友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか?ジャズから見る文化論
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2003年、3月19日午後10時15分(日本時間20日、午後零時15分)、ついに、米英のイラク攻撃が始まった。
理由は、色々、次から次へと追加されていて、まるで、記憶力ゲームをやっているようで、よく覚え切れない。
先週の地元の新聞で(新聞を全紙取る経済的余裕がないので資料がない。どちらに良質な記事が出るか特定できないため、、、。)、ダグラス.ラミス氏の指摘に納得した。
アメリカは、北朝鮮に対しては、北朝鮮が、確実に、核を保有しているために、「話合い」を続ける、と言っている。しかし、イラクの場合は、「危険な細菌兵器を保有しているはずで、、絶対にあやしい」としているのに、「空爆」する、、と言っている、とある。
なるほど、核を持てば、話し合いが続けられるわけか。しかし、一方で、イラクは、、絶対にあやしい、、としているにもかかわらず、平気で空爆をする、、というわけだ。
確実に刃物を持っている相手に対しては、「まあ、まあ、落ち着いて、落ち着いて、、話合いをしようじゃないか」と歩み寄り、その一方で、あいつは、刃物を持っているはずなんだ、と言って、殴りかかるって論法だ。
意味不明、、、ではあるが、世の中には、意味など通さなくてもよい人種は、たくさんいる。彼等は、何をするにも「自由」であるわけだ。
相手を殺して後、その理由が、「気に入らなかった」、という者もいる。
唖然とする理由ではあるが、彼には、「理由」を考え出す、「知能」がないだけである。
しかし、彼に足りないのは、実際は「知能」ではない。
その行為の正当性を訴えるための「理由」を考えてくれるブレーン(参謀陣)がいないだけである。
なぜなら、彼は、所詮、その事を「反省」するつもりは、さらさらないどころか、まだまだ、人を殺し足りない気質、、であるからだ。
いじめっ子も、いじめられっ子に、いちいちまともな理由など用意して、「いじめて」いるわけではない。後から適当に、理由は考えだせばいい。
唯一、はっきりしているのが、フセイン政権打倒、というその「目的」である。
アメリカ国民もその支持派と反対派に2分されている。
支持派の意見に、注意して耳を傾けていると、ある大前提からすべての主張が始まっている事がわかる。
フセインは、危険な細菌兵器をいつか、自分たちに向けて使うだろう、、というものだ。
したがい、支持者に対しては、この一点だけを問題にすればいい事がわかる。
これを崩せなくては、どんな議論も不毛となる。彼等は、この前提に乗ってすべての発言をしているからだ。
一方、反対派にとっては、この問題は、さほど重要ではないらしく、何よりも、無辜(むこ)の民が犠牲になる事は、赦されない、、としている。
これでは、議論が噛み合うわけがない。
年寄りは、総じて、この、「フセイン危険説」を大前提として信じ込まされているから、「やられる前にやれ!」である。
「オレたちは、平和を唱えるだけの臆病者じゃねぇぞ!」「そうよ、そうよ、やっちゃいなさい!ジョージって素敵!」、、というのが、同胞を開拓するための殺し文句となっている。
特に、アメリカは、「筋肉バカ」ブームでもある。筋肉バカ.ブームではあるが、レストランは、食い放題ブームであるから、総じて肥満も多い、という、常に矛盾した社会でもある。
理不尽な、いじめっ子にとって、一番の脅威は、彼等に仕返しをしようと企んでいる、いじめられっ子集団の長(おさ)の動向である。
誰もいじめた事がない者にとっては、別世界の住人たちの「抗争」である。
やくざの抗争が始まったから、と言って、まさか、自分がコンクリート詰めになって海に沈められる、、と普通の人は、思わない。
せいぜい、「や(嫌)〜ねぇ〜」と、ゴミ出しついでにヒソヒソと会話する程度であろう。
それなのに、わざわざ、「オレも男だ。その抗争に関わろう」と言う男がいるとしたら、彼は、一体、何を考えているのだろう。
しかも、彼本人が、抗争に関わるわけではなく、彼の替わりに、これまで、無償で「メシ」を食わせて来た、とする「鉄砲玉(自衛隊)」集団を送り込む、、という「プラン(計画)」である。
彼は、この国で一番、安全な場所で暮しているのである。
死ぬ直前まで、大好きな「プレスリー(註:エルビス.プレスリー、ロカビリー歌手)」を聴いて過ごせる場所である。
失業者の事をおもんぱかって、毎日、イモでも食っているか、と思えば、そうでもない。(粗食は、健康に良い!)
