友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか? ジャズから見る文化論
沖縄から日本を観る
沖縄から沖縄を観る
執筆軌跡&時々日記(掲載文年代記:資料用)2002年6月9日(日)より
9月(2002年)天変地異あり〜の、暴露あり〜の、まあ〜何かと大騒動
通信講座開始!
9:遠隔地通信アドバイス講座システム概要 (SUN POWER MUSIC 教室案内 より)
実際、経営者が暴走族上がりかどうかはわからない。
週刊プレイボーイのアントニオ猪木の人生相談に、暴走族の若者から相談があった。
猪木は、「とにかくおまえらは、うるさいんだ!」と怒っていた。
同じ、バイクを走らせるなら、もっと、一人で世界中をバイクで旅してみろ、と言っていた。草原のかなたに見える夕日を見ていると人間なんてちっぽけな存在だ、と思うぞ、と言っていた。
そして、まあ、オレが近い内、燃料の入らない、音の出ないバイクを開発するからな、その時には、街中でも乗っていいぞ、とすかさず事業宣伝をしていた、、、、、。さすがだ。
トイレに手書きで貼られているメモがある。
それを携帯メールに打って記録し自宅パソコンに送った。
1:長いようで短い人生
たまにはレールから外れて
本当に好きなことやってもいいんじゃない
2: 何度道を外れても 何度踏み外してもいい
それが僕の生き方って言えるなら
3:涙を流してもいい
どれだけ流してもいい
でも 美しい涙を流そうね
4: この宇宙より大きな物
それは心だよ
アリは小さな物
それも心だよ
これをトイレに入るたび、目にするわけだ。
こういうのって、即興詩人とか言って、道端でやってたりするってテレビで去年あたりから紹介されてたなあ。
これって、どんな思考法なんだろうなあ、なんだかちょっと気合いを入れれば、いくらでも作れそうな気がするが、恥ずかしいので止める。
最初に、これを得意としてたのは、タレントの勝俣じゃなかったかなあ。
オレは、汚れちまったのかなあ。こんなのに、何だろうって思うのは。「汚れちまった悲しみに」ってかあ。
でもまあ、表現するって事は、いつだって恥ずかしい事なんだ。このサイトだってそれに満ちているわけだ。それが、できるかできないかってのが、人間の分かれ目なんだよねえ。もちろん、何を語るかってのは、ある。
通信講座の申込み第1号がさっそくある。まあ、もともと、その有無を問い合わせて来た人間ではある。熱心さは、身銭を切れるか切れないかが試金石になる。
スタジオにて、団体レッスン
深夜、スタジオを出る。お腹が空いていたので、近所の新興地の24時間スーパーにスクーターで向かう。途中、屋台のラーメン屋が、野原にあったので、思いきって腰掛ける。客は、自分一人。夫婦でやっているようだ。「チャーシュー醤油ラーメン」¥600を注文する。
旨い!どうした事か!
ここは沖縄なのに!。
沖縄には、ラーメン文化がない。「沖縄そば」が根強いから、と言う話しだが、ラーメンも大しておいしくない。しかし、今は、沖縄は、秘かなラーメン.ブームだと言う。本土から来た者と、地元の本土帰還組が、「なつかしんで」常連となるらしい。「なつかしんで」だから味とは、関係ない。
一件だけ、旨い!と思った店があったのだが、今では、もう見る影もないほど、味は、落ちている。
そんな事よりも、ラーメン屋の女房と言う者は、何で、ああも愛想が悪いのだろう。にこりともせず、ぶすっとして働いている。3件あったが、3件ともそうだった。地元系、本土系も関係ない。そのかわり、ラーメンを作る亭主の方は、愛想いい。最近、その中の一件が、1年も経たずに潰れていた。
夫婦でやっているこの屋台のラーメン屋も、なんだか似たような妻のようではあるが、今の所さして記憶にない。
しかし、今まで、地元で食べたラーメンの中では、旨い方だ。「手製の麺」とある。
旨い!、とメールを打っていると、深夜だと言うのに、ぞろぞろと、こんな野原の一角に集まって来た。タクシーでホステス連れで駆け付けて来たマネージャー風の一行もいる。まわりの客の会話を聞いていると本土系が多い。うむ、どうやら穴場を見つけたようだ。
しかし、ここ10年ばかり、おいしいラーメンを食べていないので、舌が落ちている事は、確かだ。また確かめに行ってみなくては。麺は自家製でもスープがインスタントかもしれないし、、、、。最近のインスタントは、あなどれないからだ。
9月3日(火):屋台ラーメンに誘う。スタジオミュージシャンになりたい弟想いの兄の話
9:遠隔地通信アドバイス講座システム概要 (SUN POWER MUSIC 教室案内 より) の「所有してほしい機材」の下段に「機材と私」を挿入。
あの屋台ラーメンは、本物なのか?と考えていたら、今日の生徒が「私も食べました、おいしかったです」と言った。亭主が、ラーメンにうるさい、らしい。東京出身なので、おいしいラーメンを食べて来ただろうから、味覚はまちがいないだろう。ちゃんと、沖縄には、あまり旨いラーメン屋はない、という事も了解している。1件だけ、うちの近所にもあります、と言う。なるほど、やはりあの屋台ラーメンは、秘かな人気を得ていたのか。
それでは、荒行実験だ!と、遅い夕食を取り、お腹が空いていない状況にし、それでも「おいしい!」と言えるか、という実験をする事にした。
屋台を偵察に行くと、前にパトカーが止まっていた。不法営業で取り締まられているのか、はたまた、¥160の缶ビールを¥400で勝手に出しているからか、、客の飲酒運転のチェックをしているのか、、としばらく眺めていたが、別に、何の動きもない。小雨がぱらつく。
偵察が完了し、友人のスタジオへ行き、「ラーメン食べに行かないかあ〜、近所のお〜、パトカーも止まってたから、今日で終りかもよお〜、深夜にラーメンなんか食べる事なんかめったにないぞお〜」と声をかけると、「何!、例のやつか!それはいかん!よし!行こう!」と言ったので、深夜、二人でスクーターで1分の場所へ行く。
客は、まだ誰もいない。
親爺もいない。
ああ、やっぱりパトカーで連行されたんだぜ、と言っていると小柄でやせっぽちの貧相な親爺が現れる。旧型のラーメン屋らしい顔だ。妻は、今日はいないようだ。
今度は、人気の「スタミナ.ラーメン¥700」を注文するが、「とんこつ味」とあったので、少し躊躇した。
昔、九州バンドマンの旅、という営業で食べて以来、「とんこつ味」の臭みは、苦手だった。あれから18年は経っている!まだ、その臭みが消えていない。しかし、これでは、「この屋台拝見」のレポーターは勤まらない。(そんな番組はない!)。
屋台に、あの「料理の鉄人」のアナウンサーの「福井さん、福井さん」の福井氏が屋台に座っている写真が貼ってある。
西部ライオンズの野球選手のサインもある。写真もあるが、どれがどれなのかわからない。あまりくわしくないからだ。
今日、スタジオに、「スタジオ.ミュージシャンとして雇ってくれないですか?」という電話が入った、と友人が話す。「何じゃあそりゃあ!」と笑う。「でなければ、スタジオで働かせてくれないですか?」と言った、というので、またまた笑う。「スタジオ.ミュージシャンがスタジオで働くわけがないだろ!」と。「働かせてもいいが、びた一文給料は払わない」と答えた、といい、またまた笑う。
「それじゃあ、一体、どうやったらスタジオ.ミュージシャンになれるのですか?」と言って来たという。
話しをよく聞くと、本人からの直接の電話ではなく、その兄からだ、という。「こういうのは、弟本人がやるもんではないですか?」と言うと、「弟は、今、寝ているんです。ギターは上手いんですよ」と言った、という。
またまた笑う。「弟、起こせってば!」と合の手を入れる。
これは、ヨドバシ.カメラに電話して「カメラマンとして雇ってくれないか?」と言うようなものだ。「はあ〜?パドゥン?」である。
そこで、「びた一文も払わないが、うんと働いてもらう」、という返答が出てくるわけだ。
しかしまあ、何で兄が電話をかけてくるんだろうなあ、弟の代わりに、と言ったので、「やっぱり、どうせ、オレなんか、オレなんか、スタジオ.ミュージシャンになれないんだよお!って弟がスネて寝てしまったんじゃあないかあ」と言う。
そうこうしている内に、スタミナ.ラーメンが来る。
何と!満腹の状態でも「おいしい」とわかった。しかも「とんこつ味」で。
親爺に「ここのラーメンは旨い」と言うとニコニコする。人なつっつこい。さすが商売人だ。
ここ、地元の人間だ。ラーメンは、独学で研究した、と微笑みながらあっさりと答える。
「九州から来た人は、なかなかとんこつラーメンを食べないんですよ、本場だから、どうせ大した事ないだろうって」と。
18年前食べたとんこつラーメンの話しをする。「ああ、黒豚を使ってるからね」と親爺。
「でも、最近では、九州で学んだの?って言われるんですよ」と笑いながら言ったその目の奥に不敵な輝きを見る。何か、私と同種の不敵さを見る。無駄口をたたく。いつのまにか、客が来る。午前2時半。
帰り際、勘定を払う時、そう言えば、さっきパトカーが止まっていたけど、、、というと、「ああ、あれは、ちょっと止まっていたみたいですね」と言ったので、「いやあ、つかまるんじゃないかと思って、ずっと隠れて様子を見ていたから」と言うと、親爺も友人も笑っていた。
スクーターで帰路につきながら、「あれ?、何か、省略して言ったかな?」と、思ったが、とにかく、お腹は一杯になっていた。
PS:
台風16号が明日(4日)本島接近か。現在、南大東島。午後から雨風が本島、那覇市に吹き荒れる、と天気予報。直撃か!ラーメン食べといてよかった
起きたら、胃がもたれて重い。
深夜に、あんなに食べてはいけない。
午後2時30分:雨風の中、スクーターで近所のマンガ喫茶にランチ.タイムに行く。席があった。外で、何かのチラシがいっぱい風に舞っている。誰かのバイクから風が奪ったのか。「宣伝ビラビラ〜見たいだなあ」と、やってきた同世代風のウエイトレスに言うと、「ほんとですねぇ」と答えた。
宣伝ビラビラ〜とは、子供の頃に、飛行機からばらまかれていた、広告ビラだ。子供たちは、追い掛けて取りに行こうとしたが、原物を手にした事はない。いつも、飛行機からばらまかれるビラを見上げて「あっ!宣伝ビラビラ〜だあ!」と言っていたもんだ。たぶん知っているのは、同じ歳くらいか、もっと上だろう。6歳くらいだったから覚えている。その一言で、「ほんとですねぇ」、、というとは、、。
午後4時半:ちょっと他のウエイトレスが「今日は5時半で閉店させていただきます」と一人一人の客に言っている。「台風だからかあ?」と言うと、「そうですよお」と答える。すぐに延長タイムに入るので帰る。風がすごくて、スクーターごとふっとばされそうで、ゆっくり走る。まだ、さほど雨はない。
途中、ちょっと先の24時間スーパーまで行って何か食料を調達しようと思ったが、風が強く、スクーターが揺れる。怖くなり、すぐに引き返し、目の前のローソンに入る。「1分でスパゲティ、日清 SPA王:洋食屋仕込みのナポリタン、ピリ辛」を買う。コロッケも1個、フランクフルトも1本。午後6時からのレッスン緊急中止の電話。
午後5時:帰宅。
レッスンも中止なので、意味不明な、ハードトレーニング。
午後7時:へとへとになる。雨風がはげしくなって来た。
午後8時半:大変な、雨風!ここは、高台にある、さらに最上階!
