを知らない者はアーティストに非(あら)ず!』



どんな境遇でもこれは常に正しいパワーを生む。



俄(にわか)にイスラムを学んでも何も変えられない。


それはイラン.イラク戦争の時もそうだったからだ。


知識本ばかりが横行した。


その事に一番くわしい人間たちがどうする事もできないのだからどうしょうもない。


しかし、あるいは、その事にくわしくなったがためにどうする事もできなくなった、とも言える。


なぜなら、無智こそが最大の行動力であるからである。


したがい、知識の人は有事には何の役にも立たない、という現象が起きる。


では、どうすべきか。


これを探っているのがこのページである。


客観的に見て、さほど無駄なサイトのようには、私の音楽同様、どうしても思えない。


そうした「無智」が私の行動力になっている事は確かである。



今回は、「知ってるぞ!」というひけらかしがかなり入っている。


当然、次の戦争のために書いている。



腕が痛いのでもう寝る!。



2001年10月16日(火)、午前7時20分




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  5:人はなぜ「興味」がわかないのか「2001年10月17日(水)」




作家の井上ひさし氏は、時折、現在でも被爆者の手記を読み返したりしているという。



それは、同世代の者として、なぜ自分は助かり、その一方で被爆して死んで行った者がいるのだろう、自分が生きている意味は何だろう、という事を探るためだという。



私にも長崎の原爆記念館には忘れられない思い出がある。



中学生の頃、修学旅行で訪れたからである。



その詳細(しょうさい)は、ここでは書けない。



私の中に深くトラウマとして残っている出来事だ。


原爆投下に関して私の知っている事は、アメリカ側の弁明が、野蛮で好戦的な日本人との戦争を早く終らせるには、原爆しかなかった、とアメリカの小学校の教科書には載っていて、アメリカ人にとってはこれが日本への原爆投下に関しての常識的な見解である、という事である。


そこで、思い出すのは、渡部昇一氏の指摘である。

1945年8月6日の広島への原爆投下が「早く戦争を終らせるため」と言うなら、何故(なぜ)、三日後の8月9日に今度は長崎にも投下したのか、というものである。

広島への投下で、アメリカは日本側が急いで戦争を終らせようと動いていた事を知っていた、という。



それにもかかわらず、また三日後に長崎に投下した。



実は、この二つの原爆の種類が違う、というのである。



広島の原爆がウラニウム爆弾



長崎の原爆がプルトニウム爆弾である。



このことが意味する事は、アメリカは当時、二種類の原爆をつくっていた、その二つを日本に投下した、という事である。



それは、「広島でのウラニウム爆弾の威力は十分わかった、ではプルトニウム爆弾の威力はどうだろう」というアメリカの原爆製造計画(マンハッタン計画)に関わった研究者たちの態度が見え隠れする、といった内容だ。



これを受け、小室直樹氏は、1907年の「ハーグ陸戦条約」により「
住民に対する無差別殺戮(さつりく)」を明確に禁止していることを上げる。



これを盾(たて)にアメリカは、日本の「シナ事変」(1937年〜)での「重慶爆撃」を最も非難した。


(「重慶:じゅうけい」中国四川省東部、中国国民政府が戦時中移転した首都)



しかし、当時の「重慶」は軍事施設と民間施設とが入り組んでいた。



軍事施設に狙いを定めても、たまたま外れて民間施設に当たる事があった。



それをアメリカは、はげしく非難した。



しかし、アメリカは、日本が重慶を爆撃した爆弾とは比較にならないほどの威力を持つ「原爆」を広島、長崎に投下した。



しかも、広島、長崎には、さしたる軍事施設もなかった。



これこそが明白な戦争犯罪だ、と小室氏は主張する。



(「封印の昭和史」P210~ 小室直樹、渡部昇一:徳間書店1995年)




あ〜、覚えておいてよかった。(出典を探すのに1時間かかってしまった。)