彼の生い立ちには、武人であった、運動をしていた、、という記録は、一切、「ない!」にも関わらず、彼は、硬派を気取った言動を好む。
テレビを見ていると、近代の「戦争」は、まるで、コンビニの店員の「夜勤(やきん)」のようである。
「オレさあ、明日さあ、夜の勤務なんだよねぇ、SHIT!」
しかし、なぜか、夜空に輝く、爆撃は、それが、爆撃である、と言ってくれなければ、思わず、「まあ、きれい!」と言ってしまいそうである。
何事も遠目に見る「抗争」は、こんな感じだろう。
こうした視覚的映像は、時折、人間の反感を緩和するであろうから、未来の戦争は、もっともっと視覚的にも演出して行くかもしれない。
人は、もっともっと残虐に殺して見せなくては、反対者も減ろう、、というものだ。
ボタン一つで決める、華麗な殺人は、兵士にとっても、何かと実感が湧かない事だろう。
明日は、「夜勤」だけど、、まあ、仕事だから、、、、。
色んな「仕事」が、人間界には、あるもんだ。
思わず、GOOD JOB!、、、と言ってしまいそうである。
イラク空爆開始直後にブッシュ大統領がテレビ演説した際、何かの手違いで、演説、数分前からその映像がテレビで流れたそうだ。
メイキャップ係りが、念入りに、ブッシュの髪をブラッシングしている間、当のブッシュは、何度も口をパクパクさせている。(音声は届いていない状態だった、という)。どうやら演説する原稿読みの練習をしているらしい、と、しばらくして了解した、という。どんな時でも彼にとっては、見映えが何よりなんだろう、と目撃者は、結んでいる。
今日は、この辺で。
35:ゲームの醍醐味(だいごみ)、対立する平和論:「2003年3月25日(火)」
実に、奇妙な光景がテレビに二つ、写し出された。
まずは、墜落したアメリカの爆撃機からパラシュートで脱出し、川に転落したとされる、アメリカ兵2名をイラク兵士が機関銃を川に向け乱射し、捜索しているのだが、その光景を、大勢の民間人が、まるで、あのアザラシの「タマちゃん」でも見るかのように見物しているのだ。
日常的風景と化している。
一方、シーンは変って、イラクの捕虜となったアメリカ兵士が、イラク国営テレビのインタビューに答えているのである。テレビには、3人の男性兵士と一人の女性兵士が写っている。
兵士たちは、名前や年齢、アメリカの出身地などを聞かれ、丁寧に答えている。一人の男性兵士は、31才で、女性兵士や他の男性兵士は、20代。(現時点では、捕虜は、女性兵士を含め5人、とある。)
命令を受けてやっただけだ、とインタビューに答えている。自分は、技師で、撃たれたら撃ち返せ、と言われてはいたが、自分は、撃ちたくない、とコメントしていた。
恐怖に怯えた表情ではない。まるで、夢から冷めた、寝起きのように、ポッカ〜ンとした表情である。
イラク国営テレビのインタビューヤーも紳士にアメリカの兵士に質問している。
アメリカは、この映像を他国へ繰り返し流している、中東のカタールの衛星テレビ、アルジャジーラ、と言うテレビ局に対して、ジュネーブ条約違反だ、と厳重注意している。
人質の問題を取り決めた国際法なんだろう。(戦時下の4つの取り決めからなる、という。2003年3月現在、109ヶ国が署名している条約。省略)
また、ブッシュ大統領も、ジュネーブ条約(1949年)を守ってくれよ、とイラク政府に向けて「挨拶」している。
当のイラク政府は、我々は、ジュネーブ条約以前から人質は人道的に扱っている、とコメントした。(1956年にイラクは条約に署名)
こ、、、これは、、、なんというやりとりだろう!
