友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか? ジャズから見る文化論
沖縄から日本を観る
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2002年6月9日(日)より
*5月だ。ゴールデン.ウィークだ。あれこれあって、ちょっと更新が遅くなった。それでゴールデン.ウィークもそろそろ終りだ。
ウツ気味の者は、さらに五月病と言うプレミアムな要素もそこに加わるから、たまらないだろう、と思ったが、よくよく考えるとそうでもないんじゃないか。
今までは、世の中の人と比べ、いささかふさぎ込みがち、、と言う事であるなら、世の中の人も今の時期は、けっこう落ち込んでいるらしいよぉ〜と言うのが五月病である。
であれば、「な〜んだ、ヘヘヘ、、そうか、、みんなも落ち込んでいるのか、じゃあ、オレは、その先輩じゃないか!」と、逆にいくぶん「元気」になるかもしれない。
落ち込む、という「現実」は、「未来」との対比から来るんじゃないか。
自分は、この先も大して、大きな未来も望めない、だから自分の未来には、希望が持てない、ゆえに、できるなら死んでしまいたい、と言う論法なんだろう。
なるほど。。
思わず、それなら仕方ないな、と同調してしまいそうではあるが、「大きな未来」だとか、「大して」、、と言うキーワードに何かひっかかる。
経済的な不安を抱えている、というのなら、そうだよなあ、と共感もする。
じゃあ、人は、公務員でもない限り、経済的な面では、常に、もう死んだ方がいい、、とつぶやく確率が高いのかもしれない、、と思って見たりするが、この辺の公務員事情はわからない。学校の先生でもウツの者は多いと聞く。しかし、この例えでは、心情的な面と経済的な面が混同されてなんでもウツは、ウツ、、となっているからこの辺の原因は、ちゃんと分けた方がいいのだろう。
1:経済的に問題はないのに心情的にウツ
2:心情的には、問題はないが、経済的に問題があってウツ
3:経済的にも心情的にも問題ないが、ウツ
4:どちらにも問題があってウツ
こうやって見ると、「4」が、かなり深刻な、ウツではある。「3」辺りの得体の知れないのが、五月病じゃないか。「1」は、失恋とかも入るんじゃないか。「2」は、宝クジで当たるかしかないか、、、。
得体の知れない、というのは、言葉を変えれば、このまま「未来」がどうなるのか、未知の未来に対する何となくの不安、ではないか。
これは、気に入らない制服を今後、ずっと着て生きてかなきゃいけない感じもあるんじゃないか。
この辺は、微妙なので、何とも言えないが、要は、今が好きか、未来が好きか、、と言える。
ああ、そうか、、「過去が好き」ってのもいたなあ。昔はよかったよなあ、、だ。
まあ、人は、時折、「過去」「現在」「未来」のどっかにウエイトを移動させつつ、生きて行くのが、この人生を生きるためのポイントって感じだな。過去がダメなら現在があるし、現在がダメなら未来がある。全部ダメなら、もう拠点はどこにもないからウツってわけだ。
話している内に、これは、どうも複雑になるな、と予感するのでこの辺で止める。でも、まあ、この辺りの認識でいい気はする。
*そう言えば、この日記でも書道の話しを以前したら、その後、ちょっとばかし前にテレビで、お笑いの青木さやかが、私は、書道3段です、といい、その横で、女性グラビア.タレントのめぐみが、私は、8段です!、、と言っていた。女優の菅野美穂と3人で番組をやる、という事での記者会見で、菅野が「私は、字のきれいな人が苦手なんです。。」とコメントした事へ二人が突っ込みを入れたのだ。
私は、ハ、、8段ってあるかよぉ〜!と思わず、のけぞった。
世の中には、そうやって、2段の次は、3段、3段の次は、4段、、と、これを「生きがい」に未来を生きている者がいる。
まるで、測定不可能な「未来」をデジタル方式で、区分しているようである。
しかし、やっぱり、無限の時を区切って「時間」としてこそようやく人は生きられるのと同様に、無限の「未来」も同様に区分せねば、生きていられないんだろう。
*JRって、結局、「旧国鉄」だよな、と言う会話が始まった。
でも、いきなり、現役の運転士が、顔出しで、テレビに出て来て会社の悪口を言い出したので、「ええ〜!これって内部告発じゃないか、クビにならないのかよ!」とびっくりしていたら、何人か同様な運転士も出て来た。
後で、、ああ、旧国鉄名物の「労働組合」加入の運転士たちだ、、とわかった。まだ、あんなに堂々と現役の運転士が会社の悪口を言えるんだなあ、とびっくりした。あまり、民間の企業では見ない光景だ。普通は、顔にモザイクなんかかかったり音声を変えられての告発であるからだ。
その後の新聞報道で、2人ばかりJRの運転士が、事故を起こした電車に乗っていた、とか、あったので、「何で、そんな時も会社に行くんだろうなあ」と話していたら「どんな事があろうと、遅刻するのがよほど嫌だったんじゃないか?」となった。「ほれ、真面目人間て、大概、そういう風にやるじゃない、遅刻するから〜って、ドラマでもあるじゃない」と納得していたら、今度は、近隣の他の地区でのJRの社員は、その日、事件を知ってはいても、「キャンセル」はできない、、とボーリング大会やゴルフコンペを行っていた、、という報道まで追加された。
「あれ?じゃあ、遅刻嫌いってわけでもないじゃない」と話していて、「じゃあ、全員に共通するってのは、遅刻恐怖症と言うよりも、何か、決められた事は、どんな事があっても変更できない体質なんじゃないか」となった。
「ああそうか、だから、ああやって毎日、時刻を守って電車を走らせる事ができるわけか、でも、一度、決った事を変更できない体質って怖いよなあ」と言われ頷いた。
ただただ、予定通りの「ボーリング大会」でも予定通りに行うだけである。予定通りの人生しか生きて来てない、というわけだから、予定外の事は、すべて「無駄」なでき事でしかないんじゃないか。
明日の生き方も決っているわけだし、そこに予定外の生き方なんかに対処する能力なんて元々培われていない。
生きるってのは、わからない「未来」を、わかるように設定するって事でしょ。
それを「設定」してしまったら、予測不可能をしでかす者へのいらだちもあるわけでしょ。
じゃあ、それを全うしたから、と言って、「未来」は、どんなんだ、と問えば、未知な現実でもなく、できる限りの現状維持、現実のキープってわけだ。
すると、それは、「未来」とは言えないわけだ。何の「未知」なでき事もやって来ない「未来」なわけだ。
じゃあ、しいて言葉を作れば、これは「未来」ではなく、「現来」だ。今の「現実」が、またやって来る、と言う意味だな。
その連続で人生は、終ればいい、と言うわけだ。
ある種の職業に生きる者にとっては、「未来」はどうでもよく、「現来」でいいという事になる。
なるほど。
「過去」「現在」「現来」「未来」か。
世の中は、ちゃんと棲み分けができてるのかな。
しかし、あんまり一方に偏ってもあまりいい感じじゃないな。
これが、管理社会、と言うわけだ。
そう言えば、訓練中の自衛隊の潜水艦の乗務員が、事故に遭った船に遭遇しても、船長の命令がないから、と助けなかった事件が何年か前にもあった。
こんなメンタリティーの世の中で、憲法も改正されて行くんだなあ。
上官の命令に逆らったら終りだもんなあ。
そう言えば、ライブドアは、どうなったかな。
フジテレビの社員は、何も発言できなくて、JRの社員は、堂々と顔も出して会社も批判できる。
しかし、組織となると一丸となって、どんな時でもボーリング大会ではある。
よくわからない。よほど、信頼関係のない上司と部下の親睦会、としか思えないが、本当に決断力、統率力が兼ね備わった上司ならそもそも、そんな所には勤務していないわけだし、、う〜む、、むつかしい問題ではあるが、やっぱり企業イメージにも社員一人一人がこだわっていない、となるとJRは、やっぱりかつての国家公務員待遇の「国鉄」だな。
そう考えれば、何となく色んな事がわかる。
これが民間なら、例え、会社の業務はほっぽっても会社のイメージアップとなる一社員の行動は奨励されるはずだ。
民営化しても、世の中は、常に何か、旧体質の組織の残党が幹部となり組織されるわけだな。
基本的に商人(あきんど)道とは無関係である人種で組織されるわけだな。
納得。
うちの役所に死ぬほどおかしいギャグとばす奴がいますよ、、という事かな。しかし、そのシステムからそういう人間が生まれる事は、ありえない、、というわけだ。
部長とか課長とか言ってるが、要は、社員3段、社員8段、、とか言う感じだろう。
後記:
最近、「ブログ」と言う意味がようやくわかった。今まで、何の事かよくわからなかった。新聞で解説されていて、ようやくわかった。
そうした事とは、一番、無関係そうな人間がこんなジャンルの末端になってんだなあ、とわかった。これからは、「ブログ」らしくしないといかんなあ、とは思ったが、基本的に匿名らしい。
4月は、色んな事があり、一つ、面白い事がわかった。
市民会館でのコンサートですか、、、と言う事で、黙っていたら、みんな、これは、昼間のコンサートだと、認識していた事だ。
地域性の違いなのかなあ、、と改めて思った。市民会館なんかに昼間っから行くのは、確定申告の時だけだ。
通常は、午後6時30開場、、とか、そんな感じで、午後7時あたりから開演で、大体、9時過ぎあたりにコンサートとかは終える。中学生の頃からそんな感じだ。
5月22日の那覇市民会館でのコンサートに行ったらいいんですか、それとも翌日のMUSICAでのライブに来たらいいんですか、、という問い合わせがあったりして、よくわからない。
コンサートは、アマチャアーのオーケストラメンバーの中に交じって、一生、一緒にやらなくてもいいんじゃないか、と言う、プロのバンドマン連合組合の「患部」、、じゃなかった、、「幹部」連合ともやんなきゃいけない。
翌日のライブは、ただ、それに全力を尽くしたからと言って、別に次の日からもな〜んも面白い事もない、かつてのライブをこなすだけだ。
自分の「未来」は、何時だって、その時にならなきゃ、面白いかどうかは、わからない。
せっかくのゴールデン.ウィークは、意外にレッスンもなく暇だったんで、もう少し「ブログ」をやってもよかったかな、、とは思うが、真面目に第22回のテキスト作りに朝方までかかっている。
そんな中、逃げ出すように、呑みに出たら、8ヶ月ぶりかで会う、すでに40代に突入した馴染みの常連の板前がいて、あれこれと相談に乗った。
最後に、一つ、お願いがあります、、と言うので、「よし、何でも聞いて上げよう!しかし、お金はないぞ!」と言うと、「とにかく、そろそろ、帰りましょう。もう、朝の6時半ですよ!」と言われた。
店の前に「駐車」していた自転車に乗り、「あばよ!」と言って帰路に着くと、しばらくこちらを見送っていた。
前日の夕方、雨が降り始め、信号待ちの交差点で、スクーターを発進させ左折しようとしたら、スクーターが突然スリップ、顛倒し、身体のあちこちを打った話しを、この日、会うなり面白おかしく話していたからだと思う。その話しを帰り際に思い出したんで、現場を目撃したかったんだろう。
5月13日(金):野宿!コンサートの思い出とカップヌードル。コンサートの内緒の話し。後記:エレキ.ギターを弾いた。
最近、沖縄は今、寒いですか、暑いですか、とA君からのメールの問い合わせがあり、そんな事聞いてどうするんだ、と読み進んで行くと、どうやら、ライブを見たいのだけど民宿に1泊する費用までは都合が付かないので「野宿」したい、、との事だった。
おお、さすが「しゃべり場10代」世代、、「そんな問い合わせに大人がまともに答えるわけないだろ!」とあきれて返事したら、「すみません、軽率でした!」、と。実は、、もう十代ではなく「今年、成人式を迎えました」と言う事だった。
そんな事を言うなら、もし、中学生が自分のライブを見に行きたいからどこか会場近くで「野宿」する所がありますか、と問われて、「ああ、それならあそこの公園がいいよ!」と自分なら答えられるのか、という話しをした。黙って決行する分には、ほっておくが、今は、梅雨時だ。
じゃあ、そんな事を言う私自身はどうだったか、、と言えば、中学2年生の頃にコンサートを見るため野宿した。
野宿したとは言っても当時は、野外でのオールナイト.ロック.コンサート、と言った企画がたびたびあった。こちらからは、わりあい遠方の観光ビーチ地区で行われるので、中学生に取っては「旅」と言えば「旅」である。
会場となる広場までバスで2時間くらい掛ったんじゃないか。一人で行ったわけではない。近所のロック好きな高校生軍団に交じって行ったわけである。確か、深夜に大雨になり、Tシャツ1枚で寒くもなったので、一時、会場を後に、どっかの売店に避難した。その時、あまり寒そうにしているんで、高校生軍団からおごられたカップヌードルが温かくて、身体の震えも止まり、忘れられない味となった。
ともかく中学生の頃は、よくコンサートを見に行った。吉田拓郎の初コンサートも行った。去年、それから30年ぶり、と言う地元でのコンサートがあった。当時は、ロック、フォーク関係が多かった。15,6才の頃は、地元のキャバレー風な所でのジャズライブなんかをジャズドラマーを目指していた当時の友人とドキドキしながら入って行ったりした。
コンサートらしきものに出たのは、中学2年生の頃からだ。当時は、高校生の連中が自主企画の99円コンサートをしたりしていた。何で99円だったのかは、よくわからないが、100円から税金が掛る、、とか、、ちょっとよくわからない理由だった。自分でギターを弾いて歌まで唄っていた。吉田拓郎の「人間なんて」なんかを熱唱した。
大きなコンサートに出たのは、今回が25周年と言う事だが、確か、24才になったばかりの頃じゃないか。第2回あたりから出たんじゃないか。その時のゲストも今回と同じだ。それから色々出た。まあ、地元を出たり入ったりしていたんで、よく知らない、当時、高校生でこのオーケストラに参加してました!、という、若い、一人一人のメンバーの証言によると91年頃に再び現れ、93,4年あたりからまたいなくなってましたね!、、とか言っていた。今は、みんな30代前半になっている。
93,4年頃出た時は、一応、「アラン.カヒーペ.カルテット:フャーチャーリング友寄隆哉」という記録が当時のパンフレットに残されている。
今回は、コンサートのポスターは、当然として、翌日のライブにしても、「**セッション」という形で、どこにも名前はない仕事でもあるし、曲も自分が決めるわけでもない。別に、、居ても居なくてもいいんじゃないか、という気持ちはある。
だから、あまりくわしくここで宣伝もしない。性格からしてスッポかしてもいいんじゃないか、という気持ちもある。無理矢理、ぜひ、演奏させてくれ、と自分から押しかけたわけじゃない。そんな事は、もう、この歳では、誰であってもありえない。これを本当に望んだのは20代の頃だ。
今さら、誰とやったからって嬉しがるかよ。こうした事は、音楽とは一切、無縁の世界だ。一緒に「音楽」を作る気のない奴等相手に何ができる。あるのは、地位名声欲だけだろう。そんなもんで明日からも食えるか!マンガ喫茶にすら行けない。
今なら、別に大して自分を必要としていないなら、ヘェ〜と言ってすっぽかす。そんなのを目当てに今まで、生きて来たんじゃねぇ〜と言う気持ちがある。
事務上も何の問題もないし、法律上も何の証拠もない。10年も平気で無関係で生きた人間に取っては、100年も同じである。要は、こうした「現世」との闘いでしかない。
それからすると、前回、4月のデュオの方が、まだ、自分の世界に近いかもしれない。今でも何で今回のコンサートを引き受けたのかなあ、と思ったりはするが、引き受けた後からオーケストラのメンバーのプロの人選が変ったのだ。最初からそのメンバーだと知っていれば、当然、引き受けない。野良猫を飼い猫にするための餌付け作戦としては実に上手い。
もう、この歳なら一緒にやりたくない年功序列、地元音楽家協会系の主流となるプロ.バンドマンとはやらなくてもいいんじゃないか、という気持ちがある。音楽に対する考え方が根底から違う。名声欲に満ちた一般市民と無名に生きる芸術家ほどに違う。彼等のアドバイスに少しでも従ったら、彼等にしかならない。
後記:
人の人生は、予測不能でもあるから、その辺の興味はある。だから、そろそろちょっと練習でもするか、、とおよそ4年ぶりかで、エレキギターのケースを引っ張り出してケースを開けて見た。
この4年ばかし、アコ−スティック.ギターしか弾いていなかったので、チェックして見よう、とあれこれ必需品を「借金」して買い込んで用意した。
生徒の中には、「エレキギターも弾くんですか?」と言う者まで現れているほどだ。
何を言ってんだ、オレは、これで人生を踏み外したんだぞ、、とその度に「はあ〜!」と溜息が出た。だから生徒募集をする気がなくなったんだ。
だから、今の自分を信じてやって来て、日々の稽古を実践してくれる者だけをちゃんとしたプレイヤーに育て上げるのに全力を尽くすだけだ。
ケースを開けた瞬間、白いエクトプラズムでも出るか、、と緊張したが、何も飛び出しては来なかった。ただ、ボロボロに錆びて切れた弦がへばりついたギターが、眠るように横たわっていた。
「ほら、起きろ、出番だ!今から新しい弦に張り替えてやる」と言いつつ、ギターをケースから取り出した。
錆びた弦を取り外し、その度に、手に付いて来る錆びを水道水で洗い落とし、1本1本、新しい弦に張り替えた。
全弦を張り替えて後、ギターを弾いたら、なんだ、この繊細な感じは!、と、4年ぶりの感触に違和感を感じたが、1分ほどでなじんだ。何か、古巣へ帰って来た感じだ。
元々、アコ−スティック.ギターでもエレキ.ギターのように弾いたりする事がよくあるので、何の問題もなかった。問題がないどころか、、ぶっちゃけた話し、ちょっと上手くなっていた。
う〜む、、、。
、、というわけで、けっこう弾けるな、と思ったので、すぐに弾くのを止めた。この新鮮さを維持しておかないといけない、と思ったからだ。
簡単に弾ける、という事は、直接、「音楽」の質が問われるからだ。
後は、「脳」と「心」の問題だ。その指令を受けるための指先との間には、何の「障壁」もない、という事になる。
「脳」と「心」は、様々な外因に反応して初めて作動する。
外因もないのに練習しても意味がない。今まで通りのやり方で十分である。
勝っても負けても別に日々の暮しに何の影響もない。
その日に向けて、何かを懸命にがんばる、というのが嫌いである。
大切なのは、日々の修行であって、その成果が問われない世界は、生きて行く意味もない。それが通用しない世界は、長続きしない。必ず、終りが来る。いわば、錬金術の世界でしかない。
ぜいたくを言えば、そうやって食えたらいいなあ、と言う事だけかな。
今月は、めずらしく、仕事以外で、音楽の事を考えていたりする。
名前もない、音も残らない何十年もやって来たいつもの仕事だと言うのになあ。
そんな、当日のゲスト目当ての観客の前で、何をやって見せようが、そもそもの「世界」からして、無関係ではある。「感覚」が違う!「生き方」が違う!「考え方」が違う!、、プレイバック、プレイバック!(山口百恵、「プレイバック」の替え歌、、)
これは、未来ではなく、「現来」でしかない。
その答えは、既に、わかっているから、問題は、その後の自分の気持ちだなあ。
もう一度、ミュージシャン続けるか、止めるか、、って言うね。
たぶん、、、、。
2005年5月21日(土):「THE OLD SONGS」ついにCD化!後記:不思議な体験
これまで、手作りによるCDRにて、サイトのみで通信販売していた「THE OLD SONGS」をついにをCD化した。
2001年12月20日、23日の録音であるから、まさに構想3年半となるのか。コンサートへの参加が決った4月の時点で、これに「意味」を与えるのは、こういう事でしかない、とすぐに行動に移す。借金をしプロジェクト開始。
まずジャケットデザイン。これは、既に当初からイメージを持っていたイラストの下地を自分で描く。表ジャケット、裏ジャケットにそれぞれマンガ.タッチのイラストを描く。
これを友人を介し、その友人となる絵描きの元へ送り、何度かのイメージ修正のチェックを加え完成と同時にすぐさまプレス工場へ発注。
、、という事で、これで完璧な装丁ジャケットと広告文となる帯も羽織った「THE OLD SONGS」ができあがり、到着したのが、昨日、5月20日の金曜日の午前11時。定価¥2,000(税込価格)。
まずは、明日のコンサート会場と翌日ライブの会場にて販売予定。
1:仲本政國ジャズオーケストラ、結成25周年記念コンサート
時:2005年5月22日(日)、18:00開場、19:00開演
場所:沖縄県那覇市民会舘大ホール
入場料:前売¥2,500 当日¥3,000 高校生以下¥500
ゲスト:向井滋春(トロンボーン)、アラン.カヒーペ(テナーサックス)、与世山澄子(ボーカル)
県内ミュージシャン総勢約100名出演
司会:浜中博久(現、NHKスペシャルのナレーション:昔、沖縄NHKにいて、初期の頃、このコンサートのシリーズの司会に関わっていた。)
2:仲本政國カルテット+向井滋春セッション
向井滋春(TB)、仲本政國(P)、玉城典幸(DS)、西川勲(B)、友寄隆哉(G)
時:2005年5月23日(月)、開場:午後8時
入場料:¥2,000
場所:MUSICA (ムジカ) TEL:098-869-2636
後記:不思議な体験
*というわけで5月は、何かと忙しい。日記もこの程度だ。
コンサートの方は、オーケストラのメンバーとして「黒蝶(くろちょう)」。(黒のスーツに蝶ネクタイとオーケストラ専用Tシャツ着用)
こちらの出番は、オーケストラのメンバーとしてのギター担当と歌のバックとコンボ演奏(メンバーは翌日のセッションメンバー)等。恐らく、出演メンバーの中で、ノンストップで、一番出番が多い、との事。相変わらず、ポスターにもチケットにも自分の名前はないが、、、。
注意するべき事は、コンサート後、飲み過ぎて翌、月曜日のライブに死んでいない事。
面白い、と思った事は、オーケストラのドラム担当の25才のK君が、「ポンタボックス」でおなじみの佐山雅弘(P)氏に呼ばれて、たまに上京してバカボン鈴木(B)氏を加えたトリオで演奏している、との事。つまり、村上ポンタ秀一氏の替わりにドラムを叩いている、、という事にもなる。それでもまあ、25才と言う事で、後、30年ばかしは、地元では認められないんだろう、とは思う。
先週の日曜日に6時間のリハーサルに初めて参加。あれこれエレキギターで弾いていると(本当は、めんどくさかったので、俗称「象さんギター」という、スピーカー込みの電池ギターで参加。なぜか、これだけでも若いメンバーに大受けではあった。もう、リハーサルだけでこんなに楽しんだから十分!という者もいた。しかし、こちらとしては、普通にやったつもりではある。。)
そう言えば、こういうフュージョン系で弾く機会は、自分のライブを含め、ほとんどない。この手の曲は、昔、バンドマンとしての「お仕事」でしか弾いていなかったのだが、元々、こうした事が専門だったなあ、と忘れていた自分にびっくり。16ビート&8ビート系の音楽の事である。何年ぶりか、で、エフェクターケースを引っ張り出し音チェック。たまに音が出なくなったりするのが、やばいではあるが、原因がよくわからない。専属のメカニックがいればなあ、、とは思う。
*ついにCD化となった「THE
OLD SONGS」が到着したばかりの昨日の夜、CDを持参し、あやしげな地区のあやしげな店に案内される。うすぎたない路地を入り3階に上がる。そこは、まるで個人のアパート風。飲み屋である。すでに様々な人が呑んでいる。CDをここに置いたらいい、という事で連れて来られた。元々、そんな気はまったくなかったのであるが、大阪から流れて来た、という50代風のブルース好きというオーナーにCD
を掛けてもらう。なんとも言えない世界になる。
すると50代風の中年サラリーマンが、今、掛っているCDの音楽を弾いている人がいる、というので「、、、ちょっといいですか?」と部屋に飛び込んで来る。
自分は、若い頃、クラシックギタリストになりたい、との夢を抱いていましたが、そんな度胸もなく、それからは、ただ、色んなクラシックギターのレコードを買い漁って生きて来ました、今では、息子も二人育て普通の暮しを全うしました。そうした間も、もう、これまで以上の音楽に出会う事はないだろう、と色んな巨匠のレコードと共に過ごして来ました、と興奮して語り出した。どうやら、お互い、この店は、初めてのようだ。
しかし、今、聴いているこのCDの音にびっくりしています。このような曲と音色は、今まで聴いた事がないのです、、さぞ、高級な名器でも手に入れての演奏なんでしょうね、、と。
いやいや、これは、たぶん6,7万円の楽器を借りて弾いているだけですよ、と言うと仰天していた。
話しを聞くと、かなりのクラシックギターマニアの中年でもあった。
何かあまりに感激して涙ぐんでもいた。さっそく1枚購入してくれた。
自分は、長い間、サラリーマン生活をして来ました。しかし、この音を聴いて、今、こういう人が、世の中にいなきゃ、生きてても面白くない、と思うのです、と。今の世の中は、みんな若者も迷っています。それは、本物に出会えないからなんだと思います。どうか、もっともっと若者や子供の前で弾いてくれないでしょうか、、と。この音は、何かとんでもない次元からのメッセージのように聴こえるのです、、と涙を浮かべていた。
CDが到着したその日に、実にあやしげな地区の片隅にある建物の3Fの「アパート」の一室の飲み屋で、実直そのものの50代後半のサラリーマンに出会い、こんな体験をした。
不思議な感じではあるが、おじさん、けっこう酔っぱらってるんじゃないか、とは思ったが、「フフフ、、、こやつ、かなり耳は確かなようだな、、、」と、酔っぱらっている自分もいた。
PS:
今は、、、明日、、、実は、今日が、コンサートだと言うのに、只今、午前5時30分だぜ!
8時間後の午後1時の集合時間にだけは間に合わせたい。
久しぶりに、小荷物も多い。
一応、書かなきゃいけない事項だ!というプレッシャーもあったのでギリギリセーフで書いて見た。
明日の1000人を見越したコンサート会場でのCD販売用のポスターも作成したり、音もチェックしたり、、と、相変わらず、何から何まで、一人でやれるもんじゃあない事を一人でやってはいる。
目標!5枚完売!
演奏どころじゃない。
さて、もう一杯呑むかな。
*メール1::友寄様
こんばんは、**です。
5月22日23日のコンサートとライブは行けないので、報告のメールです。
エレキギターを弾くのも観たかったので残念です。
失礼します。(東京在住20代、男性)
*メール2:
友寄さま、
月曜日お伺いします。
DATのみ同伴いたします。
(ほんとはビデオ持参したいですがいちおう礼儀ただしく)。
CD楽しみです。では。
(近畿地方、40代)
*メール3:22日那覇市民会館コンサート評
素敵だったよ。
一発目で声上げて笑い、手を叩いて聞き始めたコンサートは今までで初めての体験だった。
いい日だね。今日も。打ち上げとか最後までいい日にしてよ。
行って良かった。ありがとう
*続メール3:22日那覇市民会館コンサート評
先程のメールは失礼だった…
それ以外の『何か』は自分なりに感じとって帰りました。
(地元、30代女性)
*メール4:22日那覇市民会館コンサート評
お疲れ様でした。
十分楽しめました。 一曲目のソロで決まりましたね。観客は圧倒されたハズ。曲によって、硬軟分けたソロはすばらしかったと思います。お腹はでててもかっこよかったです。バンドのギターの場所だけ、星飛雄馬のマウンドみたいに妖気が漂っていました。PA側?の音量面のコントロールで難が少しありましたが。エフェクターを使ったせいでしょうか。ヴォーカルはいいから、コンボはもっとみたかったなあ。とにかく、退屈しませんでした。ビッグバンドのコンサートは、やや間延びして、緊張感が欠けるきらいがありますが、本コンサートは観客もハイレベルのソロに満足したのではないでしょうか。オリジナルを混ぜながら、楽しませるのは容易なことではないと思います。会場外で**さんにあったら、「いやー、一曲目から目立ちすぎー。笑ってしまった。」といってました。ぼくも、緊張しながらも笑ってしまいました。誰がゲストかわかりませんでしたね。CDは何枚売れたでしょうか。気になるところです。ジャケットあたたかいです。
とにかく、お疲れ様でした。
(地元、40代男性)
*メール5:23日ムジカライブ評
ライブおつかれさまでした。なんだか私はまた事務所に戻って仕事らしきことをしてますが。(他の社員も全員残ってて重苦しい雰囲気っす。助けてください。笑)
今日もまた最高の演奏を聴かせていただき、ありがとうございます。
向井さんは近くでみると思ったより人当たりが良さそうな感じがしました。(大きいステージだともろインテリに見えてしまってたので。)
西川さんはカッコいいですねー。渋すぎます。
そういえば市民会館のステージでは「ステラ」(註:ジャズスタンダードソング:ステラ.バイ.スターライト)のソロが聴けなかったので今日たっぷり堪能できて良かったです。
もっとライブ観たいです。
レベルの高い演奏がわずか1,000円〜2,000円で聴けるなんてのは最高の贅沢でしょう。
これを期にぜひライブ活動を再開していただきたいです。
さて、私はもう今日は帰宅しようと思います。
家に帰っても今日の余韻に浸るつもりです。
さっきから「キャバレー」(註:友寄隆哉作品集第3集「作編曲編」)ばっかり聴いてます。
では失礼いたします。
(地元、30代男性)
*メール6:23日ムジカライブ評
友寄さん昨日はお疲れ様でした。
それにごちそうさまでした。
久しぶりにいい演奏を聴きました。
いろいろ感想を書きたいところですが、それは生徒さんやファンの方がいると思うので...
CDの宣伝用のポスターを見たんですが、グルーヴにも貼りましょう!
多少は宣伝になると思います。
協力できることはやりますよ!
僕としては友寄さんが動いたことがうれしいです。
いつまでも応援してます。
(ライブハウス ”グルーヴ”オーナー)
友寄:なあに、飲み食い代は、締めて¥27,700也
二日間のギャラは、とっくに飛んだな!
まあ、¥700は、まけてもらったけどな。
*メール7:23日ムジカライブ評
お疲れ様でした。私には理解できてないと思いますが、凄い演奏でした。今更ながら、本物だと思いました。
(地元、30代男性)
*メール8:23日ムジカライブ評
こんにちは。**です。
今バイトが終わり、一段落した所です。
とりあえず、まずは、眠いです。
帰りの飛行機、二人で爆睡してしまいました。
変な感じなんですが、ついさっきのことなのに、なんだかもう夢だったような気さえしてしまいます。
現実感の無い、強烈な沖縄滞在でした。
でもこっそりと録音したムジカライブを聴きながら、こっそりと激写したステージでギターを弾く先生の写真を見ながらこれを書いています。
思うに、先生がおっしゃったようにタイムマシンにのって過去を旅したような感じです。ギリシャ神話の神々と会って来たような。
ただ、神々のみなさんはおそろしく強烈な方々で、とても本には書けないですが。
友達のいないヘビースモーカーギタリスト(註:1983年頃の私の事らしい。コンサートのパンフレットに結成当時のメンバーの素性が書かれていたらしい。。)に、ワカメばっかり食べてる(効果はあったのでしょうか?)ベーシスト兼バレリーナ。(註:当時、相当に、髪が薄くなりかけていた西川勲氏の事らしい。)
焼き加減にはめっぽううるさい腰が低いチョッパリストの元焼き鳥屋オーナー。
右に立てば右脳を使い、左に立てば左脳を使う、立ち位置によって脳を使い分けるグルーブドラマー。(註:人間が、右に居れば、右脳を使い、左に居れば左脳を使う、と思っていた人間がいた!死ぬほど笑った!)
人の話を聞きながら耳あかかっぽじるジャズ「麺」ピアニスト。(註:ああ、これは、今回のコンサート主催者兼アレンジャー兼ピアニストの仲本政國の事だな。)
あ〜思い出しただけで、ひっひっと笑いが・・。
街中では気をつけなければ・・。
おっと、今、先生のソロがまわってきました。
イルカに乗って・・。って感じになります。
沖縄だからか、僕の先入観からだか分かりませんが。
これは言っていいのか分かりませんが、ほんとに録音しておいて良かったです。すでに宝物です。
観賞用と保存用に焼いておかなければ。
ただ1日目のオーケストラはとれなかったので、それだけが心残りです。
先生が最後に言われたように、この2日間、これからの僕の人生にとって、重要な二日間だったと思えるようになりたいと思います。
ミュージシャンとして、人間として、毎日を生きていく。
僕にはまだ少ししか分からないんだと思いますが、これからじっくりと付き合っていきたいと思います。と、ちょっと真面目か・・。まぁいいです。
今回の旅の目的の発端は、僕が本気で「か、かっこえぇ!」と思う人に会ってみたい、という気持ちからでした。
はっきりいって予想以上のことばっかりで、ほんとついてたなぁ・・と思います。またいずれ沖縄というか先生に会いに行きたいです。
その時は、直接レッスンを受けたいなぁ・・と思います。
今回もギターを持っていってたのですが、弾く時間はないし、飛行機乗るとき、ハードケースじゃなかったので預けるわけにもいかず、スチュワーデスさん嫌な顔してるし・・、ちょっと失敗でした。
その時は、S君(註:地元観光親善大使の大学生)と交換留学ってことになるかもしれません。
どうも、大阪からチケットとったほうが安いようなので、往復チケットを2セット買って。
僕の影武者なので、バイトも代わってもらって。(註:二人の顔とスタイルは、全くの同型だった!)
ま、彼女に言わせりゃ、だんぜんS君のほうが男前! らしいですけど・・。
あ〜〜〜、ほんとに楽しかった!
ありがとうございました。
それとこれからもよろしくお願いします。
それでは。
おやすみなさい。
(20代男性通信生、大阪在住)
今度歌うスターダスト…やっとその歌に似合った人と出会ったかな。『その時僕は不思議に思う・なぜこんなに寂しい夜を過ごしているのだろうと』のフレーズ…貴方がそんな思いを殺して何度もそんな夜を過ごして来たのだろうと思いながら歌詞をなぞると涙が出てきた。
常に出会う歌詞は自分の気持ちに当てはまるか、さて否かと選んだり歌ったり、なのだけど、今回は勝手にも今までと違った面から歌詞を理解出来そう感情移入出来そう。今の私のレベルでの精一杯で歌ってみます。貴方の存在のお陰かもしれない。貴方の存在に又感謝してます。
(匿名、女性)
後記:
22日のコンサートのギャラは、出ないだろう、と思っている。別に欲しくもない。あれだけの事をやれたのだから、これに敬意を評するからだ。観客は、どうでもいい。よくもあれだけのバンドマンを集めたものだ。自分も含めて。
翌日のライブのギャラは、¥3,000。
5,60人くらいはいたのかなあ。
連日、午前7時過ぎまで呑んだ。
今日からは、また、何事もなかったかのような人、生徒と出会い、いつもの仕事。20代の頃と変らない。あの頃は、翌日からは、もっと何か面白い事が起ると思っていた。25年も経てば、別に何も思わない。ああ、呑んで楽しかったなあ、という事しか記憶に残らない。
ただ、コンサート、ライブ、、と言った連日の日々は、ちょっと「大仕事」ではあった。何十年ぶりかで気を使って演奏した、、、つもり。
腹が立った事もいくつかあったが、何十年ぶりかで色んな人とも再会した。会えば、次期次期次期音楽家協会会長も、けっこういい奴だ。
CDは、両日で21枚売れた。コンサート会場では、18枚。
自作、「THE OLD SONGS」の新たな旅路となった。
ライブ会場では、ゲストの向井氏のCDだと思って間違って購入した、と返品する、何年ぶりかで会う、顔見知りのピアノ教師の「おばさん」もいた。韓国の俳優、ヨン様だと思ったら、地元のサン様だった、という感じだろう。
これが、ゴルゴ13なら、何千万という「銭」と引き換えに行う「大仕事」なのだろうが、日当¥3,000では、一般の暮しすらまともにできない。もちろん、日当¥300のライブは、いくらでもして来た。
今でも、¥3,000で、気づかいまでさせられる。「世の中銭や!」というこの時代に。
20代ならやれたが、40もとうに過ぎれば、どうでもよい。
しかし、こういう二日間が、「有り」か「無し」か、と問われたら、そりゃあ、長い人生の内にあってもいいだろう、とは思う。
あってもいいだろう、とは思うが、奴隷根性だけは、やめて欲しい。
そもそも、沖縄が、戦後は、西洋文化の発祥地ではないのか。そのいい加減さも含めて。(註:ただし、これを甘受したという者は、40代以上に限る。40代以下は、全国一律。)
自分は、20代の頃から、一人で、昼間っから安いステーキばかり食べてる。
フランスの浮浪者は、ワインの飲み残しを求めて、一日中、プラプラしているんじゃないか。
後、100年、この土地には、必要だと思う。
一応、当面、自分流は止めて、成り行きに身をまかせてみようとは思う。
5月28日(土):日記観戦メール1題と後記1:THE OLD SONGSのCD化とジャケットのいきさつ。ムジカ.ライブ観戦メール2題と後記2:コンサート後日談
1:日記、面白かった。(註:前回、5月25日評)
もっともっと書いて欲しいと思ったな。
それと今回のCDジャケット
良いねえ。
***のスタッフの1人が感心していた。
「これ、いいですね。すごいですねって。」
こういうことを大事だと考え直したところに感心した。
この絵は誰が描いたんだ。
いいねえ。
(地元、47才知人男性、歯科医師)
後記1:THE OLD SONGSのCD化とジャケットのいきさつ。
このジャケットのイラストは、元々、友人のスタジオに彼の絵があった。
友人の友人で会った事はない。
この絵を5年前に見て、圧倒され、以来、その才能にいずれ、、とは思っていた。
彼は、30代半ばまで、自動車修理工をしていて、ある日、スプレーで描いた自分の絵に自分で自分自身のその才能を発見した。それまで絵を描いた事はないそうだ。それからなぜか、人体の骨格を描く事に夢中になり、その絵がスタジオに飾られていた。骨格がギターを持っていた。
その彼が、何年か前からパソコンでのイラストに取り組んでいると聞いた。
それで、今回は、彼に「バンドマン」的な依頼をした。
自分を抑え、依頼者のイメージを再現して欲しい、という依頼だ。
THE OLD SONGSは、作成当初から既に自分には、ジャケットのイメージがあり、最初、写真でやろうと思った。
携帯電話で写す写真なんか、けっこうあちこちへ行って、そのアングルを決めるのに30分から1時間も掛ける体質ではあるからだ。
それに、子供の頃は、マンガ家志望だ!