これまでの最大級!玄関のドアから水が吹き出して溜まり始める。キッチンのサッシが勝手に開いて、置いてあるものを2,3個吹き飛ばす。窓をちゃんと閉めロックする。
停電が怖い!停電は嫌だ!午後10時から11時に台風の眼に入る、と言う。それまで、何とか耐えられるか!テレビしか頼りはない。ラジオの電池は買っていない。午後10時からは、テレビ.ドラマ「マイ.リトル.シェフ」が始まるじゃないか!とにかく停電しては、アウトだ。
台風の目が過ぎれば、さらに深夜、本格的になる、という。70メートル級だ!戦後最大ではないのか!まあ、今は、何とか、快適に過ごしてはいる。更新が途絶えれば、停電のせいだ。取りあえず、早く、これを投稿せねば! 「マイ.リトル.シェフ」まで停電は、何とか待ってくれ!8時45分、、、CQ,CQ。
午後9時:玄関に水が溜まって床まで上って来ようとしている!アメーバーだ!競泳用の水泳パンツ1本になり闘いの準備をする。ゴーグルは、まだ早い!しかし、、どっから見てもシウバを超小型化したかのようだ。何となく体型バランスが似ている、とうすうす気づいていた。ミニ.シウバだ。黄金率には則してはいない。左手でドアを少し開け、右手にデッキブラシ(小)を持ち、水をドアの隙間から外へかき出す。風がドアを閉めようと、ものすごい勢い。フフフ、、何のこれしき!私は、片腕一本で、一体、何十回腕立て伏せができる男だと思っているのか!これしきの風には、負けない!水をすべてかき出す。CQ,CQ。
午後10時10分:突然、嘘のように、雨も風も止む!信じられない。眼に入ったんだ!「マイ.リトル.シェフ」は、録画して、それ今の内、外出だ!念のため合羽(かっぱ)を着て出る。
午後11時18分:
外は、まったくの無風状態。夜空に星も見える。何と、新興地のビルにはさまれた大きな道路を、真中に円状に巻いて、中心に空き地空間を作り、左右の交通進行を振り分けていたガードレールが、外側へ向けて半分以上が倒れていた。大体、5メートル間隔でコンクリートの巨大な重しで立てられていたものだ。
ざっと100メートルほどの長さだが、その半分以上が、左右に開いた状態でくねりながら倒壊している。信号の一つは、あさっての方向を向いて点滅していた。風で首が回ったのだ。
道端のバイクやスクーターは、どれもこれも倒されている。折れている木や、転がった大きな植木鉢。大手の24時間スーパー.マーケットが、「危険なため午後8時閉店しました」と、入口に表示している中、ファミリー.マートやローソンといったコンビニは、どれも開いている。すごい事だ。さらに、なぜか、犬を散歩させている者があちこちで見かけられた。コンビニには、ぞろぞろと人が、集まって、買い物をしている。
途中、実家に寄り、「そこは、大丈夫かあ!みんな無事かあ!」と叫びながら入ると、「うるさい!」と父に怒鳴られた。「玄関のドアから雨が吹きつけて来て、水浸しになるのだ、と言うと、タオルを濡らして、隙間に詰めよ、と言う。「なぜ濡らすのだ!」というと、そうすれば、ぴったり納まるからだ!と言う。どうしても濡らすのか?と言うと、「うるさい!じゃあやるな!」とまた怒鳴っている。短気な年寄りだ。
「この台風は、君達が生まれてから最大のもんじゃないか!」と言う。子供が一人しか目の前にいなくても、兄弟妹まとめて「君達」としか言わない。「昔、こうした、台風の眼に入った事を船長が、嵐は止んだ、と勘違いし、5千人くらいの乗船客を死なせた事件があったはずだ」と、まるで村の長老のように一人で語っている。とにかくラジオはないか?と言って母愛用の小型ラジオを借りる。
よし、準備はできた。オレは、これから街の人々が助けを求めていないかパトロールして来る、というと、二人から、いいかげんに早く帰れ!もうすぐまた台風が来るぞ!と怒鳴られる。まったく、冗談も利かない老人二人だ。
部屋へ着くとさっそく玄関のドアの隙間にタオルを「濡らして」詰める。よし、いつでも来い!
深夜、零時:まだ眼に入ったままだ。とにかく恐ろしいほどの化物台風がまたやって来るはずだ。眼に入ってから2時間がやがて過ぎる。無気味だ。
北部の方では、6万3千世帯が停電中らしい。70歳の老婆が転倒し怪我。現在9人が軽傷、とNHKのニュース。吹き返しの風が来るので注意、と呼びかけている。
午前2時17分:相変わらずの無風状態。今、ニュースでは、午前3時頃に中部地方は、台風の眼から外れる、と警告。最大瞬間風速60メートル級の南からの風が、長時間、本島に停滞する、としている。とにかく侮らない事、と言う。
午前3時20分: 来たぞ! ついに、化物がやって来た!
約5時間10分ぶり。県内全体で、5万7千9百世帯が停電中。
午後4時40分:すさまじい!天が怒っている。今度は、南からの風なので、北向きの玄関とは、関係なくなっている。エルエムエッサイム、、
というわけで、録画した「マイ.リトル.シェフ」を見た。あ〜あ、来週は、最終回だ。1980年に入ってからテレビ.ドラマを見なくなった、というのに。
パラパラとチャンネルを切り換えて、大体、30秒くらい見れば、ああ、見なくていいな、とわかる。そうした中、「ん?これは何だ!」とアンテナにひっかかったのが、「ビッグ.マネー」で、それが終って、もうドラマは見ないな、と思っていたらこれにひっかかった。これもチャンネルをパラパラ切り変えていたら、30秒くらい見て、決めたのだ。でもまた、来週が最終回だ。
終ると、そのまま、「筑紫哲也NEWS 23」が録画されていた。久しぶりに、どんなに批判している相手でも、会えばニコニコして何も言わない立ち場を取る、筑紫哲也氏がいた。この2週間ばかり筑紫哲也氏が休んでいて、残った二人のキャスターは、何だか、子供が、意見を言っているようでもの足りなかった。
番組は、あのオーム真理教の事件で有名になった、ジャーナリストの江川紹子の「イラク.レポート」、(前編)が特集されている。その次が、佐藤夕夏、という名前の女性レポーターが「アフガニスタンのその後」を取材している。
外では、とてつもない、天の怒りが、雨風となって、吹き荒れている。箱舟を用意しておけ、という天からの声は、聞こえなかった。動物が苦手だからだろうか。
5時25分:台風中継をひとまず終え、寝る事にする。
午前10時:凄まじい雨と風、部屋が洪水にならないか、、。
午後零時:雨は、止んだよう。微量。風は、相変わらずびゅーびゅーと音を立てて吹いている。偵察のため外に出て見なければ何とも言えず。今日の午後3時からのレッスンも休みにするか、決定しなくてはいけない。それにしても長い停滞時間だ。
午後1時45分: 今日のレッスン中止決定。また、はげしい雨も降って来た。外出できず。食料不足。食パン2枚。インスタント.ラーメン1個。炭水化物ばっか。こんなに長引くとは、、、。
午後2時15分:とにかくも外出を決行する事にする。食料問題もある。ワイン調達の任務もある。まさか、とって置きのワインに手を出すわけにもいかん。まあ、単に気分転換だな。合羽(カッパ)着てフル装備。それ!
午後5時50分:死ぬかと思った。外へ出てスクーターに乗って行くと、雨もなく、風も大丈夫だ。こりゃあ、もう台風は終ったな、、と、ついでにマンガ喫茶に寄って見た。ああ、何と!やっぱり沖縄だ!満席に近い。覗くと、空席も2,3あった。ランチタイムセーフ。午後2時半。新聞を3紙読んで後、久しぶりに「美味しんぼ」(第71巻:日本全県味巡り;大分編)を読む。
読んでいると、午後4時頃、ザッバ〜ンと音がした。店のウィンドウ全体に、津波のような雨が吹き付けたのだ。まったく、外の景色が見えないほどの雨だ。防弾ガラスでなくて大丈夫か、、。ああ、どうしよう、まだスーパー.マーケットで食料も調達していない。4時半、延長タイムが10分に入った所で、少し雨がおとなしくなっている気がして、店を出る。
どうせ、5分くらいで、スーパーには辿りつけるだろう、と、たかをくくり、スクーターで向かう。ああ、完全になめ切っていた。大雨の道路は、時折、車が通る。しかし、バイクは、一台も走っていない。私だけだ。前から道路の水の動きで、こちらへ向かって来る突風がある事がわかる。あっと言う間にスクーターが揺れる。た、大変だあ、一秒でも早く、ここから逃げなければ!飛ばされてしまう。スーパーは諦めて、早く家に帰らねば!
速度を上げると、突風でスクーターが横転して大惨事になるので、時速10キロくらいで走る。前方から、またまた突風が道路の水を伝って、もの凄い勢いでやってくるのがわかる。停止してぐっと堪える。こうして、やっと部屋まで辿り着く。午後5時
ああ、生きててよかったあ。何じゃあ、この台風は!スクーターは、まずい。体重がもっと軽ければ、今頃は、離島まで飛ばされていただろう。食べ過ぎも命拾いをする、という教訓だ。このために、私は、毎日、食べ過ぎていたんだ!神様が食生活を綿密に指導してしていたんだ。私を巡って、捨てようとする神と救おうとする神の「抗争」がある事がこのことからもわかる。がんばれ!救おうとするあなたたちが正しい!
ニュースでは、後1,2時間の辛抱だと言っているが、久米島は、危ない、と言う。
午後8時:風は、時折、大きな音を出すが、小雨程度。落ち着いたか?外出して道路に出てスクーターを走らせてみないと何ともいえないが、夕方よりは、外出できるかもしれない。問題は、大きな道路での突風だ。その先に24時間のスーパーがある。午後9時前に外出して調査してみよう。
午後8時45分:雨がまた振り出して来た。でも外出決行!
びしょ濡れになり、実家へ様子を見に行く。
午前零時半:ニュースでは、台風は本島を通過し離島へ向かっている、というが、ここ那覇市では、まだまだ、突然大雨になったり、突然、突風が吹いたり、と不安定な天候。ちょっと晴れたので、今だ!と零時頃、24時間スーパーに向かおうとしたら、突然、大雨。またしても断念する。スクーターでほんの10分先の所にどうしても行けない。もう、あきらめる事にした。現在は、晴れている感じ。風は、びゅーびゅーと鳴っている。私の外出を狙って大雨が降る、という感じだ。突然、大雨になるわけだ。段々に、じゃない。突然、バケツの水をかぶるって感じだ。まるで、空の上で私専用の何者かが、水一杯のバケツを準備して、私が出かけるのを待っている感じだ。
とにかく、闘いは、終った。
那覇での最大瞬間風速57.4メートル(那覇で歴代六位)、三十四市町村の八万九千二百世帯が停電、国頭村(くにがみそん)奥では400ミリ以上の雨量を記録。(琉球新報9月5日夕刊)
午前2時40分:NHK速報:
台風は現在、久米島の西150キロをゆっくりと西へ、中心の気圧955ヘクトパスカル 中心付近の最大風速40メートル、久米島、慶良間、粟国諸島、宮古島地方が暴風域、降り始めからの総雨量国頭村で430ミリ、那覇で380ミリをこえる。沖縄自動車道と那覇空港自動車道は全線通行止め、今日の空と海の便にも欠航が出る見通し、台風の影響で合わせて41人が怪我、72棟の住宅などが壊れる被害、沖縄本島の北部、中部、南部に大雨、洪水警報 (NHK 台風情報、午前2時版)
午前5時:雨は、まだ、吹き付けて来る。風もわりあい強い。時折、本当に台風が去ったのか、怪しむ。でなければ、また新たな台風がやって来た、としか思えない雨風が襲って来るからだ。とにかく、停電だけは免れた。2日間にわたって実況した台風は、宮古島方面へ向かった。西へ向かっているから、本土上陸はない。しかし、今回の台風16号は、台風慣れしている沖縄県民でさえも驚かされるほどの大型台風だ。もし、本土上陸があったとしたら、確実に死者を何人も出していただろう。
本土圏では、知る事もない、沖縄県民だけが味わった台風だ。まるで何かを象徴しているかのような台風だ。足留めを喰った観光客は、とてもいい体験を共有した、と後年思うだろう。そうなんだ。こんな感じなのだ。帰っても誰も共感してくれはしないだろうが、確かに、沖縄県民とだけ共有した「時間」なのだ。
私が以前住んでいた部屋は、ビルの最上階の9階にあった。幽霊が出る、という事でも長年、知る人ぞ知る部屋であったが、深夜、酔っぱらって、エレベーターを乗り部屋に辿り着くたびに、「おのれらあ、なめんじゃねえぞお〜!もういっぺん殺すぞ!」と30代の私は、毎夜、叫んで寝てしまった。
それでも、台風には、まいった。ものすごい雨風が最上階を襲うのだ。通常の風でも、9階となれば、尋常じゃない。
その上、天上からもの凄い勢いで、雨漏りするのだ。大体、30分で大きなバケツ一杯になる。その場から動く事ができない私は「雨漏り防御マシーン」のアイディアを思い付いた。さっそく父に電話で依頼し、制作してもらった。バケツの底に長いホースを取り付け、そのまま、ホースを「ステンレスの流し」の排水溝につっこむのだ。バケツは、雨漏りのする箇所の天井にぶらさげたままだ。
バケツに溜まった水は、ホースを通って「流し」に流れるって計画だ。作品は、まだ所有している。
父は、ポリバケツの底に穴を空け、なんと鉄性の蛇口をゴムで固めて取り付け、そこにホースを差し込んだ作品を持って来た。計画は、完璧だった。他にも、いろいろあった。大きなベランダに出る巨大な、壁一面のガラス張りのドアが、風で開くので、その取ってを縄でしばり、机の足に巻き付けたりとか、、、苦労のかいあって、ぐっすり寝る事ができた。
そういえば、台風とは、いつも本気で闘って来たなあ。思い出は、いっぱいだ。ここ3年は、雨漏りしないだけ、幸せ、というもんだ。
6:00a.m
午後5時半:曇り空で、何となく雨が降りそう、とは、思いつつ、スクーターに乗り、いくつかの用事を済ませる。のどかな風景。風は強め。図書館近くの初めて通る通りに出る。食堂があるので午後3時、昼食に入る。
夜はスナックだな、という感じ。あっちゃあ〜、失敗した、と思うが諦める。ちょっと色気を出しているおばさんが一人でやっている。客は他に2人。一人は、友達のおばさんのようだ。カウンターに座って「ママ」と話し込んでいる。もう一人、おじさんが座敷きに座り、黙って定食を食べている。テレビが流れている。カウンターに座る。
「初めての店では、カツ丼の法則」で注文。なぜか、新聞が配達されていない、との事で無差別に集められたコミック本を見る。大体、読んだものばかり。
こういう時は、「すべてのコミックを第1巻だけの法則」を取る。初心に戻る。途中、「明日のジョーと巨人の星、名話復活」みたいなマンガ雑誌がある。今年出たようだ。読みふける。カツ丼は、王道から外れるが、まずくはない。1時間半も居る。図書館に返却に行く。台風の日が期限で、閉館のため電話での延長もできなかったのだ。1册返して、帰ろうとしたが、思わず6册借りて来る。
その仕上げに例の念願の24時間スーパーへワインを求めて向かう。途中、ぱらぱらと小雨。買い物を済ませ、店を出た瞬間に、大雨の予感。家まで約5分。夢中で走らせる。しかし、突然の豪雨、雷、嵐、嵐。特に、雷は、初めて!