フセインよ!そちらに、こちらの捕虜がいるらしいが、よろしく頼むよ。
こっちだって、おまえん所の捕虜をちゃんと扱ってるからな。
、、と言っているのである。
な、な、なんだ、この、互いの国のテレビを通じてのコメントのやりとりは!
こ、、、これが、近代の「戦争」というものか!
テレビ電話として、互いが、会話しているのだ。
そのやりとりを、全世界が、「見物」しているのだ。
そちらに、私の「部下」がいるらしいが、あんまり「いじめる」なよ、とテレビを通じてコメントしているのだ。
そして、捕虜となったアメリカの兵士は、まるで、催眠術が溶けたピノキオのように、「ああ、あれは上からの命令で、仕事としてやってたんだよ」と、語っているのだ。
なるほど、たまたま「攻撃」に参加したのであって、兵士でなければ、空爆の3日前くらいまでは、母親でも連れて、「おっかさん、これがイラクだよ」、、とイラク観光でもしていたかもしれなかったからな、と納得。
なんだろう、このゲームは?
そうなんだ。
このゲームは、国家のトップ同志が、国民という「歩兵(ほへい)」を利用して、誰が一番か、、の決定戦をやっているのだ。
この「ゲーム」は、基本的に、トップ集団と、その持ち駒としての「歩兵」が存在すれば、成立するわけだ。
それが、民主主義であれ、共産主義であれ、独裁政権であれ、とにかくも、「親分」と、その命令に従ってくれる、命知らずな「歩兵集団」を持つ者に限る、、、というのが、この「戦争ゲーム」への十分な参加資格条件であるわけだ。
だから、この参加資格条件を満たすのに、本来、どんな「政治形態」を取ってもかまいやしないのだ。
民主主義、、であれば、トップになるためには、あれやこれやの不正な選挙手段を活用すればいいし、共産主義、、、であれば、まあ、これまた、似たような、手段で、なるべく、味方となるべき人物を要職に就かせて、お互いの利益を得ればよい。独裁政権なら、逆らえば、殺す、、と国民に恐怖を与えて、従わせばよい。
なるほど、あらゆる戦術を駆使して、その国の「トップ」に君臨した後、(ブッシュは、どうやって大統領選挙を勝ち抜いたか?、、、。)、お互いが、命も惜しまない「歩兵」がいれば、それを戦わせて、勝敗を決めるという事では、どんな国家も参加できる「ゲーム」というわけか。
これが、一国の「トップ」になった者でしか味わえない「戦争ゲーム」の醍醐味なんだろう。
「歩兵」となった者には、さっぱりわからない「トップ」ならではの「ゲーム」の楽しみである。
しかし、また、「歩兵」の作り方にも色んな「方法」があるはずだ。その国の「政治形態」に依って。
アメリカ式民主主義社会でなら、まず、無学で、貧乏な者、または、失業者、あるいは、それらを「統治(とうち)」してみたい、というエリート指向な者。稀に異常な、愛国者、、、否、、、これは「右翼」となるか、、、、。
しかし、この場合、アメリカは、無学で、貧乏な者を作り出す「経済社会システム」を維持していなくてはいけない。
けっして、「改善」してはいけない。
「改善」してしまっては、「歩兵」が製造できない。
歩兵が製造できない、国家は、この「戦争ゲーム」に参加する資格が得られない。
だから、「不況」と「教育の崩壊」は、国家に取っては、「歩兵作り」のチャンスである。
このチャンスを利用して国家は、他国へ侵略して、そこで何らかの利権を得て、強化されるって筋書きだ。
共産主義なら、、、、まあ、これは、国民の「義務」とすればいい。
独裁政権なら、、、これに「理由」はいらない。まあ、誰でも無理矢理、従わせばいい、、、ってわけだ。
これは、何か、「ギャンブル」に似ている。
どんな手段で金を持参して来ようが、一切、問わない。要は、ギャンブルに参加して、その「金(かね)」を賭けてくれれば、いいのだ、、とする世界だ。
この場合、「金」は、「歩兵」と同様な価値である。
貴重でもあるし、そうでもない。だから、ギャンブルは成立する。
ギャンブルの参加条件は、「金を持っている事」、、であるからだ。
戦争は、「兵を持っている事」、、である。
ギャンブルに勝つための資金作り、として、国家は、何かと国民から金を巻き上げる。
つまり整理すると、「戦争ゲーム」への参加条件は、「歩兵」を多く持っている事。どんな手段で国家のトップが、「歩兵」を従わせているか、は、どうでもよい。「歩兵」は、「歩兵」である。
無理矢理、強制的に従わせるか(北朝鮮式教育)、でなければ、幼少の頃から地道に、義務教育で「洗脳」し、成人してから、これは、私の自発的な「意志」です、、と、いつか、自分から進んで言うようにし向けるか、、、。(アメリカ式自由教育)
いずれにしても、「歩兵」が生まれればよい。
ギャンブルの場合は、その参加条件は、どんな手段でお金を手に入れてこようがかまわないが、とにかく「お金を持っている人」、、というわけだ。
サラ金でもなんでもいいから、まず、お金を持って来い!、、が条件だ。
あれ?、、、この論理は、資本主義経済社会の論理ではないか!