大人になるたびに絵は下手になって行った。
小学校3年からの絵の具が苦手で絵を描かなくなった。クレヨンの頃は、絵を描くのが好きだった。以来、図画工作、美術の成績は、中学生3年まで10段階の「1」だ。作品を一切提出せず、授業時間、お喋りばっかりしていたんだな。ついでに言えば「技術家庭」も10段階の「1」だ。さらに言えば、「音楽」も「1」だ。お喋りが過ぎた。。もはや、このどうでも良い学科たちのため、「内申書」の総合点が低く、受けられる高校がなくなっていた。。
自分の過去全集のCDのジャケットだって、一応、あの頃のパソコン技術程度でやれた限界のセンスだ。
あれは、ロックボーカリストのポール.ロジャースが参加したBAD COMPANYのデビューアルバムのジャケットが大好きだったからだ。黒のバックに白文字で、「BAD COMPANY」とだけあった。
それを、自分への「追悼」のつもりで、赤文字にしただけだ。まさか、現在まで生きて、新作を作るとは思ってもいなかった。
今回、このTHE OLD SONGSのCD化が実現したのは、ひとえに、技術の日進月歩。3年半前の半額程度でCD化ができるようになったからだ。当時では、CDRでプライベート盤程度で出すのが精一杯だった。そんな金はない!自前の楽器すらない!。
、、という次第で、自分の下書きの絵を元に、これをイラスト担当の彼が、200パーセントに再現してくれた。今以て、彼には会った事はない。友人を介して、CDをプレゼントした程度だ。
今回、久々に、下書きの絵を自分で描いて見て、なるほど、、、私は、かなり絵が下手くそだなあ、とは思った。(注:一部に愛好家はいる!)
何しろ、それ以上、詳細に描く気がしない!、、というのが、この世界に向いていない、という資質の証明だ。
ところが、これが音楽となるとかなり緻密にハーモニーを積み上げて譜面に書くのだ。譜面を書くのも好きだ。今までにも「膨大」な音符を書いて来た。
やっぱり、人は、願望と向いている事は、別だ、と思った。
そんな、超、具体的イメージ豊かな自分だから、下書きなしで誰かにすべてをまかせる、という事はない、とは思う。
彼の才能にして見れば、このイラストでの評価は、不本意な評価で、言われた事をただ、最高にやるだけ、という「バンドマン」的な仕事ではある、とは思うが、今回、依頼した「バンマス」(私)のセンスが良いから一応、許せる仕事だとは思う。
表紙のジャケットを開くと彼の名前がローマ字で掲載してある。それと、これは、当初から沖縄県民用に作られたわけではないジャケットではある。日本用でもない。
旧、THE OLD SONGSのCDRのジャケットと比較すればわかるとは思う。これを見ると、自分自身は、意外に「完璧主義」だとは思う。イメージ通りに再現できないなら、手に入る物だけでなんとか「完璧」にしているつもりだ。中途半端な既製品のデザイン.ソフトを手に入れたからといきなり、プロのイラストレーターに気取りにはなれない。あれは、頭の中に、そうした強烈なイメージが何もない者だから購入できるものだろう、と思う。
これは、一般の「完璧指向」とは、まったく別物だとは思う。私のは、「完璧主義」である。
今回、金銭的な問題と時間的な問題で、ライナーノーツが入れられなかったのが残念と言えば残念ではあるが、そもそも、その音楽自体が、地元県民用に作成しているCDではない。
PS:前回の日記は、眠くてあれ以上書けなかった。。
2:5月23日(月)、ムジカ.ライブ感想メール
友寄様、お久しぶりです。
**です。
22日のコンサート、23日のMUSICAでのライブお疲れさまでした。
僕は22日の那覇市民会館でのコンサートは会場の近くまでは行ったのですが、体調が悪かったためそのまま帰ってしまいました。
次の日のライブは体調も万全ではありませんでしたがどうしても聴きたくて少し無理して行ってしまいました。
友寄様に、メールの返事を頂いたお礼とCDにサインを頂いたお礼を直接お伝えしたかったのですが緊張のあまり目を合わすことすらできませんでした。
僕は肝っ玉の小さいチキン野郎なので、挨拶もまともにできない自分を情けなく思いますが、このような非礼を許して頂けるのでしたら幸いです。
ライブすごかったです!!
ソロの時にノイズをだされていましたが、事前にHPでおっしゃられていたいたようにエフェクターの調子が悪かったからでしょうか?
僕は「おおっ!!」と密かに興奮していました。
それから向井氏と地元のトロンボーンの方がセッションしている時に、何か色々やっているようにみえたのですがあれは他のギターの方もされていることなのでしょうか?トロンボーンの音が大きくて友寄様のギターの音は聞き取りにくかったのですが、何か粛々とバックに徹しているだけにはみえませんでした。
アンコールの前にステージからはけて行く時に友寄様は両手を上げてましたが、その後にベースの西川氏も片手を上げていました。
ライブでの演奏だけではなく、他の部分でも「友寄ワッチング」楽しませて頂きました。
「電気ギター」を操る姿、インプロヴィゼイション、かっこ良かったです!!
ライブハウスにもあまり行ったことがなく、また友達もあまりいない僕が独りでライブハウスに乗り込むというのは大変気合いが必要なことでした、正真正銘のアウェーです。
行く前はものすごく緊張して、本当にやめておこうかとも思ったりしますが、行った後では「やっぱり行って良かった」と思います。
ありがとうございました。
しかしギャラが3,000円というのには正直びっくりしました。
新作「THE OLD SONGS」が新たにCDとして完成したと言うことで欲しかったのですが、今回は我慢しました。
次に近いうちに友寄様のライブがあると信じて、その時に購入させて頂けたらと思っています(フトコロが寂しかったと言うことも正直に打ち明けておきます)。
その時はまた是非CDにサインを頂けたらうれしいです。
でもやっぱり買っておけば良かったかな...なんて思います。
僕には何の力もありませんが、友寄様がまたライブ活動を始めてくださることを願っています。
最後に、自分勝手なメールで失礼かと思いましたが送らせて頂きました、お礼のメール遅くなって申し訳ありませんでした。
それでは失礼します。
2005年5月27日、金曜日
****
(25才地元男性)
返信:
大丈夫!オレもチキンだ!
確かに、エフェクターの調子が悪く、これを曲の途中で黙って直するよりは、そのまま、エフェクターをチェックする音楽にしたかった!
トロンボーン隊の後ろでは、かなり遊んだバッキングをしていたぞ!
だって、ロックサウンドだと言うのに、ギターの出番がないんだぞ。ギター弾きにとって、あそこは、一番おいしいぶち切れ処だ!
だけど、向井氏には、それがわかっていたのかもしれないな。
だから、その後のライブ最後の曲(註:ボサノバ..スタンダード「WAVE」)のエンディングで、ロック.バンド、ディープ.パープルのSMOKE ON THE WATERのリフを吹いて誘ったんじゃないかなあ。
それにすぐに反応して乗ったオレも一匹の猿だったなあ。バナナに反応したんだな。
あの後、関係者を前に二人で、向井氏が弾く「チェロ」とアコ−スティック.ギターでジャズ.スタンダード.ソングを2曲演奏したんだな。伴奏してよって言われたからだな。
終ってみんなから拍手を受けたら向井氏から「二人で営業に行けるな!」って言われたな。
コンサートやライブで、なぜか、いつもそばにアコ−スティックギターがずっと立てられているのに一度も弾かず、電気ギターばっかり弾いているのが不思議だったんだろうなあ。さすがに疲れていたんで、そんなには弾かなかったけどね。
そんなにがんばって弾いてもないのに言われてもなあ。
まあ、そもそもギターなんか入れて活動してないんじゃない。
ミュージシャンは、みんな一期一会だよ。
*メール3:5月23日(月)、ムジカ.ライブ感想メール
2005-05-23 向井滋春、仲本政國、西川勲、玉城典幸、友寄隆哉@Musica
お昼で半休をもらい、近鉄〜名鉄でセントレア空港へ。夕方、那覇着。チェックイン後すぐに会場へ向かう。付近ですれ違う数名にお見かけした姿。友寄さんらがリハを終えジャッキーステーキハウスへ向かうところだった。
開場の8時で既にお客が複数居り、民謡酒場とは違った。\2000。gachapin(註:ガチャピン:ライブハウス「グルーヴ」オーナー)にも再会、ほっとする。9時前からライヴは始まる。
友寄隆哉を司会(註:現、大阪NHKアナウンサー浜中博久氏)は「変わったギタリスト」「友だちの少ないギタリスト」と紹介し、心が和む。
向井滋春tbは最初から最後まで全面参加、仲本政國p、玉城典幸ds、西川勲bs、友寄隆哉gt。全曲スタンダード・ナンバー、いやかつてFMでよく耳にした、向井のオリジナルもあったのか。第一部でピアノの低い弦が一本切れた。The Old Songs を思い浮かべながらgtを聴く、エレクトリックとはいえ柔らかな音色のgtが、流れるように、早弾きしていなくてもスピードがある動き。
pも単なる老舗を模倣するフレーズでなく、おもいがけず攻撃的なフレーズを紡ぐ、それはgtに確実に伝わっていて、両者がバトルというより一緒にふわりと宙を舞うような瞬間があってめまいがした。
ギターソロ中の他メンバーの表情も興味深かった。第二部では仲本政國オーケストラの若手tb奏者4名が前列に並びブラスバンド風にNight
Trainなど。そもそも昨晩は仲本政國ジャズオーケストラ結成25周年記念コンサートが行われたのだが、本日のみ参上となったのはたまたま。二次会に参加し5時前お暇する。
* The Old Songs - 友寄隆哉(CD)
(近畿地方、40代男性観戦者:5月23日日記より無断積極掲載。既に宙に消え、二度と再現する事ができない小歴史の記録として掲載。)
後記2:コンサート後日談
先月4月のデュオ.ライブ(チャージ¥1,000)のギャラも¥3,000、今回(チャージ¥2,000)のギャラも¥3,000。
¥3,000で、今時、これくらいの「仕事」する奴等がいるのかなあ、とは思う。
何しろ、たった¥3,000のために人生賭けて潰しまったんだから。。後は、アドリブだけだ!って若者へのアドバイスはないぞ。
オレは、その「アドリブ」のために人生を潰したんだ。
続ける、続けないは、やっぱり、自分が決める事だろうなあ。
5月は、こんなもんだなあ。
6月8日(水):コンサート、ライブ後の心境。先生から学ぶ事。
今年の5月後半から6月の中頃までは忙しいだろう、と8才頃、確か預言した通り忙しい。12才頃には、恐らく近所で4番目に忙しいだろう、と思っていたら3人ばかり小走りに走っている者を見かけたからこれも的中だ。
日記なんて書く時間ないよぉ〜と、テキスト執筆の日々に取り掛り出したらまたまた、小学生の頃テレビで見た分数と小数点どっちが多い、、の話しを思い出し、ああ、そればっかりやっていてはあっと言う間に2030年くらいになるんじゃないか、、とこうして合間を見て、日記も真面目に書く事にした。
先月の4月17日あたりのライブから3年ぶりで現役、4分の1復帰を果たし、今回5月の22日コンサート、23日はゲストを迎えてのライブという大仕事を経てちょっと微妙に意識が変化して来た。
1996年から2000年くらいまでの4年間、そして2002年3月から2005年4月17日までの3年間、とまるでライブをしていない。人前での演奏は全くしていない。よくもまあ、そういう事が平気でできるよなあ、と思っていたらこれは昔からの習性だった、と気付く。
今回のライブ演奏で、まったく私の演奏を生で聴いた事がなかった生徒連合の何人かが初めて「先生」の演奏に接する事となった。もちろんまったく、そうした事に関心を持たない生徒も何人かいる。本土からわざわざ来沖する者がいる中、地元に居ながら、一度も演奏を聴きに来た事もなく、コンサート、ライブどうでした、、と平然と社交辞令で触れて来る者も多々いるが、そのたび、「まあねぇ」と、別の話題に切り替える。相変わらず、ライブには同業者は来ないから何十年経っても本気で演奏した所は見せた覚えもない。CDだって聴いてはくれない。
しかし、こうした現象は、全国的に見ればまだ良い方で、私が昔、師事していた「先生」などは、もっときびしい状況にあった。私は、生徒の側だからわかるのだが、誰も先生のライブには関心を持たなかった。CDすら所有していない。ライブを見に行くたび、生徒関係は誰も来てはいなかった。そのまま2年くらい在籍し卒業となったが、その間も全く生徒が訪れると言う事はなかった。最初、こうした現象にとまどった。
若者には、先生と言うのはあこがれの対象ではなく、その音楽もどうでもよかったのだろう、と思う。ただ、学校へ行ったら有名人らしき先生がいて、その人と知り合いになれてよかった、、という程度だったんだろう。一日も早くその知識だけを取り込んで、自分も早く世に出たい、としか考えていなかったのだろう、と思う。
今、思えば、「先生」側にして見れば、どんな気分だっただろう、と考える。前の晩、その演奏を目のあたりにした自分としては、翌日、何事もなかったようにあれこれの質問を受ける先生と、ほとんどその演奏も音楽にも関心のない生徒側からの次々とぶつけられるどうでも良い質問である。
これはたぶん、近代と言ってもよいほどの日本を象徴している教育産業の実体なんだと思う。「この人にどうしても習いたい」という情熱からではない。そこが一流そうだから、、というブランド指向でもある。大学もみんなこんな感じだから、実際は、何の力もつかないまま卒業となる。
これは簡単な理屈だ。目の前に、どうしてもその人に師事したい、と思った「先生」がいれば質問の質も変って来る。
あの時、どうしてあのフレーズが出て来たのですか、とか、あそこで書いている事は、どういう意味なんですか、、とか、自分なりに真似して見たんですけど、こうやっていたんですか、、と言うものだ。
こんな調子で、何年かその先生に師事していれば、力が付かないわけはない、と思う。もう、日々、その先生から吸収する事だらけである。文章も作風もその先生を土台としたものが生まれる。まったくそこから異質のものが出て来るわけがない。出て来たとしたら、その先生からは何も学ぶ気がない証拠である。
私自身は、徹底してその思考、作風を真似た。真似た、と言うより、なるべくそういう風な思考法を身に付けようと思ったから師事したのである。その先生がどこの学校(建物!)に所属して居ようが関係ない。ただ、その人に教えを受けたかいがために様々なバイトや労働をしながら時間を作って学んだ。何よりもその時間を人生最高の時間とした。おかげで、とても一人では成し得なかったものの考え方と「感覚」のいくらかを脳内に注入する事ができた。
こうした事は修行事では、全くあたりまえの行動だと思う。現在、こうした「風習」が辛うじて維持されているのは、落語家の世界かなあ、とは思う。少なくとも立川流(家元、立川談志)は、そう言う風な師弟関係だとは思う。
結局、そうした気持ちがないまま、どんな所へ通ってみても何も身に付けられないまま卒業、、となるのが現在の大学なりではあると思う。卒業者に色々尋ねて見ても、結局、卒業と共に、厳しい社会へほっぽり出されてウツになってしまっている。まさに天国から地獄へ、、というように見えるが、これは仕方ない。自業自得と言うものだろう。しかし、それにしても自業自得となる者が多すぎではある。
こんな事を言っている私自身でさえ、まだまだ学び方が足りなかったから、結局、その先生の「域」にまでは達していないままではある。だから今日があるのだと思う。
結局、物事を最大限に学ぶ近道は、徹底してその先生の手法を学ぶ、、にある。
まあ、けっこう長い間、この世界の末端に生きて辛うじて「現役」を保っていると色んな事が見えて来る。十代の頃は、共に同じ道を目指す「仲間」たちとの関わりであり、20代、30代、40代と通じて出会った生徒、業界人との関わりがその眼を鍛えてくれた。
10年という年月でさえも、二十歳だった者は、やがて30才になり、30才になった者は40才になる。この中で、どういう者が消えて行き、自然淘汰される考え方、日常を持った人間であるか、、がわかって来る。生き残っているのはわずか10パーセントに過ぎない。さらにその中でも優秀であるというのは1パーセントもいない。
消えて行く者には、総じて共通点がある。みんな同じ事を言っていて、同じ心理状態にあったりする。だからこの先の10年も20年も同じである。
昔は、ほんの3,4年で自分の力量を知るに十分な厳しい時代ではあったが、今は、こうしたインターネットや機械の発達と共に、自分自身の能力を錯覚、保留するに十分な時代である。経済的にもそれを援護する環境もある。
だからあっと言う間にみんな歳を取る。歳は取るが、相変わらず、不完全燃焼な夢だけは抱いていて、それは十代と変りがない。
教養と言う点でも圧倒的な知識不足であるから一般的には、30才くらいでようやく成人式を迎える程度のメンタリティである。そう考えれば納得の行く現象ばかりである。どう考えて見ても現行のシステムの中に育ち、そのレールをなぞって来た者ではそうなるしかない。
自分自身で様々な世界に飛び込み、数々の試練を受けなければ、変りようがない。つまり、何の修羅場もくぐってはいないまま、大人になって行くのだ。そのメンタリティで以って、その弱点を一挙に解消すべく、とんでもない極端な行動に出たりする。自殺志願者もその類だろうと思う。晩年はそのツケを支払うだけの余生となる。何の力もないまま肥大化した自己の抹消である。
日当¥3,000程度のライブにエネルギーを使った「お祭り」を終えて、ふと、こんな気持ちになってみた。
後記:
こうした生徒よりも大切な、私の音楽のファンの一人のリスナーから今回のライブの模様を記録した演奏中の写真集とCDRが三重県方面から送られて来た。CDも新たに5枚注文してくれた。
初めて見る、演奏中の私の写真を見て、自分自身でもびっくりした。
道を間違えた!どっからどう見ても、***関係者である。
今、毎晩、これを聴きながら過ごしている。この中から色んな発見が日々あり、多くの事を学んでいる。
やっぱり、昔から、自分は、自分が一番好きだなあ、と改めて思った。
もちろん、この辺をこうすりゃ、もっと良くなるはずだなあ、と常に未来の事を考えているだけで楽しい酒が呑める。今、現在のままを良し、とした事は一度もない。
PS:
右肩の痛みが再発し、右肩専用のサポーター(¥10,000!)を着用し毎日、過ごしている。
今週末には、このまま、毎年恒例の地獄の荒行の会に出る予定ではある。
生きていたら、来週には、日記を書いている、とは思う。
大した事はない。到着したその日、午前3時頃まで呑んで騒いで、、、2時間後の午前5時に起床して、その日一日、様々な荒行をして帰る、、という会である。そこでは、現世で何をしているか、、は、どうでもよい事になっている。ただ、その荒行を全うできるか否か、、でしか評価されない。今回はちょっと、右腕が使えないままの参加、というだけではある。
一日で天国と地獄を経験したら、、という「遊び」の一つではある。
久々なので、ちょっと書き過ぎた。
また地道な仕事に戻らなきゃ!
昨夜は、飲み過ぎて、今日は、めずらしく寝過ごした。
酔っぱらって、目覚まし時計をかけるのを忘れていたのだ。
この頃、洗濯物がなかなか乾かない。
6月15日(水):恥ずかしながら無事帰還致しました。名前を覚える、という事。大雨洪水警報中。
地獄の荒行の会から無事帰還し、溜まりに溜まったテキスト作りに専念し、テキトーに生徒へ予定変更のメールなんかを送っていると、ほとんど、半径3,4キロあたりの近所を相手に営業している、というのに、中には、文字の読める生徒もいて、この日記を読んで知ったのか「荒行どうでした?」と返信して来る者もいる。
基本的には、私のホームページにもCDにもライブにも一切、興味がない、自分の未来だけは、こうなりたくないと思っている前途有望な近所の者だけを相手に長年商売している。
この教室は、15分から30分程度で通えるから、、がその主な理由だ。私自身も「商売」だから金さえ払えば、どんな理由で通おうが気にしない。気にしないが、そういう生徒に限って、よく月謝を滞納する。
彼等は、まだ、私の真髄がわかっていない。何年在籍しようが、私は、自分の琴線に触れない人間の名前を覚えない。3年通っている店の名前ですら覚えない。
だから、相当なアピールと縁がない限り、私は、基本的に誰の名前も覚えない。ざま〜みろ!。
いちいち通りすがりの100人の名前など覚えている暇はない。オレは、教育者じゃないって言うてるだろ!
自慢じゃあないが、23,4才の頃、親の顔も忘れた男だ。7年も会った事がなかった。
何年か前、どうもどこかで見た事があるなあ、、と思って歩行中の女性を見たら、向こうから声をかけて来た。ああ、やっぱり知り合いだな、、と思ったら、妹だった。
それくらいに凄い、と言うのに、もしも1ヶ月も私とブランクがあるとすれば、もう、これは確実にそんな生徒の名前など思い出す事はない。
この間は、5年も通っている店の名前をずっと間違えて覚えていた。
やはり世の中は、ど〜でもよい人は、ど〜でもよい。もっともっと人間社会は、お互いがアピールし合い、縁を付けなきゃいけない。
縁がありましたら、、、なんて言って去る人間も多いが、人間社会でそうそう縁なんてあるか!何様のつもりだ。
縁は、自分から付けるものだと再三言っている。
、、といって記憶力が人一倍悪いのか、、と言えばそうでもない。何となく色んなでき事は覚えている。
ただ、その時に思い浮かぶのは「映像」だけだ。とにかく映像だけがある。
三島由紀夫は、生まれた時、産湯を使ったタライを覚えている、、と言う話しをどこかで聞いたが、目を瞑れば、思い出せない事もない。まあ、そのタライは、今でも実家で活躍しているから錯覚ではあるだろう。
荒行は、最初からコケた。
到着したその夜、いつもの調子で酒を呑んでいたら、その酒が、40度もある酒だった!。普段は、30度くらいの酒だ。これを午前2時過ぎまで一人呑んだ。
おかげで、2時間後の5時起床には、もう死ぬしかない、と思った。2度と酒は呑むまい、、と誓った。
午前中は、ゲロ吐きまくりである。食事も受け付けない。その時は、原因がよくわからなかった。帰る時になって初めて、あの酒は、40度であり、これを何のつまみもなしに、呑みまくっていた、と判明した。俗に言う「空酒(からざけ:つまみも何も食べずに酒だけを呑む)」である。
今だかつて、あれほどの苦しみは味わった事がない。寝不足に加え、ゲロ吐きまくりの二日酔いである。
そんな中、数々の荒行を終え、無事帰還した。
しかし、よくよく思い出せば、坂本龍一のコンサート.ツアーにも参加した、というのが自慢のある地元有名女性民謡歌手のメジャーデビューとなる大きなコンサートが昔、地元で有り、集合時間の午前10時のリハーサルに午前8時まで呑んでベロベロになってしまった事がある。前の晩に10年ぶりで再会した人に出会ったからだ。
この時は、ユンケル皇帝液を2本も買って会場に辿り着いた。辿り着いたその場の楽屋の床に毛布を持参して寝た。とにかく毛布を持たなきゃ死ぬ、、と思ったのだ。
今、思えば、今回の無事帰還も若い頃のこうした荒行があっての事か、、とは思う。20代の頃だったか30代初期の頃だったかよく覚えていない。いつもと同じメンバーだ。
2本目のユンケルを呑んで本番に挑もうとした時、見かねた先輩のバンドマンが、おまえ、一日で、そんなにそれを呑んだら死ぬぞ!、、とか言われた。
その時も任務だけはきっちりと遂行した。
まあ、そんな事を言うてはいるが、実際は、3日に1度は、そうした日々を送っていた時期もある。
だから、今回の荒行では、「おお、まだまだ、やれるな!」と言う認識しかない。
荒行から帰還したその晩も参加できなかった友人に誘われ酒を呑んだ。しかし、さすがに2,3杯呑むのがやっとではあった。ソルマックは当然呑ん行った。
その後も一人、あれこれと歩き、朝方、帰宅した。
とにかく、眠らなきゃいけない、と思った。
目覚めると、また、新たな一日が始まっていた。
いつものように、ビタミンCを2錠、ダイエットコーラで流し込み、さて、何を食べようか、と思った。
食欲は、なかったが、とにかく何かを食べなきゃ、と思った。
後記:
沖縄は、先週の荒行スタートの土曜日から洪水のような大雨。
時折、フっと止んだりする。
その合間をぬって、荒行を重ねたり、外出したりしている。
今日は、洪水警報も出ている。先週の土曜日から数えると5日目だ。
100年分の雨量じゃあないか。
これだけ何日も朝から深夜まで降り続ける雨は、ここ1,000年ないと思う。
ノアの箱舟以来だろう。勘定合ってるか?
深夜、時折の30分程度の晴れ間を狙って、自転車に乗ってスーパーへ行った帰り、タイヤの半分が、アスファルトの道路に溢れた水たまりに埋まった時は、さすがに、ぞっとした。
6月23日(木):近況:ベンチャーズを弾くライブと美空ひばりコンサート、後記:ドラマ終了
*色んな事が、やっと終えた。
4月から6月にかけての日々は、あれやこれやとどっと押し寄せ、頭の中でもうまく整理が付かない。
去る6月19日、日曜日は、「ジャズギター奏者、友寄隆哉ベンチャーズを弾く!アコ−スティック.ジャズ.ライブ」と二日前の新聞に出ていたので、そうかオレは、二日後には、アコ−スティック.ギターでベンチャーズを弾くんだな、とわかった。
ベンチャーズは、確か、中学生の頃か、、来沖した際の野外コンサートで見た。「ベンチャーズ.ライブ.イン.ジャパン」というレコードを持っていて、それを何度も聴いてはいた。改めて野外コンサートを体験すると、司会者の喋りからメンバーへのインタビューからジョークが、何もかもレコードと同じだったので、ひっくり返った事を覚えている。
19日のライブは、蓋を開けて見ると、やっぱりこんなもんだなあ、と言う程度の何人かの客がいた。その日は父の日だ。
なぜか、小学生あたりの子供と中年の父親までいた。孫かもしれない。
なぜ、父の日に二人だけでいるのか、よく考えると不思議ではあった。まるで、今から夜逃げしますが、どうかこの子の事をお願いします、という感じで座っている。なるべく目を合わさないようにした。
当日は、ベンチャーズを弾いた事もないギターと、その仕掛人となるピアニストに恐怖したのか、事前に話しがついていたはずのエレキ.ベースが「メモ形式で演奏する即興度100パーセントのベンチャーズ」と知り、逃げた。電話での連絡も付かず当日は行方不明となっていた。
完全な譜面でしか仕事をした事がないバンドマン専門のベース弾きだったからだ。残ったのは、ギターとピアノとドラムのみ。
う〜ん、ピアノとギター二人だけなら何とかなるものを、ドラマーだけが、ベースもいないのに参加しているなんて、、ポール.モチアンのドラムならいざ知らず、、、、。おいおい、この3人だけでど〜すんだよ、とプロデュースのピアニストに苦情を言ったら、ただ苦笑いして誤魔化している。
覚悟を決め、ステージを始めると、気合いが入り過ぎたのか、本来は即興性の全くないベンチャーズの曲をワンステージ1時間で、3曲ほどやった。通常のベンチャーズ曲なら1時間では、20曲くらいはやれるんじゃないか。
観客には、ピアニストのウクレレ.カラオケ教室の生徒関係、という事でおばさん4人組が来て、ライブ中も終始、お喋りに夢中になって騒いでいた。
曲が終るたびに「アハハハ、、ちっともベンチャーズの曲に聴こえないサァ〜!」と毎度バカ笑いしていた。おばさん連合は、フリージャズでもなんでも関係なく「お喋り」に夢中になれる生き物だと納得。
そのたび、「ギターがベンチャーズ知らないんですよぉ」とプロデュースのピアニストが言っていた。オレは、エリッククラプトンの「クリーム世代」で、ベンチャーズ世代ではない。ステージ上で、次にやるベンチャーズの曲の譜面をいちいち受け取りながらのいつものステージだ。曲名を紹介している際に譜面をチェックしてすぐに演奏となる。ベンチャーズの曲を4ビートでやったんだな。
1時間で3曲ほどやると、「8分休憩します。」と相変わらずの数字感覚でピアニストが告げ1ステージが終った。
休憩中、じっと私のCDを手に取り、眺めている年輩の男性がいた。内心、「何でもいいから早く買え!」と思いつつ見ていたが、10分ほどしてまたテーブルに戻していた。よく意味のわからない行動ではある。客層選んでライブしろよ、、とつくづく思った。
休憩は、別に8分、、というわけでもなく、15分程度して2ステージが始まる。
ベースが不在なので、あれこれの実験をし、色んな事を発見しながら演奏した。少しでも広がりのある低音サウンドを出そうとほとんど親指を中心にベースラインも交えての演奏となった。ピアノがアドリブしている時には、ギターが、ギターがアドリブしている時には、ピアノが、、とベースを補いながら弾いた。
もう、こうなりゃギターの音でなくてもいいな、とわざと琵琶のような音を出して弾いたりした。たぶん、その感覚は、聴いている人にはわからなかったかもしれない。時折、そういう事をやる。
タイトルで覚えているのは、ベンチャーズの「朝日のあたる家」とジャズ.スタンダードの「朝日の如くさわやかに:SOFTLY
AS IN A MORNING SUNRIZE(本当は、朝日のように、そ〜と現れる、、という意味だろう)」の2曲を合体させた「朝日の如くさわやかに朝日のあたる家」という曲だ。私のセンスにない表現だ。
タイトルを告げるとまたまたおばさん連合の一人が、この曲は大好きサァ〜と大声でガハハハハハハハハ、、と笑っていた。なぜ、演奏する前からそんなに笑うのかは、おばさんにでもならないとわからない。スイッチの位置が違うんだろうな、とは思った。
2ステージ目は、1時間で2曲の演奏となった。。
ともかく、無事、ライブを終え、来ていた4人の生徒の一人から「ぼくも普段、娯楽がないのか、あのおばさんたちのように楽しかったです!」とメールが来た。
生まれて初めて私のライブを見た、という女性もいて「楽しかった、また来たい!」と言って来た。
今まで「楽しいライブ」をした覚えがないので、よい経験となった。
ギャラは、¥3,000出た。
3人でやっても10人でやっても¥3,000だ。
CDは1枚も売れなかったので、もう売る事をやめようか、と思った
終ってから親指を見ると水膨れができていた。テキトーな治療器具が見つからなかったので歯で食いちぎって膿みを出し応急処置とした。
そうしないと、しばらく痛くて弾けなくなるからだ。
手伝ってくれたS君と2件ハシゴして呑んだら¥10,000になった。
S君にとっては、毎回、天国にいるような気持ちだろう。
とりあえずの収穫は、ベ−シストが不在でもドラマーとライブができる、という事がわかった。
後日談、として、ライブには、ベンチャーズを弾いていくつも全国的な賞を取っている、という天才小学生も来ていた、、と後でライブをすっぽかしたベ−シストから聞いた。
少年には良い経験となった、とは思ったが、始まってすぐに父親と席を立ったらしい。
哀れな、親子鷹、、だとは思う。
どっちにしろ「夜逃げ」、、には変りないか。
少年がもしも天才だとしたら、私は、小学生の頃には、口笛で一人二重奏が出来た。
まあ、あの頃の事だ。近所の者しか驚かない。
今でも、そのなごりはあるんだぞ!