たまらず、途中でビルの駐車場に飛び込む。合羽(カッパ)を取り出して着る。部屋まで、後、3分。飛び出す。ようやく到着。びしょびしょだ。
台風は、去るフリをして、その分身を空に潜ませていたんだ!
豪雨振り続ける。午後6時よりのレッスン強行予定。
午前4時:雨は、午後8時くらいから晴れる。今は、静かな夜。
通常、8月が夏休み、という事もあって、沖縄の台風のイメージが、県外には定着しているだろう。しかし、昔からここ地元では、台風の本格的到来は、9月に入ってからだ。
9月に入ると、「ああ、台風が来る!」という感覚が地元にはある。9月=沖縄は、本格的台風、というイメージを持つとよい。
台風16号は、今は、宮古島を襲っているが、宮古島は、わりあい被害がいつも大きいらしい。
以下は、それらを裏付ける、地元の6時半からの地方版ニュース(沖縄テレビ:8CH)からだ。日本歴代1,3位を記録している台風も宮古島である。
1959年9月15日「宮古島台風」(死者7人、重軽傷者83人)
1966年9月5日「第2宮古島台風」最大瞬間風速85.3メートル(日本観測史上1位)
1968年9月22日「第3宮古島台風」(最大瞬間風速79.8メートル:日本史上3位)
沖縄地方の海水音、特に28度から29度という、高い状態の中を通って来るために、台風のエネルギーである水蒸気をどんどん補強して発達して行くのが9月の台風の特長
気象庁では、社会に広範かつ大きな影響を与えた異常現象には、特別な名前をつけている。これまでに8件。そのすべてが9月の台風。
1:洞爺丸台風(昭和29年9月)1954年
2:狩野川台風(昭和33年9月)1958年
3:宮古島台風(昭和34年9月)1959年
4:伊勢湾台風(昭和34年9月)1959年
5:第2室戸台風(昭和36年9月)1961年
6:第2宮古島台風(昭和41年9月):1966年(最大瞬間風速85.3メートル:日本観測史上1位)
7:第3宮古島台風(昭和43年9月)1968年:(最大瞬間風速79.8メートル:日本史上3位)
8:沖永良部台風(昭和52年9月)1977年
PS:さすがに、明日は、良い天気だろう。
レターメンの「ラブ?」がテレビの天気予報の BGMで流れている。なつかしくも切ない。中学生の頃、知り合いの高校生バンドが練習をしている、というので、ある倉庫に見学しに行った。そこで初めて聴いた曲だ。
32:思えば、遠くへ来たもんだ 9/8 (15:番外アメリカ.テロ事件あれこれの考察日記)
今日はね、またまたね、探検したんだ。
最高の場所を見つけたよ。
巨大な廃虚なんだ。
「関係者以外立ち入り禁止」ってあったけどね、そんなのぼくが、気にするわけがないじゃない。
とても静かで、ああ、昔は、凄い活気があったんだよなあって、思ったものさ。
このまま、ずっとこうしていたいな、って思ったら、凄い事に気づいたんだ。
午後6時からレッスンが入ってたんだ。
しょうがないから、帰る事にした。
「The Old Songs 」のCDの注文メールが来た。大阪の女性からだ。1週間前にこのサイトに「遭遇」した、という。サイトは、全部、読破したが、さらに繰り返し読むだろう、と言う。何年かけても全部読破できない、とこぼしている生徒ばっかりなのに、、、。まあ、私のCDすら興味のない者ばかりだけど、、、。きっと、自分がこれから作る音楽にしか興味がないんだろう。何を作るのかしらん、、、。
不思議な感覚を得た。
こうして1年と8ヶ月余りもサイトを続けて来て、ほんの1週間前に遭遇した人たちに出会う。これからも、突然、このサイトに遭遇し、出会う人たちがいるだろう。とても、不思議な感覚だ。
なぜって?
それは、こうして日々を生きて、少しづつ、少しづつ、月日が経つ。突然出現する様々な人たちを迎えるたび、そこには、少しづつ、少しづつ歳を取った自分がいて、彼、彼女等を出迎える。
その度に思う。
やあ、もうちょっと前ならね、ぼくも、もうちょっとばかり若かったんだけどって、、、。
昨日、帰宅すると、ファックスが来ていた。
何だろう、と見ると、1984年2月3日の日付けで書かれた、ラブレターだった。あっ!これは、オレが書いたものだ!1984年と言えば、今から18年も前じゃないか!その時生まれた子は、今は、18歳になっている!。文章を見ると、うむ、既に、完成しているスタイルがあった。でも、青い!
こんな一文がある。
「ともかく(ピシ!)、一生結婚できない生活力ない男として、”たかが音楽”だけは、大切に育てていこうと思っています。」、、とある。
24歳の自分がいる。
あれから18年経った今、もう音楽も忘れてしまった。ちっとも大切になんかしていない。だって引退したんだ。もう、、、。できあがった、CDを数十枚売るのが、やっとだ。義理も少しある。無理矢理売ったのもある。ライブをしたって、せいぜい4人を集めるのがやっとだ。そうした結末に疲れたので、もう、音楽への情熱も失せてしまった。
ちょっと前までは、そうした自分から一体どんな音楽が出て来るのか、興味があった。今は、ない。もうこれ以上、こんな世に、音楽を誕生させるのは、かわいそうだ。黙って、自分といっしょに、人知れず、心中すればいい。生まれた音楽は、みんな、孤児のようにぽつりと暮しているだろう。ひどい家に売られて、みじめな日々を送っている子もいたり、しかしまた、とてもとても大切にされている子もいるだろう。
沖縄市に、タレント議員が誕生した。トップ当選だと言う。さすが沖縄市だ。選挙に行った事もない若い票を集めたのだろう。あれは、地位によって人間が変わるタイプだ。わけのわからん政策しか立てないだろう。沖縄市ジャマイカ構想も真近だろう。人は、突然、政治人間となっては卑怯だ。何かで人気を得たからと、突然、選挙に出ては卑怯だ。なぜなら、その事で彼は、人気を得たはずではないからだ。彼は、何の試練も経ずして突然、政治人間となって、阿呆な政策に関わって行く。阿呆な土地にふさわしい阿呆な議員だ。だって彼は、今まで、あの「一味」だよ。
それにしても、無気味で不可思議な日々である。ここに書いていない事は、無限にある。
なめんなよ。
9月10日(火):テレビCMで写っている昔の仲間たちとジャズピアノの巨匠
今日もすっかり臨時のレッスンがある事を忘れて、マンガ喫茶で過ごしてしまった。30分前のレッスンの電話確認制度で、「あっ!そ、そうだったね」と気づかされた。
長年のレッスン時間すっぽかし、の元生徒等からの被害からこうしたシステムを導入したのだ。
昔は、もっと燃えていた。
この土地から、上手い若手ジャズ.ミュージシャンを作るんだ、と燃えていた。でもそれは、不可能な事だと知った。
楽器を持って1年も経てば、誰でも「プロ」として微々たる金銭を得る事ができるこの土地で、一体、誰が、辛抱強く、身銭を切って学ぶ必要があろうか。いつのまにやらプロ気取りで、もう、何を言っても適当に従順さを示すだけの処世術には長けた者ばかりである。その「音」を聴けば、何の進化も見られない事がわかる。一方、プライド高い独習者たちは、私さえも、射程距離内のライバル視。
こりゃまた、大した事ない「有名」芸能人が来たもんだ、と思ったら、いつのまにやら、みんなその取り巻きと化し、モミ手よろしくついて回る。
「あの男ですぜ!だんな!、自分が上手いと思っている田舎者は!」と遠くで徒党を組んで、私を指を差しているのが見える。
そうとなれば、こちらは、よく指が差せるようにと、高台に立ち、負けようが勝とうが、一応、試合にはなるとばかり、煙草を吹かす。
20代は、負けっぱなし。30代は、もう少しで勝てた。40代になったら、何でもよくなった。所詮、哀れな、猿真似芸よ。
「あゆ」ってさあ、フランス人形みたい。
何だろうなあ。
君を見初めし黒髪の、、、。
若者から時折メールが来る。助力になれば、とマメに返答する。メールでは、さほど面白い事は書かない。もったいないからだ。たった一人を笑わせる芸は持ち合わせていない。また、案外、彼等は、必死なのかもしれない、とも思うからだ。冗談で通そうと思えば、冗談の固まりである。そういう体質に生まれてしまったのだろう、と思う。
ざっと振り返ると、2年活動して、4年休止しているパターンが昔から続いている。その4年間を「引退」と呼んでいる。
4年も人前で演奏せず、よく平気でいられるなあ、と思うだろうが、平気である。演奏する事は、それほど、楽しいものじゃない。試合好きなボクサーはいないだろう。それと同じだ。
そりゃあ、たまには、演奏したいって思う事もある。
でも、それは、いろんな事を捨てて来た身には、かなわぬ事だ。
好きでそうしている、というばかりでもなく、実際問題、お客さんがいない芸人には、舞台は与えられない。要するに、演奏する「店」がない、って事だ。
ここ何ヶ月か、ある地元のレストランがテレビ.コマーシャルで、ジャズの生演奏がある事を強調している。ベースとピアノとボーカルの3人がジャズをBGM風に演奏している。
まあ、生活のためじゃなきゃ、ああした所では、弾かないなあ、と思ったりするが、全員、昔のメンバーである。ベース:西川勲、ピアノ:仲本政國だ。
ボーカルもよく知っている。あのボーカルやっているママの潰れたクラブでピアノといっしょに演奏していた。
まあ、コマーシャルは、ビジュアルを中心にしているので、西川勲をよく写している。ショーン..コネリー風がレストランの雰囲気にいいのだろう。
あのレストランに行って、私が食事でもしていたら、今後の人生も変わるだろうか。
いやいや、3人を雇うのが手一杯だ。それに編成はあれで必要最小限の営業集団だ。もう一人加えたらいい、と許可されたら、次は、ドラム、と相場は決っている。そうでなかったらサックスだな。
インターネットの世界は、偽ミュージシャン、偽バンドマンで溢れている。あるいは、元プロ.ミュージシャン、という詐欺師連合だ。素人相手だから、みんな、「へえ〜元プロなんですかあ」と感心して、ぜひお近づきになりたい、とばかり「交流」が始まる。
そうした読者を集めて、得意顔の者ばかりだ。
時折、私もその詐欺師集団から、「おたくも元プロのバンドマンですか?」とアクセスがあったりする。彼等には、何の実体も実績もない。あるのは、でっち上げたプロフィールとやらだ。プロ生活と言うのは、そんなもんじゃない。
ホームページ上で、でっちあげ大会をして、狭い世界の住人として君臨している詐欺師共にはわからない「匂い」というものが本物のプロには、ある。
もう52才になるピアノの仲本政國も、51才になるベースの西川勲も私も80年代に新宿ピットインを経験した。ぼくらは、ただの「バンドマン」になるのが嫌だった。
新宿ピットイン経験者は、沖縄では、52才になる元ベ−シストの國仲勝男を入れ、4人しかいない。國仲勝男は、山下洋輔カルテットで黄金期を築き、やがて世界が待っていた。今は、ウードという民俗楽器を弾いている、、、らしい。
皆んな、それぞれにある次期、接近した「仲間」であった。
そうだなあ、これらを結び付けるキーパ−ソンは、西川勲氏だろうか。彼は、その性格から、誰とでも適当に合わせる才を持っているからだ。
沖縄で、現在も、ちょっとはマシなジャズ演奏を聴きたかったら、まず、ピアノに仲本政國、ベースに西川勲、ドラムは、まあ、だいぶ歳を取った、フィリピンからの帰化組の、ラスティンかなあ。もう70才越えてるけどなあ、、。
そして、かつて、黄金期を築いた、同じくフィリピン勢の帰化人、テナー.サックスのアラン.カヒーペだ。黄金期の沖縄で、アラン.コルトレーンとしてならした。コルトレーンと2,3つしか変わらない年齢だが、本人は、コルトレーンの方が、歳下だ、と言っていた。もう晩年だ。全盛期の音は記録されていない。
まあ、こんな所だなあ。このメンバーから見れば沖縄を代表するジャズ.ピアニストの巨匠は、素人同然だな。あの風貌で大分点数を稼いでいる。嘘の歴史は、遺せない。
えっ?私はって?
まあ、まあ、寿司でも食いねえ。
連中に聞いてくれ!
