友寄隆哉のジャズはなぜ死んだ か? ジャズから見る文化論
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2002年6月9日(日)より
2006年1月1日(日):大晦日の恐怖と新年の御挨拶、1月のライブ告知
関係者の方々へ、あけましておめでとうございます。
昨日、12月31日は、毎年恒例という地元リゾートホテル、「ラマダ.ルネッサンス」にて「仲本政國ジャズ.オーケストラ、ニューイヤーズ、カウントダウン大晦日コンサート」にバンドマンとして10年ぶりに参加。ここ20年近く続いているのではないか、、。(それでも過去10年は参加してやって来た!去年から、なぜか10年ぶりでバンドマン復帰である。。)
昨年は、当初から、もう、ホテルでの仕事は嫌だ、嫌だを繰り返し断って来たので他人事のようにしてやり過ごしていたら、やっぱり2日ほど前から「もう、決っているから!」と言う事で、それじゃあ、おもちゃの象さんギター(スピーカー内蔵)でやるから、という事と、当日の「K-1」と裏番組の「プライド」の番組のビデオを録画して終ってからビデオ渡す事、、を条件に参加。
(私のビデオは、タイマーセッティングのための時間セットを去年の引っ越し以来していない。録画する時は、3倍速で6時間分を適当にチャンネルだけを合わせて外出するから、その範囲内での外出分しか録画できない!)
当日の演奏は、まあ、いつものように極め、ゴルゴ13ぶりの仕事をした。
フュージョン.ジャズオーケストラでは、普段のジャズライブではできないスタイルでやれるからまあ、嫌いな方ではないが、お仕事コンサートは好きじゃない。ほとんど譜面を読んでいてちっとも面白くないからだ。
『しかし、途中、その鬱憤を晴らすように1曲、乗りまくったアドリブ演奏後、すぐに始まった歌伴のアドリブの際、チューニングが狂っていた!アンプを持たずに会場用のモニターをアンプ替わりにしているので、音を出してのチューニングができず、あわてたが、結局、知らんぷりをして平静を装った、、、。私を知らないメンバーは、私が音を外してるのではないか、、と思った事だろう。知っているメンバーは、たぶんわざとかな、、と思ったかもしれない!次からは例えギターはおもちゃ同然でもチューナーくらいは持って行った方がいい、とわかった。。
私が、なぜ、こうなってしまったのか、、は、誰も攻められない。当時、いつでも気迫に満ちたソロをして来た。一体全体、誰が、毎回、あれほどのソロをして来たと言うのか!しかし、誰もこういうお仕事では聴いていなかったからだ。だから、ど〜でもいいのだ。こういう仕事で、人間がその後も幸せになることは断じてない!(今、バラエティー番組のテレビを見ながらテキトーに書いているんだけど、、、、。)』
遠方のリゾートホテルなので帰宅したのが午前4時半。受け取ったビデオをさっそく流し、まず、「プライド」の方をコマーシャルを飛ばしながら観戦!(当然、手には、コップ酒が握りしめられている!)
コンサート終了後からここまでの間、携帯電話にメールが来ても、もしや試合結果に触れていないか、ホテルの従業員がちょっとでも会話していないか、、を気にしつつ、一切メールも開かず、従業員の会話にも耳をふさぎ帰宅。
少しでもその結果がわかってしまえば、これから10時間ビデオを見る楽しみが消えるからだ。
結局、朝方まで見て、起きてからも、まだ見終えずにいた。しかし、ちょっとでもテレビでも見たり、お外へ「お出かけ」たりしたら市民の会話からその結果がわかってしまうのでは、、、という恐怖からすぐに続きをコマーシャルを飛ばしつつ見終えたのが午後3時半。
これで、ようやく、普通の平穏無事な日々を生きる市民となれた。。
こんなの恒例にやっていたら毎年「大晦日の恐怖」となってしまうなあ、と思ったものだ。
(しかし、この日のギャラは、翌日の甥、姪へのお年玉で消えた!これは、お年玉のための恒例の仕事にしかならない!)
そんなわけで、告知していいぞ、と年末、急きょ言われたライブを一つ。
昔、ここ地元にあって、活動の拠点としていた「ジャズ.ボックス」というライブハウスに関係のあるメンバーで「1日だけのジャズボックス」と題して、当時の常連にも声を掛けライブを今月に行う予定。出演は、仲本政國フュージョンオーケストラと仲本政國カルテットのコンボ演奏とセッションとギター.ソロ演奏(当日の雰囲気を見て決める!高齢の美空ひばり連合のおばさんが多かったらやらない!)。
ど〜みても昔からのいつものように「友寄隆哉リサイタル」じゃね〜か!とは言ったが、一応、本当にやるとの事でメンバーにも確認を取っていた事から本日、告知。
通常、ライブ、コンサートの告知は、リーダーではなく、サイドマンとして呼ばれる場合は、プログラムがどーなるのかわからないからやらないために、毎回、事後報告で通して来た。しかし、今回は特別に、、。早くからこのサイトでも紹介していい、と年末に言われたていたのだが、、
時:1月29日、日曜日、午後、7時あたりから10時あたりまで(らしい)。
(尚、この日は、沖縄では「旧正月」にあたる。相変わらずの、客が入りそうもない日をいつも選んでいる。)
場所:沖縄県那覇市国際通り「てんぶす文化ホール」4F、(旧:国際ショッピングセンター跡地)
当日は、ホールであるのに「アルコール飲酒」も可能にする、とのこと。
入場料は、¥1,500〜2,000あたり、、、。「文化」を享受するのに、これほどの金も借金して工面できない者は、70才くらいまで待てばいい。年金が入るはず、、、。
期日が迫ってのくわしい問い合わせは、「コンテンポラリー文化センター」まで。TEL:098-887-5586
参加する人数は多いが、かなりテキトーなライブで、けっしてコンサートではない。昔、ジャズボックスという所で、テキトーにやっていた事をやるだけである。1980年頃からのジャズボックスでのプログラムは、
毎週月曜日が、仲本政國フュージョンオーケストラ。
毎週土曜日の深夜、午前1時(翌、日曜日にあたる)から仲本政國カルテット(ピアノ:仲本政國、ベース:西川勲、ドラム:ラスティン、ギター:友寄隆哉)、今回のドラマーは若手、国場幸考、、との事。
(その他の日は、私がその日のギャラ(日当)を得るためのテキトー.バンドだったりする。)
昔、1989年まで、そんなライブハウスがあった事を若者が知るだけでもエキサイティングだとは思うが、たぶん、当時の若者が年輩になって、ちょっとだけ集まるくらいだろう。当時、既に年輩だった者は、これまたかなりの年輩となって現れるだけであろう。
あの頃は、そんな客なんか意識せず、みんなガンガンに弾いて日々を生きていた。ちょっとそれを再現するだけだ、と言う。
もちろん、ギャラは、千円もあれば、上出来である。基本給は300円!
とにかく、ライブでしか生活しない自分には、千円だけは、優遇されてはいた。
他のアマチャー.メンバーは、一応、ノーギャラが基本ではあった。
そんな時代があった。
今でも当然、勉強になるとわかったライブは、ギャラなんかいらない。
ならない、とわかったら、高額なギャラを要求するのは、当たり前の事ではある。
当日の録音、撮影、写メール、自由。
また、いつものように消えてなくなる音だけが放出されるだけである。
年頭は、少し、気合いを入れて、次の演歌の仕事に臨みたい。
もちろん、ギャラは、高額であってもらいたい。
やりたい事をやる時だけ、「メシは箸で食うもの、剣では食わぬ」という宮本武蔵の心境でみんな生きている、、、つもりなのだろう。
後記:
尚、「ジャズ.ボックス」閉鎖の際のラスト.イベントは、「武田和命(かずのり)カルテット」と題して、武田和命(TS)、小山章太(DS)、國仲勝男(el-b)、友寄隆哉(g)、、の4人で、3日間の本島、離島(宮古、八重山)ツアーの企画で閉めた。ラスト日は、RBCホール(琉球新報ホール)で、400人近い客を入れ終えた。当日のライブは、3週連続で、当時あったジャズ系のラジオ番組で放送された。1987,8年頃ではなかったか。
武田和命氏が亡くなったのは、その翌年であった、と思う。
私以外のメンバーは、旧、山下洋輔カルテットのメンバーであるから、私が、山下氏と入れ代われば、そのまま当時のメンバーとなったはずであるが、何かと旧メンバーでもあるし都合がつかなかったのであろう。私は、当時は、27,8歳だったと思う。
一応、かつてのライブハウス、「ジャズ.ボックス」にまつわる年頭の企画であるから昔を思い出しただけではある。
色んな事を単なる好奇心で、テキトーに周りに身をまかせ「実践」して生きていたら、けっこう小っぽけな時代の生き証人となっているだけではあると思う。
何もせず、ただ、年齢を重ねて「自動的」に半径10メートル以内で、口が達者になったわけではない、とは思う。
まだまだ、言えない事をいっぱい見て来た、、つもり。
おお、新春にふさわしい!
いつまでも「あけまして、、」の挨拶も、世間一般が仕事始めとなった頃からは、気が抜けるのでそろそろ取り下げないといけないと知りつつも忙しさのあまりほっておいたら10日も経ってしまったか、、。
しかし、まだ、私自身の仕事始め、稽古始めも本格的に軌道に乗せてはいない。今年、まだ会っていない者もまだまだいる。考えようによっては旧正月前とも言えるが、旧正月は、子供の頃はあったが、ここでも現在は、漁業関係者の占める湾岸の地域でしか重んじて行ってはいない。海洋での天候(運行)は旧歴でしかその教えの口伝はないからだ。
おまえは、今年からは、大殺界に入るぞ、とあれこれ周りの者に言っていたら、正月早々縁起が悪いです、とか、私は、オーラの泉の霊能者、江原啓之、美輪明宏派で、細木派ではないです、と言う者も何人かいて、ああ、細木派、江原-美輪派の対立構造は、すでに視聴者、読者の間でもあちこちで勃発してんだな、とわかる。
観察すると細木派は、人生経験を積んだ年輩の者が圧倒的に多く、江原-美輪派は、若い女性が圧倒的に多い。スピリチュアルな感性を重んじる女性たちに取っては、崇高な時間を過ごせるという。一方、細木の方は、ヌードまがいの写真集も出していて品性を疑う、というものだった(何人かいた)。
私自身は、どちらがどっち、とは次元が違うのでこれと言って言えないのだが、細木派のスポーツ選手に同じく「運気」と言うものを中心にしか見ていない。日々の稽古でやるだけの事をやった後は、運気、、しかないだろう、と言う事かもしれない。
江原以前は、宜保愛子なんかにびっくりしたものだ。ついでにミスターマリックにもびっくりしたりした。二十歳くらいの頃は、丹波哲郎氏の「霊界」本が面白くよく読んでいたものだ。そうした本で紹介されていた「エジプト死者の書」なんかは、購入はしたが、表紙が無気味でなかなか開こうとはしなかった思い出がある。
実際、6年くらい前までは、霊が住みついている、、とされたビルに2,3年住んでいたりした。その頃は、深夜、酔っぱらって帰るたび、怒鳴りちらしたものだ。オレを脅かしてみろ、おまえら、オレが、あの世へ行ったらただじゃ済まさないぞ!とクダをまいて毎日寝てたような記憶がある。
美輪-江原組からの助言に従えば、まあ、不正解でもない対応ではあったらしい。ただただ、下品、、というのを除外すれば、である。
たぶん、そこは悪霊しか住んでいないだろう、としか思えないビルで、実際、まあ、深夜となると誰も住んでいないビルの9Fに小さなエレベーターで戻って行くのは無気味ではあるが、酔った勢いの方が勝っていた。
まあ、昔からあまり人がいない店、というのが好きで私が気に入って通っていたマンガ喫茶は、大概、2,3年で潰れている。
こうした2大派とは無縁に、霊の話しだとか、占い話しは、ほとんど受け付けない、と言う一派もまたいるのは確かである。
どちらかと言うと音楽関係者では、あまりそうした人種はいない事は確かではある。なぜかみんなそういう事には関心がある。
そう言えば、UFO派もいる。私自身は、どちらかと言うとUFO派が苦手ではある。あまり、よくわからないからである。そういえば、悪魔派もいる。世の中には悪魔がいるんだ、とか言っている。知り合いのピアニストもそうだ。それを追い払うにはかなりのパワーが必要なのだ、とあやしげな水を呑んでいる時期もあった。非常に高価な水だ、と言っていたが、それを販売したい、と言い出した時は、100歩ほど遠ざかった事がある。
こうした様々なタイプが現世にいる事を考えてみるが、実際、どんな事があれ、日々の修行事は別に変らないし、やる事は同じである。だから基本的には、それを知ったからと言ってどうなるものでもない。
毎日、健康に気を使っている者がいたとして、こうした者が、医者の健康診断を恐れる事はない。むしろ、進んで、より良くなるなら、と診てもらう事だろう。あれこれ言われたとしても日々の健康維持法が変るわけではないからだ。
ところが、そうした事に一切関係なく日々むちゃくちゃな日々を送っている者がいたら、これは当然、医者に診てもらう事が怖くてしょうがないだろう。診断しだいでは、明日からの生活も大変革しなきゃいけないからだ。
だから、霊視だとか、占いは、そうした日々のバロメーターではある。
別にそうした事を経験したからと言って、大幅に、日々の「修行」が変るわけではない、と思ったらそれは十分に参考になるし、頭の片隅にでも入れておけばいい。
スポーツ選手はみなこの類である。毎日、過酷な修行、稽古に明け暮れているわけだから。そのメニューは、その道で生きる者にとっては、当然やらなければいけない事をこなしているわけであるから、そうした日々の「変更」はありえない。
せいぜい、その他に、あれこれのお参りや感謝の心も忘れないように、、とかそうしたアドバイスを受けるだけである。
その稽古は止めなさい、とは、よほどの専門家のトレーナーしかアドバイスしない事だろうから。
まさか、柔道の柔ちゃんに、「これからは、大外刈りはやめなさい!」と言う占師や霊能者はいないだろう。
もし、こうした助言によって日々の生活の何もかも変更しなきゃいけない者がいるとしたら、自分自身でも、こんな生活は地獄だけど、あまりその事は考えたくないよなあ、と思ってはいるのではないか、と、前述の医者の健康診断の例えでも何となくわかる。
それをきっかけにして日々の生活を考え直してみたらいい、と言う気軽な気持ちは持てないから健康診断は嫌だ!、と言う事になるのだと思う。
血液型なんかにしても同様で、たとえ、相手のそれを知ったからと言って、そのつきあい方を変える者がいるとしたら、もともと、人間に対してのつきあい方の基本がおかしいのではないか、と思う。
あまり親しくない人とは、これこれこういう風に接して、親しい人は、こういう風でいい、として、短気な人には、こういう感じで、暗い人には、こう接して、、とか、それぞれにこうした事は、処世術として考え抜いて様々な実践経験を経ていなくてはいけないのではないか、また、それが、人生経験を無駄なく積む事でもあると思う。
こうしたコミュニケーション術は「普遍」であるし、いちいち相手の血液型を知るまでは、その応対法がわからない、というのは、その人自身の未熟な自我の現れではないか、と思う。
そんなわけで、運気を調べていると面白い事が段々にわかって来た。
ああ、あなたは、今年から運気が下がっているね、と言うと大概の者は、不満を述べるが、もっと怖い事に気付いた。
これを逆に、ああ、あなたは、今年から運気が良くなり、大変、活躍する年ですよ、、と言う者も当然いるわけである。
しかし、ここに重大な事が、欠如している事に気付いた。
確かに、その人の運気は、今年良く、チャンスにも恵まれ、大活躍する、となっている。
と、ところが、、である。
活躍するも何も、、、その人は、いくらチャンスに恵まれても、この運気を活かすだけの、肝心の「力」が不足しているのである!
