友寄隆哉のジャズはなぜ死んだか? ジャズから見る文化論
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2002年6月9日(日)より
36:国内での口撃テロ(15:番外アメリカ.テロ事件あれこれの考察日記 )
DVDデッキを購入する前に、私の映像DVDを手に入れた通信生の元ポピュラー.ピアノ講師の女性からメールが来た。サイトの文章に出会い、年月を経て初めて映像で「私」を見た。
(註:通信生は、「私」を見た事がない!個人レッスン生の中には、「ジャズ.ピアノ」を教えている女性もいるが、、、。もちろん、、県産の者ではない。東京都出身である。都内のジャズ学校での修行10年。最近は、よほどのレベルでないと教えない「作曲」を教えている。楽器を弾く気のない者には、作曲は、一切教える気はない。)
本人の許可を取って全文掲載。私は商人でもあるからだ。
『友寄さん、こんばんは。
昨日(4日)、第5回目の月謝を銀行に振込みしましたので、ご確認お願いします。
さて、とうとうあのDVDを見てしまいました!
一言で言うと、とにかく、かっこよかったです!!
実は見たのは今日とか昨日ではなく、もう少し前になるんですが・・あまりにも衝撃的で、何という感想を送っていいのか混乱していました。
私はいつでも素直に直感的に感じたことを大切にしています。
だから、もし少し気に入らないと感じたりしても、それはその時の気持ちなので認めようと思っています。でも友寄さんは私の先生でもありますから、何か無理に良いように感じようとしていないか自分で注意していました。わざと思考を遅らせて、何度かDVDを見ながら冷静に考えるようにしていました。
それでもいくら考えてもやっぱり同じ感想しか思い浮かばなかったのです。
まず、結婚式余興のを見ました。
かなり凄かったです!
これは、普通の結婚式ですよね?
なんか後ろで子供の泣き声とか聞こえましたが・・・。
結婚式なのに普通の演奏をしていない、というのは気持ちいいです。
私も結婚式をするならああいう余興がいいですね。
普通の撮影をしているからか、かえって生々しい感じがします。
普通に撮っているんでしょうけど・・とても迫ってくるものがあるんです。
これは途中で休憩とかせずに一気に見ないとだめだと思いました。
他の人の感想にもありましたが、確かに見るほうも気合が必要でした。
ヘッドホンで大きめの音で聴いていると、とても良い感じで頭がとろけそうになります。
CDだけで聴いているのとはまた違ってて、凄みがあります。
マニアックな映画の一部のようにも思えました。
その後見たオーケストラの映像ではまた別人のように感じました。
これは他の人と明らかに違うオーラがあって驚きました。
友寄さんの所だけ、はめ込み合成のようで何か時空が歪んでいて、違う空間のようです。
一瞬、こういう人は大昔からどんな時代にも同じような風貌で存在していてもおかしくない、とか思ってしまいました。
そう考えると最後のセッションライブの映像は一番、違和感が無いようにも見えましたが、これもこれでまた別人のようです。演奏で、口琴のような楽器と絡んでいるのが特に面白かったです。
それにしても友寄さんはこれらの映像では随分お若いのに、すごく堂々とされてますね。
私がサイトを読み始めた頃、なんとなく想像していた人物像とほとんど同じでした。
今はもう少し老けられてますかね・・(笑)
確かに怖い感じはありますが、そんなに見ていて気分が悪くなるような醜悪な感じには思えませんでした。潔いからでしょうか。
この映像では私と変わらないぐらいの歳ですよね・・。
それにしては妙な色気と危険な感じもありますね!
「この人が私の先生です」と公言しては、両親や親戚から反対されそうな・・・。
そういえば私は今まで友寄さんは、ものすごく努力をしてきた人だというイメージがありました。
だけどDVDを見たら、単に努力だけの人ではなく、なんだか元々、魂の質が違う人ではないかと思ってしまいました。
教師というイメージからも外れています。
でも私は友寄さんのような人だからこそ習う価値があると思っています。だからDVDを見てとても安心しました。
この映像はもっと女の人に広めてもいいのではないでしょうか?
わかる人はわかるし、かっこいいと思うはずですよ〜。
でも、もしかして私が変わっているだけかも知れませんが(笑)
本当に貴重なものを譲って下さってありがとうございました。
なんだか、メールするのも恐れ多くて緊張します。
ではまた課題提出に向けて頑張ります。』
映像は、1988年頃のものだ。だから、え〜と、計算機で確かめると、28才から29才になる年である。
20代ってのは、誰にでもある。
どんな世代に突入しようが、ああ、生きてたんだなあ、と思える「過去」を作りたいなあ、と思う。
(註:DVD映像は、全CD購入者などを対象に限定提供)
後記:
今日の「(黒柳)徹子の部屋」は、ジャズピアニストの小曽根真(オゾネ.マコト)がゲストだ。クラシック部門のグラミー賞を、あの、作曲家兼指揮者兼ジャズピアニストの、(たぶん、、キース.ジャレットに、あの「ジャズピアノ演奏スタイル」で、、、、嫌われている、)「アンドレ.プレビン」と争って負けた、、という話しをしていた。稽古の時間が来たので、途中で、中座して切り上げた。
小曽根とヴァイブのゲーリー.バートンの二人で作ったアルバムが、クラシック寄りだった、、というのでのノミネートだった、という。
また、アニメ「どらえもん」の主題歌をジャズ風にと依頼され、悩みに悩み抜いて、断ろうか、、と何度も考えてジャズ風な曲にした、、と言うので、聴いた。
私は、あの「銭形(ぜにがた)平次(へいじ)」の主題歌を、ギタートリオで、客のリクエストを宿題として、次のライブで披露した事がある。
小曽根は、いわば、「天才」で、、「女」は、小曽根のピアノしか聴かなかった。
あの歳で、「小曽根」になるのは、毎晩いびられている駆け出しの「男たち」には、到底、無理な話しだった。
24才の頃。
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速弾きロック.ギタリスト大好き、という十代から、これでいいのか、、と質問が来た。
日記でコメントしよう、と先延ばしして数日が経ったので、ちょっと触れる。
質問:
『少し今のロックシーンについて一般論を語らせて下さい。
例え返信は下さらなくて結構ですので。「ふ〜ん」ってな感じで。
丁度僕がこの世に生を授かった頃、、、
ロックギター界ではポール・ギルバートやイングヴェイ・モルムスティーンがチェロやバイオリンと言ったクラシックの世界から当時のロックギターでは考えられなかった高速リードを持ち込んで一大旋風を巻き起こしていた訳です。
俗にそのスタイルの音楽は“ネオクラシック”と呼ばれています。
(米国でその言葉を聞いた事は一度も有りませんが)
それはそれで良かったのですがその時からでしょうか、
それまで以上に速弾きが日本人の心を捉えて放さなくなったのは、、、
速弾きって中々聴き応えがありますがそれ以上に「うわ、スゲェ、こんな風には逆立ちしたって弾けないなぁ」と言う一種の敗北感のようなものもありますよね。
そんで、中には 「負けてタマルかこの野郎!」とばかりそれ以上の速弾きにチャレンジする人も出てくる訳で、、、
(ヨーロッパでは生れ付きのセンスで自然とその道に入っていく人も居るのでしょうが)
今ではスッカリ「速弾き出来ないギタリストはギタリストに非ず」な認識が定着してしまいました。
飽くまで日本国内、それもギター小僧の間だけでですけど(笑)。
そんなギター小僧達に認められる為にはまず超絶ソロを弾けるようにならねばなりません。
何故にここまで僕が速弾きに拘るか?
それは何を隠そう、僕も「負けてタマルか」派の一人だからです。
K.S氏のHPにある音源を聴けば分るようにもう「ズドドドドド、、、」と雪崩のような凄まじいリードです。
何だか「真似出来るモンなら真似して見せやがれ」と叫ぶ声まで聞こえて来そうです。
(K.S氏はLAの有名音楽学校に留学されていて様々な音楽スタイルを吸収していると思います)
とにかく速弾きには全てのロックギター小僧が悪戦苦闘しているのです。
結局日本では誰もがブッ飛ぶ速弾きが出来ないロックギタリストは売れないのでしょうかね?
売れないと言うかギター小僧に認知されないと言うか、、、
最近では「速弾きも凄いのに音楽センスも凄い」と言った人達が人気有ります。
言い方を変えれば「速く弾ける事がまず大前提だよ」ですけど。
ジャズではどうなのでしょう?
まぁ、何にしろ強烈なカリスマ性や極上ルックスを持っていれば関係無いのでしょうが。
今の米国ではテクニックはそんなにーと言った感じですがルックスのハードルは日本以上に高い気が、、、(当たり前ですけど)。
その他に曲から来る威圧感や攻撃性に開放感、爽快感、または分り易さ等々、、、とにかく何時でも若者受けする曲を作れるアーティストが売れるのでしょうね。
何故かラップで売れる人はバカみたいに売れるのですが僕には何が良いのかよく分りません。やっぱ慣れでしょうか。』
以上、質問メール。
友寄コメント:
速弾きギタリスト、、に憧れるってわけだろ。そりゃあ、十代、二十代では、仕方のない事ではないかなあ。暴走族の若者だってスピード狂だろ。それに、若者に限らず、人類は、スピードへの挑戦を続けてる。
100メートルの短距離レースに人類が抱く期待は大きいよね。もう、それは古代オリンピックの時代からみんな「スピード好き」なんじゃない。
超絶技巧に対する憧れ、、だよね。クラシックでもそういう分野がある。インターネットだって、今は、光ファイバーの時代でしょ。だからまあ、スピード狂ってのは、健全な反応なんじゃない。でもこの場合、「超絶技巧=スピード」っていう固定観念もある。
まるで、それ以外の技術の修得は、大した事ではない、、て言うね。
弁護士とか、まあ、そうした志望系の者ってヘビメタが好きだよね。速弾き好きな種族だな。これも。
でも、どうかな、、他の楽器の人や、楽器をやってない人も、速弾きギタリストが好きなのかなあ。
ぼくは別に、速弾きピアニストが一番好きってわけじゃないし。
まあ、「見せ物」として、超絶技巧は、一応、「サーカス芸」となるから、お金は、取れる。作曲家のシェーンベルクなら「軽業師(かるわざし)芸」と言うだろう。それに、新しい、1番が現れると、常に、2番はいらないって世界だろ。あっと言う間に、ポイされるわけだ。
でも、速弾きギタリスト好きな女性ファンは、多いのかなあ。多かったにしても、たまたまルックスが良かったってだけじゃないの。
キムタク(木村拓哉?)が、めちゃくちゃ遅く弾いても女性ファンは付くんじゃないのかな。だから、キムタクは別に速く弾かなくてもいいわけだ。女性ファンを獲得するためにはね。あくまでも、、、。
まあ、ルックスがいいにしても最低限のギター演奏しなきゃCDは売れないけどね。
ヨッちゃん(野村義男?)は、どうかな。ライトハンド奏法とか速弾きじゃないのかなあ。
えっ、別に、女性ファンは、欲しくないって?
そんじゃあ、男ばっかりに好かれるってぇわけか。会場も楽屋も男ばっかし、、なのか。「横浜銀蝿」みたいになるかもな。う〜む、、、、。
そう言えば、将棋にも早指しってのがある。あんまり考える時間がないんだ。
早口言葉ってのもある。あれも自慢する人がいる。
つまり、速く何かをするって事は、あらかじめやるべき事が決っているってのが、最大の条件だ。何をやるべきか、、なんて考えていては、速くはできないわけだ。
だから、大体が、既存のものを誰が一番速く終らせるかってのが、大前提になる。
タモリの正午の番組「笑っていいとも」の最後に出演者全員でやるゲームの「タモリンピック」も大体、それが前提で競っている。
100メートル走にしても、とにかく、どこを走るかってのが、あらかじめ決っているわけだ。
速さ、、を競うものは、これが条件だ。何をするかってのが決っているって事だ。左手にお箸を持って、豆をザルにどれくらい入れるかって勝負もある。
誰が一番早く出世するか?ってのもそのレールがあらかじめ決っているから競えるわけだ。お決まりのコースがあるってわけだ。
ある料理のレシピがあって、それを作るってのも競争になる。
だけど、なんでもいいから誰も知らない、オリジナルなおいしい料理を作るって競争は、どうか?