先週の台風の振り替えでレッスン日。通常は、今週は「仕事をしない週」だ。明日も振り替えでレッスンがある。ちゃんと覚えている所が私の責任感が強い所だ。
よく考えれば、あたりまえの責任ではある。
例の屋台のラーメン屋は、どこですか、と聞かれたので、あっちの方角だ、と教えて上げた。
そんなわけで、実家へ行って、テロの1周年特集づくめのニュースを見た。まず、久米宏が夏休みでいない「久米宏のニュース.ステーション」を見ていたら、マイ.リトル.シェフが最終回なのに気づいた!しまった!後20分しかない。慌ててチャンネルを切り替える。
ついに母子対面か、、思わず、うるうると涙が出て来る。
母親役は関根恵子、、ではなく、もうとっくに、高橋恵子だ。セーラー服を着て青春ドラマに出ていた頃がなつかしい。最近はよく女優の仕事をしている。
終ったら筑紫哲也NEWS23の特大拡張番を見た。アフガニスタンの孤児たちの取材に、またまた、うるうると涙が流れるが、別のシーンに、疑問も浮かぶ。頭の中で疑問さらっていると、かなり深い問題であった事に気づく。天才も何かとやっかいである。
腹が立つのは、テレビでアメリカがセレモニーをしている場面になると、母が、テロをなじるのだが、アフガニスタンのシーンとなると居眠りしているのだ。それでまたアメリカのシーンになると、また起き出して、テロをなじる、というパターンを繰り返している事だ。わざとやってるのかな、と疑うほどである。
こう都合よく居眠りする年寄り連合がいては、公正な報道も何も関係ない事を筑紫哲也は知っているのだろうか。
そんなこんなで午前1時までニュースを見ていた。
部屋へ帰ると、今度は、NHKでもアメリカ特集をやっていた。アメリカに住んでいた移民たちがテロ以降、どういう境遇になったか、という話しだ。
家族をコロンビアに残し、7年も経った大道芸人がいた。けっこういい歳の大道芸人だ。国に残した妻は、最近、不倫して、別の男と暮していると、知る。子供達が、帰って来てほしい、というのだが、「アメリカで成功するまでは、、、」と父親は、電話で子供たちを説得しようと努める。
アメリカでビザを取りたいのだが、と弁護士に相談しに行くが、不法滞在者にはビザは降りない、と弁護士は言うが、自分は、本でも紹介されたのだ、と写真で、ちょっこっと出ている本を持ち出して来る。弁護士は、いったんコロンビアに帰った方がいい、という。とにかくも不法滞在者には、ピザが降りないのだから、という。
本人は、帰ったら、次に入国できる保証はない、という事で帰るのを嫌がっている。
人間大の人形とコミカルに踊る芸なのだが、大した芸ではないように見える。
それでも少しづつパーティなどの仕事が増えているので、やっと出て来た芽を枯らしたくないのだ、という。
こうなると、すべての芸人は、アメリカで成功しない内は、芸人として生きていく価値はないように見える。
もちろん、芸としての価値が低い者が、一発逆転を狙っているかのようにも見える。家族を捨ててでも。
さっきからNHKの「映像散歩」が、ジャズのバラードを流し続けている。きっとそのせいだな。自分から進んで聴く事はない。チャーリー.ヘイデン、レッド.ミッチェルのベースだ。
ジャズか、、。切ない音楽だなあ。こんなものを知ったかぶりする人間の気がしれんわ。
右膝から「ポキン」という音がした。次第に痛くなって来た。まあ、レントゲンも大した事はない。
今度は、M.R.Iと言うが、どうも不可解だ。骨がズレている、といったって、それがわかったって治すわけじゃない。ああ、骨がズレて炎症が起きてますよ、で終りなはずだ。痛み止め?別に治るわけじゃないから、痛み止めもいらない。もしも痛くて寝れない、という事が起きるならもらっておこう。
骨がズレてんなら、話しは接骨医だろう、と、「今から来てもかまいませんよ」と、やがて営業時間も終るという午後7時にその門を叩いた。
大丈夫、しばらく安静にすれば、すぐに痛みも引いて治りますよ、と言われた。聞きたいのは、そういう事じゃない。「痛み」なんてのは、「我慢」すりゃいい。問題は、その痛みを我慢して、いつもの事をしてしまったら、取りかえしのつかない事になってしまうのか、という事だ。
別にそうじゃない、という。
内出血も回復に向かうだけだ、という。でも安静にしてた方がいい、という。そりゃ、あたりまえの話しだ。楽器だって練習しないよりは、した方がいい。
えっ?痛みだけ我慢すればいいんだったら、松葉づえもいらないな。それよりも負傷している事を知られるのが、まずい。
そんなわけで、しばらく右足を引きずって歩く事にはなるが、1週間後のM.R.I を受ける頃には、痛みも引いているだろう。痛くねえ、と思えば、痛くないのだ。大事なのは、気合い、だな。どうせ2,3日もすりゃ痛みも引くだろう。
でも、普段から、どうでもいい時は、気合いを入れず、年中、足を引きずっているから、一見、「普通」の日々に見える。
しかし、故障は、故障だ。一歩、まちがった動きをすると悲鳴を上げる事にもなっているからだ。階段の上り降りがやっかいなだけだ。思えば、これまで、故障との闘いだなあ。
貴乃花の気持ちが、よくわかる。
朝起きると、右膝の調子もよい。念のため、とは言っても、M.R.Iの必要はない。接骨医は、しばらく安静にしていれば治ります、といって、治療費も取らなかった。親切だ。病院に電話をすると、M.R.Iは、五,六千円かかるというので、キャンセル。痛み止めを付けてくれたのはいいが、今度は、それを飲むと胃が荒れるので胃薬も付けられた。
こうなると、機械の修理費と変わりない。どんな症状であれ、必ず、最低八千円はかかる、というしくみではないか。
これでは、医者の五感は絶対に発達しない。何でもかんでも機械に判断をまかせていては、軽傷でも重傷でもどうでもよい。
これが、経営不振の病院なら、「軽いとは思いますが、念のため、3日ばかり入院してじっくり検査した方がいいと思います」と言う作戦も取れる。
そう言われれば、不安な者は、誰でもちょっと考えてしまう。例え検査しても、治療するわけではないのなら、無意味だ。
ああ、故障してますね、これでは痛いでしょう、、と言って終りだ。痛い、から来たのである。
以前にもアレルギーの検査を受けなさい、といわれた。聞けば四千円かかる、という。結果がわかったらアレルギーは治りますか、と聞いたら、それでは治らない、と言われた。実際には、どれがどれとは言えない、という。食物が原因でも、そうなると、食べていけない食物がずらっと何種類もある。そのどれかはわからないのだ。それなのに、これからは、そのどれも食べてはいけないのだ。それで、受けたくない、と言ったら、その日から医者の態度も悪くなった。しょうがないので、今後の事もあるから、と受けて見よう、と言った。しかし、その結果を聞く前に通院を止めてしまった。あれから何年も経った。
今回は、受け付けから、薬局で薬をもらって帰るまで3時間半もかかった。
まとめてみよう。
とにかく、無理をすれば取りかえしのつかない事になる事なのか、別に無理しても、ただ「痛い」だけなのか、それでも痛みを我慢して続ければ、どうなるのか。ただ単に治りが遅い、というマイナス要因と、その間、「我慢」してやりとげたプラス要因との差が、プラス側に入るのかマイナス側に入るのか、という事でしかない。
例え、検査しても、何の治療法もなく、ただ、治療費がかさむだけなら、検査の必要はないのではないか。
以前、新聞に、ガン検査で、肺癌が発見されても、それは、基本的に早期発見にはならず、死亡率は、大して変わりないから、意味のない肺癌検査への金銭的負担は、検査から外すべきじゃないか、とアメリカの医科大学で発表されていた。
痛み止めなんて、痛みを我慢できない睡眠中以外、さほど必要なものではないのではないか。
楽器を弾くと腱鞘炎になる、と言われた、マイナス要因を無視して、楽器を弾いて来て、人生において大切な20代の修行期を全うして得たプラス要因がある。
人間にとっての幸せは、ただ、ただ、そうしたマイナス要因に怯(おび)え、長生きする事ではないだろう。
医者は、個別にまったく、思考されていない、「あたりまえ」の治療法に患者が従わなかったからと、ふてくされ、もうこれ以上何のアドバイスもしてやらないからな、と、そのエゴ丸出しの態度を「正義」とするのは傲慢ではないか。
私は、練習嫌いのなまけもののためのメソッドを作り出すのに、あれこれと工夫して来た。そしてその「最低」の条件を都度々さらに「最低」にして来た。それが、アドバイスというものだ。どの辺までの人間を受け入れるか、である。
「とにかく、土日しか練習時間はないのです。それでもプロになりたいのです」という類の生徒である。
なのに、現在の医者は、そのあまりにも「あたりまえ」の、傲慢で、何の思考も見当たらない治療法の「正義」を振りかざし、手を使う職業を止めない腱鞘炎患者は、阿呆で何のアドバイスもそれ以上するに値しない、としている。
これは、子供の要求だ。
プロなら、その人にあった状況を考慮して、それに則したアドバイスをしてやるべきではないか。
これが「大人」としてのアドバイスではないか。
理想をかかげ、それに従わない者は、どうなってもよい、とする態度は、今まで、正義の名のもとに、言いたい放題を言って育って来た証しである。
何?一日8時間も練習できない?
そんなら楽器を弾いても無駄だよ、、とする論法が、いかに、新しい、画期的な教育メソッドを開発して行かないものであるか、という事に気づかないのだろうか。
本当に、医者としての倫理観があるなら、全面的に従わないからと、駄々っ子のように拒否するのは可笑しいであろう。
こうした者でも、どうにかして上手くしてやろう、と考えるのが、本当の「愛」であり、また、職業的なチャレンジではないのか。
この痛み止めを飲めばいい。
「でも痛み止めってのは、基本的に「痛み」の感覚をにぶらせる事ではないでしょうか?。という事は、「眠気」も起こると言う事でしょうか?私はタクシードライバーなので、それは困ります。」
私の言う事が聞けないなら、もう来なくてよい!
と言うのが現在の医者状況である。そうか、タクシーを運転しながらでも飲める薬かあ、、と言った思考法に未来はないか。どんな状況の人も見捨てず、それぞれに合ったアドバイスを考えだそう、とする事に、愛の真髄はないか。
最善の方法に従わぬ者を排除するのは、まさしく、傲慢に育った証しである。実に、「ガキ」が多い世界であり、思考停止とも言える状態である。
人は、それぞれの「業(ごう)」によって死がやってくるのであり、医者は、少しでも、その「業」を延期してもらおう、と悪戦苦闘する事に、深い、愛情があるのではないか。
私の主張は、傲慢な育ちをした彼等の中からは、まったくの賛同者も生まれて来ない意見では、ある。
彼等が、まだ、自分を「商人(あきんど)」とは認めていない、からである。
したがい、「誠(まこと)」がないのである。
接骨医は、商人であったから、「これでは商売にはならない」と、治療を拒否したのである。
PS:この複雑な一文は、貴重である。
9月15日(日):日記にタイトル付ける。山下、沖縄ソロコンサートCMと篭城事件とロシアより愛を込めて。
今日から、全日記の日付けに簡単なタイトルを付け、後で、検索しやすいようにした。
右膝の痛みもさほどなし。リハビリのため入念に柔軟体操。右膝をひねらないように両足を開脚、股割して床に胸部を付けてしばらく静止し、考え事をする。試しに捻りを入れて見る。大丈夫。患部を直接どうにかしなければ問題ない。
午前1時から30分、テレビで、今度9月23日にソロ.コンサートで来沖する、という山下洋輔氏の「ニューヨーク.トリオ」のライブ.コンサートを見る。山下洋輔が、沖縄に来るようになって25年以上経ったであろう。「ジャズボックス」時代の我部(がべ)氏が呼んだのが始まりだ。それから何かにつけ、ジャズボックスで演奏したはずだ。
あれから大分、時を経た。これほど大きな扱いで、これほど大きな会場でのコンサートはかつてないだろう。昔、デビュー前のタモリが司会と漫談で、ちょっと大きめのコンサート会場で山下トリオは、演奏した事がある。1978年頃か。タモリの話しが可笑しかった。名古屋には文化がないってネタの頃だ。
今回は、まるで外タレのコンサートのような扱いである。いつもいつもライブハウスでの演奏だったはずだ。もう2ヶ月近くも前からテレビで宣伝している。突然、何が起こったのだろうか。何と言ってもこれだけの宣伝力にかかれば、満席じゃないわけはないだろう。当日は、どんな人間が観客として集まって来るのだろうか。共演の依頼以外、聴きに行く気はなし。って言うことは、生涯、生で聴かないつもりか!