せっかく、12年に1度訪れるという「活躍の年」である、というのに、それを活かす「実力」がない、、という致命的な現実に出くわすのである。
こうなると、もう、天を見上げ、お、お願いだから、この運気を延期して下さい、、12年後でもかまいませんから、どうか今年だけは、良い運気にしないで下さい、またまた、修行に明け暮れなければいけない「大殺界」の年でもかまいませんから、今年だけはかんべんして下さい!、、となるのである。
この事に気付いてから、生徒に、今年、カーネギーホールで演奏して、それをCDで発売しないか、と言われたらやるか?、、、と聞いたら、お願いだからあと10年後にして下さい、、と祈ります、と言う者ばかりである。
(生徒は、「人気」、、はどうでもいいらしい、、、。たぶん、人気者のCDに興味がないのであろう。テレビは、只だから見る、というのが基本らしい、、。)
まあ、わかりやすく言えば、120年に1度だけ訪れる「財運」が、突然、中学3年次に訪れたら、、と思うと、ぞっとするわけである。
そんな事になったら、もう、1年中、毎日、欠かさず、神社、仏閣を巡り、「お願いですから、せめて、あと10年待って下さい!、それまで大殺界でかまわないですから〜、、」と泣いて頼む事になるだろう。
いくら何でも中学3年生に、そんな「運気」を活用できる才覚は普通はない。ビル.ゲイツにもなかったはずだ、、、(と思う)
一方、芸と言うものは、不思議なもので、大殺界であろうが、なんだろうが、例えば、その時期に曲を作り、それが、「LET IT BE」とか「SOUND OF SILENCE」だとか「STAR DUST」だのと命名して唄っていても、その曲の放つ力は変りなく、ただただ、その曲が売れない、、というだけである。
この事に気付いてから、例え、占いや霊視でおだてられたとしても、肝心のチャンスを活かすための「実力」が備わっていない内は、ずっと大殺界でもかまわない、と思う今日この頃である。
大殺界は、日々、じっと辛抱し、あらゆる修行に耐える時期であるからだ。いわば、自分自身の内面を磨くに最も適した時期である。
私自身は、言霊(ことだま)にあまり左右されない人間であるから、正月であれなんであれ、常に、最悪の状態を基本に物事を考える習慣しか持っていない。
「おいおい、夫婦揃って子供を置いて同じ飛行機に乗るなよ、その飛行機が落ちたら、後に残された子供はどうやって生きてくんだよ!」、、とか、平気である。
正月であれ、なんであれ、現実には正月早々、不幸に遭う者も世の中にはいるわけである。
ストーブをひっくりかえして酔っぱらって寝て、正月早々、火事を起こして焼死しないように、、
餅を咽につまらせて正月早々、窒息ししないように、、、、などなど、正月早々に警告する年賀状があっても良い気がする。
これを危機意識、というのではないか、と思う。
あまりにも危機意識のない平穏な正月の迎え方であるから、正月だけが一番、何も考えない、1年で一番楽しい時期、となるのではないか。
これでは、何が起こるかわからないこの1年など、到底、乗り越え切れない、と思う。
後記:
まあ、こうした中国から来る「運気」は、本来、旧暦で考えるべきものではある。
1月29日(日)の旧正月でのライブが、本来の1年の始まりではある。
もちろん、この日が、人生に1回だけ与えられる、最高の運気に恵まれた日、となっているのなら、明日から毎日、お願いだから、それは止めてくれ、、それは、もっともっと晩年でいいから、、、、とお参りを欠かさない事だろう。
「大殺界」中でも何でもいいから、現状の力で、その日は、終えたいからである。
それくらいの力で、十分、やっていけるように、修行して来たつもりではある。
体調がどうであれ、たとえ、超1流ではなくとも、「落ちてもその道のプロ」と言う演奏は、当然、みんなやって来た。
したがい、その日が、生涯、最高の演奏であった、という「運気」は、拒否したい。
一つの道で生きる者は、みんなそうじゃないのかなあ。
PS:
どんなに「軽い」ものでも数があれば、「重さ」となるし、一つ一つなら誰でも持てる。しかし、最初から重いものは、ああ、無理だな、と生涯、持たせる事はない。
軽さ、から重さへと変換するのは、それに掛けた日々と、それを全うし続けた年月である。
年月を掛ければ、誰しも笑えなくなる事項、というものがある。
我々のような「軽い」人間が「察知」できる事は、本物が、二つある、、という認識で十分である、と思うが、人は、どうしても一方の派閥に従わなければ、納得が行かないものなのであろうか。
憲法改正の論議は、年寄りが自宅にてコメントする事よりも、実際、戦地へ行って地獄を見る若者同士が語るべき事項でないか、と思う。
新年にあたり、危機意識は、必要である。
1月22日(日):欠陥建築、国家と民間の不思議、ライブドア、二極化、演歌バンド、ライブ告知
今年は、去年の暮からそのままあわただしい日々が続いて大変だ。これがこのまま2月あたりまで突入する感じだ。
よく行っていた近所のマンガ喫茶も閉店してしまったので最近は、隠家がない。何しろ冬場は寒くてあまり遠出もできない。
そうこうしている内にライブドア事件やら欠陥建築やら、と世の中の方も大騒ぎだ。
欠陥建築の方は、不思議でしょうがない。あれは、バブルがはじけての90年代初頭あたりか、テレビでもどこでも実際の欠陥建築マンションや新築ハウスなんかの特集をやったりしていたんじゃないか。それから色んな本なんかでもそうした建築防御のための基礎知識なんかを扱った本も出回っていた。銀行から借り入れして建築するよりは公庫から借りた方が検査がしっかりしている、、だとか、床にビー玉を転がして見たりとか、壁を叩いてみたり、だとか、、。あの当時も壁にビール瓶なんかを入れごまかしている、とか色々テレビでも告発していた。
まあ、検査機関が国から民間へ変った、という問題になって初めて明らかになった事ではあるけど、あの当時は国側じゃないかなあ。それが民間になったとたん問題になったりしている気がする。
食品の問題も伊丹十三監督の「スーパーの女」だったか、あれで色んな混ぜ肉の実体も明らかにしていた。
みんなあれから10年以上も経て初めて大問題に発展していて、テレビとかでいくら何かを告発しても何の影響力もないのかなあ、と思ったりする。
こうした、国が慣例みたいに無視して来たのか、実際、からんでいたのかわからない事件をまず民間にほっぽり出した後から今度は国側が追求する形を取っているのではないか、と疑いたくもなる。
事故の際のJR側の対応批判も似たような感じだ。まず、国側とは関係ない形を取ってから時間が経った頃にその問題を摘発するわけだ。そうなれば国側は、常に正義追求の姿勢が保てる。その頃には、当時の関係者は人事移動で、もういないから安心、というしくみだ。
証券会社なんかもみんなこんな感じで、あれこれ投資をすすめて顧客が損して苦情を言おうとすると担当者はもう人事移動で他の支店に転勤していたりする。顧客が損しようが得しようが、その手数料だけを社員側は利益とすればいいからなんでもすすめたらいいわけだ。本当に得するならそんな証券会社の社員でいるより自分で投資したら、社員本人が大金持ちになる、というわけなのにいつまで経っても社員でしかないのが矛盾している。昔からそうやって顧客が損した話しはよく聞く。
不動産業も似たようなもので、これも良い物件とか悪い物件も関係ない。とにかく「手数料」で稼げばいい。
現在だって業界内では、あそこは欠陥建築なんですよ、とか当然のように知れ渡っているマンションなんかもあるはずだ。
大学、専門学校関係も同じで、実際、仕事もないのによく生徒を募集しているなあ、と思う。仕事があったら教える側になんかなるわけがない。その知識を活用して実際に稼いだ方がいいはずだ。
しかし、それでさえも、実際、それをやったとしても儲かるかどうか、仕事があるかどうかはわかりませんよ、と事前にちゃんと説明しておれば、これは双方に何の矛盾も生まれない。問題は、いかにもそれをやる事で将来が安定します、仕事があります、儲かります、と言って勧誘する事自体にあるわけだ。これはギャンブル性は高いですよ、という告知があればそれは事前の警告を了承した形になる。
それを告知されても「かまわないです、自分は学問が好きですから」とか「自分はギャンブラーですから、損するのは覚悟してます、、」とか「単に趣味ですから、、」とか言って関わって来る者も当然いるはずだ。
こんなに民間の間では問題になっている、というのに何で10年くらい経て、これを国家が追求する側になっているのか、と言う事は、今でもいっぱいある。なんで加入もしていないマイラインに勝手に加入されていて、いくらNTTに抗議しても「こちらも困っているんです」との一点ばりで、じゃあなぜ、その料金はNTTの口座から引き落されているのか、というのも奇妙な事で実際、地元の新聞にまで1日だけ取り上げられていたにもかかわらずあいかわらずだ。キャンセルを申し出るとちゃんとキャンセル料800円は引き落しされる。年寄りなんかこれでいちころだ。
NHKの料金徴収だって、一切払っていない学生関係や若者関係は置いといて、年寄りしかいない世帯なんかテレビが1Fにも2Fにもあるからと(普通だと思う、、)2倍の料金を請求され、それを当然のように支払っている年寄りたちもいる。びっくり仰天だ。常にそうした弱者の方から優先されて徴収していたりする。
民間が悪い、国が悪い、、というよりも、とにかく国家の矛盾は、いったん民間に移行させてからそれを他人事のように追求する形を取っている感じではある。トカゲのしっぽ切り、、かな。いや、例えが違うかなあ。まあ、そんなようなもんだと思う。
ライブドアの問題なんか、株式のしくみの素人なのでさっぱりわからないが、元々、頭がいい、とか、最近よく目にする「ヤクザに学べ」とか言った本なんか、みんな法の網をかいくぐった「盲点」を見つけて商売してんじゃないか、と思う。刑務所で六法全書とか読んで詐欺師になったりするわけだ。そういう話しもよく聞く。やたら法律にくわしかったりする。
日本は、終戦後、いろいろ財を築いた会社の創業者がいて、それから株式上場なんかの時代が来て、段々、その創業者同士が知り合って、当然のようにお互いの株を成り上がり者同士で持ち合ったりした所から始まっているのではないか。
こうした中に新たに組み入ろうとする若者なんかが生まれて、でもまあ、お互い、そうした組織とは関係ない新参者同士だし、という事で、また別種のシステムが生まれたような感じだ。家族名義のマル優貯金が、拡大して、その家族がそれぞれ「会社」となっている世界なんだろうか。
株購入による乗っ取りが普通に立身出世のゴールとなれば、実際に生産者側に立って働く意欲がある人間は生まれない、という細木数子女史の意見もわかる。また、現実には、外国資本がどんどん日本の資産を安価で手に入れ、それを日本側は指をくわえて見つめているだけだ、という現状も緊急事態ではある。結局、日本人がやらなくても外国側はやってしまっているからだ。
今日は、出がけに、時間的にほとんど見る機会のない田原総一郎氏の「サンデープロジェクト」をちょこっと見たら、この問題を取り上げて議論がヒートしていて、その締めに田原氏が司会?のウジキ.ツヨシ?(ロックバンド時代はまったく知らない、、)に、「ホリエモンは好きか、嫌いか?どっちだ?」とウジキに投げかけ、ウジキは、返答できず、「この問題は、好き嫌いでは語れない」とだけようやく答えていた。
田原氏は、ホリエモンが好きで、自分の目が狂っていたのか、彼があんな事をするようには見えない、と言う立ち場のようだった。
好き、嫌いで判断できない、と言う返答は、ちょっとロック歌手出身とは思えないなあ、とは思う優等生的回答ではあるが、まあ、即座に問われてなんとも言えない、という状況はある。
じゃあ、なぜ、返答に困る事なのだろうか、と考えると、この問題は、何か、こちらがあれこれ批判するべきほどの個人的問題でもない。関係者でもない。
よく芸能人へ、あなたは、不倫して恥ずかしくないんですか!、、と問い詰めるレポーターがいたりする。
これなんか、大きなお世話とも言える。妻側の親戚縁者、肉親関係と言うわけでもない。ただ、スキャンダルとして取材すればいいわけで、倫理的説教まで何もまったく関係のないレポーター側がやる権利はないと思う。
殺人犯なんかいて、これに対して好きか嫌いかは、まず問われないから、これは極めて好きか嫌いか、、の問題で問う事も可能な範疇ではないか、とも思える。
昔、説教強盗、というのもいて、強盗に入った家で危機管理もできていないからこんな事になるんだ、とかあれこれ説教して出て行ったりした、という事件もあった。
これなんかは、どちらかと言えば、好き、嫌いの範疇に入るかもしれない。
ルパン三世はどうか、、とか、金持ちの家に入ってお金を盗み、貧乏人の家へその金を配る、鼠小僧次郎吉、、なんかはどうか。
、、となると歴史上の人物なんかは、すべて好き嫌いの範疇で判断できる。しかし、これも当時は、人を殺すにも大義名分さえあれば正当化できたからではある。大義名分さえしっかりと提示していれば後の世で好きか嫌いか、の範疇に入るようである。
成り行きを見てみるしかないのだろうけど、好き嫌いの範疇で返答できる範囲に留まった結末であっては欲しいとは思う。
今の世の中は、ますます二極化して行く、という。幼い頃より最高の教育をちゃんと受けられる家庭に育った者は、子孫の代までそうした恩恵を受け続ける事ができ、それにより頭脳も何もしなくても自然に明晰には平均的になっては行く。
その一方で、お金のない者は、ますますその環境に差が出て行くためにそこから脱するには、子孫がかなりの努力をしなければその輪廻から解脱する事ができない、という事にもなる。
もちろん、これが成立する条件は、金持ちの子であろうが貧乏人の子であろうが、どちらも何の努力もしない場合において、、、という条件が成立して初めて有効な現象ではある、と思う。
スポーツの世界では、それがくつがえされる事例が多々ある。
しかし、それであってもそれを維持するためには、財力が必要ではある。
金持ち国と貧乏国とでは、オリンピックなんかでもその施設利用や優秀なコーチ陣、お抱えのコック軍団、、と比較にならない。金持ち国の選手はいたれりつくせりの末、金メダルも成立していたりする。
今や、海や川でしか泳げない者が水泳選手となれるわけはない。冬場は寒くて練習もできないだろうし、ウィンター.スポーツでも年から年中、雪を求めて移動できる財力がないといけないだろう。
とりあえず、まあ、自分にできる一番近い方法で、「成り上がる」しかないのは、今も昔も変らない、とは思う。
後記:
今日、日曜日は、来沖した往年の演歌歌手のバック演奏で午前中からまたまたバンドマンの仕事。しかも、この3日、まるで夏のように暑かった沖縄も(クーラー付けて寝てた!)、今日は、おそろしいほどの寒さ!