*今週、水曜日、6月22日、つまり昨日は、同じく同ピアニスト主催の「沖縄県歌謡連盟」としての「美空ひばりを唄う」という那覇市民会館大ホールでの定期発表会コンサート。カラオケ教室を営んでいる関係からこうなったんだろう。カラオケ.コースに「美空ひばり講座」というクラスまである。7年前に発足した連盟と言う。ジャズ.ピアニストだと言うのに、ピアノの生徒はおらず、ウクレレや三味線とカラオケの教室しかやっていない。
私もそろそろ大正琴を教えなくてはいけなくなるかもしれない。これからは老人教育産業しか生き残れないのだろう。
会場は、先月のジャズ.オーケストラ25周年コンサートの3倍はいるんじゃないか、という客数。そのほとんどが出演者と同じ「おばさん連合」。
そんなわけで、これまた本格的な12年ぶりのバンドマン復帰となる「お仕事」となった。午後1時集合し、37曲中、20曲くらいを7人編成のバンドで伴奏。6時30分開演までには、全曲を通す事はできないほど、後は、ぶっつけ本番となりキーも譜面とは違うものも何曲もあった。
出演者は、100人はいるんじゃないか、と思われるおばさん連合。みんな本当に素人なのか、、と思わせる衣装に身をつつんで全曲、美空ひばりにちなんだ曲を第17回忌追悼公演、、として唄ったり踊ったりしていた。
途中、素人のおばさんと私のギターと二人だけの「悲しい酒」もあった。しかし、曲のキーが、美空ひばり専属の木村好夫のギターとは違うために苦労した。イントロも弾いて、コードでの伴奏もして、合の手のメロディも入れて、、と要求満載で、譜面には、6弦は、D音に下げて、、とまであって、むちゃくちゃ言うなあ、木村好夫だってカポはめて弾いたりするぞ!パコ.デ.ルシアだってカポはめて演奏するぞ、、と愚痴を言ったが、ギタリストにしかわからない苦情となった。
とりあえずまあ、子供の頃見た、鶴岡まさよしと東京ロマンチカ、、とか、アントニオ古賀、、とか、そういう感じを心掛けて弾くが、バンドの中には、実際に彼等のような者と演奏したバンドマンもいる。それが専門の者もいたりする。
もちろん、おばさんとの息は、合わなかった。
午後9時過ぎに終る。
先日のライブをすっぽかして逃げた先輩エレキベース.バンドマンと落ち合って呑みに出る。まあ、メンバーを聞かされた時点で、ああ、ライブは無理だ、とわかっていたし、ベ−ス不在のライブも勉強になったからあまり気にしない。
ただ、ライブに来ない、、という事は、一応、卒倒するくらいありえない行動ではあるが、それをプロデュースしたピアニストがピアニストだから実際の二人での会話はわからない。オレはできないと言ったんだあ〜、リハーサルもしないって言うし、、と苦情を言ってはいた。
そもそも、オレがそんなライブできるわけないだろ、、と言うので、「そりゃあ、そうだ!」とあいづちを打った。最初からわかってはいたが、一応、引き受けた、と聞いたんで、ひぇ〜!とびっくりはしていた、と告げた。
それより、今日は、すぐそこの店に聴かせたいギターの親爺がいるから、ぜひ来てよ、と連れられて行った。演歌一筋300年の親爺の演歌専門の店で高級エレキギター1本で客の歌の伴奏をしたりソロで弾いたりしている、との事。
このエレキ.ベ−シスト男は、昔から私が何をして来たかも、、しているかもわからない。
「演歌ギターは、おまえが今日弾いていたあんなギターじゃない、しかし、おまえならあのギターも取り込めるはずだ。もう、あの親爺のように演歌ギターを弾ける人はいない!」と言われたので、のこのこ付いて行った。
まあ、ギター演奏は聴いた事はないが、最近のコンサートやライブで一緒のドラマーのN君の父親でもある。12,3年ほど前に一度、何かのリハーサルで行った事もある。
店へ入ると、もう、すでに零時を過ぎていたためか2,3人ほどの常連客が広い店内にポツポツといた。こいつにギターを聴かせて下さい、とライブすっぽかしのエレキベース弾きに請われて親爺が、2人のおばさんのなつメロ演歌の伴奏で弾き始めた。
う〜む、、、。確かに、もう、こんなギターはいない。どんな演歌の曲でも高級エレキギターで、イントロから合の手まで入れて即座に弾いてしまう。しかもその音はなめらかである。すべて単音でからんで行くのだ。
まさにギターはベートーベンがほんとに言ったかどうかは知らないが、小さなオーケストラである。
熟練の職人芸を見ている感じだ。
70才近いと言う親爺は、ギター弾きは、良い楽器さえ見てりや、いつでもごきげんなんだよ、、、とあれこれケースを持って来て楽器を見せてくれた。
ギブソンのスーパー400は、エリック.ゲイルで知っていたが、スーパー500というのは初めて見た。
あれこれ眺めていると、「演歌じゃなくてもいいから、ステージで何か弾いてくれ!」と言われた。「こういうジャズをやる人たちの指の動きを見てみたいもんだな。」と言う。
う〜ん、何を弾いたらいいんだろう、、と思いつつも「そうですか、、」とギブソン.スーパー500を抱え、ステージへ向った。
最初、テキトーに弾き出していたら、段々、面白くなって来た。
それからノン.ストップのステージが始まった。次から次へとジャズ、ボサノバの曲を弾き出した。客は、店の関係者も含め6人程度。
演歌専門の店が、すっかりジャズのライブハウスと化した。
まさにキチガイに**の状態でのりまくって一人延々と弾いた。
何しろ、生れてからこれほどの高級エレキ.ギタ−を弾いた事がない。
ボサノバのリクエストも受けた。
演奏中、ベ−シストの携帯電話が鳴り、「今、あいつが弾いてんだよ!」と答えていた。それを聴いて「今、流れてるのは どっかのCDじゃあないぞ!とちゃんと伝えておけ!」とステージから合の手を入れた。10分ほどしたら、次期次期次期音楽家協会長もやって来た。
目の前に「サンライズ.サンセット」の譜面があったのでこれも「屋根の上のバイオリン弾き」の気持ちになって弾いた。
「屋根の上のバイオリン弾き」のミュージカルは、見た事ないが、、、。
常連のおばさん客がそのメロディを口ずさんでいた。
しばらく弾いていると急に、場違いな事をしているなあ、と気付き、演奏を止めた。
カウンターで次期次期次期音楽家協会会長と呑んでいると、先月のコンサートの話しになった。あれは、まるで「水を得た魚のような演奏だった、、」と形容する所を「あれは、まるで、酒を得た、、」と相手が少しなまり気味で言った。しかし、その後の言葉が例えを間違ったせいか続かないとわかり、笑っていたら、急に、ひらめいて、、「それじゃあ、まるで、鮭(しゃけ)を得た、月の輪熊か!オレは、、」と答えたら、受けた。二人、大笑いとなった。
何でまた、この世界に帰って来たんだ、と真面目に質問された。その心境をホームページに書いてくれよ、と言われた。
え〜、あの沖縄のバンド界で最悪に評判の悪いホームページに?、、、と答えた。
自分でも何でまた再びこういう事をしているかは、わからない、と答えた。何時死ぬかわからない人生をこの歳で、またしても振り出しに戻るような年功序列システムはないだろ、と答えた。次期次期次期会長もやがて55才になる。
自分は、20代で、自分という人間が、この世界でやれる事のすべては、終えたつもりだ、と答えた。あれほど闘った事もなく、あれほど生きた事もなかった、と答えた。
利用はされたくはないが、必要と言われたらやるしかあるまい。
美空ひばりコンサートのバックバンド紹介では、古くから知っている5才年下のジャズシンガー&ラジオDJの女性司会者から、他のメンバーは、ジャズ界の重鎮とか、巨匠、、、の形容詞が続く中、「孤高のギタリスト」と紹介された。
たぶん、その場違いなメンバー紹介に会場のおばさん連合は、「ココ(此処)のギタリスト」と聞いたと思う。
そんな一日の出来事はどうでもよく、どんな仕事であれ、楽器を弾く事を日々の「普通」の仕事として捉えられない自分がまだいる事がわかった。
おとなしくその日、寝るわけにはいかない。
美空ひばり、コンサートでは、この所のライブの6,7倍のギャラは一日で得た。
不思議な世界だ。
自分のエネルギーを出せば出すほど食えなくなる世界、、らしい。
後記:
今日、23日の沖縄は戦没者を奉る「慰霊の日」で、公休日。
ようやく昨日からの久々に晴れの日を満喫していたら、式典や行事も終えた今日、この深夜から大雨がまたまた降り出した。
もう、雨は、かんべんしてくれ〜。
今夜はどこにも行けない。
今日は、スマップの草なぎつよしのテレビ番組「ヒルズに恋して、、」(註:「恋におちて:ぼくの成功の秘密」)の最終回。
面白かったなあ。
あの社長役の俳優、、最高の演技をするなあ。初めて見た俳優だ。(註:高柳社長役俳優:堤真一(40))
夢中に毎回見たなあ。
脚本の女性に「お疲れ様」だなあ。(註:佐藤嗣麻子:「金田一シリーズ」犬神家の一族、八つ墓村など、、、。)
最高に楽しい3ヶ月を送ったなあ。
無名ながら、最高の仕事をする連中は、まだまだいる。
主役を十二分に食っていた、と思う。
もちろん、主役もそれ相当に絶品ではあった。
ああ、この3ヶ月、、とにかく忙しかったなあ。
6月27日(月):メール3題に答える。「マリファナ」、「リズム」、「裏切り」に関して。
*メール1: (アメリカ在住、19才男子)
(前略)
Q:さて、前に友寄さんが日記で1万円で譜面とオマケの特典DVDについて触れていましたが、僕にも譲っていただけませんか?
二十歳になる前には観たいと思っていたんです。
ライブを記録したCDRにも興味があります。
複製とか、出来るのでしょうか?
A:DVDは譲ってもいいが、アメリカからの注文は振込み料が高く付いて大変だろう。プライベート盤だから振込みシステムをまだ確立していないんだ。ライブを記録したCDRの複製を譲る事はできない。当日の観客で録音した者を探して只で譲ってもらうしかないだろう。
Q:最近はドラムを叩いている(ドラム、始めました)バンドのギタリストA君が、まぁ前は似たようなメンバーで一緒にギターを弾いてた人なんですが、
もう片方の6、70年代サイケデリック音楽大好きのギターのB君がマリファナとかキノコとかをホイホイ仕入れて来る奴で、
何時も仲間とかと一緒に部屋でジュルジュルやってるんですが、21になったギタリストA君は元々ちょっとオカシクて、精神安定剤みたいなものを毎日飲んでるような奴なんですけど、酒にハマって、その上B君のマリファナで空を飛ぶ幻覚を見たりともうやりたい放題なんです。
A:オレは、その分、酒なんだけどな。
Q: 異様に酒にのめり込むのが早いのできっと精神安定剤と何かマズイ相乗効果を〜と思った矢先にマリファナで幻覚を。マリファナでは幻覚は見ないと聞いていたのですが、
これは〜。A君は容姿がシド・ヴィシャスに非常に似ていて、「アメリカ版シド・ヴィシャス」といった感じなんです。何度か、ジミ・ヘンドリックスよろしく寝ながら吐いて窒息しそうになったり、
他人事ながら心配、、、と言うか、もう半ば諦めています。
A:そういう事は、止めても無駄だな。
止めるよりも別の思想的な何かに出会うしかないんだな。
Q: 本人が「もう懲りた。酒は止める」と言っても同じ日に飲んでたり、、、
それが一度や二度ではないんです。昔はちょっと心配していたかも知れませんが、人が散々忠告しようが、何しようが全く聞く耳を持たないので、今はもう何が起ころうが自業自得だろ、と冷め切っています。
A:まあ、しょうがない。止めさせる事よりも新しい何かに出会うチャンスを与えるしかないな。ヨガにでものめり込ませるんだな。
Q:こうやってミュージシャンは他人に関心を無くしていくのかなぁ、なんて思ったり。
A:それはあるな。みんな自分で手一杯だからな。それに、一番、他人に無関心なのがミュージシャンだろ。だからチャリティでもしない限り、救われないんだ。他人の事考えてる奴が、音楽ばかりに関心なんか抱かねぇよ。誰が死ぬ事よりも楽器が壊れる事が一番の関心さ。
Q:まぁ僕が自分のバンドを作ったらオレ様のオレ様によるオレ様の為だけのバンドに、、、と言っても才能のある人が僕に付いて来てくれるかだけが心配です。
A:そこは、それだけの器になればいいわけだ。
一番、優秀な人間が社長になるわけじゃないだろ。
Q: 最近SPEEDとかも好きでよくPVとか観てるんですが、
やっぱり中学生とかの、才能のある素直な子達を育てるのが一番確実なんでしょうか。云々、、、
A:そうだな。女子は、男子よりも素直だからだな。アタックNO1、、エースを狙え、、だ!
Q:とにかく、マリファナは興味あったのですが、ダウンタウンの松本が著書で「ドラッグには頼らない」(ニコチン中毒者が何を言うか!)とか言っていたので、僕も負けず嫌いで、、、しかし微妙です。本当に簡単に手に入るんですけどね。酒やタバコ程の害も無いとも言
われてますし。
A:
害があるとか、ないとかの関係じゃないな。
昔の映画で刑事役のチャールズ.ブロンソンが、不良少女が一生懸命作ったサンドイッチを、オレは、マヨネーズが嫌いだ!、、と投げ捨てるシーンだな。とにかく、誰が作ろうがマヨネーズが嫌いなんだな。
オレは、マヨネーズが付いている度、そのシーンを思い浮かべながら食べるけど。「ああ、付いているなあ、」と一応は、思うな。
Q:「一度くらいは、、、」とは思うのですが、そうしたら何が起ころうがマリファナのせい(お陰)にしてしまいそうで、
嫌なんですよね、、、。とにかく、今のところ取り敢えず吸わないと決めています。
A:そうだな。他にも色々、そういう自分のルールがあってもいい。
オレは、甘い缶コーヒーは、なるべく一日に1度だけにしているな。
Q:マリファナが充満している部屋にいて、その次の朝、観ていた悪夢から覚めても1分程現実との区別が付かなかった事もありますが、まぁ偶然でしょう。
A:そりゃあ、普段からある。マンガばかり読んでもある。
Q: 何故か中学校の同学年の名前もよく知らないような人間を殺したみたいで、
その罪悪感に苛まれている夢でした。全く、芸術性の欠片も無い、、、
A:なるほど。ドストエフスキーの「罪と罰」のラスコーリニコフだっけ、、あの罪悪感を夢で体験したんだな。貴重な体験だ。
Q:とにかく、僕の好きな音楽は(サイケデリックも好きですが)
ドラッグとは無縁っぽいので、必要無いでしょうね。
A:オレは、ミュージシャンらしくする事自体が、好きじゃないんだな。
18才の頃、そう教えられた。
Q:最近マイケル・ジャクソンやジャネット・ジャクソンを始めとする、
これって何て言うジャンルなんでしょう、アメリカのポップスですか?
をよ〜く聞いてみたら僕のやりたかった音楽と共通点が多くて。
小・中学生の頃から根本的に音楽の好みは変わっていないと最近になって強く自覚するようになったのですが、アメリカのポップスは正しくそれでした。
A:
アメリカは、エンタティメントの国だ。
暗さをひた隠し、ひたすら明るく振舞うんだ。ダンス、ダンス、ダンスミュージックだ!それを競っているんだ。
*メール2:(30代後半、プロ.ベ−シスト、東京)
(前略)
それから「荒行」。本当にお体ご自愛下さい。確か空呑みで一度入院しましたよね?ご自身だけのお体ではもはやないのですから・・・。
ゲロで思い出しましたが、配送のバイト時代に前日呑みすぎで出勤し国道上で走りながら「散布」した事がありました。
最近思うのですがリズムが「走っている」のです。
モタるかハシるかといえば「ハシる種族」なのですが自分でも「あ〜ヤバイかも」と認識します。そろそろ「死期」が近づいているのでしょうか?きっちり2,4拍を足で踏んでいかないとダメでしょうか?ちなみに以前のメールで「***の***を見よ」。これは実践しています。(ドラマーが)手に取るようにわかります。ご指導ありがとうございます。
返信後メール:
リズムの件、**法をやってみます。
他の共演者を「***」、これも実践に取り入れます。
*メール3:(30代後半、男性)
Q:「裏切り」と言う物に対しての氏の意見を聞かせて下さい。
ぼくもいろいろと経験はしてますが・・・。
よろしくお願いします。
かしこ
A:う〜ん、、こういう「お題」を個人のメールだけに返信するのは、人類の損失ではある、。。しかしまあ、切羽詰まっている感じもあるから特別にみんなよりも先にコメントするぞ!
裏切り、、というのは、自分の自我の何分の1かを他者に「依存」し預けた結果に起きるもんだ。
そいつと二人じゃないとまっすぐに立てないわけだ。
まあ、例えば、騎馬戦で、オレは、まっすぐ立つから絶対、動くなよ!、、と言って、相手が、動いたような世界だ。
最初からあてにしていない奴が、動いたとして、それを「裏切り」と言うか?
これが、裏切られた側の視点。
一方、裏切った側の論理は、何か、、だ。
そいつを裏切った方が、もっと良い世界に行けたから、、だろ?。
どっちの「視点」に立ったとしても今の自分を鍛えてくれる良い教訓にならないか。
それは、今後の自分自身の生き方で決る。
正解は、「裏切ってくれてありがとう!」だ。
だから、今の自分がいる、、と言えるようにその後の日々を生きる事だ、と思うね。
さらにパワーを出させてくれる良いきっかけじゃないかな。
裏ぎった奴をずっと憎んでいる内は、何も進化しない。
のんびり生きている自分を刺激する良いインプロビゼイションじゃないかな。
長い人生で見れば。
それを何のきっかけともしない奴は、死ぬまで裏切られる人生を送ってくやしい思いばかりをすればいいんじゃないか?
裏ぎってくれてありがとう、、じゃないのか。
だから、人は、何時だって、未来が、楽しいんじゃないか。
このコメントは、**だけに聞かせるには、もったいないな!
暇な時に、この「普遍」のテーマへの返信を掲載しよう。
たぶん、みんな、そういう事に囚われている、と思う。
草々。
返信後メール:
ぜひHPで書いて下さい。ぼくだけではもったいないです。
必要としている人が絶対にいます。
取り急ぎお返事まで
かしこ
7月3日(日):飲み屋で見る、朝まで生テレビ「旧、帝国軍人が語る、、」、ジャズの人、先輩の人、80代に入った後輩の人。
7月1日、金曜日の深夜からの「朝まで生テレビ」は、衝撃的だった。「旧帝国軍人と***」とバックにそのタイトルがあり、何と、俳優の池部良(86才)まで出席していた。ほとんどが、80代で、元大尉、中尉、、特攻隊、、と貴重な証言が聞けた。
あまりにもインパクトがある証言に、「こ、、これを生放送で流していいものか、、」と思っていたら、番組の後半で「これは、録画映像です、、。」とテロップが流れた。前代未聞の衝撃告白である。
実は、その日、飲み屋にいた。
客は、60才手前の中年男がカウンターに一人。
飲み屋の従業員のおばさんが「セロのマジック見た!」と言って来たので、「見た、見た!」と答えていたら、「何?マジック?あんなものは、みんなインチキだからマジックって言うんだよ!」と一々、突っ込みを入れるので、なるべくこの話題を避ける。
最近も不愉快な事があった。還暦を超えた地元のジャズのファンと言う者が、このホームページを見つけたらしく、ホームページの在り方自体を非難された。
曰く、ミュージシャンは、音で自己表現をすべき也、他人への中傷は、ミュージシャンがすべき事ではない、、云々。
まず、自分がどれほど立派な人間で、どれほど現在も人望ある人間かを証明してから他人へあれこれ忠告してもらいたい。
まるっきり、人生も生き方も違う人間を捕まえて、まるで自分と同じレールを歩んでいる部下でも叱るかのようなこの当然の態度はなんだ。
聞けば、この二十数年、これまでやって来たこちらのコンサート、ライブは、見た事は一度もない地元のジャズ関係のファンという。
もう、まったく話すに値しない。
こうした偉そうなジャズファンも含めて、今日の衰退がある。
上から人を見下した口調で喋る、老舗のジャズハウス.オーナー。
口を開けば、ああ、昔はよかった、昔はよかった、、である。
一体、こいつらは、何者なのか、と思う。
これまでさんざん多くの若手を無視し、自分より年長と言うだけでおべっかを使って来た人種が、そろそろ先輩も力尽きて来たから、、と今さら、後輩への説教もないだろう。
こんなんは、男の世界云々は、ほっぽって、今度は、こちらから、サイテ〜の一言で無視して暮したい。
長年の若手を無視し、先輩ばっかりにおべっかを使って生きて来た結果がここにあると思う。
なるほど、昔はよかった、、と言うしかない。
、、、そんなわけで、セロの話題もできないまま、初老男を無視して呑んでいたら、前述の「朝まで生テレビ」が始まった。
何とも信じられない事の一つが、出席者のほどんどが、元帝国軍人と言う80代の者ばかりであるのだが、目眩がするほどのその若々しさである。
若々しいのは、何も、女優の森光子ばかりではないんだなあ、と一体、この世代のこの連中は、男女共に、何なのか、、と仰天する事ばかりであった。
隣には、マジシャンのセロを見た事もないというのにそれを否定する60男。テレビには、衝撃証言となる事を次々と暴露する80代の「青年」連合。
俳優、池部良氏(86才)は、その昔、俳優とその筋の***の癒着を全面否定し、俳優は一切、そういう関わりをすべきでない、と***の世界との癒着訣別宣言を発し、数々の試練を受けた、という話しは、20代の頃から聞いている。それ以来、二枚目役の池部良氏を見る目が変った。
番組は、海軍と陸軍の大尉、中尉、少尉、、などの証言である。
戦地での部隊の玉砕決議は、すべて「御前会議」で行われた、と証言する者までいる。その証言のあまりのインパクトに「そんな事はない、あれは、大本営が決定したんだ!」と反論する者もいた。
「ああした事が、すべて御前会議で行われた、、という事は、常識ではないか!」と述べる。
思わず、こ、こんな事をテレビの生放送で喋っていいのか、、と思ったほどだ。
次から次へと様々な証言が出て来る。
「こんな事は、言いたくないが、当時、疑わしいと思った南京の子供から婦人が、毎日のように手足を縛られ、川に投げ捨てられていた、、、これが戦争だと思う」と、85才になる、元大尉が述べた。
自分たちは、幼い頃からそうした教育を受けて来たのだ、と述べた。
だから、今は、もう、こんな教育を子供たちに受けさせてはいけない、と思い、活動して来た、と言う。
あの戦争は、アジアのほどんどが、当時、アメリカ、ロシアの植民地にあったので、これを解放すべく、日本が立ち上がらないといけない、と教えられ、その通りに戦ったのだ、、と言った。
上官に、特攻隊に志願する者!、、と呼び掛けられた際、これを志願しないと後で、リンチに遭った、、と言う。だから、どうしようもなかったんだ、と言う。辞退できる「空気」ではなかった、という。
日々、特攻で死んで行く同僚たちがいる中、みんなの前で呼ばれたら、自分だけは、、と辞退できなかった、という。
前述の南京事件は、確かにあった、といい、韓国、朝鮮、フィリピンから集められた従軍慰安婦の存在も認めた。しかし、これは確かに、国が設置したものであった、と証言した。ただ、これは、戦争が一時休止状態の期間に、兵士たちが「骨休め」として利用した、と述べた。これらは、今や80代となった「戦友会」の者たちに取っては、常識である、という。
これまでなぜ証言できなかった、と言えば、これを証言すれば「先輩」が、「戦犯」になる可能性があったからだ、、と言う。
ところどころ、途中から入って来た、若者軍団のばか騒ぎの大声で、よく聞き取れない所も多々あったので、じっと耳をすましてテレビを見ていたら、おばさんが、テレビのボリュームを上げてくれた。
「私たちは、通訳がいないとよくわからない話しだけど、今、大切な話しをしてるんでしょ?」と言った。
「そうだ。今、もの凄く衝撃的な話しをしてるんだ」と答えた。
なるほど、85才の身になった者たちに、今や、そう簡単に「先輩」はいない。
戦後55年、みな、当時は、二十歳から三十歳程度の者たちである。ただ、上からの命令を伝える事でしか生きてはいけない。
あまりの衝撃に口をポカンと開け、テレビを見ていたら、いつのまにか、隣の60男は、退散していた。誰も相手しないものだからつまらなくなったようだ。サラリーマンとの事だ。昔の用語で言えば、リーサラである。これまで、何のリーサラ.ウェポン、、にもならなかったんだろう。おとなしく、この80代の衝撃証言テレビを見ればいいのに、と思ったが、どうでもよかったのだろう。
何かをひた隠して、80代まで生き抜いて来た者たちの若々しさにとにかくも圧倒された。あの頃の戦争体験を今日、50年の月日を経て初めて述べた、という、死に損ねた、元特攻隊員の80代がいた。
天皇陛下のために出陣したんじゃない。自分が死ぬ事によって少しでも自分の肉親、愛する者たちが守れないか、と思っていたんだ、と述べた。
それほど、戦況は、緊迫した状況だ、という事を知っていたからだ、と言う。
少なくとも自分の乗った飛行機は、十分に帰りの燃料まで備えた飛行機であった、と証言した。ただ、片道分だけしか積めない練習機で、特攻させられた者たちもいる、と述べた。
司会の田原氏は、「なるほど、それを、美化して、特攻隊はみな、帰りの燃料を積まず、突撃に出た、、と伝えられたんですね」と確認した。
今、思えば、こうしたテレビ番組は、たとえ、飲み屋に居ようとも、避けられなかったんだな、と思う。
日本社会は、常に、先輩、後輩の関係において、あらゆるパワーが封じ込められている、という事がわかる。
あの80代連合の若々しさは、おそらく、先輩からの重圧からようやく解放された解放感から来るものなんだろう、と思う。
長年、「先輩」たちに虐げられて来た、当時の若者そのものの証言だった、ように思える。
できれば、同様に長生きしたいものだ。
今、ここ地元では、旧ジャズ.ファン及び関係者の一部が中心になって、このホームページに圧力をかけ封鎖させよう、という動きがある、と旧組織に属している者の中から教えてくれる者がいた。
現在は、新聞社等、各マスコミ関係、政治団体等、ありとあらゆる手段に根回しが始まり、着々とその準備はすすんでいるらしい。
おそらくまあ、私に何らかの形で拒否された関係者の年輩連合が中心になっているのだろう。
(註:同時にまた、私の琴線に触れた多くの年輩バンドマン、ミュージシャンもいる。彼等は、そんな私にいつでも丁寧に接してくれた。)
果たして、こうした事が許されていいものだろうか、とは思う。何の公共性も持たない一個人の発言をこうした組織ぐるみで抑える、という事がである。それほど巨大な力を持った組織になってしまったのだろうか。他にやる事はないのだろうか。ただ、こういう事があった、こういう事があった、と記述しているに過ぎない。あらゆる手を打って、様々なジャズ関係筋から私を排除して行こう、と言うのがその狙いらしい。
排除って、もう、とっくの昔に排除されているではないか。あれから十数年の歳月は経たではないか。
誰しも音楽を好きになるのは自由である。しかし、いったん、その音楽を好きになった、というだけで、属さなきゃいけない組織がすでに存在し、そこでものが言えるようになるには、還暦を越えなきゃいけない、としたら、一体全体何なのだろう、と思う。
様々なイベントにおいて、いつもと変らぬ顔ぶれで企画され、村民、町民、市民は、黙ってこれを甘受しなきゃいけない、という事もある、と聞く。もう、生まれながらに決ってしまっているのだ。
今、世の中で問題になっているのは、こうした映画やテレビ.ドラマでもお馴染みの旧態然とした「構造」ではないのか。
組織から追放された、、と意気消沈していた者が、何かのきっかけを得て、新たな「敵」となる情報をひっさげ、再び、組織に返り咲く、というパターンもお馴染みである。
自国の悪政から国民の目をそむけるため他国を敵、とするパターンもお馴染みであり、現にそれを実践している国もある。
誰かに取り入ろう、組織に返り咲こう、と思ったら、大体、こうした手口を利用する。
「なんだ!そんな所で何をしているんだ!、ここへは出入りするなと言ったぞ!」「いえいえ、今日は、ちょっとお耳に入れたい事がありやして、、友寄って御存知ですか、、、。」、という感じか。
言論を弾圧するのもかまわないが、あまり、こうした動きを年輩連合がするのは、ライブドア騒動を見ていても、みっともなかった。こんな事ばかりをしていたら、いつまで経っても旧態然とした体質は変らないから若者は誰も寄り付こうとしない。
音楽を好きになっただけで、こうした組織の一員に組み込まれるなんて誰も思ってもみない。私だって思っても見なかった。
批判、批評を快く受けて初めて、対話が生まれるし、また新たな血も注入できる。これは、成長する企業においても鉄則ではないだろうか。
ミュージシャンの活動と言うものは、所詮、みな個人商店の営業だと思う。もし、ミュージシャン、、ならば、、だ。お祭り興業にしきたりがあるとすれば、これはテキ屋のしくみではないか。大本がいて、誰はどこどこで、誰はどこ、と手配されるわけだ。ひょっとしたら戦前からこうしたしくみは同じかもしれない。
すると段々に祭りも廃れて来る。いつまでもガマの油を売っているわけにはいかない。骨董品芸、としての鑑賞、、というならわかる。
若い時、進駐軍がいて、ジャズは盛況だった、と言う時代を若い時から満喫し、なおかつそれで財産までをも築いた時代から戦後何十年経ったのだろう、と思う。
私自身は、そんな体験を若い時代にした覚えがない。すでに、ジャズをやると食えないかもしれない、と言われながらもジャズの持つアドリブ、というものの魅力に取り憑かれ、この世界に飛び込んだだけである。
そして多くの同様なミュージシャンたちに出会って来た。
あれから既に私でさえ二十数年経った。その時の時代、時代で、色々な事をした。しかし、その一切を目撃した事もないまま、また、現在の私も知らないまま、自分たちの趣味に合わないからと、その根回しが始まるわけだ。それが、年齢を経た、旧進駐軍ジャズファンも含めての動き、だと言う。今さら何が米軍基地反対だ。米軍基地よ、ありがとう、だろう。
私は、意外だろうが、生徒を束縛した事がない。私自身の問題と生徒の人格は別である。誰と関わろうが気にしない。自分が本当に合わない、と自分自身で思えば、「別にそこだけじゃないんだから」と言って上げるだけである。しかし、この事によって私に師事した者まで弾圧を受ける事は不憫である。不憫ではあるが、別に、人は、そこまでしてそうした組織に依存する必要はない活動と言うものもある。
ジャズやロックは、本来、反体制であったのではないか。それが、体制派の最たるものとして君臨しようとする事自体に、ここは、北朝鮮か、と吐き捨てるまでである。
もちろん、同様にNO!が言える若手もいないまま体制化して行くのが現状ではある。それだけ個人のパワーが不足している。しかし、一方、かつての「自由」を満喫した政治欲旺盛な若者たちは、今や権力者であるが、そろそろ誰もが定年となりその権力を奪われる。残っているのは、自分に刃向かう者に対しての憎悪感だけである。
実に度量が狭すぎる人間を大量生産する製造システムである。
このホームページは、何の公共性もない、孤立した一個人の活動ではあるから、大したものでもない。しかし、いつかは、当然のようにこうした組織の根回しによって弾圧されるのであろうけど、このホームページの存在によって、けっこう楽しい人生を送り、未来が希望溢れたものに少しだけは、見えた若者もいるのではないか。少なくとも世の中は、こうした世界があるんだな、と心構えはできたはずである。
民営化しても幹部は、別に変らないからその体質まで変るわけではないのだな、とわかる。
争いごとの中で、最も過酷なものは、近隣との争い事ではないか、と思う。
人には、権力を持ってはいけない人種と、権力を持っても別に、大して、人畜無害な人種がいると思う。
われわれに選択の余地はないらしい。
すでに上から与えられたものをありがたがって受け入れるだけである。
しばらくもすれば、また、何事もなかったかのように次の世代が生まれ、それを当然の歴史と認識するのだと思う。
後記:
組織と言う者は、何時だって、その一人、一人に何の自覚もないまま、一人一人の微力が結集し、強大な力となるものだとは思う。
昔、沖縄では、アメリカ人は、団体になると酷い事をするが、個人、個人は、みんないい奴だよ、というのが、子供の頃から聞かされた「常識」であった。
(註:最近またまたの米兵の民間レイプ不祥事は、昔、サイトでも指摘したように、米軍の民間のための沖縄半年軍事訓練バカンス.コースのシステムの不備だと思う。要するに観光気分なのである。)
オレは、ただ触れただけなんだ、、あいつが勝手に倒れて死んじゃったんだよ、、とは、個々の弁ではある。
当然、そのきっかけを作った首謀者は、戦略成就として、もうそこにはいない。
ミュージシャンは何時だって、個人商店でありたいものだ。
個人商店が怒ったって、大して何の影響力もない。
何の権力も持たないからそれが、ちょうどいい「加減」だと思う。
しかし、自分を怒らせたら、あらゆるものを根回ししてでも弾圧できる、と思う、その意識自体が、そもそもの脅威だとは、思う。
こういう事すら言ってはいけないのだとすれば、その国、土地の権力者が、狂っている、としか言えない。
7月28日(木):名護ライブ興業、コンサート、ライブ、年寄りの在り方。世代は巡る。
7月24日、日曜日は、地元は、名護(なご)市でのライブ。那覇から車で2時間程。高速で1時間弱。
店の広告チラシには、「仲本政國カルテット+ハイブリッド.トロンボーン」とあった。これに店からの要望という事で女性ボーカルを加え、総勢9人のメンバー。ライブ、と言うよりも「興業」という感じ。「興業」というよりも個人的には「お仕事」と言う感じ。しかし「お仕事」にしては、「少し多めのライブのギャラ」と言う感じ。(註:呑んだら消えた。)
客層は、男性客の方は、釣ったさかなをそのままぶら下げて居座っている漁師の一団という感じの年輩連合、女性客の方は、ママさんコーラスのメンバーの一員なのか、と思われるような感じの客が、20人程度。8時からの開演時は、10人いるかいないかで、メンバーの方が多かった。
名護のこの店での「お仕事」は、およそ20年ぶり。
20年ほど前にちょっとした事があった。それで、今回は、「友寄隆哉、名護で暴れる!」というライブだと言われていたが、前日に名護市を訪れた者がいて、広告チラシには、一切、名前が見当たらなかったのですが本当にやるんですか、、と問い合わせが来た。
前日まで、何かとホームページ騒動やらで、まったく出る気がなく、すっぽかそう、と思っていた矢先だけに、何!名前も一切出ていない!やったあ!、これで正々堂々とすっぽかせる!と、さっそく前日は、朝方、遅くまで飲み屋で呑んだ。
その間も携帯電話のメールに、明日、すっぽかすのか出るのか、というメールがいくつか来た。その度、「すっぽかすつもりだ!」と答えた。
事前に、当日のエレキベ−シストへも連絡を入れ「わし、すっぽかすけんねぇ〜」と伝えておいた。「何、言ってんだあ〜!ちゃんと出ろよ!、ドラマーは、若手のKなんだから楽しみにしてんだから!」と言って来た。
「え〜!すっぽかしはお互い様じゃないかぁ〜!それに、9人もメンバーがいるんだからギターなんかいらないだろ、ライブなんだからぁ、仕事ならいざ知らず!それに、ライブで9人分のギャラなんか出るかよ!」と答えたら、「う〜む、そりゃそうだけど、とにかく出なきゃ!、おまえがそう言っているとバンマスには伝えておくから!」とひとまず電話が切れた。
翌日、寝ていると電話で起こされた。「後で、迎えに行くからアコ−スティックギターだけでいいから準備しておけよ!」とバンマスから。続いてエレキベースから「今から迎えに行くから」と。
う〜む、、、人間、ここまで誘われたら行くしかない。また10年くらいこれをすっぽかして引退しようと思いつつ眠っていた、というのに。
当日も私にマメに問い合わせをし、今、車で無理矢理拉致され、名護に連行されている!、という私自身が発した情報を得て、わざわざ那覇市から見に来た者も3人ばかりいた。
収穫は色々あった。地元ではさしたる派手な仕事も与えられなく報われないが、ポンタボックスのメンバーとポンタ氏の代わりに時折、呼ばれてドラムを叩いたりしている、という若手ドラマーのK君と自分のバンド用のオリジナル曲を2曲ほどオープニングでギタートリオでやる。
なるほど、今まで地元では、あまり経験した事のないステディな感じのドラミングだ。きっと正しいライブの在り方、、の場数を踏めば、もっともっと成長する。
しかし、客席の雰囲気が場違いな感じがしたので2ステージ目からは「絶対にや〜らない!」とパスする。
その替わり、ここでは、演歌ジャズをやるといい、とバンマスに伝え、2ステージのオープニングは、北島三郎の「与作」をバンマスのピアノが即興フリージャズ風で弾き始める。日頃、譜面しか弾かないエレキベースが、死にそうだ、と必死で合わせていたのが、ちょっと面白かった。
当日は、なぜか、20年前から私専属?のPA屋のミキサーのS氏もわざわざ那覇市から仕事として来てミキシングしていた。
彼がいると、いつも「テキト−にギターだけ目立たせてくれ!」とだけ伝える。本人もギターを弾くらしいから、何がギターらしいかはわかるだろう、との判断からだ。
興業は、まあ、若手?女性シンガーの歌や若手トロンボーンアンサンブルのおかげで、アンコールもあり無事成功し終了。ハプニングもあり、その場つなぎで、ギターソロを1曲、演奏する。
終って楽器を片付けていると、「普段は、どこで演奏しているんですか?」、と尋ねて来る地元の口ひげの中年男性客がいた。
「いやあ、もう、どこでも弾いてないですねぇ、昔は、やってたんですけど、今は、ぜんぜんやる気も客も仕事もなくて、、」と答える。
「とりあえず、まあ、ここ最近は、那覇市のムジカって店の”仲本政國プロデュース”って日曜日かの日に呼ばれたらやってたり、呼ばれなかったらやっていなかったり、あるいは、自分から断ったり、、店に問い合わせてもよくわからないかもしれないですねぇ。何時行ってもいなかったら、ほされてしまったんだな、と思えばいいですよ。」と答えたら笑っていた。
しかし、The Old SongsのCDが、2枚売れた。
、、、という事は、その二人のためにやったんだな、と思えば、わざわざ那覇から行った甲斐もある。
また、20年後に同行してもいい、と今は、少しだけ思う。
店側からの指名は、当然、その時もない、とは思うが、、、。
しかし、、20年後だからねぇ。
後記:
那覇に着いてから、エレキベースと二人呑みに出た。ミキサーS氏もそこへ合流して3人で朝まで呑む。
そう言えば、今から10年以上も前に、今回の若手?トップ女性シンガーの発音をチェックしたのは、オレだぞ!と言ったら二人とも信じなかった。
たぶん、本人もそんなオレの前で歌っている、という事を忘れているんだろう、と思う。考えてみたら、色んな人を地元で教えて来た、とは思う。
最近もホームページを読んでいた、という地元の男性からどうしても娘を教えて欲しい、と言う事で頼み込まれた。何度も辞退し、他の教師を紹介したのだが、じゃあ、夏休みも来るし、、という事で、しばらく小学校5年生の子を教える事となった。
本人もやる気がある感じで、母親同伴で授業を受けている。何か、基礎からじっくり取り組める感じで、実験中ではある。もし、私に言われた通りの事をちゃんと毎回やって来たら、と思うと何だか、どえらい事にならないか、、と思ってはいる。時間に都合が付くか、、と言ったら、ここへ通わせるためなら学校を休ませてもいい、と言うくらいの一家そろっての決意のようだ。
しかし、これは異例の事なので、一家そろって、この教室を信頼しない限り受け付けないので、念のため。
教える事は、当然、音楽に限らない。学歴はいらないかもしれないが、学問は、必要だ。
実家へ帰ると、テレビの前に居座って番組の主導権を握っている年寄りがいる。どうせ、見るもの聞くものすべてが、年寄り好みの世界で、その時間に「電車男」を見るためには、常に、はげしいののしり合いと抗争がある。
しかし、今の所、これに勝利し、「電車男」を欠かさず見る事ができている。
見終っていつも思う事は、こうした年寄りが、いつも居座って、毎日、「囲碁」「将棋」「ゴルフ」「水戸黄門」ばかりをいつも同じ時間に一家揃って見せ続けられたら、その一家は、本当に時代から取り残されて、バカになるなあ、と思う。
じゃあ、これが、社会全体に広がって、その社会が、いつもいつも年寄り連合の好みに支配され、若者がそれに従うしかない、としたら、新しい世の中は、来るか、、と言う事だ。
年を取れば取るほど、頑固になる。新しいものを受け付けなくなる。バランスもあるだろうが、朝から晩までのこうした番組にバランスも糞もない。
何度同じものを見てもすぐに忘れるからくり返しも平気である。共通の好みは、「ニュース番組」だけである。しかし、これは「文化」ではない。
毎回、毎回、年寄りばかりを相手にし、これに受ける事ばかりを考えて生きていると脳味噌は腐り、そこから出る事は一切ない。
あるのは、もうとっくの昔に実験済みの事項を300年くらいかけて繰り返し、ようやくあるレベルに達するだけである。
どんなレベルに達したか、、と言えば、別に、それは誰が代役となってもいい、助さん角さんのレベルである。
ただ、年寄りが安心して見られる助さん角さんを永遠に輩出し続けてくれさえすれば満足なのだ。
世の中が、チャンネルをけっして変えさせない年寄り連合に支配された、としたらどうなるのか。
ゴールデンタイムに居座る年寄りのなんと生々しい事。
それは、今を生きる若者のためにある時間ではないのか。
ちゃんと、その時間は、今の時代を目撃し、自分たちの人生を謳歌し、全うせよ、とゆずるべきではないのか。
年を取れば、それなりの時間にちゃんと朝早く起き、それなりの時間を静かに味わったらどうなのか。
それが、古来からの若者、年寄りの共存共栄の法則ではないのか。
ゴールデンタイムにまで居座り、生々しい欲望を剥き出しにし、若者からその時間さえも奪い、一体、その先に何があると言うのか。
今の時代、どう見ても、権力を持った年寄りが、二十歳の若者と同じに、二十歳の娘を追い掛け、その権力で持って、二十歳の若者を追い返している、としか思えない。
まるで、戦争に若者だけを追いやり、その隙に、居残った年寄りたちが、その若者の恋人たちを愛人にしてしまうような状況のように思えてならない。
番組の主導権を奪われた、うちの年寄りは、スネて寝るだけであるから、なんとも人畜無害ではある。
この事で心が痛む事はない。
自分の役割をわきまえず、早朝から続く、生々しい欲望をゴールデンタイムにまで誇示する事への怒りの方が勝っている。
人の人生は、何時終るかわからない。
のほほんと還暦まで生きる説教好きな者と、30才で散った、はげしい人生が、同じわけはない。
自分が味わった若い時の高揚を、そろそろみんなににも分けてやったらどうか、と思う。
若い時分から派手な世界へ自身をそれほどに露出して来て、これまでも何もなかったんだから、以後の人生も何かあるわけないだろ!