要は、CDが面白いか、面白くないか、でしかない。どんなにパフォーマンスをしても、「音楽」と対峙するのは、こうした時でしかない。普遍の「思考」「感覚」を記録したものなのか、ただ単に、「汗をかく」ために、展開していたのか、は、この時、判明する。浅ければ、繰り返しの聴取には耐えられない。天から自分を見下ろす眼がないのだ。ただ、ただ、夢中にその場かぎりの「仕事」に没頭をしているのだ。たぶん、アルト.サックスの梅津和時氏も山下氏もパフォーマンスは好きだが、あまり音楽をじっと聴くのは好きじゃないのだろう、と長年思っている。常に、演者としての自分がそこにいるのではないか。音楽を愛している良き聴き手というイメージはない。何となく、コンサート、ライブの類が、、、ひと仕事終える!って感じだ。
午前1時30分頃、NHKのニュースで、福岡の篭城(ろうじょう)事件で人質となっていた小学生、9才の女の子は、刺殺された、と報じていた。
警官が、突入する以前に、既に刺殺されていた、とニュースは言っている。犯人は、36才の男。離婚した妻子に会わせろと篭城した親戚筋の者らしい。甥や姪を人質にした、とか言っていた。
一方、民放では、80才を過ぎて再会した日本人の老人とロシアの老婆のドキュメントをしていた。50年も共に暮し、ロシアの老婆は、日本の妻の元へ、老人を返す事を選んだ、という。愛していれば、彼の一番いい方法を選択させられる、とロシアの老婆は言った。それに、私が50年も一緒にいた間、日本人の妻は、一人でいたのだから、、と。お互い、高齢のためこれが最後の対面となろう、としていた。
今は、すべての番組が終り、NHK:12CHの教育テレビの深夜のBGM番組「映像と音楽」で、大貫妙子がずっと唄っている。時折、彼女の歌が、CD1枚分よくかかる時間帯がある。
(NHK:2CHでの深夜「映像散歩」とは、別。私の中では両者は、ライバルだ。深夜は、両者を音楽の好みで切り換えている。)
今日も一日が終る。
最近、睡魔がひどく、眠気覚ましに日記を書いていると後半、もう完全に、瞼が重く、思考も停止状態に入る。
その時は、患部をペンで突いて、「アガア〜(痛い!)」と目を覚まさせるのだが、またすぐに睡魔が来る。そういうわけで、この頃は、早く寝るので、早起きだ。早起きと言っても朝起きたら、まだ朝だったってだけだ。普段は、朝起きたら昼かな?って程度だ。
本当は、あまり早起きしても困る。昼食に出かけようとしてもどこもランチ.タイムで満席だ。昼食は、各新聞2紙、スポーツ新聞2紙、を読みながら、というのが最高のフルコースだから時間がかかる。
当然、こうした新聞全紙を置いていない食堂へは行かない。昼食代に新聞代も入れているからだ。元を取ってやる!って勢いだ。全新聞代で¥400分くらいは、毎日浮かしているんじゃないだろうか。
だから、ランチ.タイムは、新聞を誰かが読んでいたり、読み終わっても新聞を棚に戻していない奴がいたり、最悪な「相席」があったりで嫌いだ。
そんなこんなで、今日は、振替休日だから、もしかして空席があるかな、と思い近所のマンガ喫茶へ。
いつも行く、小さな定食屋は、この時間は、完全に満席でダメだ。
この定食屋も当然、新聞全紙が揃っているのでほとんど毎日そこへ行っている。
以前、たまたま30分ほど早目にそこへ行き、新聞を読みながら食事をしていたら、座敷きの方に週刊誌を読みながらそばを食べている、私とまったく同じような口髭、顎髭で、野球帽を被った、労働者風のアメリカ人がいた。ここで外人を見るのはめずらしい。しかし、どっかで見た風貌ではあるな、と一瞬、頭をよぎったが、気にせず夢中で新聞を読んだり、定食食べたりしていた。
突然、そうだ!、思い出した、と顔を上げたら、もうそのアメリカ人は帰った後だった。ダグラス.ラミスだな。そんな定食屋だ。ここも開拓した秘密の場所だ。おばさんが2,3人ばかりいるが、沖縄らしく、愛想がない。会話をした事がない。ありがとうございました、の声も聞こえるか聞こえないか、だ。いつも行く店は、こんなんが一番だ。新聞に集中できる。
そんなわけで、この時間は、席がない小さな定食屋を止め、大きなマンガ喫茶にした。
かなり満席に近い状態であったが、テーブル席が空いていた。
途中、次々と客が入店し、店の女性従業員が、近くのテーブル席なんかに「相席いいですか?」と聞いたりしていた。
自分の所へ来たら、何と言おう、と考えていた。
思いきって「相席したら定食代を只にしてくれるんか!」と言おうかと思ったりしたが、まあ、ランチ.タイムに来て、テーブル席を一人で占めているのも悪いな、という気持ちもあったのでやめた。
止めたけど、思いっきり、怖い顔をして、苦虫も噛み潰したようにして、貧乏ゆすりもして、新聞もテーブル一杯に拡げ、身を乗り出して相手側の席まで頭一つ出したりしていたので、自分の方に声をかけてはこなかった。
しかし、同じようなテーブル席に座っていた若者が、相手席まで足を投げ出して、マンガに夢中になっているのを見ると、コイツガ シンデモ、カナシクハナイナ、ジブンデハ、コロシハシナイガ、、と思ったりした。
そうこうしている内にランチタイムも終り、客足も切れて来たので、普通の人間に返る事ができた。
こんな時、長野県知事の田中康夫氏のようにクマのぬいぐるみでも持参して、相手席にお座りさせてみては、どうか、と一瞬、アイディアが浮かんだが、キャラクターの年季が違うな、と思い、この手のブレーンストーミングは止めた。
さて、今日は、マンガを読もう、と言う事に決めた。何を読もうか、と考えたら、突然、「あづみ」という名が浮かんだ。
そうだ「あずみ」を読もう。あの、「石垣直角?」や「がんばれ元気」の小山ゆうのマンガ「あずみ」だ。
私は、「がんばれ元気」と同じような人生を歩んだ。
私は、この「あずみ」に、マンガ道の必殺技、「寝かし」をかけた。あれは、1995年の事だから、もう七年も前になる。出たばかりのコミック第1巻「あずみ」を読んで、よしこれは、すぐに読まず、ある程度の巻が出るまで「寝かしておこう」と考えた。
これを「寝かし」と私は、呼んでいる。この技が使えるのは、マンガ道でもかなり使い手だ。どんなに流行っていても、絶対に手をつけず、ある程度の量が揃うまで、無視しておくのだ。この「寝かし」の技をかけたマンガは、まだまだいくらもある。どうせ私のような人間は、流行りの物なんかにいちいち手を出さなくても、常に、時代の先を予感しているから無用な事だ。
こうして「あずみ」を七年、寝かしたわけだ。いわば「七年物」だ。七年の内に、「あずみ」は、26巻に成長していた。
辛抱たまらん!ああ、これからは、「あずみ」と共に生きる日々が待っているのだ!
というわけで、「あずみ」を読んでいると、携帯が鳴った。
米軍基地で消防士をしている生徒から「今日のレッスンは、行けません。女房がお産で入院しているので、上の子のおもりをしなきゃいけないんです」と来た。今日は、団体授業が午後9時からスタジオである日だった。
元々、子供がいる事もわからなかったが、また、新たに生命が誕生する、という事も聞いていなかった。
私が「あずみ」を読んでいる間にも、世の中は、同時並行で、様々な人生が進行しているようだ。
私は、このまま「あずみ」を読んでいていいのだろうか、、、と一瞬思ったりしたが、すぐに電話の事を忘れてしまい、「あずみ」の第8巻を読み終えていた。
今日は、これくらいにしておこう、と「あずみ」に後ろ髪を引かれつつ、お別れを言い、レジへ行くと、「1時間のオーバーですから¥180の追加料金です」と言われた。
財布を開けると、千円しか入っていなかった。
ランチ代¥700と追加料金の¥180で、¥120のおつりをもらった。
店を出ると、まだまだ、日射しは強かった。
様々な人生があるなあ、、と、ためいきをつく。
様々な人生とは、「あずみ」の事である。
家へ帰って股割でもするかあ、、とスクーターに乗った。
私は、久しぶりに、私が怖くなった。
午後3時から11時近くまでレッスンのため世の中の事がわからず。
午後10時54分からの「筑紫哲也NEWS23」30分延長版を見る。
拉致された日本人の8人が既に死亡。4人生存。
地元の夕刊では、日朝首脳会談は、沖縄の基地縮小問題とも関連がある、としている。国交が正常になれば、「北朝鮮からの脅威」がなくなり、アジアの平和を守るため、、とされる米軍基地の役割が一つなくなるわけだ。
9月18日(水):日朝首脳会談翌日、PS:フーテンの寅さん小考
今日は、遅い昼食を取りつつ、新聞全紙を読み終える。妙な気分。論は、既に、頭の中にできあがっている。必要であれば掲載するが、あまり活字として遺したくない話しになる。成り行きを見る。それまで、ノーコメント!
気分転換に、「あずみ」第12巻をマンガ喫茶で読み終える。こうした時のために寝かしている。
とりあえず、私の、作品集、第4集でも聴いて過ごしたらいい。あれには、色んな「想い」が込められている。あれは、不滅だ。時代の「流れ」から外してある。怪獣の叫び、と言う者もいるが、俗物は、聴かなくていい。おのれらの人生は、どうでもいい。傲慢極まりない。
PS:フーテンの寅さん小考
「フーテンの寅さん」がわからない、という日本人が増えている、という。じゃあ、彼等は、フランス人らしいか、と言えば、そうでない。
極めて、傲慢で、閉鎖的で、非国際的な、ド日本人連合だ。立ち振るまいは、フランス風を気取る。(あれ、やっぱりフランス人かな?)
じゃあ、国際的とは何か、、西洋人の友達がいる事?
んなわけない。錯覚だ。
どこから見ても、今の時代、ド田舎者が、西洋人の友達を欲しがって迎合している。
説教できる事だよ。そりゃあ変だろ!って、理路整然と、説教できる能力だよ。
な〜んも言えないくせに、へらへら笑って、自国を売って、うっとり目つきで、おもてなししゃーがって。な〜にが連帯感だっつうのおおおお。
な!そうだろ、ジョージ!、メアリーもそう思うだろ、ね、ね?
ゴメンナサイ、、ナ〜ニヲイッテルカ、サッパリ、ワカリマセ〜ン
えへへ、、。
33:朝鮮人と沖縄人 (15:番外アメリカ.テロ事件あれこれの考察日記 )
今日から授業を録音したい、という「若者」の生徒が、やる気を出したので、よし、回しておけ!と、「おまえは不器用だ!」「おまえは不器用だ!」と、呪いのように何度も繰り返し言い、罵倒し続けた。
面白いから、このテープを教育委員会へ持って行け、と言った。
彼は、これを気に入って、帰りの車中で、早く聴きたい、と帰って行った。
修行人は、マゾでなくてはいけない。
罵倒されれば、されるほど、「快感」とならなくては、一人前ではない。
プライドだとか、そんなもんは、身のほどを知らない者が、いっぱしの権利を要求しているものでしかない。
本当に、力があれば、黙って人知れず、物事は、解決できる。
力がないから、解決できないのであり、解決できないなら、マゾにでもなって、一生いじめられる快感を感じて生きればよい。
力もない「奴隷」が反乱を起こしたらどうなるか。
それが、嫌なら、力をつける日々の修行をして、逆らって見てはどうか。
そんな修行もしたくない、しかし、自分は、不当に扱われている、という主張は、ちょっと虫が良くて、甘えすぎではないか。
9月21日(土)彼岸:「住基ネット」を語る:PS:「ゴーヤ」と「めんそーれ」
住基ネット?
元々、民が、一人の言論人を、国家に逆らって擁護(ようご)した事があるか。みんな、投獄されたではないか。民衆とは、そうしたもんだ。じたばたせず、覚悟を決めて「正義」を主張すればいい。自分の身に何か起こった時、彼等が、命を張ってくれるわけがない。
いくら呼び掛けても、「道連れ」は、作れない。
まず、ホームページなんぞやっている者が、住基ネット云々できるわけがない。自分から自分の情報を売っているではないか。
また、別に、取るに足らない、何の影響力もない一市民が、一体、どういった情報を漏えいされて困る、というのか。いちいち、そんな者には、誰も興味を示さない。ホームページでいくらアピールしてもみんなが関心を示すわけではない。「いいよ、おまえの情報は!」と吐き捨てられる。
国が一市民の情報を管理する?
ストーカーに利用される?
本当に、目をつけられたら、逃げられないのではないか。それに、ストーカーの知りたい情報は、もっとマニアックなものなんじゃないか。文書化されているものなんかじゃなく。タンスの2番目の引き出しに、下着がある、、とか。
「空巣狙い」は、毎朝、告別式の欄を見て、留守の家を見つけるらしい。この親族の家は今日は留守だなって。
誰もあなたには、関心ないって。自意識過剰!普段から別に、何も言ってないんだから、何を隠したいって言うのさ。国が管理するってね、徴兵は、逃げられないんだよ。あれは、逃げても、隣人が密告すんだよ。あそこの家の子は、徴兵されてないってね。勝手に、まわりが密告して国に知らせるんだよ。
都合悪いってのは、何か、ヤバイ事を隠している奴でしょ?。脱税とかね。
言論人が訴えてるのは、自分だけ投獄されるのが嫌だからなんだよ。それで、別に、大した情報もない一般人を巻き込んで自分の援護をしてもらいたいってわけだ。
本当に、いざとなれば、大衆は、みんな我身大事さに、みんな知らんぷりだからね。これは、歴史が証明しているね。
もし、私が、住基ネットに反対する、としたら、何で、役所の人間だけが、芸能人やアイドルの情報を知る事ができて、自分は、できないのかって一点からでしかない。くやしいね。彼等だけ見れて、自分が見れない、「芸能情報」があるってのは、許せないね。彼等だけが、芸能人、アイドルの住所知ってるってんだから。
この点を強調するなら賛成だ。でも、これは、完全な嫉妬で、彼等は、役得だ。
これだけ物言ってる私が、気にしてないのに、何も言わない人間が、一体、何を気にするってんだ。自分の情報は、一切、知られたくないっての?電話帳には、住所出ているよ。金持ちは、「会社四季報」見れば出てる。時折、長者番付も新聞で出る。
とにかく、普段、何の関心もない者が、住基ネットの事言い出して、いかにも国家権力と闘ってますって、流行に乗るのを見てると、何事なんだろう、と思うね。
とりあえず、住基ネットの問題は、こんな所に秘かに書いておく。あまり、堂々と書くと、住基ネット賛成って思われてしまうし、また、こうして書くだけで、住基ネット反対運動をしている人間たちを否定してしまうって事にもなるから。要するに、どっちでもかまいやしないんだ。どうせ、投獄されるのは、一人だけなんだから。
こうして投獄された人たちの獄中手記でも読んだらいい。あるいは、崩壊前のソビエト連邦でもいい。国家の管理なんかじゃないよ。
みんな「密告」だよ!