雪国の巡業から来た、という往年の女性、男性演歌歌手も「寒い!」と言っていた!
演歌のアレンジは、ギターが命ではある。
久々にびびった。
20曲ほどの譜面に普段やらないキーでのハイポジション.フレーズの連続。
しかも、その箇所を弾くたび、そこはギターフィーチャーのソロ!
はっきし言ってギブアップ!
寒空で雨もパラパラの中、練習する時間もなく、いきなり次々と初めて見る曲の譜面が続き、しかもその譜面は、風で飛びそうな状態なので、譜面を取り出しては、いちいち洗濯鋏で止めるのだ。3点止め。
さあ、ここからギターだ、と弾き出そうとしたら風でその箇所が少しめくれたりする。この一瞬で、もうギブアップ!風が収まって譜面が見えてもどこをやっているかさっぱりわからなくなった。。
それでもまあ、一応、7割の打率はあったのではないか、と思う。ギターさん、もうちょっと音を上げて、と言われたが、無視した。会場となった広場へは、でかく音が流れている事は知っている。
こういう場合は、ステージの上だけでもあまりミスが目立たないような印象を与えるに限る。
20曲もそんな譜面をすぐに目の前に出されたら、もう何を取り立てて練習しても意味はない。身体は、寒さで震え、手は膠着気味。
これは、今まで経験した過酷な状況の仕事の第1位だ!、とバンマスに言ったら「いや、おれは、2番目だ!」と言っていた。大昔、雨の中でやらされた仕事があるらしい。今回は、一応、ステージに屋根は付いていた。バンドマン業は、ロック歌手のように雨の中での演奏がかっこいいものではない。ただ、ただ、寒さに震えながら譜面を間違えずに弾こう、と神経をすり減らしているだけだからだ。
またしても良い経験となった。
さて、次は、元旦に告知した1月29日のライブ。
*旧正月の夜のワンナイトジャズボックス
*2006年1月29日(日:旧正月)開場:6:30p.m、開演:7:00p.m
*会場、那覇市国際通り、那覇市ぶんかテンブス館テンブスホール(4F)(旧、那覇市国際ショッピングセンター跡地)
*入場料¥1,500「前売り、当日同じ」(ワンドリンク付=泡盛飲み放題?)
*出演:オーケストラ、トリオ、ETC...
*司会:古堅まゆみ
できあがったチケットを見たら、出演の項目に「仲本政國ジャズオーケストラ」に続き「友寄隆哉グループ」とあった。
一体、何時、そんなグループを作ったのか、自分には心当たりがない。
リハーサルはなし、との事。
明日は、ライブなのだが、そんな事の顛末は、元からどうでもいい、と思っている。ここ地元で、一体、どれくらいのライブを何十年して来たのかと考えれば、できるなら40代の内にライブなんかは引退したい。ここは、若者の土地で、40代になれば、引退した方が正解ではある。おじさんの芸など、ど〜でも良いと言うのがこの土地の習わしではある。
地元からの超人気「インディーズ.バンド?」が、全国制覇と言うにもかかわらず、一人のメンバーが腱鞘炎を理由に脱退、、と言うのもよくもまあ、言えたものだ。本物のバンドならメンバーの腱鞘炎が完治するまで活動停止が普通ではある。今や、億単位で稼いでいる「インディーズ.バンド?」のメンバーが、腱鞘炎を理由に脱退する事自体、ああ、沖縄版のジャニーズだな、と見当は付く。おそらく上から何らかの理由で大きな圧力が掛ったのであろう。それを受け入れるべきシステムが、そこにはあるのだろう。ロック魂なんかど〜でもよい。相変わらず、搾取される側の土地の人間根性ではある。
したがい、40歳もとっくに通り越した、おじさん連合がこの土地で、土地の者を相手に何かをしてみた所で、何も起こらない。
聴く方もやる側も、すでに何のパワーも残ってはいない。単なる、「儀式」でしかない。
高揚する気分は、すでに20代ですべて使い尽くした。
諸行無常。
では、なぜ、やるのか、と問われれば、世の中で一番、どうでも良い事に関わってみたい、と言う事だけである。
そうした中に、「緊張」を見つけたり、まだ、少しばかりは、「高揚」が残っているかな、、という事を体験するためである。
こうした事は、往年の演歌歌手が、ファンとともに老い、そのファンをたよりに、人生を終えるまで、巡業する感覚に同じである。
新しい事は、何もない。
とりあえず、まあ、何十年もやって来た、どうでもよい事に真面目に取り組んでみる「瞬間」はあってもいい、とは思う。
お客さんは、その練習風景を、テキトーに見ていればいい。
元来、完璧主義で生きたい自分ではあるが、郷に入らば、郷に従え、、にいつも従っているつもりではある。それだけ、リスナーには、何も期待してはいない、という事でもある。
だから、明日も自分のためにだけ演奏する事にする。
敬老の日に、老人ホームを慰問して生き延びる「芸」は、一応、「お仕事」であり、これを「ライブ」と呼ぶ事はないが、世間一半では、これを一足飛びに「コンサート」と呼んでいるらしい。
まったく「ライブ」経験者がいない、というのがコンサート経験者の主流であり、明日のライブも経験者は、片手にも余る数ではあるが、とりあえず、全員、明日の分だけは、ライブ1回だけの経験者と数える事になるだろう。
そこに「完璧」を持って来て初めて、本物のライブ人間とはなる。
もちろん、ギャラなんかあるわけがない。
昔は、千円のためだけに生きた。
これを3人で割るわけである。
その時もみんな最高の演奏をしたつもりではあった。
真剣に生きる、という事は、道楽でしかやれない。
それが嫌なら、後は、詐欺師の音楽をやるしかない。
しかし、これもまた興味がないわけではない。
世の中は、諸行無常で複雑ではある。
後記:
昨夜、「ライブドア」問題を、待望の「朝まで生テレビ」が取り上げた。
「朝生」が始まって20年という。
20年と言えば、1986年あたり、という事だろうか。
20代から見続けていたから、「朝生」で育ったようなものだ。
これを見終える度、こうした時間に熟睡している、巷の一般の「物知り博士」の意見をいちいち拝聴しているふりをするのも難儀ではあった。しかし、まあ、世の中は、そうした人々の意見をいちいち聞いて上げなくては、やってけないから仕方がない。
ホリエモン派の田原総一郎氏の擁護論とその否定派の議論のぶつかり合いではあったが、恐ろしい話しもあれこれあった。
実は、沖縄で自殺した、とされるホテルは、ここから歩いて5分ほどである。
(「朝生」では、沖縄県警も、これを改めて「自殺」から「殺人」として捜査をやり直した、という。インターネット業界への暴力団の介入は、既にこのサイトでも暗示、予測として指摘してある。一般人が、好き勝手に「書き込み」する事が、すでにその餌食となっている。予測通り、いざとなれば、簡単に逮捕されている。ならば裏社会にも直通のシステムがあるはずだ。何年も前から指摘している。逮捕されてみれば、やはり、高校生、20代のウサ晴らしの若者である。)
こうした「事件」に共通する事で、一つ、言える事は、世の「新興宗教の教祖」と言われる人物は、みな、会って見ると強烈な魅力を発するのである。
その「組織」が行う事と教祖本人の印象が明らかに違うのである。
私自身も、「麻原VSビートたけし対談」を15年以上も前にテレビで見て、麻原にかなりの魅力を感じたものだ。
したがい、あの対談を再現する事は、テレビ業界においては、タブーであるはずだ。
なぜなら、その信者が、さらに追加されるだけであるから、である。
世の「教祖」は、それほど、強烈な何かを発しているわけである。
「ホリエモン」に関しては、田原氏がそうであるように、まだ、まだ、ワッチングの段階でしかない。
PS:
あらゆる不正を時間とともにねじ曲げて平然と部外者の顔をして正義のコメントをしている政治家の類には、当然、あきれている。
みんな、法の網をかいくぐって生きている「同類」だろうが!。
ただ、インターネットの世界だけが疎いもんだから、ホリエモンを「味方」として引き入れたんだろう、と思う。
間違いない。
1月30日(月):昨日の事、ライブ後記、旧正月、あけましておめでとうございます!
昨日の3時間弱のライブというかミニ.コンサート評。
客数は、30〜40人、、と言った程度か。
私目当ての客は、その中で10人、、といった所。
CDは、2枚ほど売れた。
出演者は、30人くらいだから、客数からするとどちらが見られる側かは何とも言えない。
*ワンナイト.ジャズ.ボックスVOL1(泡盛付)
出演:
1:ハイブリッド.トロンボーン(4人)+リズムセクション
:
曲目:キャプテン.カリブ、その他数曲
2:ピアノ(仲本政國)&トランペットデュオ(tp:新里雅史)
曲目:
1:MISTY
2:黒いオルフェ
3:ピアノ&女性ボーカルデュオ(VO:金城まり子)
曲目:
1:WHEN YOU WISH UPON A STAR.
4:ピアノ&アルト..サックス.デュオ(A-SAX:岩崎ふみのり)
曲目:
1:YOU DON'T KNOW WHAT LOVE IS
5:友寄隆哉ギタートリオ(ギター:友寄隆哉、ベース:西川勲、ドラムス:玉城典幸)40分?
曲目:
1:STELLA BY STARLIGHT,
2:BLUES No.2(オリジナル変態ブルース)
3:MORNING BLUE(オリジナル),
4:NICA'S DREAM, (時間の都合で急きょカット)
5: NEARNESS OF YOU
6:ジャズオーケストラ(40分?)
1:SOFTLY AS IN A MORNING SUNRIZE
2:NEARNESS OF YOU
3:奥様は魔女
4:リカルド(GIFT):女性ボーカル
その他(忘れた!)
アンコール:WATER MELON MAN
感想1(男性30代):『本日の旧正ライブ、お疲れ様でした。
最後はバカ受けでした。
もう、演奏の方は最高ですね。
大好きなステラで始まったので高揚感が一気でした。(この間は向井滋春さんがフィーチュアされてたので)今回はトリオで違った面から聴けてよかったです。
それにしてもあの変態ブルース!つかみ所があるようなないような、かと言って無味乾燥でもなく味クーター(註:味こってり、、)でもなく、、、、、、、
不思議な感じの曲でした。**さんなんか感動しっぱなしでしたよ。(僕もですけど)
本当に引き出しが多いですね!
普通人間ってその人の持ってる雰囲気っていうかカラーっていうのが常に出てるもんですよね。
でもライブの時の先生はレッスンでは絶対に見せない面を見せますよね。
どうなってんだ?って毎回思います。 やっぱり気の入れ方なんでしょうか。
いづれにせよ素晴らしいです。沖縄のイチリューミュージシャン?も観にくればいいのに、もったいない!