目的のためには、「手段」を選ばない、、という戦法だ。
あの、クリント.イーストウッド主演の、かつての人気シリーズのアメリカ映画、「ダーティーハリー」に代表される、暴力刑事である。
白状させるためには、どんな手段でも使う刑事だ。
実に、端で見ている限りは、「痛快」な捜査方法で、気分がスッキリするわけである。
もちろん、私とは「無関係」であるから、気持ちが良いわけだ。
これが、自分に適用されたらたまったものではない。
また、まさか、こんな刑事は、いないだろう、という空想上のものであるから、「娯楽」としても「痛快」なわけだ。
それに、いじめられる側の設定の大前提として、いじめられる奴は、本当は、「悪党」である、、という事を視聴者にも納得できるように設置している。
だから、多少、非合法にいじめても、視聴者は「ざまーみろ!」と思えるのである。(本当か?)
したがい、この「目的のためには手段を選ばない」という戦略は、相手が、「悪党である」という設定をまずしなければ、見ていて「痛快」ではない。
この根本に流れる、「目的のためには手段を選ばぬ」戦法が、資本主義社会では、膨大な利益を得る事になる、というわけだ。
お客さん、とにかく、お金持って来てから購入してよ。お金さえし支払えば、欲しいものは、何でも「売ってやるから」、、、。
まあ、どんな手段で金を作って来てもかまいやしませんがね、、、。
なんなら、うちは、金融業もやってるから貸してやってもいいですよ、、、金利は、トイチね。10日で1割の利子でね、、、という口上(こうじょう)だ。
まあ、現在の社会では、みんな食うにやっとだから、以下のような会話がもう交わされる事はないだろう。例え、小学生とはいえ、「敬語」で応対するべき大切な「お客様」であるわけだ。
(ファースト.フード店にのさばるガキ連合を見よ。マンガ喫茶に小学生が保護者なしで、入り浸っているわい!中学生ともなれば、喫煙中だ!)