私の場合は、たぶん、あいつらとあいつらだな。だって、あいつら、権威主義の固まりだもん。国家が認めたもの以外は、何の価値もないって思っている上に、それ以外の物の価値も自分では判断できない者ばかりなんだよ。そいつらが、次の世代の教育をしてんだから、勝てるわけないでしょ。あいつの音楽は、大したもんじゃない、偽物だ!ってね。
今のアメリカのふんどし担ぎばかりしてる、幇間(ほうかん)のような人たちさ。こいつらに決ってるじゃない。すぐに密告して国家の手先になる奴等はさあ。今は、住基ネット反対って言ってる方が、多数派だから、加わってるだけさ。彼等に一貫性はまったくないね。何の矛盾も感じない人種だからね。ああ、やっぱりってなもんだね。
まあ、もちろん、ちゃんと「自分が危ない」ってんで反対してる人たちもいるって事は、念のため言っておこう。これで「住基ネット」は、ノーコメントだ。じゃましてるわけじゃない。どうでもいいんだ。本当にすごい情報は、意外な所から流出するもんさ。例えば、あなたが忠誠を誓っている「会社」からとかね。
PS:「ゴーヤ」と「めんそーれ」
そんな事より、突然でなんだが、前々から気になって仕方がない。
苦瓜(にがうり)は、「ゴーヤ」ではなく、「ゴーヤー」と語尾を伸ばしてもらいたい。しかも、アクセントは、「ゴー」「ヤー」、ともに、同じようにアクセントする2音節の言葉である。いくぶん、第2音節の「ヤー」が、強い感じである。音の高さは、まったく同じ。
全国で有名になってから、よく聞くのが、「ゴー.ヤ」で、しかも、最初の第1音節の「ゴー」だけにアクセントがおかれて「ヤ」が弱くなっている。音も「ゴー」より低目である。これは、まちがいだ。
これでは、まるで「爺(じい)や」と同じ扱いだ。ぜひ、「ごおやあ〜」と発音してもらいたい。ゴーヤーの気持ちに成り変わって代弁しておく。
沖縄語は、大体、こうした2音節に分けられ、語尾を伸ばしている、と思えば、よい。(「ナイチャー(内地の人=大和人)」)
昨日、このまちがいを、学術的に指摘した琉球大学教授の投稿を新聞で読んだので、ああやっぱりな、と納得。(沖縄タイムス9月20日朝刊)
また、「めんそーれ」では、なく「めんそーれー(いらして下さい)」だ。正しい表記をしよう、という主張だ。
ちなみに、苦瓜(にがうり)を食べているのは沖縄ばかりではなく、大分県にもある、と9月5日の台風の日に「美味しんぼ」(第71巻:日本全県味巡り;大分編3、P61-65、大平洋戦争の頃から、、とある。)を読んでわかった。
*今日は、まずいラーメン定食を食べた。味がダメなら量で勝負って感じだな。わかってて行くのだけど、「まずい店は中々つぶれない」の法則で、長年持っている。
3-3:新聞記事:うちなーぐちの表記は正しく(執筆文整理整頓)
久しぶりに、いつもの、日曜日毎の秘密のマンガ喫茶に行ったら、靴を脱いで、スリッパを履く、という規則がなくなり、「土足OK」になっていた。そろそろ経営があぶないな、と感じる。アイスコーヒーが¥350なのだ。マンガ喫茶だというのに時間無制限。延長料金なし。
しかも、¥500では、飲み物は、飲みたい放題だ。別にそんなに飲みたかないから、ありがたい、とは思わないが、、。店内には、高校生らしき男女のグループがそれぞれ3人ばかりいる。
午後6時からは、レッスンなので、あまり長居もできない。「あずみ」をチェックしたら一応26巻あった。新聞、雑誌、アダルト週刊誌で、手一杯で、時間切れ。
外に出ると、いくぶん風も肌寒く、そろそろ秋の気配。秋が来たら、どっかでたき火をして、焼き芋でも食べなければいけないな、と思う。たき火と言えば、渡哲也だ。
子供の頃、読んだ事がある。休日には、たき火を眺めたりしている、と何かの本であった。え〜と、あの本は、、、、多胡輝の本だったか。私のストレス解消法、というようなテーマだ。またしても、どうでもいい事を思い出してしまった。
スクーターに乗っていると、ちょっと早めの秋の風に、少し、胸がキュンとなる。ずいぶんと色んな事があったなあ、とふと思う。色んな経験を積めば積むほど、秋の風は、切ないんだな。
やがて、本格的な、秋が来る。公園のベンチに一人腰かけ、夕日を見てたりすると、あまりにも似合いすぎるので、それだけは、止めよう、とは、思う。すべては、成り行き、でいい。
夢はある。
たまには、夕暮れ時に、知らない土地の呑み屋で酒を呑んでみたい。もう、何十年も、忘れてしまった暮しだな。しかし、これも、似合いすぎる。
9月23日(月):「非戦」、現状まとめと沖縄バカ騒ぎ総括、CD売上中間報告、広告のコツ、コンピュータ.ミュージック、相席問題、お仕事セッション
坂本龍一氏が、テロの事を書いたら一晩で何万件ものアクセスがあったらしい。それで、非戦?とかいうタイトルの本も売れた。本屋の新刊コーナーに積まれていたので、パラパラとめくって見た。とにかく、有名なミュージシャンがメールで一言三言、「戦争はいけない」というコメントが最後のページまで列挙されていた。
これに、ダグラス.ラミス氏が、今、沖縄があぶない、と書いて、原稿を没にされた。今、そんな事を掲載すると沖縄観光が増々悪化する、というのが、編集社の主張だ。
しかし、テロの事を書いただけで一晩に何万件、というのもすごい。私は、ゼロに等しい。CDを制作しても、近所のぜんざい屋の若者バンドは、1000枚くらいしか売れない、とボヤいていた。
私が、私のCDを1000枚くらい売るとしたら、後、500年は生きていないと無理だ。1年に2枚づつ、、の計算だ。それくらいは、何とかいけるかもしれない。しかし、これもあやしい。
スタジオの友人は、プロと称している人間の内で、一番、CDが売れない人間ではないか、といい、これはギネス.ブック級だ、と言っている。しかも、買ってくれるのは地元人間ではない。近所のおばさんでも、CDを発売して、2日目あたりでは、現在の私を超えるのではないか、と思う。
こうなれば、すべてこの線でギネスでも狙おうか。しかし、こうしたワースト記録という点では、意外に私を超える事は、むつかしいはずである。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の取材も受けた事がない。しかし、毎日のように、これらのメディアからは、阿呆同然の地元馬鹿騒ぎ音楽集団の情報が流れている。毎月、必ず、何かしらの話題で出ている者もいる。
昨日までは、ミュージシャンだったが今日からはグラフィック.デザイナーです。昨日までは、カメラマンだったけど今日からはミュージシャンです、、とか、やたらと出て来て、今こうしている、明日はああしている、という記事が出たり、ローカルなテレビ番組に出演して報告していたりする。
他の都道府県でもこんな状況なのだろうか。まるで、何かの陰謀ではないか、とも思えるくらいだ。
しかし、まあ、こうした活動は、何かの「コツ」があるのではないか、とも思う。類は友を呼ぶ、の類ではないか、と思う。私の「類」は、皆無である。こんなサイトをやり出してから、自分はミュージシャンなんだろうか、と疑い始めている。
長年、そうした宣伝付けの日々が続くと、こうした活動が、どうでもよくなるものだ。あの中に入るくらいなら、これでいい、、という感じだ。ボヤいてばかりいるが、ちっとも何もしようと思わない。どうせ、何かの「コツ」があるんだろう、と思っている。
アメリカからも「あなたの音楽はすばらしい。その話題は置いといて、ぼくの音楽も聴いてくれよ」と言ったメールがやってくるのだから、物を売るには、「コツ」がある、としか言いようがない。
ライブハウスは、客が入らないおかげで、ライブハウスの扱いも悪くなり、演奏する気もなくなってしまった。今や、毎回、学校中のお友達を呼んで店を満席にしてくれる高校生ミュージシャンこそが、神様で、私なんかは、貧乏神が来た、と後から塩でもまかれていたんだろう、と思われる。まあ、おかげで、音楽とは、無縁な日々を生きる覚悟はできた。
テレビで夜のワイドショー番組を見ていたら、コンピュータ音楽の申し子とでも言うような感じて扱われている歌もの系の新進のアーチスト男が、「これからは、誰でも作曲ができ、簡単に音楽を作れますからみんなチャレンジしたらいい」とコメントしていた。
何やら、自作の歌に伴奏も一人でコンピュータ相手に完成させ、大手の会社に認められ、プロデューサーの地位も得た男らしい。
これからはコンピュータ音楽の時代、、なんて、たぶん、100年遅れている、と思う。私の中では。盗作合戦の時代ならわかる。
こうして、たまに、これまでの経緯を繰り返して述べないとやっかいだから、記しておく。
マンガ喫茶で、「相席させていいですか?」と聞かれたので、「ダメだ!」と答えた。いくらテーブル席だからって、小さな2人掛けのテーブルである。まわりの4人掛けのテーブルを一人で占拠している者には、声をかけなかった。だから、一体、「誰のために」相席しなきゃいけないんだ!
ただ単に、飯食って帰る定食屋でもない、「憩いの場」である。高めの料金は、雰囲気代でもあるはずだ。相席が常識ならテーブル席に座る客の前にあらかじめ断り書きして提示しておくべきだ。ようやく空いた席が、2人掛けのテーブル席だったから、これくらいなら大丈夫だろう、と腰かけたというのに。おかげで、回りからは、ヒールな客になってしまった。しかし、私から見れば、店側や、ずかずかと平気で腰かけて来る連中の方が傲慢だ。
これでは、リラックスする場も「即物的」な欲求を満たす場になるだけである。傲慢極まりない「正義」の要求である。もちろん、私だって、即物的な欲求を満たす場では、相席もかまわない。いっぺん、どでかい声で、「おまえら何のサービスもした事ねえのに、何が相席だ!オレに何の得があるんだ!料金を半額にするかあ、おまえらが儲けるのに都合がいいんじゃないか!」と言ってしまおうか、とも思う。
これは、「相席」という概念がT.P.Oを無視して振りかざされたのである。
これを「拒否」するだけで、「悪人」のレッテルが貼られてしまう、という、実に、傲慢な正義である。リゾートホテルで演奏していながら自然を保護しよう!と訴えるミュージシャン連合そのものの主張と同一だ。
友人は、「いや、後から一人来るから」と言えばいい、と言うが、この辺の方便を使うかどうかがむつかしい。一向に、主張が通らないで、根本的な改善がなされないからである。まあ、しばらくはこの手でお茶を濁してもいいが、、。むつかしい問題である。他国ではどうか。人恋しい奴なら大歓迎なんだろうが、私は、そうでもない。とりあえず、「あ!相席嫌いの客だ」と女店員たちに囁かれるヒールな客として暮しておこう。毎回、こうした問題と闘うのも疲れる話だ。
こうして、私は、何から何まで、普段から考え尽くした行動を常に取っているわけだ。大概のどうでもよい事は、考え尽くして来たので、いったん結着がつくと、もう悩まない。さらに、結着をつけたからと言ってそれを必ずしも守る、という事もない。後は、成り行き次第で反応するだけだ。
昔、アルトサックスの梅津和時氏と1回だけここ地元で演奏した。客は、酔っぱらいが500名ばかりあちこちにいて騒いでいた。大会場のビヤホールだ。飲み放題、食い放題のシステムだ。今から7,8年くらい前だろうか。
アドリブは、スケールが1本で済む「テイク5(アドリブの際は、サビなしの一発ワン.コード形式)」と「A列車で行こう」くらいしかできないジャズ.アルトサックス奏者のポール石垣氏のバックバンドとして出たわけだ。現、沖縄ジャズ協会の副会長の地位まで上り詰めている(ああ、些細な事だが、音楽でダメなら後は肩書き、権威性だ。)おっさんだ。彼以外のメンバーは、いつものメンバーだ。西川勲(b)、仲本正國(p)、ラスティン(ds)だ。
こうしたコンサートの演目で、バンマスのポール石垣氏は、「サテン.ドール」「A列車で行こう」といった曲を選曲した。バラードは「ミスティ」である。もちろん、おいしい「メロディ」パートだけは自分が吹く。まるでキャバレーでの選曲だ。怒った私は、ある曲は、破壊し、ある曲は、アドリブを拒否した。こんなバンマスのバンドでしか仕事が来ない境遇を呪ったものだ。
そうしたわけで、私たちの4人が今度は、梅津氏のバックも担当する事になった。どうせメインは、氏がゲストで呼んだ、お気に入りの大物、男性沖縄民謡歌手だ。「沖縄を返せ」と唄っていた。私は、アメリカ人とのハーフの西川氏に「沖縄を返せ」と楽屋で言ったら西川氏は、「オレも返したかったんだけどなあ」と言った。梅津氏は、黙ってその会話を聞いていた。
まあ、西川氏も仲本氏もジャズボックス時代から氏とは共演を重ねている関係で、梅津氏とは、私が初めてである。氏からすれば、見た事もない得体の知らないギタリストが一番いばっていたわけである。しかし、私にすれば、実は、これが初対面ではない。東京で、何回か、自分から声をかけた事もある。だからどうでもいい、と思っていたわけである。私の行動は、すべて怨念からの意味がある行動である。
前半の楽器だけのインスト演奏の際、氏と私がアドリブのかけあいとなった。しばらくやりとりして客が湧いた。すると今度は、氏が狂ったように吹き捲くって、私の番だ、と振った時、私は、これを無視した。まわりも私が狂ったように超早弾きで答える事を期待していたが、失望させた。
私にしてみれば、いいんだ、そういう日本フリージャズ戦法は、という反応だ。音楽は、もっと理性を要する、緻密なやりとりだ、と思っていたからである。私がヨーロッパ人なら、氏は、そこから学んだはずであるが、私が年少で「格下」の南国の僻地の無名ギタリストであったから彼は怒った(と思う)のであろう。おまえも狂え!と言われて狂う奴はいない。Oh! My God!である。「仕事」の仕方の違いでしかないのだが、、、。天性の感覚で生きている私を、団塊の世代は、もう少し尊重した方がいい。誰でもかれでも競争して勝てるものではない。
信念を貫き通すのも疲れるものだ。私が気負い負けして、無意識にそんな反応を取るわけがない。
もちろん、あまりにもお決まりの演奏スタイルで「ライブ」までしてしまう共演者に怒り、突然、マイクスタンドを蹴飛ばして倒し、これをボトルネックにして暴れた事はある。この頃からサイドメンで私を使う連中は限られて来た。
いずれにせよ、衝動的か理知的か、いずれの方法を取るにしても、結末は、すべて同じ、というのが、不可解な点ではある。孤立無縁。思考する事は何の役に立つのであろうか。とりあえず、それも思考してみよう。
誰も読んでない事をいい事に様々な教育産業の内緒の話しを暴露しておこう。ちょっと、あまりにも敵は巨大なので、こんなには相手をしていられないから、こっそり述べておく。遠慮してなかなかストレートには言えない事だ。
まず、録音のミキサーになりたい、と専門学校へ行く者がいる。しかし、卒業しても何の仕事もない。学校では、何千万円もする機材の操作の仕方の基本的な所を教えて終るのだが、それは、単に、錯覚でしかない。根本的な「耳」が作られていないのだから何の役にも立たない。学校では、これは一流のスタジオでも使っている機種のミキサーだから、これを操作できれば、一流のミキサーになれる、と教える。ミキサーの善し悪しは、機材ではない。また、こうした高価な機材の電源の位置を覚えたからとどうなるものでもない。また、どこのスタジオにも設置されているわけではない。
これは、レーサーになりたいから、と超高級スーパーカーの操作を教えるのに等しい。これがスターターで、これがハンドル。右にまわせば右折する、と教えるようなものだ。
実体は、もっと凄い。そこで教えている講師というのは、実践のミキサー経験がない。実際に営業として録音を担当した事がない。あってもどうでもいい録音経験だ。つまり使い物にならない。おそらく、この未経験の講師もまた**専門学院といった学校を卒業した者なのだろう。そして、いかに自分が通用しないか、そして仕事もないか、という事がわかり、今度は、教育産業の方へ回る。
こうして、どこもかしこも実践経験のない講師陣の誕生となる。この地にも「ジャズギター科」「ソロ即興演奏科」と言った教室があるらしい。誰がやっているかは、さっぱりわからない。
おそらく、学校を出た者が、学校の講師となり、そこの学校を出た者がまた学校の講師となる、といった具合のリレー伝言システムで誕生した、何の実績もない連中だ。実際に彼等が教えるのは、やはり機械の操作であり、それもちょこちょこと覚えた程度だ。後は、何と、「ミキサーの歴史」というタネ本を元に講義して授業時間を埋めている者もいる。ミキサーの歴史なぞ知っているプロのミキサーがいるか?