今日とったMDを睡眠学習しながら聴こうかと思います。ではお疲れ様でした。素晴らしいライブをありがとうございます。』
感想2(女性30代):『またもや、すごかったです。『かっこいいなあ。。ち、超越してる!』と思いました。地方の劇団の舞台にハリウッドスターが立ち寄って、最後に結局全部持っていった、という感じでした。『こ、これがアドリブに人生をかけた男の生きざまだあー!(号泣)』かぶりつきで見ていた最前列付近の友寄ファンクラブの体形がお約束なのも笑えましたが。(私を含めて。。)(註:アンガールズ系)』
感想3(?):『最高〜!』
後記:
こうした身内的な感想とは言っても元々、自分の演奏に興味がない者へのレッスンは拒否しているのでこれまでに100人近く「卒業」させてはいる。
その対極に、客の中には、昔、ロックやジャズギターを習っていた、という30代、40代の者もいて、これらからは不評である。大体、22,3才の就職時期を以て道楽のバンド活動も終える中年族である。
この土地は、もの凄く保守的な土地であり、あらゆる文化の廃墟物が今だに重宝がられていたりする。ロックギターは、ディープ.パープルのリッチーブラックモアであり、ジャズ.ギターは、ウエス.モンゴメリーをコピーできた者が「英雄」である。
つまり、その感覚は、22,3才頃で止まってしまっている。「感覚を磨く」と言う事ほどの荒行はない。それは「拒否反応」との闘いである。怠惰に憧れの中に生きていれば自動的に磨かれる、というものではない。ほっておけば、人間の「感覚」「感性」は、どんどん鈍って行く。しかし、これと反比例するかのように加齢と共に人は、口は達者にはなって行く。
自身のどんどん退化していく感覚を絶対神としてあれこれの批評をしてみせ、半径1メートルくらいの影響力を誇るのである。
半径1メートルくらいは大した事がないではないか、と思うかもしれないが、世の中は、100人いれば、99人は、脱落者である。みな、”昔取った杵柄(きねづか)”で物を語るのである。
そもそもそいつに「昔」なんかあるわけがない。
この事は、22才の頃に体験した。22才頃に会った同級生がいて、「オレも昔はバンドやっててむちゃしたよなあ」と語ったのである。
その話しを黙って聞いてはいたが、彼は、昔も今も何のむちゃもしていない。きっちり、ちゃんと22才になったら就職しただけである。
昔から下手くそだったのに、なぜ、22才になったら立派にその道から足を洗った人間として振舞うのか不思議であった。あの当時も、まだ、そんな事をやっているのか、と言われた。
22才でこうだから40才ともなるともう手がつけられないほど、誰も知らない「栄光」の昔の記憶のみが自身の中では育成され続けているのだろう。
20年プロとして生きる事がどんなに過酷で荒行か、は、彼等の想像を超えるものなのだろう。だから、自分の想像の範囲でものごとのすべてを判断する。
彼等の過去は、どんどん美化される。
共通して言える事は、彼等の過去には、何の「実績」も「実体」もない。
「闘い」の歴史が皆無である。
ただ、彼等の意識の中で、それはずいぶんとたいそうなものになっているだけである。
あの頃の自分は、こうだった、あの頃は、と、彼等本人が語る事を聞いてやるだけで、人は誰とでも「お友達」にはなれる。
へぇ〜、そうだったのか、じゃあ、オレの記憶違いだなあ、、とでも答えておけばいい。
これもまた「修行」ではある。
聞いていると段々、哀れに思えて来る。修行の「完成」である。
同じような「仲間」が、けっしてお互いの傷には触れぬように、実はオレも、と語り出すのである。だから彼等には、そうした「仲間」が必要なのだろう。
本物ならそんな事を自分から言う必要はない。目撃者、証言者は、必ずいる。それが「実績」と言うものである。
100人いれば、99人は、そうした道を歩む事はできない。世の中は、成功者よりも脱落して行く者の方が、多数派である。だから彼等には仲間がいる。
まさに吉田拓郎のイメージの唄の歌詞のようである。
”長い長い坂を上って後ろ見てごらん。誰もいないだろう。長い長い坂を降りて後ろを見てごらん。みんなが上で手を振るよ、、”、、である。
20年ぶりで会って見ても、彼等自身は、20年前の火曜日と20年後の水曜日を平気で連結できる「生き方」をして来たのだろう。人は、そうそう変らない、と思うのだろう。だって、自分は、この20年も変ってはいないつもりだから、という感覚である。
普通、人は、3日で変る。3日もあれば、挫折から立ち上がる者もいる。
この間も、同様な人間にあった。この20年、私の演奏なんか聴いた事もない人間がいて、まだ、そんな事やってるのか、もっと音楽は気楽にやるもんだよ、と言われた。今は、仲間を集めて、またバンドを組んで楽しんでいる、という50代だ。十代の頃は、よく遊んだ。おそらく、「おやじバンド大会」にでも出れば、ようやく「実績」が作れる事だろう。
実は、こうした「バンドマンの祭典」で、舞台で自分の通常のトリオ演奏を披露するのは生まれて初めてである。こうした事は、還暦を越えない限りできないものだ、と思っていた。この20年、バンド関係者が、私のライブに来る事はない。誰もライブを見た事がない。普段は、譜面だけを読んでたまに爆発する程度の演奏しか聴いていないはずだ。
だから、今回も40分程度の演奏を私がギタートリオでする、というだけで、司会の女性からも「お客さんを帰さないでよ!」なんて言われたりした。
本来のライブなら一人でワンステージ1時間半の2ステージをこなす荒行を1年間続けた。トリオでも同様である。
おまけに、「もう、体力も衰えたおじさんなので、今日は、昔とった杵柄で、演奏をするはずです、、、」というような紹介までされたので、地元では封印していたスタイルを解放したつもりではある。
こうしたスタイルは、29才頃に凝って研究していたスタイルで、これをまた復活させ、1曲の変態ブルースとして再現した。
これは、地元では絶対に受け入れられないスタイルであり、おそらく誰もその「快感原則」はわからないだろう、と考えていたからだ。
今回は、リハーサルを一切する事ができず難儀した。
本来、ライブにそなえ、2日前あたりから瞑想に入り曲目を決める体質である。理想の客層を求めてずいぶんとライブをした。
20代のほとんど毎日をジャズボックスというライブ.ハウスでの演奏で過ごした。色んな実験をした。
今回のライブも、いつものライブのようにエネルギーを放出した。
しかし、ライブ後は、いつもライブ.ブルーが起こる。充実感がない。
終った後は、いつも「つまらない」と思う。
この感覚は、本物のミュージシャンなら誰でもわかる。
演奏している時だけが、生きている実感を味わう。
この嫌悪感は、エネルギーを放出した者にしかわからない。
日常とのあまりのギャップに演奏後、現実の世界に引き戻される。
これは、今まで共演した「1流ミュージシャン」もみな同様だった。
演奏中は、時間も止まる。気がついたらあった言う間に1時間経っていたりする。自分の感覚では30分程度だ。言わば、100メートル走のスプリンターの感覚だ。
この緊張感がたまらない。
しかし、これは日常にないものだ。
すべてのエネルギーを放出した後、放心状態に入る。
その時、初めて、今まで、何の充実感も味わっていなかった自分に気付く。
「お客様」の事を一切考えず、感じたままを延々と弾き続けられる場が
ジャズボックスという場であったんだなあ、と思う。
演奏後、あの頃と同じ、演奏後の虚脱感に取り憑かれた。
最高の客を得たい。ミュージシャンなら誰もが望む事である。
それは、どの分野に生きる人間も同様であろう。
どこへ行っても違和感はある。
道楽で音楽やってるわけやない。わしらは、これで生きて来たねん!という「叫び」である。
おそらくこの感じを味わったのは、今回も3人だけである。
しかし、また、新たに、この感覚を味わった者が一人加わった気はする。
こうした「往年のジャズの祭典」のライブに20代の観客がいるのは、自分がいるからだと思っている。
彼等は、「今」を生きているからだ。
彼等が、つまらない「おっさん」になれば、また、次の20代を相手にする。
がんばった若者なら、なんの「芸」も提示せず、なんでも偉そうに評論する「おっさん連合」は、大体、9級から8級あたりだと思えばいい。
でも、やっぱり、一応、「ジャズ」は、死んだ、と思う。
大学の「考古学」の一項目に加えたらいいと思う。
「民俗音楽」の章でもいいかな。
もちろん、そこには、「ロック」「ブルース」もある。
SHALL WE DANCE?
OH!LET'S PLAY JAZZ!
PS:
今日から旧正月なので、起きてからようやく本格的にバイクを飛ばし、初詣の旅に出た。
まず、自分の干支を祀ってある神社を探し、お参りした。
今年1年が、ようやく始まった。
2月5日(日):忙しいので場つなぎメール4題。ライブ後感想メール、その他のあれこれの思い。
メール1:『、、、、(中略)、、、旧正月あけて急にこういった動きがあったので、年が明けたのかな?と思いました。西川さんには来週火曜に会うので言っておきます。ほんとにそう思いましたし。やっぱり仲本さんと西川さんは別格にすごかったです。ただ先生はもひとつ超えていて、枠がなく、無限でした。そして、あの男の生きざまには参りました〓〓〓号泣ですよ。。ほんとに私など、この人からまだ何も教わっていなかったんだなあ、と思いました。たくさん教わっていますが、先生のあの演奏、気、生きざまを目のあたりにすると、先生は何も教えてないんだ、と思いました、、涙』(30代、東京都出身、地元在住、女性ピアニスト。4級)
返信:
教室は、「一般」の人を相手に商売をしているわけだから一般の人は、一般の悩み事でしか動かない。だから、誰にも何も伝えた気はしないまま教室なんかやっているわけだ。それ以上の人間が現れたら全部教えて上げられるけど。しかし、もし、音楽で食えたらミュージシャンは誰でも教室なんかやらないはずだ。だから価値がある、と思う。本来なら、ずっと現場の刑事でいたいっつう警察学校の教官の感じじゃないか、と思う。人に何かを教えているよりも、自分で犯人を探している方が、充実感は100倍だ。もちろん、教えた者が、犯人をつかまえたら、これは充実感200倍だけど、、、。「そんな奴はいないだろ〜、チッチキチ〜」
メール2:『あと、今月はHPに紹介されていた「スーパーギタートリオライブ」やジム・ホール、ジョー・パスを購入して聞いていました。
スーパーギタートリオライブでは、最初誰がどの曲、チャンネルで弾いているかを見ずに聞いていたのですが、何度か聞いた後にパーソナルを見てみると、自分が一番いいと思ったギタリストがアル・ディ・メオラでした。先生の紹介で三人の評価は知っていたので、「えー!?」と思いました。混乱した頭で原因を考えたのですが、それは自分の聞き方がなっていないからだろうと考えて、何十回も聞き込みました。
するとある日、一曲目でパコ・デ・ルシアがアル・ディ・メオラを圧倒していることに気が付きました。
アル・ディ・メオラはわかりやすい、受けの良さそうなフレーズを弾いているのに対し、パコ・デ・ルシアは冷静に、しかし創造的に攻めているように聞こえ、どう考えてもパコ・デ・ルシアの方が音楽的に優れていると感じるようになったのです。
それからいろいろなCDを聞き直してみたのですが、音楽が今までとは全く違って聞こえます。
なんとなくですが、フレーズと曲全体を結びつけて聞けるようになり始めたような気がします。
先生のThe old songs等を聞きなおしても、新しい驚きを発見しました。
感覚でこれは良いCDだと感じていたのですが、何とか音楽が聴けるようになりはじめた(気がする)耳で聞くと、先生のギターは音がどのように動いていくのか全く予想がつかず、非常に想像的な素晴らしいものでした。
今はCDを聞いていると楽しく、それ以上に新しい発見が沢山あります。今まで音楽をきちんと聞けていなかったという反省もあるのですが、自分の音楽に対する考えに疑問を持つという機会は「スーパーギタートリオライブ」が紹介されていなかったらなかったと思います。
文があっても読めない、音楽があっても聞こえないということがあるのだと先生のおかげで気付くことができた気がします。ありがとうございました。』(20代前半、男性、神奈川県)
返信:
もう一人いるだろ。パコやアル.がリスペクトしているジョンの事をもっと知るといい。
二人は、ジョンがいるから共演しているんだ。
メール3:『友寄 隆哉 様
こんにちわ。一ヶ月が過ぎてしまいましたが,今年もよろしくお願いいたします。
先月の21日(土)に,大館市内のとあるジャズ喫茶で「ブルースのセッションをやるから,午後7時に楽器を持って来い」と誘われ,久々にエレキギターを弾いてきました。
詳細は割愛しますが,実際はセッションではなく,あるバンドのミニ・コンサートだったのですが,それでも数曲は一緒に演奏できました。
それで,演奏が終わって打ち上げになると,私と同い年の,もう一人のギタリスト(この人は専業ギター弾きではありませんが,一応プロです)が,やはり同い年のドラマー(この人とは20年ぐらいアマチュアのジャズグループを組んでいまして,一応手さばきだけは見事な腕前を持っている人なのですが)に,「お前の叩き方は何だ!全然リズムがなっとらん!」とくだを巻いているのです。
プロの彼が宣うには「歌伴のとき,ドラムの音がデカ過ぎる」「テンポのチェンジの時に合わせれない」「フィルインがずれている」「曲の終わりがキマらない」など,もうケチョンケチョンにこき下ろしているのです(笑)。 これを傍で聞いていて「そうか。ブルースといえども西洋音楽であるから,やはりリズム(クラシックでいう所の『韻律的リズム』)が重要なのか?!」と,ようやく悟った次第でした(お恥ずかしい事で・・・)。
ドラムとベースのリズム隊が「最高の乗り」を出してくれないと,ソリストは思い切ったソロが取れない,というのが,そのプロの友人がいいたいことだったようです。つまり,(私も含めて)ドラマーやベース(の,今まで何回となく合わせてきた奴ら)がブルースの基本パターンも出来ないでゲストを呼ぶな!と言いたかったらしいのです。
この時,私自身は直接的に攻撃を受けませんでしたが,上述の通りブルースにおける「リズム(=乗り)」についての不勉強を自覚しましたので(笑),遅まきながらJames
CottonなどのCDを買い漁って勉強し直そうとしているところです。
「日本人とリズム」という面白いテーマでの研究は,今年も益々深めて
いきたいと思っておりますので,よろしくアドバイス願います。』(40代後半、秋田県、高校音楽教師)
返信 :
え〜と、2004年の12月6日と2005年の2月7日にメールをもらっている、**県の高校の音楽教師で私より3歳年長、という事でしたね。最近、物忘れが激しいです。昔の事は、1,2ヶ月も経つとよく覚えていないほど、ボケ始めています。毎度、自己紹介がないとわかりません。色んな事がありすぎて、たまに生徒の名前も忘れてしまいます。
修行人は、名前を覚えてもらう事だけが、修行の励みです。そのためには、それだけの修行を見せなきゃいけないな、と思います。私は、18才の頃でしたか、レッスンが終って初めて、「友寄!」と高柳昌行氏に呼ばれた事を今でも覚えています。あれだけ多い生徒の中での名前を呼ばれた瞬間は今でも忘れません。それが最初で最後です。当時は、もちろん、「作文」しかアピール手段はありませんでしたけど。さすがに、1年近くも提出していたから覚えていたんでしょう。
その点、アレンジを習ったピアニストの佐藤允彦先生は、学校関係以外のライブハウスで、ミュージシャンが周りにいる場では、いつもわざと名前を呼んでくれました。私は、ビールかコーヒーかなんかを運んでいたと思います。どんな場でもミュージシャンとして扱ってくれました。
佐藤先生が立ち去ると、周りの者からいつも、「なんで佐藤氏が知っているの?」と聞かれた覚えがあります。
私は、その度に「佐藤先生は、ぼくの先生ですから、、」と得意気に答えていました。
今は、あれから16,7年近く経ったので、さすがに先生も、もう名前は覚えていないでしょうけど。
ジェームス***とかと言う人は知りませんが、他のミュージシャンのCDを買い漁るお金があるなら、私のCD、1枚でも買って見て下さい。直接には注文はしなくていいです。
アメリカ気分に浸りたいならアメリカの委託業者の方へ注文してください。私は、同業の「教育者」では、まったくないです。
私は、佐藤先生のような、「先生」には、なれないですから。
佐藤先生に言われた事があります。「友寄君!、君は、右へ行くと言って、突然、左へ行くよね。それじゃあ教育者には向いていないんだよ!」って言われた事があります。
とにかくも、私自身は、「教育者」には、向いていないんだなあ、とその頃、わかりました。
遠い、遠い、昔の話しです。
メール4:『友寄様、ライブ後のお疲れになっているところ、ご返信ありがとうございます。
すぐに返信していただいたのに、僕のほうの返信が遅くなりまして申し訳ありません。
ライブの告知で、友寄さまは「テキトーライブ」とおっしゃってましたが、ぼくにとっては、去年のMUSICAでのライブ以来の生の演奏を聴けるということですごく楽しみにしていました。
「友寄隆哉グループ」では4曲演奏されていましたが、BLUES No2(オリジナル変態ブルース)は、僕はてっきり3曲目だとおもっていました。
なんの曲を演奏しているかもわからないような僕が感想みたいなことを申し上げるのは大変失礼かとおもいますが、素直な気持ちを伝えたいと思います。
僕はジャズのスタンダードナンバーもろくに知らない素人ですが、1曲目の「STELLA BYSTARLIGHT」は、久しぶりに生で友寄様の演奏を聴けるという事で、なぜか僕の方が緊張してしまっていてなんだかあっという間にすぎてしまっていました。「リハーサルは一切なしだった」と日記に書かれていましたが、とてもそうとは思えませんでした。
2曲目のオリジナル「変態ブルース」の演奏は強烈でした!あのような演奏を30分続けられたらきっと「演奏を終わって顔を上げたら、客はだれもいなくなっていた」となるんではないかな、とおもいました、それほど強烈でした。そして僕はすごく引き付けられてしまいました。
3曲目の「MORNING BLUE」になると、もう大興奮でグイグイ引き込まれてました、あのような演奏はもう単純に大好きです。
楽器を持ち替えての4曲目「 NEARNESS OF YOU」、これはもう演奏が始まると「CDか?!」というような気がしました、そして友寄様のCDで聞いた事があるようなフレーズが聞こえたような気がしたのですが、「その世界を創りだす際そこに必要だ」とおっしゃられていたいわゆる「レギュラー」でしょうか?僕の勘違いでしたらすみません。しかし、40分はあっと言う間でした。4曲で40分ということでしたが、どの曲もあっと言う間でした。
そしてビッグバンドでの演奏、ソロが始まってこれからがブチギレどころという時に機材の不調で音がでなくなってしまい、「ああ!今からなのに」とおもっていたら、曲も終わりにむかっている時に、ついに復活!それからのブチギレようといったらもう最高でした!!初めて見ました、譜面台奏法。
「ほんの少しだけ本来の力を解放した」演奏凄まじかったです。
29日の友寄さまの演奏・発言・行動をウォッチングしまして、あんなにグレている大人は他にはもう「泉谷しげる」ぐらいしか僕にはおもいうかびません。
友寄さまほど色々な魅力に溢れる「人間」はそうはいないとおもいます。
素敵な、そしてすごく濃密で楽しいライブをありがとうございました。
ファンとしましてはこの先友寄さまがまたトリオでのライブ活動を再開してくださることを願っています。
返信が遅くなりました事と、毎度の不躾なメール、重ねてお詫び申し上げます。それでは失礼致します。』(20代、地元男性)
返信:
う〜む、、泉谷しげる、、、とは、違うんじゃないか。
たまたま、そうなっただけだ、とは思う。本来は、非常に理性的でおとなしい生物だ、、、、。。
しかし、20代の頃に、同じオーケストラで似たような事をした事はある。
他のメンバーでやったら、20年くらいほされた。
しかし、あのオーケストラの管楽器のプレーヤーの中には、東京の有名ビッグバンドで活躍したメンバーもいたりするんだな。
まあ、あの時は、ただ、何と言うか、ハプニングで音が出なかったわけだ。
しかし、「自由」に音出して、生きて来たのは、たまたまオレ一人だったって事だ。
だから、場違いであろうが、なんであろうが、単に、その責任は取らなきゃ、生きて行く意味がないわけだ。
じゃまなら、300年くらい、呼ばなきゃいいんだ。
社会に出て、今さら、文化祭してる場合じゃない。
そんなのは、学生時代に十分やっとけばいいんだ。
今を生きる「自分」を示さなきゃ意味がない。
よく言われるが、別に、友達がいないわけじゃない。
たまたま、この20年、同志が、この土地に生まれないだけだな。
この土地では、あと、20年くらい待たなきゃいけないだけだとは思う。
しかし、その頃には、もう、指は、アル中で、震えっぱなしなんじゃないか、と思う。
「ド」を弾いたら、「ミ」になっていると思う。
後記:
あまりの忙しさにギブ.アッ〜プ!