あらゆる視点から現在、広島、長崎の原爆問題を探っている「大人」たちがいる。




私が、いつも、ふと思う事は、多くの人は、なぜ、様々な問題に関心を持たないのであろうか、という事である。




新聞紙上のエッセイなどにも時折、その関心の移り気の早さ、あるいは、ワイドショー的な目まぐるしさ、を指摘する者もいる。




また、自身の薄れていく関心の度合いを告白する者もいる。



私が、ひとつ気づく事は、これは、自由競争社会にある、どうすることもできないメディア自体の持つ
自爆的構造にあるのではないか、と思うのである。



簡単に言えば、誰かが真面目に勉強している、とする。



もし、そこに、彼の回りで、「遊びに行こうよ」と、誘惑する者がいる、としたら、当然、彼の集中力は落ちて行く事になる。



その誘惑がそれだけ人間の欲望そのものに密接に関係ある、としたらなおさらである。



彼は、とても勉強に集中してはいられない。



もちろん、勉強する事が何よりも好きだ、という風に育った後のノーベル賞候補者は別である。



しかし、一般には、こうした誘惑が勉強する事への集中度を低下させていくのは当然の成り行きである。



目の前に、食べ物を出されての絶食はたいへんつらい。



この事が、テレビというメディアでは、頻繁(ひんぱん)に起こっているのである。



例えば、どこかのチャンネルで、大変シリアスな問題を扱った特集番組が組まれたとする。



現在のアフガニスタン情勢、あるいはパキスタンの歴史、といったものでもよい。


何はおいても、こうした番組を最上とする者は除いて、一般の人間でも、もし、テレビをつけて見ると、その番組しかない、とすれば、何気なく見るしかないのではないだろうか。