いくら時間をかけてもよい、、としたらどうか。
そんな料理を100品用意してくれって勝負はどうか。
まあ、これが、漠然としていたら、1週間以内に、1品ってのはどうか。
これは、料理を作り出す前に、とにかく考えなくてはいけない。考えた後なら、後は、簡単だろう。
そういう感じじゃないかな。速弾き勝負って。だから、この手のギタリストは、クラシック音楽まで、取り上げ、いかに、これを速く弾くかって事もよくやっている。
彼は、色んなスタイルもこなせる、、て言うけど、こなせたら披露するはずさ。
こうした発言には、クラシック.ピアノが弾ける人は、ジャズも簡単にやれるって信じている者と似たような視点がある。
ジャズは、ハーモニーの変化を楽しむ音楽でもある。ロックの神は、一つにするってのが、大体の基本ではある。
この場合、神と言うのは、「調性」の事だ。一つのキーの中で、あらかじめ決った手法で、速弾き勝負をしている感じがある。テンポも大体、なじみのテンポ、トントントン、、と「120」あたりだ。時計は、1分間では、「60」だ。その倍数あたりだから、人間には、なじみがある。
例えば、速弾きに似た、「速唄い」ってのがあったらどうか。
実際、ある。カントリーソングなんかにもある。ヨーデルなんかもこの類だ。まるで、市場での「セリ」を見ている感じだ。早口で、値段をまくしたてる。
バイク.レースだって、スピード競争だけではない。モトクロスもある。野や山やあらゆる段差を上手く切り抜けるわけだ。あれは、基本的に、何が、目前に待っているか、なかなかやってみないとわからないコースに溢れているわけだ。それが好きだって奴もいる。
世の中には、先が見える事が好きな人とそうでない人がいる。
先が見える事は、一生懸命にがんばって、なるべく最短で達成する事ができる。これは、努力にもかかわっている。ニューヨーク.ヤンキースに入団した松井選手は、「努力するのも、才能である」と言うような言葉が好きだ、と言っている。父親か、高校の先生からか、教えてもらった、と言う。高校生の頃、紙に書いて部屋にも貼っていたらしい。(テレビで、実際の実家の部屋も見た。)
もし、徹底してのスピード狂がいたら、、どうか。
早寝、早**、早指し、、、、速読、、、。オリンピックも、スピードものしか興味がない。裏を返せば、スピードを競わないものは、つまらない、、と言うわけだ。
もちろん、速く弾けるにこした事はないが、そんな事ばかりに夢中になっていると、なんだか、色んな世界の技を身につけるチャンスを逃す気がするなあ。
キャベツの千切り競争に人生を費やす料理人志望、、かなあ。
「競争」というのは、こんな具合に、他方で、何か、もっともっと多くの何かを修得する事のチャンスを失ってしまう危険性がある。
もし、貴重な人生をだよ、この一つの競争に捕われて、結局、1番になれず、2番、3番、、となり、終いには、還暦になって、100人の天才少年に抜かれてしまい、100番になったとしたらどうか。
それは、非常に起こりうる。肉体は衰えるからね。まあ、常に、還暦になるまで、上位10番内をキープできるってんなら、この人は、そういう人生を歩めばいい。それはそれで、神から与えられた「素質」というものだろう。
ジャズでも、速さを競う曲ってのは、ある。テンポもガンガンに上げてね。
そればっかりを目指して、多くのものを失ったプレーヤーは、たくさんいる。
絶対、そうした「競争」には、乗るまい、、とそうしたスピード狂的な曲を拒否している一流プレーヤーも大勢いる。
絶対、手を出さない。それに関わると、多くの「感性」「技(わざ)」を失うって知っているわけだ。
スポーツ化するとね、多くの「技」が、消えてしまうわけだ。
「剣道」だって、いきなり足を斬っちゃいけないだろ。
口に毒針を含んで、いきなり目潰しもいけない。
だけど、強さ、、というのは、総合的なものだ。
色んな技を持っているから、これがダメなら、あれで、、あれがダメならこれで、、、となるわけだ。
だから、スポーツ的競争では、若い内しかやれないわけだ。
そうした、限定されたルールの中では、ぼくなんかは、しょっちゅうスタミナ切れで、中学生にも負けてしまうわけだ。
この間も負けたな。
でもまあ、それは、スポーツとして楽しんでいるわけだ。どれくらいスタミナがあるかって事が、面白いわけだ。でも、やっぱり、まったく動けないね。スタミナ切れ、、で。思わず、毒針でも使おうか、、と思ったりするわけだ。
早撃ちタイプ.ライターにしても同じ。ただ、言われた事をタイプするって競争では、勝てないわけだ。
そこへ、「内容」って要素も導入してくるわけだ。とにかく、「面白い話しを誰が一番速く書けるか、、」とかね。これだったら、人生をかけて、何とかいけるわけだ。どんなに遅くとも、「おもしろさ」が、スピードを100倍圧倒すればいいわけだ。
だから、言えるのは、サイトのどこかでも言っているように、「少数点と分数は、どちらが多いか」って事だ。
どちらも「無限」であるわけだ。
無限なのに、小数点を極めてから自分は分数に取りかかるって決めてしまう人がいるわけだ。
彼が、0.00000000000000000000000000000000000000000001234567....に取りかかった時に、「1分の1」から分数を始めては、もう、分数の気持ちを知る「感性」が衰えているわけだ。
だから、二つは、同時に始めて行かなくていけないわけだ。例え、0,000000000000123.....あたりで「還暦」を迎えても。
言わんとしている事がわかったかな。
音楽も、人間も、、「総合力」だと思う。
例え、神から選ばれしスピード狂でも、どっかで、その「競争」をリタイアする時期が来る、と言う事だ。それは、ある点で、「抜ける勇気」でもある。勇気には、「飛び込む勇気」と「抜ける勇気」がある。
音楽は、一つの時間芸術であるわけだ。
3分なら3分で、一体、どれくらいの「世界」を伝えたか、、にあるわけだ。
現実の世界の3分間は、大して面白くもなく過ぎ去るよね。
その3分間を、ある一つのルールでしか楽しめない、、としたら、なんだか、哀れではある。
おいしいものは、いっぱいあった方がいいのに、いつもファーストフードのハンバーグしか食わないってわけだ。
みんなが、みんな、列に並んで、それを待ってるってわけだ。
何時行っても、そこは、満席だ。
ぼくは、もっと優雅に暮したいね。
お気に入りの自分だけの居場所を見つけてね。
多からず、少なからずってのが、いいねぇ。
以下は、前回、4月11日の日記への返信メール。
『友寄さん、日記での返答どうもです。
E-メールアカウントが新しくなったのですが大丈夫ですかね?
ちゃんと読めますか?
来週は春休みで一週間休みです。
貯めるに貯めた(溜まるに溜まった?)学校の課題と精神的ストレスを発散したいですね。
何か既に言う事がオッサンですねー。
何にせよ今日は日曜でバイトがある筈だったのですが珍しく雨が降った為中止。
暇だったので祖母が「これが弾けたら一人前」と言う「禁じられた遊び」を暗譜してました。
これで僕も一人前です。
さて、速弾きの件、リクエストして置きながら何ですがイマイチでした。
前にサイトで仰っていた事とあまり変わりありませんでしたね。
まだ十数年前だったら友寄さんのご意見は新鮮だったかも知れません。
ただ、もう今は速弾きシーンが到来してから20年近く経っており、流石に「速ければそれで良い」と考えている人は少ないでしょう。
今は速さ+αが無ければ生き残れないと思います。「速弾き出来ぬギタリストに発言権無し」と言ったら言い過ぎでしょうが、、、
彼のサンタナも最近は元気が無いような、、、(気のせい?)
サンタナと言えば僕の学校にサンタナの甥が居ますが彼の演奏スタイル、本家サンタナにソックリです。ボーカルはポップなのですが、、、果たして!?
とにかく今は速さならアマチュア、セミプロの人でも凄い人は大勢居ますし。聴いていて速さ以外の面で「オッ!」と思えるところが無いと、、、
http://takajii2.hp.infoseek.co.jp/index.html
http://www.muzie.co.jp/cgi-bin/artist.cgi?id=a010046
それと速弾きだけしか聴けない、聴かないと言う人は中々居ないと思います。何にせよ何時でもバランスが大切なのですね。
友寄さんは総合力と仰っていましたね。
僕なんかはギターの先生より無機質な音を速く弾けますがそれだけですから。気合を入れて総合的にバランス良く音楽の霊感を高めて行きたいと思います。
因みにキムタクはシンガー(俳優?ダンサー?アイドル?)で(笑)
今はいくら速弾き系のギタリストはテンポも自由自在で(DreamTheater等が有名)
僕が初めて友寄さんの速弾き系ギタリスト批評の記事を読んだ時、「テンポは120辺り〜」と仰るのを読んで「ああ、この人は最近の音楽はあまり聴いていないんだな」と思いました。
早口を前面に押し出した曲も幾つか知っています(ラップ系)。
最後に誰かが「芸術は威嚇だ」と言っていましたが成る程、威嚇も立派に芸術の一面を示していると僕は納得しています。
明日はバイト、、、ですかね。
春休み中どうにか機材を買えるようにバイト尽くしで頑張ります。
あれ?さっきと言っている事が違う(笑)。
生活習慣が滅茶苦茶だ。
今日から直します!!
お粗末様でした。失礼します。』
後記:
日記への内容とは、無関係の近況報告は、感想部分ばかりではなく、メール主の人となりを紹介するため、中略なしで全文掲載。彼は、10代をめいっぱい真摯に「生きている」から、いい。その調子でがんばってもらいたい。
昔、テン.イヤーズ.アフター(TEN YEARS AFTER)のギタリスト、アルビン.リーは、ロック界最速の速弾きギタリストだった。
「クリーム」時代のエリック.クラプトンも、「速弾きギタリスト」だった。
今、聴いたらどうか?
ジミーヘンドリックスは、なぜか、速弾きギタリストではなかった。
ジャズ界では、ジョー.パスが最速で、ジム.ホールは、とにかく、速いテンポはやらなかった。速いテンポの曲に参加したセッションを聴いた事があるが、ジム.ホールの番になると「盛り下げて」いた。
ジャズ界で、ジョー.パスに続く速弾きギタリストは、ジョージ.ベンソンで、6連符を多用した。
これに、パット.マルティーノが、8分均一奏法で、対抗した。これをマイク.スターンが継承し、16分均一、めちゃ速いテンポで応用した。
私自身は、ジョン.マクラフリン、パコ.デ.ルシア参加のアルバム「スーパー.ギタートリオ.ライブ」等の速弾き合戦ライブで10代後半からアコ−スティック.ギターによる速弾きに熱中。
20代の後半頃、フランク.ギャンバレ(FRANK GAMBALE)のデビューアルバム、「FRANK GAMBALE LIVE!」(このCDも盗難に遭い、現在は手許にないためくわしい情報はここまで。)にて、日本人キーボード奏者で、後、マイルス.デイビスのバンドに参加した、ケイ赤城との壮絶バトルで、ギャンバレに熱中。教則ビデオを全部入手し、特訓に明け暮れる。奏法大改革に取り組んだ事がある。
しかし、当時は、ジャズ屋として、そうしたスタイルをストレートに出すような機会は、交流メンバーの関係で、不可能であり、また、ジャズ.スタンダードを弾く事にもロマンを見い出していた。
そんなわけで、毎日のアコ−スティック.ギター特訓で腱鞘炎になった。(現在は、大丈夫。)
というわけで、ジョン.マクラフリン、パコ.デ.ルシア、アル.ディ.メオラのトリオのアルバム、「スーパーギタートリオ、ライブ」と、フランク.ギャンバレのデビューアルバム「ライブ!.フランク.ギャンバレ」を創世記の速弾きギタリストを知るために入手して聴いてみたらよい。
(ギャンバレは、これ以外は、別に、聴かなくてもよい。この後のメジャーデビューアルバムでは、ボーカルまで担当している、、、、。彼は、複雑なハーモニーへの速弾きにいち早く、対応して見せ、ジョン.スコフィールド等の「ド肝(どぎも)」を抜いた。また、彼は、「速弾きなし」のブルース.フィーリング.スタイルでも勝負して見せた。しかし、同じく、何でもありの「ロベン.フォード」のブルース入魂スタイルにはおよばないが、、。)
「合わせ技」のトリッキーなバンドアレンジものは、プログレ系のロック(フォーカス、イエス、、etc......)や、チック.コリア(P)の、しつこい、これでもか、これでもか、の「合わせ技」バンドアレンジ、で、馴れている。
サンタナ、スティーブ.ルカサー、ジェフ.ベックの3人のギタリストによる、夢の競演とされた日本でのコンサート模様もFM放送の実況中継で車中で聴いた。(20年ほど前か?。)
スティーブ.ルカサーの、すべての曲での単調な速弾きによる応戦に対し、ジェフ.ベックの存在感ある種々の戦法が際立っていた。演奏後、それは、スティーブ自身もコメントしていた。サンタナも同様なコメントをベックに対して述べていた。彼と同じステージでやれた、という事だけで、光栄である、、と。
その後、イングウェイや、トニー.マカパイン、、も聴いた。
パット.メセニーが、ヘビメタのレコードを聴くと、あまりのバカテクに、落ち込んでしまう、、だけど、3曲ばかり聴くとうんざりして来る、と、15年以上も前にインタビューで答えていた事を思い出す。
やはり、人間界も動物界と同様に「テリトリー(領域)」がある。
そのテリトリーの範囲内で、「威嚇」が通用するか、しないか、、は、決定すると思う。
以上は、自分の音楽を語るのに、必要のない情報だ、と思うので、あまり話していない。
しかし、ギターを始めた頃は、速弾き、、からではない。当時は、とにかく「センス」「フィーリング」は、誰が一番あるか、、が勝負だった。主に「ブルース」だった。
また、リズム感、小節感覚、、というのは、意外に、「音を埋めない」方が、むつかしいので、初心者は、とりあえず、休まず、弾きっぱなしにしていなさい、、というアドバイスが有効だった。休符を中心にすると初心者は、すぐにリズムに乗れなくなり、小節も見失うからだ。
弾き続ける、、という事は、ある程度、肉体的な克服でもある。
余力があれば、そのエネルギーを廃れたジャズにも挑戦して披露して見せたらよい。
ジャズ界は、単純な、威嚇では、どうにもこうにも無反応な、リスナーに溢れている。
もちろん、当面の目標、「ギターキッズ」を納得させてからでよい。
しかし、何十年かかっても、彼等から、何の評価も受けなければ、ちょっと考えて見たらよい。
PS:
それにしても、、ああ、「バンド」やりてぇなあ。何でもありで。おっと、聴く奴がいねぇかあ。近所には、そんなメンバーもいねぇしなあ。自信があるなら、一緒にやりませんかあ、、て言って来ないか。もちろん、自分の演奏をちゃんと添えて!何度、催足しても、送って来ない者ばかりだ。
それだけ、エネルギーに溢れてる奴がいるなら拒む理由はどこにもないな。(ちゃんと技量がないとダメだけど、、。あれ?拒んだ事あるなあ。)。えッ!東京に来いって?や〜だ!衣食住の心配が先だなあ。毎日、マンガ喫茶で過ごしたいからな!自分だけのために、そんな苦労は、もうしないな。「仕事」がなきゃ、行かない。
君等の時代だ!