「おい!坊主(ぼうず)、どこから、この金を得た!おじさんは、怒らないから、正直に言ってみな!」
「ごめんなさい、おじちゃん。おいら、この金、盗んだんだ。」
「そうか、そうか、よくぞ、正直に言ってくれた。盗まれた人も、さぞ困っているだろうから、こっそり返して来い、いいな。返して来たら、おじちゃんが、もっといいものを褒美でやろう。(ゲンコツと蹴り一発)」
「うん!おじちゃん。おいら、ちゃんと返して来るよ。だから、ちゃんと御褒美をくれよ!」
「ああ、おじちゃんは、嘘は、つかない。ついても、認めないから大丈夫だ。」
(以下省略)
現在、イラク攻撃支持は、アメリカ国民の70パーセントにまで上昇している、とされる。(反対デモは、アメリカ国内で、12,3万人、、とも言っている。)
アメリカでは、元々、イラク攻撃反対、、という立ち場の者でも、「攻撃したら、細菌テロに遭い、危険だから、、」という見解だ。
これは、「フセインは、危険人物」として、「やられる前にやれ!」と、攻撃を支持している者と、基本的には、全く同じ前提に立っている。
アメリカ以外の国に多い、ひたすら、「無辜(むこ)の民を犠牲にしてはいけない」、という前提に立っている戦争反対者とは、ちょっと似て非なる「イラク攻撃反対者連合」である。
こうした、攻撃支持者と同じ「前提」に立つ攻撃反対者が、戦況が激化するに従い、「どんな形であれ、今、前線で、お国のために戦う兵士のために、反対の支持をする事は、国民として許されない、、、」とし、反対論者から支持者へと「転向」していく傾向もあるだろう。
つまり、「目的のために手段を選ばない映画」をたっぷり見て「正義」を学習して来たアメリカ国民や、イラク攻撃支持者、反対者は、今の所、以下にまとめられるようだ。
攻撃支持派:
1:フセインは、悪党。いつかアメリカは、彼が支援するテロに遭うため、やられる前にやれ、、という一派。
2:今、現在、アメリカのために戦っている兵士に対し、戦争反対を唱える事は、国民として許されない、、とテレビで放映されるアメリカ兵士を見つつ考え直す、、一派。(以前は、フセインは、確かに「悪」だが、報復は、報復しか生まない、、と反対していた一派。)
3:「アメリカ帝国」を築く第一歩。楯突く者は、何かのきっかけをつかみ、抹殺せよ!(マフィアから学ぶ因縁付け方式活用、、一派)
4:北朝鮮の脅威があるから、アメリカの軍事決定には、常に逆らえない。背に腹はかえられぬ、、一派
(日本、韓国など:韓国は、徴兵制を敷いているが、北朝鮮は、常に恐怖の対象でもある。であれば、日本は、どこまで軍事国家となればよいか。徴兵制は、当たり前として。しかし、この場合、選挙に行かなかった若者を優先してほしい。彼等は、どっちでも、よいはずだからだ。)
5:とりあえず、今は、支持した方がよさそうだ、、という日和見(ひよりみ)一派。
攻撃反対派:
1:どんな場合であれ、無辜(むこ)の民を犠牲にしてはいけない、という一派。
(これは、アフガニスタン空爆の際も生じた主張だったが、結局、無視された。基本的に、この手の主張はロシア同様、大国は、受け入れないが、毎回、当事国でない、他国の民の間で起こる主張でもある。アフガニスタン問題で、これを主張していた政治家も、今回は、空爆支持派に回っていて、この手の「人類不滅の、一切の議論無用の主張」をした事は、忘れている。都合の良い時だけ利用される主張の一つ。)
2:フセインは、確かに悪ではあるが、イラク空爆は、テロをさらに増加させるので、反対、という一派。
3:アメリカ、イギリスは、自業自得。エゴ丸出し。勝手に他国の石油利権を手に入れようとする、その根性が赦せない、という一派。(どうせ、利権は、我国に入る、、という裏工作国家)
4:戦争体験者、特に、空爆による悲劇を十分知っている、、という高齢者の一派(東京空襲、沖縄戦、アメリカ退役軍人一派など)。犠牲になるのは、常に、女性と子供である、という。
5:とりあえず、今は、支持した方がよさそうだ、という、またまた出ました、日和見(ひよりみ)一派。(何かあれば、すぐにホームページ上に「赤十字」のバナーを貼る連中だ。手っ取り早い「正義」である。事後処理の機関が、暗黙の「反戦の表明」とはならない。)
今日も、この辺で。
忙しい日々が続いて、なかなか、まとまった時間が取れない。
サイトをやっていると、様々な批判に晒される。