その何気なく見ている「大衆」の中から、次第に「なるほどなあ」等と関心を持つ者も現れて来るのではないだろうか。



しかし、現在の自由競争社会においては、その番組に対抗する手段は、二つある。



「その番組よりもこちらの方が見る価値があります」という「
さらに上質型」という手段によるもの。



そして、もう一方が、先ほどの「誘惑」に値する、「そんな番組より、こっちへいらっしゃい」という戦法による「
誘惑型」の物である。



両方に共通して流れる主張は、「
その番組は見るに値しない」という戦略である。



そうした戦略がなければ、競争には生き残れない。



これは大変な事である。



自由な選択、という開けた社会ではない。



その番組は見るに値しないものである、という否定でメディア同志が存在しているのである。



これでは、大衆の嗜好(しこう)は分化する一方である。



バラエティ番組が好きな者。



報道番組が好きな者。



歌番組が好きな者。



お笑い番組が好きな者。



ドラマが好きな者



映画が好きな者。






互いに交わる接点が次第に無くなって行く。





昔は、それ以外見るものがなかったから見ていた、というものが意外に多かったのである。



少し、論を急げば、要するに誘惑型の「娯楽」をその日常の選択基準に多く持っている者ほど、シリアスな問題への興味も知識も関心も低い、と言えるのではないだろうか。



NHKの番組の「プロジェクトX」の人気も、深夜の再放送による事が大きい。



なぜなら、ケーブルテレビが入らない地域に住む私は、深夜から朝にかけては、NHK放送と米軍放送のみしかないのである。



NHKが適当に深夜流しているBGM的映像にしても私は意外に多くの音楽をそこで体験し、胸を熱くするのである。



お笑い番組に厳しい私は、そのほとんどが録画である。



録画でないとコマーシャルを飛ばせないから時間が短縮できない。



また、その選択もかなり厳選されている。



ここで、私が、言いたい事は、
自己の環境をかなり人工的に演出しないかぎり、人は様々な問題には関心を抱かない、という事である。



どうしてもシリアスな問題には関心が持てない、という者の中で、多少、その事に罪悪感を抱く者がいるとすれば、私のこの指摘を参考にするべきである。



私自身も、あまりにもそうしたシリアスな問題へは、無智で、関心がないという種族は、やっかいである。



人間の特権は「忘れる」にある。



「忘れる」からこそ明日へのエネルギーを得て、自己の新たな人生を切り開いていけるのである。



だからこそ、宗教においても様々な儀式や祈りの時間が日々存在し、中には戒律とまでしているものもあるのである。



人間は、ほっておくと「忘れる」からである。



それは、1日たりとも信用できない、のである。



忘れてよい事と忘れてよくない事が存在するのである。



私自身は、本当に忘れたい事は、いつでも目の前に提示する事にして来た。



思い出したくない、と抑圧していれば、その精神はいっこうに強くはなれないからである。



思い出すのもつらいのであるが、いつでもそれを見ている事で「風化」させてしまうのである。



この辺の作業は、極めて哲学的選択により判断するから微妙である。



1:忘れてはならないものを時折、反芻(はんすう)する。


2:本当に忘れたい事を毎日、目前に提示しておき「風化」させる。


3:そして、忘れた方がよい、どうでもよい事を本当に記憶から「消去」する。



この三つが、基本的に、人工的な環境の演出により実践して行く事ではないか、と思う。



その意味で、作家の井上ひさし氏の、広島、長崎の原爆で死んだ者の手記を時折読み返すという作業は「忘れない」ための儀式である。



儀式、祭司の多くは、祖先の偉功を「忘れさせない」ためである、という。



これが人間の「知恵」である。



したがい、現代に生きる者は、無抵抗に、その日常に身を置いて、ただただ、職場と自宅の往復のみを繰り返していると、その「他者否定」の競争社会の論理の中に、
一体、何が本当に大切なものであるか、という基準を無くしてしまう方向へしか向かわない。



そこへ怠惰(たいだ)な日常からくる「
傲慢(ごうまん)な発想源」から「正直」に告白する事が「善」だとする自己肯定の思想を得て、いとも簡単に「興味がない」と吐露(とろ)してしまうのである。



興味がない、という事を吐露する、という事は、状況により極めて非道な
人間社会共存の拒否を意味するものである。



時により、「興味がない」という事は克服せねばならない重要な課題ともなる。



何にでも言えるのである。



「そんな事は興味がねえんだよ」である。



しかし、従わねばならない「戒律」や「法律」があるように、「興味がないんだよ」では通らない
人間共存の掟(おきて)、というものが暗黙に存在している。




人間として認められ、人間として扱われ、人間として生きて行くための人間相互間の掟(おきて)である。




つまりこれは、
明日は我身にも降り懸かるであろう、という事を仮定しての基盤を持つ掟なのである。




わかりやすく言えば、
「興味がない」と言ってはいけないものがあるから、努力して「興味がある」ようになるよう日常の環境を演出しなさい、と言う事なのである。



その者の心の中に、興味を抱くほどの「知識」も「感情」の記憶も足りない、というだけの事なのである。



その「空白」を自分で努力して埋めて行かなくては、人間は共存できない、という事なのである。



それは常に、
興味がある人たちだけに背負わされ押しやられるべき問題ではない、という事である。



例えば、自分は、料理に興味がないから、という者がいるとしても、この場合は、誰か料理に興味がある人の所で食べればよい、と言える。



この場合は、さほど問題とならない。



双方が満足しているからである。



しかし、「あいつ病気でもうすぐ死んでしまうらしいぜ」



「へえ〜、でもあんまり興味が無い話だなあ」



これは、どうだろう。



この場合でもその親密度によって許される場合があろう。



実際、毎日、毎秒、どこかで、人は死んでいるわけであるから、全くの他人である者に対して、その事をいちいち気にしていては生きていけない。



しかし、隣の国で戦争が起こっているらしい、というのはどうであろう。



これが、あの、「
明日は我身」にふりかかる問題である事は明白である。



こんな場合に、「別に興味はねえなあ」と吐(は)く者がいたとしたらどうであろう。



「隣に強盗が入ってみんな殺されたらしいよ」



「興味がないなあ」



立て続けに、この「明日は我身」的な問題に「興味がない」と言う者がいたらどうだろう。



みんなで力を合わせれば何とかなるようだ、という事がわかったとする。



その時にも「興味がないねえ」とする者がいたらどうだろう。




彼は、人間社会で生きる事を放棄しているのである。



彼は、彼の事しか考えていないのである。



だから、彼の身にもし何かあった場合、我々は、堂々と、「興味がないねえ」と吐く事が許されるのである。




したがい、興味がない、と言う事は、時と場合によっては、「
私は、自分と家族の事しか興味がなく、他の人間がどうなろうと知った事ではないのです」という事を告白している事になる。



この事は責められるべき事として指摘しているのではない。



ただ、それを表明している、というだけである。



そのかわり、彼が死んでも、悲しむのはその家族だけであり、世間は、その死に対しても堂々と「興味がない」と言ってよい、という事である。



そこには何の罪悪感も持たなくてよい人間社会のメカニズムが働いているはずである。



ここで、このテーマに興味がない者のために、さっそく結論を導き出すとすれば、
「興味がない」と言う発言は、極めて思想的、哲学的、全人格的決断によってなされるべき重大な宣言である、という事である。