がんばれ!。
念のため、みんな、忘れていると思うので、言っておくと、このサイトは、営業サイトだよお〜。ミュージシャンが、「食う」ためにやってんだな。まず、とりあえず、うちの商品としてのCDを買ってもらい、楽器関係者なら通信生になりなさい、という広告だな。単発ではないメールのやりとりは、CD購入者を対象に続けている。
社長、自ら、優秀な人材を求めて闘っているわけだ。それもこれも、営業社員がいないからなんだ。悲しい事に、、、。
現在、音楽サイトは、もう十分に広告した、と思うから、更新する予定はない。古い看板の広告だと思えばよい。おそる、おそる、メールすると、まだ、やってたりする、あの店の感じだ。
後記2:
今回は、ギターキッズ界の現状の勉強になった。久しぶりに、練習でもするか。、、、、さて、、、、何を練習しよう、、、、やっぱり、、速弾き?
4月18日(金):完結、メール「速弾き」に答える。理論と実践。
えっ!まだ、続くの?、、とためいきをついている者もいよう。
しかし、この「速弾き」は、音楽ビジネスの分野では、御得意様、としてのギターキッズが、わんさか控えているらしい。ちょっとした「マーケット」でもあるようだ。
他の楽器、例えば、管楽器系では、「速吹き」と呼んでいる者もいたりする。これはあくまでも、ギターの「速弾き」からのパロディ語であろう。
かつて、マイルス.デイビス(tp)も、クリフォード.ブラウン(tp)の「速吹き」には、脱帽して、賞賛していたりする。自身も、長年、ディジー.ガレスピーの高音域集中速吹き、、の修得にこだわっていたりする。しかし、これは、ディジーの「もう、おまえは、オレのやり方をマスターしているから、自分のスタイルを作ったらいい」とアドバイスされている箇所が、「マイルス自叙伝」にはある。「おまえは、オレを中音域でものにしてるんだよ」と、ディジーを「親爺!」と呼ぶ、マイルスは、まるで、ディジースクー.ルの生徒であるかのように、「卒業」を告げられ、上機嫌である。
後年、マイルスは、まったく練習をしない、、という荒行を敢行し、晩年を迎えている。「音楽」への道を歩み始めたのだ。
これを、ハービー.ハンコック(p)にもアドバイスしているが、ハービーは、まったく練習しない日々を1年続けたが、以後は、怖くなってやめた、と言っている。
テクニシャン、という名声を得た者であれば、あるほど、「楽器上達」という事に囚われ、「音楽」から離れて行くものだ。行き過ぎるとそれは、「曲芸」となり、これもまた、マニアックな世界を作り出す。
マイルスの音楽が、様々な、職業、特に、他の芸術関係の者からも愛された理由がここにある。それに比べ、チャーリー.パーカー(as)は、48才あたりでジャズのとりことなった、映画、ミステリー評論家の故、植草甚一氏も、その音楽は、「よくわからない」と漏らしている。彼が愛したのは、バード(BIRD:チャーリー.パーカーの愛称)の普段のハチャメチャなエピソードと彼を認める周囲の状況を愛しているだけであった。しかし、その音楽は、よくわからなかった、、というのが本音である。当然、バードは、「速吹き」の王様である。
、、、などという、昔話しを思い出し、今回の返信メールに逐次返答して見よう。
時折、メールのやりとりを日記に掲載する理由は、返信に時間をかけ感想を述べ、これに意見を述べた、としても、先方が、「私は、そうは、思いません」と言う一言で、費やした時間が、すべて無駄になるからだ。
例え、先方が、そうは思わなくても、ひょっとしたら、「私もそう思います」あるいは、「大変、感動しました」という者も世の中には、何かといるだろう、、という判断の下である。
そうした反応によって、私の費やしたエネルギーも「救い」を見るからである。
また、今は、理解できなくとも、いずれ、特殊論と一般論との観点から、データとして取り出す事の違いも理解して行く事だろう、という判断からである。一般論からデータを提示し、これに特殊論から導き出したデータを反証として上げても両者は、噛み合わないからである。これは、単純な統計学の問題であるが、要は、どの世界の住人か、という事もある。
簡単に言えば、私が、「拾った財布を交番に届けない者ばかりだろう」、と言ったとしたら、そんな事はない、現に私と、私の知り合いは、届けるぞ、、と言うようなものだ。
私は、私自身の経験と今までの実状から述べているに過ぎないわけだ。
この場合、私の視点は、一般市民が対象であり、善良な少年少女、学生軍団を考慮に入れてはいない。私は、そうした「市民」との交流が豊富であるから、そうした発言をしてしまうのであろう。もちろん金額にもよるらしい。
そんな前置きは、置いといて、とりあえず、メールに逐次コメントで、答えるとしよう。
以下、メールとそのコメント
メール:『速弾き関しては、、、
十年程前に速弾きの熱狂はピークを迎えたとは言っても
コアなメタルファンの人達の間では依然として速弾きは健在で衰えるどころか逆にスピードアップしていたり(笑)。
前に何処かで16連符を見たような、、、ライトハンド奏法ですが。
それでも普通に12連符をガンガン弾く人も居たり。』
コメント1:(註:頭が痛くなりそうだったらここは、読まなくてもよい)
16連符は、4連符、つまり16分音符4個分(1拍分)の倍の8連符のそのまた倍だから、基本は、16分音符になる。これがちゃんと正確に出せる者が、テンポを2分の1にすれば、同じ「スピード」で、8連符取りになる。この場合、オモテ拍で4連符、ウラ拍で4連符、となる。そしてさらに、そのテンポを2分の1にして、オモテ拍で8連符、ウラ拍で8連符の16連符、、となる。
後は、そこから全体のテンポをアップして行き、そこそこ速い16連符、、となる。だから基本は、16分音符が弾ける、、というのが理屈だ。
例えば、テンポ120で16分音符が弾ける者が、その半分のテンポ60にして、スピード的には、オモテで4連符、ウラで4連符、合わせて、8連符が弾ける。それをさらにテンポ30にして、オモテで8連符、ウラで8連符で、合わせて16連符となる、、という理屈だ。
しかし、これは、譜面上のもので、実際に、16個の音を一固まりのフレーズとして捉えてはいない。細分化好きな西洋人ならなおさらだ。「ナマムギナマゴメナマタマゴ」の早口言葉であっても13連符だ。これに、「混ぜた(マゼタ)」の3語を加えてようやく16連符だ。「ナマムギナマゴメナマタマゴマゼタ」、、となる。
12連符も同様で、その半分が6連符、さらにその半分が3連符となる。これも同様な系列で、基本は、3連符が弾ける、と言う事が大切だ。
例えば、3連符を、メトロノーム、120のテンポで弾く奴がいるとする。
すると、彼は、その半分のテンポ、60で、まず、6連符が弾けるスピードを持っている。
そこで、さらに、そのテンポを半分にした、テンポ30では、彼は、12連符を弾けるように特訓する事が可能、、、ではある。後は、彼が、このテンポ30を少しづつ上げて行けばよい。
もちろん、こうした方法は、机上のもので、実際には、テンポを落とせば落とすほど、リズムの把握とテンポキープは、困難になる。
また、16連符弾きの演奏者が、どんなフレーズを弾くか、、は、問わない事にする。いずれにせよ「音楽」という観点からの発想ではない事は確かだ。
しかし、また、譜面上(コピー譜)に現れる連符が、果たして本当に連符か、、という問題もある。
コピー譜と呼ばれる譜面での「連符」は、一見、複雑なように見えるが、その1小節分を、2小節に、あるいは、4小節分に、、と拡大して記譜すれば、わりあい、簡単な譜面になる。これは、前述の連符攻略メソッドの逆を行なう事になる。
例えば、64分音符、、というのがあったとしても、これが、「物凄く速い音符」と言う事にはならないので注意。連符=速い、、という固定観念に過ぎない。
もしかしたら、物凄い、スローなテンポの1拍上の音符かもしれないからだ。
つまり、通常の4小節分の譜面を、1小節で書け、、となった場合、当然、こうした64分音符が出現する、、というわけだ。
実際に、奏者が2小節分の感覚で弾いたものが、譜面上、あるいは、曲の構造上、1小節、、として扱われていたりする。
奏者が、1小節内の8分音符1個分を「仮の1拍」、、と感じているとすれば、実際には、8拍分になるから、1小節を4拍と考えると、この1小節は、通常の2小節分と同じ感覚である。2小節分を2倍のテンポで弾いて、1小節分としているわけだ。
こうしたリズムの取り方は、ジャズのスローテンポのバラード.ソングなどでも活用されている。スローなテンポを、いかに細分化して感じるか、、という事が、コツとなる。
テンポが200、4分の4の曲で、4分音符が、4小節分並んでいたとしよう。
1小節内に4分音符が4個で、4小節あるから16個並ぶ。
これを1小節で書け、となると、テンポは200の、4分の1の50になり、1小節内に収められた音符は、16分音符が、16個並ぶ、、事になる。
この要領で、例えば、テンポ、100で、8分音符が4小節の間、ずっとキープされている場合、4小節分となると、8分音符が、32個となる。
これを1小節に納めるには、4分の1のテンポ25で、8分音符は、その4倍の32分音符となる。
32分音符となると、1拍分が8連符となる。これが4拍並んで、32個分である。
あまりにややこしいので、もう誰も読んでいないと思うが、わかりやすい、と思うので、さらにしつこく念を入れる。
さらに倍の64分音符だ。横旗が4本の音符だ。これは、1拍が、16連符となる。これが16連符だ。凄そうか?
これは、まず、テンポが、メトロノームで、120くらいで、16分音符が4小節分弾ければよい、、とすると、、、1小節に16分音符が16個で、4小節分となると、64個になる。
これを、120のテンポの4分の1のテンポ「30」にする。
この1小節分に、先の4小節分の16分音符、64個をスピードを落とさず記譜すると、1拍分で、16連符を当てないといけなくなる。4拍そろって64個の音になる。この1個分が、64分音符、、となる。
この30のテンポで、1拍分を2分割して捉え、それぞれオモテ拍で4連符、ウラ拍で、4連符(16分音符)を弾くつもりで弾けば1回分で8連符、それを2分割した分、もう一度弾けば、1拍が、16連符、、となる。
以上が、16連符、12連符の成立過程となる。
しかし、音楽、、の中には、4分音符、8分音符、16分音符、3連符のみを中心に、長い歴史を築いた音楽もある。ジャズもそのひとつだ。
だから、これらの「簡単」な音符では、一体、どれだけの演奏ができるか、という事も問われる。一般に、これを何億、というプレーヤーが競っている、と思ってもよい。こちらの方の競争の方が、実際には、はげしい。
実際、ギターのラリー.コリエルと初のアコ−スティック.バトルを(70年代後半あたりか、、、?)ライブ.アルバム「TWO
FOR THE ROAD」(?)にて「速弾き合戦」を繰り広げたスティーブ.カーンは、速弾きを以後止めて、8分音符と3連符のみを中心にジャズの世界で勝負している。テンポもミディアム程度で、めちゃくちゃ速い、というテンポは、拒否している感じがある。
私もジャズでは、4分音符、8分音符、あたりを中心にしている。これに、3連符系、16分音符系が入る程度である。稀に、奇妙な連符が出る程度だ。
これらを実際に、「スイング」させるのには、かなりの熟練がいるからである。
ラーメン、カレーライス、、にも様々な味がある、という事だ。見た目は、大して変わりはないが、、、。
メール:『今やプログレ系のバンドにも速弾きは大切なネタの一つであったり。
要は嘗てのブルースのようにロックの新しい要素であると言う事です。
もう速弾きに関してはこんなもんでしょうか、、、?