もちろん、みんなとは、自分になびくお調子者の若者ではない。
きっちりとその道に生き、その道の試練をちゃんと受け、様々な人生を経て、なおかつ、その道の技を磨いて来た、若者たちへ、、である。
本当に、そうして、力を付けて来た、年寄りは、たとえ、千円のギャラさえ得られなくともライブをしたらいい。
きっと、良いライブができる。
若者は、いつまでも年寄り連合のお膳立てした世界に甘えていないで、もっともっと自分たちで、コンサートを企画し、自分たちの力でそれを成功させたらいい。そこへ、自分たちが認めた年寄りをそこへ呼べばいい。それが正しい文化の在り方だと思う。
ローリング.ストーンズがソニーロリンズを呼んで、「好きなように吹いて下さい」と言ってのけたように!
昔、中学生の頃、フォークをやっていて、高校生連合とそういう自主コンサートをたくさんやった。100円からは税金が掛るから、、とか言って99円コンサートをやったりした。
出演するメンバーが、スポンサーとして、行きつけの喫茶店の広告をパンフレットに載せたり、みんなが手分けしてチケットを友人知人に売ったり、あの頃が一番、楽しかった。
何をやるかは、みんな自由だった。
あれから、何年も経ち、大人になって、そういう仲間もすべて消え、みんな本当の文化を知らないんじゃないか、と思った。
10代が、20代が、30代が、そういう事を仲間たちと始める事の楽しさを知らない。
そうしたコンサートなりライブに、自分たちが選んだ、世代を超えたミュージシャンをゲストとして参加させるわけだ。そこにまた、新たな血が注入されるわけだ。
ただ、ただ、与えられたものを不平不満で受けるよりも、もっともっと明るい世界ではないのか。
今回の「興業」を20年ぶりに体験して、こんなことを考えて見た。
PS:
あれから、飲み過ぎて、お腹を壊し、今日、病院へ行って胃腸薬をもらっては来た。
そろそろ、、だなあ、と思った。
7月は、これが締めだろう。
当然、遊び半分ではある。
久々の日記は、こんなもんだろう。
この間、1つ歳を取った。
よく、考えたら、誰でも1年毎に歳を取る。
という事は、これは世の中では、誰にでも起る事であり、別に特別、大した体験でもない、という事になる。
特別、大した体験でもない、と言うのに、何も誕生日にカップヌードルを食べて過ごす事もない、とは思うが、しかし、特大だぞ、と思ったりはする。
なんだろうなあ。何か、どうも、、みんな誕生日には、特別な思いを抱いて過ごしていたりする。
こうした感情をさかのぼると、どうも、その始まりからして、そうなる運命になるように仕組まれている気はする。
昔はよかったなあ、、である。
ええ〜!昔は、そんなによかったのかあ?、、となる。
そりゃあ、いいだろ。
聞く所によると、誕生日は、中華料理か、小学生ならマクドナルドのパーティ.ルームが、基本らしい。
確かに、そうやって幼少時代を送っていれば、大人になるにしたがい、そのイベントは、次第に貧相なものになるに決っている。
つまり、最初が盛大で、それを以てピークとなる。これは、1才の誕生日、という事になる。もう、親戚中まで呼んで祝うらしい。1才の時に、既に、その子は、あらゆる栄光、栄華を堪能している事になる。
その次の2才あたりから、親戚筋は呼ばない。例え、呼ばれた、としても、何で、2才の誕生日に呼ばれるのか、呼ばれた方もわけがわからないだろう。
そうこう、何年か、くすぶった誕生日を迎えている内に、13才あたりにパァーっと大きな誕生会が訪れる。これもまあ、お友達を家に呼べる子とそうでない子に別れたりして、また、小学校6年生にあたるクラスの生徒間でも何やら、こそこそと秘密裏に行われる。気に入った仲間しか呼ばないからだ。もちろんこうした事にも呼ばれた事はない。
それでまあ、13才あたりからグレるとする。大体、そのあたりから誕生日はなくなる。
突然、今日は、オレの誕生日なんだよ、マックのパーティルームを予約したから、みんなで行かないか、、などとは、言い出せなくなる。
あれこれあって、気がつくと人は、みんな40才を超えていたりする。
すると、まあ、1才の誕生日から思えば、年々、衰退して行った誕生日は、カップヌードル特大、、にまで行くのは、論理的に当然の帰結ではある。
元々、誕生日というのは、他人におごる日だ、と昔から提唱している手前、まさかカップヌードルをおごられて喜ぶ人もいないな、とわかる。
、、という事で、誕生日は、何かと逃げ回ったり、しらばっくれたり、するようになった。
生徒からの貢ぎ物は、喜んで受けたりはするが、他の者だと、相手の誕生日も覚えていないといけないので、とてもじゃないが、そんな記憶力はない。
だからまあ、誕生日なんてお互い知らない方が身のためだ。
誕生日を迎えた者は、少し、早起きでもして公園のブランコでも一番乗り、すればいい。
しかし、誕生日こそ、もっと気を引き締めて、日々の日常を全うしなきゃいけないんじゃないか、と思う。
そんなわけで、深夜から呑みに出た。
呑みに出たら、最近、居酒屋の板長専門から、店長になされてしまった、という馴染みの40過ぎの板前が現れた。おお!店長!、、と祝福したら、その前に私に相談していたらしい。この誘いを受けるべきか、どうか、、と聞いたら、何!今は、戦国時代だぞ!人が自分を必要としているなら何でも受けたらよろしい!、、と言ったらしい。
ま、まあ、そんな事もあったな、、と話しを聞いている内に、これからの居酒屋の在り方、、というものを思い付くままに列挙した。
そもそもあの「お通し」と言う奴がわからない。あれは、懐石料理の名残りではないのか、これにいくら工夫を凝らしたとしてもそれはメインメニューにはないではないか。元々、懐石料理は、次に何が出るのかを愉しみとしたはずなのに、居酒屋は、そもそも次に出るのは、客が、メニューの中から決めるわけじゃないか。
であれば、メインメニューこそが、本道であって、「お通し」は、そのデモンストレーションでいいのではないか。
いくら、「お通し」に凝ったとしても、それを毎日やれるわけはないではないか。それに、それがいくら旨くても、発展性がないではないか。メニューにもないんだし。昨日の「お通し」は、よかったね、なんて会話は、一見さんお断りの懐石料理の世界の話しじゃないのか、それを大衆居酒屋が形だけ真似して何になる!、居酒屋の「お通し」は、メインメニューのデモンストレーションであるべきだ!、と口から出任せに言った。
本当においしい料理は、一口じゃ済まないはずだ。メインメニューの中から、「お通し」で、その一口をデモンストレーションとして食べさせても、メインメニューへの注文がないメニューは、人気がない証拠じゃないのか!、、などと、よくもまあ、われながら、よう思い付くなあ、と思うままに喋った。
さらに、オレが考える泡盛の酒の最高のつまみは、チャーハンだ!、、と、この所の実験済みの結果を報告した。チャーハンでは、絶対に泡盛は止まらない、それはなぜか?、、、、、もう、、ようこれだけ話しを大きくするなあ、と言う感じだ。
やはり、1つ歳を取ったせいで、その洞察力も一歩深まったのだろう。
泡盛は、元々、タイからキックボクシングと一緒にやって来たわけだ。(本当は嘘だ!米だけだ。)
つまり、タイ米を使っていたわけだ、、という事は、泡盛を呑んでいるだけで、人々は、タイ米をサブリミナル効果のように欲している、、とも言える。つまり、泡盛は、米で作るチャーハンのための「お通し」つまり「前菜」になっていたわけだ!、、と喝破した。
あまりの指摘の鋭さに、自分でも感動していた。
すると、店長となった板前が、「実は、3時間後には、もう出勤しなきゃいけないんです、残念ながら、これ以上は厳しいので、、、もう帰ります。。ありがとうございます!」と言って店を出て行った。
朝の6時前になっていた。
しょうがないので、誕生日を終え、帰路についた。
*メール:18才、男子
Q:『はじめまして。現在18歳の***と申します。質問があるのでよろしくお願いします。
通信講座を受講したいと考えているのですが、友寄さんの作品を試聴させて頂いたところ、失礼ですがあまり好きなものがありませんでした。The
Old Songがちょっと好きでした。(僕はピアノをやっているので、ギターの音が聞きなれない音であったというのもあるかもしれません)。でも、ホームページの内容にはとても共感しています。僕が受講しても、成果は上がらないのでしょうか?お返事よろしくお願いします!』(7月23日)
A:そうだねぇ、その先生に師事したいってのは、その先生の音楽のように弾きたいって事だからそういう先生を探した方がいいと思うよ。
あまり自分ではおいしいと思ってもいないシェフの下で料理修行しても身にならないでしょ。つらい課題を与えられると、ふん、こんな事やらせているからまずい料理しか作れないんだ、、と思ってしまったりしそうでしょ。
ギターの音が聴き馴れないならじっくり慣れるまで時間をかけて聴いたらいい。好きなギター弾きができるまで。
ぼくは、十代では、すでに色んなピアノや管楽器も好きだったからね。
それからまた聴いて、やっぱり好きになれない、と思ったらもっと好きになれる音楽をやっている人の所へ習いに行くのが一番、やる気も出て長く続くはずだね。
面白くない漫才師の弟子にはなりたくないでしょ。
その音楽まで好きになれる先生を見つける事だね。
昔は、誰でも教えていたけどね。
そういう生徒は、長く続かないんだね。
続いても上達は、一切しない。
まあ、でも、十代でわかる事をあまりやってはいない、、、ではあるけどね。ホームページを読んでくれてありがとう!』
Q:『お返事ありがとうございます!確かに友寄さんの言うとおりですね。いろいろ考えてみます!あと、もしよろしければ以下の質問にも答えていただけますでしょうか?
友寄さんのホームページではミミ(註:耳)コピを否定していらっしゃいますが、ミミコピをすることでジャズが体に染み入り、いいフレーズが自然と思い浮かぶようになるということはないのでしょうか?つまり、ストックが増える結果ではなく覚える過程が大事ということです。
図々しくてすみません、お返事よろしくお願いします!』(7月24日)
A:まあ、そういう事の否定ではないけどね。耳の訓練になるならいいんじゃない。
そうだなあ、いずれ日記ででも答えるか。あまり一人相手に密室で返答してもね。
Q:『お返事ありがとうございます。ホームページの更新、楽しみにしてます。あと、自分を貫いてる友寄さんは、本当の芸術家だと思います。
それではおやすみなさい。』(7月27日)
A:
芸術家は、他にもいっぱいいるな。ぼくは、単なる、売れない商品を扱って廃業寸前の商人だな。
そうだなあ。最近もそういう話しをどっかでした事がある。耳コピだろ。別にサイトでも否定はしていないと思うよ。その主旨が違うだけでね。
その話しの中で、「真似する」、という事と「暗記する」という事の違いに触れたんだね。
みんなね、「真似している」と思っているけど、それは「暗記している」に過ぎないわけだよ。暗記を真似だと混同しているんだよ。
だから、もの真似タレントのコロッケのような、想像も付かない「真似」の芸まで行かないんだよ。
真似る、、って事は、例え、その人が、そういう事を実際にやっていない、としても、「ああ、この人だったらそういう風にやるだろうなあ」と言う事までやってしまう事だよ。
ところが、世の中は、暗記、、を真似だと勘違いしてんだよ。
暗記はね、それしかできないんだよ。いつまで経ってもそれ以外の事ができないんだよ。
だけど、本当に真似る、ためには、その人の核をつかまなきゃいけないんだよ。それを見抜いて初めて、その人自身を真似る、「マジに似る」という事が可能になるわけだ。
名前は、わからないけど、最近の若手物真似芸人でもいるでしょ。
金八先生の武田鉄矢の物真似で、武田鉄矢が絶対言わない台詞を言う、、とか言う芸が、、。
「みんな、死ねばいいのに!」って、金八先生の声で言うわけだ。よくもまあ、コロッケを始め、ここまで物真似は進化するようなあ、と思うわけだ。
昔の物真似は、暗記だよ。映画やテレビの台詞をそのままその役者のように言うわけだ。それ以外の台詞は言えないわけだ。
まあ、この問題は、以前も古典の問題で触れた事があるから探すといい。
でも、基本的には、自分が別にあこがれてもいないプレイをする先生の言う事を聞く必要はどこにもないから、この回答も無視していいぞ!
ただ、ちょっと内緒の話しをすれば、今、ぼくにピアノを習っている生徒は、女性しかいないけど、みんな熱心で凄いよ。
できるなら、誰もぼくにピアノを習って欲しくない、と思っているかもよ。それだけ、凄い内容だと思うよ。いずれ、その内容は、公開されるだろうけど、今は、実験中だね。
ピアニストの先生はね、自分ができない事は、一切、させないけど、ぼくの場合は、その逆なんだね。それが、音楽的であれば、自分ができなくてもさせてしまうんだね。
まあ、後、2,3年もしたら、今、教えている小学校5年生の女の子が、それを証明してくれるだろう。
大人とまったく変りがないレッスンをしているんだな。
もちろん、続けば、、だけどね。
続けばってのは、ぼくが続けばって事だよ。
とにかく、良い師匠を見つける事だね。
その人の音楽に興味がなければ、習う必要はない、と思うね。
長い間、生徒を教えて来て、ようやくわかる事だね。
そうした生徒は、今は、どんどん止めさせているから、何も、最初から、そうした先生を持つ必要はない、と思うよ。
物事を習うのに、そんなに打算的になったら、大して何も学ばないもんだよ。
3年、独習するよりも、3年かけてもいいから良い師を探せ、、だな。
でも君が言っている事は、よくわかるよ。
君は、ずいぶんと要領が悪いよねぇ。。
しかし、要領ばっかりで、生きている者ばかりを相手にして来たなあ。
8月14日(日):組織と言うもの、小野田さん物語、終戦記念日、敗戦記念日
あっ、日記を書かなきゃ、と思うのだが、ここは、何かと、全国でも指折りの異常な土地だ。終戦後、すぐに君臨し始め、今以て何もかもを取り仕切っている軍団がいたり、このホームページを気に入らない女王はいるは、女帝はいるは、妃はいるは、お姫様はいるは、しかして、その90パーセントが、一特定宗教団体の「患部」、、いや幹部であったり、この土地は、すでに、国教ならぬ、島教があるんじゃないか、と思えるほどの組織で、今や、その2世、3世の時代にも入る。部外者の1個人が、進駐軍ジャズや特定宗教に異義など申し立てれば、容赦なく抹殺される危険性も秘めている。
しかし、考えようによっては、みな被害者でもあり、加害者でもある。末端を見れば、みな、無邪気そのものではある。
オレは、単に、ヨガの教室に通っただけなのになんでオームの会員なんじゃあ、と叫んで見たとて、どうにもならない。
逃げ出すか、朱に交わるか、実利だけを目当てにすべてをうやむやにし共存するか、まあ、少なくともその選択は、二択ではないから北朝鮮とは違い、まだましな方だろう。
ただ、大衆は、常に、組織を求めてはいる。孤独だからだ。そこに付け込む、と言う活動もある。その大義名分がなんであれ。エスタブリッシュメントした宗教と言うのは、常に、パーティありイベントあり、と楽しい行事で満載だからだ。(むつかしい言葉を使った方がいいかもしれない。誰もが反応できる言語としてではなく、、。)
まず、組織をアピールするには、そこに所属すれば、楽しい事ばかりだ、という事にポイントを置かねばならない。
しかし、年寄りが、年寄りの企画で、若者を喜ばせよう、、なんて企画には無理がある。元々、生れながらに年寄りであったからだ。若者の気持ちなんてわかるわけがない。わからないから、いつまでもウダウダと居座り場をシラけさせる。
人々の孤独に付け込んだのが都会における宗教戦略、、、という事であれば、北朝鮮に宗教は、存在しないのか、、、。隠れキリシタンっぽい宗教事は。
まあ、独裁国家は、宗教が存在しないから独裁になれるわけだ。崇拝するのは、たた一人の人間であるから、戦前の日本もこんな感じだったのだろうか。
この問題にあまり触れると、今度は、北朝鮮からも刺客が来るのでやめる。
ただ、一つ言えるのは、その土地で、最もあやしい者が、外の世界では、一番知られている、、という「法則」だ。
インドで一番、有名な人は、、と聞かれたら私なら「サイババ」と言う。
とりあえず、戦後33,4年経って帰国した「小野田さん物語」のTVドラマを見た。
もちろん、世代として、その時の実況ニュースも見た。以後、色んな書物で、小野田氏を説得した団塊の世代にあたる「青年」の現地での行動の正しさに触れた分析も読んで来た。最近の小野田さんの言動もマニアな雑誌で、読んだりはしていた。
とにかく、その内容は、真実なのか、、とびっくりした。戦後十数年経っても現地で戦争をしているのである。2人の仲間と。その上官として。
2人の部下は、上官である小野田氏に従って生き、戦後十数年経った、というのに戦死したわけである。
そのドラマの監修が、小野田さん自身と最後に記してあったので納得した。
これは、反戦のドラマなのだろうか、と考えた。反戦ドラマなら、これほどの時間を費やし反戦を実践した兵士もいないだろう。
国家が勝手に闘え!と命令し、また勝手に、闘いを止めろ!、、と言うわけだから、その命令した上官が、直接、「止めろ」と言うまでは、止められないのが一個人の生き方だろう、、と闘い続けるわけだ。
あいつらを殺せ!と命令され、殺し続け、「今日からは友達だから殺すなよ!」と命令されるわけだ。あれだけ、敵を殺す事に、すべての知恵と作戦を立て、自分の命令で多くの部下の犠牲も出した、と言うのに、直接の上官から「止めろ」と言われない限り、止める事はできない、と言うのがその言い分である。
一応、気が狂った上官としか思えないではある。その下に服従した部下の不幸話しではある。戦争が、30年以上も続くわけがない、と言う常識もこの際働かない。
しかし、現実には、横井庄一氏を始め、30年以上も兵士として暮していた者がいるわけだ。横井氏ももう亡くなったから「オレは、あいつとは違う」と言う台詞もドラマで発言できるのだろう。
現代の感覚では、到底、理解できない考え方ではある。
ドラマの監修が小野田氏自身なわけだから、大変、勇気をもった真実の「吐露」だと思う。
あまりにも真面目に、国家や、親の意見に従うとこうなるんだろうなあ、と言う感じである。
このドラマは、痛烈な反戦ドラマと成り得たか。。
自分がいかに馬鹿な上官であったか、、そのために二人の部下を道連れにした、と言う、小野田氏自身の懺悔があるのだろうか。
国家教育とは、それほどまでに恐ろしいんだよ、と言う事であろうか。
どんな組織であれ、組織に属する者は、一度、自分たちの真面目な忠誠心の下で、一体、どれだけのバカげた行為が、繰り返されているか、、と言う事を一度考えて見る必要はあるだろう。(すべての教育に従事する者も同じである。その教育は本当に正しいのか!)
有事になれば、誰も上官が選べないんだから。
明日は、終戦記念日、、と言う。
最近、8月15日は、国際的には、終戦記念日ではない、世界は、9月の調停式を「終戦」としていて、日本だけが、この日を終戦としているから、何かと生々しく、自国民も他国民も反応するんだ、、と言う、、どっかの大学教授の論を新聞で読んだ。
何!そうだったのか!っとびっくりした。
(それにしては、一般誌で、一宗教の教えを掲載するのは、妙ではないか。その団体に、自社の株でも買い占められた、としか思えない。)
自国の国家の掲げる「敗戦記念日」と、国際社会が認識する「終戦記念日」と、一個人の兵士が、戦後33,4年経て認める「終戦」にズレが、あるとしたら、まだ、戦争は、終ってはいない、、とする沖縄県民の主張は明日は、認知されるのだろうか。
終戦記念日は、ぜひとも進駐軍ジャズ.のビッグバンドで締めてもらいたい。
また、あの頃のように仕事のギャラが与えられ大喜びの者もいよう。
みんな米軍のおかげで還暦も無事越したわけだから、米軍感謝の式典があってもいいわけだ。
願わくば、平和な時代は、上官を自由に選びたいものだ。
後記:
上官殿!、今週も何とか日記を書く任務を無事、果たしましたあ〜!
えっ?命令した覚えはないって?
失礼しましたあ〜、、、。
PS;
とりあえず、15日の正午には、黙想中。(註:爆睡しているはず。。毎年恒例)
8月19日(土):「ウークイ」、盆の終り。天から観る者。後記:郵政民営化の話し。
盆も今日が最後の「ウークイ(おうくり=御送り)」
親戚関係や兄弟姉妹も含めて、年に1度だけ会う。
しかし、午後9時前に行って午後11時あたりにお開きとなる。
だから、大体、9時あたりに間に合うのであれば、通常の仕事をしていてもいい。
、、と言った記述を木版にでも彫ってどっかにでも埋めておけば、後の、「沖縄民族」の調査のための文化人類学の大いなる発見にならないか。
ともかく、3本の芯のような線香に火を付け、「ウートートー(呪文?)」と言い仏壇に戻せばいい。
年季が入れば、ウートートー以外に思い付く願い事もない。あれやこれやオーダーすると祖先にも負担となる。サンタクロースとは違うからだ。
昔は、「扇風機が欲しい、洗濯機が欲しい、新しいクーラーが欲しい、ステーキが食べたい、、、」と、ウ〜ト〜ト〜、、と言うふりをしてありとあらゆる願い事を述べたものだが、何も実現しなかったので、もう、願い事は、言わない事にした。
まあ、今から思えば、これは願い事、、と言うよりもまるで通販への要望であった。
それくらい願い事と「注文」の区別がつかなかった。
今月は、誕生日があったとは言え、いつものように起きると「早く死ね!」と言う匿名メールしか届かないわけだから、あまり、今日一日も楽しい、、という感じもしない。
教育は、ここまで荒廃しているのだろう。
なんだろうなあ。善悪、、というのは、昔は、お天道(てんとう)様は、すべてお見通しだよ、、と映画「フーテンの寅さん」のように、例え、誰にも見つからないから、と済ましていた行為すら、どこかしら罪悪感が心に残ったものだ。
今や、それを改めて忠告する者もいない幼年期を送って来た者で溢れてしまったわけだから、まあ、仕方のない事か。
つまりまあ、見つからなきゃ、何をしたってかまわないんだ、、という事だ。
本来の信仰心、というものが、消えたんだな。
なぜなら、今の時代、教祖様は、現に生きていたりするわけだから、生きてんなら、そりゃあ、見つけられないだろう。
ちゃんと天に召されて、上から「監視」してくれなきゃいけない立ち場なはずなのに、天にはいないんだから。
例え、召された、、としても、今度は、またまた、その後継者が現れるからちっとも永遠の監視者、、とはなってくれない。
生きて、この世に、今もいるなら、え〜と、、今頃は、あの辺にいるから、大丈夫だな、、と言う目論見が、日々働く。
おいおい、それじゃあ、何時になってもおまえをいつもワッチングしてくれている者はいないじゃないか、、となる。
なるほど、これが、人間の孤独感、、ちゅう奴だな。
じ、自分の事なんか、誰も、誰も見ていないっスよ!、、だ。
、、という事であれば、盆、、と言う儀式は、おまえたちの事は、われわれ祖先一同が、ちゃんと日直分担してワッチングしている事をゆめゆめ忘れてはならないぞ!、、と言う事を思い出させる儀式なんではないか、、と思う。
その時、多少なりとも祖先の零前に向い、あれこれの注文、オーダーを唱える者がいる、としたら、たぶん、きっと、祖先一同、その存在をまだ信じてくれる子孫がいる、、という「事実」に、爆涙(バクルイ!)している事だろう。
願い事は、超、早口言葉で唱えるのが鉄則。
そういう子孫で溢れたら祖先も十分満足し、無事、帰還するに違いない。
後記:
小泉首相への「憎悪」とは関係なく、郵政民営化、当然、とりあえず賛成!。
しかし、反対派に、郵便局を利用していない大物議員が多々いる事がおかしかった。(賛成派も同様)
決議の前日まで、どちらに投票するべきか、、が決らない議員がいる事自体、意味不明。
政治、、というのは、よほど、「しがらみ」で成り立ってんだなあ、、とわかる。
このホームページを潰せ!、と「関係筋」から来る事と同じだ。
何の関係もない。これまで生きて来るのに何の援助も受けた事もない「関係筋」だ。
それにしても、一国を左右する決断が、当日も決めかねている、、というのだからどう理解していいかわからない。
こんなの、何十年も前に決める事だろう。
その「構造」を理解すれば。
でも、まあ、これも派閥争いではある。
経済、経済、、と言うが、お金を扱うのは「財務省」じゃあないのかなあ、とは思う。その張本人が「郵政省」とは、あまりピンと来ない。
しかし、1年ほど前から、あの!、、あの!ぶっちょう面した、男女含めての局員の顔が笑顔になっている。何の説明能力もないくせに、いちいち、丁寧に説明しようと長々と喋る。理解しないのがバカだ、と言う口調だ。
もっとわかりやすく的確に言えるのが商売っつうもんだろう!
今まで、どれほど、その愛想の無さに我慢して来た事か。
嫌な事があったら、郵便局でも行くといい。
今や、サービス業の「手本」であろう。
しかし、変化(へんげ)したのは、若者の局員だけではある。
お役所同様、過去の遺物は、奥の席でふんぞりかえっている。
何十年も前から、社会保険庁に居座る年輩男性職員に問い合わせをし、鼻先であしらわれた経験のある者は、ごまんといる。
彼等だけは変らないまま民営化したシステムの幹部となるのだろう。
国鉄から民営化した「JR」を見て、大体の事はわかる。
民間システムとして提示するNTTの横暴は、今も続く。
選択の余地のない商売、、というのがあるか。
ただただ、その料金だけが、上がって行く。
本当の、競争社会ではないのだ。
隣の部署が、別の建物に移転しただけなんだろう。
たぶん、同じ窓口で、ボーナスを貰っていると思う。
競争しているフリをしてんだ。
こんな事、民間ではよくある話しだ。
向いにライバル店が出たな、、と思っていたら、同じ、経営者だったりする。
どこの誰が、そんなやり口を教えたんだろうか。
なるほど。。
そうなると、反対者の意見もわからないではない。
でも、本当に、これで反対してんのかなあ。。
8月21日(日):続、郵政民営化、自公連立政権のための基礎学習、既得権、師匠選び。この素晴らしき戦争!
郵政民営化の話しをしたら、こういうサイトを紹介してくれる者がいた。
まだ、総選挙にも時間がある。
専門家ではないので、そのまま紹介だけに留めておこう。
http://www15.ocn.ne.jp/%7Eoyakodon/newversion/yuuseiminneika.htm
しかし、よく考えたら、小泉政権を支持すると言う事は、「有事立法」も支持している事になる。
これは、ここ沖縄では、すごい剣幕で反対者続出である。みんなその法律がどんな風に利用されたか、、を体験済みの者ばかりだからだ。
話しによれば、小学生の頃、学校から帰宅したら、すでに家は、日本の兵隊で占拠され、両親、兄弟がどこへ連れて行かれたのかも知らないまま、家族を捜しまわった、という女性もいた。とにかくまあ、有事となれば、国民一人一人の意志は、どうでもよい、となる。
もし、こうした法案に対して反対した議員が、今回のように党からも推薦を受けず、活動も停止させられたら、と思うとぞっとする。
『、、とは言うものの、昔、ジャズの世界で、ルイ.アームストロングで、有名な、反戦の唄とも言える「WHAT
A WONDERFUL WORLD(この素晴らしき世界)」と言う、歌手なら誰でも唄いたくなる曲を発音が悪いがためにWHAT
A WONDERFUL WAR(この素晴らしき戦争!)と唄う多くの日本人歌手がいて、ひっくり返った事がある。「WORLD(ワールド:世界)」と「WAR(ウォー:戦争)」の発音は、一瞬たりともダブる「音声」の部分はない。「WORLD」とダブるのは、「WORD(言葉)」くらいである。
ついでに言えば、これまた昔、結婚式で、「聖者の行進」(WHEN THE SAINTS GO MARCHIN'
IN)をBGMとして演奏したバンドがあり、問題になった。出席者の中にアメリカ人がいたのだ。これは、葬式の唄で、天国へ行進して行く、という歌詞の意味だったからである。
昔は、こんな事が、多々ある。
聞く所によれば、昔の英語刊行物は、学界の英語学者の権威が、絶対にネイティブにチェックさせなかった、という。それがそのまま英語の教科書となった時代がある。「権威」の体質としては薬害エイズのようなものなんだろう。それが、たまたま分野が違うために人体には影響しなかっただけである。その体質は全くもって同質だと思う。
どんなに極めたつもりでも、あちらの文化は、謙虚に学ばなくては、やがて大変な失態をしでかす。今の時代は、それがすべて検証される時代になった、と思う。
しかし、最近、テレビで見た「東京ジャズ」に出る若手シンガーを聴くと、もう、こうした問題は、起らないほど、完璧に発音していたりする。傲慢なプライドなく真摯な態度で、もの事を学んで来た結果、だと思う。文化の違いを非常にリスペクト「RESPECT」して学んでいる若手に溢れているからだ、と思う。「権威」体質ではないから、なんだと思う。アーティスト誕生である。だから、物事に序列を作らない。彼等にあるのは、良い物を作りたい、と言う意識しかない、と思う。』
今回は、非常に複雑な選挙ではある。
何と言っても郵便局の簡易保険、終身保険に加入している当事者だからだ!
そんなわけで、今や自公連立政権となる保守党の一方、公明党に関して以前、読んだ、佐高信、テリー伊藤の「お笑い創価学会」(光文社、2000年7月)以来の書となる、*「創価学会」(新潮新書:島田裕巳、2004年6月)を本屋で発見。すでに1年前の出版物となるようだ。島田と言えば、昔から何かと色々騒動があった宗教学者で、1980年代のオームVS幸福の科学、(朝まで生テレビ)以来、馴染み深い学者である。この書によって初めて知らされた事に、日本国民の7人に1人は、創価学会員である、という。(2001年末現在)。よくぞ、これほど客観性に満ち優れた入門書を残してくれた、と感涙。国民の7人に1人が学会員であれば、これを小学生あたりからの義務教育の教科書として採用してはどうだろうか。日本国民必読の書である。読まない人間は、今後、日本国では生きていけないだろう。
後記:
さっそく、旧陸軍じゃなかった、海軍でもない、何だか知らないが、この教室へは通わない方がいいよ、という運動が始まっているらしい。(5年前から!)
まあ、還暦もとっくに過ぎた立派な大人たちの最後の「活動」だから、そうそう露骨な発言もバレバレである。したがい、言葉は至って丁寧ではある。
私に習っている、、と知ったら、「もっと優秀な先生がいるから紹介しょうか?」と言うのが、そのマニュアル語らしい。
私が自分自身の事を触れれば、この地に生まれ、これほど、正式に物事を学んで来た、というバックグラウンドを持った者は、ここにはそういない、とは思う。
それだけ真剣に物事を学んで来た。だから、未来の教育も見える。責任を持って、小学生への指導もできる。
しかし、ここは、そうした正式な教育を受けた者への嫉妬心が強い。
私が、ダメ生徒へ厳しいのは、人気の細木数子の言うように、本当に、その人の事を思ったら、嫌われる覚悟で物を言うべき、という立ち場による。それで、みんなプライドを傷つけられ脱会する者が続出する。脱会したからと言え、そうそう人生は変らない。そうやって10年後に復帰してくる者も現れる。しかし、それは、それで仕方のない事だと認識し、この姿勢は崩さない。
それは、ライブドアーの堀江氏が、本来、政治家を嫌っていたはずの者が出馬表明をしたように、最も政治家に向かない者こそ今の時代は、政治に出馬すべき時代ではないのか、と言う事にも共感は持つ。
いわば、貴族院の復活である。政治で食うつもりはない、、という人種である。だから、そこに現代で言う持ちつ持たれつの「しがらみ」がない。
最も、教育者に適していない者が、ものごとを教えるべきである。
彼等こそ、何の「しがらみ」も無縁の、一介の戦士である。
お膳立てされた、イベントに乗っかり、あれやこれやの注文を言うのは、アーティストではない。過去の遺産にしがみつく現象でしかない。
この人が、有名であったから、と師事を請い、学んだら、あっと言う間にその師匠を超えてしまった若者が、「オレの仕事を奪うなよな!」と師匠に忠告された、と言う者も多々いる。師匠選びを間違えた、と無視できない。その人しかいないんだろうなあ、と思ったからである。選択の余地がなかったのだ。
20代ですでにあっと言う間に「師匠」を超える、という才能を発揮していた、というのに、あれから十数年経ち、今や40にも届こうか、と言う年代に入ってまでも「師匠」の影にその力は封じ込められている者もいる。
この「既得権」を、時代の趨勢(すうせい)を利用して得て来た、師匠筋とは、何なのだろう。
そんな時代、ちっともなかった。
しかし、それでもなおかつ、この道を選んで生きて来たかつての若者もまた多し。
政治の世界に全く同じ。
9月2日(金):「しがらみ」の組織、巨大市営ビル、郵便局、総選挙、後記:藤岡弘のCD
前回の日記から少し間が空いてしまった感じだが、故意に間を空け、更新をちょっと控えていた。それだけ、こうした状況を分析する時間が欲しかったわけである。
音楽が好きになり、たまたまそうした仕事関係に従事していたら、いつのまにか巨大組織の末端の構成員に組み入れられ、気が付いたらわけもわからない「しがらみ」を持ってしまった、と言う事に対してだ。しかも、こうした「しがらみ」から来る上下関係は生涯変らない。なぜなら、そこに君臨する人間のメンタリティ自体が、上昇指向に満ちているからだ。だから、一度形成されたその地位を死守するわけだ。そうした人種は、けっして目下の者から何かを学ぶ事はない。
個人商店と個人商店の関係であれば、お互いは常に「対等」であり、協力して何かを行う場合は「今回は、そういう事でひとつよろしくお願いします」と言う挨拶を交わすのは、お互い当然の礼儀なはずだ。
それが、まるで、自分に奉仕するのは「あたりまだ」と言わんばかりに経営者気取りで現れ、名前も碌に覚える気もない末端の下僕社員のように扱うこの旧態然としたシステム。
「芸」の目利きができないから権威指向に走る。それでしか人間の価値を判断する基準がないから当然の帰結である。その時点で、すでに自身の成長は止まった事にも気付かない。
これが、ちゃんとした社会保証制度もケア−された組織なら当然、そこで「食わして」もらっているわけだから、それなりの忠誠心は必要であろう。
しかし、これまで生きて来るのに何の恩恵も受けた事はない、ただ、必死で、個人商店の業務を全うし生きて来た者にまでそうしたシステムを適用しようとする。前近代のシステムである。それが保存されているのが、その証明である。
この理不尽を例えるなら、なわとびが面白いと日々遊んでいたら、ある日、「わたしたちは、なわとび狂連合の者だが、これからこの場所でなわとびをしたいならこの連合にまず入会しなきゃいけない」と言われるようなものだ。
連合組織を覗くと、なわとび係長、なわとび次長、なわとび部長、なわとび部長補佐、、、に溢れていて、その場所でなわとびする番がちっとも自分に回って来ない、、という感じだ。
実際、なわとびをしている所を見ると、大した名人もいない。不思議な事に若ければ若いほど、なわとびが上手かったりする。
それなのに、「あの部長のなわとびは、年季が入っていて、すぐに縄に足をひっかける所が、真似できないなあ」などと感心しなきゃいけない。まず、そうした個々の癖を「熟知」し、誉めなきゃいけないわけだ。
ちょっとぉ〜、足、ひっかけ過ぎじゃないですかぁ〜、、なんて言おうものなら役員会議でも開かれ、呼び出しを食らい、吊るし上げに遭う。
ところが、世の中は、なわとび狂連合、、と言う風に見せてはいても、その中の6,7人に1人は、どこかしらのまた別の組織に属していたりする。
今や、人間が10人も集まれば、その中の9人は、なわとび、、とは無関係の「世界跳び箱狂連合」の組織の構成員でもあったりするわけだ。
そんな事も知らないで、残りの1人が、必死に、「みんな、ちゃんとなわとび上手くなろうよ!」なんて言っている事自体が、バカげている事になる。
他の9人は、日々「世界跳び箱狂連合」の会合でも頻繁に顔を合わしている同胞であったりするわけだ。「なわとび狂連合」の会合だけで会っている、というわけでもない。あぶれた1人だけが、みんな「なわとび狂連合」でたまに会ってんだな、と世間知らずな感想を抱いているわけである。
政治の世界も同様だ。国民一人一人の支持を得て選ばれた議員に1年生議員も2年生議員もない。改革したい事があるから議員になったはずである。それのなのにまず覚えなきゃいけない事は「しがらみ序列のしくみ」である。
これが音楽ならこの人をまず音楽家として尊敬するかしないか、、は、その音楽を聴けばいい。大学教授ならその著書を読めばいい。政治家ならまずその人の人となり、と言論と行動の一致を見ればいい。医者なら、どうせ病気が治せないならその物腰、応対の態度を見るしかない。
よくわからない事が多すぎる。
その「しがらみ」の中に放り込まれたために、まったく尊敬に値しない者に対しても平身低頭しなきゃいけないし、あちらも当然のように部下扱いするわけだ。
先日、やがて1年になる、という今や、旧繁華街となった市場通りの新しくできた店鋪ビルに行く機会があった。ここは、何十年も前から市民に親しまれたショッピングセンタービルが君臨していたのだが、もはや時代の流れには向いていない、と市によって取り壊され、また新たにビルを建設する、というので多くの商人が立退きした。
訪れてびっくりした事は、以前と大して変りのない空間であり、多少、様子が変った、とは言え、まるで迷路にでもなっているかのようなわかりづらいしくみのビルとなっていた。休日だと言うのにほとんどこのビルの中に入ろうとする者はいない。入店する店鋪もわずか、、でしかない。
う〜む、だ。
誰が、このビルを設計したのだ!、、果たして以前のビルを壊す必要はあったのだろうか、、、と話題にしたら、みな同様の意見をもっていた。もう2度と行く事はないだろう、と言う。同感である。
市内には、こうしてできた湾岸巨大ビルが以前にもあってこれが2つ目のビルとなる。最初にできたビルには、もうほとんどの店鋪が撤退していてレストラン関係も一切消えていた。
こうしてできた市営のビル建設の費用は一体どこから出るのだ!