軽々しく、自己の気持ちから何の障害物もなくすべり落とすべき「言語」ではない、と言う事である。


それは、「人を殺して見たい」、という発言と同様に、極めて、重大な思考を経て後に発言すべきものであり、
その発言のみによって人は、その全人格を演出してみたり、あるいは、いさぎよく判断されてしかるべきである、という事を私は、ここに主張したいのである。



その十分な思考の後、我々は、「差別」「戦争」「腐敗」「汚職」「隠蔽」「汚染」「過失事故」「不幸」「惨殺」、等々、といった問題へとかかわって行くべきである。



あるいは、ひとつひとつその予期せぬ「当事者」となって行く運命が待っているのだと言える。



少なくとも、その無関心の「空白」に、何かしらの「知識」と「感情」を放り込む日常の「努力」をして見るべきではないだろうか。




少なくとも、何かしらの興味を維持している人間は、常にそうした努力を日常の中に組み入れている、という事は言えるのである。







 2001年10月17日(水)



追記:


わかりづらいでしょうか?


まあ、しかし、この問題も一つの「罪」だと思うわけですよ。


場合によってはですけど。


みんな努力して感受性を磨いているんですよ。


どんな問題を提起しても「興味がない」の一言ですから。


娯楽の「選択」をもっと「限定」しなくては、いつまでもシリアスな問題への興味は広がらないですよ。


ちょっとバランスが悪すぎですよ。


この意味で日本は「戒律」が必要ですね。


左脳ばかりの「知識」だけの興味では続きません。


「右脳」による感情の記憶の蓄積(ちくせき)が一番重要です。



念のため言っておきますが、ボランティア活動、あれは、個人の自由ですから。個人の「生きがい」に属するものですから。「興味」とは関係ないですから。


まだ、アメリカ.テロ事件の話しをしているわけです。


ついでに途中でちょっとふれたわけです。


「沖縄問題」も似たようなものです。


みんな興味がない、と言ってますから。


県民の中にもね。



今回は、深夜のNHKテレビで見た、作家、井上ひさし氏の「被爆者」への執念に圧倒されたんです。


漫画家、小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言:差別論スペシャル」(幻冬舎文庫)も同様です。


世の中は、何も終ってないんですねえ。


勝手にその存在を自分の中で消滅させているいるだけなんですねえ。


興味がないって言って。



------
天に星あり、地に花あり、人に心あり--- 


(「竜馬がゆく」司馬遼太郎より)


みんな「偽善」と闘っているんですね。


自分の中のね。



 2001年10月17日(水)、午前5時50分


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       6:個人と集団「2001年10月20日(土)」



ちょっと先へ進む前に、この事にも触れておこう、と思う。


私が普通の人から見ると大変過激な言語や皮肉を言っている、と思われているらしい事にである。


私の住む世界では、別にこれらの言葉は、大して過激でも何でもない。



実際、同じ言語を共有する世界の住人の中には、私は、「常識的な」言語を使っている、という。


過激な言語には、まだまだ至っていない。




私が、何よりも不可思議な事は、こうしたテロの問題にしろ、他の何らかの社会問題にしろ、いったんその問題に言及した場合は、必ずその人なりの「解決への糸口」を提示しなくては一体、何のための作業だろう、と思うのである。


その回答が、「こうした事は実にけしからんのである。もっと政治家はしっかりせねばならないのであ〜る」式の「落ち」では、結局の所、我々はどうすればよいのだろう、という不完全な「知識」を得る事になる。



それでは、昔の「時事漫談」の類である。



しかし、我々、一般大衆としての一個人にできる事の大方は、無力で悲痛な「叫び」だけである。



ある者は、様々なしがらみから、元凶を批判できない立場にいたりする。



そもそもの元凶は、簡単である。



何も考えず、様々なしがらみから選挙で投票してしまうからである。



自分の経済基盤を揺るがす事になる党派の支持などするわけがない。


すべては、これがその元凶である。


しかし、これはどうする事もできない社会と政治のしくみである。



どうする事もできない、と言ったが、本当にどうする事もできない。



政治が経済と分離でもしないかぎりそれぞれが自己の経済の基盤を揺るがす主張の党派など支持するわけがない。


政経分離」である。



それは何も、政治と宗教を「政教分離」させる事だけが理想とするものではない。



しかし、そもそも政治と経済を分離させる「思想」なんてのは、ありえないし、それこそ新しい世紀の大発明である。



「武器」を作っている会社に属する者が、「戦争反対」を支持するわけがない。



土木業に従事する者が、「環境破壊(はかい)」に怒り心頭する事はない。

(私の家の家業であった)