長くなりました。』
コメント2:
うむ。長い。
メタル少年の気持ちがわかったが、答えている内に、なんだか、音楽脳が、破壊された気がするのは、、錯覚か、、。六法全書を暗記できる気がして来たな、、。もちろん、、これも錯覚だろう。
メール:『バンドの事を仰っていましたが、、、
僕は友寄さんの演奏は例のCD5枚でしか知らない訳なんですが、もっと無いのですか?(笑)
僕が初めて友寄さんのCDを聴いた時(確かアコースティックトリオのヤツでした)
「パコだな」
とか思ったものですが(笑)結局友寄さんのイメージは固まりませんでした。
DVDはまだ観た事無いのですが、、、何時か友寄のお宅にお邪魔したら観せて貰えますかね?(笑)』
フフフ、、私は、川を流れる水のごとく、その形がない。入れられた容器の形に従って自らも変化するのだ。5枚くらいでは、その全貌は、表せないが、しかたない。しかし、ヘビメタ、、メタル、、は、、やらないと思う。理由は、ルックスにある。既に、最下位に位置していると思うからだ。これは、努力しても無理だからだな。「東洋のせむし男(放送禁止音:ピー)」というキャッチフレーズがついてしまう可能性大だ。
パコ(パコ.デ.ルシア:スペイン、フラメンコ.ギタリスト)と言うよりも〜、極東の「デコ.パルシア」と呼ばれるだろう。
また、お邪魔する頃には、私の住まいは、なくなっているだろう。
DVDは、一応、サービス商品だ。
これは、アイスクリーム屋に、今度、お宅へお邪魔してアイスクリームを舐めさせて下さい、、という風に聞こえる。
メール:『それにしても友寄さんのHPで一番時間が割かれていそうな日記が何故番最下層に、、、?』
コメント3:
日記は、誰にも読ませたくないからだな。本当は、誰も読んじゃいけないものなんだ。でたらめばかり言っているからな。それでいいなら読んだらいい。
コメント4:
メタルの話しは、メタリスト?にした方が実りあるのではないかな。早く、ジャズの世界にも入って来るとよい。私は、8分音符を中心に弾くが、いいかな。(いいとも〜!)「2連符ギタリスト」、、と呼んでくれ。
1小節を終えるのに4分くらいかかるテンポにして、100連符に挑戦してみよう!
ああ、忙しい。
4月21日(月):「速弾き」日記、感想返信メール1、PS:その他メール2
メール1:『(前略)、、、(中略)、、、、最後に、そもそも何故に僕が友寄さんに速弾きの事を語ったのか考えてみました。
結局は友寄さんがロック(メタル)の速弾きの聴かず嫌いだと思ったからなんですよ。
聴いても居ないのに批判するなんて友寄さんらしくないな、と。
出来れば現在の速弾き最前線を聴いてから語って貰いたかったですね、
って友寄さんが語っていたのはジャズ限定の速弾きだったのでしょうか、ちょっと分りません。
何にせよこの件、友寄さんのHPの何処かに既に書かれている事ばかりでしたよね?
デコ・パルシアも何処かで聞いた事有るし、、、デジャヴなのか只単にボケているのか、妙な歯痒さを感じながらポチッと送信します。』
返信(友寄):
そうだな。オレが惚けているかもな!。その過程を「実況」でワッチングしているかもな。
サイトのどっから読んでもわかるような話しにしてるんだな。そのために気に入ったフレーズは、普及させるために、何度も使っているんだな。サイトを全部読んだ人でも読んでなく、突然ここから入った人でもわかるようにな。全部読んでないとわからない内容では、新しい人は、わからないからな。マニアック過ぎて二人だけの「秘密な関係」になってしまうからな。「秘密な関係」は、特別な状況のために取っておいているんだな!
それじゃあ、現在の速弾きロックギタリストの上位10人のランキング表を作ってくれ。現在、誰もが認める「王様」は、誰なのか。10年前、20年前とどう変動したか知りたいな。みんなで現状の「お勉強」をしよう。テンポは、120ではなく、140くらいになっているかもしれないしな!。
よろしく。
PS:その他メール2「神の一音」
メール2:『最近 集英社週間ジャンプより連載中の囲碁漫画《ヒカルの碁》(コミック〜21巻現在)にハマってます。
毎日のガーデニングなど多忙な生活、存じておりやす。個人的に今年前半、おすすめの一つです。
囲碁の達人の達人が《神の一手》を追究する展開です。
音楽において《神の一音》とはあるのでしょうか?
↓
リーディングノートですか?』
コメント:
21巻もあるのか!よし、全巻置いてあるマンガ喫茶はないかな。
神の一音?
そうだなあ、今日の新聞の「神々たちの一音」のコーナーによると、今週は、獅子座が、Eの音で、乙女座が、Aの音らしいな。射手座は、Cの音を弾くと恋愛運がなくなるらしい。山羊座は、「メ〜」でいいらしい。Me、、、だな。これは、3度をフラットさせる、という意味だ。キーによってもコードによっても変る、との事だ。しかし、日本での話しだな。それも今週の一音だな。来週のは、新聞を見てみないとわからないな。人間では決められないらしい。新聞で毎週、発表されるんだな。でも「女性自身」という雑誌にもあるな。あれはでも、別の神らしいな。主婦向けの神らしい。
がんばってくれ。
4月22日(火):速弾きギタリストランキング。170万円のギター展示会
さっそくランキングのメールが届いたので、参考資料の方へ掲載しておく。
NEW:17才、高校生読者が選ぶ「超速弾き」ロック.ギタリスト.ランキング (執筆文整理整頓)
今日、なじみの楽器店から知らされていた、1週間ばかり展示される、という高級クラシック.ギター.フェア−の最終日に、時間を作り行ってみた。
本土からわざわざ担当の係員の女性が、4日間も滞在しての展示会だったらしい。
展示会と言っても、楽器店の一角に、高級ギターが10〜20本ばかり展示されているだけだ。クラシック.ギターということで、若者は、興味を示さず通り過ぎていた。
午後3時半頃かけつけたのだが、派遣された、担当の女性は、4時半には、飛行機で帰らなくてはいけない、との事だった。
試奏もOKという事なので、まず、進められた30万円の辻渡氏制作のギターを弾いて見た。全体に、アストリアスというメーカーのクラシック.ギターではあったが、あの有名な、スペインの「ラミレス」のギターもあった。
中学生の頃、ショーケースに展示された、1500万円くらいもする「ラミレス」を地元の展示会で見た事がある。裏ぶれた、どっかのビルの一室だった。なんだか、とても貧相でボロボロな小型のギターのような気がして、びっくりした。だから、今でも記憶にある。本物だったのだろうか。誰が主催したのかも覚えていない。客もほとんどいなかった。私だけだったかもしれない。
今回、眺めていると、すぐに、すすめられた、30万円のギターを手に取り、バリバリに弾き出すと、担当の女性が、どうですか、これで、ライブするとばっちりですよ!と言って来た。
ライブって、私は、ただ、訪れた客で、プロとも何とも言っていない。
「またまた、人をプロみたいに言ってぇ〜」と答えると、えっ?ギターを教えてらっしゃるんでしょ?、、と聞いて来た。
もっと高いギターは、あるの?、と聞いたら、ラミレスの工房にいたスペイン人の職人が制作した170万円のギターというのをケースから出して来た。
170万円のギターは、生まれて初めてだ。せいぜいオーヴェイションのスチール弦のギターで、30万円だ。
確かに、さっきの30万円のギターよりは、低音に深みがあった。でも、それほどの差がみあたらないので、「これは、もっと遠くで響くようにできてるな」と言った。
すると、このギターの横板に使用されている木材は、「ハカランダ」と言って、ブラジリアン.ローズウッドと呼ばれる材質だ、とか言った。
「ハカランダ」、、とは、なんてカナシイ響きだ、、と言ったら笑っていた。
170万円かあ〜、と呟いたら、ライブすれば、すぐに元は取れますよ!と言って来た。
だから、プロって言ってないじゃない、、と。
しかし、思わず、そうだな、一人17万円取って、10人いればいいんだな、と言った。
弾いていると、手放したくない魔力に、うっとり、とした。こいつは、弾けば弾くほど、よくなるな、と言うと、「そうなんです。単板でできてますから!」と担当の女性は、言った。
そうこうしている内に、飛行機の時間が来たので、女性は、私は、これで帰ります、と去って行った。もう二度と会う事もないだろう、と言うと、また、秋にやりますが、この170万円のギターは、東京に持って行くとすぐに売れるはずです、と言った。
なんでも、ここ沖縄でも、どっかの学校の先生が、これを買おうとしたらしく、予約していたそうだが、その晩、妻に相談したら却下された、、と翌日、断りの電話が入ったらしい。
それを聞いて、すかさず、じゃあ、このギターを東京へ持って行ったら、今度は、おそらく「新堀ギター」あたりに通っている、練馬区の役所のクラシック.ギター好きな職員が「ちょうちょう」を弾くために購入するに違いない、、と預言した。
現実は、そういうものだ。
あまり楽器が弾けない、公務員系の道楽者が高級ギターのコレクターとなっている。
フォークをやっている時もそうだった。CとFとG7の3つのコードを弾くために、30万円もするマーチンD28を購入する者がいた。
さぞ、豪華なCのコードとなっただろう。
中学生の頃、黒のストラットキャスターが18万円であった。ロリー.ギャラガーと色も型も同じタイプであったから、欲しくて欲しくてたまらなかった。
しかし、18万円は、中学生には、大袈裟過ぎる。
170万円か、、、。あれが、本物の「ギター」と言うものだなあ。
いい響きだった。今は、まだまだだが、弾き込めば、もっと良くなる感じが、あった。材質が軽い感じがした。例えるとしたら、カシミヤのスーツかなあ。カシミヤは、着た事はないが、、、。
この先、苦労して手に入れたとしても、170万円のギターというのに、十分な働らきができる「職場」もない。
元出が取れる状況でない限り、「プロ」は、投資できない。
しかし、今日は、久々に、中学生の頃にもどった。
残念だが、私では、どうする事もできない。
また、今度、機会があったら会おう。
さらば、ラミレス工房で修行した職人の170万円のギターよ。
今は、主人を求めて、彷徨う日々、、か。
5月2日(金):自宅生徒募集事情、高級楽器の話し、適材適所、バンマス夫人、欲目、「ジャンゴ」。
前回、日記を書いたのは、4月22日(火)だから、もう、10日も経ってるじゃないか!
通信生のテキストづくりやら、提出された課題へのコメントやら、レッスンやら、あれやら、これやら、、をこなしている内に、少し酒を控えなくては、、と実行しようとしたり、、夜は、おとなしく読書だ、、と耽っていたり、気がつけば、流行りのSOHO (SMALL OFFICE HOME OFFICE)暮しだ。
基本的に、私は、貧乏でも、自分の趣味を優先する人生に切り換えたから、実際問題、自宅でのレッスン生をこれ以上取る事はむつかしい。みんなぎりぎりの隙間の時間を調整して放り込んでいる。
よほどの者でないと、わざわざ時間を作って教える気もないが、ここには、私に習おう、と言う者は、そういないから希望通りだ。
本土から来た者は、同じ本土から来た者を先生とするし、地元のジャズ愛好家もまた、本土から来た者を好む。
だから、今いる生徒は、わりあい特殊な方だ。特殊な方だから、わりあい長い間、在籍している。
よほど、、とは、私のファンです!、私のように弾けるようになりたい!、というのが第一にある者の事だ。
しかし、そうは言っても金に困れば、誰でも教えたりしている。
何年か前は、フォークギター教室、、としてチラシを配っていた頃もある。
実際には、フォーク.ギター志望者は、誰もやって来なかった。
そんなわけで、昔は、誰でもかれでも受け入れていたが、今は、自分の時間の方を最優先している。だから電話も取る事がない。
腰を低くして受け入れようが、あるいは、そうでなくとも、基本的に、縁のない者は、縁がない。それは、当人の持って生まれたもので、私には、関係ない。勝手に、縁のない人生を双方が送ればいい。
関係ない、と言えば、この間(4月26日、土曜日の午後5時頃)、食事を済ませ、店から出て、駐車していたスクーターを走らせようとしていたら、パッパ〜とクラクションで合図をしながらゆっくり目前の道路を走らせる車があった。
近眼の私では、車中は、よく見えないので、目を凝らして車内を覗き込んでいると、元バンマスの、早生まれ、という事で、辛うじて、同い歳だ!、という「若さ」を保つ、その妻が、笑いながら手を振っていた。思わず、ニタ〜と笑い返しの技で応対したら、そのまま通り過ぎて行ってしまった。
この間も会ったな、、と思い調べて見たら、あれからだいぶ経っていた。
『2002年8月25日(日):バンマス夫人遭遇と「霊体験スポット」「平和の礎」珍道中探検ツアー』
彼女は、家へ帰ったら、「今日、また、たかやさんに会ったわよ!」と、亭主へ報告するのだろう。それを亭主は、「ふ〜ん」と、興味のないふりをしつつ、思い出にふけりながら、聞いているのかもしれない。不安定な家計を支えるバンドマンの妻は、どこでもたくましいものだ。たくまし過ぎて離婚も多い、、、が、まあ、まだ、バンマス夫人なのだろう。
ちょっとここらで、一杯飲むことにしよう。
、、、というわけで、170万円のギターと言うのは、プロのクラシック.コンサート.ギタリストとなると高い方ではない。300万円は、ざらである。
それに、ジャズのベ−シストとなると、セミプロでも200万円程度のウッド.ベースを所有していたりする。これも、200万円は、ざらだ。
アコ−スティックの世界は、家具の世界同様、これくらいでは、大した金額ではない。「木」の世界は、何かと、奥が深い。
「適材適所」、という言葉は、もともと、暗い所で育った木は、家の暗い所へ使用し、日光を十分に浴びた所に生えた木は、家でも日光をよく浴びる所に使用すべし、、という宮大工の世界から来ている言葉だ。
となれば、沖縄で使用するには、沖縄の木の方が、いい、という事になる。
しかし、これもカンカンガクガク、、と突き詰めて行くと、終いに、できあがったものは、沖縄の三味線(三線:サンシン)、、て事になるかもしれない。表の皮は、その辺にいるハブの皮でいい(蛇皮線:じゃびせん)といった具合で、さらには、そもそも、沖縄で、そんなギターを弾こうと思う方が、自然に逆らっている、、と言われるかもしれない。
身分不相応な物を欲しがる人間が、まず、おかしい、とまで行く。
つまり、「良質な木材を使ったギター」が、私の所へ来ない、、という事は、適材適所、、ではないからだ、、という事にまで発展する。
こうなってしまっては、とばっちりである。
だから、まあ、あまり「自然、自然」と唱えてばかりでは、文化は、閉鎖的になる、、かもしれない。
今日、筑紫哲也NEWS23を見ていたら、エンディングで、渡辺香津美氏が何本ものギターを回りに立て掛け、アコ−スティックのソロ演奏をしていた。
昔、1980年頃、落語家の六代目 三遊亭円生が、月刊プレイボーイ.インタビューで言っていた。
芸事には、「欲目(よくめ)」というものがある、と。
相手が、自分と同じくらいかな、、と思えば、それは、自分より少し上手いのだ、、と。
相手が、自分よりは、ちょっと上手いかな、、と思えば、これは、かなり相手が上手いのだ、、と。
そして、相手が、自分より確実に上手い、、と思えば、それは、はるか、およびもつかないくらいの差があるのだ、、と。
芸道では、常に、自分自身をえこひいきする「欲目」があるのだ、、と。
こいつは、オレよりは、ちょっと下手だろうなあ、と思えば、それは、同レベルにある者である。
私自身は、、と言えば、将棋指しのように、思わず、その「手口」を観察し、いい「ギター」だなあ、とためいきをついた。
その「鳴り」が、いい。
適材適所、、、?!。
曲は、筑紫氏のリクエストで、2本指のジプシー.ギタリスト、故、ジャンゴ.ラインハルトに捧げた、M.J.Qのバイブ奏者のミルト.ジャクソンで有名な「ジャンゴ(DJANGO:J.Lewis作曲)」などを、「Eマイナー」のキーで弾いたりしていた。原曲は、Fマイナー。「武満徹(作曲家)さんもこの曲が好きで、リクエストしていました」、、とつけ加えていた。武満氏の名前は、去年、渡辺氏をNHKで見た時も氏の口から出た。
この曲は、ジョン.マクラフリン(ギタリスト)も、「PROMISE」というアルバムだったか、、、、?、、ゲストにジェフ.ベックを招いてロック調で演奏していた。
久しぶりの日記は、こんなもんだろう。
見逃してしまった。ショックで立ち直れないでいる。
以下の番組だ。
『5月2日(金)琉球放送、10CH、18:55:
ここまで見せる!!壮絶大追跡!!あの人は今! テレビ放送50周年記念全員集合&ベストテン&レコ大…あの伝説のシーンを彩るスターが続々登場…▽あの青春アイドルが今や大富豪▽天才子役K結婚発覚▽伝説映画女優T緊急来日▽377万ヒット&紅白双子姉妹生熱唱▽一発屋◇』
『5月3日(土)沖縄テレビ、8CH、19時:K1ワールドGP2003inラスベガス
▽角田信朗×武蔵 ▽レコ×グレート草津▽ハント×グッドリッジ ▽角田信朗最後の花道武蔵との引退師弟対決司会・長谷川京子 ゲスト・ボブ・サップ』
引退試合だぞ!