こんなひどい建築物を設計した者は、何と言う名の者か。
名前を公表すべきだ。少なくともビルの前にその名を刻むべきだ。
新しくできたビルは、ここが市の中心のビルとなるようにと方言で「臍」と言う意味のそれらしい名前が付いている。
話題にしていると、あれは、どこそこの誰々が、市にアイディアを持ちかけまかせられたらしい、と事情通の者が教えてくれた。
え〜!そんなに簡単にまかせられるの〜!とびっくり仰天した。
今や、こうしてできた廃墟寸前のビルが、市によって2つも生まれたわけだ。これがド田舎に建てられた不要の巨大施設、、と言うならよほどの調査マニアでないとわからないかもしれないが、何しろ街の真中にど〜んと鳴り物入りで建設されたわけだ。私に何の相談もなく!ひょっとしたら郵便局から少しお金が引かれているかもしれない!、、と通帳を調べたら、かなり自分で使い込んでいて何も残ってはいなかった。。自業自得。。(まあ、市営と国営の資金源は違うが、どちらにしろ税金だ!)
談合、、どころじゃない。その前に、すべてが「しがらみ」で動いているわけだ。
来週には、総選挙だ。9.11のテロ事件なんかもうとっくにどうでもよくなってそれどころじゃないはずだ。
まあ、「しがらみ票名簿」と言うのがあって、いくら名前を記入してもらっても大体、その1〜2割程度が、実際の票として信頼してもいい、という。2万票集めたかったら大体、10万人くらいの名簿がないといけない、という事になる。
一応、まあ、記入してくれ、と言われたら何でも記入する。実際の投票は別だからあまり気にしない。どうせ電話も取らない。
そんなわけで、この間、郵便局に行ったら見なれない「女子店員」がいた。振込みをしたいのだが、と言うと時間が10分過ぎていた。
明日、来て下さい、、と言われたので、「ああ、でも機械かなんかないの?」と聞いたら、それならあちらにあります、、と言う。
でも、この振込み用紙少し上の方が破けてますねぇ、、機械が受け付けないかもしれないですよ、、と言う。
でもまあ、一応、、と、、あちらへ行くと、どうやってやるのかわからなかったので、また、窓口へ行き、「どうやってやるの?」と少しイラっと尋ねた。
すると女子店員がやって来てここへ振込み用紙を入れるんです、と2台ある一方の機械を指差した。もう一方には、その機能はない、と言う。その機械を見ていたからわからなかったのだ。
用紙を入れるとすんなり入った。店員は、「ああ、できますねぇ」と言って立ち去った。
何だできるじゃないか、試してよかった、、と消極的な感想を浮かべつつ帰った。
しばらくして、ハッとある事に気付いた。
「よ、、用紙が破けているから、で、できないかもってぇ〜!、ゆ、郵便局には、その用紙がたくさんあるじゃないかぁ〜!改めて書き直したらいいじゃないかぁ〜!そ、それを、明日来た方がいいですって、、、よくも言えたなぁ〜!」と気が付いた。
この所、少しはサービスが良くなった、と思っていたが、またしても正体を現しやがって!
総選挙も迫ったこの時期に、よくもそんな自覚のない行動が取れるなぁ〜、、とその「早く帰りた〜い」メンタリティにまたまた怒りが湧いて来た。
ようやくわかったぞ。
自分が何を望んでいるか、、が。
少なくともうちの近所の郵便局だけは、民営化して欲しい!
、、、、まあ、そんな問題でもないか。。
むつかしい選挙だが、権力を持ったら一番やばそうな人間には入れない、、というのを基準としている。
後記:
プロのギタリストでアレンジャーの藤高士郎氏からCDRが送られて来た。
http://www.h5.dion.ne.jp/~shiro.f/index.html
ついに俳優の藤岡弘氏のCD(芸能生活40周年記念プロジェクト)が完成しました!と言う。
聴いて、笑った。
藤岡氏は、村田英雄、ガッツ石松、、に続く逸材だ、と言う事がわかった。本人も心得て、楽しんで真剣にレコーディングしたらしい。
若者へ向けてのラップメッセージあり、ラブソングあり、もう突っ込みどころ満載である。
「男なら、女の尻を追っかけているよりもジャングルへ行ってジャガーの尻を追い掛けろ!」のメッセージには、特にひっくり返った。
そう言い放ったか、、と思えば、一転して、フォーク調のラブソングをためいき交じりに甘く唄う曲があったりする。
家族愛を唄う歌もあり、そのたび、う〜む、50代で離婚したはずでは、、とテレビから得た、いらぬ豆知識も浮かび、思わず、そんな事ばかりをしているからかもしれない、、と思うと、またまた、、、。
バックの演奏は、みんな真剣でした!、、との事だが、どうしても笑いが先に来てしまう。
自分自身も第4集のCDで、真剣にピアノを弾いて冗談音楽をやったから、その気持ちはわからんでもない。
レア物の笑えるCDを集めている友人がいるから分けてやろうと思う。
「真面目」を通り越すと「真剣」が生まれ、それもまた通り越すと人の行動は、思わず笑いが出る境地に入る。
あまりそうした他人を笑える身でもないが、、、。
9月12日(月):ニューオリンズの災害、台風、選挙、世界柔道
この10日間は、台風接近、風邪、世界柔道、選挙と何かと慌ただしかった。アメリカ、ニューオリンズでの惨劇も信じられなかった。世界的には、ジャズ発祥の地、という事で有名であるが、その実態は、大変、悲惨な状況だったんだなあ、とわかる。数千人の死者、と言うから、驚きだ。
文明社会の応対とは思えないほどの扱いで、何がなんだかわからない。貧しい黒人が3分の2を占める、、のだそうで、そのため対応が遅れているのは人種差別もある、とか言っている。そんなあからさまな人種差別もないだろう、とは思うが、妙な感じはする。
ニューオリンズ出身のジャズ&クラシック.トランペット奏者、ウィントン.マーサリスが、昔、20年くらい前か、インタビューで、あそこのストリートでペット吹いている少年たちは、観光客の受けを狙ったプレイばかりしていて、ああいうのは、本当は良くない、、と話していた事を思い出した。
観光客相手の受けを狙った下品な演奏、、という感じは、大体わかる。しかし、まあ、それが主な生活の収入源だったりするわけだ。だから観光芸と言うのは、何時だって下品であったりはする。下品と言うのは、とにかくお客さんに受けるようにしか吹かない、という意味だろう。バック転(宙返り)でもしながら吹いたりもするのかもしれない。
ウィントンは、もっとちゃんとした音楽教育が必要なんだ、という事を述べていたのだろう。もうあれから20年くらい経つわけだから、その少年たちもあれから20年を過ごし、おそらく亡くなった数千人の中にいたりする可能性はある。
何とかそうしたニューオリンズを脱出できたウィントンなんかを見ると、聖書のノアの方舟、、というものがあるんだな、という気持ちにもなる。神に選ばれし優秀な者たちは、20年も前にその土地を脱出できた、というわけだ。
日本での台風災害の状況を見てもその根本的な所は似ている。
その土地が危険だ、とわかってはいても、そこでしか生きる事ができないわけだ。その被害者と真っ先になるのは、弱者としての年寄りたちである。もはや、逃げ出す体力さえも奪われている。黙って「運」を待つのみ。しかし、これは本来の「運」でもない。選択の余地のない状況で運があるのないの、、はない。1発だけいれた銃の弾口を頭に突き付け、ロシアンルーレットをしているようなものだ。
外れようが当たろうが、そもそもそんな状況に毎回、遭遇する事自体が、おかしい。
ここ、沖縄も昔は、台風が来るたびに大きな被害を出した。その対策として長年、暴風林や堤防、民家の鉄筋コンクリート化、、と、段々に台風へ向けての島作りが始まった。童話「3匹の子豚」で言えば、末っ子のレンガの家作りのようなものだ。しかし、こうしたプロジェクトも実際は、30年から50年近く掛っている。それほど長い時間を要する。
台風に強い家を、、というのが県民の間でも合い言葉であったのだろう。だから、幼い頃の台風は、怖かった。まるで魔物が大きなうめき声を上げながら家を揺らしているような感じではあった。
今は、過ぎ去った後も堂々と生き残って建っている、という家並みが揃っている。
しかし、恐らく、このコンクリート作りは、暴風には強くても地震には弱いではあろう、と推測はされるが、それが成立しているのは、地震がほとんど来ないからではある。
総選挙も終り、国家を憂う政治家から、世界を憂う、、と言う政治家までいる。
どちらかというと、都会へ行けば行くほど、有権者も含めて、国家から、さらには、世界、、と言う視点を持つようではある。
その一方で、地域のために全力を尽くしたい、と述べる地方議員がいたりする。国会議員になったら、国家の事を考える事を優先するのか、はたまた、地盤となる地方の事を考えるべきなのか、、。
ニューオリンズの住人の3分の2が、貧しい黒人社会、と言う話しだから、世の中は、貧しい人を喜ばせてもそうそう見返りがない、と思うのだろうか。実際、あるのは、「感謝」だけである。「教育」が行き届いていなければ、その偉業をやってのけたのは、この政治家だ、、という事にさえ感心を抱いてくれない、という事もありうる。
実際、今回の選挙も「よくわからないから」と投票をパスした音楽好きな若者はたくさんいる。
その一方で、どうせ、昔も今も投票する党は、ここだけだから、、と「しがらみ投票」をするような一家も、この際、どうでもよい。無関心に等しい。
生れながらにそこしか投票していけないんだから「個人の意志」とは無縁である。よって、一家揃って、無関心、として当然だ。
その点からすれば、政治的貢献は、金持ちが密集しているカリフォルニア州、、とか、そんな所で手腕を発揮した方が、何か、政治家も市民も相互に利益がありそうな気がする。
以前、現在のアメリカ社会は、歩いて家に帰るような家族とは、近隣の家もつきあわない、、のだと言うレポートを読んだ。ちゃんと自家用車で通勤していない家の者は、貧しい階級の者、と判断されるから、、とあった。
ニュースを見るとニューオリンズの大半の家庭は、自家用車を持っていないため、街から脱出できなかった、と報道されていた。
、、という事は、隣の家とつきあわない、、という規模の小さな例えでは足りず、まるで、街と街、州と州、同士が、「金持ち」「貧乏」を区分けしてできたものであったのではないか、と疑いたくもなる。
どこの国にも、そんな隣近所はあるのだなあ、と災害があるたび、思い出す。
ノアの方舟は、やがて地球そのものを捨て、宇宙へと向うのだろうか。
世界柔道にはまって、連日、よく見ていた。多くの感動もあり、かなり面白かった。
しかし、笑う場面も多々あった。
オリンピック競技となって長い柔道ではあるが、投げられた際、背中から落ちてしまったら1本、、という事で、特に、外国の選手は、相当な工夫をしている。何とか背中から落ちないように空中で体を入れ替えるのだ。これはもう曲芸に近い。背中から落ちようとする瞬間に横を向いて肩から落ちたりする、、という「技」ではなく「工夫」満載である。
そのために、当然、肩を脱臼したり、鎖骨を折ったり、、は、当然、予測できる日常の怪我となる。
今回、一番、笑った事は、日本人選手と対戦して投げられた外国選手である。投げられた瞬間、決ったか!、、と思われたが、空中で体を反転させ、仰向けになった。
そのおかげで、「1本!」は、免れたが、あの高い鼻をしたたか畳に打ち付けて、起き上がって来た時は、鼻が真っ赤になり、しきりに鼻血が出ていないか、、を選手もアナウンサーも気にしていた。
これには、思わず、ギャハハハハ、、と笑いが止まらなかった。
その他には、もう、最近は、柔道とレスリングの区別も付かなくなってしまったのだが、外国選手の得意技?、、、に、、やたら、下にもぐり込み、相手の足を抱え、ひっくり返そう、、というものが目立った。
「すくい投げ」という命名はしているが、とにかく足をつかんでひっくり返そうと言うものだ。ひっくり返せば、背中から畳に着地するから1本だ。
ある外国の女子選手が、これを日本人の女子選手に掛けた瞬間に、足は簡単に持ち上がり、ああ、もうダメだ、ひっくり返される、、と思っていたら、何と、日本人選手は、逆立ち状態となったまま、両手を使って、前方へ走り出したのだ!
一方の外国選手は、何とか逆さの状態から足を持ってひっくり返そうとやっきになってそれを追い掛け走り出した。
しかし、これに負けじ、、と我が日本女子選手は、両手の勢いをさらに増し、足を持たれたまま逆立ちして両手走り、、したのだ。
あまりの恰好のおかしさに、またまた、ギャハハハハ、と笑った。
日本人選手は、何とか、場外から客席近くまで、無事、「走り抜け」1本を免れた。
あれは、モップ掃除からヒント得て、工夫した対策なんじゃないか、、と思った。モップをいくら勢い良く押しても、モップの先は、滑って行くので、天地がひっくり返る事はないまま、最後まで畳の掃除ができる。
これもまた「曲芸」である。
いまや、柔道、、いや、JUDO(ジュードー)は、「受け身」と言うものがない。あるのは、「捨て身」の曲芸である。
肩を脱臼するか、肩甲骨を折るか、腕を折るか、、はたまた、自ら、畳へ鼻をぶつけて鼻血を出すか、、である。
しかし、よくもあんなに「工夫」できたなあ、とあらためてその進化か退化かわからない世界に、「あ〜楽しかった」の一言である。
病み上がりなので、今日は、何も思い浮かばない、と思ったが、この辺で、、。
PS:
さっき、先週から続く風邪のため、止まらない深い咳が続き、頭がボ〜とし、血液が脳にうっ血し、あ〜、今日で、人生も終るのか、、と思ったが、何とか、無事、日記を書き終える事ができた。
早く死ね!、、と思っている多くの者にとっては、残念な結果ではあった、とは思う。
9月20日(火):ロボット化するプレイヤー。またしても永久保存版
日記もあんまり空けると、頭も惚けそうではあるからたまには音楽の話しでもしてみよう。
ピアノ関係のアドリブ.レッスンを手掛けるようになって10年くらい経つのだが、演奏に関してのもはや病理と呼んでもいい「症状」がある。
秘かに治療にあたってはいたのだが、こう次から次へと同じ症状ばかりの者が現れて来るのを見ると一体全体、どうしてそうなってしまったんだろう、と不思議でならなかった。その「症状」は、発見、認知できたのだが、原因が今一つわからなかった。
大体、20年くらい前に時折、そうした演奏をする者がいるのはわかっていたのだが、以後、どんどんそうしたスタイルの者が大量生産されている。
単刀直入に言えば、その演奏が、ロボット演奏そのものであるのだ。一見、技巧派に見えるのだが、2度、3度と同じ曲を演奏させて見るとその演奏がアドリブも含めてほとんど変らない。
思わず、「何か、アドリブの譜面を作成してそれを暗記でもして弾いているのかな?」と尋ねると、そうじゃない、と言う。自分では、即興でアドリブしているつもりだ、と言うのだが、何度聴いても大した変化もない。
特に顕著なのが、メカニカル.フレーズと呼ばれる規則的なパターンを利用したフレーズでアドリブの大半は埋め尽くされている。
メカニカルフレーズは、それを始めた途端に、思考は停止する。後は、そのパターンを継承して、時間が来るまで空間を埋め尽くす作業をするだけだ。せっかく、5分なり10分なりの「自由時間」が与えられているにも関わらず、その80パーセント近くをそうした「思考停止」フレーズで埋め尽くしてしまうわけだ。
こうしたフレーズは、本来、初級者のためのものだ。初級者は普段からまったく創造脳を駆使した事がないためいきなり「自由時間」を与えられてもどうして過ごしていいかわからない。
そこで、じゃあ、時間まで、こうしたパターンのメカニカル.フレ−ズで時間を潰しておきなさい、、と言うメソッドである。
これを一般の世界に例えれば、合コンで、何をしていいかわからないものだから、いきなりクイズに始まり、それが終るやいなや、今度は、ゲームに入る。ゲームが終れば、締めは、手品披露、、というメニューである。(合コン経験はないが、、、)
終って解散、、となり、冷静に今夜の合コンを振り返れば、誰に会ったのかもよく覚えておらず、とにかく、何とか場をもたそう、、とあらかじめ何もかも決めて対処していた自分自身が、たたただ、必死に騒いでいた、と気付き落ち込むのである。
何度かその手法で、場が盛り上がれば、そのメニューは、もはやその個人に取っての「必勝のマニュアル」になる。
初めて、そうしたメニューを駆使する者の「接待」に遭遇した者は、何て、場馴れし、こなれた人なのだろう、とは思うだろうが、2,3度と同じメニューに遭遇した時に初めて「なんだ、この人、いつも同じじゃないか!」、、となる。
譜面を演奏する、という行為でも本来、その演奏は、無限の表現が可能である。もちろん、自由な演奏、、ではない。自由な解釈でもない。きっちりとその「譜面」の音符をその通り弾く、、というルールの中での事である。
それなのに、何百回と弾いても、まったく同じ演奏が、その譜面から導き出されて来るのだ。(ミスする、、は論外!何通りもの「良い」演奏、の事である。)
昔は、「ありえない」演奏ではあった。しかし、今や、そうした「病理」を持つ者が大量に生産されているのだ。
もう、寸分違わず、何度弾いても同じように再現してしまうのだ。
これはまるで、たった一つのデータ入力しかされていないロボットと同じ演奏スタイルである。
力加減も何度やっても同じ。
こうした事が許されていいのは、寿司職人だけではないか、と思うほどである。何度、握っても同じグラムの重さの握り寿司になるわけだ。
寿司職人の間では、これを「名人」と呼ぶのだろうが、音楽の世界では、こうした事は、ロボット演奏、と呼んだ方がいい。
寿司職人の「握り」は、ロボットには不可能である、微妙な人間操作がある。しかし、ここで言う演奏は、すべて機械に打ち込んでも可能な、まったく変らない演奏になるのである。
何から何まで、その演奏がロボットに置き換えが可能なのである。
長年、こうした「病理」に取り組んでいたら、なぜ、そう言う「病理」を持つに至ったかの自己分析をしてくれた者(患者?)がいたので紹介する。
今日の日記は、またしても永久保存版である。
メール:『拝啓 友寄先生
なんで、(自分が)ロボットになってしまったのか、、、
これが私だけの問題じゃなく、多くの日本人が抱える、特にまじめな女性ピアニストが抱える問題だとすれば、、、、。
やっぱり譜面ですねえ。
ジャズを始めて、どうやって練習していけばいいのか皆目わからない状態のときに、みんな、コピーをたくさんしろ、と周りから言われます。
それを真面目に受け止めるほど、言われたとおり、アドリブを「譜面」にしてきました。
クラシックをやってきた人には、譜面にするなんて、そう難しくはないですからね。
先生はこのことについて、コピーつうのは、死ぬほど聴いたものだけするもんだ、と言われてますね。
でも、前は、とにかくフレーズを詰め込むことが最優先でしたから、なんでも譜面にしてました。それも、覚えるほど聴いてないもの等まで。
そうすると、譜面にできない部分とか、譜面にしにくい人のアドリブを避けるようになります。
とにかく、譜面にしやすそうな演奏のアドリブを譜面にして、それを見て覚える、みたいな。
一丁あがり!的な、ねえ。
今は、なんてインスタントなんだ!って思いますが、先生ところに来る前は、当然だと思ってたし、正しいやり方だと思ってました。
今は、いろんなフレーズ集コピー集なんかもでていて、その演奏をきかないでそのフレーズを覚えることだってできますよね。
だから、8分音符は一種類しかなくて、4分音符も一種類しかないんですわ、きっと。
コピーが大事、ちゃあ大事なんだろうけど、
昔の偉大なミュージシャンは、みんながみんなきちんとした音楽教育を受けていたわけじゃ決してないし、それこそ、コピーするっていうのは、死ぬほど聴くってことだったんだろうなあと思います。
きっと譜面にしてたんじゃ、ないんだろうな。
それでみんな細かいニュアンスまで聴こえていたんだろうなあ、、。
それに、ビリーホリデイの自伝とか、エラの伝記なんか読むと、あの頃は、一枚のレコードを聴くという目的だけのために、どこどこまで危険をおかして行かなければならなかった、、、なんて。。。
今は、聴きたいと思えば、お金さえあればほとんどすぐに、手に入りますよね。そして自分の家に装置があり、何回でも聴くことができる。
そんなに苦労して聴く一回と、また何度でも好きなときに聴きかえせる一回とでは、聴くときの集中力が、恐ろしく違うよな、と思いました。
武満徹と小澤征璽の対談が納めてある「音楽」ていう本があるんですが、
そこで武満氏も、子供の頃、レコードプレイヤーのある遠い友達(だか親戚だか)の家までわざわざ行って聴いていたそうです。
今なんでもすぐ手に入ることに、懸念をいだいておられました。
(ちなみに、武満さんの音楽は、何度かチャレンジしましたが、まだだめです。
ちゃんと聴きとおせません。)
しかし、思えば、ロボット的なのは、音楽教育だけじゃないんでしょうね、、。
このあいだ、実家に行ったときに、チェックマーカーだらけの高校の世界史と日本史の教科書を発見したので、これは、だいぶ忘れてるだろうし、旦那と問題だしあいっこして、遊ぼう、と思ってちょっと読んでみたら、びっくりしました。
その、あまりにも面白くない内容に。
ただ、重要な単語だけを並べて、文章らしきものに仕立てあげられてました、、、。
これじゃあ、興味もたへんわな、、、と、あきれ返りました。
暗記しかない世界です。
よほど、熱心な、本当に世界史が好きで、面白さを生徒に伝えたい、ていう先生なら別ですが、そんな先生だったら、脱線ばっかりで、とてもその範囲を一年でできるわけがないです。
ゆとりだの、やっぱり学力が下がったから補習だの、て言ってますけど、
なんかおかしいですね。
範囲をせばめて、内容をもっと面白くしたらいいのに。
一年でやる範囲を二年でやる、とか。。。
そうはいかないのだろうけど。。。。
しかし、今の私の演奏は、その教科書みたいなんやなあ、、、。
書いてるうちに、整理がついてきました。』
続メール:『なんでロボットなのか、すごい考えて自己分析してみて、
ほんと、いろいろ見えました。
あと、
「武満徹と小澤征璽の対談が納めてある「音楽」ていう本があるんですが、そこで武満氏も、子供の頃、レコードプレイヤーのある遠い友達(だか親戚だか)の家までわざわざ行って聴いていたそうです。
今なんでもすぐ手に入ることに、懸念をいだいておられました」について、ですが、ほんとにそうだったかなあ、ともう一度確認してみたら、
これは、小澤さんの言った言葉でした。訂正します、すみません。
小澤さんが、「ラジオやテレビであんまり音楽やってると、子供のころから音楽きいていても、印象なんか逆に何も残らないんじゃないかな」といったのに対し、武満さんが、「音楽に飢えていたから、音楽をやれた。音楽が今のように自由にすぐに手に入らなかったことが、僕をかきたてた」と答えておられました。
でも、この本の、ギターを弾く三味線弾きの、音程の話、これこそ本当に、ロボットになることの代表のような話ですね。
いろんなことが、こういう風になっていったんですね。
すべて、そんな風に割り切れるような、簡単なことじゃない、ということが本当にわかったので、少しずつでも、意識していきます。
では、またよろしくお願いします!』
後記:
こうした「病理」は、1パーセントの1流プレーヤーの「似て非なるもの」を除き、男子も女子も変らない。
20年余りもの時間を掛け、ジャズ修得を生涯の目標とし、ようやくその悲願を達成した、と錯覚し、この「病理」に至るインテリ風中年おやじ軍団もあり、また、ジャズを始めて3年あまりですぐにその病理に達し、以後、そこから抜け出る事はない者もいる。総じて、「無個性」であり、すべてが「教科書的」である。
特に、モード的な曲のプレイに顕著で、そのプレイは、まるで「教科書」から抜き出したようなロボット的メカニカル.フレーズのオンパレードである。
私自身も、そうした者のプレイをこれまで2,30人は聴いて来た。どれも世間では知性派の無名人ではあるが、その区別は、いつまで経ってもつかない。
彼等は、まったく同じプレイをしているのである。おそらく、同じ教科書を丸暗記したのではないか、、と思われる。
あまりにも「真面目」であり、かつ「競争意識」の高さ、が、そうしたプレイを誘発する要因であった、と思われる。
なるほど、と彼等の喋り口調に耳を傾ければ、その指向する思想同様、全く、同じリズムで同じように語っている事に気付く。
そうした行為から発せられる「表現行為」からは、その人間も音楽も区別が付かない。まとめて「インテリ風プレイ」としておけばいい。やがてその演奏データを丸ごとインプットされたロボットが「再現」してくれるだろう。
現時点で、それは十分に可能である。だから、彼等は、音楽表現において機械プレイの「打ち込み」を好むのである。彼等自身も自分のプレイが「打ち込み」と変らないと認識しているからこそ、、の嗜好である。
その一方で、この対極にある、日本においては、無学、無教養な者をブルースの最高峰とする、という「掟」に縛られた人間たちもまた、同じ、リズム、同じ思想で語り出す。
という事であれば、双方、共に、同じ穴のムジナであり、同様に「無個性」である。
共に、同じ、教科書、マニュアルに従って、その人間形成、音楽形成を「真面目に」全うしたに過ぎない。
、、であれば、当人が、「それでは嫌だ!」と叫ばない限り、回りは、一応、善意を以って、その区別を付けて、しっかりと名前を「暗記」し、呼んで上げるしかあるまい。
あの〜、そこのインテリA氏、、、、そこのブルースB君、、、では、いけないつきあい方であり、自省を求められる行為ではある、とわかる。
しかし、自省を求められる、、という事は、やっぱり、相手は、どうでもいいんだな、、と了解できる。
こうして、時代は、人間よりもロボットを重んじるようになって行くのだろうと思う。
そのプレイの代りは、いくらでもロボットが引き受けてくれる、、なんて、、わざわざ、ロボットの価値を高める行為に人生を費やす事もないのではないか、と思われるが、今の所、他より抜きん出た「優秀」な人間を目指す者は、みな「真面目」に自己をロボット化する事に「生きがい」を見い出しているからやっかいな話しではある。
何度、やっても、全く、同じ事しかできない、、と言う者がいたら、それが、ロボットには不可能な「熟練」の技であるのか、はたまた、自らの抱える病理、「ロボット化」の病が進行しているのか、、を一度は、疑って見る必要はある。
もちろん、時代は、今の所、ロボット化してくれる人間を「優秀」と認定はしているから、今後もこうした人間が大量生産される事は、容易に予測は付く。したがい、段々に、その「稀少価値」は、無くなって行く、、とは思う。
昔は、けっこう、重宝された「人種」だったなあ、、とは思う。
いずれにしろ、その価値判断は、「時代」が決めるのであろうが、今は、自己を真面目にロボット化してしまった者を「人間」に戻す作業に取り組んではいる。
そうなってしまった当人たちが、もう一度、「無限」の可能性を秘めた、人間に戻りたい、と切望しているから、、である。
そんな演奏じゃあ、毎回、自分自身が自分に「飽きて」いて、弾いていて「苦痛」だろう、と言ったのがその治療の発端ではある。
演奏は、本来、自由に満ちて、苦痛どころか、喜びに溢れているはずだ。
そして、二度と同じ「自分」に出会う事がない。
9月25日(日):続、ロボット演奏の成り立ち、運命に逆らう修行心得
*前回は、譜面が読める?「真面目」なピアニストの陥り易いロボット演奏の話した。
確かに、今は、何もかもが便利になっていて、コピー集なんかの「譜面」を機械に打ち込めば、誰でもその「模範演奏?」となる音が聴ける、と錯覚する。せっかちな者は、その日で、そのフレーズなりを「暗記」してしまう。
しかし、問題は、その学習者が、その曲を「コピーした!」と思った瞬間に発生する。
その瞬間に、実際の演奏を聴いてもその微妙な「揺れ」は、聴こえて来ない。あらゆる音が、その人なりの解釈した世界観に「修正」「翻訳」されキャッチされる。
そうなると、もはや、聴けば聴くほど、弾けば弾くほど、その世界観が強化される事態となる。
真面目である事が祟り、日々、反復するたびに、その癖が強化される。
それを助長するのは、競争意識である。何としても他人より早くものごとをマスターしたい、と言う「焦り」である。
学習対象を本当に「理解」しての反復であれば、その真面目な修行も実りとなるが、そもそもが、対象への「似て非なる」認知である。
日本語の持つ音声は、実際には「50音」ではない。それを50音に統制し、はっきりと発音するのが、NHK風なアナウンサーの言語感である。
だから発声練習も「50音」を基本としている。「あ、え、い、う、え、お、あ、お、、、」。
ところが、日本語は、方言も含め、実際には、無限に近い音声を持ち、それぞれ探せば、フランス語、米語、韓国語、、と、それに近い音声を持った地方も存在する。
現在では、まるで外国語、フランス語のような方言歌も流行している。
そうした言語を持つ日本語であるのに、その音声は、真面目なアナウンサー修行によって「50音」に統括されてしまう。
こうした事と同じ事が、音楽の世界でも行われているわけだ。
まず、「50音」を覚えれば、あらゆる「文字」の音声化が可能、、というメソッドである。
こうした音声は、やがて当然のようにロボット化できる。50音しかないからである。
ところが、実際に50音の一字一句をつなげれば、「完璧」な日本語が完成するか、と言えばそうではない、という事をこれを母国語とする人間は容易に理解できる。
方言が、なかなか文字化できないのと同様に、譜面化できない音、音楽も無限にある。
「祭り太鼓」のリズムも譜面化できない。やった、としても、これを「真面目」に再現したから、と元の太鼓のリズムが復元できる、という可能性は、ゼロに等しい。
方言を文字化してもそれは、まったく同じ現象が起きる。
今や、三味線の稽古もメトロノームを使用し、まずは、西洋音階のドレミ、、からスタートするビデオが流行っている。
つまり、三味線を弾いても音程は、西洋音階で言う12音しか認められないわけだ。それ以外の「音程」を頻繁に出せば、「音痴」と言う事になる。元々、民謡、、というものが、12音で作られているわけはない。
まずもって日本には、「和音」という概念が乏しいからだ。
たったの1音で伴奏していた世界が、2音、3音、と増えて行くたび、そこには、より強固な「限定」が起こって来る。しだいに、その「逃げ道」がなくなって行く。
二人で飲む分には、話題は、広範囲だが、これが、2,3人と増えるたびに、話題は、限定されて来るはずだ。各人が、共通の仲間意識でもって話せる内容でなければいけなくなる。
こうした事とよく似ているのが「和音」という概念だ。しだいに、「仲間」以外を受け付けなくなる。
全く同じ譜面を何度演奏させても全く同じように(一切のミスもなく)弾いてしまう、という能力は、もう、これ以上は、進化しない、と言うロボット能力の限界を意味する。
100度の演奏をもってもその区別がつかない、という事である。
なるほど、ミスもない、安定したプレイ、という言い方は可能ではあるが、その「無限性」のなさ、、は、取り立てて、じっくり聴く、、には値しない。
どこの誰が演奏しているかは、ど〜でも良いが、なるほど、曲は良い曲だな、、という感想が妥当な評になる。
しかし、演奏家が、そんな評価を受けたとしたら、その演奏家は、終りである。
演奏家は、常に、ど〜でも良い曲まで、素晴らしい演奏でしたね!と言わしめなければ演奏する甲斐がない。
これは、何も即興演奏の話しをしているわけではない。ただ、譜面を忠実に演奏する、、という条件の下での話しである。
まるで、兵士の行進のように、誰もが同じ「ロボット歩き」をこれが正しい「歩き方だ!」とばかりに実践しているようなものだ。
全くの「無個性」が要求されるわけだ。
これが、ひと頃、全盛期を極めた進駐軍ビッグバンドジャズのスタイルでもある。とにかくも個々は「無個性」であらねばならない。
そこへ、「慰問」という意味合いを兼ね、華を添える形で女王様ボーカルが登場する、、という「形式」である。
自分も「無個性」な一兵士として女王様に従えたい、、というその芸能形式は、戦場そのものである。
個性溢れた各人が、共同で何かを「創造」する、というものではない。
このシステムを今もって「人間」に強要し、インドのカースト制度じゃあるまいに、生れながらに「個性を出して良い人」「無個性でなくてはいけない人」、、という区分けし、その「思想」の拠り所としている人間がいる事自体、奇妙ではないのか、と思う。
そこには、反戦思想もない。選ばれた人間と選ばれない人間の区別しか存在しない。
例え、人生は、そうではあっても、少なくとも、音楽教育では、「自分自身であること」を体感し、他との共存を学ぶべきではないか、と思う。
何も、そうしたシステムを助長する教育をする必要はない、とは思う。
意志を持った、一匹の虫として、人生を終えさせて上げたい。
*「真面目」な、学習者の話しに触れたので、少しは、「そんなに真面目でない」修行者の話しにも触れてみる。
まず以て、認識、覚悟、しなければいけない事は、一般的に何かを本当に身に付けたい、と思ったら、少なくとも3年は掛る、と言う事だ。
しかも、その3年は、普通の暮しの中の3年ではない。
朝、起きてからに始まり、その「思考」は、夢にまで継続されるから、24時間稼動中の関わりである。
そうして辿り着いた3年芸ではあっても、それはそれは立派なものであるはずなのだが、いかんせん、初級者の多くは、「とにかく、3年も経てば、それくらいの芸くらいは可能だろう」と言う「意識」でしか物事に関わらない。
もちろん、いくら3年を費やした、としても、その思考稼動時間は、「24時間」どころではなく、個人差に依るだろうが、せいぜい、1日、2,3時間、あるいは、30分、、という者までいて、その範囲は、千差万別ではある。
ともかく、3年、、という月日が経てば、自分は、それなりの「人物」に「変身」しているだろう、という目論見から、多くの者が様々な修行対象に関わって行く。
しかし、実際、そんな、安易な稽古事がどこにあるか。
通常の学生生活でも3,4年は設定されているはずだ。
それを専門の生業として指向する修行者が、「24時間、思考フル稼動」どころか、1日平均、1,2時間とすれば、同じ「3年」にしても大分違うのではないだろうか。
しかし、そうした、3年後の「ゴール」となる境地を「一日2,3時間、叉は、30分」の者が「24時間思考フル稼動」の者と全く同じになるはず、と言う幻想を抱いてはいないか。
世の中は、ともかく修行事は、3年辛抱しなさい、と告げるだけであるからだ。
個人差はあるだろうが、そりゃあ、いくらなんでも傲慢な要望ではないのか、と思う。
では、なぜ、こうした「傲慢」な欲望を簡単に抱いてしまうのか、、を考えて見れば、、現存のシステムの教育で培ったテスト方式の「知識」の修得ではないのか、と思う。
地道な日々の修行はいらない。すべてが一夜漬けの「知識詰め込み」テクニックで何事も対応できる、という幼い頃からの要領の良い「戦術」である。
実際は、そんな事もないだろう、とわかってはいるのだろうが、なにせ、1神教に等しい価値観では、なるほど、自分が幼少の頃より、唯一価値を認めていた分野では「挫折」したが、まさか、「遊び」としてやっている、そんな対象まで挫折する事はないだろう、という根拠のない自負心である。
なぜに、そうした自負心が生まれるか、と言えば、一切の実践体験のなさ、のなせる技だからである。まったく「ない」にも関わらず、当人が、「ある」と嘘ぶくから、話しがややこしくなる。
その対象を、一切の実践経験なしに思い描くから、年月を重ねる度に、その「全脳感」は、助長され続ける。つまり、現実の「挫折」を知らないまま「観念」の世界だけに生きるのである。
3年も経った、と言うのに、自分が望んでいた3年後とは、大違いではないか、と嘆くのである。
彼等のイメージでは、24時間フル稼動で「思考」して来た修行者と自分は、大して変らない「時」を過ごして来た、という、奇妙な「平等意識」があるのだろう。
世の中に、その人間の費やした思考の分を税理士のように「貸借対称表」にでも表記できる者がいるとしたら、「ああ、あなたの調子で行くと、3年後には、すべて返済可能ですよ。修行事は、全うできます。」「う〜む、この調子で行くと、まあ、20年後には、ちゃんと返済できますから、それまでは、あまり、余計な事で、無駄使いしない事ですよ」と言うアドバイスも可能となる。
同じ事を20年もの歳月を掛けて、理解する者と、3年の月日で、理解する者がいて、当然である。
何かを修行する、、という事は、まず、この事を個々に「示唆」する所から始まっているのだと思うが、なかなかこの事に気付いてはくれぬ者ばかりが、マイペースな人生に、修行事を加えて、大きな夢を抱くのではないか、と思う。
しかし、3年で何かを全うする者は、常に、その対象に20年を費やす覚悟で挑んでいるから面白い。
なぜなら、実際、ある程度の事をひと通りこなすのに、実質、20年を費やす者に限って、当初から3年しか見越していないからである。
物事の「要領」として、取りあえず、最初の3年は、無我夢中で学んだ方が、結局は、近道のように思える。
個々の様々な「事情」は、「運命」としか言い様がない。
何事も修行は、「運命」に逆らうような行為である、と思う。
なぜなら、人は、「運命」に逆らいたくて「修行」するのではないか、と思う。
運命に従った、修行事は、ないとは思う。
10月3日(月):まだまだ続く現代の病理編、リズム論、ウサギとカメ
なぜ、何度プレイしても大差のない「有限」かつ「無個性」なスタイルが、大量生産されて来るのだろう、と言う問題はどうも根が深い。もちろん1流ともなるとそう言う事では支持されないはずだから問題は、ジャズ学習者およびその指導メソッドに何かしらの問題があるのか、と考えられる。
しかし、物事を学ぶのには、最初は「個性」はいらない。
個性を殺した者にしか物事は学べない。いちいち、指導された事にとやかく言うようでは、何も学ぶ事はできない。
という事は、個性を殺す、、というのも「気配を殺す」と同意義であり、物事を学ぶ際の一つの「技(わざ)」ではある。
そうした「技」を使いつつ、そのレベルの向上に応じて次第に「個性」というエネルギーを解き放って行くわけである。これが、「学び」のプロ、、の仕業である。
あるいは、最初から、個性などない、、に等しい者もいる。ひたすら「真面目」だけが取り柄である。
しかし、これは、確かに物事を学ぶのに適してはいるが、単なる、「学習用ロボット」にもなりかねない。
何かをインプットしたとしても、それ以上のものはアウトプットとしては出て来ない。単に、そのインプットした「情報」を出し入れするだけである。
つまり、まあ、学習にあたっては、「傾向と対策」を要領良く学べるような体質にはできている。しかし、それ以上のものは出て来ない。ただ、物事を「暗記」して出しているだけである。指導者もただ、その暗記した量が多い、という者になる。
しかし、この同スタイル大量生産型の「マニュアル方式」は、確かに儲かる!