阿呆、バカ、、に始まり、ああいう奴、いじめてみたいね、、だとか、所詮、南の方の貧乏県の頭悪い阿呆、パラサイトして暮している奴、だとか、東京でやる自信がねぇんじゃないの、、だとか、、ド下手ギタリスト!、、、上手い奴は、サイトなんか更新するよりも練習しているよ、、とか、、あの独善的な意見は、阿呆ならではだ!、、、等々、、、、から、とにかく「こいつ、バカなんだよ」、、とその批判には、際限がない。こうした事が「ジャズ」というものに集まる人間集団の嗜好であるらしい。
もちろん、匿名連合が集まり、対象となった者をマナ板に上げ、「口撃(こうげき)」するわけだ。
なるほど、これは、自分の事か、、と読んでいる内、ああ、これが、日本の教育の結果なんだな、と了解する。
そうした批判溢れる中から、何かを感じ、習って見よう、と勇気ある行動に出る、わずかな者もいる。
どんな事でもそうだが、何かを得るためには、何百という嫌な体験をする。会社で「営業」でも担当している者なら、そうした現状を日々体験しているだろう。
私自身は、100の嫌な事に関わって、得るのは、一つあればいい方である。
何年か前、教室の生徒募集のチラシを5千枚用意し、これを毎日、朝から晩まで、団地、マンションを中心に、一軒、一軒の民家のポストに1週間がかりで、配った事がある。
それと並行して、あちこちに生徒募集のチラシを、まるで選挙のポスターでも貼るかのように、ベニヤ板をチラシサイズにカットしてもらい、雨風に耐えられるように、300枚ほど、ビニール付きで、あまり目立たない電柱や、金網やらに、番線で巻付けた事がある。
結果は、どうであったか?
もちろん、新しい生徒獲得は、ゼロ。
これが、1週間の荒行の結果、、である。
何かを得ようと思ったら、それくらいの事では到底、手に入らない。
それにしても、長年の「教育」のおかげで、知性を持った、ハイエナ科に属する人種が大量に製造された。彼等をいちいちかき分けなければ、まっすぐに、道も歩けない。
心理学系のメールマガジンで、ある実験の報告が紹介されていた。
のろのろ走る前方の車に、クラクションを鳴らし威圧する人種は、前方の車の内部が、見えない場合が多いか、はたまた、内部とその運転手の姿が見える場合が多いか、、という実験だ。
結果は、前方の車の内部が「見えない時」だ、、という。
なんでも、、、前方の車をどんな奴が運転しているかわからないような状況では、人は、「相手が見えない、、という事は、こちらも見えないだろう、、」と判断し、安心して、前方の車にクラクションを鳴らし、威圧する行動に出る、、という。
意外な結果だ。
相手がどんな奴か、とわからないにもかかわらず、クラクションを鳴らし威圧する、というのだ。このケースが非常に多い、という。
怖いもの知らずだなあ、、とは思う。何人乗っているか、、相手は、「ヤ**」系で、あるか、もわからない、、にもかかわらずだ。
そのメールマガジンでは、こうした実験結果から、インターネット上で、匿名の過激な「口撃合戦 (註:私の造語)」に参加しているタイプは、こうした人種であるかも、、としている。
過激な内容を書いて口撃に勤しむ「ハイエナ科」の人種が、人前にその姿を現せば、、案外に、何の意見も言わない、正反対のおとなしいタイプが現れる、、と言っている。
なるほど。
夜な夜な、口撃に勤しむ癖がついたら、そのままストーカーにも「昇格」するかもしれない。
翌日は、平然と、日々の活動にもどる、というわけだ。
しかも、自分を客観視する能力が異常に劣っていないとなかなかできることではない。
「幸い、不幸にも」?、このサイトの文字があまりにも膨大で、1,2行読めば、十分で、それ以上は、バカにつきあってられない!、、とハイエナ科の人種は、異口同音にコメントしている。
所々を、何か、言い包めてやろう、、という目で、探索し、望みの1,2行に出くわすと、まるで、鬼の首でも取ったかのように、マナ板に上げ、やっぱりハイエナが群れるように、その部分を「餌食」とし、全員であざ笑う、、というのが、そもそものパターンである。
これもすべて近年の、日本の教育の賜物である。
仕事上では、全く発揮できない「知性人」が溢れた、と言う事だろう。
仕事上で、発揮できていれば、そんな無駄なエネルギーを夜な夜な浪費する事もない。
こうしたことが、「現代日本」の状況であっても、救いはある。