2月は、確定申告だあ〜!
テキスト書きだあ〜!
明日は、「財運」を試すためにロト.シックスだあ〜!
バンマスが言うには、「番号は、決ってるけどな!」と言う事らしい。
それを書き写すだけだあ〜。
ああ、そう言えば、まだ、日曜日のギャラもらってねぇ〜!
2月9日(木):現代仏教の話し。「ウツ病」と「ニート」の文化。ロト.シックス体験
少しひと段落ついて、あとは確定申告だけなので、日記を更新しよう。
つい、この間、徹夜仕事で、深夜テレビを見ていたらNHKの放送で、お坊さんへのインタビュー番組を見た。たぶん、こういうのは教育テレビだろう。何十年か前にもこのシリーズは見た事があって、そのたびに現代仏教の最新の思想が紹介されていて勉強になった。
最新、とは言っても当然、一人の坊さんが若い頃から考え抜いて、その実践の日々の中からようやく達したものの考え方ではある。
この年輩のお坊さんは、若い頃から対人恐怖症で、人は、なぜ人を殺してはいけないのか、という問題に悩み、そうした事からも解放されたくて色んな哲学書を読んだり、放浪したりしたのだが、その旅先のお寺に出会い、出家する事を決心した、という。まだ20代の頃だったという。
人は、どうせ寿命が来たら死ぬ。しかし、もし人が永久に生きている事ができるなら殺したら悪い、という事はわかる。でも、人間は、結局、死ぬわけである。それなのになぜ殺してはいけないのか、しかも、人を殺して来た人間であっても歴史上の偉人、豊臣秀吉、織田信長、、といった戦国の武将は、みな人を殺して来たにもかかわらず尊敬されたりしている、この不可思議な現象が納得が行かない、と悩み始めたのがきっかけだと言う。出家する事を手紙で母に告げた時の悲しみも覚えているという。しかし、自分は、そうするしかなかったのだ、という。
お寺の生活は、対人恐怖症の自分には、楽だった、という。ただ、上から命令された事だけを日々こなしていればよかったからだ、という。感情と感情の触れあいがなかったからでもある。
それでもまた色んな事に疑問を持ち、托鉢だけを頼りに放浪の旅に出る。そんな生活を2,3年続けたという。しかし、野宿したのは、ほんの2,3日であり、あとは、みんな必ずどこかの家で泊めてもらった、という。そうした日々の中で、「感謝」の気持ちを磨き、人の中にある「仏性(ぶっせい)」「仏の心」とは何かをつかんだ、という。
そうした日々の中からいつのまにか対人恐怖症も消えてしまったのだという。長い、長い旅の修行の完成である。
そうした中で辿り着いた結論は、仏(ほとけ)は、拝んだ「対象物」ではない、祈る自分の心の中にあるのだ、とわかったのである。
托鉢の旅に出て、様々な家で一夜の宿に恵まれた時、その家人が「仏」に見えたのだという。
その事から「仏」とは、そうした、他人を思う瞬間のその人の心の中に生まれるものではないのか、と気付いたのだという。
「神」は、自分以外の「他者」である。つまり、そうした自分の「外部」にあるものではなく、それ等に対して祈るその人自身の中に「仏」は存在するのではないか、この事により、あらゆる宗教を超えて、そうした心を持つ人たちが一つになれるのではないか、と気付かされたのだという。
たとえ、どんな自分の「外部」にある「神」「仏」へ向い祈りを捧げていてもそこには、「神」「仏」は、なく、それを想う、その人自身の心が、すでに「仏」ではないのか、という境地である。
すなわちこれが「無」の瞬間でもある。「無我」でもある。この瞬間に、人の心に「仏」が宿る、と言うのである。
すべての修行も、この自己の心の中に、そうした「仏」が宿る瞬間を持つためにあるのではないのか、と気付くのである。どんな対象を拝んでいても、その対象には「仏」は、存在せず、それを想う自身の中に「神仏」が生まれるのではないか、と長い、長い思索の末に辿り着くのである。この事に気付いた時、あらゆる宗教を超え、人間は、ひとつになるのではないか、と言うのである。
これは、2,3年ばかり托鉢だけに生きる旅にでも出て、多くの人の「愛」と出会わなければ、なかなか実感できない感覚なのだろう、とは思うが、まさにコロンブスの卵のような境地である。
人は、愛を求めて彷徨う。しかし、例え、野宿してでも托鉢だけに生きようと決心し出家し、晩年、放浪の旅に出た人間には、実際に野宿する事は、2,3年の内、2,3日だけだっと言う。日本もまだ捨てたものではない、と仏の慈悲を感じたのが始まりだと言う。もてなした彼等自身が「仏」に見えたのだという。そこから、仏は、その人自身の心の中に宿るのではないか、と気付かされたのだという。
もちろん、出家する事もできない人間が、普段着のまま、突然、「泊めて下さい!」と言われても現代ではきびしいだろう。「ガリバー君」ではない。それでも一日だけの恩義でもあれほどの感謝の心を得るのであるが、それが2,3年となると「荒行」である。
そのお坊さんの面白い話しは、まだあれこれとあった。青年期に出家してある公園で何かのきっかけで子供かなんかとボールかなんか?で遊んでいたらとても楽しく、その時、ああ、人間は、こうやって楽しむために生きているんだ、それを「人は、なぜ人を殺してはいけないのだろう」と言った問題なんかを考えるために生きていてはいけないのだ、とわかった、とか様々な「思索」を経ての宗教観である。
こうしたテレビワッチングの中、最近、ウツ病、ニート風と言った若者と話す機会があり、持論を述べた。
こうした現象は、別に今に始まった事ではなく、昔からあるのだ、という事。しかも近年のある時代においては、ニートやウツ病だらけの「時代」があったんだ、と話した。それが60年代から70年代だったんだ、と解説した。その当時の若者は、み〜んなウツ病患者で、悩んでばかりいたんだ、と言った。あの当時の歌なんか聴いてみろ。
*「知らない街を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい、知らない海をながめていたい、どこか遠くへ行きたい」(「遠くへ行きたい」歌、ジェリー藤尾、作詞:永六輔、1962年)
*「小さい花にくちづけをしたら、小さい声でぼくに言ったよ。小父さん、あなたはやさしい人ね。私を摘んでおうちに連れてって。私は、あなたのお部屋の中で一生懸命咲いて、慰めてあげるわ。どうせ短い、私の命、小父さん見てて終るまで、、」(「花と小父さん」歌、伊東きよ子、作詞、作曲:浜口庫之助、1967年)
*「今は、もう秋、、誰もいない海、、、つらくてもつらくても死にはしないと、、」(「誰もいない海」歌、トワエ.モア、作詞:山口洋子、1968年)
*「時には、母のない子のように、だまって海をみつめていたい、、」(「時には母のない子のように」歌、カルメンマキ、作詞:寺山修司、1968年)
*「君は、なにを今、見つめているの、わかい悲しみに濡れた瞳で、、」(「太陽がくれた季節」、歌、青い三角定規、作詞:山川啓介、1972年)
これらは、当時、大ヒットとした歌ばかりである。私のセンサーに従えば、まだまだあるが、み〜んなウツ病の若者の歌である。
あとは、色恋沙汰、失恋の歌があるだけである。ともかくも、そんな事よりも若者人生に疲れているのだ、という歌ばかりである。
当時は、これが「主流」であり、当時の若者は、み〜んな悩んでいたのである。みんな対人恐怖症で、み〜んなニートのようなもんで、それが、いつのまにか立派な「大人」になり、こうした時代が忘れ去られただけである。
ちょうど、当時の若者が「立派な大人」になり、その「抑圧」部分を今、彼等の子供にあたる世代が引き受けているとも言える。
私の20代は、80年であり、こうした60年、70年代に「青春」はなかったが、一応、コンテンポラリー(同時代性)としてタイムリーに耳には飛び込んで来たわけである。
当時は、時代そのものが「ウツ病」で、現在は、それが特殊な少数派として疎外されているだけである。
みんなこんな歌を十分に聴いて育ち、「大人」となって行ったわけだ。
しかし、現在は、何かよくわからないハイカラな「歌詞」が「主流」となり、自分自身の「悩み」が癒されないままに「大人」として卒業して行かなくていけないわけである。
これじゃあ、今を生きる「若者」は、やりきれないだろう、とは思う。
ウサ晴らしの歌詞では、癒されない。色恋沙汰も異性と縁がなければ関係ないからどうでもいい。
とにかく、得体の知れない、よくわからない人生に悩んでいなくてはいけないのだ。
結局、彼等に言える事は、こんな歌も聴かないで人生を乗り越えようと考える事は「職務怠慢」ではないか、と言う事だった。「ニートならニートらしくしろ!」である。
ちゃんと「どらえもん」くらいは全巻持ってんだろうなあ。「エースを狙え!」とかはどうだ。中村雅俊の「オレたちの旅」のドラマくらいは探して見てるんだろうなあ、、とか、、その職務怠慢性を追求したらキリがないくらいである。
オレなんか十分、大人になっていても、一日がつまらないなあ、と思ったら、「探偵コナン」のビデオをたっぷり6時間3倍速でビデオに入れ、毎日、これを掛けながら寝てたぞ!、すると夢の中で、自分がコナンになるのだ、こんな楽しい夢があるか!と自慢したりした。
小津安二郎の映画でもいいし、それこそ「寅さん」シリーズでもいい。
寅さんも何かあるたびに放浪の旅にばかり出ているわけだ。
そうした「グッズ」も部屋になく、ただただ、人生に悩むなんて信じられない。
もっともっと、人生を悩む、という事を味わってもらいたいものだ、と思う。
その時でないと味わえない文化がいっぱいあるからである。
後記:
今日は、バンマスに連れられ、ロト.シックスのやり方を窓口まで行って伝授された。
まっ、千円落としたと思えばいいか、と言ったら、何!身内に詐欺師が出た細木の占いでは「財運」がいいんだろ?と言われたので、「世の中は、身内ほど言う事を聞かないものはないんだ。それに善人から学ぶ事より悪人から学ぶ事が役に立つんだよ。ジャズを学ぶのにどれだけひどい目にあったかわかるかあ〜」と答えた。
みんな自分の事は棚に上げて生きているんだなあ、と思った。
、、という事で、メンバーに支払うギャラの事を心配する自分では、おそらく一生、自分のライブをする事はないだろう、と言う事だけはわかった。
この日記に突然出て来る話題は、おそらく、他人へ数々の「試練」を与えつつも、その何百倍もの「試練」を自分自身で買っている私の中の「仏性」によるものだろう、と自分でも驚く事ばかりであるが、その「霊感」を超える数々の「罰」は受けているつもりではある。
PS1:
***君。
そういうわけで、今年も自分から起こすライブはないまま老う。
10人も集まるかなあ〜の客では、生活もあるだろうメンバーに十分なギャラが払えないからだ!