これは人間生活の根本的問題である。



反対を訴えるなら、それに変わる具体的な「職業」を編み出してしてから言え。



でなきゃ、何だって反対できる。



それに、己(おのれ)は、「何でも反対業」で食っているだけではないか。



そんな都合のよい「正義業」があるか。




有名な例え話しに「泣き虫婆さん」というものがある。



婆さんには二人の子供がいた。



長男は、下駄(げた)屋、次男は傘(かさ)屋である。



雨が降ると、長男の下駄が売れない、と言って泣き、晴れると次男の傘が売れないと言って泣く、といった話しだ。



けっして、その逆の、雨が降っては次男の傘が売れると言って喜び、晴れると長男の下駄が売れると言って喜びはしない。



これの一方が他人であった、とした構造が現代社会なのである。



すると婆さんは、一方の天気だけを「憎む」事になる。



この事に対する小学2年生の頃見た教育テレビ番組「カンちゃんペロちゃん」(なつかしい!)では、雨が降って喜ぶ人たちを紹介していた。



主に農家である。




ところが、世の中は、そう簡単には行かない。



それは、ある条件の元に「営利」を得る人間側がそれぞれ「固定」されているからである。



互いが、「他人同志」「他の地域」「他の国」であるからである。



自分が貧しいという事で他方の発展を怨み、豊かだと言う事で他方を蔑(さげす)む、のが普通である。



これが普通である。



そんな事はない、と言って来るのは大概、まだ世の中の状況も知らない「若い人たち」である。


今の時代は、黄色人種に対する差別など特殊な例でしかない、と信じ込んでいる者たちである。



マクドナルドのハンバーガーも大好きだし、と育った者たちである。



自分の知っている「外人」は、いい人ばかりである、だとか、大概がそんな調子である。



いい人かどうかは、その国の言語を駆使して話して見ないとわからない。



他国の言語を使用しながらお客様である国へやって来て傍若無人(ぼうじゃくぶじん)に振舞う者などめったにいるものではない。


いたとしたらそれは、犯罪組織に属する者である。



特に、音楽の世界では、「外人=外から来た者」であれば自国の者よりは誰でもよい、とする者がいる。(その逆もいる。どっちも極端である)



沖縄の場合であれば「本土から来たミュージシャン」なら一流三流の区別もつかない「判別能力」をもって、誰でも有名であれば地元ミュージシャンよりはすばらしい、と信奉している関係者たちである。(地元であれ一流三流はある)



共通しているのはその中の誰も沖縄の地を離れて「越境(えっきょう)」(他の地域へ住む)した経験がない、という者ばかりである。観光がてらに本土へは行った事がある、とするくらいである。



それでは、本物も偽物の区別もつかない、単なる都会指向の田舎(いなか)根性である。



観光がてらに訪れた者にその本性を見せる土地の者はいない。



人あたりのよい詐欺師タイプなど、自国の言語にしかなじみのない者にはそう簡単に見抜けるものではない。



、、、というような事を言ったからと「外人」がすべて悪い、と言っているのではない。



ただ、一般的に我々は「外からの者」に甘い、という事は言える。



日本には、自国の者には失礼な態度も平気なミュージシャンが、「外人」となると、例えそれが十台の若者であってもいたれりつくせりの終始愛想笑い、という「巨匠(きょしょう)」たちはごまんといる。



何をしても喝破(かっぱ)するほどの他国の言語を持たないから笑うしかない。



よくもまあ、使い分けるものである。(いわゆる「TWO FACE(裏表)」族である)



一方は無視、一方は、破顔一笑(はがんいっしょう)。




共通しているのは、日本語しか使えない、という「国際人」気取りの者である。


使えないなら使えないでも「外交」は可能である。




しかし、今回、私が、指摘したいのは、こういう事ではない。




(またしても、「権威」から嫌われたであろう。しかし、もうこういう態度は、終りにしてもらいたい。どうせ一生、世界的になるわけないんだから。自国の無名ミュージシャンであってももっと真摯(しんし)な態度で接してはどうか)