ちくじょう〜。
おまけに、今日のスポーツ新聞で、ビートたけしとかつての黄金のコンビの放送作家の高田文夫のコラムでは、以下の番組も見逃している事を知った。
『5月3日(土)NHK教育、12CH、22時:ETVスペシャル
”仁義なき戦い”を作った男たち▽熱気あふれる傑作の秘密▽松方弘樹・北大路欣也が語る深作監督▽脚本家笠原和夫の軌跡▽熱く語る井筒和幸』
これも、追い討ちをかけられたかのように、ショック、、である。
その替わり、昨日、5月4日(日曜日)24:40 NHK教育、12CHのETVスペシャルの再放送で、女優?兼シャンソン歌手の「美輪明宏」の特番を見た。
江戸川乱歩作の黒蜥蜴(くろとかげ)を三島由紀夫の脚本で舞台化した作品のリハーサル風景が中心になっていた。
舞台俳優は、テレビと違って地のままの「自然」な演技だけではやれない、として、子供から大人、男性から女性までをデフォルメした演技で、軽く示して見せた。すごい、すごい!
あの、土方で働く母親の姿を唄った「ヨイトマケの唄」の誕生秘話や、実際にフル.コーラスで少年風の演技をしつつ唄っていた。これは、おいしい。
長崎出身の美輪自身は、母親を、生まれてすぐに亡くしている。原爆が落ちた日の「証言」もあった。
また、三島由紀夫との実際の関係を誤解のないように気を使い話していた。
以前にはない角度からの話しだ。三島氏の奥さんの話しを交えながら、、だからだ。
また、三島氏の切腹直前の自衛隊員とのやりとりのある演説シーンも見た。これは、なかなか映像として流れなかった。自衛隊員の野次で演説は上手く行かない。その後、プイっと、上官を人質として取った部屋へ引き蘢り、切腹が行なわれている。
美輪明宏、、で思い出すのは、あの、向田邦子原作、脚本、久世光彦監督、70年代初期のTBS水曜ドラマ、「寺内寛太郎一家」(監督
久世光彦 、原作 、脚本、向田邦子 出演 小林亜星、加藤治子、西城秀樹、浅田美代子、樹木希林)
そうだ!小林亜星の息子役の西城秀樹の、姉さん役の梶芽衣子(かじ.めいこ)と訳ありの役だったのか、(おお!梶芽衣子、今は、どこへ!マンガを映画化した「女囚さそり」、、、かつての人気女優だあ。)、、、、美輪は、スーツにネクタイ姿で、もの凄い、ひ弱な感じの品のあるサラリーマン風で現れ、何やら、玄関で土下座して、寛太郎役の小林氏に謝っていた。
30年くらい前だ、と思うが、鮮烈にその「映像」だけが記憶にある。
何だ!この男、ちょっと変だぞ!、、である。
待てよ、、この設定の記憶は、正しいか、、、。
まあよい。とにかくスーツにネクタイで、玄関で土下座していた。
私は、80年頃か、、「週刊新潮」で、当時、山本夏彦氏の写真コラムと同時期に、文豪、森鴎外の娘、、婆さんの森茉莉(もり.まり)のエッセイも連載されていたので、そこで、美輪氏に対しての森ばあさんのある日の「顛末」もそのエッセイで読んでいる。辛辣なエッセイを書く婆さんであった。何があったかは、よく知らないが、、。「青年心」に、こ、こんな内輪なでき事を書いていいのだろうか、、と思ったものだ。
おっと!ゴールデンウィークなので、この辺にしておこう。
なんで?、、、かは、わからんが。
とにかく、「那覇ハーリー」の何日間かの港でのつまらん出し物のイベントは、わずかな空き時間を利用し、昼間、エアロビクスのコンテスト会場には行ったし、今日の午後9時には、打ち上げられる花火を、別の用事で帰路につく道すがら、遠くの夜空にちらりと見た。
早く、お家へ帰り、今日のテレビを見たかったんだ。
ビートたけしのTVタックル、、と、久米宏と筑紫哲也のニュース番組を連続して見た、だけであるが。
私は、昭和の子供だ。
テレビは、今でも夢中になる。
学校なんか行く必要がないくらいだ。
見たいテレビがあると、全速力で走って帰ったものだ。
当時は、録画なんてできないんだぞ!
考えた事があるか?
ああ、興味津々、ああ、興味津々。
5月6日(火):実録「休日」、、渡部絵美のダイエット、、、「あずみ」と渡る世間は鬼ばかりの「コウラク」の弁当、神からの千本ノック。
久々にすべての用事から解放された日だ、、と思ったが、今の内に、と、、起きてすぐに、通信生、二人分のテキストづくりに従事。
テレビでは、「笑っていいとも」、、も終り、、、、(「笑っていいとも」は、最初の方のテレフォン.ショッキングしか見ていない。実は、琉球朝日放送QAB、4CHで、俳優の大和田獏司会の11:30 からの「スクランブル」を見ている。事件、芸能中心だからだ。あの男性中堅、、ベテラン風、、性根悪風、、、実は、、いいコメント、、、風、、、アナウンサーが、各スポーツ新聞での芸能記事を読み上げるコーナーが好きだからだ。)気がつくと武田鉄矢司会の、、、
15:00、沖縄テレビ8CH,「解決クスリTV 渡部絵美激太りの謎を暴く」。
元、オリンピック、フィギア.スケート選手の渡辺絵美は、リバウンドで、相変わらずの肥満だが、毎日、野菜中心の食事、運動(水泳など)3時間をこなしているにもかかわらず、太る一方なのである。
びっくりするほどの努力なのだが、ダメなのだ。体脂肪が、46,,,,7?パーセント、、とか言うていた!
謎の原因は、いくつかあった。
1:冷え症、、なため。
冷え症は、基礎代謝が落ちるらしい。
2:肉、、たんぱく質を取っていない。
野菜食ばかりで、たんぱく質不足だから、いくら運動しても、筋肉が作られない。ために、筋肉が普通以下だから、動かない時の基礎代謝が低下している。
これを解決するのに、あの、往年の過激流行歌手「山本リンダ」の家へ行って、「なんとかヨーグルト」というのを食べるといい、とアドバイスを受けた。なにヨーグルトだったか忘れた。
カリフォルニア.ヨーグルトだったか、、ブラジルだったか、、、とにかく、どっかの外国の土地の名前のヨーグルトだ。
それに加え、今度は、誰のアドバイスだったか、、有名人なんだが、、これも忘れた。ビールの酵母菌だ。
ビールの酵母菌は、「栄養」がある、との事だ。私もこれは、溶かして飲んだ事がある。
それに、昔、、、、ビールしか飲まない女を知っているから、食事をせず、それだけで飲んでても死なない、、って事がわかっている。
ビールの酵母菌の味は、不評だったが、その*****ヨーグルトと混ぜると、なんとか食べられる、、と。
また、この組み合わせは、医学的にも、さらにパワーアップして、冷え性にも、栄養にもいいらしい。
挑戦は、1週間で、身体の体積を53リットル?だったか、、を減らす、、というものだったが、目標に1リットル足りなかった。しかし、かなり減っていた。
これは、強制的に、1週間監禁して、さらに実験を続行させ、来週、再度の挑戦、、となった。
テレビも一区切りつき、午前中から食事していないので、この時間なら空いている席もあるだろう、、と昔よく行っていた近くのマンガ喫茶に行った。
案の定、わずかにカウンター席が空いていた。
最近、できるだけ、地元風の食事にしよう、、と思っているので、「みそ汁(沖縄風、どんぶりサイズのみそ汁)!」を注文したら、「もやしが切れているので、できないのです」とウエイトレスが言った。
野菜いため、、もすべて、「もやし」が切れてダメだった。
「豆腐はあるだろ?ないのは、もやしだけだろ?、じゃあ、他の具を多めにサービスして、みそ汁を作ったらどうだ?」と交渉したら、OK、、がでた。
実際、出て来たみそ汁は、別にもやしがなくてもよかった。
いつか、友寄スペシャル!、、の沖縄風みそ汁の作り方を教えよう。
これは、海外留学中の者が、実際に作り、「おいしい!」と絶賛だ。
一通り、新聞全紙を読むと、去年から寝かしてあった、マンガ「あずみ」の残り3巻ばかりを読んだ。
28巻までしかなかった。「あずみ」は、今度、映画化される、、という。しかし、あの上戸彩?の「上戸」の読み方をいつも忘れてしまう。つい「じょうど」と読んでしまい、どっちが正しかったか、わからなくなってしまう。「うわど」だったか、「うわと」だったか、、また忘れた。
以前、ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」では、アメリカに渡り、そこで離婚したが、それでもアメリカには、住んでいる、という「小姑(こじゅうと)」の反抗期の、グレた娘役で「上戸」が、出ていた。デビューの頃だろう。
しっかり、見てしまった。あの日のあの時間、実家に寄るから、母親のお気に入りの、「渡る世間は鬼ばかり」をどうしても見る事になる。
おそらく、あれをちゃんと見ているミュージシャンらしき者は、私だけだろう。
そんなわけで、、マンガ喫茶から一番近い、いつもの店とは、違うが、同じ系列の、「ほかほか弁当屋」に電話して夕食の弁当の注文をした。今日は、部屋に缶詰になってテキストづくりに専念しないといけない。
おまけとして「ああ、ミニうどんも付けてくれ、お湯をささないでいいから、、」と言ったら、「うどんは、***と***と****の何を?」と言ったので、「え、何?」と聞き返すと、「(だからあ〜)、ごぼう、、と、きつね、、と、、***ですけど、、」とアルバイト風のおばさんの声で言って来た。
思わず、「おい!コラ!それは、常識かあ?知らないから聞いてるんじゃないのか!」、、と言いそうになったが、「きつね」は、ちゃんと聞こえたので、「じゃあ、きつね、、、で」と言った。
15分かかる、、と言っていたので、20分後にマンガ喫茶を出て、2,3分で着いた。
別に、態度が悪い風のバイトおばさんでもないので、「うむ、、、」と言って立ち去った。
帰るとすぐに、またまたテキストづくりに取りかかった。
テレビでは、何気なく、、
沖縄テレビ、OTV,8CH、20時、、、
『剣客商売「剣の師弟」 藤田まこと 山口馬木也 小林綾子寺島しのぶ 梶芽衣子、隆大介ほか 』
、、、が、流れていた。
あれえ?この声は、、と顔を上げると、梶芽衣子(かじ.めいこ)だった。昨日の日記で、梶芽衣子は、どこに?、、と適当に言ったら、あっさりと時代劇で仕事をしていた。すっかり老け役の演技をしていて、以前のように、女、女、、の演技ではない。ああ、おばさんになってしまったのか、、、と思わず、その輝きの鈍さに、年月を見た。それほどの年齢でもないはずだが、、、。
そんなわけで、ここらで「楽しい、楽しい」夕食にしよう、、と弁当を開いて、ミニうどん、、にお湯を注ぐと、、「なんじゃあ、こりゃあ、何の味もしない!」と思わず、びっくり。
ミニうどんは、別に、、初めて食べるのではないが、何か、おかしいな、、とは思っていた。
さっそく弁当屋に電話を入れて、「あのう、お湯入れても何の味もしないのだけど、、、お湯の味しか、、、」と言うと、「あっ!タレがついてなかったですか?」と、聞くので、「いや、ソースって書いてあるタレは、あるけど、これは、コロッケに付けるんじゃないですかあ?」と言ったら、「すみません、今からタレを届けますから、場所は、どこですか?」、、といきなり聞いて来た。
思わず、ピザの配達がイメージにあったので、「え、タレを届ける?、、、まあ、10分くらいでは着くはずだけど、場所の説明が込み入っているから、、、」と躊躇していると、先方は、電話番号と大体の場所を聞いて、今から届けます、、と言った。
腹が減っているので、ああ、困った事だ、、と思ったが、待つ事にした。
15分ほどして、電話が鳴った。
今、タクシーからですが、タクシーの運転手に道順を教えて下さい、、と言って来た。
めまいがした。
「ミニうどんのタレを一つ届けるのに、タクシーに乗って向かっているのか、、、」と。
私は、「いや、もういいです、今、忙しいし、もう、いいです」と断った。
そして、無事、弁当を食べた。
お湯づけの、ミニうどんは、どうしたものか、、、と思ってはいた。
適当に醤油でもお湯に垂らしたら、食べられるんじゃないか、、と思ったが、何年も使用していないので、醤油は、無気味な存在に見えた。
取りあえず、弁当を済ませ、しばらくすると玄関のチャイムが鳴った。
え?、まさか、、と思ってドアを開けるとと、5....60代風のおばさんが、ミニうどんを持って立っていた。息を、ハア、ハア、と切らしていた。ここは、エレベーターなしの4階だ。午後10時前。
私は、一瞬、「渡る世間は鬼ばかり」の泉ピン子が思い浮かんだ。
藤岡啄也、、似の私は、思わず、恐縮し、、「ええ!、わざわざ、そこまでしなくとも、、、」と、その労をねぎらう言葉をかけた。
(よく、考えると、二人は親子の設定、、ではないか、、、!。)
おばさんは、「いえ、まちがえたのは、こっちですから、、すみませんでした、、」、、と頭を何度も下げた。
私の性格からすると、「もう、弁当は食べちまったぞ!」と、怒鳴ってもいいのだが、どうも、そういう感じには、なれなかった。
ミニうどんは、2杯分のうどんを、一つ分の出汁で、容器に入れ、食べた。
おいおい、ちょっと炭水化物取り過ぎじゃないのかあ、、と思わず、ゲップした。
この顛末の最中、テレビは、
琉球放送、RBC10CH,21時、、、『ガチンコ!