まさか、ロト.シックスの用紙を渡すわけにはいかない。
それをやれるのが、バンマスになれる。
そろそろ時間だな。
PS2:
昔、どうやったら私のCDが手に入りますか、というウツ病の患者と言う者からメールが来たが、こんなメールは初めてなので無視した。
サイトをよく読めば誰でも普通に購入できる。
それくらいの「社会的事務能力」は必要である。
こんな質問をする事自体、おかしいから「試練」を与えたが「克服」できないままらしい。
しかし、私のCDを聴いたからと言って「ウツ病」が解消する事はない。
念のため。
「餓鬼道」に陥っているからである。
何を手に入れても、「もっと」「もっと」、、であるから満足する事はないだろう。
他をあたってもらいたい。
私よりも優れたものは、無限にあるから私自身も関わりをもたなくて平気である。
あわただしい日々が終りようやく落ち着いたのはよいが、少し脳疲労から来るウツ気味である。今年に入り、途切れのない二日酔いの弱った身体であれこれの雑務をこなしていたからだろう。そういうわけで、さすがに昨日、今日と酒を控える事にした。やはり、何をするにも、体力、、ではなく、まず調子の良いコンディションだなあ、とあらためて痛感する。体力は、多少、無理すればなんとかなるが、肝臓の調子が悪くては頭もボ〜とする事が多くなるからだ。何と言っても1年365日の内、酒を控える日がほとんどないから、こりゃあ、まずい。毎日、3,4合は呑んでいるだろう。
調子の悪さは、睡眠にも影響するからなかなか深い睡眠に入れない。そうなると体内のリズムも狂い何をやってもあまり良い結果とならない。だから、ロト.シックスの結果も2敗1分けだ。今日は4億円を逃してしまった。これを機会に少し健康にも配慮しようと思う。
以前、テレビで見てから中々実行できない事に「腹巻き」の事がある。なんでも、、二日酔いでお風呂に入ると余計にアルコールが体内に回り良くない、という。温めるのは肝臓だけにするとその分解機能も高められ二日酔いの解消も早い、という。
そこで、天才バカボンのパパのような「腹巻き」、となったのだが、これが今だ探せないでいる。今時、腹巻き、、もないか、と思うが。
よく、マンガでは酔っぱらいなんかが腹巻きをして一升瓶を抱えているのが定番として出て来るから、ああいう酔っぱらいは、あの腹巻きのせいで肝臓だけが温められているから一般の人よりもアルコール分解度が早いのだな!、、と睨んだからだ。大体、酔っぱらったらお腹を出して寝てたりするから、これではなおさら二日酔いを誘っているようなものだろう。
いや、待て、、この際だから、手許にある身体の本の「アルコールと肝臓」のページを見る。
1:「飲んだアルコールの20%は胃から、80%は小腸から吸収され、門脈を通って肝臓に運ばれる」
2:「肝臓では、エタノール酸系ミクロソームやカタラーゼなどのアルコール脱水素酵素によって、アセトアルデヒドに分解されます」
3:「アセトアルデヒドは、さらに分解されて酢酸(さくさん)になります。最終的には、二酸化炭素と水にまで分解され、二酸化炭素は吐く息として、水は尿として、体外に排出されます」
4:「アルコールは、肝臓を1回通っただけで、すべて分解されるわけではない。分解されずに残ったアセトアルデヒドは、心臓を通って全身に送られ、再び肝臓に運ばれます」
5:「このように、何回か肝臓を通過するうちに、ほとんどが分解されて血液中からなくなる」
6:「お酒を飲み過ぎると、気持ちが悪くなって吐いたり、二日酔いになったりしますが、その犯人は、最初の分解で生まれるアセトアルデヒドです」
7:「お酒の飲む量が多すぎたり、ピッチが早すぎたりすると、アセトアルデヒドから酢酸への分解がまにあわず、アセトアルデヒドのまま血液中に入る量が多くなります」
8:「すると、脳に入るアセトアルデヒドも多くなります。アセトアルデヒドは、毒性が強い物質のため、大脳の嘔吐中枢を刺激して悪酔いさせたり、二日酔いの原因になったりするわけです」
なるほど!脳に入ったアセトアルデヒドのせいでウツになったのか!
う〜む、さらに「肝臓への影響」を見てみよう。
9:「大量のアルコールを急激に摂取すると、体内末端の脂肪組織で脂肪が分解され、遊離脂肪酸が肝臓に運ばれます」
10:「また、中ぐらいの量のアルコールを取り続けると、肝臓内で中性脂肪の合成が進むとともに、脂肪酸の分解が抑制されます」
11:「これらの要因が積み重なって、肝臓に大量の中性脂肪がたまります。これが脂肪肝です。」
なるほど!どおりでお腹が出てしまったのか!
単なる中年太りではないのだな。。
12:「脂肪肝になると倦怠感や疲労感を感じるようになったり、食欲不振や腹部膨満(ぼうまん)感が生じたりします。しかし、自覚症状のないことも少なくありません」
13:「脂肪肝になっても、さらに飲酒を続けると肝細胞の壊死(えし)や変性を引き出しアルコール性肝炎にかかります」
14:「肝細胞の壊死は起こらないで、線維だけふえる肝線維症という病気になることもあります」(肝線維症:細胞の壊死を経ずに線維だけがふえる)
15:「アルコール肝炎や肝線維症の段階で禁酒し、適切な治療を行わないと、肝硬変に進み、やがて死に至ることになります」
16:「肝硬変になると、肝臓の表面が凸凹になり、さらに結節を生じます」
(肝硬変:肝細胞が壊死して脱落した部分に線維が形成され、結節を生じて固くなる)
こ、これは、占いより当たっているではないか!
う〜むむむむ、結節になった肝臓の絵を見るとぶつぶつだらけでいかにも固そうな肝臓になっているではないか!。
か、確実に「12番」までは行っている、間違いない。
「15番」で、死んでしまうじゃないか!
う〜む、、とりあえず、これで医者へ見せずに自分で診断できたぞ!
この調子で自分でお腹を切り裂いて手術までできたらいいのに。。
後記:
そう言えば、何年か前にも医者にお酒を止められた事があった。
ともかく、しばらくお酒をストップして様子を見てみよう。
たまに、お酒を呑んだ翌日、調子が良い日もあるのだが、やはり、お酒、ヘビースモーカー、睡眠障害と不摂生の極地ではある。
昨日は、お酒を控えたので8時間ばかり、ずっと目が覚めた意識のまま、ただ目だけを瞑ってはいた。しょうがないので最近の昼間、再放送をしていた「美女か野獣?」だったかの最終回前と最終回の2本を録画したビデオを流しながら寝たふりをして、じっとしていたら、ドラマの中の敏腕ディレクターの松嶋菜々子に叱られているような幻覚を見た。ちょっぴり嬉しかった。
PS:
ウツにもいろいろあるようだ。
これは、自業自得のウツだった。
あといくつかのウツ症状の原因があると思われるのでチェックしてみよう。
とりあえず、その主要となっているウツ要因は発見した。
わずらわしい事務上の手続きによる「ウツ」と言うのが次に考えられるので、そこをまず解決させてみよう、と思う。これも意外にあなどれない。
脳の中は、自分では見られないので、ミクロ単位の部分部分に焦点をあて、瞑想して知覚するしかない。きっと他にも「疲労」している箇所があるはずだ。慢性と急性に分けられるだろう。慢性はやっかいだから、まずは、急性の方を知覚して退治してみるとする。
メール:『友寄さま。
**です。
通信生の方のテキスト作成、確定申告(深刻)、HPの更新などなどお疲れさまです。
「自業自得のウツ」とおっしゃられていましたが、多忙に加えて体調不良、それに「確定申告」では「自業自得」ということばかりではなさそうですね。
2月9日の日記で「10人も集まるかどうかの客では、メンバーに十分なギャラも払えない、今年も自分からライブを起こすことはないだろう」とおっしゃられていましたが、僕の「友寄さまがライブ活動を再開してくださることを期待しています」というメールに答えてくださったのでしょうか。ありがとうございました。友寄さまの活動再開を願ってる方は僕以外にもいるとおもいますが、HPを読めば、友寄さまがこの島でライブ活動を続けどれだけのエネルギーを発し、また「ここには音楽を聴くものはいない」と虚無的な気持ちになられたということも、十分理解できているというわけではないかもしれませんが、想像に難くないことです。
僕も「ウツ」状態になるときもあります、というよりすぐに落ち込みます、僕のように軽度の「ウツ」を年中繰り返しているものにとっては(ウツと言うほどのことではないとおもいますが)それほど重要な問題ではないかもしれません、そうでないかたが「ウツ」になるということは「余程の問題が起きたのかな」とおもいます。「躁鬱病」で「鬱」の状態よりも「躁」の状態が何をしでかすかわからないので危険だと聞いた事があります。ウツ状態と「鬱病・躁鬱病」が同じかどうかはまた別ではあるのかなとおもいますが。
僕の場合はもう何をやっても無駄というか、何も耳に入ってこないというか、一種の虚無状態ですが、それでも友寄さまのHPのおかげで何度も「よし頑張ろう!」と言う気持ちになっています。ほんとうに時々すごくびっくりするのです、更新された日記やたまたま読んだ過去の日記に、僕がその時落ち込んでいた事やちょっとダメになりそうな状態のときに、解決法が書かれてたりまた萎えそうな気持ちにエネルギーを注入してくれるような、そういうときがあります。
偶然ではあるとおもいますが、すごくびっくりします、本当にありがとうございます。
友寄さまのHPに偶然にも出会い、「感動した」と言っても僕の日々の生活が相変わらずでは意味がありません。
今年ももう1ヶ月がたちました、間もなく2月も終わりそうです、僕のような相変わらずの生活ではあっという間の時間でした、僕は今年もまだ何も変わってません。でも数日あれば人は・人生は変わるとおっしゃれてました。
僕は友寄さまが過ごした修業の日々ということとはほど遠い生活を続けていますが、「修業人」に近づけるように、今はびっちりこびりついた怠け癖と戦っています。この歳から修業してなにかを身につけるということはもう遅すぎるかもしれません、それでも自分を証明できるような、提示できるようななにかをを身につけられるように努力したいと思います。
不安や焦り諦めの気持ちは常につきまといます、また絶望もすぐそこでいつも手招きしています。修業に身を置くと言う事はもっと、凄く、もの凄く過酷を極めることとおもいますが、僕ができることは怠け癖との戦って始業人に近づけるよう努力することだと思います。
これを書いている今は「情熱大陸」で沖縄(宮古島)出身の整形外科医の与座という方のことをやっています、世界で活躍されている沖縄出身の方もたくさんいらっしゃるのですね。遥か昔も、僕らの祖先は船に乗りミクロネシア辺り?まで行っていたと聞いた事があります、その時は「レキオ」と呼ばれていたと。僕にも「レキオ(琉球人)」の血が流れているんですよね。
いつもの事ながら、僕のメールを読んでくださりありがとうございました。それでは失礼致します。』(地元、20代男性)
返信:
今の時代は、みんな落ち込んでいると思う。新聞には、30代後半のウツ病患者が激増しているとあった。
オレなんか慢性ウツ病だな。たぶん、生まれた時からすでにウツ病だろう。だから昨日、今日始まった話しじゃない。
でも、おかげで、色んな暗〜い世界を味わえるようになった。ジャズもその一つだな。ジャズの恐ろしいばかりの「暗さ」は、もうブラックホールが持つエネルギーのように誰もかれもが、吸引されて行く感じだ。
どんな世界も「光と闇」の世界はある。この間、島田紳助氏が、2,3日、仕事をしないで家でぶらぶらしているとウツになる、と言っていた。
躁と鬱は、一対の反射鏡だな。深い鬱があるからそのエネルギー分の反動としての躁状態が訪れる。芸術関係の人間は躁状態の時に創作活動をする。
躁鬱で有名なのは、ゲーテだな。それぞれが鬱期、躁期に年表分類できるほどだ。
だから、ミュージシャンも作家も芸人もみな躁鬱病を利用して社会活動しているようなもんだな。
そんな暮しに耐えられなくなってお酒に溺れ、やがては悲惨な晩年を迎える者もいる。
何かをする、という事は、いわば、躁状態なわけだからその反動として鬱は当然、つきまとう。
しかし、これは、なんらかの創作活動に関わっている芸人や作家と言った世界の人間の話しではある。彼等は、躁状態をコントロールしてそれを「芸」として成立させているわけだ。
その一方で、何もやっていない自分に悩む、というのは、これはまたこれで、エネルギーがいるわけだ。
論理的に言えば、「何もしない、という事をやっている」わけだ。生命活動休止の状態ではないわけだ。Every day,I do nothing!、というわけだ。
つまり、人間は、何かをしようが、何もしないでいようが、落ち込む状態は、必ずある、という事だ。
何もしないでいる事が、本当に「休息」なら、その反動はないわけだ。
だから、何もしないでいる、という「活動」をしている事になるから、同様にみんなウツもやって来るわけだ。
でなければ、何かをしている人は、落ち込まない、という事になるわけだが、実際は、そうじゃない。何かをしていようがいまいが、ともかくどちらもエネルギーを消耗している「活動」なわけだ。だから、同様な事が両者に起こるわけだ。
そういったわけで、自分を卑下するのも逆に自慢するのも両者は、同じものから発生していると言える。
だから、そこに、本当の「生命活動停止」となる状態を自らの手で作り出す「自殺」と言う最後のエネルギー活動なんかがあるわけだ。そこまで行かない状態は、ひたすら「眠る」だよね。
しかし、眠る、という行為も、本来は、疲れを癒すためにあるわけだから、この場合の「眠る」は、一種の「引き蘢り」状態であるわけだ。
世間に顔を出していたくない、という登校拒否とも言える。
この状態は、何かに似ているな、と思ったら、これは、母の胎内へ帰りたい、という言わば、胎内回帰の願望もあるわけだ。そこでは、自分の力で栄養を補給する「努力」もいらないわけだ。
しかし、現実の世界でそれをやってしまえば、逆に母を困らせる事になる。これは本意ではない。ここに矛盾が起こるわけだ。実際には、困らせてしまっているわけだから。
どんな事でも実際に「実践」してみなきゃわからない事だらけなのに、頭でっかちの教育のおかげで、みんな人生を一瞬にして「予測」してしまったわけだ。つまり、世の中を「観念」で捉えてしまったわけだ。
何でもいい。簡単だ、と思って取り組んだ事は、意外にみんな奥が深く、けっこう大変なものばかりだ。しかし、それを「簡単だ」と言って、体感しないままで終えているわけだ。
まあ、中には、そんなに大変な事じゃないのに、むつかしくしているものもある。わざと複雑にしてわかりにくいようにしていたりする。
そうだ!。何冊でも売れるようにできているパソコンの解説本のようなもんだ!