ハイエナ集団が、口撃対象を見つけ、しばしの間、その興味を示して「餌食」としている事で、その対象を知り、ひたすら傍観していて、彼等の興味が失せた後、対象に直接接近し、言葉をかけて来て生徒になってくれるのであるからまったく不毛というわけでもない。勝手に広告してくれているのだ。あまり良い広告の仕方ではないが、押し寄せる広告メールを見ても、こういう事は、中々避けられない。
キチガイに刃物、、とは言うが、近年は、キチガイに、インターネットだ、とも言える。
実に、つまらん、人生の過ごし方ではあるが、どうしてもそうした日々でなければ、生きていられないのだろう。
そんな暇があるなら、出会い系サイトにでもかかわって、その悲惨な体験談を世の中に紹介してほしいものだ、と思う。
私は、これが、商売の一環でもあるから、やってるわけだ。
私に、かかわった者を、「商売」として、確実に「進化」させたい、、と熱心に、請け負っているだけである。
戦時下だからと、「口撃」に勤しむ集団に機関銃を向けて、一掃するわけにもいかない。黙って見えない敵からの口撃を受けるだけである。
ああ、これが、北朝鮮とは別種の、日本の若者教育が生んだ、一種の病理なんだな、、と思う。
自分が、そんな病理に冒されている、という自覚症状もないまま、抑せない衝動にかられ、口撃対象を求めさまようのだ。
どんな口撃合戦に参加しようが、こんな、素晴らしい意見を言うあなた様の正体を教えて下さいませ、、、という「反応」は、一生、起こり得ない、というのに、、。
ありのままの自分を人前に晒して、晒して、無数の刃を受けながら、ハイエナ連合が、食い飽きた頃に、それでもやっぱり、地球は丸かった、、て言えるかって事なんだ、と思う。
私は、北朝鮮の若者が不幸、イラクの民が不幸、、と言う前に、あれこれと、対象を見つけ、口撃して喜ぶ集団に、ああ、これが、日本の教育から生まれた、若者たちか、とやるせない。
実に、多くの、「知性人」を製造したものである。
合掌。
ひたすら、合掌。
彼等を製造した親も、育てた教師も、彼等の人生すべてに合掌。
彼等も、私に、合掌すればよい。
バカが、また、何か言うてるぞ、、て、話題にすればいい。
これにて、「双方、憐れみの令」とする。
明日も、何かと忙しい。
ただ、死んだ者の悪口は、よほどの「英雄」でない限り言わない方がよい。死んだ者には、反論の機会が、与えられないからなのだが、最低限のルールであっても、彼等に伝わる言葉は一つもない。。
現象のすべては、近代の教育の賜物である。
人より、優秀であれ。
誰からも尊敬される人物となれ、、である。
なりそこなった末路がそこにある。
実に哀れな、バーチャルな社会での「成功物語」である。
売るべき「商品」は、どこにもない。何を売っているのか、さえも不明なまま営業活動に勤しんでいるのだ。
彼等の間で、この「アメリカ.テロ.サイト」は、きたならしい貧困な南の県の無能なバカが、独善的に、書いている「バカ.サイト」なそうだ。
他国の教育の批判をする前に自国の教育も、なかなかのものである。
いじめも、ストーカーも通り魔も生まれよう。
その予備軍は、どこにも存在し、今も製造中である。
不幸なのは、彼等には、そうした病理に冒されている自覚がない、という事である。
一種の毒ガス被害者、、であろうか。
ひたすら、合掌し、やがて彼等が対象に飽きるまで、自己の仕事に勤しむしかない。
何を言って上げても彼等に通じる「言語」はない。
それが、長年、彼等が、親、兄弟姉妹、友人知人、教師連合から受けた「教育」から学んだ唯一の反応であるからだ。
そのまま年月だけが過ぎ、彼等もやがて歳を取るだろう。
後記:
戦況の影響下に晒された、きたならしい南の貧しい県に生まれたバカから、上等で豊かな土地に生まれた優秀な人間たちへ向けての現地レポでした。
この辺で。
当教室へのお問い合わせは、すべてメールにてお願い致します。
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tel&fax 098-869-6403
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*非通知表示の電話には応じかねますので御了承下さい
TAKAYA TOMOYOSE (guitar,comp,arr)