では、ミキサーは、どうやってなるか?
まず、中学生あたりから、自分で、自宅録音マニアとなって様々な演奏を自分で試み、それを何チャンネルにも振り分けて何度も重ねて録音して行く。最後は、その各チャンネルの音のバランスを取り、2chのステレオ録音に振り分けて、通常のステレオ.オーディオ再生機(2ch)で聴けるようにして行く。これをミックス.ダウン(トラック.ダウン)という。こうした試みを趣味として何千回もこなして行く。つまりトラック.ダウンしたカセット.テープが何千本もある、という事だ。これを経ないから学校を出ても通用しないのだ。絵はまったく描いた事がない者が美術学校へ行くようなものだ。
こうして、音のバランスを感覚として知っておかなくてはいけない。すべては「耳」である。機材ではない。したがい、ミュージシャンとして一流なものは、すべてその条件を満たしている事になる。アメリカでは、ミキサーの方がミュージシャンより楽器は上手い、という実体は、頻繁にありうるらしい。
こうして、本当の実力を身に付けたら、後は、お金を溜めて、自分でスタジオを作って性能のよい安価な機材を揃え、開業して終り、である。後は、その評判ができるまで、客を待てばよい。自信があるならサンプルを作り、配ればよい。これで終りである。
あるいは、どっかのスタジオに行って、勉強したいから只で手伝わせてくれと、その仕事の手順を学べばいい。教えてくれるかどうかはわからない。しかし、学校は、まったくいらない。実際、みんなそうしている。沖縄のスタジオは全員そうして乱立して営業スタートだ。碌に楽器も弾けない者ばかりであるから、現状は最悪である。各楽器のバランスが異常に悪かったり、お風呂場状態のリバーブ、エコーである。場末の安スナックの空オケの世界である。
優秀なミキサーは、アレンジまでこなせるミュージシャンでもある。最低なミキサーは、大手の音楽会社に就職して成り行きで録音係りに配属され、いつのまにかミキサーになった者たちである。当然、楽器も弾けないし、アレンジなんてとんでもない。ミキサーの能力とアレンジャーの能力はまったく同じである。100人近いオーケストラの団員の一人一人の音量のバランスを取れる、という事は、同様に100人のアレンジができる、に等しい能力でもある。このミキサー分野の日本での一流には、オノ.セイゲン氏などがいる。
この事は、楽器制作専門学校にも言える。卒業しても仕事はない。何の実力もない。本棚すら作れないが、職人気取りである。楽器屋の店員の地位をようやく得て、修理を担当するのがやっとであるが、修理はした事がないからさっぱりで、この点は、他の機械の修理業者と変わりない。修理はできない。部品交換だけである。単品の部品交換は、全体の価格とさほど変わりなくなってくる。
あなたが、ギターなどの楽器職人を目指すなら、まず「家具職人」を目指した方がよい。彼等の技術からすれば、楽器づくりなど大した技術ではない。木材に対しての目利きもできる。その技術の上に、楽器を分解してその構造を知り、電気配線の知識を得ればよい。基礎知識としては、「物理」をかじって電気の知識をつければよい。
そして、実際に試作して、「有名」ミュージシャンに贈ればよい。気に入ったら使ってもらえるだろう。それが評判になれば依頼も来るだろう。職人として成り立てば、何も学校で教える者などいない。一流の家具職人がそうだろう。また、家具職人なら、楽器制作の仕事がなくてもつぶしは利く。
今やもう、横文字の職業のオンパレードの専門学校が乱立し、若者を餌食(えじき)として奪い合っている。彼等の中には、業界とは何のコネクションも実際にはない学校もある。だから講師をしているのである。(講師自身が何のコネクションもない)
私がもし、こうした学校を考えるとしたら、何をするか。例えば、ライブハウスが乱立している、という情報を得るとする。
そこで私は、ライブハウスに人材を送るためのスタッフを養成する学校を設立する。フロア.ゼネラル.マネージャー科(店長)、フロア.メンテナンス.デザイナー科(掃除人)、ライティングクリエイター(証明係り)、ボトル.オープナー科(ビール、ソフトドリンクの栓抜き係り)と言った具合だ。当然、私は、どこのライブハウスとも何のコネクションもない、とする。勝手に始めたのだ。
だから、そこを卒業しても、後は、自分で電話帳を調べ、「仕事ないですか?」と就職活動をするわけだ。そして言うのだ。「ぼくは、ライブハウス専門学校を卒業した者ですが、、」と。経営者は、「はあ?とにかく今は、手一杯だからいい」とだけ伝える。
そこで、就職できない者が集まり、「どうだ?ライブ.ハウス.スタッフ養成学校を作らないか?」と相談するのだ。都心はダメだからもっと北か南なら、まだ生徒もいるだろう、、進出して行くのだ。
このシステムで、得したのは、誰だ?
私だけだ。
そうだ、これは、何の営業実体もない「ねずみ講」だ。
こうして、今、各種専門学校は成立している。その資格を得ても何の仕事もないのだ。宅建主任?情報処理?1級建築士?プロデューサー科?アレンジャー科?ミュージシャン科?CM制作科?コンピュータ.ミュージック科?etc...........etc..........
あまりの巨大な産業に、ここに秘かに書いておく。
まあ、バーテンダー協会がボランティアでやっているバーテンダー科というものでもあれば、それは、正解だろう。しかし、民間が高い月謝を取って、バーテンダー科という学校を設立し、卒業したら勝手に電話帳を調べて就職口を探しなさい、と言っていたらどうだろう?
それとまったく同じだ。
そんな所へ行かなくても、どっかの場末のバーで修行を始めればいい。
あるいは、自宅で作ってみて、あちこちの店へ行って、金を溜めて、自分の店を持てばいい。客が来るか来ないは別にして。
大学の英文科や経済学部と似てるでしょ?な〜んの役にも立ってない人の方が大多数。音大も同じ。卒業してもまったく関係ない世界へと進むか、また音大の犠牲者となる者を「製造」して自分は生き残る。
こんな事をフロント画面で堂々と書くと、もう、ものすごい圧力でもって、またしても、「このサイトを読んではいけない」、となるからここに書く。
親戚、友人、知人に、そんな所へ行くものがいたら、まあ、この一文を読ませる事だ。しかし、否定ばかりではなく、そうじゃない方法も提示してはある。ただ、その方法は、権威主義で育った子供たちでは、実践するのは到底無理で、こんな厳しい道を通るくらいなら専門学校へ行くよ、という者ばかりだろう。
それは、広告、というものの力と、権威主義の教育を受けた、という、この時代に生まれた哀れな結末である。
この一文を読む事を拒否してもかまわない。そこを卒業して、何年かすれば、ああ、本当だったんだ、とわかるだろう。
私は、まあ、若い内は、失敗してもかまわないだろう、とは思ってはいるが、これも22才までだ。それ以降から、またさらにこうした学校へ通ってしまっては、ますますその無力感は増大する。ただ、惜しいのは、その高額な金銭をもっと有効に使えなかったか、という事だ。
これは、まさしく「ねずみ講式」教育産業だ。私は、楽器が上手くなれば仕事がある、などとは言ってはいない。むしろ逆である。
私が言っているのは、楽器が上手くなりたいか、って事だけだ。
以上、とても大きな声では言えない事ばかりである。敵があまりにも巨大すぎであり、職種も無限に近いからである。高校を卒業する若者が、親を説得して、この手の大手の専門学校へ行く。
親は、さっぱり実体がわからないから、そんなにりっぱな「建物」なら、と大学の替わりに許可してしまう。エンジニア学校出たって修理ができないエンジニアの増産だ。
何でもそうだが、勝負は、それからだな。人間社会は、騙されて初めて、目覚めるってわけだ。私は、十分な情報を与えているつもりだ。
読まない奴が、悪い、と常に言っている。とりあえず、私は、忠告しておいたから、これからこの手の問題に何の同情も抱かなくなるだろう。
健闘を祈る。別に、あなたが、有望というわけではない。有望か有望じゃないかって、大体、中学生あたりでわかるんじゃないか?
まあ、ともかく、専門学校でも卒業してからまたの御来店を。その時は、あなたも「ねずみ講式」教育産業に加わっているのだろうか?