あんなもの、パソコンの事がわからないオレが書けば、一冊で十分だ!
、、、と言ってみたが、これも実際に書いた事がないから「簡単だ!」と思っている事の一つになるわけだ。
昔は、情報がなかったから、とにかく「やってみなければわからない」となっていた。
しかし、現代では、情報が溢れ過ぎて、何かをやる前から、すでにその結果もわかっている。
そこが問題なんだ。
だから、現代の「情報」は、昔の「情報」とそれを求める目的が違うと言える。
昔は、たんに、やってみなければわからない、、だ。
今は、それをやってみた人の結果は、情報としてすでに手に入るわけだ。
、、という事は、今の「情報」は、それを「体感」するために存在している、と考えればいい。
そうした「情報」の中から何を「体感」したいか、を選択できる情報分析力の方が大切であるわけだ。
こうやったらああなるんだけど、一度、体験してから考えてみよう、という事になる。
走る、という事は、疲れる、とわかってはいてもマラソンなんかする人がいるわけだ。これも「体感」してみたいからやっているわけだ。
人を殺した事がないから、いっぺん殺してみよう、と言うのは、論外だけど。まず、ドストエフスキーの「罪と罰」でも読んでみて考えてみる事だ。どうせ、観念でしかものごとがわからないなら。
そこで、現代、という時代を考えて見ると、「体験」もしないのに、情報だけはやたらと入って来る時代なわけだ。
何の「体感」もないのに、よくそんな偉そうな事が言えるよなあ、というのが現代だ。
歳を取れば、自分の人生を何でも美化して、誰も証言しないのに自分の人生をでっち上げる情報を平気で作り変えるようになる。それが、インターネットの世界でもある。「情報」だけで、誰でもなんでも言えるわけだ。
しかし、そうしたでっち上げの「情報」を作る自信もなく、ただ、ただ、正直に自分が「体感」した事だけを表現したい、と思ったら、これは、ただ、ひたすら「落ち込む」しかない。
自分には、何もないのではないか、という事に悩む事になる。
でも、実際に「元気」な人は、よくもまあ、そんな嘘八百を並べて平気だよなあ、と言う精神構造を持っている者が多い。
彼等は、そうした自己への「矛盾」を感じない「体質」だから、彼等が、落ち込む事はない。
次から次へと、どーでもいい話しをたいそうな話しにでっちあげるだけで大物になる事だけを夢見ているわけだ。実際は、な〜んもしてないんだよ。自分を売り込む力だけを養っているわけだ。
だから、実際は、何もしないでも、そうした自己PR能力を「ポジティブ」に付けて、自己矛盾を感じない人は、常に「元気」で、その一方で、どんな事をやってこようが、「自己矛盾」に悩む者が「落ち込む」というのが現状だ。
そんなわけで、「自分は、何もしていない」という事で悩む、という事は、自分に厳しい、自己矛盾にこだわっている人間の側にいる、という事になるわけだ。
まあ、結論を言えば、人間は、何をして来たって落ち込む。
それでも何かをしたい、というなら、「やってみたい」事を体感するために生きていればいいのではないか、という事だ。
そうした中で、日々を生きていればいいんじゃないか、という事だ。
「元気」な人は、何の権威もない3流ミュージシャンのライブだと思えば、来る事もないし、そこから何かを学ぶ事も体感する事もない。
ただ、有名だから、権威があるから、人気があるから、というだけで、その「元気」を保持している者もいる。流行りの本を読んだ、、とかだね。
そんな人の「自己」は、そうした世界のものへ、自分自身を置き換えて、生きているから、それはそれでいいんじゃないか、と思う。
彼等の「自己」は、常に、自分自身にはないから彼等が「落ち込む」事はない。
しかし、何かを見て、すぐに自分自身へ置き換える、という性質も「傲慢」ではある。
それは、自分自身をそれらと「対等」に見ているからだ。
そもそも、見るもの聴くものを、すべて自分自身と「対等」だと考えていると、そりゃあ、何を見ても落ち込むに決っているじゃないか。
あいつは、活躍しているのに自分は、活躍していない、、ってわけだ。
確かに、そう思った方が良い人間もいるが、一般の人がみなそんな「資格条件」に適合しているわけではないはずだ。
これが、中年期から起こる、「自己肥大」と言う奴だな。
若い頃は、何もできなかったが、中年になると何でもできそうだ、と思うんだな。それだけ、観念としての「情報」が、頭に詰まっているからだ。
しかし、実際は、やっぱり何もできない。
何の実績もない、偉そうな中年が始めた店に行くより、お客さんに叱られながら自分を試している未熟な若者が始めた店の方が繁盛する。
、、という事で、結論は、人生は、何をやっていれば「正解」かは、わからん!、と言う事だ。
どんなにやりたい事をやっても苦労はあるし、やりたくない事でも苦労の末に好きになったりする。
ただ、言えるのは、いくら成功しているからって、ああは、なりたかねぇ〜なあ〜、と感じる能力は必要じゃないか。この感性だけは磨いていた方がいいんじゃないか。
そろそろ時間だな。
別に、特定の人間に向けての内容でもなく、一般的な内容なので、返信はいらないよぉ〜。
後記:
6年目に入ったパソコンを駆使しているが、スクロールも一括削除もできなくなり、突然、電源も落ちる。
そういうわけで、何か返信がなくなったらすべてパソコンの「寿命」のせい、と了承お願い致します。
2,000年に購入した、初めてのパソコンで、よくぞここまでやった、とは思う。
けっこう安物の楽器で何十年も闘った「習性」が、ここでも活かされているんだろう。
道具は、そのまま「武器」となるが、物事を伝える、という主人の「気」に答えているのだろう、と思う。しかし、寿命と言うのは、突然、やって来る。
3月に入ったのでそろそろ日記を書かなくては、と思い立ったのだが、あれこれとあり過ぎてパッとは何も思い浮かばない。
(1分間の瞑想思案中)
これまで何とか専門的なジャズ教育を一般の者を対象にわかりやすく説いて、自由な「アドリブ」というものを実践させてみようと色々と試行錯誤を繰り返して来た。
しかし、これは、ある程度の資質条件をクリアーしていないとなかなかむつかしい。
まず、真面目に取り組んで毎日、練習しなきゃ楽器は上達しないし、ただ、何も考えず弾いていてもあまり進化はしない。
習い事の世界でよくいるのが、真面目ではあるが、研究熱心ではない、という者だ。ただ、毎日、真面目に通いはするのだが、ちっとも上達しない、という者だ。
これは単に、自分はこれだけ真面目です、という事をアピールしているに過ぎないわけで、熱心なように見えて、自発的な研究心はまったくない。技を向上させる、という目的ではなく、たんに自分という人間を認めて欲しい、という願望に支配されていて、これは言わば、「優等生タイプ」に属する。
毎日、真面目に学校に通ってノートを取っているからと言って、必ずしも成績が優秀とは限らない者に似ている。
聞いた話しでは、毎日、徹夜で勉強しているらしいのだが、テストの成績は、いつも零点、と言った「優等生」がいた、という。
何とも不思議な話しではある。
しかし、どんな分野を目指すにしてもやはりある程度のそれに掛ける物理的時間は必要である。
1日5分でダイエット、、と謡われていても実際、指導しているトレーナーが1日5分の運動なんかやっているわけがない。大体、朝から晩までやたらと身体を動かしているのがそうしたトレーナー集団の「資質」であったりする。だから、実際には、1日5分だけの運動なんかやっているわけがない。常に身体を動かしていて、大体、100人の生徒の5分間の運動につきあっているだけである。それをトレーナー自身も1日5分だけで良い、と勘違いしてんだろう、と思う。
ところが、これが一般の者から見ると、本当に1日5分くらいでそんな身体になるんだ、と思っているからこれは無謀な願望である。
1日、3カロリーだけ落とす方法、というならわかる。これだと「無謀な願望」ではない。1日5分しかやらないからそんなものだろうと思う。
ところがこれだと「希望」が生まれない。「商売」にもならない。
確か、ガッツ石松の「ボクサーから学ぶダイエット本」のようなものがあって、一日に水とりんごを1個だけ取り、お腹にタイヤのチューブを巻いて、毎日10キロのマラソンをすると1ヶ月で10キロはやせる事ができる!、と書いてあった、という。まるでコロンブスの卵のような衝撃的なダイエットアドバイスである。
しかし、これはこれで、「真実」ではあるだろうと納得は行く。問題は、それを実行する者がいるか、いないか、、というだけだ。
ジャズの世界の様々な曲に対しての「アドリブ」というものを何年も教えていると、どうしてもそれは「無謀な願望」ではないか、という場面に何千回と出くわす。
ひょっとしてこれも5分間ダイエットと同じではないか、と思えたりする。
これをいきなり「それは無謀な願望だ!」と一喝すれば商売にはならない。
ここが指導メソッドを考える際のむつかしい所である。練習はしたくないけど、あの曲のアドリブが取りたい、、という事になる。
なんでこんなにそれが簡単だ、と思い込んでしまったのだろうか、と思う。
教える側は、誰でも5分間程度の運動なんかしていない、どちらかと言うと朝から晩まで5分間の指導ばかりをしている、という者なのに本当に5分間くらいで自分が理想とする身体になれるのだ、と夢見てているわけである。
パソコンを使ってインターネットをやってみたい、という老人はいるが、その前にビデオをデッキにセットして流す事もできないでいるわけだ。
週に1回、30分だけのレッスンを受けてフランス語がペラペラになりたい、と願う主婦のような感じもある。教える側では、「そりゃ、一生無理だ!」とは言えない。みんな本人がそれだけの労力でそこまで行ける、と思っているからだ。
なんだか、人間は、なんでも目指せば、何だって可能だ、と信じているような感じではある。
それを信じるならそれ相当の時間をやはりその対象に割かなきゃいけない。もちろん、それだけの「無謀な願望」を持っている場合は、ではある。
そうした主婦だって、フランスで簡単な買い物ができるようになれるでしょうか、という願望なら何とか成就する事は可能だろうが、実際は、それくらいの願望では飽き足らず、フランス人と議論したりするくらいの語学力を身に付けたい、、と思っている。それで、アルバイトとしてフランス語の同時通訳「でも」やれたらいいなあ、と週1回、30分のレッスンに通っていたりするわけだ。
ジャズ.アドリブの世界もこれと良く似ていて、あの曲が好きだからあの曲のアドリブができるようになるにはどれくらい掛りますか、と質問されたりする。商売上、「それくらいの練習量では、一生、無理です!」とはなかなか言えない。「その前にこうした曲からやりましょう」という事になるのだが、予想通り、こうした人は、何年経っても最初の曲から完成する事はない。
「無謀な願望」の話しのついでに言えば、十分な大人になって、バイオリンが好きだったから、とバイオリンを手にし、どうしてもこれでジャズをやりたいのだ、という者も時折、いたりする。
これは、もう、恐らく、生きている間では達成されない願望の一つになる。生きている間に達成できない願望というのは、無限にあるのだが、これだけは、なんとかできるのではないか、と思い込んでしまうのだろう。
バイオリンと言う楽器は、そもそも「音程」をちゃんと取って「音階」を弾く事さえなかなか大人になってからでは困難な楽器だと言うのにわざわざそうした楽器にあこがれを抱き、その楽器でジャズの即興アドリブまでしてみたい、、というのは、本来、その先生あたりが止めるべきではある。
1日、何時間でもそのために割いて努力します!、、という熱意でもあるならわからない話しでもないが、1日30分程度しか練習時間が取れないのですが、、という条件付であったりもするから無謀の極地でもある。
ちゃんと最初から正しい音程が出るギターやピアノと言う楽器ですら、なかなかアドリブとなると大変な事になるのに、その音程さえも今から1音1音正しい音程を自分で見つけていかないといけない楽器では、もう天文学的にその目的達成の日は、はるか宇宙の彼方で、人間の寿命では成就できない。500年くらい生きられるなら何とかなるかもしれない。
だからこうしたものの考え方は「エイリアン」の発想である。エイリアンならなかなか2,300年くらいでは死なないだろう、と思うからである。
しかし、まあ、人間は、夢を持つから希望が湧いてなんとか日々の暮しに生きがいを見出せるものである。
だから、何とか進化させて上げたい、とあれこれメソッドを考え出すのではあるが、できれば、その「目標」というよりも「無謀な願望」の方をなるべく生きている間に、いや少なくとも1年内には達成できそうな願望に変えて見る努力から始めるべきではないか、と思う。
自分の労力に応じて、そうしたぴったりの「目標」を持つ事ができた者が、1年1年、確実に進化し、その一つ一つの「願望」を成就する事ができるのではないか、と思う。
ところが、自分自身を客観的に人はなかなか見る事ができないから、また、それを達成するのにどれほどの努力をしたか、を「体験」した事がないまま日々を送っている者が特に、無謀な願望を抱きやすいために、なかなか等身大の自分にあった「目標」を受け入れてくれない。
何か、大きな目標でも立てれば、挫折して当然でもある、という「自己肥大」から来るものであろうと思う。
どうせ負けるならチャンピオンとやって負けたい、という感じだろうか。実際には、小学生、中学生あたりにも歯が立たない、わけである。
等身大の目標、、と言う事で思い出すのは、ギターを始めた小学校5年生あたりの目標で、ギターの弦を自分で張り替えるようになって、まず、チューニングがちゃんとできるようになりたいなあ、と思った事はある。
まあ、料理で言えば、じゃがいもやりんごの皮くらいは、きれいにナイフで剥けたらなあ、という感じか。
それが、できてまあ、次のステップがあるのだろう、と思う。
これなんかは、1日5分の修行でいいんじゃないか、とは思うが、これもまた、1日に何百個も剥いて何年も送って来た、その道の人から見れば、無謀な願望、、になるのかなあ。
それに掛けた労力から目標を逆算する習慣さえ身に付けば、日々の修行は楽しいのではないか、とは思う。
修行事が、苦しい、と思うのは、無謀な願望に支配されているからだ、と思う。
しかし、また、人間は、100を望んで、実際、手に入るのはその半分の50くらいである。それでも上出来な方だろう。
だから、本気で、100を手に入れたければ、その倍の200を獲得するくらいの労力を消費しなければ、とてもとても100は手に入らない「しくみ」になっている、という事は、わかる。
3月9日(木):怠惰の悩み相談、金メダル.スケーターの荒川静香
じゃあ、約束通り、日記で取り上げてみる。
個人相手に返信してもまた同様な事が繰り返されるだろうから。
メール:『拝啓 友寄先生へ
一月の間、何の音沙汰もなくて申し訳ありません。
今回先生にお話したいことがありましてメールを書きました。
まず謝らなければなりませんのが、明日までに発送しなければならない課題がまだ出来ていないのです。
先月の半ば頃から、自分の悪癖である中途半端な状態で停滞してしまう状態になってしまいました。
子供の頃から事あるごとにこの五月病のような症状に襲われるのですが、今回もその状態になってしまったのです。
これは昔からの自分の悪癖で、集中力と根気の必要な努力を要する最初の位置まで行くと、必ず陥ってしまいます。
勉強でもスーポツでも何でも、始めてしばらくは良いのですが、進歩が最初と異なりゆっくりになってしまうと、とたんに自分の限界のように感じるのです。
今回も、最初の三ヶ月間から段々と課題に取り組む時間が少なくなっていってしましました。
そして今回の提出期限が迫ってくるのを感じても、虚脱感の方が勝ってしまいました。
何かを始めた後、いつも感じる症状です。
そして心の中で、期限が過ぎれば全部終わる、などと逃げの考えが浮かんだりもしてしまいました。
実際それに流されそうにもなりました。
ですがいい加減、中途半端に終わる自分が嫌になっています。
それでも、恐い事に自分の中で、いつもの事だ、と声が聞こえたりもするのです。
これも先生の仰るエイリアンじみた願望の一端なのでしょうか?