クイズ本の1册でも「暗記」すれば、かなりのインテリに見える、、というように日常がいらない一夜漬け専門の非常に楽に獲得できるイメージ戦略ではある。
この暗記方式は、戦前からあり、大分長い間、君臨していた、と思ったら最近、また復活して来た感じはある。
こうしたメソッドを求める者の心理には、とにかく一日も早く、他人よりも抜きん出てあれこれのフレーズを弾いている自分を示したい、と言う欲求ではないか、と思う。
別に、その指導者の音楽に惹かれているわけでもないのに自分より「知識」がある、というだけで私淑しているふりをするわけだ。ともかく、一日も早く、自分もそうしたプレイがやりたいのだ、という焦燥感から来る欲求である。しかし、指導者自身もそうした要望に答えるべくとにかくてっとり早く物事をマスターできるメソッドを考え出すわけだからこれは、需要供給のバランスが取れている、とも言える。
何でもいいからテストに合格させてくれよ!、、という事なんだろう。したがい、こうしたマニュアル本でもあれば、気になってしょうがない。
「1週間でマスターする韓国語!」と言う感じなのかなあ。この際、誰が教えていても気にしない。
そこにあるのは、「空港にて」だの、「店内にて」、、といった、その時々での会話フレーズが満載されているわけだ。実際の臨機応変さが求められる実力とは無縁の一応それなりの場面場面での一言二言の会話フレーズである。
昔のジャズやロックのテキストも大体、みんなこんな感じだった。
弾いてもまあ、あ〜そうですか、、という感じではあった。その後の言葉が思い付かない。
「やあ!元気かい、今、何してんだよ!」と威勢良く口火を切るのだが、その後がないものだから、長く気まずい沈黙の末に、「ああ、そうだ!ところで、今何時?」とか言うしかないわけだ。
もちろん、最初からその時のために腕時計は外しているのが、この手の会話の「通(つう)」ではある。これが終れば、「今、忙しいからまた会おう!」なんて言って去るわけだ。また会ってもどうせ会話は同じである。
こうなるとまあ、何か、「儀式」をお互いの間で行っている、という感じがする。お互いが暗記したものを出し切るまでが「会話」なのだ。
音楽においては、複雑な「のり」だの「タイム感覚」だのど〜でも良いからとにかく、わかりやすい単位で物事を処理すればすべては事足りる。
昔、「ぼくは、リズム感が悪いらしく、すぐにテンポが走るんですよ、みんなからよく指摘されます。」と言う者がいてびっくりした。
リズム感とテンポが走る、という事は、まったく別の次元であり、まず、世の中の「名演」のレコードで「走って?」いないものはない。
テンポが走る走らないなんて、まったくもって「リズム感」とは無関係な話しであるのに、いつのまにかその視点で他人を批判する者がまたまた大量生産されて来ているのだと言う。
のってくりゃあ、誰でも走るだろ、ロボットじゃないんだから、と答えたらびっくりされた。
以下は、その時のコメント。
だって、「理屈」で考えてみてもわかるだろ、人間がだよ、ど〜やって「一定」と言うテンポを正確無比にキープできるんだよ!
規則的なクリック音を聴きながら演奏しているポップミュージックじゃああるまいに。あれだってちゃんとロボットにテンポキープはまかせてんだよ!
じゃあ、何か?、古代の音楽は、目安となる機械もないからテンポキープできてない、と言う理由で、リズム感の悪い時代の人間の音楽か?そうじゃないだろ。
そんな事、「理屈」で考えて見てももおかしいとわかるはずだよ。それを「リズム感」と結び付けている人間集団の方が、おかしいわけだ。
リズムってのは、人と人の「からみ」、、なんだよ。テンポが走る走らないとかは、関係ないんだよ。いかに、その人と「自然」にからむか、、というのがリズムの妙なんだよ。
昔のジョン.コルトレーンのインタビューにあるんだよ。「最近、ようやくエルビン(ジョーンズ)のリズムに馴れて来たよ!」ってのが。
リズムと言うのは、その人の作り出す「音楽」が素晴らしい、と思ったら、いかに、その「音楽」に「自然」に「からめる」か、、という事に対しての柔軟性なんだよ。
だから、相手がロボットであろうが、人間であろうが、関係ないんだよ。
相手にいかに「からめるか」って事だからね。
ロボットにも「からめる」し、子供にも「からめる」ってのが、基本であるわけだ。
対象は、様々なんだよ。
その様々な対象に、柔軟に「からめる」と言うのが「人間」本来の持つ、「リズム感」なんだよ。
それは、全く、相手との「会話」に同じなんだ。自分が、こう、と決めた会話で相手するわけじゃないんだよ。その時、その時の成り行きで「会話」ってのは進行するわけだ。
事前に「こうあらねば!」って決めた会話は、「自然」じゃないはずだろ。相手が、こう出て来るから、こう対処するってのが、「からみ」なんだ。
毎朝、6時に朝食を取る、、と決めた人は、毎朝、6時に朝食を取る人としか朝食を取らないわけだ。
だけど、1日3回は、食事を取る、と言う風にしか決めてない人は、毎朝、6時にしか朝食を取らない、と「決めた」人よりは、色んな人と食事を共にできるわけだ。
まあ、でも、あまり競争心に支配されると「音楽」とは無縁の世界に入るとは思う。
すぐにマニュアル本に飛びついたりして、一応、物事をマスターするのは、早いように「見える」かもしれないよね。
早く、この曲をマスターしたい、、とかね。
でもねぇ、世の中は、面白いもので、やがてね、カメのようにじっくりとその曲を弾けるようになって来る人間もいたりするわけだ。
その時ね、ああ、その曲ならもう10年も前に弾けたよ!って言って披露して見せてもね、誰も耳を傾けてくれてはいない、という人たちもいるわけだ。
な〜んだ、この曲かい?こんなの10代で弾いてたね!、、なんて言いながらね。
でも、おそらく、それを披露したとしても誰も本気で聴こうとは思わないと思うよ。
だって、それよりも100倍上手い演奏が、100円ショップで売られてるよ。
誰が弾いてるのか何度見ても名前なんか覚えないけど、たぶん、色んなものが、排除されてその域に到達したんだと思う。
まあ、「ウサギとカメ」と言う童話に例えては見たけど、本当に凄いのは、やっぱり、反省したウサギ、、だとは思うね。
後記:
競争心に支配された行動からは、物事の本質に出会う事はない、と思う。
他者とは無関係に、ただただ、深遠なる対象に孤高に関わって行く、という行為をもってしてのみ、人類は、何かを発見して来なかったのではないか、と思う。
われわれが、「ファーブル昆虫記」を読んで学ぶ事は、こういう事だと思う。
物事を誰かに教えるために生きてんじゃない。
何かに出会い、その発見に歓喜するために日々生きてんだ。
PS:
おお、こんな時間に10月の第1弾となる日記が書けて嬉しい。
まだ、もう少し呑める!
10月12日(水):またまたロボットのリズムとメールに答える。後記:今月のバンドマン業、PS :最近の風邪対策メニュー
この所、なぜこうもロボットのような演奏が大量生産されて来るのだろう、という話しを勝手にすすめていて、一体、何の意味かわからない者が多々いる事だろう、とは思う。これは、プロもしくは上級者に関わる問題であるため、あまり初級の者では何を言っているのかさっぱり、、だとは思う。
プロとして活動している者からのメールを1題紹介しておこう。
メール:『(前略)最近の日記を読みました。
物事を習う時「型に入る」のは必要だと思います。
亡くなった高橋竹山の言葉に「古い物を極め常に新しい物をめざす」
「古い物を粗末にするな、しかし古い物をそのまま受け継ぐな」というのがありました。自分という「フィルター」が形成されていない、あるいはそれをあえて「否定」もしくは「認めず」に「カッコイイ」と言われる「譜面化」されたフレーズをただただ蓄積し、小出しにして・・・なのでしょうか。確かにそういう方は多いです。特に80年代のフュージョンとかは。「マイケルブレッカー?」「聞いた事あるギターだなぁ」が多数いました。でも「自分の音楽」を作るのも大変です(ね)。(嘘でない)自信と技術と柔軟なアタマとココロ。これらが必要だと・・・。(後略)』
ああ、なるほど、見ようによっては、大量生産のメソッドも「型」と言う風に取られたりするわけか。しかし、どうも何かしっくり来ない。であれば、「ロボットの型」という事になる。以後、そこから抜け出る事ができない、という「型」を「型」とは呼べない。型は、あくまでも様々なものが凝縮された「基本」でなくてはいけない。
それが、何か、ミリ単位、ミクロ単位の「揺れ」を一切、排除し、最少単位を1センチくらいとして物事のすべてを計っている感じである。1,2も1,1も0,9も0,8もない。すべてが、「1」と決めつけられ「記録(譜面化)」されるわけだ。ここにはもう、譜面が「メモ」程度の記録である、という事さえも忘れ去られ、譜面が「絶対的」な記録として誰にも再現可能なものである、という思い込みがある。
大昔、70年代か、、、ある雑誌にメトロノームの音が鳴っている時に、この音に合わせ、こちら側からも楽器で音を出し、鳴っているメトロノームの音に「完全ジャストミート」すれば、その一瞬、メトロノームの音も楽器の音も消え、まるで何の音も鳴っていないかのような世界になる、、というリズムトレーニングが紹介されていた。これなどは、まさにロボットの型になるためのトレーニングであろう。
それから何度か面白いのでやってみたりした。実際にジャストミートできるとほんのちょっとした小さめの音でもメトロノームの「音」が消え「無音」の世界が現れる。
これと良く似たような「遊び」で、実際に1分なりの時間を秒針のテンポを記憶し、当てる、、というゲームもあり休憩中によくバンドマンの間でも行ったりした。「5,4,3,2,1、スタート!」と言うカウントと共に、そのテンポを指でキープするなり頭の中で数えるなりして、「60」を数えると同時に「ハイ!」と合図をするのだ。
こうしたトレーニングをテンポキープトレーニング、リズムトレーニングと呼んでいたわけであるが、何か妙ではあった。
そうしたある日、気が付いた。これらは、まったくリズムとは関係ない。実際、そのために行う「意識」と言えば、「なるべく回りの雑音に気を惑わされずに集中して行う」と言うもので、リズムトレーニングとは全く関係ない。これでは、まるで座禅の修行でもしているのか、という状態で、この状態でいくらテンポキープができたから、と言って、とてもその音楽を一緒に楽しんで作っている、と言う状態ではない。より正確にキープするためには、なるたけ回りの音を聴かないように「半、瞑想」しつつテンポをキープしなくてはいけない、という理屈になる。
まあ、限度もあろうが、より正確を求めるならベ−シストなんかは、回りの「人間」が、出す音なんか聴かない方がテンポキープは可能という事になる。
こうした「意識」をリズムトレーニングの範疇に入れて置いた、という事自体が、「ロボットの型」を助長させるものになって行ったのではないか、と思う。これらは、リズムトレーニングでもなんでもない。単なる「集中力」のトレーニングでしかない。
集中力のトレーニングであるから、このトレーニングは、音楽学習者に限ってのものでもないし、他の分野でもこれを得意な者が多々いる。また、いくら練習しても日々の進化が練習量に比例して行く要素がない、という事から集中力以外の練習にはなっていない、という事がわかる。今日1日だけの集中力をチェックする目安としてなら使えるトレーニングでしかない。
また、最近、日記で話題にしているのは、同じようなフレーズ、、という事ではなく、これは、つまり、同じ「台詞」と言う事なのだけど、問題は、その「話し方」「リズム」「口調」にある、という話しである。
例え、同じ台詞、フレーズであっても「口調」「リズム」によっては、全く違う新鮮なフレーズに聴こえる事もある。それは、同じ台詞を種々の口調で言い換える熟練した役者のそれと同じである。
したがい、同じフレーズ、、と言う事は、あまり重要な問題ではない。問題は、みんな同じようなリズムで喋る、という事であり、それが、まるでロボットが喋っているような感じがある、という事なので、この辺は、混同させないようにしたい。
例え、自分自身は、そのつもりで「台詞」を喋ってはいてもそれは本物とは「似て非なるもの」と言える。
いいじゃないか、個性があって!、、と言う者もいるかもしれないが、この場合は、「個性」ではない。誰でも同じような調子で本物と違うから、、である。
どんなフレーズも簡単にロボット.リズムに置き換えて再現すればいい、という事になる。実際、そうしたリズム感、あるいはタイム感しか所有していないからだ。どおりで、そうやってできあがったものが、みんな区別が付かなかったのか、と改めて納得が行く。
これは、70年代のフュージョン.ミュージック.ブームあたりから始まって来た感じがする。全員揃って「完璧?」なまでのロボット.アンサンブル、、が、当時は新鮮だった。その調子でこれが、4ビートジャズにも流れ込んで来た。
ロボット化は、特にピアニストに顕著、、というのは、彼、彼女等の中には、クラシック音楽から突然ビートミュージックとなる「ジャズ」に入り込んで来た者がほとんどであるからだ。そこには、「ビートの歴史」が、ごっそりと省略されてしまっているからである。ブルースの洗礼もなければ、ロックの洗礼もない。突然、メトロノームを頼りに、コピー譜を買い漁り、ただただ「ジャズフレーズ」を暗記して行くのである。
実際、聞いた話しでは、「われわれは、日本人なんだから外人のようなリズムは出せない。だから、われわれは、メトロノームに合わせきっちりと4分音符なり8分音符なり、、を弾かなくてはいけないんだ。ああしたジャズのリズム感は、われわれにはないからだ!」と教えられた者もいるという。
この教えがおかしい、と思うのは、これをボーカルに例えて見たらわかる。「われわれには、外人の発音はできないんだから、われわれ独自の発音でいいんだ!」という事になる。
この場合の「外人」とは、中国人ではない事はわかる。
しかし、まあ、結果的には、そうであったとしても何も最初から学習者に拒否させる事もない。実際、日本人でアメリカで成功したジャズ歌手も昭和の時代の創世記にはいるのだから。
高橋竹山の「古い物を粗末にするな、しかし古い物をそのまま受け継ぐな」という言葉は、これは、松尾芭蕉の言葉で「不易流行」という言葉がある。この4文字にすべてがあるからチェックしたらいいと思う。
「自分の音楽を作るのに苦労する」、、という話しに触れれば、そういう者は、あまり自分の音楽を作る、という事にこだわらない方が良いと思う。
なぜなら、これは「スタイル」「個性」の問題で、多くの「天才」を見ると、そうした事で苦労はしていない。そういう者たちは、最初からその人そのもののようなスタイルを持っている。セロニアス.モンクやミンガスが自分のスタイルを作るために若い頃から苦労した、とは思えない。彼等は、ごく早い段階で、彼等になってしまっているからだ。
本人が言う「苦労」は、もっと別の次元の話しで、自分の音楽が、他人と区別付かないから、、という風な「苦労」はなかったと思う。最初から十分に彼等自身であったと思う。もちろん、最初の数年は、みな、何かを踏襲して自分を作り上げた、としても、そんな何十年も自分自身の音楽を作る事で苦労しているわけはない。みんな早い段階で、自分の音楽を作り上げている。
苦労する、という事は、そうした事に向いていないにも関わらず、そうした事にこだわるから、いつまで経ってもその結果が出ないでいるんじゃないか、、と思う。
その人間自身に強烈な個性、感覚がなければ、そうそう「個性」ある音楽も生まれないと思う。やれるとしたらパクリまくる行為しかない。
著作権問題を引き起こした某有名アレンジャーの編曲に大昔から接する度に、あれ、このフレーズどっかで聞いた曲のメロディだったよなあ、、とオブリガードのフレーズが挿入される度に、まるでクイズ問題でも提示されたかのように曲が終るまで考え込んだものだ。どの編曲でもそうであった。だから、そんなに「個性」がない者が、無理して「個性」にこだわる事もない、と思う。自分にないものを望むのはウツ病の元ではないか、と思う。
そんな事に囚われて過ごすより、あっさり、自分には個性がないんだ、と認めた方がすっきりすると思う。
それは、私自身がもっと人から好かれる良い奴になろう、と決心した途端に、私自身は、ウツ病になると思う。
これと同じで、自分にない要素を求めるのなら、よほど過酷な「修行」をしなくてはいけない。しかし、その「修行」もないにも関わらず、自分自身にあれこれ、自分で要求するからおかしくなって来るのだと思う。
そんなにむつかしい話しではないと思う。
後記:今月のバンドマン業
先週の土曜日、久々に平均年齢300才で、1000人くらいの野外ステージの観客の前で「余興」のバンドマンの仕事を20分くらい8人くらいの編成でしたら、翌日からまたしても風邪を引く。ギャラも信じられないくらいの単価になって来たせいもあるからだろう。待ち時間も入れての「時給」に直せ!
オレは、何か、「神」の恐ろしい手違いが「人生」に起こって、ここで弾かされているんだろうなあ、と思ったりした。
まあ、こちらも事前に察知して「象さんギター」しか持って行かないアンビリーバボーなバンドマンではあるが、、、。
PS:最近の風邪対策のメニュー
今日は、またまた病院へ行って、前の風邪の残りの薬のおかげで、治りかけではあるが、次の風邪のために重い風邪のふりをして薬をしこたま仕入れて来た。ピークの3日は何とか終えたから、まだ、風邪中の内に次の風邪の「備え」をしておくのだ。「前回と同じ薬でいいから!」と言ってはみたが、それでも2時間待たされた。とても、風邪の引き始めで、そんなに待たされる体力はない。
それと、、、、まず、トマトとかなり小さなステーキ用牛肉(¥200)を仕入れ、駒切りに刻み、卸しニンニクをたっぷり入れ、オリーブ油と共にフライパンで焼く。塩を少し振り掛け出来上がり。
これで、疲れを取るリコピン豊富な、7口サイコロ.ステーキの出来上がり!
フライパンに残った少量の卸しニンニクに、トーストした食パンを入れ焼き直す。ガーリック.トーストのでき上がり。
なぜ、トーストが必要か、と言えば、油で炒めたトマトからは、徐々に強力なニンニク.トマトソースが滲み出る。このソースこそ、風邪を撃退するものなのだ!このソースをたっぷりトーストで「拭い」ながら、食べる。
う、、旨すぎる〜!
この「儀式」を3日くらい寝る前に行う。
錠剤ビタミンC呑みまくりは、言うまでもない。
すると、何とか4日目には、こうして無事、日記を書くまでに回復する。
ちょっとお酒まで呑める。。
しかし、これが、また、風邪に悪い。
とにかく早寝、、、が一番、、ではある。
日記なんか書いている場合ではない!
10月23日(日):ロボット人間と物真似人間、ラリーとジェフ
やれやれ、、この辺で日記を入れておかないと、めんどくさがって、おっくうになり、商売にも差し支え、頭も惚ける。
この所、ロボット演奏の話しばかりをしていたらアメ〜リカ人の若者からメールが来た。
B****音楽院を今年、卒業してバンドを作り、CDも出したのだけど日本でどこか演奏の仕事の手助けをしてくれる所を知らないか、という内容である。
私のWORK2「ELECTRIC PERFORMANCE」を聴いてエキサイトとした、というコメントも添えてあった。
沖縄では、これをアンダ〜グチ〜(口)と言う。まあ、何と言うか、脂まみれの口、、というか、早い話しが、「お世辞」、リップサービスの類ではある。
要は、日本で活躍したいのだけど誰かブッキングしてくれる人を知らないか、と言うメールである。自分のホームページのアドレスも掲載していたので、覗いて「試聴」して見た。
自分たちのCDからの抜粋と言う2,3曲を聴いたら、どの曲を聴いても「ジェフ.ベック」だった。
それで、自分の先生は、日本人だけど知っているか、、、とあるので、検索して「先生」のホームページを見た。そこにある先生の1枚だけあるCDの中から「10曲」ばかりを試聴したら、今度は、どれを聴いても「ラリーカールトン」だった。
その先生のプロフィールにも「ラリーカールトン,etc.......が好き」とあったが、「etc......」は、いらないくらいに、とにかく何を弾いてもラリー.カールトンではあった。
、、という事は、ラリー.カールトン好きの先生が教えた生徒は、ジェフ.ベック風になった、という事である。う〜む、複雑な関係の師弟ではある。
一体、どういう風に教えたらそうなるのだろう、、と考えて見たら、たぶん、「オレは、ラリーが好きで崇拝して来たから、おまえも誰かそういう奴を見つけなさい、ジェフとかはどうだ、おすすめだぞ!」、、などと言う会話でもしたのではないか。でないと、アメ〜リカのほとんどの若者はジェフ.ベックを知らない、、という「現状」との認識にギャップが出て来てしまう。
たぶん、お互い、もっと色んなギタリストを聴いているはずなのに、なぜ、何を弾いてもそれ風ばっかりになるのかなあ、、、と考えていたら、最近、話題にしている「ロボット演奏」に思い当たった。
つまり、ある対象、、それが「機械」であってもいいし、人間であってもいいのだけど、、、それらを「忠実」に真似る修行をしていたら、もう、それ以外の世界ができないのである。
何を弾いても「ロボット」的であったり、何を弾いても「ジェフ.ベック」であったり「ラリー.カールトン」なのだ。
まあ、それはそれで、人生は楽しいはずだからいいだろう、とは思うが音楽に「左脳」はいらないタイプだろう。
確かに、音楽はある面、「右脳」の産物ではある。
「右脳」は、何でも「真似る」事が得意な脳だ。
物真似芸人も、まず、「右脳」を磨いて、あれやこれやの「物真似」が得意とならなければいけない。
そんな事を考えていたら、ようやく、この教室稼業がビジネスとして成立してこなかった理由がわかった。ちょっとこうした事に気付くには、手遅れ、、である。
もっと「物真似研究所」みたいな事をすればよかったのだ。
売れていて、世間に認知された「芸人」「ミュージシャン」がいて、一般の人は、みんな、これに成りたいと言う想いから音楽を学ぼう、と思うのだ。
このニーズに答えるには、もっと、ターゲットを絞って、「**そっくりさん」の看板を掲げればよかったのである。そして、その「権威」として君臨すればよかったのだ!
どおりで、こうした教育関係で「成功」した者は、昔からみんな、ひとかどの「そっくりさん」じゃないか!
「本物」が、弾いてくれない事まで、「そっくりさん芸」では、やって上げられるのだ。これが、本来の商売である。
みんな、「本物そっくり」に弾いて見たい、という願望があるわけだ。こうした「ニーズ」に答える事が「商売」になるわけだ。
一般には、なぜ、音楽をやろう、、と思ったのか、、と言う「動機」は、常に、***のように成りたい、、という「想い」一筋だからである。
それを身に付け、ようやく「そっくりさん」の地位を得て始めて、そのカリスマの「威光」を、ある時は、同窓会、ある時は、友人のお誕生日会、またある時は、忘年会、、と、これを披露したいがために一般の者は学びたかったのだ!
その「威光」たるや、なまじ、見知らぬ2,3人を相手にライブなんぞして披露するレベルの話しではなく、時には、身内、親戚、友人筋を含めて数百名の前でも披露する事ができる「芸」であったのだ!個性教育なんてもってのほか、、である。
「な〜んだ、ジェフ.ベックそっくりさんじゃないか」「な〜んだラリーじゃないか!」とわかると、すぐに、だったら本物を聴いた方がいいな、と思ってしまう事からあまりそうした教え方に興味がなかった。しかし、世の中は、そうした事を求めてはいなかったのだ。
みんな、ある時は、お誕生日会で、またある時は、忘年会で、、、、と、なんとか、「そっくりさん芸」を披露できる事だけを夢見て、習い事に手を染めていたわけである。
であれば、これを国家検定資格制度に組み入れ、マイク.スターン3級、パット.メセニー3級、ジェフベック5級、ラリー.カールトン6級、キース.ジャレット4級、ビル.エバンス8級、、ハービー.ハンコック6級、ウエス.モンゴメリー4級、サラ.ボーン6級、、といくらでもその道は開けるはずだ。
堂々と、パットメセニー科、、というコースでも設置したらなおいい。キースジャレット科、、ともなれば、もう、女性ピアニストがドット押し寄せて来るだろう。ついでにビル.エバンス科、、でもあればいい。入会案内書をみて、「う〜ん、どっちになろうかしらン、、、」と、さぞ悩む事だろう。
昔、森進一氏にそっくりな声のプロ歌手がテレビに出ていて、彼は、元々、そんな声であったのに森進一氏の方が先に売れてしまったために、森進一のそっくりさんとして暮すようになった、と言う、何とも往年のテレビ番組「ウルトラQ」の「ジャミラ」を思い出す話しではある。
(ジャミラ、、は、元、宇宙飛行士だったが地球に帰った時には、既に怪獣になっていた、、、。よく覚えているなあ〜。40年近くも前のテレビ番組なのに、、、。あまりに怖くて何日も眠れなかった話しだから覚えている!)