やがて、「ラップ科」も生まれるだろう。かつて「ブルース科」「ロック科」が誕生したように、そこに何の違和感も抱かない連中が群がるであろう。(ジャズは、複雑に学問化してしまっている)
日本のフリージャズって、国立の音大出身者が多いんだ。長い間、騙されていた、怨念からなんだよ。知らなかったって?本人も知らないんだもん。あそこへ行ったから、そうなった、ではないんだ。長い間、騙されていたって怨念からなんだよ。だから、理性を拒否するんだよ。もう理性はいい!って言って。理性をもってしても騙されてた過去の自分を消したいんだ。だから、極端に理性を否定する演奏をするわけだ。
以上、質問があるので、一応述べておく。どうしても行きたいなら行けばよい。その真偽は、卒業してから判断すればよい。それから人生をやり直せばよい。本当の実力をつけるには、何もかも一からのスタートでは、あるが、もう少し早くで気づいてほしかった、と毎年思うのである。昨今の主婦、子供間にまで拡がっている空手ブームも同じ。黒帯になったからと言ってもも実際に強いわけではない。火の出るような闘争心のかたまりの前には、ただただおびえて立ちすくすだけである。
また、これは、国内に限らない。海外まで行って、何の役にも立たないのだ。掃いて捨てるほど、その残骸が増産されているのが現状だ。これも命名した「ねずみ講式」教育産業たる由縁である。フロント画面に出せないのが残念である。この一文に出会わなかった事は、日々の傲慢な権威主義を信奉した暮しへの罰(ばち)で、職務怠慢な守護霊が憑いていたのだ、と後年気づいて人生をやり直してほしい。
追記:とにかく、こうした学校出身者で、希望の職種についている者の就職率は、0,000001パーセントくらいではないか?(ほとんど聞いた事がない)。学校卒業者として鳴り物入りで就職したとしても、すぐに、その技量の悪さは評判になり、相手にされない。しかし、実力の有無を問わず、勝手に始めれば、100パーセントに近い。ただし、この次は、失業率に貢献する事となるが、「まずい店ほど潰れない、の法則」で、意外に続いているのが現状だ。
念のため、付記しておくがこの例外もある。しかし、1000人の卒業生がいたとしたら、その内の1人くらいだろう。問題は、こうした業種に誰でもいとも簡単にありつける、と「宣伝」している「ねずみ講」側にある。そして、騙された者が、また、「ねずみ講式」専門学校を主催して、既に廃れた業種に「権威」を与えているのだ。「***の助手の助手の助手の助手を養成する学校」の類である。本当に、繁栄している職種は、命にかかわる事でなければ、学校などない。あるとすればギルド(同業者組合)化された組織の下、統一したメソッドで指導する機関のみである。そしてある一定の修業を終え、すぐに「現場の実習」である。
世の中は、すべて、コネクションであり、最低限の実力さえあれば、後は、どんな人と知り合うか、である。人気バンドのメンバーを見れば理解できるだろう。実力ではない。人間関係である。つまり、これらの業種の大半は、実力社会ではない、という事である。
PS:
調子に乗って「あずみ」を21巻まで読んでしまった。あと5巻しかない。
秋になると、どうも暴露づいてしまうのだろうか。私が、簡単に何でも暴露していると思ってはいけない。それぞれ何年も経っていて、別に、もう何の縁もないな、と思う場合である。
実際、こうして「ジャズ」という音楽を教えて日々の生活の足しにしているのは心苦しいと感じる事がある。私からジャズを習った生徒を不幸にしてはいけない。しかし、これはあくまでも進化度50パーセント以上の生徒の事である。10パーセント以下は、人間修行がまず先である。案の定、人間も既に終っているから私の責任は一切ない。他の教師に譲る。おまえのせいだ。
そこで、何年も思考する。果たして、何のために今、ジャズを学ぶべきなのか、、と。
もちろん、「習いたいから」という生徒はそれで十分な理由になる。
しかし、こうした生徒を待っていては、商売は繁盛しない。広告、というものがある。さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、どう?ジャズやってみない、お兄さん?といった口上を述べる前に、なぜ、今時、ジャズなのか、という大義名分が見当たらないのだ。
そうして長年思考した結果、生まれたのが、私は、アドリブができる事は、かっこいい、と思う、という一言である。
これ以外は、どうも胡散(うさん)臭い。どっちみち営利目的の商売でしかない。
これは、どうも、スワヒリ語(アフリカ)とまではいかなくとも、タガログ語(フィリピン)を学ぶ意義を証明するようなものではないか、と思ったりする。
また、「古典芸能」として教えて、自分で自分の首を絞めるような事をしても意味がない。一日も早くウエス.モンゴメリーのように弾いてくれ、という事を伝えて何の意味がある。印税の5パーセントが入るわけでもない。また、披露されても聴く気もしない。本物のCDを聴いていた方が耳も悪くならずマシである。
こうした事を、考えていると、次から次へと、夢一杯に、音楽専門学校へ通って一人前の業界人となりたい、と学校案内のパンフレットを抱えて語る十代が哀れであるが、自業自得だとも思う。
私が学校へ行ったのは、そんな感覚ではない。とにかく音楽を学びたかっただけだ。上手くなりたかっただけである。
しかし、近年の者は違う。自分で夏休みにでもギターを制作しようと思った事もない中学、高校時代を送った者が、楽器制作者となりたいだとか、楽器も弾けない、自宅録音マニアでもない者が、高校卒業と同時にミキサーに憧れては、高額な学校を選び出して親を説得する。
ないのだよ!仕事なんか、まったくないんだよ!ないから教育産業で食べていく方法しか見当たらないんだよ。
後進の指導なんてのは嘘っぱちだ。誰も、教えている講師の活動なんかに興味もない若者がうじゃうじゃ集まって明日のスターを夢見ているのが現状だ。私が学んでいる時代も、誰一人、講師の活動には、関心すらなかった。CDの一枚も持ってやしなかった。そんな連中に対して、ミュージシャンである講師たちが愛情なんか抱くわけがない。卒業すれば、ハイ、バイバーイの稼業でしかない。ともに、打算の契約で成立している関係でしかない。どこの学校も似たようなものだ。
この地にも、近年、ミキサー学校やら、ボーカル.スクールが進出して来た。録音なんか経験した事のない者が、講師として、生徒を教える。コマーシャル科だってある。そこの講師連合もまた、誰も実際にプロとして制作していていない。もう、末期状態だ。
幼児天才教育でならした「ヤマハ」は、この不況対策に、「音楽指導者検定」みたいなランク級を発明し、これを普及させ、権威化しようと宣伝している。その内容は、今の所不明なので何とも言えない。まさか、絶対音感教育で製造した少年少女を1級ランクに位置させ、壮大な教育システムを作り上げようとしているのであろうか。
そしてこの検定を文化庁に認定させ、学校教育を牛耳り、権威化する、という計画か。なんでもよいが、その指導者は、誰なんだ。英語圏のネイティブ.からも馬鹿にされている英検教育システムでもあるまい。(むつかしすぎて自分たちでもできない問題ばかりだからである。)
PS:大検(大学入学資格検定試験?)廃止
大検(大学入学資格検定試験?)が廃止になるという。近年は、年に2回もテストが実施された。(昔は、年に1度だけだった。95年あたりまで。それで何十年も通していた。)大検を廃止して、大学の入学試験を直接受けられるようにする、という。
これにより「高校と同程度の能力」という資格がなくなり、とにかく、みんな大学へ入学しなくてはいけない、と国家が決定するらしい。
何と卑怯な小子化対策の大学保護計画だろう。完全なる予備校-大学-官僚の「密約」だ。
これにより高校中退者は、必ず、大学へ入学して資格を得なくてはいけなくなった。何を学びに行くのだろう。高校の資格だけで十分である、という者もいるだろう。後は、独自の勉強をしたい、という者である。これで、大学へ行きたくない者は、みんな高校中退者のままになる。
英文科も出ず、法学部を出て、有名な英語学者となった者もいる。文学部から、弁護士になった者もいる。果ては、中学しか出ていないにもかかわらず弁護士になった者もいる。みんな独学という事になる。まったく不可解な「時間稼ぎ教育システム」である。
大学時代、趣味でパソコンをいじっていたら就職に役に立った、という者は多い。
流行りの歌手を目指して、親を納得させるためのワンクッションとして音大へ行ったら「オペラの歴史」の授業を受けさせられた、という者もいる。今や、最も無教養なクラシック阿呆が「オペラ」だけは得意気に語る。
みんな、「現代」という時代に、何を教えてよいか、わからないまま、とにかく何年分かの授業課題を「権威化」して教えているのである。
どう考えても、今や、教育界は、「ねずみ講」と変わりなし。
だから言ったではないか!
「建物」で選ばず、人間で選べ!と。
誰が教えているかもわからず、通うから、何の役にも立たない知識を教え込まれ、卒業させられるのだ。
本屋でも図書館でもいいから、新書版ってあるだろ?
あれを片っ端から読んで、どこの先生がいいかよく吟味して、感銘を受けた先生のいる大学を選べば、誰だって有意義な勉強はできるってもんだよ。
物事を学ぶ基本中の基本ではないか?
前々から気になっていて、いつか調べようと思っていた、3曲のCMの歌い手をインターネットで調べて見た。1曲目は、「NTTデータ」のCM。いかにも日本調の鼻歌を何やら微妙にモダンに唄っているものだ。
検索して見ると以下のサイトが出た。
試聴して、ああ、これだ、これだ、この、無伴奏で唄っている曲だ、とちゃんと探り当てた事にうれしくなった。これは、「おおたか.静流(しずる)」という女性アーティストが自作自演している唄である事がわかった。それで、今度は、「おおたか静流」を検索したら、以下の彼女の公式サイトが出た。
http://cyberark.co.jp/sizzle/index.html
以下のような私的な応援サイトもあった。こちらで交流アーティスト関係がわかった。
http://www3.vc-net.ne.jp/~seagull/shizuru.html
なるほど、この人は、既に、裏の世界では、超有名アーティストで、既に様々なエスニック.ジャズ系の日本ミュージシャンとも共演を重ねているアーティストである事がわかった。私の勉強不足というよりも、いかに、私は音楽界に疎くなってしまったか、という事の証明だろう。
まあ、よい。外国に住んでいる、と思えばよい。彼女は、既に、何百というCMで貢献しているらしいから、それを見つけるのも楽しみだ、という。同業の楽器で、あまり、じゃまが入らないCDでも1枚手に入れたいものだ。どんな感じなのだろう。色々声を使い分ける、と言うが、、。とにかく、なんであれ、あのCMにはためいきが出た。まさに日本人として理想の歌唱法である。それに、実にモダンだ。
2曲目は、「亜麻色の髪の乙女」(すぎやまこういち作曲、橋本淳作詞)は、「島谷ひとみ」と判明したから、置いといて、、と。これも無伴奏版の唄のCDがほしい。これは、個人的な趣味だ。
最後は、去年から一体誰だろう、と気になっていたCM歌手。
調べて見ると「ネスカフェ.プレジデント」のコーヒーCMである事がわかった。当初から、山口百恵かなあ、それにしては、唄が上手すぎるなあ、と気になっていたが謎が溶けた。
http://jp.nescafe.com/tvcm/index.html
ちあきなおみ、と言えば、この間も「NHK歌謡コンサート:人生を唄う」で、3曲取り上げられていて、「喝采」を前川清が唄っていた。
よかった。ちゃんとどの曲も最後の歌詞まで唄わせていた。名前がわからない女性演歌歌手が唄った「紅とんぼ」の詞もよかった。ちあきなおみ本人でのオリジナルを聴いた事がない。当時、私は、何を聴いていたのだろう、と振り返る。
改めて、「喝采」(作 詞・吉田旺(よしだ.おう)、作曲・中村泰士)を聴くと吉田旺の詞の世界、参分劇(さんぷんどらま)という意味がよくわかった。
この曲は、美輪明宏氏なんかも唄っているようだ。そういえば日本版のシャンソン風だ。
夫の死とともに、もう引退してしまった「ちあきなおみ」の応援サイトは、以下だ。
http://www.ac.wakwak.com/~kazu1970/chiaki_top.html
喝采の詞の世界は、夫の死、以後なのか、と思っていたらずいぶんと前だった。ちあきなおみのCDもほしいな、と思った。テレビで初めて遭遇した子供の頃から、彼女のパフォーマンスは、迫力があった。ただ、ただ、あっけに取られてテレビを見ていた。大人になってようやく、その凄さがわかった。
とりあえず、今年、気になったCM歌手は、この3人だ。
何を優先して買うか、、と言えば、う〜む、島谷ひとみ!って言ったら怒られるだろうか、、、、。
3人とも、霊感たっぷりだ。つまり私の言う「霊感奏法」だ。これは、その歌手版だから「霊感唱法」ってわけだ。
今日は、検索して、ちょっと「お勉強」になった。
PS:
今日は、また、私の「The Old Songs」を購入した大阪の女性から感想の言葉に替えて、絵のスケッチが添付されて来たので、しばらく購入者に紹介しなかった「ライナーノーツ」サイトを教えて上げた。第1集と第2集を今度は注文。また、通信講座を受けたい、というメールもあった。
メールが来た事をいちいち日記に書いては切りがないので普段は書かないのだが、告知と広告の意味もある。
ちょっと、見知らぬ所で昼食を取ろうと思い、前からどうしようか迷っていたマンガ喫茶に入った。「24時間営業」とあるので、賭博ゲーム機がずらっと設置されている所ではないか、と思っていたのだ。まあ、外から中が少し見える窓もあるので、入って見る事にした。(この手の店は、ほとんど光りが差し込まない密閉状態だからだ)
入店して驚いた。かなり大きめの店内だ。マンガもかなり大きさ分にある。古ぼけてはいるが、以前は、病院か何かだったのだろうか、と思うほどだ。それにしては1階だけの造りだ。「若いおばさん」たちでやっている。カツ丼を食べる。まあまあ、美味しい。肉は悪い安肉だ。ドリンク付きじゃない¥750。
一通り、新聞を読んだ後、ざっとマンガを見渡したら、少々、古い。しょうがないから「美味しんぼ」でも、と思ったら、60巻くらいまでしかない。「あずみ」もあったが19巻まで。
困った、何を読もうか、、と本棚を見渡していると、永井豪のあまりよく知らない「デビルマンレディ」が、12巻まであった。デビルマンとどう違うのだろう、、、と読む事にした。
私のマンガの読み方は、そのマンガが面白ければ面白いほど、ページをめくるのが速い。「ページ毎に匂いを嗅いでいる程度」と言ってもいいくらいだ。あるいは、スパイが小型カメラでページを写す、、といった感じだ。
それにしてもまあ、「永井豪」は、相変わらず、壮大なテーマを扱っている。今の宗教問題にも通じるテーマもあったりする。「ダンテの神曲」だ。グノーシス思想まで出て来る。私は大昔「手天童子」を読んで、これほど凄いマンガがあるか!と思ったものだ。民俗学と精神分析の融合だ。
まあ、「手塚治虫」に一番近い、漫画家は、今から30年くらい前?に「ハレンチ学園」で有名になった永井豪だろう。マンガ家、という点では、手塚を超えている、と思う面もある。
よくもまあ、これだけ低俗、お下劣、高尚、エロス、タブー、が混然と放り込まれているマンガ家もいない。本宮ひろし、ですら永井豪に比べると、「マンガ家」ではない、ような気がしてくる。
とにかく主人公がこれほど「普遍」な事で「悩み、葛藤」するマンガもない。主人公が悩み葛藤する、という点では梶原一騎の「巨人の星」の星飛雄馬もいるが、飛雄馬の場合は、基本的には、個人的な問題だ。
残忍性は、梶原一騎すら超える所がある。「バイオレンスジャック」の事だ。「人