先生は過去に中途半端な生徒がそれを克服した例をご存知でしょうか?
それともこの状態は花粉症のように一度かかると直らないのでしょうか。
今回、このような貴重な示唆の多い言葉を発してくださる先生の下でも、こんな考えになる自分がどうしようもない奴だと思います。
どうしてコツコツとした努力を積み上げる事ができないのかがわからず、
どうしていいのかわかりません。
一つ一つの事をこなして行くという事がどうして自分にはこんなにも重荷になるのか、理解できません。
申し訳ございませんが、学生の上に休みの期間の怠慢という、言い訳の仕様がない状態なのですけれど、延長を申し出させていただけませんでしょうか?
残りの学生生活(大学)も後二年です。ここで捨ててしまったらもう本当に終わりだと思います。
どうにかして、なんとかここを乗り越えたいと思うのです。
久々の連絡がこのような内容になってしまいましたが、どうか宜しくお願いします。敬具』
返信:
習い事の世界では、まず3日坊主と言うように、3日で挫折する者、次に3ヶ月目で挫折する者が多い、というのは定説ではある。
一応まあ、習い事を始めてその3ヶ月目が終ろうとしているわけだ。
何でも最初だけが勢いが良くて段々にエネルギーも情熱も無くなってしまう、という話しだよね。基本的には、どこにでもよくいるフツーのパターンではある。1年持てば良い方だろう。
だから、そこから言える事は、特別な存在ではない、平均的な人間である、という事と、わりあい多数派に属するタイプだと思う。
どんな良いアドバイスを受けてもすぐに風化し、なかなか持続できない、という話しだから、これを読んで、ああ、自分の事だ、と思う人も多いんじゃないか。
ここでの問題は、そういう自分が嫌で直したいのに、どうしてもそれができないでいる、という事だと思う。何度も同じ事を繰り返し、物事を深める事ができないでいる事に自己嫌悪があるわけだ。
そういう自分が好きです!、、というなら、ああ、そりゃよかった、じゃあまた、、という事にはなる。
こうした生徒は、どこの教室でもいると思うし、取り立てて特別に対応するわけでもなく、ああ、今回もまた「ハズレ」だったか、と教室関係の先生は、みんな思っている事だと思う。
粘り強い人間は、なかなかそう簡単に現れないもんだ。実際にそうした生徒がいたりすると、その理由は個々にそれぞれ色々あるはずだ。
でも、一応、この「普遍」の問題を考えてみると、真っ先に思うのは、そうした習い事を自発的な意志でもってやり続けた「習慣」がないんだな、とは思う。
習慣がない、という事は、前例が脳にインプットされていない、という事だから、3ヶ月先は、未知の領域で、これから脳にインプットして行く作業になるわけだ。3ヶ月分のやり方は一応、インプットされているから、いつもそれを繰り返しているわけだ。
そこから先を何かでその壁を破り、経験してみないといけないわけだ。たまたま今回は、それを音楽で試みている、という事で、別に音楽以外でも同様な結果になるとは思う。
しかし、若い内は、何をしても続かなかったのに、歳と取ると意外に続いたりする事もある。続く、と言っても若い頃は3日坊主だったけど、10年後には3ヶ月は続くようになり、さらに10年後は、1年ばかりは続くようになった、という程度だとは思う。しかし、その分、理解力も低下して行くから結果的には、やはり同じ物量しか脳には記憶されて行かないのではないか、とは思う。つまり、若い頃の3日は、10年後の3ヶ月に匹敵するのだと思う。同じメソッドで学んだ、としてね。
「無謀な願望」で、その対象をやっているのか?、、という質問だけど、別に、無謀なわけではないんじゃないか、やったらできたんだから。ただ、どうしてもそれを「やろう!」と言う気になれない、という事なんだし。
しかし、まあ、書いている内に、なんだが、よくもまあこんな事で悩むよなあ、とは思う。好きな事は、続くだろうし、好きじゃない事は、なかなかやりたくないはずだし。
職業体験みたいなもんだな。その世界の1流にあこがれてその世界に入ったら地道な修行があって、それだけはかんべんしてくれ、と思い始めたんだな。
ああ、そうか、そういう自分を直したいんだな。
確かに楽器修行は、習い事の代表でもあるから、歳を取れば取るほどそのあこがれも強くなって行く。これは間違いない。老年期に入ればみんな楽器を何か修得したがる。でも、現在の老人たちは、楽器修行に挫折を繰り返して来たわけではないとは思う。ようやく楽器を習える時間が持てた、という感じではある。だからそうした時間にも喜びを感じていたりする。
しかし、学習能力は低下してはいる。若者が3ヶ月もあれば学べる事に残り少ない人生を掛けて何年も取り組んでいたりする。
オレなんかもレッスンはピアノでたまにやったりはするが、いつかじっくりピアノを練習する時間があればいいとは思うけど、あれこれと忙しくてそんな時間は全くない。だから指はそんなに動かない。でもまあ専門の楽器の方が指は動くからピアノでは別の感覚を磨いている。一度、ハマって真面目に取り組んだ事があったが、ギターと同じ感覚になりそうだったので止めた。同じ「感覚」で他の楽器を弾いても意味がない。どうせ同じなら、専門の楽器の技術でその「感覚」を深めた方がいい。しかし、自分では弾けないピアノの譜面はよく書いている。
こうした点から修行事は、その媒体を利用して、ある「感覚」を磨く、という点もある。老人ならボケ対策にはなる。
よく、何かを続けている人に、「なぜそれをやり続けているんですか?」という質問をしたりするインタビューがあったりする。
この質問が一番、本人にとって深く考える質問にはなっている。自分でもその理由がわからないからだ。だから、まあ、「仕事だから」とか、「生きがいだから」とか、アメリカ人に多いのが「より良く生きるために!」といった回答だ。
これが冒険家だったりするとますます、その回答は一般人にはわからない。大昔から「どうして山に登るんですか?」「そこに山があるから!」というのが有名な登山家の出した回答ではある。
実際には、もっと複雑な心理に起因する事からの行動ではあるのだろうけど、ものごとをやり続ける、というのは、好き嫌いの感情は超えて行く。
「好きだから」で始め、「嫌いだから」で、止める、というものではなくなって来る。
じゃあ、それを続ける理由は何だろう、と考えると、「現在の自分の力量にまだまだ満足していないから!」という回答しか出て来ない。
みんな、現在の自分に満足していたら、修行事はとっくに止めているだろう。
まあ、こうした「無限」の修行の話しは置いといて、一般的レベルに落として考えて見れば、最低限、「それが日常で活かされない内は止められない」という結論は出て来る。
その感覚、技量が、日常に活かされないレベルの内は、最低限、止めない、と言う考え方はある。
料理を習っても同じだろうし、書道を習っても同じではないか、と思う。習い事は、本来、そういうものを基本としてはいると思う。これを「嗜み(たしなみ)」と言うとは思う。
ピアノを弾いていれば、「何か弾いて披露してよ!」と言われるだろうし、歌でも習っていれば、唄ってよ、と言われるだろうし。別にそれは、観客を必要としない世界の事もあるだろう。
だから、何かを始めたら、せいぜい、その辺りまでは行きたいなあ、とは思う。
そこに至る過程から学ぶ、様々な修行心理も他の分野に応用できる。
大体、物事を始めたら3ヶ月くらいで、***と言った心理状態になってすぐ止めたくなるんだよな、、と言った調子で、大概の心理的変遷はすでに経験済みの事項になる。
だから、本来、修行事は、どんな分野でもかまわない。一度、その心理変遷を経験すれば、それは「普遍」になり、いつだって新しい事を始める事ができる。3年で挫折した者は、3年分だけ、その修行過程で起こる、様々な障害とその対策が脳にインプットされている。だから3年は、やり通せる。その先は、未知だから「荒行」でもしない限り経験できない。
それが3日分しかない者は、何をさせても3日しか続かない。これが3日坊主の脳だな。一度、経験してんだからその3日の「勢い」は、凄いはずだな。どんな事も一度経験しているものは、やる気も出るだろ。
もちろん、あれだよ。3日しか続かない「勢い」で、4日目から無気力のままの惰性で30年続けても何も得られないよ。これも多い。
でもまあ、これもまた多数派。仲間はいっぱいいるはずだ。
みんなね、4日目には、「満足」してしまうんだよ。
ああ、自分は、このままでいいやって。
悩んでいるふりをしているだけなんだよ。
そう言っておけば、何とか体裁は保てるかなってね。
そんな自分に「納得が行かない!」と常に感じていれば、物事は、そうそう途中から断念しないもんだ。
これは、他人との闘いじゃあない。「自分自身」と「自分」の闘いだな。
他人にとやかく言われる筋合いもないし、すべては、自分自身の問題だ。
だから、誉められようが、けなされようが、どうでもいい。
自分自身が、どこまでやれるか、に納得すればいい。
いつも言っているのは、みんなが6段の跳び箱を跳ぶというのに、自分は、2段しか跳べなくともじっくり時間を掛け、1段1段増やして行き、ようやく6段となり、それがやっと跳べるようになるだけで、人生は、生きて行く意味がある、という事だ。
みんなは、すぐに7段目であきらめた、としても、2段から始まって向う7段には、自分という人間の歴史があり、そこで7段目が跳べなくとも、すぐにはあきらめずに、ただ、「納得が行かない」と跳び続ける自分自身がいる、という事だな。
普通、二十歳の青年が、そういう事がわかるようになるには、40年くらい掛って、気が付いたら還暦になっていた、、ってだけの話しだな。
今は、ただ、2段くらい跳べても「満足」できる環境に自分がいる、というだけだと思うね。ああ、自分は、これでいいやってね。
それはそれでいいとは思うね。
それが自分の人生なんだし、そういう風に生まれたわけだし、それを受け入れてくれる十分な「環境」もあるわけだし。それを破壊したいという衝動もないわけだし。
何をしても続かない、というなら、金魚でも飼って、毎日、それに朝、昼、晩と餌を与える「習慣」を付ける事から始めるしかないと思う。金魚鉢もたまには洗わなきゃいけないわけだし。
これが3日坊主なら、ちゃんとその結果は、現れるわけだから、わかりやすいとは思う。
あるいは、雨の日も風の日も、神社、仏閣に毎日お参りに行く事で、「習慣」と言うものがわかると思う。
修行事は、「それをやって何の意味がある!」という悪魔の囁きが起こった瞬間に、突然、終りが来る。だから、自分自身が、納得が行くまでやってみるしかない。ああ、こういう日々は、この先、50年は続けられるな、と思ったら、次の修行を考えて見ればいい。その決断が「正解」なら、何時でも、こうした日々に復帰できる自信はあるわけだ。この日が、本当の「卒業」だな。昔の人は、それが3年と言ったわけだ。石の上にも3年、、という奴だな。
このくらいでいいだろう。
オレは、いつも「当たり!」の生徒しか待っていない。
「ハズレ!」の者には、仲間はいっぱいいるが、「当たり!」には、オレしかいないからだ。
後記:
メダルを取った、24歳?だったか、、の荒川静香女史の演技を見ていて、マスコミも取り立てて取り上げない、本人からの情報では、この世界での金メダルは、史上、最年長、、という話しだ。長い間、忘れていた感覚が蘇る。もう、子供のアクロバティックな超絶演技は、見たくない。中国雑技団のような感じだ。江戸時代の売られた子供がやる「角兵獅子」の演技のようだ。
成熟した大人の女性が、日々「葛藤」し、その日々の中で、生み出された「優雅」な演技を鑑賞できたらいいのに、と思う。今回は、それがあった。
優雅さを競う体操もスケートも20代の女性が優勝できる採点法に変えて欲しい、と思う。
だから荒川静香女史は、4年に1度しか一般大衆には見られない、そんな見せ物小屋的な競技から早く引退してショースケーターとしての「ライブ」に生きて欲しい、と思う。
普通に滑るだけで、感動を呼ぶ「芸」の境地があるはずだ。
これを見る人の側の「意識の改革」も必要ではある。
これもまた、前人未到の分野だけに、スケート経験者のスケート競技知ったかぶりの中年挫折者はいらない。
体操、スケートにまつわるオリンピック競技のこうした子供のアクロバティック大会芸は、昔、体操の14歳のコマネチから始まったんだと思うが、あの頃の大人は、その新鮮さに驚いたんだろう