「ロボット演奏」を問題にして来たが、それが、例え、「人間」であっても、一度、その手法を元に演奏する事で、何かしらの「快」と「地位」を得た者は、もう2度とそこから逃れる事ができない、、と言う事は言える。これは、ある視点から見れば「宗教入信」と全く同じ「思考」から成り立っている事がわかる。だから、みんな、おいそれと簡単にはそこから抜け出る事ができない。
抜け出るにしては、「そっくりさん」の地位は、あまりにも「おいしい」生活である。
つまり、ここでのアピールは、「私は、こうして本物そっくりさんになる事ができ、それなりの暮し、地位を得る事ができた、だから、あなたもがんばれば、お誕生日会、忘年会で、これを披露し、同じような評価を得る事ができるはずだ、しかし、私以上にそっくりさんにならない程度に物真似をするように、、、」という事なのだろう。
なるほど、、、こうした事に気付くのに20年も掛ってしまった。個性教育、、というのは、後、20年先の話しではあった。
ビジネス戦略として、「正解」ではあるが、誰も本気で、「そっくりさん」を聴いて崇拝しているわけではない。
だから、その「音楽」には、興味がなく、その「教え」にしか興味がないのだろう、、とは思う。
一度、その教えを丸ごと「吸い取って」しまえば、元々は、、最初から、取るに足らない「そっくりさん」でしかないから「使い捨て教師」の扱いではある。
これを英語で「インストラクター」と言うのだろう、とは思う。「先生」ではない。「技術講師」と言った程度だろう。一種の職業訓練所の「講師」という感覚なのだろう。
こうやって「使い捨て」され、リストラされた「先生」たちが、昔からたくさんいる。
「教える」という行為には、常に、こうした諸刃の剣(つるぎ)となるリスクが付き物ではあるが、まあ、どっちもどっちではあるだろう。
「右脳」だけで音楽を快感原則に従って演奏をしてみても、何と言うか、借り物の「スタイル」では、どうもその音楽の深みに欠ける気はしないでもない。
その対象が機械であれ人間であれ、「記号化」している事に変りはない。
問題は、この記号を唯一無二の存在として扱っている事が、ああ、宗教ですね、、と感じるわけである。
別に、その是非を問うているわけではない。
何かを徹底して真似る、、という事は、それだけ深い「後遺症」を持つ事であるから、取り立てて奨励しているわけではない、だけである。
テキトーにやればいいんじゃないか、、と答えるだけである。
その「責任」が取れないからである。
それよりも、どんなものにも移行できる柔軟な思考を持った方がいいのではないか、と思う。
その時代にいくら主流だから、と、「うさぎ跳び」を徹底させる「教師」ではない、という事に尽きる。
ただ、今、なぜ、こうした事が必要であるか、、をちゃんと解説する、という事は、徹底している、、とは思う。
「普遍」の教え、というのがあるとは思う。
繰り返しになるが「不易流行」に尽きる。
後記:
アメ〜リカの前途有望な青年ギタリストには、当然、「いやあ、そんな人脈は自分には、一切ないから何の役にも立たなくてすまない、そんな事は、その習った先生に聞けばいいじゃないか、それにしても君は、ジェフ.ベックが大好きなんだなあ〜、君の先生はラリー.カールトンが好きみたいだけど、、」と返事したら音沙汰がない。
学校を卒業した途端に、その先生のようには成りたくない、と思ったから、秘かに行動してんだろう、とは思う。
しかし、彼は、よほどの事がない限り、もう、そこから抜け出る事はないと思う。
彼にやれる事は、ジェフ.ベックとして誰かに何かを教える、という事だけなんだろう、とは思う。きっとまた、何者かのそっくりさん、、が生まれるのだと思う。この「連鎖反応」は、壮大な記録ではある。
PS:
とにかく、いっぱい、「そっくりさん」を見て来た。沖縄は、その宝庫でもある。もうあれから30年くらい経ったから、その末路もちゃんと知っている。
最近、私にしては、早く?寝るので、眠い、、、。
11月1日(火):メール返信の規約と西洋と東洋の直列、並列思考
11月に入ってしまった!あら?10月は3日分しか日記を付けていない!。
う〜む、、職務怠慢か、、、、。
今年もあと残す所、2ヶ月。60日くらいか。
6月あたりからあれこれと慌ただしく何かと返信メールもマメには中々やれなくなっているので、この場を借りて「御縁」のある方々には遅ればせながら、、とお詫びしておきます。わざわざ返信しても何の感想、感謝、お礼メールもない方々には、すでに返信する事も忘れてしまいそのままにしていますので、了承して下さい。
商売関係は、商売人の側で「ありがとうございました」、、とメール返信は終り、通常の人間関係では、「相手より偉くない人の側」でメール返信を終わらせるか、返信の必要のないお礼メールに対しては、相手側に再びの御足労をかけまいとこちらから返信を止めて一旦終了にしています。
どうせお礼の返信はして来ないだろう、しかし、質問や提起された問題は面白いな、と思うメールに対してはこの日記でもって公開返信メールにしています。
、、という事で、この所のごく一部の者にしか関心を示されてはいないロボット演奏、コピースタイルの問題を時折、思い出しては考え込んでいる。
これはアレンジの問題にまで発展して行く事にもなる。大概のアレンジ物が、必ず、その下地としての模範演奏、模範アレンジがあるにも関わらず、それを丸ごとコピーした形で「アレンジした」とされている、という問題提起があった。すべてが、その継ぎはぎで成立しているわけである。
つまり、レコード、CDを丸ごとコピーし、ただそれを譜面化しているものから、「このテーマだけを入れ替えればまったく***という曲のアレンジじゃないのか、、、」という堂々としたものから、、細かく細かく、その部分部分があちこちからの継ぎはぎであったりするものまで千差万別ではある。
ジャズの世界でのアレンジでは、これを「***のスタイルで書いた」、、とか言ったりするわけだ。カウントベイシーのスタイルでちょっとアレンジしてみたんだけど、、、とか、デューク.エリントンのスタイルで、、、と言った調子だ。
まあ、これは「手法」と言う事で、学習の段階ではこうした様々な手法を学ぶ事が大切な学習過程となる。
往年のハリウッド映画なんかでは、映画音楽担当の音楽家は、ドビュッシーのスタイルで音楽を付けられないと仕事がなかった、という。弦楽器のアレンジなんかは、みんなドビュッシー風になっているはずだ。
こうした事は、まあ、職業アレンジャーとしては「常識」で、様々なスタイルでアレンジができる「引出し」がないとなかなかやれないわけだ。
映画監督の方も、「**風」な感じでここは音楽を付けてくれないか、、なんて指事を出したりするわけだ。だからあらゆるサウンドを駆使できる者でないととてもこなせない「作業」である。
そうした過程の中で、その人自身のスタイルまでも確立して行くのが、いわゆる「巨匠」たちである。
「***風にやってくれ!」という要求に答えられる者が、まず、こうした世界での必須な能力なわけだ。これが職業アレンジャーの条件でもある。それぞれの手法も既に「学問化」している。
こうした事を今度は、「アドリブ」という分野に置き換えてみれば、こうした要求に答えられるのが、いわゆる、「スタジオミュージシャン」の世界である。
**風にここは弾いてよ、、とか言う要求だ。
しかし、そのプレーヤーが参加している、、というだけで、CDの売り上げに貢献できるようなプレーヤーは、基本的には、何をやっても許されるはずだ。
鈴木あみのアルバムにジェフベックが参加、、というバージョンだろうか。しかし、ジェフが参加したから、、と言ってもそんなに「音楽的」には貢献する、とも思えない。
(昔、ピンクレディのコンサートにチョッパーベースの「巨匠」に日本で祭り上げられた、チャック.レイニーが参加していた、、と言う記事を読んだ事がある。解散コンサートだったかなあ。。)
元々、第一期ジェフベックグループか、、ボーカルにロッドスチュワートがいたが、「彼は、ボーカルではあるが、ジェフの伴奏をしている」と評されてしまったくらい、ジェフのギターの音はでかかったし目立っていた。
それでまあ、独立してようやく、自分を引き立ててくれるバックバンド、「フェイセズ」を作ったわけだ。 後期には、当時、初めて日本人として大抜擢されたベ−シストの山内テツ氏なんかもいたりした。1970年代だったかなあ。当時は、ロックの本場イギリスで日本人ベ−シストが「リズム」担当で抜擢されるなんて考えられなかった事だ。
どういったいきさつかは、中学生くらいだったので、くわしくは知らないが、日本ロック界では大快挙、、だったはずだ。
脱線しそうなので話しを戻すと、「スタイル」を作る、という事は、こうした洋楽の世界では大変な「創造」の世界である。
逆に考えてみてもその大変さはわかる。西洋人が、何か、日本の音楽なり言語なりをマスターしようと思ったら誰か特定の日本人を最初は真似る事からスタートしなければいけないわけだ。
それが、まあ、三味線の高橋竹山、、だとしたら、その「外人」は、懸命になって「竹山」をコピーする事になる。まあ、落語家になるくらい大変ではある。
最近読んだ記事で、西洋人は、「直列」で、何もかも考えていて、東洋人は、「並列」で、物事を感知している、、と言う指摘があった。
西洋人は、ある一つの事を基礎に、つまり、「言語」であるが、そこからすべてが始まり、ここから次々と連鎖して、ある一つの事を一つ一つ探究して行くわけだ。
しかし、一方、日本人、東洋人は、「並列」で、あらゆるものを同時に感知しながら進めて行ける「能力」が、”あった”、、という指摘である。
この事を音楽の世界に置き換えれば、西洋音楽、とりわけ、「白人音楽」は「まず最初に譜面ありき」、、と言う事になる。まず、その「解釈」からスタートしているわけである。ここに流れるのは、最初に生まれた要素から始まった事と常に一貫していなければいけない「論理性」である。
したがい、こうした「論理性」を追求して何かの物事を発展させて行く作業では、当然、その元となった、つまり出発点となった「要素」の影響を抜きにしては、その後のすべての論理の構築は、成り立たなくなってしまうわけである。つまり、これが「直列思考」である。因果関係がはっきりしている、という事だ。この「思考」「感覚」は、すべての西洋文化を分析するのに有効だ。
日本建築、西洋建築、、でも同様な「思考」で成立しているからわかりやすい。
大昔、アメリカ.テロ事件の考察でも指摘した、当然、マイナーな主張ではあるが、「テロが凄かったのではない、たったあれだけの攻撃で、ビル全体が一瞬にして崩壊した、その建築物の構造も知らされないで突入させられた消防士などもテロとは関係ない被害者ではないか、、」、、という私自身の主張である。
(最近の書では、ビル崩壊当時、消防士は、ビル内では休憩中であった、、とある。人々を救うための活動中ではなかった、、とある。美談ですべてを終らせてはいけない、という主張の本である。)
それをすべて「テロ」で片付けられているわけだ。まさか、あれだけの被害者が出るビル構造を事前に承知しての「テロ計画」でもないはずである。もちろん、その結果に大喜びしたか、そこまでやるつもりはなかった、と罪悪感を持つに至ったかは、こちらの預かり知らぬ事項ではある。
ある1点を突いたら、すべてが崩壊する、、なんてまさに「直列思考」ならではの現象である。ドミノ倒しの理論である。
この方式ですべてを構築して見ても、そこには、必ず、その土台となっている大きな「前提」があるはずだ。
この「前提」が「普遍」であれば、その後の論理も「普遍」とはなるが、この前提自体が、もはや時代に合わない、、となれば、その上に構築された建築物は、一瞬にして崩壊するわけだ。
じゃあ、その一方で、東洋的な「並列思考」は、どうか、と考えて見ると、これが、また、実に複雑で、たったの1点によってすべてが崩壊する、という事がないように用意周到に思考されているのである。恐らく、この事は、日本家屋を研究してもその「構造」がわかるのではないか、と素人ながら勝手に考えている。
ピラミッドの石の積み方と、「石垣」に代表される独特な石の積み方の違いである。建築にはまったく疎いが、昔から音楽は、「建築」と比較される。
今、沖縄でも問題視されている30代を中心とした男子に蔓延する「ウツ病問題」も「直列思考」ならではの事項ではないか、、と考えて見たりする。
直列思考、直列思考教育の先にあるのは、その土台が「普遍」でなければ、それは、すべてにおいて間違った「構築」であるから、その末路にあるのは、「崩壊」、人間で言えば「自殺」である。この事が、既に「論理的」に判明していたからこそ、西洋社会は、何千年も前に、「最初に言葉ありき」、しかし、「自殺」は、「宗教違反」としたのではないか、、と思うのである。例え、その論理が間違いであった、、と帰結しても一応、戒律として「崩壊」を禁止してしまったわけである。
用意周到で「飛躍した」戒律ではある。「論理」からこぼれたものは、すべて「戒律」にすればいいわけだ。一応、の「連結」はある。「神」がわざわざ創造した「造型物」である「人間」が、自らの「意志」で、その命を断ってはならない、、という「論理」ではある。一貫していると言えば、一貫している。
確かに、AからBが、生まれるが、Cも実は、Aがあるから生まれたのである、という論理である。だから、BとCが「連結」できなくてもいいように「構築」されているわけだ。こうしてBが間違っていてもまたAに帰結する事ができる。え〜い、うるさい!誰に食わしてもらってんだ!、、という論理である。
近代の教育は、すべて「直列思考」の文化である。因果関係を常にロボットが作動するように思考しているわけである。
だから、その構築の過程に間違いがあれば、すべてが崩壊するのである。なぜなら、この場合は、常に「A」に戻す事ができない。その「大前提」となる土台「A」が「絶対神」でないからである。
絶対神でもない者を「A」と見なしてその後を構築するから「崩壊」が起こるのである。「A」は、近代は、「親」であったり「先生」であったりする。あるいは、「恋人」であってもよい。
今後、ますます、「直列思考」で成功したり、あるいはそれが「間違い」であった、とその過程で行きつく「ゴール」を事前に察知し、「崩壊」「自殺」する者が多発するのが、今の社会の「教育」だとは思う。
その一方で、自分自身を作ったのは、多くの人の尽力による「おかげさまで、、」という思考が、「並列思考」ではある。
これは、西洋教育における「真面目さ」と、東洋文化の教育における「真面目さ」との違いがある、と思う。
ここからがまた、その解説もやっかいで複雑な「似て非なるもの」ではある。
おっと!なぜか、時間が来たので、この辺で。
この続きは、来年、気が向いた時にでも、、、。
たぶん、すっかり忘れている、、とは思う。
後記:
今日の日記は、一人1時間、¥10,000くらいは徴収したい気分ではある。
昨夜は、飲み屋にいたから、人と人は、酒代くらいになるつきあいで十分だとは思う。
酒代にもならないつきあいは、いらない。
まったく「縁」がないままでも良い。
何にせよ、お互い「無益」な関係である。
要は、「おごれ!」っつう事かもしれない。。
11月8日(火):「真面目」と「勢い」、「資格」と「実力」、映画「スウィング.ガールズ」「高校3年生」「座頭市」観戦記
どんなに真面目なふりをして見せても、どんなに元気な返事を繰り返されてみても、物事を修得する、という行為には、その人の内面的な「勢い」と言うものが必要であるらしい。これはその人の持って生まれたものだと言う。
まあ、近年の習い事は、すべて3ヶ月毎に「昇級」して行く営利システムであるから、「真面目」に3ヶ月毎の試験でも小学生あたりから受けていれば、二十歳あたりでは、誰でも7,8段の「位」には達する事ができる。昔で言えば「名人」の域ではある。これが、その団体の名を広めて行くための「戦略」ではある。
しかし、物事と取り組むのに「勢い」がない、、と言うのは、結局、その人の持って生まれた環境から来るものなんだろう、とは思う。
この点で、たんに「真面目」な者と「勢い」のある者を区別している「師匠」も多い。
「勢い」があれば、昔なら1年もあればなんとかマスターする事項が、現代は、2年、3年と掛り、果ては「生涯不可能」と言う気楽な者まで出現している、という。
ただただ、「真面目」を「売り」にしてはいるが、結局は、20年、30年と初歩的な段階を何度も「反芻」しながら生きている。
しかし、10年も同じ事を繰り返していたら、とんでもないくらいその事だけに関してはくわしいんじゃないか、、となるがそうではないらしい。
毎年、記憶力、集中力も丁度「半分」づつか、減少して行っているので、10年も経つと、まったくの初心者とすぐに肩を並べてしまう者まで現れる。その1年後には、すっかり初心者にも抜かれてしまっている。
これが「浪人生活10年」の実態だと言う。
なるほど、計算すると、毎年、10パーセントずつあらゆる能力が低下している、という事になる。
10年目で丁度、100パーセントのエネルギーの「喪失」となるから、こうした「事実」から逆算すると確かに10年後には、ゼロからスタートした者と変りがなくなる。
何をさせても、こうした「勢い」がないにも関わらず、「真面目」さだけは、その場限りでもアピールできるので誰でも「真面目」には何でも取り組む事ができる、、と指摘する本があった。
一見、「真面目」に皆勤賞を狙うのだが、とにかく「勢い」がないから、何を学んでも、昔なら1年で済む所を10年、20年となる、らしい。
まあ、別に今さら驚く事でもない。現実には、そうした人の方が「普通」になりつつある。
その一方で「突出」した者たちがあまりにも目立っているので、こうした一般現象がわからないのだと言う。
今や、30代前後で「成功」したライブドアのオーナー、ホリエモンは、「突出組」であるが、その一方、地道な「経験」と「人脈」を元に成り上がって来た「楽天」の社長の方は、それほど「突出」した逸材ではない。
「所詮、オレたちと同じサラリーマン経験者が、時代の趨勢で成り上がったからと言って大きな顔をするんじゃねぇ〜」、、となる。
だからまあ、戦略として「ネクタイ」を締めて生きたからと世の中に「受け入れられた」人間は、今度は、その「ネクタイ」を締めてしまったからこその困難に出会うわけだ。
自分は変人ではない、と生きて来た者は、それだけ「変人でない」人たちとの「同格」の争い事に巻き込まれる。
最初から変人とわかっていれば、誰も「同じ穴のむじな」とは思わない。
つまり「嫉妬」がない。嫉妬は、「同胞意識」からしか生まれない。
相手と自分は「同じ」だと思っているからである。
これが「外人」なら、「仕方ない」となる。
しょせんオレたちと同じバンドマンが、アーティストぶるんじゃないよ!、、となるという事か。何をやってもすぐに年功序列社会の中に組み入れられる。
これを「打破」するためにも、やはり物事に取り組むには「勢い」がないといけないらしい。
本当の「修行」は、その勢いで以て、ある程度の事を学んだその先にある、と言うのに、何十年も掛ってようやく「調理師免許」を取得し、コックとなる者は、たぶん成功しないのではないか。
以前、カリスマ美容師が、美容師の資格を持っていないだとか、テレビで解説中の料理学園経営者が調理師の資格を持っていないだとか、果ては、東大で建築学を教える教授が1級建築士の資格は持っていないだとか、法学者が司法試験を受けていないだとか、、、こんなのはあれこれと実在する。物事の「真理」を知る、という事に関してはこーいう「資格」事は、ど〜でもいいのだろう。
音楽の世界も実際は、「とにかくあれこれ弾いてみ〜」と言う、一般からの要望にその場で答えるしかない。
今は、弾く準備もできていないが、取りあえず「この門処が目に入らぬか〜」と、そのマークの意味もわからぬ者の前で、国家特注の薬箱を掲げるわけにもいかない。
世の中は、実際の力量を誇示しなければ生きていけないんだな、と認識すれば、のんびりと学んでいるわけにもいかない。危機意識である。だからそこに「勢い」が加わるのである。
調理師免許を取得する事を目指して20年も掛っているようでは、その者の作り出す料理は、食べて見なくてもわかる。(しかし、実際、、あれは、、運転免許の学科試験くらいのものではないか、、。もうちょっとむつかしい試験の例えがよかったかな、、。)
先日、以前から噂では聞いていてすっかり忘れていた「スウィング.ガールズ」と言うのをテレビ初公開と言うので見た。
まあ、色んな学園ものの映画があるので何とも言えないが、以前、アメリカ版の映画では、コーラスコンクールを扱ったゴスペルの高校生映画を見た事がある。通常のクラシックのコーラスコンクールに黒人のゴスペルを唄って、ある高校の不良クラスが参加するのだ。
一応、よくある話しというか、まあ、こうした映画からのアイディアだろうとは思う。
しかし、この日本版だなあ、と思うシーンは、ジャズのうんちくでうるさい竹中直人演じる高校教師が、街の音楽教室で楽器を習い出すと、リズム感もなく、いつまで経っても上達せず、終いには、教室の小学生か、、の子供にまで「じゃまなんだよ、ちっとも前に進めないじゃないか!」とののしられるシーンがある。街の教室の先生には谷啓氏が実際にトロンボーン吹きとして指導していたから面白い。
現状のジャズのうんちくだけは凄いが、楽器を弾かせるとまるっきし「音楽人間」ではない、という種族に対する軽い批判も挿入されていた。
(しかし、そのうんちくも非常にマニアックで的を射ていた!何しろ、5スポットのエリック.ドルフィー、ブッカーリトルに触れていてそれを絶讃しているのだ!)
特に面白かったのが、生徒が竹中氏演じる教師の家で、アルトサックスを見つけて、吹いてくれとせがまれるシーンである。仕方なく演奏して見せる際に、「フリージャズしかないな、、」とつぶやき吹いて見せるのだ。
その直後のシーンでは、竹中氏が、恐らく、以前にも通っていたのだろう、と思われる谷啓氏の街のジャズ教室でその事情を話し再び指導を受け始めるのだが、先生である谷啓氏は、その話しを聞いて「そ〜言うのは、まず基本ができてからやった方がいいな」とコメントしている。
よくぞ、このシーンを折り込んだ、、と思わずにはいられない。
確かに、こうした種族は、アルトサックスを先ず購入し、すぐにフリージャズを吹いて見せるからである。
こんなのその世界をよく知っている者にしか書けないなあ、、と思う。
至る所にそんな台詞もちりばめられていたりする。
白石***女史演じる正統派の音楽教師が、「クラシックやってるとジャズのリズムがよくわからないし、、」とあったりした。
これが、ジャズの入り口である、と言う者は、何度か見れば、その奥域も理解できるように作られている。
演奏シーンは、まあ、アドリブ部分で、「ありえないなあ」、、という上出来のシーンがあったり、と色々考えさせられた。
この映画の面白さを一言で言えば、前半部分での女子学生の発言でもあった「え〜!、ジャズっておじさんがやるもんじゃないの〜」である。
確かにまあ、ビッグバンドジャズは、おじさんがやるもので、私ですらそう思っているくらいだ。
そのイメージを変えたい、という思いで昔は、ずいぶんと抵抗したが、やはり多勢に無勢で結局は、討ち死にしてしまった。
現在でも次から次へと「おじさん予備軍」が「製造」され続けている。
ただ、竹中氏のシーンで「コンボジャズ」の存在にも触れているシーンがあったので辛うじてこの映画を見る事ができるわけである。
つまり、いくらかは、バランスが取れている映画なわけだ。
コルトレーン等のレコード演奏を愛する竹中教師の存在があったりするわけだ。まあ、40代以降のジャズ好き、、は、大体、こんなもんだろうとは思う。その特徴をよくつかんでいるから意外に奥の深い映画となっている。
おそらく、どの世代にも、または、十代で見た者でも何度か年月を重ねれば、また違った面白さを見つける事ができるだろう、と思う。
もちろん、そんなには深くはないが、ジャズを取り巻く状況を上手く描写してはいる。
現実の世界では、映画のようにいきなりジャズを吹く高校生集団が現れるのではなく、あのコンクールで「つまらない」とされた「吹奏楽」を吹いているブラスバンド部あたりが、大学生、社会人となってビッグバンドジャズに進むだけであるが、ブラスバンド界で有名な作曲家「ハチャトリアン」のアレンジは実際は、かなりのすぐれものだとは思う。有名な所では「剣の舞い」という曲だろう。
これが、現在は、進駐軍時代に2,3ヶ月も「お仕事」で吹いたら家が建った、、とされる「おじさん」世代の「配下」に置かれ「伝承」されているわけである。
ああ、もう「おじいさん」世代か。
普通に、不良であれば、ロックの方に流れるが、ビッグバンドジャズに流れる程度の素行ではある。この辺がビミョーな「必然性」の設定で苦労する所ではある。だから本当の不良がいてはいけない。
この映画が成功した、というので、改めて考えて見れば、その要因は、なんと言っても「違和感」である。
ここに現代のヒットの要因の何かがある。
演奏がいくらよくてもそれが「おじさんたち」の演奏であれば、それは「あたりまえ」となる。
だから、演奏はそこそこであればど〜でもよい。
通常なら「おじさんたち」で行う事を女子高校生が一丸となって夢中になって行っている、、という事に尽きる。
そうなれば、テーマは、何も「スイングジャズ」でなくてもかまわない。
今は、さほど若者には関心が抱かれない、というテーマであれば、色々あって良い。
ローラーゲームの復活でもいいのではないか。あれもチームに女子が1人いる、というだけでメリハリは効いた。
とりあえず、若者が関わっていなければ何も面白くない、という事だけは言える。
今、流行りのフォーク調の曲だって、「あたりまえ」のように「おじさん」が唄ったのでは意味がない。
その曲調を「若者」がやるから、例え、そっくりさん風な曲でも聴く者が現れる。
若者が「あいだみつを」風に書を書いて人生を語るから許される。
何事も大変なのは、それを最初に始めた人間であって、それを一生の仕事として、一家を食わす、、という偉業を成しているわけだ。
そういうリスクを負わない、既に評価の確立したものであっても「若者」であれば、許される。「違和感」がそこにあるから許される。おじさんが「あいだみつを」風に書を書いては許されない。ふざけるなコノヤロ〜である。
ジャイアント馬場がキーボードを弾くコマーシャルでやったように「ぼくにも弾けたあ〜(註:、、、馬場風でお願いします)」である。
どうせ、それを目撃するのも若者でしかないから昔の事はよくわからな〜い、としておけば済む。
それよりも、今の時代を生きる、同じ若者としての自分たちの代表が、そうした「おじさん芸」をやってのけている事に興奮するのだろう、と思う。
おじさんが、おじさん芸を上手くやるのは、「あたりまえ」であるから、ど〜でもいいわけである。
つまり、さほど芸に深さは、いらないのである。元々、良くわからないものであるからだ。
高級レストランで旨い料理が出るのは「あたりまえ」であるが、自分たちと同世代の者が、それと似たようなものを出す事が興奮するのだ。
これが若者文化だと思う。
何も、あれから、山に籠って30年も掛けてようやく完成したんだ、という「芸」を披露されても、もうあたしたちもおばさん、おじさんなのよ、今は、それどころじゃないんだから、、という事だ。言っておくけど、元々、「芸」なんかに関心はなかったわよ!、、という事だろう。間に受けて30年も籠られちゃあたまらないわよ!、、である。
だから、こうした映画は、何でもいいから、夢中になって「青春」を謳歌しなさい!という主張であろう。
今度、見る時は、ぜひ、竹中氏演じるキャラクターを取り巻くシーンに注目したらいいと思う。
その道の者でないとわからない事を色々仕掛けているからである。
後記:
沖縄に往年の歌手、舟木和夫氏が来る、というので大分前からテレビで宣伝していて、その一環で、1960年代の舟木氏が十代の頃の主演映画「高校3年生」が深夜テレビで放映される!、、というので、興奮して、何週間も前から教室に貼り出して生徒にも告知していた。
あの頃の青春映画の楽しさと言ったらない。「知性」からすれば、当時の若者は、とにかく理屈攻めであるからだ。
案の定、「君!それは心理学的に言えば***という奴だよ!」という会話がちりばめられていた!
ああ、なんて楽しいんだろう、と絶叫した。
これは、まさに「永久保存版」で、現在、「青春」にあたる者は、ぜひ見るべきである。「スウィングガールズ」の比ではない。
何時の時代の若者でも見て楽しいと思う。
これを見れば、「青春映画」は、どんどん「幼稚化」してんだなあ、とわかる。この楽しさは、加山雄三の「エレキの若大将」クラスだな。映画「高校3年生」は、さっそく録画したので、当然、毎晩のように見ている。
古典的映画はいいなあ。
あら?こちらのモットーに反したかな。。。
とにかく、まあ、どっかの時代から、本当の「娯楽」が「退化」したんじゃないか、とは思う。こんなのも見る機会もなく生きていれば、当然、ウツ病患者も増える。
それとまあ、今週は、テレビで見るのは、2度目にあたる北野たけしの「座頭市」をなにげに見たら結局、またまた最後まで夢中に見た。
あの映画で流れる音楽の断片は、これまた「スウィングガールズ」の比じゃないほどの興奮を味わった!
エンディングの音楽では、おお!オレも日本人だあ〜!と久々に感激の涙が溢れた!
お見事!
飯泉氏の新作CD評:
http://homepage3.nifty.com/bordona/
飯泉氏から新作、邦名「タンゴとギター2」、アルバム名「MIS CANCIONES PREFERIDAYS Y
MI GUITARRA」が送られて来た。
昔なら、レコード盤に「針を落とす」であるが、近年は、テキトーにラジカセのスイッチを押すだけである。
押すだけ、、と言っても大昔の画期的開発とされた「象印」のポット(旧、魔法ビン)のコマーシャル、「押すだけ!」くらいの気軽さはない。
あれこれの雑事を終え、1分間の黙想を経て、今だ!とばかり「クワァ!」と目を見開いて、ラジカセの「CD」という箇所を念入りに「押すだけ」である。(まあ、たまには、ママレモンを片手に持って洗い物中であったりはする、、、。)
その象印のポットのコマーシャルも「押すだけ」というのがキーワードではあったが、この際、そういう事は、本当にど〜でもよい話しではある。
「えい!」とばかりボタンを押すだけで、現代は、様々な世界旅行ができる。
すると突然、「えっ?」と思うような「風」の一陣が吹いて来た。
風は、フフフ、もう始まってますよ!、、と告げた。
気合いを入れて聴こうと思ったわりには、その音楽は突然、始まっていた。ちょっと気合いの入れ損で肩透かしをくらった。
さあ!今日からアルゼンチン旅行だあ〜!と力んでいたら、いきなり、現地の音が聴こえて来た。
那覇空港で聴く「沖縄民謡」ではない。
突然、自分がそこの住人になってしまった。
「歓迎会」もいらない。
おまえさあ、どっから来たのかは、どーでもいいけど、取りあえず火曜日は空いているか、と聞かれた感じ。、
あそこにさぁ、坂道があるだろ、その側に居酒屋があるんだよ、取り合えず、そこで呑もうや、と言う事になったらしい。
よくわからないが、現地人に知り合いができたのでその「呑み屋」に行って、しばらく共に呑んでいると「オレはさあ、何時か、この土地を出て暮したいんだよ!」と言っている。だからおまえに声をかけたんだ、と言う。
そ、そんな事言われても、自分は、今日、来たばっかしなんだよ、それに、この土地が昔から好きで色んな「想い」があってやって来たんだよ、とは言いそびれてしまったんだと思う。
すると、突然、案内人の現地の「友人」が呑み潰れてしまった。しかし連れて来られたこの店のママも他の常連さんに掛りっ切りだ。
しょうがないので、あたりを見渡すと小さなステージにギターが立て掛けてあった。
ママは、他の常連さん相手に夢中だ。
さてと、しょうがないからと、酔ったついでに、ステージに上がり、置いてあったギターを弾き出すわけだ。
このCDに流れる世界は、「日常」だ。
誰も気付かなかった、その土地の「日常」を愛した外国人がいる、という事だ。
大昔、タンゴのアレンジをするという70台の老人が北海道に流れついて、その土地でタンゴのビッグバンドを結成して余生を終えた、というNHKか民放かのテレビを見た。当時、20代だったか、30代だったかはこの際どうでも良い。
しかし、その老人の死後、500曲余りとなるビッグバンド.アレンジの「タンゴ」の曲の譜面が発見された。
老人は、はるばるアルゼンチンから北海道へやって来て、その死に場所を見つけたのだ。
ここにある飯泉氏の「音」は、「普通」に日々を生き、ギターを愛する現地の「タンゴの人」となっている。
散歩した街々が、まるでその音楽と共に歩んだかのような気分である。
私自身は、生まれてこの方、海外旅行を全くした事がないまま年老いた、というのに。
気になるのは、自分は、どこの土地へ行ってもミュージシャンなのかな、という事だけである。
その土地土地、数々の腕自慢を見せつけられても、その後に黙って自分の音楽を奏でる事ができるのかな、という事だけに関心があった時代がある。
飯泉昌宏という男は、(あ〜、、別に女でもいいんだけど、)、、、色んなものを「観察」し呑み込んで、今があるのだなあ、、と思う。
すっかり自分も呑み込まれちゃったなあ、と長らく闘った、音楽と言うものから離れ、ボ〜と日々を生きているとなんだかとてもなつかしく、やさしい風がしばしの時を潤してくれる。
曲中の「口笛」が、その日常性を物語っていると思う。
このCDは、なぜか、アルゼンチンを「散歩」していたら、ふっと目にして入って見た現地の中古CD屋で、何気なく見つけた古い安価のCDのような匂いがする。
凄げぇなあ、、やっぱり本物は違うわぁ、とその日、つぶやいて寝る事だろう。
これからの人生を生きて行く日々の中で、いつでもこの音楽に手を伸ばす事ができる、という事の「幸せ」を感じつつも、一つ一つ、非常に「個的」な由縁があって自分自身のCD、レコード.ライブラリー群として所有されているんだなあ、とたまに、一切の音もないまま、深夜、それらを眺める事がある。
このCDもまた、その1枚に加わったんだなあ、と時折、その「想い」を思い出し、触れる事だろう。
そんな1枚の「音」の缶詰、、だと思う。
スポーツの世界では、これを「殿堂入り」と言うんだっけか。
世界に誇る、自分だけのライブラリーである。
もし、ここを訪れる者がいれば、次から次へと誰も知らなかった極上の音楽を聴かせてもてなして上げよう。
たとえ、オレも私もあたいもおいらも、、と、「ありのまま」の自分をアピールする者が勝ち、、、の「今」の時代に生きる人であっても、時折、そういう事を秘かに誇ってもいいんじゃないか、とは思う。
これは、そうした時代の中、日々、静かに、静かに、自分という人間と対峙し、その存在意義を自分自身に問い続けながら、丹念に編まれた「極上」の音楽の一つ、、だと思う。
ともかくまあ、「殿堂入り」したわけであるから、時折、訪れ、その世界を味わおうと思っている。
11月26日(土):久々のお仕事と習い事のしくみ、修行のコツと奥義
あああ〜、ううう〜、マイクじゃなく日記のテスト中。
まだ、前回から4,5日しか経っていない、と思ったら10日も経ってしまったのか、、。そろそろ今年も終るのでラストス.パートしないといけない。このままでは11月も終ってまう。
今週は、ま〜忙しい事と言ったらない。ドット押し寄せて来たテキスト書き。この調子だと年末正月も返上で近年まれに見る「大殺界」かもしれない。
今日は、また、恐らくこんなバンドマンの仕事をやる奴は世界でもいないだろう、というほどのアンビリーバボーの仕事をやってのけた。
ぞろぞろと空オケ教室の発表会を終え帰って行く老人たちを出口の脇のロビーで一人、ギターを弾いて送る、という、絶対、当日の思い付きで決めたとしか思えない仕事だ。発表会が終えた、と思ったらわ〜とみんな出口に躍り出てガ〜と帰って行った。
その後ろ姿をポツンと眺めながらギターを弾いていたわけである。気がつくと数人の関係者が後片付けをしていた。そうか、この後片付けのためのBGM演奏だったんだな、と気付く。5時間待ちで、30分弱の演奏かな。空オケ発表会出演&観客の老人たちは、発表会終演後の午後9時からのギター演奏中の前半10分間で全員出て行った。後は、もう、ギャラを貰うために無理矢理、弾き続けて、「一応、仕事したからな!」という既成事実を作ったわけだ。
しかし、ここへ来て、ついに自分は「観客無用」の芸の境地に達したんだな、と感慨深かった。それでちゃんとギャラまで貰うから、このさらに上の境地は、もはや楽器を弾かなくてもいい、ただ座っていれば、、という仕事しかないだろう。
そのさらに上の境地は、、と考えるだけで身震いがする。ま、、まさか、そこまで行けるのだろうか、、、人類が、、、、というものだ。
おそらく、朝、目が覚めて、、「ふぁ〜、今日は仕事した事にしよぅっと!」と思っただけで、連絡すれば、すぐにギャラが入る境地だ。
しかし、まだまだ、そんな境地に至る器量もないので、いや〜、悪いからギターでも弾くよ、と言う事になってしまう。もっと精進せねばなるまい。
そういう境地になれば、どこへ行って誰と会っても「めんどくさいから今日からオレを立派な人だと思ってくれ!」と話すだけで例え何もせず生きていても相手は、すぐに「そうですか、わかりました!」と頭を下げてくれる事だろう、と思う。
どんな会社へも初めて訪れても「まあ、今日から部長という事にしといてボーナスからまず出してくれ!」と社長に伝えるだけで「かしこまりました!」とこれまた頭を下げてくれる事だろう。ともかくまあ、その兆しが見えた仕事ぶりではあった。
そんな境地が見えた事もあってか、最近、ジャズを習い出して3年ほどで、一通りのジャズ.スタンダード演奏ができる生徒がちょぼちょぼ出て来た。これは教室を始めて以来、初めての経験である。おまけに仕事までした者までいる。優秀と言うような意味ではなく、調理師免許を一応取得した、という事になる。
これまでは、大体、10年以上も掛って、ようやく、数曲程度アドリブができる、という者が中心ではあったから、驚きではある。驚きはするが、自分の中では、3年で一通りの事をマスターし、一応の「調理師免許」なりを取得する、という者の方が普通の学習者、と言う感じではある。
もちろんそこから先が「質」が問われる話しではあるが、その「質」を問う以前にまず参加資格からしてないのだから評価のしようがなかった。
日本語で文章を書きたい、と願った者には、まず五十音からであるだろうけど、この五十音が覚え切れない、、わけである。
これを10年以上掛けつつ覚えては忘れ、忘れては覚え直し、、と繰り返しているわけだ。
何年もそうした事を教えていると先生の側でもやっぱり五十音を覚えるのに10年掛るのかなあ、と思って来たりするわけだけど、これをあっと言う間に1ヶ月程度でマスターする者が現れた、、と言う事で、ああ、やっぱりそれくらいだよなあ、と思い直すのである。かけ算九九でも同じだ。
なぜ一方は、10年以上掛けても達成できなくて、他方がなぜあっと言う間に3年でそれ以上のレベルに達するのか、という事の原因をあれこれ考えると、前前回、11月18日の日記でも触れた、物事を習うのに「勢い」がまず違う。
勢いがあれば、エネルギーが切れる直前にある程度の所までは到達できるわけだ。
そこまで到達してしまえば、あとは、わりあい楽になる。
物事を学ぶ、という事は、最初の3年だけが、何か物凄い上り坂になってんだろう、と思う。
そう考えれば理屈が合う。
まず、その急な坂を上るのには、相当のエネルギーがいる。ゆっくり上ろうとするとすぐに一休みする。一休みするとまたずるずると下って行く。そうなったらまたやり直しだ。
その人のエネルギーが切れる寸前までの間に第一のこの急な3年坂を上り切らないといけないわけだ。
コツもある。
段々に加速が付いて行くように上って行くわけだ。最初のステップで全エネルギーを使い切ったら後がもたない。
それと、最初から徹底してやらない事だ。
あと、もう少しやりたい、、という寸前の一歩手前で稽古を終える事だ。
徹底してやると、翌日には、「昨日、あれほど徹底したから、今日はいいか」となる。
しかし、その一歩手前、1ミリ前、、、で止めると、この稽古への「想い」は、夢にまで出て来て、朝、起きるとまっさきにやりたくなるものだ。
この辺の見極めが「コツ」である。
何をさせてもすぐに挫折する者は、最初からすぐに何でも徹底してしまう。
何でも初日から質問攻めである。
質問攻めする者は、大概、長く続かない。
芸を見せる事で自分を認知させないといけない場で、初日から自己アピールしすぎである。
それほど真面目な修行者でもない、と言うのに。
だから何でも3日坊主となる。
稽古と言うものは、たったの一つだけ、自分がやらなきゃいけない事を見つけるだけで十分であるからだ。
それを完成させるために夢中に日々を生きるだけである。
だから、本物は、その一つの事で、24時間、常に自問自答中である。
そのコツを見つけた者は、意外にどんな坂でも上り切って見せる事ができる。
一芸に通ずは、すべてに通ず、、と言われる由縁ではある。
芸事というのは、ただの詰め込み知識とは違い、日々の稽古の延長ではある。だから、最初の内は、稽古時間を決めこれを続ける習慣を作る事がまず第一の目標ではある。
そこから第二段階、第三段階、、と進んで行く。
そうやって何段階か来ると、稽古時間、、というものがなくなる。
もう、朝から起きて寝るまでが、普通に稽古になっている、という境地に入る。
よくこれを自転車に例えるが、最初は、乗れるまでに何時間も練習する。転んでは起き、の繰り返しだ。
しかし、いったん乗れるようになってしまうと今度は、自転車に乗って出かける、、という事は「日常」に入る。
日常に入ってしまえば、もう稽古時間なんかいらない。朝から晩まで自転車に乗っていれば、それが稽古になっている。
そこからもう一段ステップアップしよう、と思えば、また「稽古時間」を作らなければいけない。(手放しで乗る、、、など)。
この繰り返しだ。
また、芸事の修行は、やりようによっては1日で終える事のできる知識詰込み学習とは違い、すでに知識としては「わかっている」事を何度も何度も繰り返し、その先にある「コツ」をいくつも見つけて行かなくてはいけない。
つまり、わからない事、できない事、、をやるのではなく、わかった事、できた事、、、を日々繰り返すのである。
だから、こうした事が「知識偏重主義」と言われる人には無理なのだ。
物事がわかった、できた、、と言う時点で稽古を終えてしまうからだ。
わかった事、できる事、、を何千回、何万回とくり返すから、そこに、ある日の発見があるわけである。つまり「コツ」をつかむのである。
世の中は、そんなもんなんだな、、といくら知識では理解しても現実の世界でそれを何年も体験して初めて「実感」となり、その対処方法も「無限」に生み出せる「感性」が発達するのだ。
しかし、実際、「わかった」「できた」事を何度も何度も日々繰り返す事は、大変ではある。これができる人とできない人がいるだけである。
これが芸事の奥義ではある。
落語も同じであろう。
その落語すら覚えていない者には、アドバイスもない。
マラソンの高橋尚子も「わかっている」「できている」と言う事の上に、毎日、走っているわけである。
そこから先が、それを実践した人たちだけが感じる境地であり、これは、どんな言葉を費やしても他人には説明する事ができない世界である。
ボールが、シュ〜と来たらババッと腰を入れてスパ〜ンと打つわけよ、、という言語になる。
あれ?長嶋茂男になったのかな、、、。
これじゃあ、商売にならんなあ。
まあ、まだまだ、そんな境地には至っていない、という事ではある。
後記:
明日、日曜日も、空オケ教室の発表会の仕事で、一応、美空ひばり、と共演する事になってはいる。
長らく、美空ひばりの歌を一人で伴奏し続けた、木村好夫のギターの心で弾いてくれ、という事であるが、基本的に、ど〜でもいい、とは思っている仕事ではある。
デパート前で演奏する、、という仕事だけは、さすがに断った。
条件として「覆面着用」を許可してくれるなら、としたらこの事から、やっぱりバンマス始め、え〜歳して恥ずかしい、、となり、この仕事自体は流れた。
しかし、これもまた、やった事にしてギャラだけ貰えたらいい。
まあ、言うなれば、「歳末助け合いセール」の仕事ではある。
働かないバンドマンに仕事を、、、という事なんだろう。
それはさておき、、、今年は、稀に見る金運だそうで、年末ジャンボ宝クジに賭けている!