ドッキリクラブ遂に始動…あの2人組がスゴイ事に▽グルメ企画は超大物Nが大号泣…』
、、、が、流れていた。大物Nとは、漫才議員の、西川清、、の事だった。
貧乏時代に食べた、スキヤキの味を、同僚の「阿呆の坂田」が、作ってあげたり、売れない時代に、貧乏なのに、妻のヘレンが、なんとかやりくりして、夫の正月公演のために3日間も毎日、「お弁当」のおせち料理を、、横山やすし、、やっさん、と食べて、、と言ってもたせたにもかかわらず、ホテルの支配人に言われた一言で、一切、ハシをつけないまま、持って帰って来た連日の正月ホテル公演のエピソードが紹介されていた。
私も、ホテルの支配人が大嫌いであるから、よくわかる。彼等は、本当に、芸人に対して、心ない。目先だけの「売り上げ」だけを気にした発言をする。彼等にとって「芸人」は、犬畜生以下だ。替わりは、いくらでもいる、、と思っている。今でも、ホテルは、大嫌いだ。おのれらのために誰が働くか、、と思っている。典型的なミーハーとステレオタイプの権化で、芸術的教養ゼロ、、である。総じて、、、いばりすぎ、、の無教養人だ。沖縄の全ホテルを渡り歩いた私が言うのだから、それは、まちがいない。まっ、沖縄のホテルの話しではあるが、、。観光芸を統率しているからと、すべての芸人の上に位置する立ち場に「君臨」している、、と錯覚しているのである。
そういう奴等は、みな、落ちて来た時、さらに加速をつけるための「かかと落とし」を喰らわそう、、とずっと思っている。
だから、西川清が、思わず、その「おせち弁当体験」に、絶句したのがよくわかる。陽気に正月気分で食べる気分にはなれないのである。
番組は、妻ヘレンの「おせち」と、阿呆の坂田の「すき焼き」のどちらかを選べ、、と言うものだったが、西川氏は、「引き分けにしてくれ、、」と、番組の方針を変更させた。それにトキオもあっさり承諾した。
今日は、色んな、体験をした。
そうこうしている内に、二人分のテキストが、できあがった。
一つは、東京へ。一つは、イギリスへ。
後記:
今日の話しは、たまたま、、の偶然じゃない。
神からの千本ノックだ!。
それを、残らず、キャッチしただけだな。それでも、何か、見過ごしたボールがあったのか?なら、とてもとても、、、神様のやる「遊び」には、、、、つきあいきれんなあ。
言っている意味がよくわからないだろうけど、、、。
目前で起こる森羅万象のすべてが連鎖していた、、という話しだ。
まあ、無理矢理、連鎖させたのかもしれないが、、、。
PS:今週は、金曜日までに、テキストづくりは、後、2人分だ。テキストと言うよりも個別の「処方箋」と呼んだ方がいいかもしれない。だから時間がかかるのだ。それぞれにあったものを考えるのに、、、。
『参照:昨日の日記、5月6日(火):実録「休日」、、渡部絵美のダイエット、、、「あずみ」と渡る世間は鬼ばかりの「コウラク」の弁当、神からの千本ノック。』
(そういえば、相変わらずのダイエット挑戦中の渡辺絵美とは、元、オリンピック代表のフィギア.スケート選手で、離婚して、小学生の息子と二人暮しのようだ。かつては、「氷りの妖精」である。)
、、というわけで、昨日、6日の日記で触れた弁当屋との顛末を友人へ話すと、友人は、「何!タレを届けに来たって?それ以外は、何もなしなのか!」と呆れて見せた。
その弁当屋は、商売っつうものを知らない!それでは、潰れる!わざわざタクシーまで乗って、たかだか、¥160程度の新しいミニうどんとタレだけを届けるなんて、信じられない。客を恐縮させるだけではないか!、、、と激怒である。
しかも、それを機に、何かをサービスするわけではない、、なんて、商売人失格だな!と述べた。
私は、そうか、その弁当屋は、悪い弁当屋だなあ、とうなづいた。
しかし、これは、どうだ、どっちが悪い?、、と言って、私は、話しを続けた。
さっき、スクーターに乗ったらな、何やら前面に取り付けた荷物入れのカゴの底になぁ、そのタレが、しっかりあったってぇわけよぉ。いやあ、びっくりしたなぁもう〜。スクーターの振動で、弁当を入れた袋からタレだけが飛び出してしまったんだなあ。思わず、誰かに目撃されていないか、回りを見渡してしまったなぁ。もちろん、そのタレは、すぐに隠したけどな。ワッハッハッハッハ、、と笑って見せた。
友人は、「こ、この極悪人!」と叫んだ。
しかし、これは、不可抗力だ。
記憶をさかのぼり、私と弁当屋との会話を再現すると、
『「あのう、お湯入れても何の味もしないのだけど、、、お湯の味しか、、、」と言うと、「あっ!タレがついてなかったですか?」と、聞くので、「いや、ソースって書いてあるタレは、あるけど、これは、コロッケに付けるんじゃないですかあ?」と言ったら、「すみません、今からタレを届けますから、場所は、どこですか?」、、といきなり聞いて来た。(昨日、5月6日の日記より)』
どうだ、私は、潔白だ。ただ、何でこんな味がするのですか?と聞いているだけだ。
私が、弁当屋なら、「もしかしたら、1階に止めてあるスクーターの荷台のカゴに放り出されたままではないですか?調べて見ましたか?」、、とちゃんと尋ねたことだろう。
それにしても、こんな事実は、先の弁当屋には、告げられない。実際の泉ピン子なら絶対に赦さないだろうが、弁当屋「コウラク」の妻、という役どころでは、赦してくれなくもないだろう。
しかし、タレを届けに来た、あのおばさんにも、「ああ、今日もお客さんに誠意を尽くしたわ」という満足感があるだろう。それは、私の恐縮してみせる、、という嘘演技によって与えられたものではある。
そして翌日の今日は、気分すっきりである。なんて自分たちは、親切な弁当屋であろう、、という確実な手ごたえを私の嘘演技によって得たからだ。
そんなさわやかな一日を、私がバカ正直にも、「いやあ、実は、今日、タレが見つかったんですわぁ、ほんま、夕べは、すんまへんなぁ〜」と、なぜか関西風味で謝ってしまったらどうだろう。
この対処は、よくない。人間界には、嘘も方便、、というものがある。
正直さだけが、正義ではない。
私が、タレがないと苦情を言う → 弁当屋、わざわざ、タクシーに乗り、¥160のミニうどん、タレ付きを届けに来る → 私、恐縮する → 弁当屋、誠意を示した事で満足して帰る → めでたし、めでたし。
という、双方、ハッピーな、結末を、私の「正義」というエゴで壊してしまう事に何の意味があるのか。
これは、私が、単に、「正直エゴ.パワー」を相手にぶつけて、自分が、そのルールに従った、、という満足感を得た、、というに過ぎない。
これでは、店側にとっては、「まったく、人騒がせな客だ、、」と後世まで、愚痴られてしまう。私は、二度と、弁当屋へは行けない。
例え、赦された、、としても、商売人が、客へ優越感を感じてはいけない。それは、私の教室だけでよい。これは、告知済みの、選択自由の、フェア−な殿様商売、、である。そこしか、選択の余地のない、お役所の役人の態度とは、わけが違う。
商売人は、常に客に優越感を与えないといけない。
この事は、以前、めがね屋は、只で、めがねを洗浄してはいけない。ましてや、店外でのサービスはもってのほかだ、、と言った事がある。
例え、50円でもいいから有料にしなくては、客は、遠慮して次からは、やって来ない。しかし、50円支払った客を店内におびき寄せれば、お客さんは、大変な優越感をもって、洗浄中、店内のめがねを見物できる、、とした。
大切な事は、客が、その店の「馴染みになる」という事だ。
それには、只では、客は、恐縮するばかりで、こんな思いをするのは、今回かぎりにしよう、、と思うのである。
このアイディアは、残念ながら、採用されなかったようだから、ここで全国の、、用がなければ、入店しづらい、小さな、めがね屋へ向け、紹介しておく。
まだまだ、アイディアは、いっぱいあるが、不況、不況といいつつ、何も新しい事は導入しない会社は、多々ある。すべて日本特有の「前例がない」である。
私の教室のように、そもそもジャズを学ぼう、という者がいない、、また、それ以外は、いいか、、という、いわば、株価が暴落した業界ならいざ知らず、まだまだそこそこに、普通な業界なら、試すべき手は、色々やって見るべきである。
先の弁当屋は、この点で、客を恐縮させてしまったわけだ。
私なら、すみません、今度来る時は、ミニうどんをサービスしますので、よろしくお願いします、、と言うだろう。
配達システムもない弁当屋がタクシーに乗って届ける、、しかも、住所を聞くのではなく、道順を説明させる、、というのは、説明する方が、めんどくさい。
あくまでも、オール無料、、は、避ける。これでは、客は、二度と行かない。
実際、あそこの弁当屋は、いつも客がいない。
ミニうどん、、の電話での応対も悪かった。ごぼううどん、肉うどん、きつねうどん、、の3種類があるのを知っているのは、常識ではないか、という態度であった。
わざわざ、¥160のミニうどんのために、そこまでするくらいなら、¥530のチキン.バスケットでも持参して来るのが、本来の謝罪である。
私に、少しでも悪い、、という気持ちがあれば、黙って、毎回、その弁当屋を利用するだけで「罪」のつぐないは、できる。
ともかくも、その事を正直に弁当屋に告げなかった、、という事で、私は、今日は、とても良い行いをした、と思うので「満足」である。
5月10日(土):夏バテ防止のゴーヤー.チャンプルーの作り方
5月8日は、県内では、「ゴ(5)ーヤ(8)ー」の日と決めた、と当日の新聞にあった。
だから、ゴーヤー(苦瓜)を食べろ、と言いう事なのかもしれないが、実際、ゴーヤーは、そのピークの夏真っ盛りの頃が、スタミナ料理としては、最適である。
私は、夏には、毎日のように夏バテ防止で食べる。実家では、ベランダに家庭菜園しているほどであり、いちいち、市販のものとは区別されている。
ゴーヤー、ゴーヤーと言うが、県人で、ゴーヤーが好きな者の多くは、男性か、年寄り層である。若い女性は、「ゴーヤー」を大好物としては上げていないようであるが、その実体は、不明。まあ、食堂へ行き、「ゴーヤー(苦瓜)チャンプルー(あれこれ混ぜこぜ)!」と注文する女性をあまり見かけない、という程度である。実際の家庭では、どうかわからない。男性と違い、食堂で、わざわざゴーヤーを注文してまで、食べる事はない、、と思っているのかもしれない。ゴーヤーは、あくまでもスタミナ&健康のための料理である。
私は、好物だが、基本的には、「ヌチ.グスイ、ヌチ.グスイ(命の薬)」と頭の中で、つぶやいて食べている面もある。
このゴーヤーは、フーチバー(ヨモギ)と並んで、かつては、沖縄の子供連合の天敵である。
私自身、ゴーヤーが本当においしい、と思ったのは、17才くらいの頃だ。それまでは、あまり好きではなかった。外食するようになって、ある日、食堂で注文して見たら、とてもおいしかった、、、という体験が発端だ。
これは、家庭では、ゴーヤーの「苦味」を取る作業がおろそかだった、という事も関係がある。
そんなわけで、ゴーヤーは、元服の儀式となる食ともいえ、いわば「大人の証明」である。どれ、大人なったかな?の試金石とも言える。
しかし、今や、地元では、本土系ファースト.フード店でも「ゴーヤー.バーガー」なるものが出現した。今の子供たちが好んで食べているかは、不明。
そう言えば、去年、ゴーヤーの料理のしかたを知らないで、そのまま腐らせてしまった、というメールをもらった。そこで、じゃあ、ゴーヤー.チャンプルーの作り方をサイトに載っけておきましょう、と言ったまま、そのままになっていたので、ゴーヤー.チャンプルーの作り方を簡単に示す。
よく考えて見ると、沖縄以外の地で、ゴーヤー.チャンプルーを作るのは、むつかしい、、と言う事がわかった。