昔、私が幼い頃、「アメリカ人は集団になると悪いけど、個人個人はいい人が多い」と聞かされて来た事である。



これは当時も今も沖縄の常識である。



実際、それは、事実とも言える。



犯罪を犯す者は、どこでも同じである。



基本的には、こうした事は、どの国の人間にも言える事だ。



あのナチスのユダヤ人収容所の最後に、ユダヤ人の処刑を上官から命じられた兵士たちから、「オレたちが銃を撃つ真似をするから全員、どこにでも逃げなさい」と囁(ささや)かれて一目散に逃げ、生き残り、何十年も経てその事を証言した老人もいる。



沖縄戦では、多くの住人が米兵によって救出された話しもある。



戦時中、小学5年生くらいであった私の母も収容先で、姉がハブにかまれ、とんで来た兵士に「キノー?」「キョー?」「キノー?」「キョー?」(「昨日?」「今日?」)としきりに尋ねられた思い出を時折語る事がある。



もう何十年も聞かされ続けた話しである。



「鬼畜(きちく)米英」等と語った事は一度もない。




ここで念を押しておきたい事は、人間は、個人のもつ個性と集団になった時にその集団自体が放つ「集団性」というものがまったく別個に存在している、というあたりまえの指摘である。



それは、最早、個人個人の放つ「個性」を合算(がっさん)しただけのものではない、という事である。



あるのは忠実に「任務」を遂行(すいこう)する各々(おのおの)の手段があるに過ぎない。



もともとの「悪人」であれば、その任務に忠実でなくとも「悪人」である。


しかし、例え「善人」であったとしても、「任務遂行」の前には、その善人性がなせるがための「正義」への黙々とした献身(けんしん)だけである。



彼は、真面目に一方の「正義」だけを貫き通したのである。



それしか取るべき道はなかったのである。



雨が降る度(たび)に、一人息子の「下駄屋」を持つ婆さんのように「雨の日」を憎んだのである。



一方、他国では、「傘屋」の一人息子を持つ婆さんのように「晴れの日」を憎んだのである。



我々は、本気で物事を考え抜かなくてはいけないのである。



どうする事ができなくても個人による何の解決もみない受け売り論を極めて短期間にすばやく「暗唱」して見せる事により、「関心」の度合いをひけらかしてみても問題は何も終らないのである。



過激な言語であろうがなかろうが、
それが確かに問題解決の微々(びび)たる突破口(とっぱこう)となるのなら、それは正しい言語の使い方である。



何万という「知識」を所有し披露して見せても、それが、一個人の日常に何の変化、改革の影響も与えないとしたら、それは、「無智」と同様である。



学んだ者と、学ばない者の日常に何の相違も見出せないとしたらそれは何の価値もない「知識」ではないか。




「あの娘、あそこの家に監禁されていたらしいぜ」



「ああ、10年も前からオレたちは、知ってたけどね、あそこにいるなって、今頃、知っても遅いよ、頭悪いねえ。」




「おまえらって一体、何なの?」





2001年10月20日(土)


追記:



見てるだけなんですよ。


ただじっと見てるだけなんですね。


選挙が終った僕らにできる事は。


何かあった時、自分だけ逃げられたら、こんな事、誰も世の中に向けて書いたりしないですよ。


関心がある者、ない者、考える者、何も考えない者、そんな、誰とでも一緒の運命を共有する、ってのがうんざり。


これでは、「思考する」だけバカ、と言われる。


しかし、できる事は、思考する事だけですね。


それじゃあ、少なくとも、あいつとあいつとあいつらと一緒の人生は嫌だな、、、。


とにかく、近所の人間と国家を一緒にしないで物事は判断してくれなきゃ何も始まらない。



私は、目の前の人間には嫌いな奴多いのですが、人類愛って奴は少し残っているとは思います。


逆なんかにゃあ一生ならないですよ、



「戦争の原因」なんてのが受験なんかに出たりしたら本当、怒りますよ。



そんな「知識」を所有した受験生なんて社会に出ても何の役にも立ちませんからね。



「、、、したがい自衛隊派遣(はけん)は、実にけしからん事であ〜る」




なんだあ?、誰に向かって言っているんだあ?。


ま、まさか、オレにじゃないだろうな!


だから、どうせっちゅうんだ!


超有名人でもどうしょーもないっつーのに。



オレは、かなりの無名人だぞ!



まさか!「テロしろ!」って言ってんじゃないだろーなあ、おい。



2001年10月20日(土)午前6時30分



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