教室もサイトも閉鎖したら、宝クジがあったんだな、とでも思ってくれたらいいだろう。
しかし、もしも来年の正月明けそうそう、デパート前で弾いていたら、目を合わせずに素通りしてもらいたい。
現地の者は、目の前の宝物に気付かない。
そういえば、県産の焼酎、泡盛(あわもり)も画家の岡本太郎氏が絶讃して気がついたくらいだったなあ。。
*道標(みちしるべ)と習い事とウツ病対策
さて、ついに12月、師、走る、、の師走(しわす)だ。
今年も残す所、あとわずか。
長い1本の道も道標があって初めて、何とかゴールまで辿り着けるものだ。
ただただ何もない長いだけの1本の道では、途中で挫折するのは当然である。
先人の一人一人が先へ先へと歩み、道標を立てて行くわけである。
しかし、まったく先の見えない道なら、自分自身で道標を1つ1つ立てて行かねばいけない。まあ、それが、こうした1年なりを乗り切るコツというものだろうか。
つまり、過去を確認しながら先へ進むのである。
するとまあ、まだまだ先は見えなくとも、振り変えれば、数々の道標が立っている、と気付く。
これは、それだけ自分が進んで来た、という事も意味する。
だから、例え、未来が見えなくとも、こうした過去を確認すれば、何とかまた前へ進めるものだ。
不安になるのは、そうした過去に立てて来た道標もなく、それでもまだ、先を歩まねばいけない場合である。
これは、人間には無理だろう。漂流したロビンソン.クルーソーだって木に1日1日を刻んだからこそ毎日を暮していけたのだから。
漂流して何日経ったのか、、もわからぬまま、何年も経ってしまっては、おそらく生きる「気力」も湧かないのではないか。人間が、いつまでも終りのない時間の中に放り込まれた状態を考えたら「発狂」してもおかしくない。
、、という事は、人は、そのつど、何かしらの手ごたえがないと生きてはいけないのだ。
手ごたえのない事ばかりに関わっていれば、ウツになって当然でもある。
だからと言って、仕事の業績を上げるか、となっても会社の歯車の一員となっている身では、そうそう手ごたえなんか感じないだろう。
そうした際の知恵、として何かしらの「習い事」をするのが一番であると思う。
習い事というものは、ちゃんと教えられた事を真面目に取り組んでいれば、それなりに上達していくものだ。
何かが上達して行く、というのを実感するだけで、これはどんな手ごたえのない人生の中にあっても絶望感は湧いてこない。とにかく、どんなに運が悪かろうが、ちゃんとある面では進化しているからである。
実際には、進化していないとしても一応、何でも3ヶ月毎には昇級して行く営利システムであるから「真面目」だけが取り柄な者なら手ごたえを感じる事ができる日々を送れるだろう。
本来は、自分自身が本当に進化したな、と実感できる感覚を持って何事にも挑むのが一番なのだが、これはかなり上のレベルの感覚であるから一応、3ヶ月昇級システムにでも乗っかれば心は「安定」していくものだ。
要するにこうした「免状」と言うのは、対外的な自己顕示の一種ではある。これが欲しいだけの者もいるわけである。実際には、調理師免許は持ってはいるが、まずい料理しか作れない者もいて、どちらかと言うとこっちの方が多い。家庭の主婦の中には調理師免許は持っていないが料理上手もたくさんいる。どちらかと言うとこちらの方も多い。
それにしてみても、何かに凝って、これを日々進化させる、という行為は、日々の糧になる。人生のある面ではまったく手ごたえがなくとも日々、こうした「趣味」的なものでの向上は、人生への自信にもつながっては行く。
「ウツ」の者を見ると大抵、何かに凝って日々これを向上させる、という目安となる行為が生活の中にない。逆に何をしても「手ごたえ」のない日々を送っている。結局、積極的に物事に取り組みこれを自分でも研究する「勢い」もなく、教えられた通りに物事に取り組む、という、どちらかと言うと消極的受動的な態度ではあるが、そうした「素直さ」もない。だから年から年中、手ごたえのない日々の中に生きている事になる。
仕事が楽しい、とい人は、そうした「手ごたえ」を毎回、仕事で感じているのだろう。
しかし、世の中、あまりそうした「大きな石」ばかりを動かそうとしてもそうそう手ごたえは感じない。だから、もうちょっと手軽な事に取り組めばいいのではないか、と思う。
それが、まあ、習い事の世界だとは思う。
つまり習い事というのは、単に、「趣味」の向上、という事ばかりではなく、日々、何かしらの「手ごたえ」を感じるための「知恵」でもある。
精神衛生上の管理、、の一つであり、こうした自己管理に敏感な者ほど、いつも何かの稽古をしているものである。
単に、興味があるない、と言う事を言って何もしないでいると「手ごたえ」のない日々に人は、容易に「ウツ」になる、とは思う。
どれくらい進化したか、、を「区切って」考える事で、手ごたえを感じるわけである。
*若者と年功序列
年寄りだから、と何でも赦してしまい、大目に見る、と言うのはある面では正しいかもしれない。
しかし、そうした「儒教」に根ざした心だから「悪」がはびこる、と言ってもよい場合がある。
物事の本質が見えないのである。直接に自分に降り掛かって来ないからと、なぜ、こういう状況を招いたのか、一体、誰がこうした事態にしてしまったのか、という「元凶」が見えなくなるのである。
あまりにも歳が離れてしまうとそうした事が「見えなく」なるのか、実に年寄りに甘い「立派な」若者がいる。
つまり、これは単に「幼稚」であるわけだ。
昔、30歳になった頃、二十歳の者に「若い頃はどんな事をしてましたか?」とよく聞かれた。
若い頃って、、30歳だと言っているのに二十歳の者には、それがどんなものか「見えない」らしい。
30歳以上は、みんな同じに見えるらしい。
確かに、現在の自分でも、85才と88才くらいは、同じに見えるが、せいぜいそれくらいである。79才と85才が同じ、だとは思わない。ただし、90才以上は、同じには見える。
という事は、自分に取っては、90才以上からは、かなりその見方が「甘く」なる。何をしても、多少、大目に見てしまう。
しかし、70代、80代あたりを大目に見て赦してしまう事はない。ましてや、それ以下となるともう何かしでかしたら極悪人としか思えない。
薬害エイズの問題も80代の教授が元凶であったし、まだまだ、世の中には、このあたりにも極悪人は暗躍している。
むやみやたらに年寄りであれば何でも赦してしまう体質を作ったのが、儒教の教えでもある。
徳川政権では、これを巧みに利用し、国家への造反を抑えていたわけだ。
年寄りは、国家へは逆らわない、逆らうのは常に若者だ、ならば、この若者に「年寄り」を崇拝する教育を施せば、各地で、年寄りが、若者の反乱を抑えてくれる、、という教育システムの確立である。
要するに「波風を立てるでねぇ〜!」の老人化教育として利用されたわけだ。
親孝行であればあるほど、立派な息子であろうとすればするほど、この「儒教」の教えが浸透する事となる。
これが徳川幕府の265年を維持して来た教育である。
祖先崇拝、先祖供養を説き、儒教を生み出した孔子自身も元々は、高級官僚を目指し失脚してしまった就職浪人であった、という。いつかまた、高級官僚に返り咲きたい、という思いから教えが始まっているのだという。
さらには、孔子の一族は、先祖代々「葬儀屋」である。
昔も今も葬儀屋は、儲かる、という事で、例え、リストラにあっても悠々と学問に専念できた身分であった、という。(註:単なる一市民のブログなのでその本の出典は掲載しないが、有名な著者ではある。)
こうした事を「前提」に考えて見ると、確かに、沖縄は、儒教国、、いや、儒教の島である。
だから若者が年寄りに逆らう事はない。
逆らうとすれば、鬱憤がたまっての「親殺し」である。
もちろん、こうした事件の場合は、非は、その息子側にあるから、これは突拍子もない例ではある。
しかし、あまりにも立派であろうとするあまり、現在、はびこる世の中の矛盾に立ち向かえない若者が生産される。こうした若者が、年寄りからかわいがられる事だけを「正義」としているのは情けない。
彼等から見ると60才は、いたわるべきお年寄りで、私からすれば、90才からである。やがて、すぐに死ぬ、、というのがその考慮基準ではある。
、、という事は、江戸時代あたりの人間の寿命を基本としたまま、その「感覚」が変っていない、という事になる。
医術は、進化したが、その「教え」は、変わらぬまま、現在もはびこっているのだ。
今の時代、60才が、年寄りなわけがない。
その歳で、身体をいたわる者がいる、というならよほどの怠け者と言うしかない。
じゃあ、俳優の高倉健は、一体、いくつだ!昭和6年生まれである。
女優の森光子はどうだ。
既得権を得た、年寄りにかわいがられる事で自我を安定させる、という事が、幼稚な若者の「人生目標」である限り、その年寄りの寄り合いで決定された事項に逆らう者も出て来ない。
つまり、世の中は、いつでも「現状」のまま、、というわけである。
年寄りをいたわる事と、彼等の思いのままにして上げる事の違いをまず理解していない。
今年、このサイトを封鎖しようと圧力を掛けたのも、そうした「年寄り」たちであるし、その年寄りたちに認められる事で自我がようやく安定する、という「立派な」若者たちが、実際の力を行使するのである。
これは、どっかの近隣国でもよく見られる巧妙な年寄りの「知恵」に依る仕業ではある。
私には、こうした「年寄り」は、十分、既得権にしがみつく、欲望丸出しの「青年、婦女子」に見える。
怠惰の結果、なまった身体だけは、「若者」に代ってもらっただけではないか、と思う。
こうした、「立派な」若者が増え続ける限り、戦争も終らない、とは思う。
すべては、そうした「年寄り」の「都合」で始まった事ではないのかなあ。
権力を持ち、それを振りかざし、何らかの影響を与えている年寄りがいるなら、まず、若者なら、その年寄りをよく観察する事である。
そう簡単にいたわっていたら、物事の目利きは一生利かない。
できる事は、そうした若者が数人集まり、見当違いの「正義論」を何の影響力もなく振りかざし、その夜を終えるだけである。
明日からまた、そうした年寄りに依存する「優等生」となるだけの繰り返しでしかない。
しかし、そうした若者でも「先輩」と「年寄り」が、まったく異質なのが面白い所ではある。
彼等とて、「先輩」くらいではさすがに尊敬しない。
常に、その上に君臨するのは、彼等から見る「お年寄り」でしかない。
私から見たら欲望丸出しの生々しい脂ぎった「中年」ではある。
「枯れる」と言う事も一つの至難の境地で、誰もが、歳を取れば、できるというものではない、と、本物を知って初めてわかる話しではある。
”若者は、みな、素晴らしい感性を持っている。”
”お年寄りは、みな、やさしく、きれいな心を持っている”
、、、この常識をたまには、正反対にひっくり返して観察してみないか。
するとそこに初めて現実の社会の「真実」が浮かび上がる。
個人が悪いのではない。その「システム」が、そうした「個人」によって作られ「既得権」となっているわけである。
だから、その「システム」の持つ影響力を実感する事のない「個人」に出会うのだ。
赤信号、みんなで渡れば怖くない、、、である。
「個人」としてこれを捉えると、そこには、どちらにも通じる、ある「企み」が、見えるはずである。
これは、その当人にしかわからぬ事ではあるが、眼力を鍛えれば、即座にその違和感が見えるようにはなる、という。
しかし、どんなに「他人」に隠し通そうが、それは、まず、その子孫に影響を与えているはずであるから、結局、それは、隠し切れない事項となって行く。
後記:
大変律儀なもので、5年も前に始めたこのサイトを只では読めない、と毎年、御中元、御歳暮を送って来る読者もいる。
ありがたい、、と思うと同時に、最近、中々暇がなく更新していない、と気付き、慌てて更新した次第ではある。
ともかく、そうして出会った「みんな」で、このコンテンポラリー(同時代)を生きて、みんな揃って「お年寄り」となりたいものである。
あっ、、そう言えば、私の金運がいいのは、来年だそうだ。1年ずれている、と指摘された!
そうか、、じゃあ、一応、宝クジを本気で買うのは、来年にしょっと!
、、という事は、まだ、このサイトも教室も続く、、というわけだな。。。
であれば、全世界のみんなで、早く、このサイトがなくなる事を祈って欲しいものだ。
PS:
先月、「趣味」として楽器を始めて、1年ばかり通信生としてやりとりしていた大阪人の若者が、ある事情で、沖縄永住を決意して、個人レッスン生となった。実は、母親が沖縄出身です、と告げられた。
1年あまりの通信生活の後の御対面ではある。
初めて私の顔を見た印象は?、、と聞いたら、、、、、かたぎの人ではない、と思いました、、、との事だった。。。
そ、、そうか、、、や、、やはり、若者は、まだまだ目利きが利かないんだろう、と思ってはいる。
男と女でこうも違うんだなあ、とは思う。
女性の方は、あまり違和感がないらしい。
12月12日(月):血液型の話しと流行りの占い本から読む、壮大な先祖の流れとお墓参りの意味、個人の都合、時代の都合。
う〜む、またまた前回から10日も経ってしまったか、、、。
最近、占い本を買い込んでは、生徒相手に、あ〜君は、こうらしい、君は、と本に書いてある事を勝手に言っている。
二十台の頃は、血液型が流行り出したので、この時もあれこれ買い込んで、4〜50册は読んだんじゃないか。
それで、その頃の生徒や回りの者なんかのデータなんかも取ったりしてチェックしてみたりした。
まあ、色んな血液型に現れる「思考法」と言うのを分析してみたりしたわけである。どちらかと言うと「対人」や「人間関係」のためではない。
しかし、これが段々、世の中に普及するに従い、人間は、結局、「共同幻想」を抱くわけであるから、これが各人の脳の中の「司令塔」にインプットされ、みんなそれらしく振舞うようになり、正しいサンプルが得られなくなってからは興味が無くなった。
つまりまあ、例えば、A型、B型、O型、AB型にしてもそれらしい行動をしている者ほど、自分自身の血液型を熟知している、という現象が起こる。
こうなると人間は、すべて4種類に大別されるような行動、思考法しか出て来なくなるわけだ。
また、あいまいな言語の形容もやっかいだ。「あなたは、ちょっぴりさみしがり屋ですね!」などと言われて、「何!そんな事あるか、断じてNO!」と激怒する者もそうそういないだろう。
大体は、「うん、あたってるかも、、、、」となる。
しかし、当時は、かなり本格的にその世界を実体験しょうと、本なんかも作家の血液型別に読み分けたり、一日を仮想の別の血液型の人間の思考法で送ってみたり、もし、こうした血液型の人ならどういうアドリブをするだろう、、と試みたりして演奏したり、また、そうした演奏者別に聴いたりした。
おかげで、大体の感覚、思考がつかめ、自分の血液型がどうでも良くなってしまい、複雑になった。つまり、使い分けをしたのだ。これをやる時は、この血液型人間で、これをやる時は、これで、、と。
これもすべて「偽りに撤すれば真(まこと)」と言うことわざの信念に惹かれたからではある。
自分の気持ちなど取るに足らない、やると決めた事は、ただひたすらやり通せば、結局、それはやがて「本物」になるのだ、という思想である。
元々、血液型で対人を気にする、という性格でもなく、人には、ただ合わせばいい、その合わせ術さえ「普遍」であれば関係ない、と出たとこ勝負でしか相手をしないようにしているから、ちょっと特殊な関わり方ではあったかもしれない。(わりあい、誰にでも合わせる方ではある。音楽と同じである。)
今でも対人関係と言う点では、相手の血液型は一切、気にならない。培って来たその人の思考法が「普遍」か、そうでないか、を見るだけである。
という事で、あれから二十年以上も経て、今回は、流行りの占いである。
しかし、確か、数年前にこれと似たものがスポーツ紙に出ていたので、これを元に当時、生徒を占ってコピーして各自に配った事がある。
まあ、みんなキョトンとしていた事は確かではあるが、当時、私自身には、これはかなり当たっていると思ったからである。
それで、今回、あれこれの生徒をチェックして尋ねたりしていると、まったく当てはまらない者が出て来たりする。
そこで、ある事に気付いた。
これは、世の波風をどう受けたかの「運気」の流れであるらしいから、とすれば、世の中には、そうした世間の波風を全く受けないままの人生を送っている者がわりあい一般的である、という事だ。
今年は、金運がいいでしょう、なんて言われても、その人が、公務員、サラリーマンで、別に株とかもやっているわけではないとしたら、これは、まったく関係のない世界にいる事になる。
恋愛運がいいでしょう、と言われても、実際、異性に会う機会もなく、ほとんど仕事が終るとまっさきに家に帰る生活では、まず、出会う機会すらない。おまけに、自分から声をかける、という習慣もなければ、その可能性は、極めてゼロに等しくなる。
仕事運にしても同様だ。商売でもしていない限り、公務員系にはあまり関係がない。
つまり、こうした世界は、まず、「運気」の波風に身をさらさない限り、あまり関係のない人生と言う事になる。いわば、ビニールハウスの中に暮していながら四季を感じますか、、と問われているようなものだと思う。
そういう所から、こうしたサンプルとしては「芸能人」が最適となるのだろう。
波風の中に身を置いているからそうした者たちの「運気」はどうなって行くのか、が顕著に現れるわけである。
結局、何事も積極的に出て行かない事には、何も当てはまらない人生になる、というわけだ。
この事がわかっただけでもその収穫は大きい。
「先祖供養」という概念も大体の構造が見えて来た。
元々、それがどうやってできたのか、そうした歴史なんかのあれこれの家系図なんかを見る機会があったので、ああ、なるほど、と気付いた。
天皇家なんかの家系図なんかは、国民の「歴史」のひとつでもある。
つまり、天皇家ほどではないにしても、ある一人の人間が、現在、存在するという事は、壮大な太古からの「人の流れ」の中から生まれて来たものである、という事だ。
この壮大な「流れ」を、たとえ、現代の時代がどうであれ、一個の人間の「都合」で止めてはならない、という事に尽きるわけだ。
それは、「個人の都合」の場合でもあるし、その時代、時代の「都合」もあるわけだ。
例えば、その時は「戦争」が起こっていた、というのが「時代の都合」なわけだ。
しかし、昔の「人間」は、そうした「時代の都合」のまっただ中でさえも、この壮大な祖先、子孫の流れを絶やす事なく無事、自分の時代を全うし次へつなげよう、とDNAにでもインプットされていたからこそ、たとえ、戦時中であっても先祖の流れをつなげるために、と子育てしていたのだろう、と思う。
では、今の時代の「都合」は、となるとこれは、「少子化」の原因ともなる「経済の都合」と言う事になるのだろう。
戦時中の「都合」からすると考えられないくらい「甘い」感じはある。
当時は、「個人の都合」なんかどうでもよかったのではないか、とも思える育児に対しての責任感である。
こうした太古の昔から、ある一族の流れを築き上げるためにおそらく何億と言う祖先が関係し、現在の血筋が存在しているのである。
そう考えた時、そうした「流れ」を受け継ぎ、この壮大な川の流れを「淀みなく」自分の時代から次の時代へ繋ごうという「意志」のない者が、いくら先祖供養、墓参りをしてもまったくナンセンスな「形骸化」した行動ではあるわけだ。
その流れをスムーズにつなげられるように「祖先」にお祈りをして力になって下さい、と頼む「儀式」と言うなら、祖先もそれ相当な知恵を絞り、なんとかこれを全うさせようと協力してくれるはずではある。
しかし、そうした「意志」がまったくないにも関わらず、ただ、墓参りをしました、バチが当たるというから、、と言った、いわば、何の「義務」と「責任」を負う気持ちもない状態で、のこのこ毎年出かけたとしたら、そりゃあ、何億と言う生命体の魂の宿る祖先も「え〜かげんにしぃや〜」と怒るのではないか。(註:祖先は、関西系とは限らないが、、、)
たぶん、一切の協力、補助ともならず禍いしか起こさないのではないか。
この代で、われらの「血」が途絶えるのか、ムムム、、、無念、、、となるのではないか。
ましてや、これがその祖先の姓名を名乗る「長男系」となればなおさらではある。
(註:祀るもののない次男、三男系が、創価学会のターゲットであった、とはすでに「創価学会:島田裕巳、新潮新書」で勉強済みである。)
これは、数々の一子相伝の芸の中から、その多くの「流派」が現代では、すでに消滅してしまった事からもその無念さを感じ取れるのである。あまりにも秘密裏に伝えられて来たから唯一受け継ぐ者が突然、亡くなってしまえば途絶えるしかないのである。
もちろん、中には、私の「芸」のように一代限りで途絶えてよいものもあるだろう。後世に残す必要がない、という事であろう。
しかし、最近は、「あれはどうやって弾いたんですか?」と、まさに私にしか聞けない特権を利用して教えを請う正しい生徒の在り方を忠実に行っている者もぽつぽつ現れている。
これまでは、別に習うのは私でなくてもいいような生徒も多かったからそうした質問は、あまりなかった。もちろん初心者に聞かれてもそれどころじゃないだろ、とは答えるが、、。
話しを「先祖供養」に戻せば、いわば、戦争、という「時代の都合」でその流れが途絶えてしまったものもあれば、現代の「経済苦」という都合で途絶えてしまうものの可能性もあるわけである。
なるほど、そういう「しくみ」であったのか!、、と流行りの占い本を読んでいたらある日、この壮大な流れに気がついた。
そんなわけで、「え〜と、今日の運勢わぁ〜」と軽薄にも日々チェックして一喜一憂していた我身を恥じ入る今日この頃ではある。
祖先に会わせる顔がない、、と20年ばかり墓参りに行った事がないからなおさら、、ではある。
おそらく、そうした「祖先」の「意志」を現世で全うしよう、という決意を持った子孫に対しての「訪問」であれば、祖先あげて歓迎してくれるのではないか、、と思われる。
ともかく、世の「摂理」は、そうなっている、わけであるから、現世の時代の「個人の都合」など聞いている場合ではない、というのが「祖先」からの「要望」であったわけだ。
その「要望」「期待」に全力で答えるなら援助して上げよう、というのが、祖先とその子孫の「契約」ではなかったのだろうか。
そんなわけで、とりあえず、来年の運勢は、、、、と。。
後記:
おお!今回は、何も出て来ないと思ったが、1分間の瞑想の後、書き出したら年末にふさわしい話題じゃないか!
この所、様々な事件があり、これも、こうした「壮大な流れ」を断ち切った所から、突然、生命体が生まれて来た行動である、とも見る事ができる。
たった一人の女性から何万、何千というその「子孫」が生まれたわけである。
その重みを感じれば、人間は、一人で生きているという感覚は消える。
天皇家は、そうした「自覚」を持って生きているんだろう。
一応、細かな「流れ」のチェックはさておき。
一般の人間は、実感として何代前までの実際の記憶があるか、、ではある。そうした一人一人が語り継ぐ祖先の思い出が、壮大な先祖の人間史にもなるわけなんだな。中には、話しを聞きたくもないという悪人の子孫もいる事だろうが、それは「個人の都合」に入る。それは、その時代の「悪」であり、祖先すべてが「悪」というわけではない。
したがい、「親の都合」もどうでも良くなる。飛び越してその「祖先」である。
その労をねぎらう意味もあるのではないか、と思う。最近、1300年あたりからの音楽の歴史をチェックした後なので、息抜として買った占い本からこの事に気がついたのだろう、とは思う。
今年は、伝統、歴史をちょっとチェックしたので、この結論は、偶然ではない、と思ってはいる。
12月25日(日):メリークリスマス、最近のあれこれとTV観戦記、マリック、オーラの泉、太木和男占い、M-1
あ〜〜〜〜〜と言う間にクリスマスも終りだ。まだ続いているのかな。
メリークリスマス、とメールが来たので「メアリー.クスグリマス(くすぐります。)」と返信したりした。最初は、「メアリー.クスリマス(薬増す)、スグカエレ」としたら何か不幸があったんですか、と返信された。電報風にしていたのがわからなかったらしい。ちょっと進み過ぎたようだ。
そんなわけでここらで書いておかないと今年も終る。後、1週間しかない。
しかし、1週間もあれば、人生を変えるに十分な様々な事件も起こるからあなどれない。
購入したマンションが、欠陥マンションで地震がくれば崩壊する、という翌日のニュースにも遭遇する。これなど、掛った日数は2日あればいい。
今日も何やら電車事故があり大変そうだ。これなんか乗車してからの時間を考えれば1時間にも満たない事になる。
だから今年もまだまだあなどれない。しかし不幸な話しばかりではないだろう。機械のミスで50億円くらいの資産を株で儲けた個人投資家もいる。
毎度の事だが、あっと言う間に1年が経った気はしない。何か色々あったなあ、という印象で、3年くらい経ったのかな、と思ったらまだ1年だ。今、いくつだっけか、、と計算機を出して昨日は計算したりしてもなかなかよく覚えない。すぐに歳の事は忘れる。
たぶん、そのせいで長く時間を感じるのだろう、と思う。鮮明に何かを記憶していたら時間はあっと言う間に経つのではないか、と思う。まるで、10年を振り返る感覚で思い出すものだから1年であってもそう簡単に思い出せないのだろう。だから1年が長い。また、色々、あれこれ目移りする事や行動パターンも変化に富んでいるからまとまりがない。最近は20年ぶりで会ったりした者までいる。
この所、占いに凝って、しょうがないからと「太木和男」の名前であれこれと生徒を占ったりしてそれぞれの稽古納めとした。今までの運気もわからないで楽器だけ練習してても意味がないだろう、との主旨からだ。
何事も修行事を全うするには、自分を取り巻くあらゆる危機管理をしなくては稽古事は続かない。
会社の業績不振や、突然、リストラされてもいけないし、事故にあってもいけない、病気になってもいけない。もちろん、そんなこんなでウツになっても稽古事は楽しくなくなる。
一つの事をキープさせようと思ったらそれだけ周りの事にも注意していないととても全うできない。恋愛関係でごたごたしててもいけないし、家庭内に問題があってもいけない。
そこで、年末は「太木(ふとき)和男」と言うベタな名前で周りの者の過去から未来をあれこれ占ってあげているのだ。(二十代前半の頃は、バイオリズムにも凝っていた。すっかり忘れてしまったが、、。)
いちいち、それぞれの過去10年以上もさかのぼり検証しているわけである。するとまあ、大体においてその運気で動いていたんだなあ、という事に気付く。そこから「ああ、これはこういう事が起こるんだなあ」とわかったりする。これを深夜一人、「太木和男ノート」に徹夜したりして書き込んで行くわけだ。中には、ぞっとする者までいたりする。最悪の運気の年だな、、と思ったらその年に亡くなっていたりして、あらためてう〜む、、となったりした。
基本的には、ただ過去12年から24年くらいまでをざっと検証しているだけである。時には、生まれてから現在までの検証もするのだが、いちいち覚えていないらしいからこっちの方はあまり良いデータは取れない。もっと身近に波乱万丈はいないか、と物色中ではある。
そんな矢先、昨日、いつもはここでは深夜やっている、美輪明宏と江原という人の霊視番組「オーラの泉スペシャル」をゴールデンタイムに見た。
本当は、これは録画してて、裏番組の「ミスターマリックスペシャル」を実況では見ていた。
マリックの方は、以前アシスタントを4年やってて年末の一番忙しい時期に黙ってある仕事の日、逃げ出した、という、業界では一番やってはいけない事をやってしまった、口からトランプを吐き出すマジックで有名になった若手の藤井との師弟対決である。
これが面白かった。突然、予告もなく逃げ出してから4年ぶりで師匠に会う、という藤井は緊張しまくっていた。いつまでも「アシスタント」の身でいる自分が嫌になった、との事だ。周りからも「アシスタントさん」としか呼ばれない。脱サラした意味がない、と悩んだんだろう。周りの若手は活躍する者が多い、という日々の中で。
対決は、面白いもので玄人受けするマジックと素人受けするマジックがあるようで、カード対決では、マリックが会場の観客の投票で負けた。藤井自身は、マリックのカード芸に楽屋で圧倒されてはいた。マリックはわざと玄人受けするカード芸を見せたのだろう。
確かに、ジャズの世界でも玄人受けするアドリブと素人受けするアドリブもあるなあ、と思い当たった。しかし、素人受けするアドリブは、実は、いつでもできるものなのだ。逆はできない。マリックの方のマジックは、藤井にはできないらしく、藤井の方のマジックは、マリックの方は楽屋で「これはむつかしいけどよく練習している」と誉めていた。
まあ、結局、色々あって、最後は、マリックが人気投票でも勝ったが、あきらかに力の差があったように見えた。藤井の方は、とにかくあまりにも大差だったら呼んでくれたのに申し訳ない、、という気持ちでいたようでホッとした感じで対決は終えた。マリックは、終始、太っ腹で、逃げ出した弟子を誉めて、突然の「脱走」も赦したようだ。
終ってからの楽屋での二人の会話が「師弟」を物語っていた。マリックは、直立不動の藤井に「これからはお互いプロのマジシャン同士としてつきあおう」と声をかけていたが、最後は師匠らしく「もっと勉強してネタ増やせよ!」と言ったら周りの人も笑っていた。
どうやら本当に仕事をすっぽかして突然逃げ出した「アシスタント」だったらしい。「オーラの泉」の裏番組ではあったが、見てよかった。年末らしい人情劇が秘かにあった。
最近の「セロ」や「ヒロ」なんかに代表される最先端というマジックは、あまりにも不可解で、(テレビ局が協力しているとしか思えない。。)しかし、その場はびっくり仰天するのだが、どれも後に残らない。
あ〜おもしろかった、と驚いて終りである。マリックは、そんな中、マジシャンとして死ぬまで最先端で生きるには大変である、という事を伝えようとしたのだと思う。
4年くらいで飛び出されてもマジシャンと生きるにはその先は、あまりにも長い。マリック自身がそれを実感して生きているように思える。
しかし、対決とは言え、マリックのマジックを見る藤井の目が、まるで、当時、少年の頃、初めて見たマリックの芸に惹かれた、という目をしていて、あらためてその道のトップに君臨する者のキャリアの凄さを感じたものだ。
マリックは、細木数子によれば、「あなたは、かなり力を隠しているね」、とは言われている。一時は、ウツにもなったと聞く。テレビであまりにも最先端な事をしようとする事のプレッシャーは大変だったのだろう、と思われる。今は、等身大の自分で王道で勝負している感じだ。
終ってからさっそく「オーラの泉」を見た。
上戸綾と野球の新庄とピンクレディのケイが出ていた。いつもながら靈視ものにはびっくりする。
美輪の方は、細木が嫌い、、と思われる発言をたびたびする。「わたしは、誰かさんみたいに人前で人を傷つけないから、、」と言った発言がしばしば深夜番組で放映されている頃にもあった。そんな発言から、ああ、細木の事だな、とわかる。
芸能人は、みな、何かしらの家庭のハンディを負って活躍してたんだなあ、と上戸とケイの家庭事情を知って改めて納得した。
しかし、またまた、このスペシャル番組を見終えても「あ〜楽しかった〜」で、さっぱり後に残らない。細木自身の番組での発言が視聴後もずっと後を引く、というのにこの番組は、さっぱり後に残らない。
考えて見ると「普遍」があまりない。その芸能人の非常に個人的な事項に触れているだけで、ああ、大変苦労したんだなあ、と言う事はわかる。
この感じは、流行りの最先端のマジックを見た感じと全く同じだ。あ〜凄かった!、、で終るのだ。
それに美輪自身から導き出される「普遍」も「苦労した人は、必ず、報われる、」、と言うのが辛うじての教訓である。
以前、オペラ.タレント?の森公美子が出ていて、彼女も「見える」種族らしく、司会の国分太一を横に、美輪、森、江原の「見える、見える」鼎談に花が咲いていた。
森の方は、何やら悩み事があるらしく以前から美輪に連絡して相談したかった事がある、、と言っていた。
その発言で、「あ〜、見える人でも結局は、悩むのかあ〜、残念!」と思わずがっかりした。
この発言を聞いて、私の霊感頭髪が1本立った。
そういう事が「見える」人がなんで悩むのか以前から不思議に思っていたからだ。悩んだら、「守護霊」や「祖先」に相談すりゃいいんじゃないのか、と思っていたからだ。
それでまあ、まるでスーパーマンにでもなれるのか、と思っていたその能力があまり羨ましくもなくなった。「ちぇっ!」である。
他人のそういうオーラとか祖先と会話できたら面白いのになあ、と思っていたのに、そんな事ちっともなく、やっぱり「人間」として悩むらしい。
そんなわけで、そういう事に気付いてからは、マジック番組を見る感覚で接すればいいな、という気持ちでいたら、今回もやっぱりそうで、終ってからも、う〜む、あのアドバイスは、すべて対象となった芸能人にだけ適用される特殊なものでこっちとは無関係な話しだなあ、と思ったらやっぱり何も残らなかった。ただ、あ〜面白かった、という感じだ。
苦労したから今度は楽をする、楽をしている人は、今度は苦労する、というだけでは、現世を乗り切る力とならない。これは極めて新興宗教的な考え方である。南無妙法蓮華経である。(沖縄の年輩なら知らぬ者がいない。毎朝、どっかの家から流れて来る時代があった。1960年代。)
一方、細木の番組の方は、とにかく「叩き上げ」の人生からのアドバイスが万人に共通する。実際に料理なんかまったくできないぜいたく三昧のデビ夫人とは大違いで、何をやっても「実質」があり、ああ、この人は何をやっても食ってけるんだなあ、とわかる。細木自身に霊感があるかどうかはわからないが極めて合理的、統計的に人間を観察しているように思われる。入った金の使いっぷりも善人ぶらなくて、ちゃんと「経済」を通して世の中に還元していて気持ちが良い。(以前、どっかのテレビ番組で「億単位」で金を使ったそうだが、見逃した!)
そんなわけで、このライバル同士と思われる「芸能人アドバイス合戦」は、まるで次元の違う両者だと思われる。
巷にも「見える、見える種族」は、たくさんいる。そんな事よりおのれの人生ど〜にかしぃ〜やぁ〜、という者がほとんどではある。
以前、飲み屋で、この「見える、見える種族」の二人から私の後ろにも何か憑いている、と恐れられたが、一人は、失職寸前で、一番、霊感が強い、と言っていた方は、行方不明である。(、、ん?、、待てよ、、、あれ?、、わ、わたしの憑いている霊のせいか!、、フフフ、、いい仕事しているな。)
活躍している芸能人は、いわば「成功者」であるからそんなイメージはないが、実際、世間にはそういう種族はけっこういる。
知人の会社の同僚にそういう種族いて、彼が家へ来て、ここには何かいるから引っ越しした方がいい、と言われた、という。そんな特殊能力のわりには、地道なうだつの上がらないサラリーマンである。この辺も納得が行かない。
そんなわけで、小田和正クリスマス.コンサートでゲストとして出演したスマップの中居正広の「金スマ」でのミニドキュメントも見た。おそらく、歌にもっと自信をもって愛して欲しいと思っての指名だったのだと思う。自分の大ファン、、という条件にもかなっていたからであろう。(実際に単独でオンエアーされたコンサートは途中から気付いて録画した、、、残念!)
今日は、生中継のM-1グランプリを見た。
文句なしの漫才「ブラックマヨネーズ」の優勝である。初めて見た印象だ。
決勝でのネタが、実にマニアックな「格闘ネタ」でつぼにはまった!
すでにテレビのバラエティー番組で活躍する若手軍団は、インパクトに欠けていて、やはりハングリー精神が足りない感じで損をしている。キャラクターで売れてしまったら、喋りに込める言霊も薄れてしまうからだ。この中の誰も自分たちを知らない、という空気の中に切り込めるのはやはりハングリーさしかない。いわば、会場は「敵地」であるから頼るべきものは「喋り、(べしゃり)」だけである。しかし、どの道を通っても最終的な勝者はわからないが、、、。
若手は、常に、厳しい緊張と度胸を要求する状況の中に身を置いて修行して行くべきだ、と改めて感じる。
それに引き換えあまりにも「ぬるま湯」に浸かり過ぎてプライドだけを増長させる者が圧倒的に多い。
たぶん、彼等の運勢を占っても実につまらない結果しか得られないとは思う。
やるだけやった「青春」がまったく存在しない人生だと思う。
なぜなら、そうした時代を経て初めて、さらに上のプレッシャーに生きる下地ができるからである。あたりまえのようにベテランはみんな今をこなしているわけではない。その時代に培った力をさらに進化させ生きているだけである。
自分から厳しい「修行」を求めない限りそれはいつまで経っても得られない。
力のない者が無謀な行動に出てはいけないが、なぜか、修行に耐えられない者ほど、無謀な行動に出る。
ちゃんと「修行時代」を経なくては、マジシャンとしての現在も藤井も生まれなかったであろう。
マリックは、かつての弟子、藤井に活を入れてだけであろう。
きっと教えたかった事は、もっともっといっぱいあったに違いない。
あっ、時間が来たので、この辺で、、、。
後記:
年末は、豪華版のTVガイドをさっそく買い込み、朝から赤ペンでチェック、チェックである。本当に、年末からお正月にかけては、忙しいものだ。。
あと1本、日記を今年入れられたら、すべて無事終了かな。
入れられなかったらまた来年!
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