、、というのは、私自身が考えるゴーヤー.チャンプルーの基本食材は以下だ。
1:ゴーヤー
2:ポークの缶詰(チューリップ印がよい。減塩ポークでもよし。SPAMでももちろんよし。この「SPAM」の缶詰が大量に積まれているイメージから、「迷惑メール」を表した呼び名になった、と聞く。)
3:玉子
4:ツナ缶(かつての地元では、「トゥーナー」と英語発音である。近年は、シー.チキンと呼ぶのが主流。)
5:島豆腐(しまどうふ)沖縄産
これが、ゴーヤー.チャンプルーを作るための必要かつ十分の「5大具」である。私自身は、これ以外は、いらない、と思っていたが、ホカホカ弁当屋では、これに「コンビ−フ」を加えていて、これもまた、おいしい組み合わせだ、と感じた。かつお節もかけてあった。
コンビーフもまた缶詰になっている。地元では、「コンビーフ」の缶詰、、と言えば、あのメーカーしかない。じゃがいもが、細かい角切りでコンビーフと混ぜられて加えられている。じゃがいもとコンビーフのコラボレーションで成功している缶詰だ。
だから、番外編として、
6:「じゃがいも入りコンビ−フの缶詰」(メーカーは、後で調べておこう)
7:かつお節(出来上がりに、上からパラパラかける程度)
*8:豚肉のコマ切れ(これに加え、ポークも当然入っている。私は、豚肉は、入れなくてもいい、と思っている。ただ、よく見かけるからリストに加えてある。しかし、ポークの替わりに豚肉にしていたら、これは不愉快だ。この場合、あくまでもなくていいのは、豚肉の方だ。ポークが手に入らない、という事なら仕方ない。)
、、、以上を加えておく。なくてもよいが、ゴーヤー初心者は、「6」「7」加えるとさらに食べやすくなるだろう。(「8」は、関係ない。)
「1」のゴーヤーは、もらいもの、、として手に入る、、としても、「2」のポークは、なかなかむつかしい。これは、10年ほど前、体験した事であるが、東京では、ポークが高かった。東京のコンビニで、「ポーク」と書いたパック入りを食べて見たが、何やら、少し、あやしげな「匂(にお)い」もあり、味もおかしかった。よく見ると、原材料に「馬肉」が加えられていた。いわば、混ぜ物であった。ポークは、あくまでも「豚肉」だ。
次に入手困難なものが、ゴーヤー.チャンプルー最大の具、「5」の「島豆腐」である。
島豆腐は、どちらかと言うと「絹ごし」豆腐、、ではなく「木綿」豆腐のような外見だが、腰があり、フライパンで、他の野菜類と炒めても、その形がそうそう「崩れる」事がないくらいしっかりしている。これは、豆腐作りの過程で、凝固剤として働く「にがり」が、沖縄の島豆腐は、多めに加えられている、という事なのだろう。
これら、「ポーク」の缶詰と「島豆腐」をどうやって手に入れるのか、、、は、また、別の問題としておく。
ポーク缶詰類に関しては、沖縄缶詰屋も観光店として存在する。多くは、米国系、あるいは、オランダ系、あるいは県産系の缶詰類である。
『輸入缶詰同様、終戦後、沖縄で、牛肉ステーキが、安かったのは、オーストラリアからの輸入肉であったからだ。まだ、本土では「解禁」流通していない頃だっだ。これは、長らく続いた。確か、80年代後半?か、、90年代前半?、、に本土でもオーストラリアの肉が流通するようになった、、と新聞で読んだ事がある。』
というわけで、ゴーヤー.チャンプルーの作り方、、は、簡単であるが、微妙な心配りがある。
1:ゴーヤー1本、これタテに割って真中から切る。この一方が一人前程度である。
タテに割ったら、中の白い繊維部分を全部、スプーンで、ごっそり取り除く。「くり抜く」と言った方が、適切な表現かもしれない。この部分が苦味がある。くり抜くと、ゴーヤー本来の実の色がうっすらと現れる。沖縄の小型個人用漁船の「サバニ」状態にするわけだ。(カヌーを大きくして、2,3人乗れるようにしたような船だ)
2:1人前なら、その一方をラップして冷蔵庫へ。保管するにしても、1日,2日程度ではないか。ゴーヤーに依る。ほっぽっておくと、汁がじくじくとにじみ出て、腐ってしまう。だから、1人前なら、もう片方は、翌日に食べる方がよい。(だからゴーヤーは連日になる)
3:食べる分のゴーヤーをマナ板に乗せ、横に適当な太さに切って行く。切ったゴーヤーは、弧の一部を型取る事になる。初心者は、薄く切れば切るほど、食べやすいかもしれない。実際、ホカホカ弁当屋では、薄い。まあ、少ない量で、多めに見せているのかもしれない。この辺、テーゲー(テキトー、註:2002年10月2日(水):沖縄の台風と「テーゲー」PS「てぇげぇ〜」実践活用)でよい。しかし、あまり厚めは、いけない。初心者は、苦いはずだ。子供なら一発で嫌いになる。
4:このまま料理すると、ゴーヤーの種類により、とても苦くなる場合がある。そのため、苦味を多少取り去る作業をする。切ったゴーヤーに塩をからめ、しばらくボウルで寝かせておく。まあ、15分〜30分程度。
5:その間に、長方形となった、島豆腐を半丁、大きめの角切りにする。横から切って、上下二つにして、それから、真上から、適当に、辺の短い方を縦と見て二つ切りに、辺の長い方は、4等分、、あたりがいいかもしれないが、この辺もそれらしくテーゲーでよい。1個1個の豆腐は、大きめがよい。大きめのサイコロ切り、、だ(四角錐「しかくすい)の事だ)。これは、「豆腐チャンプルー」の場合も同じである。
(註:沖縄風みそ汁の場合は、包丁を使わず、手でちぎる場合がある。そうする事によって汁を豆腐に染み込ませる事ができる。)
6:ポークは、適当に三角形でも正四角形でも長方形でもよいから切っておく。平たく。
7:フライパンに油を敷き、これを暖めて、まず、豆腐から炒める。1分程度。
適当に、焼き目をつけて炒めたら、フライパンから取り出し、出番が来るまで控えの皿へ待機させておく。
8:その前に待機させてあるゴーヤーに、水分がたまっていたら、これを捨て、ゴーヤーを軽く水で流すが、この時のゴーヤーについた塩分が「味」にかかわってくる。軽く、水きりをして待機させる。出番は、もうすぐだ。
9:油を適当に足し、温めてから、シー.チキンだけを炒める。30秒程度。魚臭くないようにするためである。この時、日本酒を少々加える。これも魚くささを抜くためである。泡盛は、野菜系では、匂いが残るのでボツである。肉系だとかまわないだろう。
10:シーチキンを炒めたら、ここに、用意していたゴーヤーを入れる。炒める。ゴーヤーは、基本的に、生でスライスさせても酒のつまみ、として出るから、適当に常識程度に軽く炒める。1分程度。
11:ゴーヤーを軽くシーチキンと炒めたら、そこへ、用意していたポークも入れる。適当に炒める。30秒程度。ポークも生で缶詰から食べる者もいた。この時、塩加減を見て、足りなかったら足す。また、砂糖も大さじで、加える、とよい。ポーク自体にも塩分があり、ゴーヤー自体も塩漬けではあるので、その辺を考慮して塩加減はする。
12:そこへ、玉子を割って白味も黄味を一緒に落とし、ゴーヤーにからめて炒める、20秒程度。
13:最後に待機させていた豆腐を加える。豆腐は、基本的に炒め終えているから、単に、からめて温める程度。15秒程度。
13:、、という事で、あっと言う間に「ゴーヤー.チャンプルー」のでき上がり。
これを参考に、工夫して見るとよい。薄くスライスしたゴーヤーは、生でもかつお節を削りパラパラとかけて出る。テンプラにも放り込める。
尚、このゴーヤーチャンプルーは、ごはん以外にも、先のファースト.フード店の「ゴーヤーバーガー」ように、パンにはさんで食べてもみてもおいしい。
これは、具としての島豆腐にその秘密がある。もちろんポークもそれを助けてはいる。トーストしたパンにはさんでは、また、格別である。
(註:私は、「ゴーヤーバーガー」は、食べた事がないので、その具の実体はわからない)
尚、夏場の島豆腐は、新鮮なので、腐り易い。余った豆腐は、ちゃんと金属性の容器にきれいな水を入れ浸してラップで覆い、冷蔵庫で保管しておく。この時、少々、塩も加えると、水が腐りにくい。
金属性の容器は、余った「刺身」などにも効果的である。直に刺身を敷いてラップして冷蔵庫で保管。パック容器のままだと、みょうな汁が出て鮮度が落ちる。汁が出ているものは、ダメである。パック容器が熱を持っているので冷蔵庫でも冷えないからだ。豆腐も同じ要領だ。水と塩が防腐剤として働く。何日も置いておくなら水もマメに取り替える。まあ、豆腐なので限度はある。しかし、この保管だと1週間は行ける、、と思う。食べて見て判断されたし。すっぱければ、その豆腐は、腐っている。
後記:
私自身は、味噌とからめたゴーヤーは、あまり好きではない。味噌とからめるなら、ナーベーラー(へちま)チャンプルーがある。これには、白味噌派と赤味噌派があり、昔、あるバンマスが、食堂で出たナーベーラー.チャンプルーが、赤味噌だったので、「白味噌が常識じゃないか!」と、出て来たものを突っ返した。彼の話しをしたら切りがないので、この辺で。
PS1:
5月8日、木曜日あたりからお腹の調子が何となく悪く、金曜日に近所の大手の病院へ行く。何度も入院した病院ではある。3時間近くも検査して、結局、原因がわからず、とりあえず、酒を控えるように、、と。最近は、そんな量は、呑んでいないので、どうも納得が行かないまま、¥4,200取られる。原因も不明なので薬は、当然ない。
、、というわけで、お腹の調子の悪さは、今だ続行中。便秘でも下痢でもない。あれから酒は、まったく呑んでいない。食欲とも関係ない。その内、治るだろう、と思っていたら、あそこの病院で、風邪と診断されて、翌日死んだ親戚がいる、、と友人の弁。
何!と聞いたら、今から、27,8年前、、との事。
医者が知り合いだったらしく、親戚一同、何とも言えず、葬式をした、、という話し。
しかし、、不調である、、というこの事実は、錯覚か、、、。
しょうがないので、今日、また、チョコ.モナカ.アイスクリームを食べた。
PS2:
ああ、そう言えば、「あずみ」役を映画で演じる、上戸彩、、の母親は、沖縄出身らしい。父親は、北海道出身とか。
「とんねるずの食わず嫌い王」?に出てゴーヤーチャンプルーを食べていた。どれが嫌いか、忘れてしまった。途中から見たので、そう言っていた、と後から教えてもらったのだ。「うわど」だろうなあ。否、「うえど」かな。まあその内覚えるだろう。
『参照:5月6日(火):実録「休日」、、渡部絵美のダイエット、、、「あずみ」と渡る世間は鬼ばかりの「コウラク」の弁当、神からの千本ノック。』
5月12日(月):トモヨセ.スペシャルの「沖縄風みそ汁」の作り方
さっそく、ゴーヤーチャンプルーを作って見た、というメールが東京から来た。
『日記のゴーヤーチャンプルーを昨晩さっそく作ってみました。自宅近所のスーパーが24時間営業になり深夜でも食材の調達が可能です。しかしポークとスパムの缶詰はなく豚肉・シーチキン・コンビーフを使用しました。豚肉に加えシーチキン・コンビーフも加えるのはかなりのゴージャスさでした。実際には一缶百円でしたが。豆腐は木綿豆腐を使用。あとは卵ですが全食材で991円なり。しかも2食分と大変経済的な夏バテ解消法でした。しかもうまかったです。』
うむ、ポーク缶詰は、コンビーフの缶詰で代用できるようだし、島豆腐も、何とか木綿豆腐でいけるようだ。これは、あくまでもスタミナ元気付け健康料理であるから病気防止でもある。
それでは、ついでに、「沖縄風みそ汁」をトモヨセ.スペシャルで紹介して見よう。
沖縄風みそ汁、、と言っても、これは、家庭料理ではない。だから、実際に地元の主婦連合は、一体、何が沖縄風なのか、、は、わからないだろう。これは、沖縄の大衆食堂が勝手に生み出した「みそ汁」の事だ。食堂で「みそ汁」を注文するのは、ゴーヤー.チャンプルー同様、大抵、これまた男性であるからだ。
別に、特別に本土のみそ汁と違いがあるわけではないが、本土式みそ汁は、基本的には、副食品であり、一汁一菜(いちじゅう.いっさい)に代表されるように、粗食のたとえ、となっている。
しかし、沖縄の食堂メニューとしての定番の「みそ汁」は、何にもまして、「みそ汁」が、メインであり、また、すべて、、である。
「みそ汁」は、どんぶりばち(鉢)に入れられて来る。だから、カツ丼、と同じ扱い、、、という事になる。
通常の本土式のみそ汁が、どんぶりに盛られて来る、、のとでは、何かちょっと違う。別にむつかしい独特な味付けをしているわけではないにもかかわらず、、だ。
では、さっそく作り方だ。あくまでも朝飯用としての「一人前」の分である。鍋に残して、昼にも食べる、、という事はない。作ったその時点で、食べて終り、、である。
用意するのは、以下だ。
1:味噌(とりあえず何でもいいかもしれないが、赤味噌がいいか、、、冷蔵庫を探すと、奥の方から、「無添加、あわせ味噌、うす塩「塩分10%」、長期熟成あまくち、750g、賞味期限2000年7月26日」が見つかる!いかに料理をしなくなったか、、がわかる。一日中、部屋にいたくないのだろう、、、。)
2:かつお節削ったもの(出汁取り用)、煮干し(出汁取り用、無くともなんとかなる)
3:もやし
4:人参(2分の1本)
5:じゃがいも(1個)
6:島豆腐(4分の1丁)
7:玉子(1個)
8:ポーク缶詰(定番)
9:豚肉こま切れ
*あればいいのにな食材(豪華バージョン)
10:しじみ(叉は、あさり)
11:白菜(無農薬、、、ないので、沸騰したお湯に一度浸す。)葉っぱ一枚
12:ほうれん草 (沸騰したお湯で灰汁抜きしておく)。葉っぱ数枚程度。
作り方:
材料を見ただけで、もう作り方は、いらないくらいだろう。しかし、なるべく短時間で作れるようにしてある。せっかくだから水道水でないペットボトルの水で作っては、どうか、、、。
1:人参(2分の1本)とじゃがいも(1個)を、まず、サイコロ型の角切りにしておく。本当は、カットしたものを、お湯でぐつぐつと煮立てるのだが、これでは時間がかかるので、カットしたら、まとめて小さなビニールに放り込み、電子レンジで、チンしてやわらかくしておく。
2:沸騰したお湯に、削ったかつお節(道場六三郎なら、めいっぱい「命の一番出汁、、」と言いつつ惜し気もなく、どば〜と放り込むだろう。)を入れ、煮干しも放り込む。あくまでも一人前なので、どちらも少量でよい。
3:適当に、煮立たせ、おお出汁だ!と思ったらこれを取り出すか、ちゃんと濾過して別の手鍋へ移す。まあ、この辺は、誰もやっているので、テキト〜に。とにかく、出汁がどんぶり2杯分くらいあるだろうか。(どうせ一人前だからそれ以上は、蒸気となり減り、ちょうどいいくらいになるだろう。)トロ火で煮立てる。
4:しじみがあったらしじみを入れる。(叉は、あさり、、、しじみがいいが、、。しじみは、前の晩、買ったもの。)これも出汁作りに貢献することになる。
5:白菜、ほうれん草、、があったら放り込む(既に、灰汁抜きされた、ほうれん草、適当にカットし、白菜は、適当にちぎって入れる)。灰汁(あく)をとりつつ煮立てる。一人前であるから2,3枚程度でいいだろう。適当に、ヘナヘナ、、と落ち着かせる。灰汁を取り過ぎて水分が減れば、足せばよい。
6:豚肉のこま切れ、を放り込む。一人前であるから、数切れ、でよい。灰汁をとりつつ。(冷凍庫に常に凍らせて保管。これを包丁で切って剥がして使用する。あるいは、そのまま切って鍋に放り込んでバラす。)
7:豆腐を角切りにして放り込む。手でちぎって、出汁が染み込むように入れてもよい。
8:ポークを細かく切って入れる。将棋の歩兵の駒程度。(ポークは、生でも食べられるのでそんなに煮立てる必要はない。)
9:もやし、を入れる。(わりあい遅めに入れている。少し、パリっとさせるためである。ヘナヘナよりも。ラーメンの具の要領だ。)
10:玉子を割って、そのまま落とす。かき混ぜないで、そのまま白味で軽く固まるまで待つ。中を半熟にするか、固めにするかは、個人の自由。(私は、固め。ゆで卵が好きだからだ。)
11:最後に、合わせ味噌を手網で溶きながら鍋に入れる。大さじ2杯程度か、、味見をしつつ。
12:出来上がり!鍋の中身をどんぶりに移す。おつゆ、多少こぼれる。
以上、できあがったみそ汁をごはんで食べるわけである。出来上がるまで、15〜30分くらいは、かかるだろうか。
昔は、電子レンジを使わず、人参とじゃがいもを煮立てたので、1時間くらいは、かかった気がする。何かと煮立てるからであるが、、。
尚、玉子は、みそ汁の中でくずして食べてもよいし、最後に取り出して、ごはんの上に乗せ、これに少々の醤油を垂らして食べる、、というのもよい。(私は、常に、醤油を要求し、こうして玉子は食べている。二度味わう幸福感、、である。)
このトモヨセ.スペシャルの「みそ汁」への評価は以下だ。イギリスからだ。
4月10日:
『特製味噌汁を真似して作ってみました。
味噌汁というよりは豚汁に近いような気がしましたが、凄くおいしかったです。ポークが入っているところが、ご飯と合う秘訣のような感じがしました。実家から送ってもらった、乾燥ワカメも入れてみました。
豚にワカメの組み合わせは初めてのような気がしましたが、沖縄風という事で何も考えずにチャンプルーに作りました。
これまで殆どずっとパスタだったので、レパトリーが増えて嬉しいです。
(「ポーク缶詰」の)正式名称は a tin of
hashed pork というらしいですが、SPAMでも辞書に載っていました。』
PS:
お腹の調子は、少しだけ良くなっているが、やっぱり違和感がある。盲腸が発見された時のような感じだ。
¥4,200も病院で使ったが、もうどこの病院へ行く事もできない。
別段、異常無し、であるからだ。これ以上、金をかけるのは、一種の「ギャンブル」だ。
何でもないならレントゲン検査とエコー検査の結果の写真をインターネット上で公開して、あらゆる医師が、診断できるシステムを作っては、どうか。
生活は、いつもの通り。
もしかしたら、エイリアンが体内にいるかもしれない。
あるいは、突然変異、する前触れか。
やはり、ミュータントだったのか、、、。
この間見た、テレビ映画の影響だな。
上戸彩は、やっぱし、「うえと」だろうなあ。
何事にも無気力になる「五月病」というのは、確かにある気がする。回りを見ても、何か、あまり元気がない。
人間、40代ともなると、そろそろ、人生の折り返し地点とでも言うのか、へたばりながらようやく辿り着く同世代を多く見る事になる。
リストラ、失職中の者、家のローンに追われ、妻に逃げられた者、家業がやっていけなくなり、転職したのはいいが、日々の超過勤務の末、うつ病気味になり休職願いを出した者、、等など、様々だ。
長年のバンドマン暮しから足を洗い、丁稚奉公の期間を終え、独立して、小さなバイクショップを持った者がいる、と友人に連れられ、中古のスクーターを見に行った。(私は、過去に2回、スクーターの盗難に遭っているから新車は、買わない!と決めている。)
落ち目となった地元有名ロックバンドの晩年のギタリストをしていたそうで、終いには、給料も出ず、足を洗った、との事だ。
聞けば、私が、断った後、そのバンドに加入したらしい。7,8年ほど前であるから、時期もあっている。(参照:2003年2月28日(金):まずは、ビーチパーティ!ロックバンドの結束とジャズの危険な関係と通信生の荒行)
あちらは、こちらを知っているらしく、「トモヨセさんですよね?」と言って来たので、友人が、「そうだ、これが、あの極悪人ギタリストだ」と紹介した。
ちょうど事務所店鋪ほどの広さの店の壁には、「ヤマハ」のギターが一本掛けられていた。バイクもヤマハの代理店でもある、という事だが、なぜか、作業着の胸部には、「ホンダ」の文字がついていた。
その事をつっこむと、「いやあ、お金がなくて、、」と終始笑顔で答えた。ぎりぎりの予算でのオープンなんだろう。最近、子供が生まれた、との事だ。40才には、あと1年。
この手のバイクショップにはめずらしく、実に丁寧な仕事ぶりで、良心的な商売をしている、と友人の弁。かつての彼のバイク仲間でもある。(私は、彼をスクーター派に「転向」させたが、、)
花咲かせず、枯れて行くものあり、その一方で、新芽あり、と、何かと、5月は、複雑ではある。
自由に生きたい、とは、誰しも思う事だろう。
長年のその「自由願望」に、ひとまずの回答が下される日がいずれ誰にでも訪れる日が来るわけだ。
でも、もし、そういう風に感じる日がやって来た、としても、ジタバタする事はない。
まずは、日々を、淡々と、淡々と、ハードに過ごし、少しづつ、少しづつ、新たな、人生観を自らに取り込んで行けばよい。
一喜一憂する感情の起伏は、無用だ。
未来へ向かうエネルギーと言うのも貴重ではあるが、過去を追体験するエネルギーもまた大切な「今」を生きるためのエネルギーでもある。
振り子のように、そうした「未来」、「過去」を往復して初めて、その重力の中心となる「今」が生まれるってわけだ。
5月は、ちょっとばかし、その振れが、偏ってしまっているから、「現在」が、浮遊してしまっているって事になる。
いわば、「今」に対しての、無力感と不安定な重心に問題がある。
ひたすら、精進し、ロビンソン.クルーソーのように、淡々と、その記録を克明につけて見るといい。何事にも期待せず、ただ、ただ、日々の修行事をこなして行くわけだ。
最悪な時、というのは、何もかも失いがちだ。
そういう時というのは、なるべく、被害を最小限に食い止めるように努めるだけで十分なんだ。
こんな時には、多くを望まない事、、。
これが、スランプ脱出のひとつの「知恵」だ。
ヤンキースの松井も、淡々と「任務」をこなしているわけだし、、。
後記:
そういったわけで、淡々と日記を更新してみた。
人により、この5月病は、名前を変え、数年にも及ぶ事だろう。
無人島へ漂流した「ロビンソン.クルーソー」の日記をもう一度読んで見てはどうか。
小学生以来、読み返した事はないが、、、そんな気がする。
図書館へ行き、片っ端から、子供の本を読んで見るって修行だ。そこには、「未来」があり、「過去」があるはずだ。
またしても、淡々と、普遍なテーマを解決したな。
日記の愛読者は、幸せ、、というほか、言い様がない。
当然、ダメな奴は、何を言ってもダメなんだけど、、、。
でも、まだチャンスはある。
40才くらいになってから思い出したらいい。
それまでは、せいぜいケチをつけながらふさぎ込んで生きてたらいい。
知ったこっちゃねぇ。
そんな事より、久しぶりに、一杯、呑むとするか。
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17日(土)に、五月病の話しをしたら、19日月曜日に、友人が、この頃、何か、やる気がない、うつ病かな、と過激修行の後、言ったので、そうか、じゃあ、うつ病だろ、と答えた。
水曜日に会うと、ああ、あれは、うつ病ではなく風邪だった、昨日は、すっかり調子をくずしていた、と言って来た。
そうか、うつ病ではなく、風邪だったのか、と返答し別れたら、なんだか身体の調子が悪くなった。咽の調子も変で、咳も出た。
ひょっとして、、、と、あわてて家へ帰り、イソジンでうがいをして、 ビタミンCを二錠、噛み砕いて食べた後、ラーメン屋に行き、小ビンに入っている「卸しニンニク」を、約3分の2ほど、ラーメンに放り込んで食べた。最近、新しく入会したギターの女性通信生のテキストを完成させ翌日送る準備をした。寝る前には、葛根湯のカプセルも呑んだ。
翌日、木曜日、全身からニンニクの香り